旧木連、突撃優人部隊。

 

 

エリートと呼ばれる選ばれた戦士だけが所属することができる木連最強の部隊。

彼らの使命は悪の地球連合を倒し、その力をもって木連の正義を示すこと。

 

表向きは、だ。

 

彼らが結成された本来の目的。

それは戦闘データ、パイロットデータの収集であった。

故に艦長、最高責任者などという立場にありながら、彼らは機動兵器に乗り戦場に出た。

もちろん彼らはそのことを知らない。戦場に出るということは誇りだった。

 

『自ら敵に向かってゆく者こそ真の漢。戦場で散るのは漢の証、最高の栄誉である』

 

そう信じていたのだ。

そして、それを植え付けるために『ゲキガンガー』の存在は都合がよかった。

 

絶対的正義、絶対的悪、自己犠牲、漢の生き様。

 

物心ついた頃からそのアニメを観て育った彼らは、それを疑いもせず戦場に出向き、誇りの為に戦い、データを残し散っていった。

そして集まった高密度の戦闘データは、木星のオーバーテクノロジーの粋を凝らして創られた一体のシミュクラに組み込まれる。

失敗に失敗を重ね、零に近い確率で偶然創り上げられた完璧な肉体へと。

 

『ミカズチ』

 

そう名付けられた個体は、人としては驚異的な、予想を大きく上回る能力を秘めていた。

さらに驚くことに、もう一体条件をクリアする肉体が偶然創り出されていたのだ。

 

『イツキ』

 

もとは『フツヌシ』という無骨な名前であったが、女性であったことからそう改名された。

同時に二体の試験体。これは奇跡だった。

上層部は沸いた。この戦争に勝てる。

一方には比類なき戦闘能力を、もう一方にはそれをサポートする為の知を植えつけることにした。

もともと一体では制御が難しかったために、これは嬉しい誤算だった。

 

そして、人工生命体同士の繁殖実験のため、互いに互いを支えあうという目的のため『恋人同士である』というデータを深層に組み込んだ。

 

彼らは恋をしていたのだ。

自我に目覚める、その前から。

 

ミカズチに入力する戦闘データの量は膨大で、一夕一朝で終わるものではなかった。

先に覚醒したイツキは、実験を受けながら毎日のように彼の眠るカプセルを訪れていた。

長いときなど何時間も・・・それこそ一晩中彼の顔を見つめていた。

 

嬉しそうに、愛しそうに。

 

今思えばこの頃が、彼女にとっての蜜月だったのかもしれない。

 

カプセルの上から彼の顔に頬を寄せ、そして語りかけるのだ。

 

「ミカズチ・・・私の愛しいミカズチ・・・」

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ

The Prince of darkness

U

― 傀儡の見る『夢』 ―

 

 

第七話

【『イツキ・カザマ』】

前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらためてはじめまして。ステファノティス中佐です」

 

「ホシノ・ルリ少佐です」

 

ネルガル月基地最高責任者。イチゴ・ステファノティスの私室。

ナデシコCの収容終了後、ルリはそこに通されていた。

他のクルーはナデシコ及びエステバリスの修復、調整が終了するまで基本的に自由行動だ。

 

「では早速ですが確認いたします。私共が本社から受けている指令は次の三つです」

 

「はい」

 

「一つ目はナデシコCのジャンプユニットの修復。もちろんナデシコC本体の修理も時間の許す限り行います」

 

「お願いします」

 

「二つ目はエステバリスの修理。これは予備のパーツがあります。だから比較的早く終・・」

「あの、それについて一つお願いしたいことが」

 

「なんでしょうか?」

 

「ちょっと、言いにくいですが」

 

「ご遠慮なく。この基地のスタッフは優秀です。大抵のことならこなせます。CPUの破損ですか?IFSの故障?それとも・・」

「あ、違います。うちのパイロット、我侭でして。自分のパーソナルカラーの機体にしか乗りたくないって騒いでるんです

 

「・・・え・・・?」

 

「だから色・・・お願いできますか?彼女たちの希望通りに塗ってあげて欲しいです」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・え、ええ。・・・・・・わかりました」

 

「ありがとうございます。それと、うちのコックさんが食材の補充をしたいと・・・」

 

「・・・これから決戦というのに食材ですか?」

 

「はい。うちのクルー、お腹がへってると士気ががた落ちになるので・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・え、ええ。・・・・・・わかりました」

 

