機動戦艦ナデシコ
〜 Endless Story 第一章
アカキヒトミ
〜
手を伸ばせば其処にはいつも貴方がいてくれた・・・
貴方の笑顔を見るだけで不思議と心が安らいだ・・・
私が生きた最良の時間・・・
貴方が消えた、あの日・・・
私の中の何かが音を立てて崩れ去った・・・
でも・・・でも・・・
貴方は又、私の前に現れてくれた・・・
カイトさん・・・
貴方の笑顔をもう一度・・・
第四話 目覚めの時
8月10日 ネルガル本社
「会長・・・格納庫にてボソン反応が増大中ですが、いかがいたしますか?」
アカツキは会長室で秘書の話を黙って聞いていた、その顔は緊張感に満ち、これから起こるであろう事件に顔をしかめている。
「あぁ・・・別にほっといてもいいんじゃない、どうせ彼だし・・・」
「わかりました・・・それでは・・・」
そんなアカツキを察したのだろうか、秘書は急ぎ早に通信を切ろうとしている。この女性は知っているのだ、機嫌の悪いアカツキには近づかない方が身のためだと・・・
「・・・おっと、言い忘れるところだったよ。」
そう言って通信を切ろうとした秘書をアカツキが呼び止めた、その顔は先ほどのようなしかめっ面ではなく、いつもの不敵なアカツキの表情に戻っている。
「・・・なんでしょうか?」
「彼が来たら、着替えてここに来るように伝えてくれないかな?」
「わかりました・・・それでは・・・」
秘書は軽い笑顔を交えつつ返事をすると通信を切った。
「・・・これからが今後のネルガルを決めることになる・・・鍵は・・・三つ・・・果たして上手く使えるか・・・」
またもや真剣な面持ちになったアカツキは誰もいない会長室で自分に言い聞かせるように呟いた・・・『鍵』その言葉はアカツキにしかまだ分からない・・・
そのころネルガル地下格納庫ではカイトの乗るアンスリウムがボソンアウトしてきていた、その機体は出て行った時とは違って煤汚れ小さな傷がいくつも見える、それだけでカイトを知るものは先の戦いが激しいものだったと知るだろう、なぜなら今まで行われたアンスリウムの実戦テストでカイトは被弾率1%を切っていたのだから
「・・・ふぅ〜〜〜」
格納庫へと到着したカイトはすぐに降りようとはせずに、ゆっくりとヘルメットを外した。その瞳は何かを見つめるわけでなく、未だに焦点が合わないのかボ〜っとシートに腰を埋めている。
「(ルリちゃん、何にも変わってなかったな・・・)」
ヘルメットを外したカイトは今まで張り詰めた糸が切れたように天を仰いだ、コックピットにいるのだから空が見えるわけではない、しかしカイトの見つめる先にはウィンドウ越しに見たルリの姿が見えている事だろう、そうなると自然にカイトの口元に笑みが浮かぶのはもはや時間の問題だった。
「(それにしてもあの声・・・どこかで・・・)」
現実に戻り今回の事件を振り返れば振り返るほど、あの謎の声がカイトの頭をよぎっていた。
まるで喉の奥に刺さった小骨の様に纏わり付くあの声を少しでも解明するため腕を組みながらカイトは考え始めた、それにしてもあれだけの事をやってのけてなお、疲れの色も見せず余裕綽々としたカイトの態度は誰の目から見ても人間離れしている、さしずめ今までの命を賭けたやり取りが全てゲームだったみたいに・・・
「カイト様・・・会長がお呼びです。着替えた後、会長室へと向かってください。」
突如ウィンドウでカイトの前に現れたのは先ほどまでアカツキと話していた秘書だ、その口調は先ほどと変わりなく淡々としている。が、その頬がほのかに赤く見えるのは気のせいだろうか・・・
「わかりました。」
考えるのを中断して、カイトは簡単にそう答えると、言われた事を実行に移すため通信を切った。
「お〜い!カイト〜〜!!・・・また派手にやったらしいな〜〜!」
コックピット部分から頭を出したカイトは下から声を掛けられる、その声は男性とも女性とも取れるような中性的な不思議な声だ。
「ユウキさ〜ん!」
思わずカイトは身を乗り出して声の主を呼んだ・・・つなぎ姿に長身、紺色の短めの髪、ネルガル本社の女性から熱い眼差しを送られている人物だがれっきとした女性であり、しかもアンスリウムの整備班というオマケ付きである。
