『おかえりなさ〜い!!』
ナデシコC。
ブリッジにいるメンバーから声がかかる。
一様に疲れた顔をしているが、それでもみんな嬉しそうだ。
そう。ルリは無事ナデシコに帰ってきた。
ミナトとの約束通り、今度はちゃんとカイトを連れて。
カイトは眩しそうに、ゆっくりとみんなの顔を見渡して・・・
「ただいま、みんな!」
「おそいわよぉ!」
ルリを両手で抱いたまま、ユキナの声に苦笑で応えるカイト。
ルリは心ここにあらず、といった様子でぼ〜っとカイトの顔を見つめている。
「っと、ルリちゃん?これからどうす」
スッと、ルリの両手がカイトの首に絡まる。
そのままぐいっとカイトの顔を自分の方に引き寄せるルリ。ちょん、と鼻先同士が触れ合う。
「る!?」
『え゛ええ〜〜!?!?』
突然目の前にきたルリの顔に言葉を飲み込むカイト。
そして思いもよらぬルリの行動に我が目を疑うブリッジの面々。皆一同に席を立つ。
「んなぁ!?ちょ・・・!ルリ!?」
「ななな・・・!?」
「あらら、ルリルリったら大胆・・・」
「・・・そういうことは戦闘後にしてもらいたいのだが」
「かかかkkかんちょおぉおぉお!?!?」
超至近距離でカイトの瞳を見つめるルリ。
ルリの金色の瞳から目をはなせないカイト。
「る・・・るる・・・ルリちゃん・・・?」
「カイトさん・・・」
とてつもなく甘い声を出すルリ。カイトの脳に痺れが走った。
その頬は桜の花びらのようにピンク色に染まり、うるうると潤んだ瞳はとろんと垂れ下がる。
身体の力は抜けきり、全てをカイトにゆだねていた。
そして長いため息をつくと、熱い吐息がカイトの顔に吹きかかる。
「はふぅ〜〜〜」
「なぁっ・・・!?」
《『なにいぃぃぃー!?!?』》
先程より大きな声で目の前で起きている『事件』の重大さを表現する面々。
いつの間にやら主犯の二人の周りには、おびただしい数のコミュニケウインドウが開いていた。
目を血走らせる者、頬を染める者、きゃーきゃー言う者、顔を手で覆い指の隙間から見ている者、ちくしょーと叫ぶ者などそのリアクションは多種多様。
オモイカネのウインドウに至っては『録画中』の文字が。
カイトは衰えた体でなんとかルリの体を支えながら、この羞恥地獄に耐えていた。
「る、ルリちゃん?みんな見てるよ〜?」
(じ・・・)
(う・・・ルリちゃん、ずいぶんといろっぽくなっ・・・じゃない!!)
(じぃぃぃ〜・・・)
「あ〜・・・ちょっと離れた方が」
「いやです・・・もうカイトさんと・・・はなれたくありません」
「いや、そうじゃなくて」
「わたしといっしょは・・・いやですか?」
「!!嫌じゃない!・・・とっても嬉しいよ」
「うれしい・・・カイトさん」
「ルリちゃん・・・」
「カイトさん・・・!」
「ル《あ゛あああー!!!てめぇらいいかげんにしろおおぉ!!!》
突然開く巨大なウインドウ。
二人の周りに展開していたコミュニケウインドウが全て吹き飛んだ。
大声で正気に戻ったルリの体がビクッと跳ねる。
その体をギリギリで支えていたカイトは、バランスを崩してルリを抱いたまま床に倒れこんだ。
カイトのお腹の上にしりもちをつくルリ。パチパチとまばたきをして、そのウインドウを見る。
ウインドウの主は頬を膨らませ、顔を真っ赤にしてどなっていた。
《どーでもいいけどよぉ・・・助けにいかなくていーのかよ!?》
ブリッジの外を必死に指差すウインドウの主ことスバル・リョーコ。
遥か遠く・・・いくつもの光が見える。
その場所を拡大していくオモイカネ。
そこには七対一で戦っているブラックサレナの姿が・・・
『・・・あ』
《あ。じゃねえぇぇぇ!!!》
機動戦艦ナデシコ
〜The Prince of darkness〜
