機動戦艦ナデシコ

〜 Endless  Story  第一章  アカキヒトミ 〜








なぜ・・・


何故あの人はあんなに悲しい目をしているのだろう・・・


それは戻った記憶のせい?


それとも『クサナギ』と呼ばれた男のせい?


わからない・・・


結局私は何も知らない・・・


でも・・・でも・・・これだけは言える・・・




私は今でもあなたの事を・・・






第8話 光満ちる宇宙




8月15日 ネルガル会長室

会長室の椅子に深く腰掛けアカツキは天井を見つめていた・・・

「『彼』の事、何か新たに分かった事はあるかい?」

アカツキは天井を見つめたまま呟くように後ろに立つ男・・・月臣に話し掛けた。

「進展はありません。・・・しかし、『彼』がいなければ今回の戦い・・・確実に負けていましたね・・・」

月臣は大した表情の変化も無く、決められた台詞を棒読みするようにアカツキに言葉を返した。

「ふぅ〜・・・やっぱり君もそう思うかい?」

「はい・・・」

「・・・『彼』の瞳・・・いや、やめておこう・・・ところで空港の警備のほうは大丈夫かい?」

「・・・抜かりはありません、偽装工作、シークレットサービスの配備、それと『彼』も行っています。」

「『彼』も大変だねぇ〜・・・」

天井に向かって苦笑すると、アカツキは顔を正面に向け顔の前で手を組んだ。

「(全く・・・君が敵に回らなくて良かったよ・・・ホントに・・・ね・・・)」






新東京臨海国際空港 ロビー

ルリは時計をチラリと見た、予定時間よりは少し遅れたがまだ遅刻ではない。ルリは早足だった歩きを止め、本来の歩調に戻り息を整えていく。

「・・・・・・!!」

この日の空港は驚くほど空いていた、『火星の後継者』の件で旅行や仕事ではなくなったのは分かるが、それでもこの日の空港は驚くほど空いていた。しかし、そのおかげでルリは容易に目的の人・・・正確には人達を見つける事が出来た。
まだこの時ルリは知らない、宇宙軍とネルガルがこの空港に関係者以外を全く入れていない事を・・・ちらほら見える人も宇宙軍かネルガルの手の者なのだから・・・

「ルリルリ〜〜〜!!」

宇宙軍の制服を纏っている一団の中の一人が、近づいてくるルリに気がつき手を振ってきた。

「ミナトさん・・・」

手を振っている人に気がついた瞬間だった・・・ルリは一瞬にして元ナデシコクルーに取り囲まれていた。

「元気してたぁ〜?」

「かわい〜〜♪」

「クッ〜〜〜ビデオ持ってくれば良かった〜」

様々な人がルリに声をかけてくる、しかしどれもが知っている顔にルリも思わず顔が緩んだ・・・

「艦長〜〜早くきてくださ〜〜い。遅れちゃいますよ〜〜!!」

この状況を打破するような威勢のいい声で叫んだのはナデシコCでも副長を任されていたサブロウタだった・・・



そしてそんな和気藹々とした光景を上から微かに口元を綻ばせながら見下ろす男が一人・・・

「(さすがにここまですれば『奴ら』も手は出ないか・・・となればやはり宇宙・・・)」

考えを巡らせながら男はその場に自分が必要ないことを悟り立ち去ろうとしていた・・・

「仕事はいいんですか?プロスさん?」

男は振り返ると同時に声を発した。その声は何かを懐かしむようなそんな感じがする・・・

「ハハッ・・・参りましたね・・・しかし、大丈夫ですよ。もう皆さんは子供ではありませんし、艦長が以前と違いシッカリしていますからね・・・」

笑顔でそう語るプロスペクターの答えに男は思わず苦笑した・・・

「フッ・・・確かにそうかもしれませんね?・・・でもそれが仇にならなければいいんですが・・・」

「・・・そのためにあなたや仲間がいる事をお忘れですかな?」

「・・・・・・そうですね・・・しかし僕には無理ですよ・・・ルリちゃん・・・いや、誰の助けにも僕はなれない・・・」

そう言うと男は歩き出しプロスペクターの横を颯爽と通り過ぎた・・・その動きにあわせプロスペクターも後ろを振り向くが振り返った先には既に男の姿は無かった・・・

「・・・やれやれ・・・一難去る前に一難来てしまったようですな・・・」






同地 宇宙船滑走路B

「イヤ〜〜〜、久しぶりだね、諸君♪」

月面にあるナデシコCを受け取るべくシャトルに乗り込んだ一同であったが、その様子は『軍人』と言うより『学生』・・・『軍事行動』より『修学旅行』と言ってもいいほど艦内は騒がしかった・・・ウィンドウを開き、みんなに挨拶をするアカツキの影は益々薄くなっている。

