第六話







「・・・」

「・・・」

病室に、なんともいえない沈黙が流れていた

イスに腰掛けたシラキは、手元にあるカルテにやる気の無さを具現化したような落書きを書いている。絵心などとは泣けてくるほど掛け離れたその絵は、百歩譲れば怪獣に見えなくも無い。そしてアキトは、ベッドに身体を起こし、昼の日差しが差し込んでくる窓からただジッと外を見つめている

うーむ。とシラキが唸る。描いた落書きに、角を二本付けようか一本付けようか真剣な様子で悩む

「・・・おい」

「あん?」

その思考が中断する。窓に視線を固定したままのアキトが、声を発したからだ

顔は相変わらず、窓の方へと向けられたままだ。病院の中庭にあるなにかを見つめているのか、その視線がゆっくりと右から左へと流れている

「・・・なんだよ」

「あれは、なんだ?」

言葉の意味が窓の外へと向けられていることを察すると、シラキは面倒そうに立ち上がり、窓の傍へと移動する

病院の中庭。そこで小さな子供が四人。元気に駆け回っていた

「んだよいつものガキ共じゃねえか。あれがどうしたんだよ」

興味も無さそうにそう答えると、アキトの方を振り返る

「その横だ」

「あん?」

首を動かすのもすでに面倒だったが、仕方なく再び窓へと向き直る

よくよく見れば、その四人の子供が走り回る横に、さらに二つの人影がある

入院している児童用に特別に備えられた砂場で、その二人の子供は遊んでいる。砂で城かなにかを作っているようだ

「・・・ああ」

その二人の片割れを見て、シラキはアキトがなにを聞きたいのか理解した

「ラピスだよ。ありゃあ」

「・・・そうか」

窓から外を見るアキトの目は、すでに焦点を結んでいない。視力で言えば0.3は確実に切っているだろう

「友達、か?」

「だろうな」

「お前が?」

「あん?」

言葉を話すことがすでに困難になりつつあるアキトは、すでに短い単語の羅列のような言葉しか口にしない。だからこのアキトの言葉が、ラピスにあの子供達を紹介したのはお前か。という意味だとシラキが理解するのに、数瞬を要した

「ああ・・・まあ、成り行きっつうか。なんつうかな」

「・・・そうか」

アキトは小さく頷き、顔面を引き攣らせる。それが小さな笑顔だと気付ける人間は、もうシラキとラピスしかいないだろう

リンクの影響か。砂場で小さな女の子と遊んでいたラピスが顔をあげる。すぐにその視線はシラキとアキトを見つけ出し、手を振った

横にいた子供は、小さく会釈をする。アキトのことを、ラピスの保護者とでも思ったのだろう

そして、横にいるシラキに気付くと、ラピスと同じように手を振ってきた

「・・・ラピスにも」

「ん?」

アキトはそれに、震える手を僅かに揺らして答えながら、呟いた

「ラピスにも、出来たのか」

「ダチがか?」

小さく頷く

「そりゃそうだ。根暗で根性悪いガキだが、結局ただのガキだ。ツレの一人や二人くらい出来るに決まってんだろ」

当然のように答えて、シラキは意地の悪い笑みを浮かべた

「まあ、これであのガキも十分普通にやっていけるってわかったわけだ。安心して死ねるじゃねえか?ケケケケ」

「・・・ふん」

つまらなそうに息を漏らし、アキトはシラキへと目を移した

「・・・まあ」

取り出したタバコに火を付けると、外を見る

「死ぬのはいつでも出来るわけだ」

「・・・そうだな」

「だったら、もうちっと付き合えや」

「・・・ああ」

アキトもまた、視線を窓へと移す。もはやぼやけて見えない視界の中、それでも、きっと自分が今見ている景色は、きっと綺麗なのだろうなと、そう思いながら

「・・・悪く無い、な」

窓から見えるラピスは、楽しそうに笑っていた。アキトからも微かに繋がっているラピスのリンクから、戸惑いと同時に嬉しさや楽しさが伝わってくる

「・・・一応」

小さく呟く

「あん?」

「一応・・・感謝しておく」

アキトの言葉に、シラキは笑った



今はもういない男がシラキに告げた。それが最初で最後の、ありがとう、だった










機動戦艦ナデシコ

 Imperfect Copy 』






『 絶望、来訪 』

 