U
― 傀儡の見る『夢』 ―
第九話
【『カイト・カザマ』】
「お〜い!こっちだこっち!」
出撃するため格納庫に来ていたカイトにウリバタケから声がかかる。
ルリには止められたが、アキトのピンチにカイトは居ても立ってもいられなかった。
「セイヤさん!!」
走って近づいてくるウリバタケ。
カイトが差し出す右手を華麗にスルーしそのままヘッドロック。手加減無しで締め上げる。
「ぐあああっ!!」
「心配させやがって・・・!この!このぉ!」
「ギブです!ギブですってばぁ!!」
開放されるカイト。油の匂いが宙を舞った。
・・・相変わらずだ。
痛む頭を大げさにさすりながらも口元はにやけてゆく。
再び右手を差し出すカイト。ウリバタケも、今度はその手をガシッと握る。
「お久しぶりです、セイヤさん!」
「おう、よく生きて帰った!」
男同士の挨拶は、それだけで十分だった。
すぐにカイトの乗る機体の説明に入るウリバタケ。
「コイツは『アルストロメリア』っつってな。ネルガルのジャンプ機だ」
アルストロメリア。
ネルガル月基地のステファノティス中佐から預けられたその機体。
サブロウタが搭乗すると思われていたのだが、「慣らし運転もまだの機体で決戦に臨めと?」とのことでお蔵入りになっていた機体だ。
「ジャンプ?ボソンジャンプですか?」
「ああ。遺跡も近ぇことだし、お前さんなら難なく跳べるはずだぜ」
「了解、やってみます」
「リョーコ達は先に出たぞ・・・てゆうかお前、本当に出る気なのか?」
「え?」
ウリバタケ声のトーンが下がる。
カイトがウリバタケに視線を戻すと、その視界の隅にルリの姿が映った。
「はぁ・・・!はぁ・・・!カイトさん!」
「あ・・・ルリちゃん」
「話は、終わって・・・はぁっ・・・!いません!急に、駆け出さないでください!さ、一緒にイネスさんの所へ行きますよ!」
格納庫まで走ってカイトを追ってきたのか、ルリは肩で息をしている。
「でもアキトが・・・!」
「でも、じゃありません!カイトさん、貴方は覚醒したばかりです。体だってきっとどこか悪いはずです!」
「体なら大丈夫だって」
「カイトさんの『大丈夫』は信用できません」
「何気にひどい!」
息を整えたルリ。カイトを睨む。
その目から逃げるようにウリバタケに救いを求めるカイト。しかし・・・
「俺も艦長の意見に賛成だ。一応機体とパイロットの命を預かる『整備班班長』としては出撃の許可はできねぇ」
「そんな!セイヤさん!」
「あたりまえです。アキトさんのことはリョーコさん達に任せれば大丈夫です」
「・・・だがな!!」
バッ!!
拳を前に突き出すウリバタケ。
キョトンとするカイトとルリ。
「『ウリバタケ・セイヤ』としてなら話は別だ!カイト、アキトの野郎を助けてやってくれ!!」
「「!セイヤさん!?」」
「すまん、ルリルリ。男にはなぁ・・・時に惚れた女よりも大事にしなきゃならんモノがあるのさ」
「「・・・」」
「愛だとか優しさだとか思いやりだとかよ、男を構成する感情の七割・・・いや、九割は惚れた女の為に使うもんだ。この体ごとくれてやる。だがな」
ウリバタケは、突き出した拳を胸の前で打ち鳴らす。
パンッ!
小気味のいい音が格納庫に響いた。
「残りの一割・・・男の根幹にあるそれだけは女に使うもんじゃねぇ!男の魂・・・!!『熱血』だけは!!!」
「「!!!」」
「その感情はな、普段自分でも使われているのに気付かないほどの小さな感情だ。でもな、時にそれは大爆発して大きな力に変わるのさ!恐怖を握り潰すため・・・!涙を消し去るため・・・!悔しさを力に変えるため・・・!そして!!」
ウリバタケの眼鏡の奥の瞳がギラギラと輝く!!
