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小鳥のさえずりと暖かそうな空気に誘われて、
午前中のやわらかい光が降り注ぐベランダに足を踏み出した。
窓の開く音に驚いた小鳥たちはすぐに飛び立ってしまったが、
暖かい空気は優しく身体を包んでくれた。私はほぉっと息を吐く。
手すりに寄り掛かって、宿舎の外の景色をのんびりと眺めると
薄桃色の花がそこかしこを彩っているのが目にとまった。
今年の開花は例年より早いという話だが、気の早い桜は既に花開いているようだ。

その気持ちはわかるけれど。私は青空に浮かぶ太陽を見上げた。
3月もまだ半ばだというのに、降り注ぐ陽の光はすでに春模様だ。
この日差しの下では、少し肌寒いくらいの風が吹くくらいでちょうどよい。
薄手の白セーターにブラウンチェックのスカート、肩にショールを羽織っただけの私ですら、
風が無ければじんわりと汗をかく程うららかな陽気だった。

私は見上げていた視線を再び手すりの向こうに戻し、どこを見るともなくぼんやりと眺めた。
暖かく晴れた天気、綺麗に咲いた花々、しかも何の用事もない休日、と3点揃い。
今日出かけたら気持ち良さそう――などと思ってはみたが、特に出かける目的も無いし相手も居ない。
いや、居ないわけではないのだけれど……。
私は首だけ後ろに向けて、ベランダの出入り口をちらりと見やった。
その先に進めば、カイトさんが朝からお籠もり中の台所がある。
……今日も無理かな。私は深く深く溜息を吐いた。



先月のバレンタイン・デー。
それを思い出すと急に気分が重くなる。

2年振りにやっと渡せたチョコレートのお礼に、カイトさんが2人で出かけようと誘ってくれた。
実のところ『デートしよう』と言われた時は、気恥ずかしさ半分、とまどい半分。
彼と出かける事は今までに何度もあったが、こんな単語を使われたのは初めてだったし、
男女が2人出かけるなら確かにそう言うかもしれない。……と自分自身を納得させてみたり。
とはいえ、嬉しかったのは事実だったし、ずっと気になってた問題が解決した安堵感もあって
服選びに一時間もかかったあたり、やはり私も少し浮かれていたような気がする。

けれど、宿舎の外に出たら何故かハーリーくんたちに捕まった。
こんなに休みだったっけ?、と首を傾げるくらい大勢のナデシコクルーが出入り口に待機していたのだ。
サブロウタさんが申し訳なさそうに手を合わせていたので、また何か賭けでもしているのかと訝しんだところ、
ハーリーくんがまるで決死の覚悟……のような顔をして、2人で出かけるのかと尋ねてきた。
素直にカイトさんと遊園地で遊ぶ予定だと答えたら、ハーリーくんがいきなり泣き出した。
どうもこの子に泣かれると気後れしてしまう。
訳もわからず呆気にとられて見ていたら、涙目を向けられチョコをカイトさんに渡したのかと聞かれた。
何で彼がそんな事を知ってるのかと疑問にも思ったけれど、
既に無事に手渡した後だったし、別に隠す話でも無いので私は正直に頷いた。
それから2年前の出来事とこれまでの経緯を説明すると、今度は周り中で歓声があがった。
いったい何がどうなっているのか……。
ハーリーくんは良かったと言いながらまた泣き出してしまうし、
サブロウタさんはあらぬ方向を見て頭を掻いてるし、
助けを求めたカイトさんは皆に囲まれて背中をペシペシ叩かれていた。

その騒ぎに1人取り残され困惑していたら、
いつのまにかその場の皆で遊園地に行こうという話になっていた。
普段ならそれでも構わないけれど、でも今回は……。
内心焦りつつ隣に立つカイトさんを見上げると、彼は首をすくめて言った。
『……仕方ないかな。大勢の方が楽しいだろうし』

結局、一緒にいられた時間はわずかでしかなかった。
遊園地でも私は始終ハーリーくんに引きずり回され、カイトさんも他のクルーに囲まれていた。
女性クルーも多かったと思う。彼らが楽しそうに話している姿を何度も目にした。
休みだから直接渡しに来たらしいスと、サブロウタさんが耳打ちしてくれた。
そう話す彼も自分宛てのチョコが入った紙袋を下げていたし、
それらしい包みを抱えた女性陣も見かけた。

……胸がチクリと痛んだのを覚えている。
カイトさんは誰かからチョコを受け取ったのだろうか。
本当ならあの隣に居るはずだった。けれど、近づくことはできなかった。
何となく自分には彼らの元に顔を出す資格が無い気がしたから。

あれ以来、どこか気持ちがすっきりしない。
別にカイトさんは普段通りで変わったところはないし、
私にだって特に理由がある訳ではないのに――――何かが気になっている。

やはり中途半端なお出かけになったせいだろうか?
それとも、他の誰かから受け取ったのか彼に尋ねられないせいだろうか?
あの日の朝は楽しくてしょうがなかったくらいだったのに、
今ではチョコを渡せなくて悩んでた頃に戻ってしまったかのようだ。
どうしたらこのモヤモヤは消えるのだろう。
ちゃんと2人で出かけたら……もう一度やり直せないかなと私は考えていた。



そんなこんなで。
シフトの都合でカイトさんと休みが重ならないまま約一ヶ月。
やっと取れた2人一緒の休日。今日こそは、と気合いを入れたは良いけれど、
カイトさんは朝食もそこそこに何やら台所で作業を始めてしまった。
いそいそ感を漂わせる彼の背中に掛けられる言葉もなく。
所在の無くなった私はベランダに逃げてきてしまったという訳で。

また新作料理を作り始めてしまったんだろうか?
彼は時々レシピを仕入れては新しい料理にチャレンジしてる。
何度も作ってみては、自分なりにアレンジしたりして納得いくまで続くのだ。
できあがる料理はとても美味しいのだけれど、これが始まると半日はかかってしまう。
いつもなら休みが合わない時や、私が用事で出かける時にするのだけど、
今日はどうしても気になるメニューがあるのかもしれない。
となれば、これから2人で出かけるなんて事はやはり無理だろう。

川沿いの道でも散歩してこようか……。
そんなアイディアは頭に浮かんだが、どうにもこうにも気が乗らない。
私は気持ちを持てあましたまま、手すりに突っ伏してまた深い溜息をついた。






<-3-へ続く>




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