「ありがとうございます。あと、うちのメカニックが先程の新型二機をバラしたいって言ってるんですけど・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・バラすのはちょっと」

「キツク言っておきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

− 生誕 −

 

 

 

 

「・・・了解しました」

 

近日勢力を伸ばしてきているネルガル重工。その重要拠点といわれるネルガル火星研究所へボソンジャンプ。

事前に用意した軍歴を使い、機動兵器のパイロットとして潜入。

ネルガル、そして地球連合の情報をできる限り集め、優人部隊突撃の際の混乱に紛れ生体ボソンジャンプにて帰還。

それが今回イツキに与えられた任務、実験だった。

単独での、長期にわたる敵地潜入。

その危険さは計り知れない。

 

しかしイツキにとってそんなことはどうでもよかった。

 

(しばらくミカズチに会えなくなる・・・)

 

そう考えるだけで胸が張り裂けそうだった。

ミカズチはイツキの全てだった。

 

どんなに精巧に創られていても、自分は完全なヒトではない。

命令通りに動くしかない操り人形・・・

 

イツキが初めて目を開けた日。

頭の中のデータが、ここはヤマサキ博士の研究室だと告げた。

次の日牢に連れて行かれ、目の前にいる地球側の政治家を殺すよう命令を受けた。

 

何を言っているだろう?この人を殺す?そんなことできない。イヤだ。

 

そんなことを思っている間に、目の前の男は死んでいた。

イツキの華奢な指に握られた日本刀が、男の背中から生えていた。

何が起こったか判らなかった。

 

ある日、男から情報を引き出す術として『女』の開発を強要された。

イツキの優秀すぎる頭は、その時のことを隅々まで鮮明に記憶していた。

狭い部屋、数人の男、いつもとは違う自分の声・・・流れた涙。

 

次の日、一人の男がニヤニヤしながら話し掛けて来た。

 

- 昨日はお前に付き合ってやっただ 礼ぐらい言ってもらいたいね –

 

その時、自分の口から出た信じられない言葉。

 

- はい ありがとうございました -

 

 

・・・ ・・・ ・・・

 

 

・・・そして思い知った。

 

私は傀儡。

操者の意思通りに動くしかないマリオネット・・・

 

繰り返される実験に心も身体も蝕まれていった。

 

何のために生まれてきただろう・・・

こんな思いをするくらいなら・・・

・・・死んでしまいたい。

心から、そう思った。

生まれてきたことを呪った。

 

ある日、偶然手に入れたナイフを喉元に突き立てる。

ああ、これで苦しみから解放される・・・

が、皮一枚切り裂いたところでその手は止まった。

 

・・・なんで・・・?

 

頭の中に自分自身の声が響く。

 

- 試験体 は 自身で自身を傷つける行為 は 禁止されています -

 

 

・・・ ・・・ ・・・

 

 

(・・・私は・・・死ぬことも許されないの・・・?)

 

目の前が真っ暗になった。

 

しかし数日後、イツキは知る。

 

希望を。救いを。歓喜を。幸福を。恋を。愛を。

悲しみでなく溢れる涙を。

 

イツキの対として創られた存在、『ミカズチ』を。

 

カプセルの中眠る彼を見てイツキは感じた。

自分を理解してくれるのは、同じシミュクラであるミカズチしかいない。

自分を愛してくれるのはミカズチしかいない。

 

私はミカズチと出会うために生まれてきただ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

ブラックサレナのコックピット。その暗闇の中にアキトはいた。

静かな音を立て、優しい光を放つ機器。微かに響く、作業員達の声・・・

その静寂の中、つい先程のアカツキの言葉を思い出していた。

 

 

 

 

・・・ ユリカ君は ・・・

 

 

 

 

「ユリカ君は遺跡に取り込まれている。だが死んではいない。これは確かだよ。遺跡を確保したら後はドクターに任せればいい」

 

「・・・ああ」

 

「そしてカイト君。『ミカズチ』で探りを入れてみたらバッチリだったよ」

 

「・・・」

 

「彼は三年前、北辰達によって木星プラントから攫われた。その後目覚めた彼は火星の後継者のワンマンオペレーション計画に参加している」

 

「ワンマンオペレーション・・・『一人一戦艦計画』・・・か?」

 

「あー、確かに僕たちの方にもワンマンオペレーションプランというものがあるがそれとは違う」

 

「・・・」

 