ユウキはカイトがネルガルに来た時からの仲で友達と言うより兄弟、初めて会った時から何故か気が合う二人だった、といってもユウキが持ち前の明るさと面倒見の良さでカイトに絡んでいったというのが正しい所なのだが、今ではお互いの力を認め合い良きコンビとしてネルガル内でも有名になっていた。
「だからさぁ〜、『さん』はいらないって言ってんだろー!」
下からユウキの怒声が聞こえる、と言っても本気で怒っているわけではない二人にとっては軽い挨拶みたいなものだ、これも毎度の様にやっているのだがカイトが『さん』を抜かして呼んだ事はまだ一度もない・・・本人曰く『親しき仲にも礼儀あり』らしいのだが実はユウキを納得させるための言い訳だったりする。
「ハイハイ・・・」
カイトは軽く相槌を打つと、7m以上あるアンスリウムのコックピット部分から颯爽と飛び降りた。
「・・・なぁ、カイト・・・」
目の前に飛び降りてきたカイトを呆然と見つめながらユウキは口を開いた
「?・・・なんです?」
「いっつも思ってたんだけど、あんな所から飛んで大丈夫なわけ?」
「・・・えぇ・・・」
カイトは当たり前の様に答えた、さしずめ「何でこんな事を聞くんだろうか?」とでも言いたそうである。
「・・・まっ!カイトがそう言うんなら良いんだけどさ・・・ところで、どうだった?初めての実戦は!」
ユウキの顔はまるでテストが返ってくるのを心待ちにしている子供のような無邪気な顔をしている。
それもそのはず彼女にとって今まで自分のやってきた事が正しかったのかどうかがわかる瞬間なのだ。
ユウキは固唾を飲んでカイトの次の言葉を待った。
「ん〜そうですね!やっぱり凄い機『ササキさ〜ん、早く整備始めちゃいましょうよ〜』
カイトがユウキと話している途中、ユウキに声が掛けられた。
その声を聞いた瞬間、ユウキの顔が失望に包まれた事は言うまでも無い・・・
「・・・こらー!てめーらー!!班長って呼べって言ってんだろがーー!?」
そんな気持ちを吹き飛ばすようにアンスリウムの横に群がっている整備斑の連中に向かってユウキの怒声が轟いた、先ほどの会話で分かるようにユウキはアンスリウムの整備班長という立場にいる、もちろんこの肩書きは伊達ではない腕は超一流である・・・
「カイト!悪いな、ちょっと行ってくるよ!あいつら俺がいないと何にもできねぇ〜らしい・・・」
「「「「ササキさ〜ん!ヒドイっすよ〜!!」」」」
ユウキの言葉を聞いた整備班の連中の声が格納庫内に響き渡った・・・
「・・・一発殴らないと分からないらしいな・・・」
「フフッ・・・相変わらず楽しい人たちですね・・・」
「口の変わりに手が動けば俺も楽しんだけどな・・・」
「・・・とりあえず僕は失礼しますよ、さっきの話は・・・ん〜今度、飯の時にでも・・・」
「奢りだろうな?」
『飯』と聞きつけユウキの目がキランッと輝いた、しかしカイトもその事を予想していたのか間髪入れずに即答した
「いやです・・・」
「・・・ケチ!」
「・・・一体何回奢ったと思ってるんですかぁ?」
苦悩の表情を浮かべるカイトにゆっくりと手を開きながらユウキは口を開いた・・・
「ご・・・5回ぐらい・・・かな?」
「今月のですか?」
「今までで・・・」
「・・・それじゃあ失礼します・・・」
「あ〜〜待て待て、頼む!今月ピンチなんだよ〜・・・お願い!今回だけ!ホントに!」
「今月始まったばかりですよ?」
「頼む〜」
「・・・はぁ〜しょうがないですね〜・・・まっ最初に誘ったのは僕ですしね・・・」
その瞬間ユウキの顔がパァ〜と明るくなる、どこに行っても押しに弱いカイトだった・・・
「クッ〜〜!やっぱお前は最高だよ!!」
「はいはい・・・それじゃあ僕は失礼しますよ・・・後ろの方々が暇してますしね!」
カイトは何気ない仕草でユウキの後ろを指差した
「あっ・・・あいつら・・・」
ユウキは後ろを振り返った瞬間、思わず絶句した。
二人の後方では整備員の連中が円を作ってバレーをしている、ここをどこかの会社の屋上と勘違いしているのだろうか・・・いやその前にカイトは耳に入ってくる「それ〜〜・・・」「やぁ〜〜・・・」等の声はどうにかならないのだろうか・・・
「そうだな・・・俺も今、用事が出来た・・・飯!楽しみにしてるからな!」
「はい・・・」
その言葉でカイトとユウキは同時に違う方向へと歩き出した、その時チラリと見たユウキの手に妙な力が入っている事に気がついたカイトだが余り気にせずドアへと向かっていく
ゴン!ゴン!ゴン!ゴン!