「かけがえのない、友を守るため!!!!」
ウリバタケの迫力に圧倒されて動けないルリ。
感情の昂ぶりに体を奮わせるカイト。
「行ってこいっ!!カイトォ!!」
「了解!」
アルストロメリアに乗り込むカイト。
体は難なく機体に対応した。あれほど感じていた痛みが今はない。
《カイトさん》
ルリのウインドウが開く。
しかしそのルリの視線はカイトに向いていない。
カイトはウインドウをちらりと見た後、機体から少し離れた所にいるルリに直接視線を移す。
ルリもウインドウ越しのカイトではなく、アルストロメリアのコックピットがある位置を見つめていた。
分厚い装甲越しに見つめあう二人。
「ルリちゃん、ごめ・・・」
《謝らないでください。多分止めても無駄だと気付いてました。貴方はそういう人ですから》
「・・・うん」
《実は、私も感じていたんです》
「ルリちゃんも?」
《はい》
そう。二人は確かに感じていた。
《カイトさんはこの戦闘に出なければいけないんです。きっと》
「うん。なんでだろう、僕もそう感じた」
理屈ではない、何かを。
《だからもう止めません。でも・・・》
そっとアルストロメリアに近付くルリ。
その足元の装甲に触れ、見上げる。
《必ず・・・帰ってきてください》
決してうつむきはしない。強い眼差しで見つめるルリ。
《その・・・まだまだ、文句言い足りませんから》
「・・・ははっ」
思い出したように強がるルリに愛しさがこみ上げる。
カイトは軽く微笑んで。
「そうだね。僕もまだまだルリちゃんを抱き足りないよ」
トンデモないことを口にした。
《な!?》
ウインドウのルリの顔が真っ赤に染まる。
フリーズした頭でカイトの言葉の意味を必死に考えるルリ。
顔は火照り、目はキョロキョロと忙しなく動き、微かに開いた口からは意味を成さない言葉が漏れる。
《あぅ・・・ぁ・・・ぅ・・・》
(?どうしたんだ、ルリちゃん)
また抱っこしたいな〜、などと気軽にそんなことを口にしたカイトは、その言葉が秘める意味に気が付かない。
《よぉーし!カイトが出るぞー!しっかりと送り出せー!》
『おう!!』
ルリのウインドウの後ろでそんな声が聞こえてきた。
そして開くウリバタケのウインドウ。
《お楽しみのところわりぃが、こっちの準備は完了だ。そっちはどうだ?》
「チェック完了です。問題ありません。エステと似てるんで助かりました。・・・セイヤさん」
《ん?なんだぁ?》
「オリエさんがセイヤさんに惚れた理由、わかった気がします」
《・・・へっ!そんなの嬉しくもなんともねぇよ。俺の方が何倍もアイツに惚れちまってるんだからよ》
ニヤリと笑うウリバタケ。
カイトは改めて、この男と友であることを誇りに思った。
《よーし、武器はライフルを持ってけ。規格は合うはずだ。後ソイツのアームにはクローが格納されて・・・っと、ルリルリー!そろそろ離れないと危ねぇぞー!》
ウリバタケの声で我に返るルリ。
急ぎ小走りでアルストロメリアを離れる。
その様子をコックピットから見つめるカイト。
クローを何度か出し入れし、可動を確かめる。
ライフルを装備、残弾を確認。
そしてもう一度ルリに通信を送った。
「必ず戻ってくるよ。後でゆっくり話そう」
微笑むカイト。
その顔を見て、ルリも少し顔を綻ばせた。
《はい。カイトさん。いってらっしゃい》
「うん、行ってきます」
ルリが頬を染めるのを見届け、カイトは通信を切る。
ゆっくりと重力波カタパルトに移動するアルストロメリア。
(待ってろよ、アキト)
カイトの心が燃え上がる。家族を、友を助けるために。
ライフルを両腕で固定すると、着慣れないパイロットスーツの中で声を張る。
「カイト機、出ます!」
そしてカイトは飛ぶ。
『イツキのため』ではなく、自分のため。新たな翼を背に。
(・・・・・・)
火星の後継者は負けた。
皆がナデシコに指定された場所に移動している中、南雲義政は一人作戦司令室に座していた。
瞑想。
幹部達は皆意気消沈し、足を引き摺るように扉の向こうへと消えていったが、南雲は違った。
我々は・・・
「我々はまだ負けていない。そうだな、カトウ博士」
目を開き、気配を消して後ろに立っていた男に問いかける。
カトウは、南雲を脅かそうと突き出していた両手をそのまま上にあげ、降参のポーズをとった。
「あらら、バレてました?さすが武士」
「御託はいい。あの話、受けよう」
「わお」
ひゅう、と口笛を吹くカトウ。
「そりゃありがたい。中佐がくれば人が集まります」
