『逃げるな』









驚いた。









部屋の前に今一番会いたくて今一番会いたくない少女が立っていたから。
浴衣姿でいつもと違い髪をひとつに結い上げてバレッタで止めてる。
湯上りのようだ。大浴場からの帰りなのかもしれない。

彼女は僕が来ていることに気づかず、
何度も何度も扉を叩こうとしてはためらうことを繰り返していた。
しばらくして、諦めたようにため息をついた後、そっと扉に手を触れてつぶやいた。



『ごめんなさい……』


ドクン!



―血が―燃えた―




「話があるんだ。ルリちゃん」
「えっ!?」


逃がさない。

今度だけは!絶対に!



振り向いた彼女の左手を掴む。

右良し!

左良し!

後ろ良し!



グィ!


バンッ!


プシュー。




腕の中の…
何よりも愛しいぬくもりと…
脳髄まで蕩け落ちそうな石鹸の香りに包まれて…



―――――――カチン。



僕は今まで邪魔だった全てを遠ざける音を聴いたのだ。









<見ない方が…>






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