格納庫でカイトが最後に見た光景・・・それは腰に手を置き仁王立ちするユウキの前で頭を抱えながらうずくまる整備班の姿だった。
「(ご愁傷様です・・・)」
10分後・・・
「失礼します・・・」
そう告げるとカイトは遠慮なく会長室へと入っていった。
「いやぁ〜〜ご苦労だったね、どうだったんだい?向こうは?」
部屋に入ったカイトにアカツキは話しかけた、言っている事は軽そうだがその顔はいたって真面目である。
「知っているかもしれませんが、結論から言いますと火星の後継者によってアマテラスが爆破されたため13番ゲートにあった遺跡のその後は不明です。・・・たぶん敵の手の内でしょう、・・・・・・それと・・・」
「それと?」
アカツキはカイトの言葉に益々眼光が鋭くなってくる。
「黒い夜天光が現れました、その狙いは・・・ナデシコです。」
カイトの答えにアカツキの眉間に深い皺が刻まれる
「例の北辰・・・では無いんだね?」
「はい・・・北辰は黒い夜天光との戦闘後、赤い夜天光に乗って現れましたから。」
「ふぅ〜ん・・・敵さんも切り札を出してきたって事かな・・・」
「その様子だと、アカツキさんも何者かわからないようですね・・・」
「ハハハッ・・・・・・僕だって何でも知っている訳ではないよ・・・そんな事より問題はナデシコを狙って来たという事だ・・・」
「そうですね、この時点で彼らがナデシコを脅威と見ているなら・・・」
「敵の指揮官が恐ろしいほどの切れ者か・・・」
「あのパイロットが曲者か・・・ですか?」
二人の間の空気がピリピリとしてくる、この場に二人以外の誰かが居たとしたら思わず逃げ出したくなるだろう、それほどまでに会長室の空気は異様だった。
「その通り・・・どうやら事態は思ったよりも悪いらしい・・・」
「アカツキさん、ナデシコは今・・・」
フッと黒い夜天光が頭を過ぎった瞬間、カイトになんとも言えぬ不安が湧いてきた。
「その事は安心していい・・・君が来る前に報告があった、宇宙軍上層部の命令で今地球に向かっているらしい、その途中で襲われたという話も無い、もっとも敵さんもそれ所じゃないんだろうけどね・・・」
「・・・そうですか。」
アカツキの答えにカイトは思わず安堵した、もっともナデシコに何かあったらカイトは飛んででも向かっていただろうが・・・
「アカツキさん、ところでアレは?」
「そっちも大丈夫、月ドッグで最終調整中さ・・・それよりもカイト君・・・」
「なんです?」
「その黒い夜天光はその後どうなったんだい?」
「僕と交戦後、逃げられました・・・」
「んっ!君が逃がすなんて相当な腕なんだね、そのパイロット・・・」
「えぇ・・・」
この時カイトは本能的に敵のボソンジャンプ、戦闘能力を隠してしまった、何故かはカイトにも分からない、しかしカイトには黒い夜天光が自分と密接な関係がある気がしたのだ。
「・・・ふ〜ん。これ以上話すことも無さそうだし、君は部屋に戻っていいよ・・・」
「そうですね、何かあったら連絡してください・・・」
カイトはアカツキに返事をするとドアへと近づいていった。
「もし暇なら特別治療室に向かうといい、もしかしたら良い事があるかもね。」
アカツキは呟くようにカイトに告げる。その時には会長室の空気も先ほどまでと一変して、穏やかなものになっていた。
「・・・わかりました。」
カイトはアカツキの言葉に微かに微笑むと会長室を後にした。
カイトが会長室から出て行った30分前・・・
ナデシコB
そのころナデシコは、宇宙軍からの命令を遂行するために、一路地球へと向かっていた。
「艦長、地球までのコースに乗りました。」
ルリは自席にて女性オペレーターの報告に耳を傾けた。しかしその顔にはあきらかに疲労の色が見えている、身体的なものでなく精神的なものだろう、ルリでも・・・ルリだからこそ、ここまで疲れているのかもしれない。
「・・・・・・」
「?・・・艦長?」
一向に返事の無いルリを心配してか、女性オペレーターが声を掛けた
「あッ!・・・スミマセン・・・報告、了解しました。」
夢から覚めたようにルリが答えると、自ら通信を切った。
「艦長・・・ここは俺らで大丈夫ですから休んでください。」
先ほどの行動を見ていたサブロウタが声を掛ける、その声からは明らかに不安な気持ちが見え隠れしていた、それもそのはずなのかもしれない、サブロウタがナデシコBの副長として就任して以来ここまでルリがそのような態度を取った事は無かったのだから・・・いや過去に一度だけあった、カイトが死んだ日・・・このときのルリは本当に見るに辛いものがあった事をサブロウタは思い出していた。
「・・・・・・わかりました、スミマセンが少し自室で休ませてもらいます。」