 







「・・・なにが、あったの?」

険しい表情でそう尋ねるラピスの前には、エリナが椅子に項垂れるように座っていた。そしてその横には、白衣に両手を突っ込んだまま佇むイネスがいる

ここは、ネルガル月ドッグ。ブラックサレナに続いてユーチャリスまでもが強奪されたという事実を聞いたラピスは、ユメとロウを連れて慌ててここを訪れていた

「・・・六時間前よ」

顔を伏せたまま身じろぎ一つしないエリナの代わりに、イネスが答えた

「六時間前、なんの前触れもなく突然、この施設の全ての防壁、隔壁、防犯設備その他一切が機能を停止したの。そしてその直後、月ドッグのユーチャリス格納庫前でボース粒子の増大反応があった。たまたまその場に居合わせた彼女は犯人と遭遇、しかし止めることが出来ず、結果的にユーチャリスを奪って犯人はボソンジャンプで逃走」

掻い摘んでそう説明するイネスの言葉に、ラピスは眉をひそめた

「ボソン・・・ジャンプ?」

聞き慣れた、その言葉。ラピスの脳裏に、一人の男の顔が浮かび上がる

かつての自分の、全てだった人

「・・・・そう」

ラピスの顔色を見て、イネスは頷く

なにを言おうとしているのか察したエリナが、咄嗟に顔を上げ、イネスへと声を上げた

「ドクター!」

「貴方の気持ちはわからないでもないけど、隠すのもいい加減限界よ。それに」

睨みつけるようなエリナの視線を受け流し、ラピスへと視線を移す

「貴方ももう・・・察しはついてるんじゃない?」

その言葉に一瞬、声を詰まらせる。だが、僅かに顔を伏せたまま、小さく呟いた

それは、もういないはずの、名前

「・・・アキ・・・ト?」

言葉に、エリナが反応する。俯けた顔、垂れ下がった髪に隠された唇を噛み締めた

「アキト・・・なの?」

ラピスの視線が、エリナへと移る。それを感じたのか、エリナは項垂れたまま、両手を白くなるまで握り締めた

眉根を下げた、ラピスの表情。それは不安からか、それとも希望からか

答えを、固唾を飲んで待った。しばし部屋に、息が切れるような沈黙が満ちる

そして

「・・・・そうよ」

エリナの言葉を聞いた瞬間、ラピスは大きく目を見開いた

「あれは・・・アキト君だった」





「・・・ハーリー、間違いないのか?」

ナデシコBのブリッジ、そこでサブロウタとリョーコ、そしてハーリーは、顔をつき合わせて話をしていた

「は、はい」

リョーコの言葉に、ハーリーが頷く。その表情はいつになく硬い

その表情のまま目の前のコンソールに何度か手を滑らせた後、自らを納得させるように、もう一度呟いた

「ネルガル月ドッグを、何者かが襲撃したようです。そのときの騒ぎで、ユーチャリスが」

「誰が襲って来たのか、わかるか?」

ハーリーの座るサブオペレーター席へと身を乗り出して、リョーコが尋ねる。その顔には、なんとか混乱を内に留めようと努力している、焦燥の感情が見て取れる

「・・・残念ですが、襲撃される直前、全ての電子機器が何者かのハッキングで機能を失ってます。多分、そういう類の情報は、なにも」

「・・・まあ、誰が襲ったのかなんて、見当は付くけどねえ」

二人の背後から、声が掛かる。顔を向けると、副長席に身を落としたサブロウタが、疲れたような表情で座り込んでいた

黙り込む三人。サブロウタの言う通り、誰がネルガル月ドッグを襲ったのかなど、想像が付いていた

先日起こった、ブラックサレナの強奪。そしてそのときに見せられた、テンカワアキトとそっくりな犯人の写真。それからほとんど間を置かずに引き起こされた今回のユーチャリス騒動