「忘れちゃいないと思うけど、念のために言っとくと、僕・・・ネルガル会長のアカツキ・ナガレ、今回の任務、期待してるからネ。じゃ!」

そう必死に語りかけるアカツキだったがそれもみんなの耳には届いていない、勘のいいアカツキだこれ以上は無意味と急ぎ早にウィンドウを閉じた。ウィンドウの先にいるアカツキが終始、苦い顔をしていたのは言うまでも無い・・・

「ウリバタケ班長の穴は俺たちで埋めるぞ!!」

「おう!整備魂を見せてやる!!」

「整備班ファイト!!」

「オォ―――ッ!!」

現にこの通りだし・・・アカツキの判断はある意味正しかった。

「アカツキ君も落ち目だねぇ〜。影薄いし」

「落ち目になって・・・おちめぇ・・・ククッ」

しかしアカツキの事に気がついて人物ももちろんいるパイロットのヒカルとイズミはありのままの感想(?)を口にした。

「二人ともネルガルの会長と知り合いなんですか?」

二人の会話に思わず突っ込んだのはアヤだった、通路を挟んだ位置にいるアヤは身を乗り出して二人に話し掛けた。

「うん・・・あれでも元ナデシコクルーだし!」

「ヘッ!?・・・会長がクルー?」

思いもよらぬヒカルの答えにアヤは間抜けな声を出してしまった、しかしそんな事も気にせずアヤは目の前にちらつく話題にかじりついた。

「それでそれで!?」

「知りたい?」

その時ヒカルのメガネが一瞬煌いた・・・

「・・・はい!!」

ヒカルの行動に一瞬戸惑ったが、それでもアヤの好奇心を阻む事は出来なかった・・・



「行動予定を簡単に説明すると、親機のジェット推進にて高々度まで上昇、切り離し後、子機のロケット点火、成層圏を脱出、地球日本時間14時に月面着陸、以上だ。」



「・・・・・・。」

「どうかしたの、ルリルリ?」

普段とはどこか違い、焦点もボォ〜っとしているルリを心配してか隣の席に座っているミナトは覗き込むようにルリに声をかけた。

「・・・えっ!」

「えっ!・・・じゃないわよ〜、ホントに大丈夫?」

「あっ・・・はい。」

あきらかに雰囲気の違うルリに何か話題を振ろうとミナトはルリを頭の先からつま先へと眺めた、もちろんそんな視線に気がつかないルリではない、少し首を傾げながらミナトを見ていた。

「!!・・・ルリルリ〜♪その髪止めどうしたの?」

ミナトはルリの膝元に置かれた手の中に一対の髪止めがあるのを見つけたのだ、ミナトはここまで大切そうに持っているのだから明るい話題があると直感的に悟ったつもりだったのだが、次のルリの表情でミナトはそれが間違いだったと気づかされるのだった。

「!!・・・そ、それは・・・」

ミナトを見ていた瞳は大きく開かれ、そして気まずくなったのかルリは俯いてしまった。

「(あっちゃ〜・・・ど、どうしよ〜!!)」

自分の言った言葉に責任を感じてか心の中で頭を抱えて苦悩するミナトに声をかけたのは、意外にも先ほど俯いてしまったルリであった。

「ミナトさん・・・この髪止め・・・似合うと思いますか?」

「!!・・・んっ!え、えぇとってもよく似合うと思うわよ!」

その言葉にニコッと微笑むとルリはいきなり今着けている赤い髪止めを外し、手に持っている不思議な輝きを放つ髪止めを着けはじめた。

その髪止めは不思議と言うよりも優しい桃色をしていた、角度を変えると様々な色が飛び交っている。まるで、今のルリの心情を表しているように・・・

「・・・どうですか?」

慣れた手つきで髪止めを交換したルリは口元に微笑を浮かべミナトに尋ねた。その姿は優しき天使・・・いや女神・・・そんな事はどうでもいい、とにかくその姿は神々しささえ感じられた。