ルリは少し考えた後、サブロウタにそう告げた。
ルリとしてはこの場に自分が居ることでみんなに要らぬ苦労をかけたくなかったんだろう、もしかしたら一人になる時間が欲しかったのかもしれないが・・・
「了解しました。」
ルリはサブロウタの返事を聞くと無言でブリッジから出て行った・・・
「艦長、どうしたんですかね?」
不安を顔いっぱいに溜め込んだハーリーがサブロウタに尋ねた
「・・・・・・今は何も聞くな・・・」
ハーリーの問いにサブロウタは冷たく言い放った・・・サブロウタはこの時には気がついていたのかもしれない、ルリのあの態度の原因が・・・
ドサッ・・・
自室にと辿り着いたルリは力無くベッドへと座り込んだ、
「(カイトさん・・・)」
ルリは少し前に会った白い機動兵器のパイロットを思い出した。ヘルメットに付いていたバイザーのため顔は分からない、しかしルリには断言できた、あのパイロットはカイトだと・・・
「(忘れたくても忘れられない、あの優しい声・・・あの笑顔・・・)」
ルリはおもむろに首の後ろに手を回すと何かを外し始めた、そしてそれを外したのか服の下から青い水晶がついたペンダントが現れる、それはナデシコ長屋でカイトがくれた誕生日プレゼント・・・ルリにとって最も大事な物であった。
「・・・・・・。」
ペンダントを手の上に置き、じっと見つめていたルリに突如、睡魔が襲いかかってきた・・・
「あっ・・・」
ドサッ・・・力無くルリはベッドに倒れこんだ。
「ルリちゃん・・・」
「・・・・・・」
カイトとルリは一つの墓石の前に立っていた、
「・・・人は生きていく上で、いったい幾つの死と出会うんだろうね・・・」
「・・・・・・」
カイトが話しかけてもルリは放心状態の様に何も答えなかった、金色の瞳が不思議と霞んで見える、しかしカイトもそんな様子を気にすることなく話を続けた・・・
「信頼すべき仲間の死・・・罪も無き人々の死・・・時代がそうさせた敵の死・・・そして、愛すべき家族の死・・・」
最後の言葉にピクッと反応したルリはゆっくりとカイトの顔を見た、しかしカイトはただ前を向き話を続ける・・・
「人は誰かの死に直面するごとに立ち止まり・・・乗り越え・・・そして成長していくと思うんだ・・・・・・だからね、ルリちゃん・・・」
カイトは優しく語りかけながらルリの方へと向き直った
「二人の死があまりにも大きく高い壁ならば・・・僕も手伝うよ・・・一人で無理なら二人で乗り越えればいいじゃないか・・・」
「カイトさん・・・」
カイトは満面の笑みをルリへと向けた、そしてルリは自分の心に光が射した事に気がついた、止めどなく溢れてくる自分の感情と共に・・・
「大丈夫・・・僕はいつでもルリちゃんの傍にいるよ・・・」
「カイトさん!!」
ルリは勢いよくベッドから飛び起きた・・・イマイチ現状の理解ができていないらしい自分の部屋だというのに周りを見回した
「ハァ・・・ハァ・・・・・・あ、あれは・・・ゆ、夢?・・・」
ルリは先ほど自分が見ていたものが夢だと理解したが、自分が何故眠りについたのが分からなかった、確かに疲れてはいた・・・しかし身体的には全く疲れてはいないのだ、自分が突然寝てしまうはずがない・・・ますます深みにはまっていくルリは眠っている間も握り締めていたペンダントに気づいた。
「カイト・・・さん?」
そして改めて握り締めていたペンダントを胸元に引き寄せると愛しい人を抱きしめるように優しく包み込んだ。
「(カイトさん・・・あの時の言葉・・・忘れていませんよね・・・)」
カイトがアンスリウムの中で天を仰いでいたであろうその時、ルリもまた天を仰いだ・・・
特別治療室前
会長室から出て行ったカイトはすぐにここにやって来たのだが、なかなか入るきっかけが掴めず入り口付近で行ったり来たりしていた。
「(ん〜〜・・・入りたい!でもアカツキさんの言葉も気になる!なんかやってそうだしな〜)」
困った顔で腕を組みながらこの調子である・・・
「何してんの?」
その言葉にカイトはビクッ!と反応するとゆっくり後ろを向いた・・・
「ユリさん・・・」
自分の知っている顔にカイトは思わずホッとした。ここは安全と知りつつも戦闘直後という事もあり少々神経が臆病になっているらしい。
「なによ〜・・・お化けでも見たような顔して・・・」
そんなカイトの様子を見て、ユリは顔から口からと不満を吐き出した。
「・・・ハハハッ・・・(は、話を変えないと・・・ヤ、ヤバイな・・・)」
カイトは以前同じような状況に陥り2時間近く愚痴を聞かされた事を思い出した。
「あっ!ユリさん、これから食事ですか?」