「そう。僕達のプランのコンセプトは『一人一戦艦』。つまり戦艦丸ごと一隻を個人とそのサポートをするCPUのみで動かそうというものだ。ルリ君とナデシコB、C。ラピス君とユーチャリスがそれだ。ま、現段階ではプランの完成は程遠いがね」

 

「奴等は違うことを考えているのか」

 

「ああ。彼等の計画のコンセプトは『一人で多数の機動兵器のコントロール』」

 

「・・・」

 

「聞いたままだね。一人の超上級パイロットによる複数機体の操作。考えてみれば合理的な話だ。優れた機体の量産はできても優れたパイロットの量産はできない。彼等にとって戦闘の要は最後まで機動兵器だったらしい」

 

「・・・そんなことが可能なのか?」

 

「可能性がないことに全てを賭けるほど、科学者って生き物は馬鹿じゃないよ」

 

「・・・」

 

「詳しくはまだ判らないけど、まず間違いないことパイロット名無し君。動かすのはあの金色の機体」

 

「あの機体か・・・」

 

「アレが何機も名無し君と同じ動きをしたらと思うとちょっと寒くなるね。本当に戦局が変えられちゃうよ」

 

「そうなる前に、俺が止める」

 

「ああ。でも一応対策は立ててあるだ。彼等の計画だけは前々から知っていたからね。見事に役に立ってくれた」

 

「ナデシコCか」

 

「そう。ナデシコCはオモイカネとホシノ・ルリによるシステム掌握戦術を前提に建造してある・・・が、まだ完全じゃない」

 

「・・・」

 

「ま、君は君の目的を果たしてくれ。それが僕らの勝利にも繋がる。ユリカ君も名無し君も火星極冠遺跡だよ」

 

 

「ああ・・・・・・アカツキ」

 

 

「ん、なんだい?」

 

 

「・・・すまない」

 

 

「・・・ああ。どういたしまして。素直じゃないねぇ、君も」

 

 

 

・・・ ・・・ ・・・

 

 

 

ナデシコCがルリに渡り、無事月に収容された。

ユーチャリス、ブラックサレナの調整もほぼ終わり、敵の艦隊も火星極冠遺跡に続々と集結している。

長い永い舞台が、終幕を迎えようとしていた。

 

復讐という名の、舞台が。

 

頭の中の台本を開く。やっと終章に辿り着いた、目に見えない台本を。

初めて開いたそのページに書いてあった内容は、実にシンプルだった。

 

(敵を倒し、ユリカを・・・カイトを・・・取り戻す!)

 

知らぬ間に握りこんでいた拳を見つめ、アキトは思う。

 

「熱い」と。

 

体ではない。

 

「心が」だ。

 

長らく忘れていた感情が、あの頃は何よりも信じていた感情が・・・

復讐という色で塗りつぶされていた感情が・・・今のアキトを包み込んでいた。

 

『熱血』

 

そう呼ばれた感情が。

 

《・・・アキト・・・大丈夫・・・?》

 

「・・・!・・・ああ、大丈夫だ」

 

いつもと様子の違うアキトを心配したのか、ラピスがウインドウを開く。

これは初めてのことだった。

いつもウインドウを開くのはアキトから。

アキトとラピスの精神は繋がっている。つまりウインドウを開くどころか、会話の必要すらない。

想えば伝わるのだ。

顔を見て話すという習慣はラピスにはなかった。

 

だが、あの日。

カイトのことを思い出したあの日からラピスは変わった。

事ある毎に「あれはなに?」「これはなに?」と聞いてくるようになったのだ。

そんなラピスにアキトは判るまで説明してやった。

淡々とだが、優しく、丁寧に。

 

実際にカイトのことがきっかけなのかは判らない。ただのこじ付けなのかも知れない。

しかしラピスの行動、感情には確実に変化が訪れてきている。

それは確かだ。そしてたぶん良い方へと。

アキトの口元に僅かに笑みが浮かんだ。

 

《・・・なに・・・?》

 

「いや、なんでもない」

 

きっとうまくいく。根拠もない自信が溢れる。

 

火星へ行ってカイトを助けて・・・そして起こすのだ。

 

長い間眠り続けた、ねぼすけな白雪姫を。

 

(ユリカ・・・やっとお前の本当の王子様になれそうだよ・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

− 希望 −

 

 

 

 

「繋がっていれば、いくら瞬間移動されても同じことです!」

 

地球、カワサキシティ。

ボロボロに破壊された街に生き物の姿はなく、無機質で巨大な鉄の塊達が互いを粉砕しようと蠢いている。

 

イツキはそこにいた。

 

軍属するナデシコへ、ネルガル火星研究所からパイロットとして転属した直後のことだった。

パーティー中の敵襲、出撃。

予定通り目の前に現れたジンタイプに取り付き、その首元にゼロ距離でカノン砲を打ち続ける。

 

 

ガゥンッ!!!ガゥンッ!!!ガゥンッ!!!