「・・・・・・。」

その姿に思わずミナトも口をポカンっと開け見惚れるばかりだ。ミナトはこの時、大人になったルリが子供頃には無かった魅力を開花させていた事を直感した、カリスマ性という魅力を・・・

「???」

そんなミナトを不思議そうにルリは見つめると、ますます首を傾げた。

「あっ!!・・・うん、とっても良く似合ってるわよ!!」

笑顔でミナトはルリに答えを返した、すると思わずルリも笑顔を返す・・・少なくともミナトの前には以前まで子供扱いしていた『ルリルリ』はもう居なく『ホシノ・ルリ』が隣に座っていた。そして頭を巡る疑問が一つ・・・

「(結局、なんだったんだろ?あの髪止め?)」






「祝勝パーティー、楽しみにしててくださいねェ〜!」

「今度は見送る側になっちまったね」

「・・・・・・」

プロスペクターとホウメイは空港の屋上でシャトルが飛び立つ姿を見送っている。二人の顔はどこか勇ましくどこか寂しげだった。

「プロスさ〜ん」

「!!」

突然かけられた明るい女性の声にプロスぺクターは当然のようにホウメイは少し意外そうに振り返った。

「ホウメイさ〜ん♪」

「「「「「こんにちは〜〜!」」」」」

振り返った先に居たのはかつてナデシコ時代にホウメイのアシスタントとして乗り込んでいたサユリ、ミカコ、ハルミ、ジュンコ、エリの五人とオペレーターとして乗っていたメグミの六人だった。両者とも戦争終結後は前者はホウメイガールズとして後者はメグミ・レイナードとして芸能界で活躍していた、それも今では両者とも人気者のアイドルなのだ。

「おやおや、みんなはもう行っちまったよ」

「いや、彼女たちは別の任務が」

「別の?」

プロスペクターの言葉にホウメイは思わず聞き返した。ホウメイには目の前に立つホウメイガールズとメグミに出来る事などたかが知れていると考えていたのだ、確かにその考えは外れではない、しかしプロスペクタ−の読みはそれよりも一歩深いところにあったのだ。もう一度言うが彼女たちは売れっ子のアイドルなのである。

「さあ皆さん、行きますよ!」

「「「「「「ハイ!!」」」」」」

空港の屋上で明るい声が木霊した。



そしてシャトルの発射を遠くから見守っている者たちもいた

「シャトルは出たようだな・・・」

「あぁ・・・本部に報告しなければ・・・」

「わかった・・・」

「(・・・全ては思惑通り・・・)」

編み笠にマントという独特の姿をした二人組は心の中で笑みを浮かべた。






ピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ン・・・

『しばらくの間、おくつろぎください』

シャトル内でなにやらインチキ臭いアナウンスの声が流れる・・・しかしその事に気づく人間はまだいない、正確にはその場にいる全員が聞き流しているためなのだが次の一声は全員の耳に突き刺さった。

「御飲み物はいかァッスか〜!」

「・・・・・・え〜〜〜〜ッ!?」

「ジュースにコーラ、ビールに水割り、おつまみもありますヨン!」

颯爽とみんなの前に現れたのは、何故かここに居るウエイトレス姿のユキナであった。しかもその後ろには縮こまりながらも飲み物や食べ物を積んだ台車を引くジュンの姿がある。やはり押しに弱いジュンだった・・・

「おお〜〜ッ」

そんな光景にその場に居る大半の人間が感嘆の声を漏らした、もちろん3年前ユキナもナデシコに乗っていた経験がある。そのときの年齢がルリに次いで二番目に若かったためか元ナデシコクルーはユキナを娘や妹のように感じていたのだろう。そのため久しぶりの再会は感慨深いものだったに違いなかった。