何か話を変えるきっかけを見つけようとしたカイトはユリの持っていたお盆に注目した、盆の上には、ご飯、味噌汁、数種類のおかず、しかし何故か子供の食事の様に量が少ない。
「いえ・・・これは私のじゃないわ。」
ユリはゆっくりと首を振った
「じゃあ・・・まさか・・・」
「そっ!・・・そのまさか・・・」
ユリはカイトに微笑みかけると特別治療室へと入っていった、もちろんカイトも後を追うように入っていく。
「き、君は・・・」
部屋に入ったカイトの目に飛び込んできた光景は、まさに心躍るものがあった。今まで少女が眠っていたベッドに座る黒髪の少女、しかし俯いているためカイトの位置からは表情が見えなかった。
「お待たせ!」
ユリはベッドの備え付けの机にお盆を置くと少女に優しい口調で話し掛けた、その様子はどこか母親というものを連想させる。
「・・・・・・」
しかし少女は無言・・・大きく開かれた真紅の瞳が霞んで見える
「・・・!」
その状況に耐えかねたカイトが少女に話し掛けようとした瞬間、カイトは少女の真紅の瞳に心を奪われた。
「(赤い瞳・・・そしてあの声・・・)」
「?・・・どうしたの?」
突然自分の世界に入り込んだカイトを不思議に思ったのか、思わずユリが話しかけた。
「・・・・・・。」
しかしカイトの耳にはユリの声は届いていなかった、無言で腕を組みながらさらに自分の世界にカイトは入っていく。
「(・・・忘れていた・・・赤い瞳・・・あの声・・・僕は知っている・・・あの男を・・・)」
ユリはそんなカイトの態度に、ついつい手が出てしまった。
「(あの人の名は・・・クサナ)
ギ!!
」
考え込んでいるカイトの脳天にユリの手刀が打ち込まれた。角度、速度、威力、どれも申し分ない。
「あら、気づいた?」
「ハ、ハハッ・・・十二分に・・・」
頭を撫でる様にさすりながらカイトは答えた・・・
「どうせHな事でも考えてたんでしょう?」
「ブッ!!・・・ち、違いますよ!!」
「はぁ〜あ、これだから最近の若者はねぇ〜〜・・・」
「もう勝手にしてください・・・」
なかば諦めたようにカイトは肩を落とした。
しかしその時、電池の切れた人形のようだった少女の霞んだ瞳が、カイトを視界に収めた瞬間、新たな息吹を吹き込まれたかのようにパッと光を取り戻した事に二人はまだ気づかなかった・・・
「ところでカイト君、ちょっと話があるんだけど・・・」
「・・・なんです?」
少女に話し掛けていたカイトは首を傾げた。
「ちょっと向こう、いい?」
と言ってユリは廊下を指差した。
「・・・えぇ・・・」
ユリの真剣な眼差しを不思議に思いつつも、カイトはユリの後をついて行った。
「んっ!!」
廊下に歩き出したカイトは突然後ろに引っ張られた。
「・・・行っちゃ・・・やだ・・・」
その声に後ろを振り向くと少女がカイトの服を掴んでいる。
「・・・ちょっと待っててね!あのお姉さんとお話があるんだよ・・・」
カイトは優しく少女の髪を撫でると悟す様に優しく告げた。
「・・・うん・・・」
渋々納得したのか少女はベッドへと戻っていった。
「で、話というのは?」
廊下に出た二人は真剣な面持ちで話を始めた・・・
「えぇ・・・分かってるかも知れないけど、あの子の事なの・・・」
ユリは不意に言葉を濁した。
「・・・・・・。」
一方、カイトも無言のままユリの言葉を待っている
「・・・単刀直入に言うけど・・・あの子の面倒・・・あなたに見てもらいたいの・・・」
「エッ!!」
ユリの突然の言葉にカイトの頭の中に巨大な疑問符が浮かんできた。
「またなんで?」
「・・・確かに私もこの考えには半信半疑だったけど・・・あの子の態度を見たら、そっちの方がいいのかなって・・・」
そう言ってユリは黙ってしまった。
「?・・・話が、見えてこないんですけど・・・」
「あっ・・・ゴメンなさい、説明不足だったわね、実はこの発案は会長によるものなの・・・」
「アカツキさんが?」
カイトの中の疑問符は消えるどころか、更に大きくなっていく。
「私は反対したけど、会長はどうしてもって!」
「なんで僕なんですか?」
「はっきり言って分からないわ・・・せめてあなたじゃなければよかったのに・・・」
「・・・?」
「こんな事、口に出したくないけど、あなたはパイロットよね?」
「はい。」
「カイト君が凄腕のパイロットだと言うのも知っている・・・けど死と隣り合わせと言う事に変わりは無い・・・身近な人の死があの子にどれほどのショックを与えるかわかったものではないわ・・・」
「・・・えぇ、確かに・・・」
「でもそれを説明しても会長は意見を曲げなかった・・・きっと何かが君にあるんでしょうね!・・・
だからあの子を守ってあげて!!
