『約束』






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「「「単機突入のゲリラ戦法ぉ〜っ!?」」」


「そうです。」


ナデシコBのブリッジで艦長…ルリちゃんはそう言って説明を始めた。

今回の目標は,旧木連軍の残した無人迎撃要塞。

木連は先の大戦で火星−木星間にいくつかの要塞を設置していた。
地球側が木星に進行してきた場合の防波堤として。

これらの無人迎撃要塞は,規模こそ大きいものではなかったが,
小型機動兵器の製造プラントによる無尽蔵の兵力と,
その兵力を統括し,学習しながらより効率的に外敵を迎撃・掃討するように
プログラムされた制御コンピュータの存在が脅威となっていた。

停戦に伴って活動停止されたはずの要塞が突如暴走。
統合軍・宇宙軍どちらをも敵と認識し攻撃を仕掛けてきた。

確かに脅威とはいえ,一個中隊程のまとまった戦力を投入すれば
大して時間もかからずに制圧できる。

…はずが,大人の事情が発生。
元地球連合側と元木連側で互いの戦力投入を牽制し合い,
挙句の果てに今回の件は互いが相手の陰謀では…と言い出す始末。

そこで浮上してきたのが実験戦艦ナデシコB。
失敗しても戦力的な痛手は負わず,目障りな戦艦もたたける。
成功したならそれはそれで良し。

両陣営の水面下での妥協案としてお鉢がまわってきたのである。


「…と言うわけで,大人の事情で押し付けられた厄介事ですが
 総司令部からの正式な命令書が届いた以上…仕方ありません。」


ルリちゃんは1つため息をつくと僕らを見渡した。


「総司令部の命令は,制御コンピュータを活動停止させ機能は残せ,とのことですが。
 元々,戦艦一隻にやらせるような任務じゃありませんから無視してしまいましょう。
 後に残しても騒動の種になるだけですし,遠慮なく壊してしまいたいと思います。」


ウィンドウが開いて今回の作戦図が展開される。


「ナデシコBの戦力で正面からの正攻法でいくのは論外。
 基本は先程言ったようにエステバリスの突入による内部破壊になります。」


「要塞の反対側,ナデシコのエネルギー供給範囲ギリギリの地点にエステバリス一機を潜伏させます。
 ナデシコ本体が囮となって無人要塞の主戦力を惹きつけます。
 潜伏したエステバリスは,ナデシコのグラビティブラストで弱まった敵要塞の
 ディストーションフィールドに穴をあけ,内部に突入。
 要塞中心部に設置されている制御コンピュータを破壊してください。
 その後,統制を失ったバッタ達をもう一機のエステバリスで1箇所に誘き出してグラビティブラストで一掃します。」


「質問はありますか?」

「はい。」


ハーリーくんが手をあげる。


「もう一機のエステバリスはナデシコの護衛ですか?」

「そうです。現在のナデシコBの装備ではバッタに囲まれたら持ちこたえられません。
 制御コンピュータが破壊されるまで,ナデシコに近づけさせないように引っかき回してもらう必要があります。」


「しかし…エステバリス一機で突入とは…少し危険すぎやしませんか?」

サブロウタさんも考えこんだ風に発言する。


「おっしゃりたいことは分かります。
 しかし,2機投入したとしても敵主戦力をナデシコ側に惹きつけられなければ成功しません。
 ナデシコが囮となるには護衛役のエステバリスがどうしても必要です。
 危険なのは承知の上ですが,今のナデシコにできる作戦はこれしかありません。」


確かにその通りだ。
皆,黙って考え込んでしまう。


「囮側も突入側も時間が経てば経つほど不利になる。今回は時間が勝負の短期決戦です。」


黙り込んだ皆を見渡して,ルリちゃんはゆっくりと口を開く。



「内部への突入は…カイトさんにお願いします。」


一瞬…ルリちゃんの瞳に影が差したのを見逃さなかった。


「パイロットお二方の今までの戦闘記録・戦い方の傾向から判断しました。
 守りながら戦うことに一日の長があるのはサブロウタさんです。
 逆にカイトさんは,単独任務の方が精度が高い……その点から判断しました。」


そこまで一気に説明して,
ルリちゃんは深く息を吸って僕を見つめた。


「要塞内部ではナデシコからのエネルギー供給は受けられません。
 可能な限りのバッテリーパックを搭載してください。それが唯一のエネルギー源になります。
 敵主戦力を外部に惹きつけているとは言え…内部に入ってしまえば…
 外からのバックアップはできないものと思ってください。」