「ちょ、ちょっとユキナ!なんであんたがここにいるのよ?」

ユキナの出現に一番最初に愚痴をこぼしたのは一緒に生活しているミナトだった、当たり前だが本人としてはユキナに内緒で出てきたのだ。もちろんユキナを心配しての事だが、明らかにこのユキナの行動には腹が立った。

「あんたは学校あるでしょ!早く帰んなさい!!」

「いま夏休み中だよ」

「部活は?インターハイがあるでしょ!」

「それは再来週!第一作戦が成功しなきゃ中止でしょ、きっと」

明らかに口喧嘩ではユキナが一枚上手だった、そのためミナトのボルテージは益々上がっていくばかりだった。

「バカ!帰りなさい!!」

「あっかんべろべろベッカンベ〜」

「・・・ちょっとジュン君!あんたまで何やってんのッ!?

ユキナ相手では埒が開かないとミナトは攻撃相手をジュンに移した。

「あ、イヤ、ボクは・・・その、あの・・・」

「そのカッコじゃ、何言っても説得力無いよね・・・」

「うん・・・」

ヒカルの突っ込みに思わずジュンは赤くなり、手を前で組むと一人モジモジしていた。しかし一方でヒカルの突っ込みはかなり正しかった、現在ジュンはユキナと同じ服装・・・つまりウエイトレスの服装をしていたのだ。ナデシコ唯一の常識人と言われたジュンも3年のうちに何かがあったのだろう・・・ここであえて何かは言わないが・・・

「キャ〜〜、かわいい〜!!」

「ハッハッハッハ!!」

そこを見逃さずにすかさず突いてくるクルー達しかり・・・既にジュンは元ナデシコの副長としての威厳は全く無かった・・・元々あったかどうかも不安だが・・・

「ミナトさん、とりあえずこの件は月までお預けにしましょう、ここではどうにもなりませんから・・・」

「うん、そうそう。お預け、お預け」

事態の進展が無いことを悟ってルリは口を挟んだのだが、その言葉を聞いたユキナは嬉しそうにその言葉に賛同した。

「あんたいつか、イタイ目にあうよ」

「ハイハイ」

困り果てた顔をしているミナトの言葉を笑顔のままユキナはあっさり流した。

そんなこんなでシャトルは地球の重力圏を抜けようとしていた。






「アキトさんはもう行きましたか?」

「あぁ・・・今ごろネルガルの月ドッグで補給と改修を受けていると思うよ、君に言われた通りね・・・」

その頃アカツキはウィンドウ越しにカイトと話していた、アカツキの表情はシャトルで見せた顔ではなく至って真面目である。

「そうですか・・・」

「君はこれからどうするんだい?」

「このまま月に行ってもいいのですが、それではシャトルが危険ですからね!」

「確かにね、宇宙軍の護衛艦隊ではシャトルの護衛は難しそうだし・・・」

「はい。それに『奴』の事ですからルリちゃんの重要性には気がついているでしょう・・・」

「そうか・・・それと奴らの大攻勢はすぐそこに迫っている。」

「わかっています。助っ人は要りません、その代わり『アレ』使いますよ!」

「・・・ついにお披露目かい?」

「えぇ・・・出し惜しみしてもしょうがないですし」

「わかった、でもほどほどにね!まだ敵にこちらの『秘密』を見せたくはない、例えそれが試験機でも・・・」

既に二人には全く余裕はなかった。カイトは知らん顔をしていたが、アカツキの眉間には深い皺が刻まれている。

「はい。ではそろそろ切りますね、」

「わかった。次の通信が吉報である事を願ってるよ!」

「任せてくれ!とは言いませんが頑張ってみますよ。」

そう言って二人は軽い笑顔を交えつつ通信を断った。

「そうか・・・『アレ』を使うか・・・まぁいいさ、最後に笑うのが僕であれば・・・」

どこかにある楽屋のような一室でアカツキは不敵な笑みを浮かべていた・・・






「お兄ちゃん・・・」

「んっ!なんだい?」

ネルガルの自室で通信を終えたカイトはリンの方へと向き直った、ここでは白いコートもサングラスもかけていない、素顔でリンに笑顔を向けた。

「・・・行くの?」

「・・・うん。」

「教えて・・・なんで行くの?」

「家族が困ってるからさ・・・前にも言ったけど命よりも大切な人達なんだ」

「・・・そう・・・」

そう言うリンの表情に少し罪悪感を覚えつつカイトは照れ隠しのように頭を掻くとドアへと近づいていった。

「・・・み、見送る」

リンはドアへと近づいていくカイトの横に並ぶとそっと手を握った。カイトにとってその手はあまりに小さく少し冷たく感じる、しかしその奥にある暖かいモノを確実にカイトは感じていた。