カイト君ならきっと出来る!」
「・・・そ、そこまで言うなら僕が責任を持ってあの子の面倒を見ます・・・断る理由もありませんし・・・でも・・・」
カイトはユリの気迫に一瞬気圧されながらも、返事を返した。
「でも?」
カイトの返事に顔を緩めたユリだったが、カイトの最後の一言を思わず復唱してしまった。
「あの子が何て言うか、知りませんよ?」
「・・・大丈夫よ!」
そう言ってユリは口元に笑みを浮かべながらカイトの後ろを指差した。
「んッ!」
一瞬カイトは我が目を疑った、カイトの見たもの、それは少女がカイトの服をしっかりと握っている光景だった。
「い、いつのまに?」
「まっ!いいじゃないの・・・それよりも詳しい事は後日説明するから今日は早くその子を休ませて上げて・・・」
「あっ・・・はい、わかりました。・・・それじゃ行こっか?」
カイトは少女へと向き直ると手を差し伸べた、そして少女もグッと服を握っていた手を離しカイトの手をしっかりと握った。
「カイト君・・・絶対死なないって誓える?」
自室へと戻ろうとした二人をユリの言葉が引きとめた。
「やり残した事・・・まだいっぱいあるんで!」
カイトは首だけ振り向くと笑顔で答えた。
「・・・!!・・・幾らその子が可愛くても襲っちゃ駄目よ!」
カイトの答えに安心したのか、捨て台詞の様にそう言うとさっさと部屋へ入っていった。
「そんな事しません!!」
誰も居ない廊下にカイトは叫ぶとゆっくり自室へと歩き始めた。
「やり残した事・・・か・・・やりたい事は見つけられる・・・でもね、カイト君・・・やり残した事は、いつか終わってしまうのよ・・・その時あなたはどうするの?」
部屋に入ったユリは見えなくなった背中に語りかけた・・・
カイトは少女を連れて本社にある自室へと向かっていた。
「あっ!まだ君の名前聞いてなかったね!・・・名前はなんていうの?」
「・・・・・・リン・・・」
少女は常にカイトの手を握っている・・・というより、特別治療室を出た時から放そうとしないのだ。
「リンちゃんか・・・いい名前だね!」
「・・・うん・・・」
リンは初めて年相応の優しい笑みをカイトに向けた、そしてその顔はカイトの大切な人の笑顔にどこか似ていた・・・
「・・・僕の自己紹介がまだだったね、僕はカイト、ミスマル・カイトっていうんだ!・・・よろしくね!・・・」
リンの笑顔に心奪われたカイトだったが、すぐに我を取り戻すと笑顔でリンに答えた。
「よろしく・・・」
そんな会話をしているうちにカイト達は自室へと辿り着いた・・・
「ここが僕の部屋なんだけど、これからは君の部屋にもなるのかな?・・・」
などと言いつつ二人は部屋に入っていった。
しかしカイトの部屋は生活感というものが欠如した部屋だった、特別なものがあるわけでもなし、簡素な部屋にベッドとトランク、テーブル、そして写真立てが一つがあるだけ、奥には小さなキッチン、トイレが見える、趣味らしい物が一切見つからない、簡単に言うと恐ろしくつまらない部屋なのだ。
「なんかゴメンネ、何にも無い部屋で・・・」
カイトが恥ずかしそうに頭を掻いている一方リンの方は何か珍しいものでも見るようにキョロキョロと辺りを見回していた。
「・・・・・・この人たちは誰?」
リンはテーブルの上に飾ってあった写真立てを持っている。
「・・・僕の家族さ・・・」
その写真はルリが持っていたものと同じで屋台をバックにカイト、ルリ、そしてアキトやユリカが写っている物だった。
「・・・家族って・・・何?」
その質問にカイトは一瞬戸惑ったが、すぐにリンの方を向いた
「自分よりも大切な人かな?・・・」
そう言うとカイトは少し強めにリンの頭を撫でた、まるでリンの疑問を振り払うように・・・
「・・・・・・」
その答えにリンは何も答えなかった、ただジッと黙って何かを考えているようだ・・・
「・・・・・・そろそろご飯にしようか?お腹減ったでしょ?」