そして、アキトらしい人物と一緒にいたのを目撃されたのを最後に姿を消した、ルリ

これだけの符合が揃っているのだ。犯人など、想像する必要すらない

ルリと、アキトだ

「・・・」

そのことをわかっているのか、三人は誰も喋らない

免疫は、すでに出来ていたはずだった

つい最近、それこそ昨日のことのように思い出せるあの事件。テンカワユリカが火星遺跡を占拠したあの事件のときに、慣れ親しんだ人間が突如として敵に回るという状況に、それなりの免疫は出来ていたはずだった

だが、そんなことなど欠片も無かった。慣れるようなものでは、無い

状況から見れば、ほぼ間違い無い。ネルガル月ドッグの基地機能を無力化出来るような人間など、ルリ以外にはラピスにしか心当たりが無い。だが、ラピスの所在の件はすでに突き止めている

IFS強化体質者にしか、出来ないような所業。だがラピスもハーリーも、犯人ではない

ならば答えなど、一つしかない

「リョーコさん」

「・・・ん?」

ハーリーの呟きに、顔を上げてくる

「・・・アキトさんって、どういう人だったんですか?」

ハーリーには、信じられなかった

自分の知っているホシノルリという人間は、どこまでも冷静だった。もちろん人間的な部分もあるが、それ以上に、理性で物事を考える人間だと、そういう風に思っていた

だがそのハーリーの、ルリという人物に対して持っていた偶像は、脆くも崩れた。ハーリーの思っているルリは、絶対にそういうことをしない。もしテンカワアキトと接触したのなら、彼がブラックサレナ強奪事件の犯人なのかをきちんと問い質し、その結果に準じた行動を取るはずである

だが現実のルリは、違った。証拠こそ無いが、確信はある。ルリはアキトらしき人物と一緒にいて、彼の犯罪行為に手を貸している

あのルリがそこまでの行動を起こすほど、テンカワアキトに思い入れをしていたのだろうか。そう思うと、ルリに少なからずの好意を抱いてるハーリーは、胸が痛かった

「・・・・そうだな」

リョーコが昔を慈しむように目を細めた

「良い奴、だったな。優しいのか情けないのか、優柔不断なのかわかんねえ。けどなんつうか・・・放っておけねえ奴だった」

一息

「実を言うとな、ルリも多分・・・テンカワのこと、好きだったんだと思う。いや、好きなんだろうな。今も」

でなければ幾らアキトと一緒とはいえ、あのルリが犯罪行為に手を貸すことなどないだろう

正直その気持ちは、痛いほどわかった。もし、自分もルリと同じようにアキトと出会っていたら

――― 考えても、しょうがねえか

頭を振って、リョーコはそんな想像を振り飛ばす。意味が無いことだ

「・・・まあなんにしても、ルリはアキトの一緒にいる。多分これは、間違いねえ」

「そう、ですか」

項垂れるように、ハーリーは視線を落とす。この状況でまでルリが自分以外の誰かを好きだったという事実に取り乱すほど、ハーリーは子供ではない

「・・・ハーリー」

話が途切れたところに、サブロウタが割って入ってきた

「はい?」

「今から、ターミナルコロニーがある宙域全部の衛星に侵入して、監視プログラムを走らせること、出来るか?」

「え? 出来ますけど・・・どうしたんですか? 急に」

「・・・」

少し呆気に取られたハーリーに、サブロウタは呆れたように息をついた

「おいおい、混乱するのは分かるけど、落ち着けよ。ちょっと考えりゃわかることだろうが」

頭の上で指をクルクルとさせる

「テンカワアキトらしき人物がボソンジャンプで移動してるってのはわかってることなんだ。だったら今後なにかの動きがあった場合、目的地にまたボソンジャンプを使って移動する可能性が高い。まあもっとも、すでに移動した後かもしれねえけど」

あっ、と口を開いたハーリーとリョーコに構わず、サブロウタは続ける

「で、もし向こうがなんかしらのアクションを起こす場合、ターミナルコロニーの周辺の可能性が大だ。幾らお前でも太陽系全部監視出来るわけじゃねえから、とりあえずそこら辺に網張っとけば良いだろ。もし感知出来ないような場所に移動した場合は、多分だがあんまり脅威になる行動を起こす可能性は低い。無視して良い」

