『逃げるな』






目の前にルリちゃんがいた。




もっと言ってしまえば………目の前5cmの位置に。


起き抜けの頭にも彼女のアップは衝撃で。

身体はカチカチ。
呼吸の仕方さえも忘れて。

視線をそらすこともできずに、同じように固まってる琥珀の瞳を見つめていた。


やっぱ、ルリちゃん、かわいいよなぁ。


なんて、余計な思考だけが頭の中をぐるぐる巡っていた。


「……………えっ…と……」


どちらが発した声だったのか。
漏れでた声がこの凍った時を溶かした。


「あ…………」


動き始めた時間を確かめるように何度も瞬きをしていたルリちゃんは、
弾かれたように身を離して顔を伏せたまま走り去っていく。

僕はただ…
見慣れた艦長服がドアの向こうに消えるのを見つめていた。


僕の頭の中は真っ白で。

耳どころか首まで全部赤く染め上がった彼女の顔と
離れた瞬間の微かに動いた彼女の唇の映像の繰り返しに侵されていく。


「…は………は…は…は…」


自分でも驚くくらいに掠れた声が休憩室の中に響く。

その声をキッカケにすっかり固まっていた身体がソファーに崩れ落ちる。


……………………。


こういうの…何て言うんだっけ?


『上げ膳・据え膳』


じゃないだろっ!(汗)


『棚からぼた餅』


でもないってばっっっっ!!(滝汗)


……………………。

ゆ、夢じゃ…ない…よな?


『ごめんなさい……』


真っ赤な顔でそう残して去っていた彼女の声が浮かぶ。



…やばい。



鼻腔をくすぐる甘い残り香と。



やばいよ。



唇にほのかに残る温かさに。



めちゃくちゃ嬉しいじゃないか!




茹で上がった僕の頭は混乱を極めていた。





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