「ありがと・・・」

カイトも口元に笑みを浮かべつつそう言い返すとリンの手を少し強めに握った、まるでカイトの心を代弁するかのように・・・






「一体どういう事よ!!」

その頃シャトルではミナトがコックピットに乗り込んでいた。

「どうした?トラブルか?」

操縦席に座っていたゴートは鬼気迫るミナトの言葉をあっさりと受け流した。多分ゴートにとっては予想できた行動だったのだろう、なにせゴートはユキナが乗り込んでいた事を知っていたのだから・・・

「知ってたんでしょ!あの子が乗り込んでたこと!!」

「白鳥の妹か?まぁな」

その一言が余計にミナトの気を荒くしていった、目つきもきつくなり普段のミナトはどこへやら・・・しかしそれだけユキナを思う気持ちがあると言えるのだが。

「どうして教えてくれなかったのよ!!」

「出発前に無用のトラブルを避けるのは当たり前だ」

「無用ォ!?」

「聞け、あの子は木連の英雄、白鳥九十九の妹だ。奴らが狙うとしたらあの子かもしれん。一人置いておく方が危険だ」

「あ・・・」

ゴートの一言でミナトの頭は急に冷静になった、普段から当たり前のように生活していたため薄れていたのかもしれない。白鳥九十九の妹と言う事ではなく、英雄の妹と言う事を・・・

「・・・護衛艦隊合流するぜ!」

終始軽く微笑みながらもシャトルを操っていたリョーコは事の終わりを悟り、口を挟んだ。






「じゃ!あとはヨロシクお願いしますねユリさん」

ネルガルの格納庫でカイトはパイロットスーツに身を包みながらアンスリウムの足元でユリとリンに別れを告げていた・・・

「えぇ・・・わかった、心配しないで行ってらっしゃい!」

カイトにはユリが無理やり明るく振舞っているのが痛いほどわかった、流石のユリもユウキの死をすぐに乗り越えるなど不可能なのだ。

「お兄ちゃん・・・あの人は?」

リンはキョロキョロと辺りを眺めると当然のようにカイトに尋ねた。

「・・・実はね・・・あのお姉ちゃんはお仕事の関係で遠くに行かないと行けなくなっちゃったんだよ」

カイトはリンの目線まで屈むとゆっくり、そして優しくリンの頭を撫でた。

「エッ!・・・でも遊んでくれるって・・・」

その言葉で明らかにカイトの表情が曇った、当たり前と言えば当然なのかもしれない・・・昨夜あの嬉しそうなリンの顔を見ただけに・・・

「それでね!リンちゃんに伝言があるんだ一言なんだけど『ありがとう、楽しかった』って・・・」

そう言ってカイトは、はにかんだ笑みを浮かべた

「!!・・・」

その言葉を聞いた瞬間、リンの目は大きく開かれポロリ・・・ポロリ・・・っと大粒の涙が流れ、溢れてきた。リンはリンで何か悟るものがあったのだろう・・・そしてカイトが見た初めてのリンの涙・・・その涙はカイトの心にどんな物よりも深く突き刺さった。

「・・・・・・リンちゃん・・・人は、生きていく上で多くの出会いと別れを経験して行くんだ・・・別れが辛いのはわかるよ、でもどんなに悲しくても乗り越えなくちゃいけないんだ!(僕のようにならないためにも・・・)」