「あの女に伝えておけ。貴様に降るわけではない、閣下の意思を貫くのだと」
「だめだめ、『あの女』なんて言ったら怒り出すから。あのお嬢ちゃんのおつむの沸点は公園の砂山より低いんだ。中佐もパトロンを失いたくないでしょ」
自分の事は棚に上げるカトウ。
南雲は音もなく立ち上がる。
「ん、どちらに?」
「・・・ナデシコだ。今のうちに潰しておきたい者がいる」
「へぇ・・・中佐のお眼鏡に敵う相手がいらっしゃる。じゃ、コイツも連れていって下さい」
「その小娘は・・・!?」
カトウは横に張り付いている少女を引き剥がすと、無理矢理前に押しやる。
「俺のとっておきです。中佐が危なくなったら跳躍させますんで」
にっこりと笑うカトウ。
カトウに媚びる様な顔を見せる少女。
険しい表情で睨む南雲。
「下種が。貴様のやり方には反吐が出る」
「最高の褒め言葉ですね」
「建御雷で出る。システムをブロックしろ。また奪われたら敵わん」
「それはソイツがやるんでご心配なく。なぁに、たかが妖精の一匹や二匹」
じゃ!と二人を残して部屋を出るカトウ。
廊下に出た途端、その表情が醜く歪む。
「生きてやがった・・・傀儡に妖精だと・・・?出来損ない共の分際で!!」
壁に拳を叩きつけるカトウ。拳に血が滲んだ。
《おせーぞカイト!!》
「あ、すいません!リョーコさん!」
アルストロメリアのコックピットにリョーコのウインドウが開く。
声は不機嫌そうだが、顔は笑っていた。
強敵との戦闘に向かう最中だというのに、まるで緊張感のない笑顔を浮かべている。
カイトの顔からもそれにつられて笑みがこぼれた。
《でもホント無事でよかったねー!今度漫画のアシやってねー!》
《岡さんの襟が乱れていたのでそれを教えてあげた・・・『岡、襟』・・・おか、えり・・・ククク・・・》
「ヒカルさん、イズミさん!お久しぶりです。アシはやりません」
イズミのギャグを流し、ヒカルのアシスタントをやんわり断るカイト。
最後にサブロウタのウインドウが開く。
《よう!はじめまして、か?俺はタカスギ・サブロウタ。先程はお熱い所をどうも》
「あははは・・・はぁ。こちらこそはじめまして。カイトです」
《おう。敬語なんて使わなくていいぞー。気楽にいこうぜ。俺のことは愛を込めて『サブちゃん』って呼んでくれ》
「サブちゃん♡」
《・・・》
「・・・」
《・・・》
「サブち《やっぱサブロウタでたのむ》・・・了解」
相手を探りあうようにジロジロと観察し合う。が、すぐに口元を緩めるカイトとサブロウタ。
《ま、よろしく頼むわ!カイト》
「ああ!よろしく、サブロウタ」
《よーし!メンツは揃った!アキトの奴が危ねぇ!各機、戦速一杯!》
《りょーかい!戦速一杯!》
《・・・!?ちょっと待った!レーダーに反応!》
《何!?》
突如前方に現れる敵機。
その色、黄金。
建御雷は出現と同時に多数のミサイルをばら撒く。
なんなくミサイルをかわす五機。
「(あの機体は・・・!)ここは僕が引き受けます!リョーコさん達はアキトを!」
《何言ってんだ!お前病み上がりだろ!》
「体は大丈夫です!アキトの加勢に行ってください!いくらアキトでもあれじゃ多勢に無勢ですよ!」
《でもでも〜!カイト君!》
「大丈夫ですヒカルさん。それに僕はジャンプできますから」
《リョーコ、ヒカル、ここはカイト君に任せて行くべきだわ。あの機体なら少し時間を稼げばナデシコが掌握してくれる》
《そ、そうか!よし、カイト!ちっとだけ時間稼ぎ任せたぞ!》
《私達が戻ってくるまで負けちゃダメだよー!》
「了解!御武運を!」
最大戦速のまま飛び去るエステバリス四機。
建御雷の目的は元からアルストロメリアにあったのか、ミサイルをばら撒いた後その場をピクリとも動かない。
ザザ・・・
ノイズと共に聞こえる声。
《こうして話すのは久しいな、ミカズチ》
「・・・南雲・・・義政」
《私を覚えているのか》
「ええ。あなたとは実戦テストで何度も戦いましたからね」
《そうか・・・そうだったな》
目の前の機体を見据えながら、そっとナデシコに通信を送るカイト。
「ルリちゃん・・・」
《了解ですカイトさん。掌握、開始します》
ルリの声を聞いた途端、久々の戦闘で緊張していた身体からスッと力が抜けてゆくのがわかった。
ふぅ、とため息を吐くカイト。
しかし。
《・・・ああ、先に言っておこう。ナデシコの魔女よ、この行動は私の独断によるものだ。草壁閣下や同志達とは関係ない。そして、この機体への干渉はもうできんぞ》
カイトの身体に再び緊張が走る。
気付かれていた・・・?