いつもおちゃらけていたサブロウタ。それ故、ハーリーは知らず知らずの内に彼の実力や洞察力を勘違いしていた。だがサブロウタはいつもの態度とは別に、少なくともその実力においてはかつての木連でも十指に入るような男だ

ハーリーはその事実を改めて痛感した

「それにどこか違う場所で仕込みをしたとしても、奴に最終的な目的がある場合、それはやっぱり重要施設に対するなんらかの行動だと思う。だったらターミナルコロニーに網張るのは当然だろ」

「そ・・・・そうですね」

ハーリーが、わかっているのかわかっていないのか、曖昧な態度で頷いた

その態度にまたも溜息をつきながら、サブロウタが尋ねる

「出来るか?」

「・・・・多分」

サブロウタの言葉に、ハーリーはなんとなく恥ずかしくなった。自分は、ルリがアキトという人物に付いて行ったということにばかり気を取られて、勝手に落ち込んでいた

事態の進行にも、気付かないばかりだった。サブロウタの言う通り、先程彼が言った持論は別段凄いというわけではない、少し考えればわかることだった

もし自分がもっと早くそのことに気付いていれば、もしかしたらユーチャリスが強奪されたときのボース粒子反応を感知して、今頃事件は解決していたのかもしれない

「・・・・そう落ち込むな」

ポンッと頭に手が乗せられて、ハーリーが顔を上げた

その視線の先にいるリョーコは、笑ってサブロウタを見ている

「もっと早く気付ければって思ってたのは、サブの野郎も一緒だ」

「・・・・まあねー」

リョーコの言葉に両手を上げて、サブロウタも笑う

「結構これでも混乱してるんだぜ? ハーリー。お前もそう落ち込むな。どうせ後は待つだけだ」

「・・・はあ」

どうリアクションしたものか困った様子で、ハーリーは曖昧に頷くと、目の前のコンソールへと目を移した

「・・・見つかりますかね」

「多分な。行動に出るとしたらすぐだろうし」

その理由は、ハーリーにもわかった。昨日の今日でブラックサレナとユーチャリスを強引に奪い去っていったのだ。ルリとアキトの行動には、なにか焦りのようなものを感じる

「一体、なにが目的なんでしょう」

「さあな」

お手上げと言った様子で笑うサブロウタに苦笑すると、ハーリーは目の前のコンソールに手を滑らせた







全てが曖昧になる

これは自分? それとも彼?

わからなくなる。これは貴方? それとも私? 俺? 僕? 貴女? 彼? 彼女?

全てが混ざり合って一つになる。赤と黒と緑と黄と青がグルグル渦を巻く、吐きそうだ

吐きそう。胃が捩れる。でも吐き出せない、イライラする

自分は誰? テンカワアキト。本当に? 多分

違う。自分は違う。自分はテンカワアキトじゃない

自分はただの代行人。彼の復讐のために、神の気紛れか悪戯かなんて知ったことではないが、それでも再びこの世に浮かび上がった、彼の憎悪の産物

だから自分は違う。自分はテンカワアキトではない



本当に?