 

 

銃口から吐き出される鉛の音と、それがくい込む音とが混ざり合い激しい音を立てた。

 

(早く・・・!!早く跳躍しなさい!!でないと・・・このまま首を・・・!!)

 

本国から通信があった。

- カワサキシティに新型の有人兵器、『ジン』を跳ばす -

- ジンは単体次元跳躍を繰り返すことのできる兵器、その跳躍に紛れて帰国せよ -

- 尚、ミカズチの経過は順調。すぐに目を開けるだろう -

 

 

(・・・ミカズチ・・・!早く・・・早く・・・逢いたい・・・!)

 

 

早くミカズチに逢いたい。早く傍に行きたい。早く話をしたい。早く声を聞きたい。

 

 

(ミカズチ・・・ミカズチ・・・!やっと・・・やっと・・・!やっと・・・!!)

 

 

急いでも意味がない。焦っても意味がない。

急がずとも、焦らずとも、もうすぐミカズチの居る所へ帰れる。

もうすぐミカズチの顔を見られる。

もうすぐ幸せな時間がやってくる。

 

落ち着け・・・落ち着け・・・!

 

しかし、今のイツキに激しい感情の昂ぶりを抑えるすべはなかった。

 

 

(永かった・・・でも・・・やっと貴方に逢える・・・やっと・・・貴方に触れられる・・・やっと・・・貴方に・・・)

 

 

嬉しさという感情がその身体に収まりきらず、結晶化したものが瞳から零れる。

 

そして心から思う。

 

生まれてきて良かった、と。

 

 

《新入りー!!おい!!新入りーーー!!!!》

 

 

 

 

- 跳躍 -

 

 

 

 

目覚めると、ベッドの上だった。

 

 

既に時は経ち、状況はなにもかも変わっていた。

 

 

 

 

 

 

ミカズチの寝そべっているはずのそこには、何も入ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは・・・?」

 

「『アルストロメリア』。新型ですよ。一次装甲自体をバッテリーしてるんで、エステバリスより出力大きいですよー」

 

格納庫。

そこに佇む白い機体を見て呟いたサブロウタにレシオールが答える。

リョーコ、ヒカル、イズミも同じようにその機体を見上げている。

 

「へぇ・・・装甲をバッテリー

 

「ええ。それにー・・・」

 

声を小さくし、サブロウタに耳打ちする。

 

「・・・コレは機密なんで内緒なんですけどー、装甲にCCを組み込んでますでB級ジャンパーの方なら単体ボソンジャンプも可能」

「おお・・・マジ!?スゲーな」

「おい、仲良く内緒話か」

「まー、ジンタイプを小型化したと思ってくれればー!」

 

いつのまにか目の前に来ていたリョーコを誤魔化すように大声を上げるレシオール。

 

本社からの送られてきて、ここで最終調整を行っていたんすよ。あなた方の艦に積まれるみたいですよー」

 

「隣の家に囲いができたってねぇ」

「へぇ〜・・・」

 

ヒカルの台詞の前に素早く一言入れるイズミ。

次にヒカルが何を言うかを予測しての高度な業である(内容は薄いが)。

それを冷めた目で見つめるリョーコ。

静かにため息を吐くと、視線をサレナS型に移す。

 

「そっちのサレナ型もうちに入るのか?」

 

いやいや〜、アレはまだ試験機なんまわせませんですよー。代わりといってはなんですがー・・・」

 

と、『赤 青 黄』の三原色が惜しげもなく使われている隣の巨大な機体を指す。

 

「・・・こっちは持っていってくれて結構ですー。・・・いうか持っていってください」

 

「・・・いらねぇよ」

 

「・・・ナデシコに入らないしな

 

「あ、私ちょっと欲しいかも〜!」

「「いらんわ!!」」

 

「いえ、ホントに持っていってください。でないと喉が・・・と、ありがとー

 