「突入後は何が起こるかわかりません。
 要塞突入後の行動や使用する装備の選択…突入作戦に関する全て…カイトさんにお任せします。」


ルリちゃんがまっすぐに僕を見つめる。


「…ずいぶん……難しい注文をしますね,艦長。」



「カイトさんにお任せします。…できますか?」


周りの空気に緊張が走ったのを感じる。
ルリちゃんの視線は揺らがない。
その瞳を見つめ返してゆっくり微笑む。


僕の答えは1つだ。



「もちろん。できるよ。」










――僕にできると信じてくれたなら僕はどんなことでもできる――

――それが約束――










「まったく…何気においし〜いとこ持ってくよなぁ。カイトは。」

「ははは。これも人徳ですよ,サブロウタさん。」

出撃の準備も一通り整い,後はスタートを待つだけ。
今はサブロウタさんに誘われてコーヒーを飲んでいる。


「ま,たまにはカッコイイとこ見せとかないとね。
 艦内の女の子み〜んなサブロウタさんにとられちゃうのはくやしいし。」

「はん。そのセリフ…艦長に聞かせてやろうか?」

「げっ!?そいつはちょっと…(汗)」

ルリちゃんの冷たい視線を思い浮かべて冷や汗が出る。


「ははははは。相変わらず艦長の前じゃカタナシだなぁ,お前。」

「……勘弁してくださいよ。」


サブロウタの笑い声を聞きながら冷めたコーヒーを一気に飲み干す。
同じように飲み干して紙コップを握りつぶしたサブロウタの真面目な横顔が見えた。


「……こっちのことは俺に任せとけ。連中には指一本触らせやしない。」

「ええ…。お願いします。」


囮役…敵の主戦力をひきつけ,さらにナデシコ本体をもたった一機で守る。
突入役以上に神経も体力も使う役目。
だが,この人なら大丈夫だ。

任せられる仲間がいる――この安心感が目の前の仕事のみに集中させてくれる。
心の中でサブロウタさんに感謝しつつ,空の紙コップを捨てて立ち上がる。


「そろそろ行ってきますか。」

「おぅ!帰ってきたら女の子のクドキ方ってやつをみっちり教えてやるからな。
 おもいっきり暴れてこい!」

「了解!」





これで僕の準備は整った。





「…カイトさん。」

「えっ? 艦長!?」


格納庫の入り口近くの通路で僕を呼び止めたのはルリちゃんだった。


「どうしてこんなところに?
 もうすぐ作戦開始時間ですよ。何かあったんですか?」

「…いえ……あの…。」


僕の質問に口篭もったままルリちゃんは俯いてしまった。
その様子でだいたいのことを察した。

ちょっと首をめぐらせると娯楽室の入り口が見えた。

ちょうどいい。
作戦開始直前のこの時間じゃ誰も来ないだろう。


「艦長。ちょっとこっちに。」


2人で娯楽室に入って扉を閉める。
部屋に入ってもルリちゃんは俯いたままだ。


「…ルリちゃん。……そんなに不安かい?」

「っ!」


はじかれたようにルリちゃんが顔を上げる。


「カイトさん…私は…。」


僕は片膝をついて彼女と目線を合わせた。

今のルリちゃんの気持ちを僕はイヤと言うほど知ってる。
あの頃の僕と同じように…未来の見えない不安に囚われているのか。

いや…それ以上だろう。
この娘はこの小さな身体に,大切な仲間たちの命をたくさん背負っているのだ。
艦長としてどんなに気丈なフリで隠せていたとても,抱えた不安の重さは計り知れない。

その重さを少しでも軽くしてあげたかった。

僕にできる一番優しい顔で微笑みかけながら彼女の頭をなでる。


「たくっ。そんな顔して。何がそんなに心配なんだい?」

「……カイトさんは……不安じゃないんですか?
 こんな無茶な…危険な作戦を押し付けられて……もし……もし失敗したら…っ!?」


最後まで言わせたくなくて
彼女の顔を両手で挟んで無理やりこっちに向けさせる。


「な〜に言ってるの?どこらへんが無茶で危険なんだい?」

「…え?…でも…カイトさんは……何が起こるかわからないのに…。」

「だから?僕はできるって言ったろ?」


頬から手を離してもう一度彼女の頭をなでながら続ける。


「ルリちゃんはいっぱいいっぱい,それこそいろんな可能性を考えて今回の作戦を立てたんだろ?」

「はい…。」

「それで…ルリちゃんはいっぱいいっぱい,さらにいっぱい考えて,僕に任せてくれたんだろ?」

「はい…。」

「だったら必ずできるよ。」

「……カイトさん。」


彼女の頭をなでている手を離してにっこり笑った。


「ルリちゃんは知ってるだろ? 僕は本当はすっごい怠け者なんだって。」

「……自分にできることしかやらない……でしたね。」

「そういうこと。
 僕は僕にできないことはやらないし,できそうにないことを誰かにやらせたりもしない。
 そのかわり僕ができると言ったら,どんなに無茶に見えても,それはできることなんだよ。」


ルリちゃんの瞳を覗き込んで言う。


「だからね。僕ができると言ったら必ずできる。
 僕のことを心配する必要はないんだ。」

「今,ルリちゃんがしなきゃいけないのは,僕の心配なんかじゃなくて…その後をどうするか考えることだよ。
 そこから先はルリちゃんに任せたからね。ルリちゃんならできるだろ?」

「…できますか?」

「もちろん。できるよ。」

「はい!」


ルリちゃんは力いっぱい頷いて僕に微笑んでくれた。

もう大丈夫だ。


気が付くともう作戦開始時間ギリギリになっていた。


「もう行かなきゃ!
 じゃあルリちゃん,また後で。終わったら一緒にご飯食べよう。」

「はい!カイトさん。行ってらっしゃい。」

「うん!行ってきます。」










<3へつづく>