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「あぁ。ホッとした」

カイトさんの安堵の呟きが耳元で聞こえた。
吐息のくすぐったさに軽く身じろぎすると、私の肩を抱き寄せる腕が緩んだ。

「……今日はホントに意地悪です」
「これでもだいぶ譲歩したんだけどね」

照れ隠し混じりの私の非難に、彼はクスリと笑って立ち上がった。
私も彼に腕を引かれて冷たい床板に別れを告げる。
「まだ意地悪モードが残ってるのかなぁ」と楽しげに笑う彼の吐息が
右頬に触れた時、私の口から彼の名前が自然にこぼれた。
嬉しそうに覗き込んでくる視線を避け、顔を隠すように彼の肩に額を押しつけてから
私はもう1つずっと気になっていた事を伝えた。

「この前のデート、やり直したいんです」

髪を撫でる彼の動きが一瞬止まった。驚いているのだろうか。
けれど、すぐに「いいよ」と承諾が返ってきた。

「ただ、その……。それは次の機会にさせてくれないかな?」

続けて届いた台詞に身を離して見上げると、
眉間に皺を寄せて考え込んでいる姿が目に入った。

「今外に出ると、また邪魔が入りそうな予感がビシビシするんだよね」

腕を組んで首をひねっているカイトさんは、『また』の部分を強調してそう告げた。
「ハーリーくんのあの涙目には弱いんだよなぁ」と、しみじみぼやく彼が面白くて、
私はつい吹き出してしまった。その気持ちはすごくよく分かる。
笑い事じゃないよ、と私を窘めた彼も一緒に笑っていては全然迫力がない。
ひとしきり笑い合った後、彼は額をこつんと合わせてきた。

「今日はこのまま2人で居たいんだ」

「良いかな?」と、おずおずと問いかけてくる瞳に私は素直にコクンと頷いた。
カイトさんは照れ臭そうに私の前髪をくしゃくしゃと撫でた。
その手のひらが何故だか無性にくすぐったかった。


私の髪を嬲っていたカイトさんの指が、今度は頬の輪郭に沿って撫で下ろしていく。
こそばゆさに身を縮める私を、笑って見ていた彼は「とは言えなぁ……」とふいに天を仰いだ。
「皆に気づかれずに抜け出す方法は考えないと」と急に真面目な顔で考え込んでしまう。
――たまには皆で出かけるのも面白かったのだけれど。
真剣に悩む姿に呆れた私がそう伝えると、
彼は思案とも当惑とも取れる複雑な表情に変わり、まじまじと私を見つめてきた。
それから腕を組んでしばし悩んでいた様子だったが「1つ聞きたいんだけど」と前置きして尋ねてきた。

「先月の遊園地、どうしてナデシコの皆が居たと思ってる?」
「親睦会か何かだと……」

思った事を正直に答えた途端、カイトさんは難しい顔で眉間を押さえた。
彼の苦悶に満ちた表情に不安にかられる。何かまずい事を言ってしまったのだろうか。

「いや、良いんだ。あまりに予想通りの答えだっただけだから……」

ははは、と乾いた笑いを上げていたカイトさんだったが、ふと何かに気づいたような表情を浮かべた。
「そっか。これはこれで良い機会なのかもしれないな」
そう呟くと、先程まで暗かった顔に今度はにんまりとした笑みが広がる。
ゾクリとした予感に私は無意識に一歩後退っていた。
彼は私の様子など気にもせず1人でうんうんと頷くと、にっこり笑って私に告げた。

「ルリちゃんには、教えなきゃいけない事がたくさんありそうだね」









<-6-へ続く>





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