「アキト、さん?」

名前を呼ばれ、ふと目が覚めた

「大丈夫ですか?」

見上げる視界の中、銀髪の少女が心配そうに覗き込んでくる。

そこで初めて、記憶が掘り起こされる。ユーチャリスを奪還してから、自分は眠っていたのだ。戦艦一隻を飛ばしたことで体力を使ってしまったため、体を休めるために

ここは、とあるアステロイドベルトの中の一角。かつて、アキトが忘れようと思っても忘れられないほどの、憎悪と憎しみを育んだ場所

忌むべき場所

「・・・大丈夫だよ」

ルリへと軽く手を振って、寝転んでいた体を起こす

「つっ」

頭が、ズキリと痛んだ。なにか、物凄く悪い夢を見ていた気がする。自分が曖昧な、吐き気が込み上げてくるような、そんな悪夢

「大丈夫、ですか?」

同じ言葉を、ルリが繰り返してくる

その手に、小さな濡れタオルがあることに気付いた

「? ああ、うなされていたので、汗も凄かったですし」

アキトの視線に気付いたのか、ルリがタオルを軽く掲げる

「そうか・・・ありがとう」

軽く微笑み、眠っていたベッドから立ち上がる

視界が、歪んだ

「づっ」

刺す様な痛みが体を突き抜け、アキトは思わず近くの壁へと手をついた。痛みに誘発されたように、脂汗が吹き出る

「がっ・・・」

「まだ、休んでた方が良いんじゃないですか?」

激痛に苛まれるアキトの傍らに立ち、眉根を下げたルリがそう薦めてきた

だが、それに首を振る。それは、出来ない相談だった

本能のようなものが、アキトに告げていたからだ。この痛みは、疲労から来るような生易しいものじゃない、もっと底の方。それこそ生まれた瞬間に仕組まれているような、そんな逃れようのない呪縛なのだと

痛みで、頭がボーッとする。ふと頭に、先程見た夢の断片が浮かび上がった

「ルリちゃん・・・」

「はい?」

「俺は・・・・誰なんだろうね」

「っ」

自嘲するような笑みが、漏れていた

「俺は一体・・・・誰なんだろうね」

「・・・・それは」

「テンカワアキトじゃないのに、テンカワアキトの記憶を持って、テンカワアキトの姿をして・・・」

「・・・・」

ルリは、居た堪れないように顔を伏せた

答えられなかったから。彼の疑問に

ルリは今、彼のことをアキトと呼んでいる。だが、それが本心から、本当の意味でアキトと呼んでいるわけではないことは、ルリ本人だけではなく、目の前の彼自身もわかっていた