作業員から車椅子を受け取るレシオ。

リョーコ達に「すいません」と頭を下げ、サレナSのコックピットに向かう。

 

「よっ・・・とー」

 

「・・・遅い」

 

はいはいごめんなさー。・・・大丈夫か?」

 

「なにが」

 

「・・・いや、ならいい」

 

 

心持硬い表情のフィオナ。

やれやれといった表情のレシオール。

 

こつん、と。

互いの拳を突き合わせると、やっとフィオナの顔から緊張が抜ける。

レシオはその体を抱き上げると、そっと車椅子に座らせた。

 

「お前、足が悪いのかよ?」

 

その様子を横目で見ていたリョーコの声が広い格納庫に響く。

一瞬だが、その場にいる皆の視線が車椅子上のフィオナに集まる。

少し、目を伏せるフィオナ。

それを見て、落ち込ませたと思ったリョーコが慌ててフォローをする。

 

「あ!わりぃ!そ、そういう意味じゃなくてな・・・!その・・・!」

 

「大丈夫・・・慣れてる。それよりも・・・聞きたいことがあるの」

 

「お、おう!なんでもこい!」

 

 

「ミカズチって奴はどこ?」

 

 

瞬間、凍りつく空気。

あわててレシオールが両手でフィオナの口を塞ぐ。

 

「答えて。ミカんぐ・・!

「はいはい!もう行きますよ〜!フィオナちゃ!」

 

「んんぅー!むんんー!!」

 

「え?ああ、おトイレでちゅか〜!はい、行きちょうねぇー!」

 

ーんぅ〜ー!!」

 

「それじゃあみなさ〜!さ〜よ〜〜な〜ら〜!」

 

苦笑いを浮かべるレシオール。

ジタバタ暴れるフィオナを車椅子ごとズルズルと引きずってゆく。

 

「あ・・・ああ。じゃあな」

 

「あ!助けてくれてありがとねー!」

 

それをボー然と見送るナデシコパイロット陣。

ヒカルが思い出したように、手をぶんぶんと振りながら先程の礼を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

− 絶望 −

 

 

 

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・!・・・うっ・・・ぅ!」

 

 

ビシャ・・・ビシャ・・・!

 

 

この日、何度目かの嘔吐。

なにも食べてはいない。

先ほど飲んだ水が、血と共に逆流する。

 

暗い部屋。

虚ろな眼で時計を見た。昼か夜かはわからないが、短針は『3』を指していた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

あの日。

地球から帰還したあの日。

自分を待っている筈の最愛の人はそこにはいなかった。

跳躍実験中の事故、そう伝えられた。

だからなんだ?私にはそんなこと関係ない。

 

ミカズチにあわせて・・ミカズチにあわせて・・・ミカズチに・・・ミカズチニ・・・!!!

 

その時、何かが狂ったのだろう。

 

私の行動に抑制をかけていた、もう一人の『私』の声が急に聞こえなくなった。

 

手始めに、その場にいた研究員の喉を抉った。

助けを呼ばせない為だ。

この研究員には見覚えがあった。

あの日、私を『使った』男達の一人だ。

男は白衣を赤く染めながら、なにか必死に叫んでいた。

そのサマはどこか滑稽で、私の口元には知らずと笑みが浮かんでいた。

 

しばらくするとソレは動かなくなり、辺りには不快な臭いがたちこめた。

だから私は廊下に出た。

近くにいた人が私を見てギョッとしている。

血くらいはふき取ってきた方がよかったか。

とりあえず私がいなかった間の情報を得よう。

 

・・・

 

周りにはまたあの臭いがたちこめていた。

仕方がない。邪魔をしてくるのが悪いのだから。

この部屋に来る途中、拳銃を使ってくる者もいた。

殺しのプロならともかく、素人が銃を使ったところで私にとっては脅威でもなんでもなかった。

相手の心理のスキをつけば簡単なこと。要は躊躇しなければいい。

 

素早くコンピュータにアクセスする。

さすがに施設の全員が私の命を狙ってきたら、逃げ切れる自信はない。

必要な情報だけを取り出した。

自分に関すること、ミカズチに関すること。

そして驚愕した。

どうやら私達の存在は、和平と共に認められないものとなったらしい。

 

 

 

 

− プロジェクト破棄 −

 

− 試作ナンバー 0070 個称 ミカズチ・カザマ −

 

− 試作ナンバー 0069 個称 イツキ・カザマ −

 