《魔女の術を遮断するなど容易いことだ。この機体一機くらい・・・いや、二機というべきか》
南雲の声。
この状況、その声が味方のものであればこれほど頼りになるものはないだろう。
しかし今、それは鉛の雨となり重くカイトに圧し掛かる。
そしてその言葉を証明するかのように、先程まで入っていたナデシコからの通信が途切れた。
「!!」
息を呑むカイト。
一瞬、脳裏に最悪の事態が過ぎる。
軽く頭を振り、ネガティブな思考を隅に追いやるカイト。
しかし状況は変わらない。
ほんの数秒でナデシコからのバックアップ、そして・・・
(リョーコさん達からの増援を丸ごと絶たれた・・・!)
ギリッ・・・!
カイトの奥歯が鈍い音をたてた。
今の自分でこの男に勝てるのか・・・?
いや、多分・・・
―冷静になれ。
カイトの頭の中、誰かが呟く。
―突然通信が途切れた。この異常を察知したナデシコがエステバリス隊に伝達。状況が好転次第こちらに増援を送るはず。
(・・・了解。そう、どちらにせよ僕のやるべきことは変わらない)
動揺を悟られないよう、そして『時間を稼ぐ』ためゆっくりと話を進める。
「・・・それで、何か用ですか」
《檻から逃げた獅子を始末する。それだけだ》
「!?」
そんなカイトの思考を読んでいたのか、南雲は一気に距離を詰める!
カイトに、ナデシコに時間を与えない。
爪を振りかぶる建御雷。
「っく!!」
不意をつかれたカイトにその爪を避ける術はない。
(フィールド出力最大!)
カイトのIFSが光を放つ。
その瞬間、機体の出力全てをフィールドに回すカイト。
フィールドは爪を弾き、爪はアルストロメリアを真下に吹き飛ばした。
《ちぃ!》
(フィールド出力低下!こんなに・・・!?あの爪に何か)
出力を元に戻し、迫り来る建御雷を迎え撃・・・
「!!」
キィィィィィィン・・・・・・
耳鳴り。
カイトの背中に悪寒が走る。
(なんだこれ・・・なんだなんだなんだ!!??)
ワケがわからない。
迫り来る建御雷。対応する時間はギリギリある。
片手のアームクローを展開、奴の腕を抑えればそれで済むこと。
でも・・・!
(それでいいのか・・・!?なんだ・・・!?なんなんだよ!!)
カイトの心臓が早鐘を打つ。
考えがまとまらない内にアームクローを展開。建御雷の攻撃に備える。
未だカイトの頭は混乱していたが、『ミカズチ』という身体がその悪寒に反応した。
−避けろ!
キケン。キケン。キケン。
座標設定。
リョウカイ
−避けろ!
早クシロ!!
目前ノ黄金ナド相手ニスルナ!!
ソウダ。今注意スベキ敵ハ奴デハナイ。
−御託はいい!!避けろ!!
コノ『不可視の攻撃』ヲ避ケロ!!
「うああああっ!!!!」
ジャンプ。
カイトは跳んだ。
たいした距離ではない。ほんの数十メートル。ただそこが見えていたから跳んだ。
口からは苦痛の声が漏れ出す。
当たり前だ。カイトに跳ぶ気はなかった。今跳ぶ事が危険だとわかっていたから。
しかし、ミカズチという身体は自らを護る為にジャンプを選択した。
衰弱した体、磨耗した精神、本人の意思を介さない無理矢理な跳躍。
カイトの頭は再び激しい痛みに襲われていた。
「っ!一体何が・・・!?」
頭を抑えて状況を確認するカイト。
自機の座標を確認、次いで建御雷の後姿を視認する。
建御雷は先程カイトがいた場所にいる。すぐにこちらを攻撃してくる気配はない。それどころか・・・
(どうした・・・?なんで動かない・・・?)
建御雷はアルストロメリアが消えたポイントを向き、ピクリとも動かない。
(何に驚いている・・・?)