「じゃあ、お兄ちゃんとも?」

「そうかもしれない、そうじゃないかもしれない・・・それだけは誰にもわからないんだ!」

「・・・やだ、絶対ヤダ!」

半分泣きべそを掻きながらもリンはしっかりとカイトの瞳を見つめながら言った。その言葉に思わず俯きながらもカイトの口元には笑みがこぼれている。

「・・・・・・。」

「・・・私はお兄ちゃんの家族?」

「エッ!?」

その言葉で俯いていたカイトは顔を上げ、満面の笑みでこう返した・・・

「・・・当たり前だろ・・・リンちゃんは僕の大切な『家族』さ!!命よりも大切な、どんな物を犠牲にしても守りたい『家族』・・・」

その声は底知れぬ優しさに満ちていた・・・そしてその言葉を聞いてリンも満面の笑みをカイトに返した、さっきまで泣いていたとは思えない曇りのない笑みを・・・

「・・・わかった。」

「うん・・・じゃあ行ってくるよ!!『家族』が困ってるんだ・・・」

カイトはリンの頭をフワッと撫でると二人に背を向け歩き始めた・・・

「・・・・・・。」

「カイト君あの時言った事覚えてる?」

ユリの呼びかけにカイトは首だけ振り返った、振り返った先には俯いているリンの肩に手を置きながら笑顔を浮かべているいつも通り知的なユリがいる。

「・・・えぇ、忘れてませんよ・・・あの時も言ったでしょ、『やり残した事がある』と・・・」

「・・・覚えてるわよ、ただのか・く・に・ん!!」

「・・・ユリさん、さっきの『伝言』ユウキさんはあなたにも同じ事を言っていました・・・」

カイトが呟くように告げるとユリのメガネの奥で何かが光った気がした・・・

「フッ・・・あの馬鹿・・・」

リンの肩に手を置きながらもユリは何かを隠すように天を仰いだ・・・

「じゃあ今度こそホントに行ってきますね!!」

振り返っていた首を戻すとカイトは天井部からぶら下がっているワイヤーを掴むとそのままスルスルとコックピット部分まで上っていった。

「さよなら・・・」

「!!」

カイトの口から思わず漏れた言葉をリンは聞き逃さなかった、本当なら聞こえもしないような声量だったのにも関わらずリンにはカイトの声がどんなものよりも鮮明に聞こえたのだ。

「ま、またご飯作ってくれるよね?」

「・・・・・・もちろん!」

リンの言葉に少し考えたカイトは笑顔でそう答えると颯爽とコックピットに乗り込んだ。

「(クサナギ・・・貴様は何を考えている・・・何故リンちゃんを・・・クソッ!!)」

シートについたカイトは慣れた手つきでアンスリウムを起動させていった。さらに起動と同時にカイトのパイロットスーツとシートがロックされていく、目の前にはウィンドウが開いては閉じ・・・を繰り返し生命の無い機械に命が吹き込まれているようなそんな気がカイトにはしていた。

「(それにルリちゃん・・・君を死なせるわけにはいかない・・・他でもない僕のためにも・・・)」

カイトは様々な思いを巡らせながらも意識を集中し、ボソンジャンプの態勢を整えていく・・・本来ならば全意識をボソンジャンプのイメージングに向けなければいけないのだが、もう何十回と繰り返してきたボソンジャンプはカイトの体に染み付き、今では造作もないことになっていた。

「(・・・フッ・・・結局僕は自分のためにしか戦えないんだ・・・最低だな、今も・・・昔も・・・)」

己をあざけ笑うような笑みを浮かべるとカイトは飛んだ・・・愛する人を守るべく・・・

「・・・行っちゃった・・・」

「そうね・・・」

二人はカイトがいなくなった後でもボソンの光をボ〜っと見つめていた・・・

「泣きたかったら泣いてもいいのよ・・・」

「うん・・・」

そう答えるとリンはユリにすがるように抱きついた、そしてユリもそんなリンを優しく包み込んだ・・・

「(全く・・・この子をこれ以上悲しませる事があったら承知しないわよ!!)」






「当艦隊を指揮するアララギです、よろしく」

「ナデシコ艦長、ホシノ・ルリです。こちらこそお願いします」

ウィンドウ越しに写る宇宙軍の男にルリは律儀に腰を折り曲げて言葉を返した。

「いえいえ、妖精の護衛など、まさにナイトの栄誉・・・」

「は?」

「宇宙に咲きし白き花、電子の妖精ホシノ・ルリ・・・。少佐の事を兵士たちが『電子の妖精』って呼んでるんです。うんうん、まさに可憐」

「はぁ・・・どうも。」

アララギの言葉をルリは疑っていた。ルリは自分の事を有名だとか感じた事は一度も無い、むしろ他の一般の少佐クラスと同じ位の知名度と思っていたのだ。しかし現実は違うルリの知名度は軍内部ではかなり高いものになっていたのだ。少なくともアララギの言葉が嘘ではない程度は・・・