時刻はすでに7時を回っている、夕飯を食べていても可笑しくない時間帯だ、証拠にカイトのお腹はさっきから悲鳴を上げていた。
「・・・うん・・・」
その答えを聞いたカイトは軽く微笑むとキッチンに入っていった
30分後・・・
「いやぁ〜お待たせ〜・・・」
カイトは簡単な料理をテーブルへと並べていく・・・そのどれもが家庭的で実においしそうに見える。
「・・・おいしそう・・・」
リンは素直な感想を口にすると箸を手に取った、しかし子供にはその箸は大きすぎて扱いにくいらしく、目の前の料理をつまむのではなく、箸を刺して口の中に放り込んでいく、特別治療室で食事に一切手をつけなかったとは思えない食べっぷりだった。
「・・・ありがと・・・それじゃあ食べよっか!・・・ってもう食べてるね・・・」
カイトは何故かこの時、目の前にいるリンがルリと重なって見えた・・・
「(そういえば、昔はよくルリちゃんにも作ってあげてたなぁ・・・)」
「カイトさん・・・」
「なに?」
二人はナデシコBの食堂にいた、カイトが厨房を借りてルリにご飯を作ってあげたのだ。
「おいしいです・・・」
ルリは他の人には絶対見せないような笑みをカイトに向けた、もっともルリ自身もその事には気がついていないだろうが・・・
「ありがと・・・」
カイトもルリに満面の笑みを返した
「・・・・・・」
その顔を見たルリは思わず食べるのをやめて俯いてしまう
「んっ?・・・」
その様子をカイトは不思議そうに見つめている
「カイトさん・・・今度この料理の作り方教えてくれませんか?」
俯きながらもルリはカイトに話し掛けた、その顔がほのかに赤くなっている事にカイトは気がついていない。
「もちろんいいとも!」
その言葉を聞いたルリは目の前にある料理を食べ始めた。
「じゃあ・・・何時にしようか?・・・明日なんてどう?」
「でも明日は色々と忙しいですよ・・・」
「あっ・・・そうだった!・・・ん〜〜〜じゃあね〜〜・・・・・・」
この日は二人の会話が不思議と盛り上がった日でもあった
カイトがルリの前から消える5日前の出来事である・・・
「(あの時の約束、まだ果たしてないなぁ〜・・・ルリちゃんもう忘れちゃったかな?・・・)」
カイトは久しぶりに昔の事を思い出したリンが原因かはわからない、しかし今までカイトは昔の事を思い出すのを極力避けていた・・・過去ばかり見つめていたら前に進めない気がしたから・・・
「・・・どうしたの?・・・」
ふと気がつくとリンがカイトの顔を覗き込んでいる、その顔は初めて見た時の様に無機質な物ではなく、感情に溢れるいい表情をしていた。
「なんでもないよ・・・なんでも・・・ね・・・」
カイトはやんわりとリンの髪を撫でた・・・
「・・・わかった・・・」
そう言うとリンも自分の席に戻り、再度食事を食べ始める。
「(この子といると不思議な気分になる・・・昔を思い出すというか・・・癒されるというか・・・不思議とホッとする・・・)」
「よろしかったんですか、会長?」
エリナが真剣な表情でアカツキに話し掛けた
「なんのことだい?」
一方アカツキの方は知らん顔である・・・
「あの子の事です・・・」
「あぁ〜〜その事ね・・・」
アカツキはようやく気がついた素振りをするが、もちろんそんな事は無い・・・最初っから気がついている、そんな事をするのがアカツキなのだ・・・
「そうです・・・」
「あの子には彼が必要さ・・・」
「しかし、あの子はホシノ・ルリをも越える人材なのかも知れないのですよ!」
「その通り・・・だからこそさ!」
「どういうことですか?」
エリナの顔に戸惑いの色が浮かんだ
「そうだね・・・例えば十の力を持つ人間と五の力を持つ人間がいたとしよう・・・どっちが勝つと思う?」
「?・・・十の力を持つ人間でしょう?」
エリナは話の主旨を掴めずにいた、その顔には戸惑いの色が浮かんでいる
「まっ普通はそうだろうね・・・しかし十の人間は100%の力しか出せず、五の人間は120%の力が出せる・・・これならどうだい?」
「それでも十の人間でしょう・・・」