何故か、それだけは分かった。
スピーカーからはかすれた声が漏れる。
《あの小娘・・・!》
「カイトさん!!」
「!!大丈夫です!アルストロメリア、ボソンアウト!反応確認!無傷です!」
ナデシコC。
ハーリーの報告に皆胸を撫で下ろす。
・・・ほんの数十秒前、急にカイトとの通信が途絶えた。
敵機体へのアクセスも同様、以前掌握した時とは何かが違っていた。
そこにはじき出された結論。
何者かによるリアルタイムでのブロッキング。
未だ火星の掌握に能力の大半を割いていたルリと、初めて実戦で戦艦一隻を動かしているハーリー。
その負担の所為か、相手の力量か。
ネルガルが創り出したマシンチャイルド二人が、たった一人のイレギュラーによって押さえ込まれていた。
そしてその混乱の中、カイト駆るアルストロメリアにグラビティブラスト一閃。
黒い雷光に貫かれロストしたと思われたアルストロメリアは、そのパイロットの能力により生還を果たした。
しかし、先程確認されたグラビティブラストは異常なものだった。
ジンタイプのそれよりも極めて小範囲でありながら、出力はレールガンを上回る。
おそらく人型機動兵器のディストーションフィールドを貫けるだけの力を持っているのだろう。
つまり対人型機動兵器用、グラビティブラストの出力はそのままに小型化されたものであると予測された。
ナデシコのクルー達は少し前にこれに良く似た兵器を確認している。
そう、数日前敵であったカイトが搭乗していた建御雷の両肩に搭載されていたキャノン砲だ。
かつてウリバタケ・セイヤが『Xエステバリス』なるフレームを独自に開発した。
この機体には小型化されたグラビティブラストとその出力を得るための新型ジェネレーターを搭載していたが、機体自体がグラビティブラストの発射エネルギーに耐えられず、発射前の段階でそのデータだけを残して全壊した。
しかし建御雷という機体は、あの戦闘で両肩から高出力のグラビティブラストを放って見せた。
たった一撃。次の一撃で両肩のキャノン砲は耐え切れずに爆散した。
だが、ナデシコのフィールドをも貫くその一撃を放った後も建御雷は存命していた。
もしあの兵器が完成していたとしたら・・・?
・・・いや、今解決すべき問題はそれではない。
問題は・・・
「グラビティブラストの発射元、未だ確認できません!」
ユキナの声がブリッジに響く。
そう。
問題は『何処から攻撃されたか分からない』ことだった。
少なくともルリ達ブリッジクルーの目には、黄金の視線の先、純白の機体の真横から突然黒い光線が現れた様にしか見えなかった。
(なに・・・今のは・・・カイトさん!)
身を乗り出すルリ。声を張り上げる。
「ユキナさん、リョーコさん達は!?」
「未だ交戦中!しかし状況は有利です!」
「了解しました、戦闘終了次第すぐにカイトさんの下へ!」
「了解、伝えます!」
「ハーリー君」
「はい艦長!」
「・・・火星宙域掌握のバックアップもお願いできる?」
「−!・・・はい!任せてください!まだまだいけますよ!」
ハーリーが胸をドンと叩く。
僅かに微笑むルリ。
ハーリーのバックアップにより軽くなった分を、そのままブロッキング突破にまわす。
(カイトさん・・・お話したいこと沢山あるんですから)
輝く、ナノマシンパターン。
(とりあえず今は動き回るしか!)
カイトは建御雷の攻撃を避け続けていた。
ただ避けて、避けて、避ける。
もし立ち止まれば・・・
(さっきの攻撃にやられる・・・!)
上から左、右から下。横回転、縦回転。
戦術教本のどこにも書いていないメチャクチャな機動をカイトは行う。
建御雷の攻撃がかすろうが構わない。
自分を必殺する一撃さえ避けられればそれでいい。
カイトは違和感の正体を『見えない敵による攻撃』だと仮定して動き回る。
傍目には一対一に見えても実際は二対一。
しかも目の前の敵は火星の後継者最強の戦士、南雲義政なのだ。
(普通に相手をしてるだけで精一杯だ!)
カイトは牽制射撃の為ライフルを構える。
アバウトに照準を合わせ、その銃口から弾丸を・・・
(・・・え?)
ばら撒くことはなかった。
いや、ばら撒けなかった。
「・・・どうして」
大きく開かれる瞳、思わず漏れる言葉、震える手。
今、カイトは自身の重大な欠点に気付く。
カイトはイツキを撃ち殺した。
それは動かしようのない事実、どうしようもない真実だ。
たとえイツキがカイトを許しても、たとえカイトが自分を赦しても。
その絶望を、その悲しみを、その感触を、カイトには消すことは出来ない。
もう一度同じことが起これば、カイトはカイトではなくなるだろう。
だから・・・
カイトは無意識の中で、『撃つ』という行為を封印した。
それは日常生活にはなんら必要のない行為だが、この状況、機動兵器のパイロットとしては致命的な弱点となりうる。
(っ!!やっぱり、逃げるしかない!!)