「・・・それでは兵士の方たちにもよろしくお伝えください」

少し恥ずかしくなったルリは急ぎ早に通信を終わらせた。

「電子の妖精、カワイかったッスねぇ・・・」

「うむ、まさに宇宙の宝!」

「今の映像、バッチ録画できました!」

「よし、後でみんなに見せてやろう」

そう言ってアララギが後ろを向いた瞬間だった、それまで笑顔を保っていたオペレーターの顔が凍りつく。

「!!ボソン粒子反応、前方5千キロ!かなりの数です・・・」

「な、何だと!?」

声を荒げて立ち上がるアララギだったが、その現実は変わらずモニターには白い機動兵器がボソンアウトして来ている。その数およそ25・・・いくらアララギでもシャトルを守りつつ敵を殲滅するにはかなり難しい数だろう・・・アララギに決断の時が迫っていた。



「我が部隊の前方に船団あり!」

「戦艦、駆逐艦・・・、民間シャトル。これだ!」

索敵能力を強化されている隊長機は素早く状況確認を済ませると各小隊長に連絡を入れた。

「諜報部からの連絡にありし秘密工作船とはまさにこれなり!!各小隊、戦艦など無視しろ、我らが狙うはシャトルのみ!シャトルを叩け!!」

「「「「了解!!」」」」



「・・・各艦最大船速!菱形陣形で中央突破、敵を突っ切りシャトルを逃がす!!」

「シャトル、先行します」

「え?」

意気込んでいたアララギの気迫はルリのその一言により完全に空回りした。むしろアララギはその言葉を信じられないくらいだ、なにしろ非武装の民間シャトル一隻で敵陣に突っ込むなど自殺願望の現われにしか思えなかったからだ。



「ここからは本職に任せてねー♪」

ミナトはゴートを運転席から退かすと指の間接をパキパキと鳴らしながら席についた。さらに驚くべき事にこの危機感を楽しむかのように笑顔で席についているから恐ろしい・・・

「各員シートベルト着用、対ショックに備えよ」

「よーし、行くかーー♪要するにうまく敵を突っ切っちゃえばいいわけね?」

「はい。とにかくぶっ飛ばして逃げちゃってください」

「は〜い!」

ゴートが艦内アナウンスを響かせている隣ではミナトがルリと連絡をとりあっていた。ウィンドウ越しに写るルリの表情にも緊張や恐れはない、その顔を見て先ほどまでとはまた違う笑みを浮かべたミナトは明るい返事と共に通信を切った。

「さて・・・行きますか・・・」

その言葉と同時にシャトルは急加速し護衛艦隊を大きく先行、ルリの言葉通り単機で敵陣に突っ込んでいった。



「・・・!!・・・シャトルが先行?馬鹿が、死ぬ気か・・・全機、攻撃を開始しろ!!」



「フィールド出力80%、まだイケル!」

「・・・もうちょい・・・もうちょい」

ミナトは天才的な手腕で雨のように降り注ぐ弾丸を最低限の被害で疾走していた・・・回避不能な弾はあえて避けず一気に間を詰めると意外に呆気なく敵陣を突破していった。

「フィールド出力55%・・・危なかったな!」

そしてシャトルが敵陣を突破した時点で勝負は決していた・・・抜けたシャトルを追撃しようと反転したところを艦隊による一斉正射で敵の混乱を誘い、もはや時間の問題と言ってもいいほどアララギ率いる月方面第二艦隊は攻勢だった。

「目標を失い、敵は棒立ちだ!このまま敵を殲滅しつつ突破、後にシャトルの壁となる!・・・さすが妖精・・・ここまで考えていたとは・・・」

「艦長・・・シャトルの進行方向にボソン反応、す・・・凄い数です、その数およそ50!!戦艦クラスも幾つか見られます!!」

「な、何!?」

不敵に微笑んでいたアララギの笑みは、まるでシャトルの動きを予想していたかのような敵の奇襲に見事打ち破られた。





「・・・・・・まさか、『あの方』の言うとおりシャトルが先行しているとは・・・この戦い、もらった!!