「・・・そうかな?もしかしたら五の人間が勝てるかもしれないよ?」
「なぜです?」
「それが人の不思議なところさ・・・」
「それがあの子の事と何か関係があるのですか?」
エリナの声に次第に感情がこもってきた。
「ヒント・・・感情を持っていなければどんなに優れた力も発揮できない・・・とでも言っておこうか・・・」
アカツキは意味深な笑みをエリナへ向けた。
「・・・ごちそうさま・・・」
そう言うとリンはゆっくり箸を置いた、驚くべき事にカイトが出した料理のほとんどが無くなっている。
「やっぱり子供はよく食べないとね!・・・さっ後片付けと・・・」
そう言うと慣れた手つきでカイトはテーブルの上に置かれた皿を重ねて、台所へと運んでいった。
「お兄・・・ちゃん・・・私も手伝う・・・」
カイトはその声に反応して後ろに振り返った。そして改めて『お兄ちゃん』という言葉を思い出し、自分に新しい家族ができたことを確信した。
「・・・リンちゃん・・・ありがと!・・・でも向こうで休んでていいんだよ。」
カイトと同じく何枚もの皿を持ってきていたリンにカイトは悟らせるように優しく話し掛けた。
「手伝う・・・」
リンは真剣な眼差しでカイトを見つめた、ここまでくると最初に会った時のような印象は全く無い、むしろこの場にいる事さえ不思議に思えてくる・・・そしてその考えはカイトの中にも確かにあった・・・
「(この子にもあんな事さえ無ければ、)・・・そ、そうだね、一緒にやろうか!」
リンの真剣な眼差しに、カイトはリンの強さを思い知らされた。しかし気づいているのだろうか、リンの強さとカイトの強さが似ていることを・・・
「うん!」
リンは満面の笑みをカイトへと向けた、こんな様子を第三者が見ればとても仲の良い兄妹に見えるだろう、それほどまでに二人を包む空気はゆっくり・・・穏やかに流れていた。
「じゃあ、向こうにあるお皿を全部こっちに持ってきてくれるかな?」
「・・・わかった・・・」
そんなこんなをしているうちにカイトの長き一日は終わりを告げた・・・
「・・・クサナギ・・・貴様は俺が必ず・・・殺す・・・」
どこかで何かが目を覚ました・・・
つづく
後書き
皆さん、こんにちは海苔で〜す。(^▽^)
第四話をお贈りしました。
やっと話に個性が出てきたかなぁ〜?・・・なんて思っちゃったりしちゃいました。(ごめんなさい・・・気のせいです・・・)
話は変わりますが、過去多すぎですね・・・申し訳ございません。(T−T)
それにしても最近後書きに何書こうかと悩みまくりです・・・(誰かいいアイデアくれないかなぁ・・・でも・・・無理だろうなぁ・・・)
ど〜しよ〜・・・HELP ME〜
?「あの〜・・・」
海「んっ!!・・・誰かと思ったらアヤちゃんじゃないの〜・・・なんでココ居んの?」
ア「ルリさんに今回はココに行けって、言われまして・・・」
海「そーいえば前回ルリちゃんそんなこと言ってたような・・・」
ア「で、私はどうすればいいんですか?この話では全く出番無かったのに!」
海「ハハッ・・・じゃ、じゃあどうだった?今回の話は・・・」
ア「別にいいんじゃないですか・・・私は出てませんけど!」(怒)
海「・・・まぁ〜まぁ〜・・・きっと次話、ん〜その次かな?きっといつか出番はあるさ!」
ア「別に、い・い・で・す・け・ど・ね!」(怒怒)
海「・・・次話に必ず・・・」
ア「・・・忘れないで下さいよ・・・絶対・・・」(−△−)
海「ハハハッ・・・ハハハッ・・・さいなら〜〜そんなの分かんないも〜ん!?」(>△<)
ア「あ〜〜〜!!・・・・・・作者が逃亡したために!今回はこの辺で失礼しますね!感想やご意見、よろしかったらメールしてください、もしかしたら作者も帰ってくるかもしれませんし・・・それでは次話でお会いしましょう。(私、出番あるのかなぁ〜)」(T◇T)
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