一瞬で思考回路を組みなおす。
だが運が悪かった。
建御雷。かつてカイトも搭乗していたその機体は、このネルガルの新型よりも僅かに足が速い。そして。
《・・・どうやらその手の獲物は玩具のようだな。終わりだ、傀儡》
南雲義政という男は、その致命的弱点を的確に突く戦闘スキルと勘を持ち合わせていたのだ。
対峙している敵のほんの一瞬の動揺も装甲越しに感じ取り、自らの勝利に繋げる。
スラスター全開で咄嗟にその場の離脱を開始するアルストロメリア。
しかし間に合わない。そのまま建御雷に体当たりをくらう。
建御雷の爪で弱まっていたフィールドはその効果を成さず、機体は直撃を受けた。
コックピットに激しい衝撃。硬直する機体。
南雲は周到だった。
建御雷では一撃でカイトに致命傷を与えることは難しいと、第三者が確実に止めをさせる状況を作り出す。
キィィィィィィン・・・・・・
耳鳴り。
カイトの身体に再び悪寒が走る。
身体もこれ以上の跳躍には耐えられないことが分かっているのか、なんの反応も示さない。
(ちくしょう・・・約束守らなきゃならないのに!!)
分かる。感じる。
きっともうすぐ何処からか圧倒的な死が降り注ぐ。
そんなもの回避すればいい。すればいいのだが・・・
タックルの硬直によりコンマ数秒機体に指令が遅れる。
よって回避に使える距離はごく僅か。さらに・・・
キィィィィィィン・・・・・・
新たな死神の足音。確実に魂を刈り取ろうとカイトを包囲する。
(もう一つ増えた!?そんな!!)
それだけではない。止まらない悪寒、さらに増える足音。
その数、実に十。
狭まる逃げ道。見つからない針の穴。
どこに逃げればいい?上?下?右?左?
定まらぬ指針、ループする思考。そして恐怖。
きっとこのまま幾重もの黒い雷光を浴び、何を考える暇もなく燃え尽きるのだ。あの子を残したまま。
死の予感に力が抜ける。心臓の鼓動が止まり、何も考えられない。
(また、一緒に屋台を・・・)
三年前、夕方。
最後の最後、脳裏に浮かんだのは屋台の横でボーっとしているあの子の横顔だった。
《・・・に避けて》
「!!」
急に聞こえた声に全細胞が反応する!
咄嗟に声が指示した座標へと機体を滑り込ませるカイト!
ズギュオオオオオオ!!!!!
アルストロメリアのいる箇所だけを残すように降り注ぐ死の雨。
目標に触れぬまま駆け抜ける集中線、光芒を残し消えてゆく。
アルストロメリアは体勢を立て直し、回避運動を再開する。
《・・・あれを回避したというのか》
南雲の声に僅かに動揺が混じる。
あたりまえだ。
高速走行中にタイヤがバースト。
ハンドルが利かず対向車線に飛び出したところに隣り合った二台の10tトラック。
その間を無傷で通過し再び走行を始めたなどと誰が信じられようか。
しかし、信じられないのはカイトも同じだった。
回避運動を行いながら先程の声を思い出す。
あの声はどこかで・・・
《ザザ・・・か・・・と・・・?》
そう、この声。カイトはどこかで聞いたことがあった。
あれはいつだっただろう。どこだったろう。
だんだんと鮮明になる声。
懐かしい、その声。
《あの・・・あの、わたし・・・覚え・・・ザザ・・・てる・・・?》
研究所、暗い部屋、暗い心。そこで見つけた、優しく光る宝石。
それはかつてカイトの心の支えになった、淡い桃色の髪をした少女の声だった。
「その声・・・もしかして」
《ザザ・・・!そ、そぅ・・・わたし・・・ザザザ・・・》
ほんの少し、声のトーンが上がる。
いきなりの少女の登場に驚くカイト。
どうしてこの子が今この場所に?
