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「あぁもう!……たくっ!」

突然ウガーッ!と叫んだカイトさんは、その場に蹲って頭を掻きむしっていた。
呆気に取られて見ていると、彼は途中でピタリと止まり、がっくりと床に両手をついた。
動かなくなった彼に声を掛けてよいものか迷っていると、
頭を上げた彼がひどく情けなさそうな顔と声で尋ねてきた。

「ルリちゃん。今、自分がどんな顔してるか、ほんとぉぉぉに自覚無い?」
「?」
「無いんだね……うん…よく分かった……」

がっくし。という擬音が聞こえてきそうな程
あからさまに項垂れた彼に、私は本当にどうすればよいか分からなかった。
はぁぁと大きく息を吐いた彼は、肩を落としたままブツブツと呟いていた。

――義理なら義理で諦めもついたんだ。
――あんな顔されたら期待しちまうってのに何のアクションもないし。
――かといって、こっちが普通に振る舞えば妙に気にしてる風だし……。
――まさか自覚してないなんて……。
――サブロウタさんに言われなきゃ気づく訳ないっての。



小さすぎる呟きはうまく聞き取れず、私は戸惑いを隠せずにその顔を見つめていた。
そんな私に気づいたカイトさんは大げさに溜息をついた後、急にくっくっくっと笑い始めた。

「あのさ、ルリちゃん。頼みがあるんだけど……」

笑いを収めた彼の手招きに応えて、ぺたんと床に座る。
同じ高さの目線になった私に彼は笑いかけてくれた。
さっきまでの意地の悪い笑みとは違う――いつもの優しい微笑み。

「これ、僕にくれない?」

指差されたのは持て余して抱えていたチョコの包みだった。
きょとんとした私に彼は「まだ分からない?」と苦笑気味に微笑んだ。

「僕ね、今年も他にチョコもらってないんだ」

――とくん。と心臓が鳴った。
ゆっくりと台詞の意味が染みこんでくる。

「これ以外欲しくない。……分かった?」

首を傾げて覗き込んできた彼に、私はコクンと頷き返した。
少し赤く染まった顔で照れたように笑った彼から慌てて目をそらす。
鳴り始めた鼓動はいつまでも落ち着いてはくれなくて。
空いた右手の甲で緩みそうな口元を押さえた。
きっと私の顔も…赤くなってる。

「そうだ、ルリちゃんが食べさせてよ」
「えっ!? そんな……」
「他の方法じゃ受け取らな〜い」

文句を言う間も与えずに、カイトさんはするりと包みのリボンを解いた。
中身が溢れ落ちそうになって慌てて両手で支え直す。
その様子を優しく見ていた彼の表情がふっと真面目なものに変わった。

「もしも、本当にイヤなら……」

終わりまで聞く前に、私はトリュフの一粒をつまみ上げていた。
頭で考える前に身体が動いていた。今を逃したらもう二度と渡せない。
初めから他の選択肢なんて私の中には無かったのだ。
それこそ2年前のあの時から……。

顔を向けると同時に、カイトさんの強い視線に捕らわれた。
摘んだ一粒を彼の口元に静かに差し出すと、その目がわずかに細められ視線が私の指先に移動した。
少し傾けられた彼の顔が徐々に近づいてくる。彼の唇が少し開いて白い歯が見えた。
その中に吸い込まれるように消えるその瞬間まで、私は目を離すことができなかった。

「美味しい、よ?」

カイトさんは感想を口にしながら、不思議そうに首を傾げた。
けれど、私がチョコを差し出した形で呆然と固まってるのを確認すると
彼は楽しそうに目を細め、私の指先に付いたココアパウダーをぺろりと嘗めた。
視覚と触覚の両方で彼の舌先を感じた瞬間、身体の力が抜けそうになる。

ひっこめようとした私の腕を彼は逃がしてくれなかった。
捕まれた腕を逆に引き寄せられ、項に彼の手のひらが添えられる。
頭の中が真っ白になって、真っ直ぐに見つめる彼の瞳から目をそらせない。
そうして間近に迫る彼の視線に耐えきれずに――――私はついに瞼を閉じた。







<-5-へ続く>





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