たとえ忘れてしまっても…





-2-

ふぅ…。

オモイカネとのリンクを切断して顔をあげる。

昼間、家にいる間はほとんどと言っていいほど、私はオモイカネにアクセスしていた。
彼の知っている思い出の記録を見せてもらっているから。

退院して最初にオモイカネと会ったとき、私が全て忘れてしまったことをすごく悲しんでいた。
カイトさんが横から宥めてくれたから落ち着いたけれど、あまりの落ち込み具合に本当にどうしようかと思ったくらい。
でも「記憶を取り戻したいからオモイカネの思い出を見せて」ってお願いしたら喜んで協力してくれた。
今ではナデシコ時代のことも、ほとんど知っている。


「ん?お茶いれるけど、ルリちゃんもいるかい?」

「はい。お願いします」

「オッケー♪ちょっと待っててね」


カイトさんが用意してくれた芋かりんとうをかじりながらホッと一息いれる。
オモイカネが映してくれるお昼のTV番組を見ながら
隣に座るカイトさんをそっと横目で見上げた。


正直………この人のことは未だによくわからない。


知っているのは、この人も私と同じ記憶喪失なこと。
ナデシコの中にボソンジャンプで現れたこと。
IFSを付けてて、パイロットの腕はすごく良いこと。
行き場がなくてアキトさんに引き取られたこと。
作ってくれる料理がすごく美味しいこと。
ときどきバイトをしてるらしいこと。
毎日1〜2時間ふらふらと出かけていくこと。
よくお土産もって帰ってくること。
けっこう話好きなこと。
それから……
私は多くの時間をこの人と共有していた…はず…であること。


じつはオモイカネもこの人のことはよく知らなかった。
カイトさんがナデシコに乗っていた期間は短かったし、
サセボのナデシコ長屋は極わずかな範囲しかオモイカネのセンサは届かなかった。
今住んでいるこの部屋に至っては端末でアクセスするのが精一杯。
そんな状態だから、オモイカネも私やカイトさん自身が話して聞かせたできごとくらいしか知らないらしい。

その僅かな情報だけでも、
私はカイトさんとよく一緒に行動していたらしいってことは分かるんだけど…。
実際、退院してからこの2週間だけでも、一番長く側にいるのはこの人だし。

でも、そんな素振りは全然見せたことがない。
思い出話をしてくれるわけでもないし、無理やり連れまわされることもない。
どちらかと言うと、私が何をしてても気にしてないカンジかな。

でも、こちらが尋ねたことには何でも答えてくれるし、邪険にされたこともないし。
私が根を詰め過ぎないように気を配ってくれてるし…。




イマイチこの人が掴めない。




「カイトさん、今日は出かけないんですか?」

「う〜ん。どうしようかと思って。天気もあんまし良くないしね」


確かに雨が降り出しそうなカンジ。


「じゃあ、またお話聞いてもいいですか?」

「もちろんいいよ。今日は何の話にしようか?」

「一昨日はどこに行ってたんですか?抱えられないくらいコスモスもらってきた日。」

「ん?あれはね……」


カイトさんが優しく微笑みながら話してくれるのは、この人しか知らないことや私が居ないできごとの話が多い。
完全に私が知らないはずの内容ばかりだから、今朝みたいに覚えてなくて悲しませてしまうことも少ない。
長屋時代のこととか、この部屋に住み始めてからのこととかも尋ねたことがあったけど、
「あんまりよく覚えてないんだ」って苦笑して、起きたことを簡単に説明してくれるだけだし。

そういえば、私が記憶喪失になったことも驚いてはいたみたいだけど、
他の人に比べると平然としていたみたい。
同じように記憶喪失になっているからかな?
他の人に比べると出合ってからの期間も短いし、
嫌われてはいないけど、それほど仲が良かった訳でもないのかもしれない。
あぶれた者同士、今みたいなカンジで一緒に居ただけなのかも。

そのおかげか、逆にあんまり構えずに側にいれる。
アキトさんやユリカさんの側だと…少しだけ苦しい。悲しませるのが怖くて。

カイトさんも話上手でおもしろいし、今の状態の居心地の良さを感じていた。





ふと気づく。

カイトさんはどう思っているんだろう?





嫌われてはいないみたいだけど…私が側にいて迷惑じゃないんだろうか?
気にしてるようには見えないけど、そう見えないだけで扱いに困ってるとか?
逆に、私がここに居るのはこの人にとって、どうでもいいことなのかもしれないけれど?


一度考え始めたら妙に気になってしまった。


「あの…1つ聞いてもいいですか?」

「なんだい?」


話が一段落したところで直接尋ねてみることにした。


カイトさんは最初すごくビックリした顔をして
それから…すごく困ったような悩んでいるような苦しそうな複雑な表情を浮かべた。


カイトさんのそんな顔を見たのは初めてだった。



――聞いてはいけないことを聞いてしまった――





そう思った。





「…………迷惑なんかじゃないよ。全然…迷惑なんかじゃない」


目をつむって1つ息を吐いた後、カイトさんはそっと微笑んだ。
大きな手のひらが私の頭をゆっくりとなでる。


「ルリちゃんがこうして側にいてくれるのが…僕は本当に嬉しいんだよ」


頭の上の方から、ささやくような声が降りてくる。


「たとえ……全部忘れてしまっていても………」


そうつぶやくカイトさんの顔は、
目の前の大きな手のひらに隠れてよく見えなかった。





3 へつづく






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