「なんでこんなところに!?それに通信・・・や、そんな場合じゃない!ごめん!今手が離せないんだ!」
《・・・わたし・・・ザザ・・・ザ・・・カ・・・助ける》
「え・・・?」
《わたし・・・ザザ・・・システムに穴空けるの得意。だから通信・・・だから・・・ザザ・・・ト助ける》
「・・・」
《わたし・・・名前・・・うれし・・・ザザ・・・だから・・・恩返し・・・!》
少女には名前がなかった。
青年には心の拠り所がなかった。
青年は少女に名前を与えた。
少女は青年に心の拠り所を与えた。
短い間だが、二人は通じ合った。
いつかここを出て一緒に話をしようと。
互いの名前を絶対忘れないと。
「ありがとう『ラピス』。サポートよろしく!」
《!ぁ・・・ぅ・・・うん!『カイト』。わたし、がんばる》
カイトの顔に笑みが浮かぶ。
きっとラピスも可愛い顔で笑って・・・いや。
(多分うまく表情作れなくて困ってるんだろうな)
だんだんと苦笑いに変わる。
カイトは目の前の強敵と、どこからか見えない鎌を振り下ろす死神を見据えた。
(もう怖くないさ。こっちには魔除けのお守りがついているんだから)
《よくぞ生き残った。だが悪足掻きは己を苦しめるだけだ。諦めれば楽になるぞ、ミカズチ》
なんら変わりのない冷静な南雲の声。
しかし、先程感じていた圧迫感はもうない。
強気で応えるカイト。
「ご心配どうも。でも僕、ラーメンの次くらいに悪足掻きが好きなもので。あと・・・僕の名前はミカズチじゃない」
《うん。ミカズチじゃない》
《・・・なんだと?(通信に割り込んでいる者がいる・・・小娘め、攻撃に能力を割き過ぎたか)》
改めて対峙する二機。
そして遥か遠く、ラピスは自艦であるユーチャリスからカイトのサポートの為バッタを射出する。
アルストロメリアのアームクローを展開するカイト。
神経を研ぎ澄まし、ラピスの声に瞬時に反応できるよう備える。
一度深呼吸をし、声を張り上げた。
「僕の名前は・・・」
火星上空で睨みあうアルストロメリアと建御雷。
その映像をどこからか見つめる一人の少女。
モニターだけが光を放つ薄暗いコックピットの中、唇を噛む。滴る血。
「くそ!くそ!あの男!!」
バン!!バン!!バン!!
モニターを力の限り叩く少女。
掌が痛くなってもやめようとしない。
バン!!バン!!バン!!
「また避けられた!!くそ!練習通りに出来たのに!」
バン!!バン!!バン!!
「殺さなきゃ・・・殺さなきゃ・・・」
バン!!バン!!バン!!
「殺さなきゃシンジ様に褒めてもらえないじゃない!!!!」
バンッ!!!!
両手をモニターに叩き付けたところでその動きは止まった。
さっきまでの怒り形相が、スッと無表情に変わる。
「いけないいけない。私は『最強の兵器』なんだから、こんなことで取り乱しちゃだめよね」
一人ぶつぶつと呟く。
「頭、痛いなぁ・・・なんでかなぁ・・・兵器は痛みなんか感じないってシンジ様おっしゃってたのになぁ・・・」
頭を抱え、本当に不思議そうな顔をする少女。
やがて両手をコンソールに戻す。
「まぁ、次で仕留めればいいか。もう一度死の雨を降らせてやる」
ズキズキと痛む頭も、もう気にならない。
唇の端の血痕をペロッと舐める。
「私の為に死んで、ミカズチ」
浮かび上がる、幾何学模様。
「僕の名前はカイト!」
《カイト!》
「カザマ・カイトだ!」
To Be Continued。。。
あとがき
どうもー!YOUです。
申し訳ございません。とりあえず謝っておきますね!
ラピスですよ!ラピス!可愛いですよね!大好きです!ラピス!
南雲ですよ!南雲!ゲームではあんま強い印象ないですよね!南雲!
謎の少女(笑)ですよ!謎の少女(笑)!誰ですか?アナタ。
・・・ん?あれ?ここがこーなって、うん。あー、あれ!?
アキト出てねぇぇぇぇぇぇ!!!!
すいませんでした。毎度の如く長くなりすぎるので次回に持ち越しに!・・・申し訳ございません。
今回も自分ルール爆発です!ひゃっほい!中二病万歳!!とんでも設定は心の中で笑ってお許しください!
カイト君にトラウマができましたねー。射撃が出来ないようじゃパイロットとしてどうなんでしょうねー。
で、例の謎の少女(笑)を書いていてふと気付いたのですが・・・
「あれ?コイツの性格なんかエウレカセブンのアネモネに似てね?」
すごく・・・アネモネです・・・。
もう設定がキャラを戻せないところまで出来ていたので残念ながらこのままです。
もう名前もアネモネでいいかもしれません。
いや、後に生まれたからイモウトモネですかね。
あ!『イモウ・トモネ』とかにしたら日本人っぽくていいかもしれなにを言っているんだ俺は!?
次回
第十話
【『決戦!』火星極冠遺跡】
お楽しみに!
いや、たいした展開ないっスよ。
[戻る][SS小ネタBBS] ※YOU さんに感想を書こう! SS小ネタ掲示板はこちら! |
<感想アンケートにご協力をお願いします> [今までの結果] |