 

− 廃棄処分 −

 

 

 

 

・・・そうか・・・ミカズチは、もういないだ・・・

きっと私が帰ってくる前に・・・

そうか・・・そうなんだ・・・

バカみたい・・・私・・・

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

「・・・っはぁ・・・はぁ・・・」

 

幾分か落ち着いてきた呼吸を整える。

 

あの後、持てる知識を総動員してイツキは姿をくらました。

生きて、生き抜いて、奴等に復讐するつもりだった。

その結果、今では使われなくなった旧木連の本拠地、その研究施設にイツキはいた。

犯罪者は現場に戻るというが、逃亡者もそうなのだろうか?そんなことを考える。

結局は、自身が生まれたこの施設に戻ってきているのだから。

ミカズチとの唯一の思い出がある、この場所に。

 

(・・・あ・・・いま・・・何時だろ・・・?)

 

虚ろな目で時計を見た。昼か夜かはわからないが、短針は『4』を指していた。

 

(4・・・か・・・。・・・ろく・・・6になったら・・・また・・・はじめよう・・・)

 

ゴホッ・・・と、咳を一つする。

口を押さえた両手には、鮮やかな紅をした血が付いていた。

 

 

身体の異常に気付いたのはいつだったか。

最初は小さな指先の震えだった。

疲れの所為だろうと気にも留めなかったが、頻繁に起こるようになってから疲れではないと思い直した。

施設に遺されたメディカルルームで検査をしたが原因は不明。

どうやら木連での実験は絶望だけでは飽き足らず、名前も知らない病魔までイツキに与えたようだった。

 

病魔の進行は想像を絶するほど早く、一週間もしないうちに食べ物は喉を通らなくなった。

眩暈、吐血、嘔吐、咳、胸の痛み・・・症状を挙げればきりがない。

イツキは日のほとんどをこの病の研究、特効薬の開発に費やした。

 

まだ・・・死ねない・・・!

 

しかし、機材もなければ人手もない状況・・・

薬ができるよりも命が尽きるほうが早いと気付くのにそんなに時間はかからなかった・・・

 

暗い部屋。冷たい床。

イツキはナイフを前に座り込んでいた。

いつか、ソレを喉に突き立てようと思ったことがあった。

今なら・・・

ナイフを逆手に構え、両手でしっかりと握る。手の震えで目標を外れることがないように。

 

もう、失うものなんてないもの。

もう、怖いものなんてないもの。

もう、奴等の思い通りになんてならない。

奴等の病に殺されるくらいなら、せめて自分で死んでやる。

 

しかしどんなに力を入れてもナイフが喉に刺さることはなかった。

『奴等』のかけた呪いが、再びイツキを襲った。

 

 

- 試験体 は 自身で自身を傷つける行為 は 禁止されています -

 

 

「・・・あ・・・」

 

背筋が、凍った。

 

「あ・・・あは・・・・・・あははははは・・・・・・」

 

乾いた笑い声が暗く狭い部屋に響く。

 

狂ってしまえばいい。

 

そうすれば楽になれる。

 

楽に・・・

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

だが、頬を伝う液体の温かさが、それを止めていた。

 

 

「・・・あったかい・・・」

 

 

ぽつりと、かすれた声を漏らす。

ナイフが床に落ち、大きな音が部屋に響き渡る。

 

 

「あったかい・・・」

 

 

もう一度、呟く。

急に、復讐を誓った時から忘れていた最愛の人の顔を思い出した。

心の奥が、じんわりと暖まった。

 

 

「あったかいよぉ・・・」

 

 

もう一度、呟く。

両腕で、自分の身体を抱きしめた。

自分の身体と、胸の中にいるあの人も一緒に抱きしめた。

 

 

「逢い・・・たいよぉ・・・ミカズチ・・・ひっく・・・あいたぃよぉ・・・!」

 

 

ボロボロと、涙をこぼす。

 

 

「ミカズチ・・・独りは・・・さみしいよぉ・・・みかずちぃ・・・う・・・うぇぇぇぇん・・・・!」

 

 

イツキは泣いた。無垢な少女のように。赤ん坊のように。

 

自分が惨めで仕方なかった。

 

独りで生まれて、独りで過ごして、こんな暗い部屋で独り死んでゆくのか・・・

 

 

「う・・・く・・・ひっく・・・?・・・・・・・・・・・・え・・・?」

 

 