「ハハ、笑っちゃうよね。本当・・・俺は一体、なん―――」

そこで唐突に、言葉が切れた

「・・・アキトさん?」

ルリが不安気に声を掛ける

だが、アキトは動かない。その目は焦点を失い、どこか遠い場所へと結ばれているような、そんな錯覚を受ける

が、それも一瞬のことだった。なにかを振り切るように頭を振って、アキトは優しく笑った

その笑顔は、酷く歪に、罅割れていた

そして、手を差し出す

「・・・始めようか」

言葉に、ルリは喉を詰まらせる。最後の、転換点

おそらくここを通り過ぎてしまえば、きっと自分は後戻り出来ない

だが、それでも

目の前で、微笑む彼。その姿がダブる。まだ幸せだった頃の、彼と

ユリカと一緒にラーメンの屋台を引いていた、優しかった、そして多分、初恋の人だった、彼と

「・・・・」

逡巡するように、ルリの右手が宙を彷徨った。差し出された手へと伸び、僅かに震える

そして

「・・・・はい」

小さな、掠れて消えてしまいそうな声と共に、ルリの手が、アキトの手へと重なった







ナデシコBのブリッジに、突如としてアラームが鳴り響いた

それに跳ね起きたサブロウタが、ブリッジへと大写しにされたウインドウを見て、呟く

「・・・来た。ボース粒子の増大反応だ」

「位置、特定します」

慌ててサブロウタの横に並んだリョーコの前、ハーリーがウインドウボールを展開。同時に目まぐるしい速度のウインドウが開閉を始める

「予想通り。早かったな」

リョーコの呟きに、サブロウタが頷く

「一体、なにがしたいんだろうねえ」

「・・・ルリの奴も、いるかな」

「十中八九」

「こ、ここって」

二人の会話に、ハーリーの声が挟まる

「出たか?」

「は、はい・・・・ボソンアウトしたのは、ユーチャリス。場所は」

唾を飲み込み、告げる

「ターミナルコロニーコトシロ・・・・え? これって」

告げた直後、ハーリーの声に焦りが生じる。直後、ハーリーを囲んでいたウインドウボールのみならず、全ての電子機器が悲鳴にも似た砂嵐を上げ始める

そして

『聞こえているか? 連邦政府』

「なっ!!」

ブリッジにいた三人の誰もが、我が目を疑った

それは、すでに知っていたこと。言葉の情報だけではすでに知っていたことだ

生きていたのか、それとも別な理由なのかは知らないが、とにかく彼らしき人物がいるという事実は、すでに認識していたはずだった

だが、それを改めて現実として突きつけられたとき、ハーリーもサブロウタもリョーコも、誰も動くことが出来なかった

そこには、死んだはずの男

『そちらですでに確認出来ていると思うが、たった今、そちらが保有する管制システムは全て掌握した』

テンカワアキトが、いた







「ぶふおっ!」

とあるラーメン屋

そこで注文したラーメンの一口目を盛大に吐き出して、シラキは突如として目の前に現れたウインドウに目を丸くした

飛んできた汁を避けるヤマサキ。さっきこっそりヒ素を入れたのがバレたのかと軽く舌打ちをしたが、その意識もすぐに目の前のウインドウへと奪われる

『聞こえているか? 連邦政府』

「おやおやー」

薄ら笑いを浮かべて、ヤマサキは肘を付く。その対面に座るシラキは、噴出した麺をブツブツ文句を言いながら片付けている

店内のほかの客も、店員も、全てが目の前のウインドウにアングリと口を開けて見入っているなか、シラキとヤマサキは呆れるほどのマイペースだった

『そちらですでに確認できていると思うが』

「こりゃあ、おもしろーいことになりそうだねえ」

「あん?」

こぼれたヒ素入りラーメンが染み込んだ布巾を投げつけてくるシラキ

「発信源は、ターミナルコロニーコトシロ。なるほど、まあつまりは、始まりの場所だ」

布巾を避けながら答えるヤマサキ

「始まり?」

「まあ要するに、このクローン君のオリジナルであるテンカワ夫妻が人体実験されてた場所が、コトシロだったはずだよ」

「おいおいオメエがやってた研究だろ。場所くらい覚えとけよ」

「研究内容は覚えてるけど、場所なんてそんなどうでも良いことハッキリとは覚えてないよー」

「ダメ男が・・・・ん?」

呆れたように視線を逸らしたシラキが、ふと思いついたような顔でヤマサキへと視線を戻した

「ってことはあれか? アキトとテンカワユリカの子供のクローンが作られたのも、ここか?」

「? そうだよ?」

「・・・・へえー」

シラキはその言葉に、ニヤリと笑うとゆっくりと立ち上がった。結局一口も食べてないラーメンの代金を席に置き、そそくさと店を出る

「おやおや、なにか思いついたのかい?」

「まあ、そんなところだ。今から空港行くぞ」

路上の溢れるようなひとごみ、その中にもあのテンカワアキトの顔はそこかしこにあった。目を移せば、路上に設置してある巨大テレビにもテンカワアキトの顔がある

どうやら、公共の電波を丸々ジャックしているらしい

町を歩く中で、人々の混乱はよく伝わってきた。テレビの撮影かと疑う人間、テンカワアキトという名に、少しばかり聞き覚えがある記憶力の良い人間。手元にある電話で、テレビ局へと抗議を送る人間

しかしどの人間にも共通していることは、混乱だ

そんな中を、シラキとヤマサキは薄ら笑いを浮かべて歩く

「航空管制・・・敷かれてるだろうなあ」

笑った口元から漏れた言葉は、すぐ横を歩くヤマサキにすら聞こえないほど、酷く微かな声だった







「・・・これって」

「・・・・っ」

ネルガル月ドッグのとある一室。話があるからここで待っているようにラピスに言われたユメとロウは、この一室でもう随分長いこと座り込んでいた。そして、そんなところに突如現れた現象。不思議そうに目の前のそのウインドウを見つめるロウ。その服に、ユメが縋り付くように寄り添う

ロウと違い、その目は不安に満ちていた。まるで目の前に浮かぶこの男が、自分達へと滅びを運んでくるとでも言いたいように

「ユメ、大丈夫?」

「・・・・」

ユメの様子に気付いたロウが声を掛けても、ユメはただ、ロウへとより身体を密着させるだけだ。その身体が微かに震えているのは、恐怖か戸惑いか

「二人共!」

その二人がいる一室に、ラピスが飛び込んでくる。その顔はこの状況のためか、焦りと焦燥に塗れている

「あ、ラピスさん」

震えるユメの背中をさすってやりながら、ロウがラピスへと顔を向ける

「これ、一体」

「・・・詳しく説明してる時間は無い。とにかく、もうすぐここにイネスって人が来るから、その人に説明を聞いて」

言うが早いか、ラピスはそのまま急いで部屋を出ようとする



「ちょ、ちょっと待ってよ!」

ロウが慌てたように、声を荒げる。それもある意味、当然だった

そもそもラピスに付いて来たのは、シラキに少しでも近づくためだ。目の前のこのウインドウに映る男とシラキの状況が繋がっているのかまではわからないが、それでもこんなところでジッとしているのでは、ここに来た意味そのものが失われる