「まずいぞ、並走される」

「ちょ、ちょっとォ。話が違うじゃないの〜〜!!」

さすがにこの状況にコックピットにいる全員の頬を汗が流れ落ちた・・・

『【状況予想】並走されつつタコ殴り』

「・・・ハハッ・・・でしょうね。」

目の前に表示されたウィンドウを見て、乾いた笑いを浮かべたミナトはルリに通信を繋げた・・・そうこの状況、誰が見ても絶対絶命である。

「ルリルリ!!」

「ミナトさん・・・(・・・こちらの動きを完全に先読みした作戦、さらにシャトル一隻に対してのこの戦力・・・一体?)」

ルリは様々な考えが頭を巡っていた、敵の戦力、突破の方法、完璧なまでの奇襲・・・この時点ではあまりにも敗因要素が多すぎる、さらに後方の艦隊は第一敵勢力に意外にてこずりシャトルを援護できる位置にはまだいない・・・さらにルリの目の前に絶望的なウィンドウが開いた・・・

『後方にボソン反応!』

ルリは思わずそのウィンドウに目をつぶった・・・

「シャトル・・・このまま進路を変えずに敵陣を中央突破してください・・・」

「「「「エッ!!」」」」

突然の通信に全員が驚きの声を上げた、しかしルリだけはその声を聞いた瞬間目を大きく見開きウィンドウを凝視している。

「ルリルリ!ど、どうするの?」

同じくウィンドウを開いていたミナトは自分の手には余るとルリの判断を煽った、しかしルリにはその言葉さえ届いてはいない。

「ミナト!!先ほどのパイロットの言うとおりにするんだ!」

「エッ!!でも・・・」

「早くしろ!!」

「わ、わかったわよ・・・どうなっても知らないからね!!」

ゴートの言葉で踏ん切りがついたミナトは進路を一切変えず、敵数の一番密集している場所に飛び込もうとしていた・・・

「・・・・・・カイトさん」

その時ルリは誰にも聞こえないほど小さな声でウィンドウに向かって呟いた・・・がしかしそこはナデシコクルー、このような状況でもそういうことに関しては恐ろしいほど敏感だった・・・

「「「「・・・エ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」」」」



「僕の居場所・・・僕にはココしかない『戦場』しか・・・」

カイトの戦いが始まろうとしていたその時、火星にある敵の本部では、地球占領のための計画の最終段階が始動していた。

今、歴史に名を残す戦いの本当の幕が上がった・・・

『グラビティカノン発射準備完了』



「さぁ、クサナギ・・・『あの時』の続きを始めよう・・・」





つづく



後書き

どうも海苔です・・・(^−^)

8話どうだったでしょうか?楽しんでいただければ幸いでございます・・・
8話どうなんでしょうね?私としては全然進んでないじゃんって感じなのですが・・・煤i°△°)

う〜ん・・・やっぱり後書きって何書いていいかサッパリわかりませんね(^^;)

海「カイト君!!」

カ「はい、なんですか?」

海「いや、何したらいいか迷ったんで・・・」

カ「あの、忙しいですけど・・・ホラ、上でも緊迫してますしね!」

海「確かに、でもここではそんな事は関係ありません。」

カ「そ、そうなんですか・・・で、何をしろと?」

海「場つなぎ!」

カ「・・・・・・・・・それでは皆さん第8話「光満ちる宇宙」読んでくれてありがとうございます、感想などメールしていただけると大変嬉しいです(ホントに・・・)気になった事でもなんでもいいです。それではこの辺で、カイトでした!」

海「あっ・・・勝手に終わらせやがった・・・」(°д°)

カ「コホンッ・・・次話も読んでくれると嬉しいです、それでは・・・さようなら!」

海「・・・まっ、いっか・・・お暇でしたらメール待ってま〜す、もちろんお返事も返しますので・・・それではこの辺で海苔でした・・・」





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