その時、聞こえたのだ。あの人の声が。

 

聞こえる筈もないミカズチの声が。

 

聞いたこともない筈の声。

 

でも確かに感じたのだ。

 

この声はミカズチだと。

 

 

 

 

− キミは・・・だれなの・・・? −

 

 

 

 

イツキは思った。いや、心が感じた。

 

ミカズチは生きている。

 

自分と同じこの世界で息をしている。

 

忘れているだけなのだ。

 

心から想えば、きっと思い出してくれる。

 

きっと、迎えに来てくれる。

 

きっと・・・

 

だからイツキは呼びかけた。

 

強く、強く。

 

 

 

 

捨てないで・・・

 

忘れないで・・・

 

お願い・・・

 

早く・・・

 

私を・・・

 

迎えに来て・・・!

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

虚ろな目で時計を見た。昼か夜かはわからないが、短針は『6』を指していた。

 

 

(・・・6、だ・・・はじめよう・・・呼びかけよう・・・きっと私の声・・・ミカズチに、届いてる・・・)

 

 

自分にそう言い聞かせ、壁に手を当てゆっくりと立ち上がる。

間接が悲鳴を上げ、膝が踊った。

吐き気と眩暈が同時に襲い、冷たい汗が噴出し目の前を暗くした。

 

 

(目なんか見えなくたって・・・)

 

 

体が覚えている。

プラント中枢。イツキとミカズチが生まれた場所への道筋は。

ふらふらと、壁を頼りに歩く。

ミカズチの眠っていたそこ。

まだ彼の温もりが残っている気がして。

イツキの声も、届く気がして。

 

 

(・・・っつ!・・・痛いよ・・・苦しいよぉ・・・ミカズチ・・・)

 

 

 

 

それでもイツキは呼びかけるのだ。

 

 

 

 

きっとこの想いが届くと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい」

 

「・・・」

 

 

カラカラ・・・

 

 

「おーいってー」

 

「・・・」

 

 

カラカラ・・・

 

 

何も言わないフィオナの代わりに、車椅子がレシオールの声に応えている。

その車椅子を押す彼の腕には何故か歯形がついていた。

 

「おーい・・・あの場で言っていいことじゃないぞー、アレは」

 

「・・・」

 

 

カラカラ・・・

 

 

「あのパイロットについて調べようって言ったのは確かに俺だけどー」

 

「・・・」

 

 

カラカラ・・・

 

 

「あのことは俺達が知ってていいことじゃないだからさー」

 

「・・・」

 

 

カラカラ・・・

 

 

「興味本位で聞いていいもんじゃないぞー?情報を盗んだのもバレちまうしー」

 

「・・・」

 

 

カラカラ・・・

 

 

「せっかくありがとうってお礼言ってくれてー、フレンドリーな雰囲気になったのにさー・・・」

「・・・ ・・・ ・・・ !」

 

「ん?」

 

 

ボソッと。

 

フィオナが呟く。

 

車椅子の声がやみ、代わりに少女の鈴のような声がレシオールの耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

「・・・ありがとう?・・・吐き気がする」

 

 

 

 

 

 

「フィー?」

 

 

 

 

 

 

「任務じゃなかったら・・・」

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

「誰が・・・!!お前等なんかっ・・・!!!」

 

 

 

 

 

 

少女の顔が、憎悪に歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Be Continued。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

どうもー!YOUです。

申し訳ございません。とりあえず謝っておきますね!

 

やー、暗いです。今回。暗い話が嫌いな方、もう一度申し訳ございませんでした。

所々間違っているかもしれませんが(汗)そこは寛大なお心でお見逃しください。

 

広い心でみてごらん!ほら!なんかあってるように感じてきた!

さぁ!みんなで飛び立とう!自由という名の明日へ!よし!死ねっ!俺

 

とにかく、自分のイタ脳内設定ではイツキはこんな感じでございます。ずっとカイトを待っています。いや、ミカズチですか。

でもまだ続きます。今回と次回はイツキの身の上話ですのでルリ×カイトはうすいです。

っていうかこの小説自体ルリ×カイトうす・・・ごふっ!!げふぅっ!!

いえ、なんでもありません。

 

イタオリジナルキャラのフィオナちゃんはナデシコが嫌いみたいです。

 

 

 

 

次回

 

第七話

【『イツキ・カザマ』】

後編

 

 

お楽しみに!

いや、たいした展開ないっスよ。

 

 

 


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