「ぼ、僕らも」

慌てて立ち上がるロウ、それにつられるように、ユメも僅かに視線をラピスへと向けた

だが

「え?」

ドクン、と、妙に自分の心臓の音が大きく聞こえた

視界がぶれる。暗い色が満ちてくる

「あ・・・れ・・・? 変、だ、な・・・体が」

怖い、暗い、恐ろしい。なんだこれは

突如として訪れた異変に、ロウは混乱する暇すらなかった。そのまま、足の力が抜ける

頭から、崩れ落ちた。ゴッと言う、嫌な音が辺りに響く

それが自分の頭と床が激突した音だと、ロウは気付けなかった。痛みなど、無かったから

ただ、視界が暗く、暗く落ちて行く

「ロウ!」

ユメが、絶叫を上げながらしがみ付いて来る。いつもの無表情な彼女からは、想像も出来ないような声

しかしその声も、もはやロウには、届かない

「ロウ!? ロウ!! ロ―――」

叫ぶユメ。だがその声が、不意にかすれる

「・・・カッ? え? あ・・・・」

ユメは混乱した表情で、自分の喉を両手で押さえ付ける

声が、出ない

「あ・・・・あ?」

その瞳から、涙がポロポロと零れ始めた

そしてユメの視界もまた、暗く落ち始める

「や・・・だ・・・」

震える手が、ロウの手へと伸びる。それを懸命に掻き抱きながら、ユメはただ泣く

「や・・・だ・・・やだ・・・・よお」

全身の力が抜ける。まるで魂が抜け落ちていくように、全てが頼りなく、薄れていく

色が、なにもかもが滅茶苦茶になっていく。白と黒しかない世界、遠くの物が近くに見えて、近くの物が遠くに見える

だがその中、唯一ユメの目に変わりなく映っているものが、あった

それは、目の前の

「・・・お・・・・と・・・さ・・・」

その言葉を最後に、ユメは崩れ落ちた。ロウの隣、手は繋いだまま

突然過ぎる事態に動けなかった、ラピスが、その瞬間ようやく我を取り戻した

「・・・え?」

一瞬飛び出た声が、すぐに驚愕に彩られる

「ユメ!? ロウ!?」

ラピスの叫びと駆け寄る足音が、部屋にいつまでも残響を残した








あとがき





扇風機がぶっ壊れました。エアコン君。後は君だけが頼りだ



というわけで、第六話でした

今回は割と早く完成しました。良かった良かった

他人と自分との境界が曖昧なアキト君と、大切な人と違う人の境界がわからなくなりつつあるルリ君です

そして他は結構真面目な雰囲気なのに、今回ラーメンすすって吹き出しただけの主人公組。良いんでしょうかこれで

まあそういうわけで、舞台は始まりの場所へ移行します

どうなることでしょう





次回予告



機動戦艦ナデシコ 『Imperfect Copy』



約束をした

それは酷く小さく、気を抜くと零れ落ちてしまいそうな



「ラピス・・・」

「・・・はい」



約束をした

それは一体、誰とだっただろう



「俺は、テンカワアキトの代行人だ」

「私、は・・・」



約束をした

それは他でも無い、自分自身に



「艦長・・・目を覚ましてください!」

「埒があかねえ! 乗り込むぞ!!」



約束をした

それは自分勝手な、一方通行

「み、民間シャトルが突っ込んできます!」

「バカ言え! ここには航宙管制が敷いてあるんだぞ!?」

「ワーハハハハー!」







第七話

『馬鹿、来訪』







それでは次回で









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