『逃げるな』
2年前。
記憶をなくしたまま独り取り残された僕を『ついてくれば…』の一言で連れ出してくれた6つ年下の女の子。
彼女は今や下手なアイドルより有名な『電子の妖精』
連合宇宙軍実験戦艦ナデシコB・艦長ホシノ・ルリ少佐になっていた。
それでも僕にとっては、出逢ったあの頃と同じ大切な妹だった。
ユリカさんの親子喧嘩に付き合って一緒に家を出た日も。
アキトさんの部屋で皆で過ごした日々も。
彼らの結婚式の日も。
あの事故の日も。
2人で一緒にいることが当たり前で。
アキトさんとユリカさんと3人で「ルリちゃんに幸せになってほしい」と願ったときも。
2人のお葬式の後、1人で声も立てずに涙を流している彼女を見たときも。
軍に戻ると…ナデシコに戻ると決めたときも。
軍服に身を包み、真っ直ぐ前を見据える姿を感じたときも。
絶対に…絶対に彼女を守ると僕は誓った。
彼女の笑顔がみれるのが嬉しい。
彼女が楽しそうに話してくれるのが嬉しい。
彼女が時々僕にだけ甘えてくれるのが嬉しい。
彼女が悩むとき、僕の手を必要としてくれるのが嬉しい。
その想いはいつの間にか『妹』としてではなくなっていたけれど。
「とにかく…もう1回ルリちゃんに会わないと…」
ぼんやりした意識を振り払って僕は立ち上がった。
―会ってどうする?―
そりゃさっきのことを確かめないと。
―確かめるって何をだよ?―
え、だから、さっきのアレのことを…。
―アレはアレだろ?―
っ!アレはアレだけど一応確認というか…何かの間違えかもしれないし…
―あの状況で何をどう間違えるんだよ。―
ないとは言えないだろ!ないとはっ!
―今更逃げるなよ。やっと告白するんだな?―
そ、それはっ…。
―彼女の気持ちはわかっただろ?―
そりゃ…って、だから違かったらどうするんだよ!
―黙って押し倒す!―
何考えてるんだぁぁぁっ!
僕は混乱している。
そうだよ、混乱しているんだよ、ちくしょーめ(涙)
立ち上がったまま始まった自分の中の葛藤を振り切るようにもう一度しきりなおす。
「と、とにかく!もう1回ルリちゃんに…」
「艦長がどうしたって?」
「うぁっ!!…さ、サブロウタさんっ!」
よっ。と右手を上げて副長が背後に立っていた。
「何でここにっ!?」
「お前ねぇ…休憩室にパイロットが休憩しにきちゃいけないのかなぁ?」
そう言ってニヤニヤと笑うサブロウタさん。
「う゛。いえ別に…そんなことは…」
「で?艦長がどうしたって?」
「な、な、な、な、な、何でもありませんっ!」
非常に…非常にまずい人に見つかった気がする。
さらに深くなるニヤニヤ笑いをたたえたサブロウタさんの追及を必死にかわす僕。
頼むから今は触れないでくださいよぉっ(涙)
「ふ〜ん。まぁ無理に言わなくてもいいけどな」
「は…はは…ありがとうございます」
しっかりジト目で睨むサブロウタさんの前で僕の背中はすっかり汗だくだった。
「まぁ何にせよ…だ」
僕の肩にポンッと置かれる手。
「我慢しすぎるのは身体によくないぞ、カイト」
「サブロウタさんっ!!」
「わははははっ」
真っ赤になった僕の怒声をすり抜けて、
大声で笑いながら逃げていく背中を見送ったら、自然とため息がこぼれた。
はぁ。
何か…物凄く疲れた気がするけど…ちょっと落ち着いてきたかも。
サブロウタさんに微妙に感謝しつつ、僕はルリちゃんを探すことにした。
<もうちょいありますが…>