第四話







聖人ぶる気は無い

元々白状な性分の上に数え切れないほど人を殺して来たから、そんな資格も無い

他人が死のうが生きようが関係ない。自分に関わらないところで生きたり死んだりするのなら、どうぞ勝手にやってくれと思う

ただ、自分に助けを求めてくる人間がいるのなら、全力で助ける

別に恩を着せるつもりでも無いし、相手の為でもなんでもない

自分がそうしたいから。それで十分、罵倒されようが怨まれようが、知ったことじゃない

相手が助けを求めないのなら、どんな惨い死に様も見届けてやるつもりだった

少なくとも、あのときまでは



「なにがあった!?」

「!?」

「お・・・前・・・・か・・・」

「お前か、じゃねえだろ! なにやってやがる!?」

「はは、随分と・・・分かりきったことを・・・聞くな」

「・・・スイッチ」

「あん?」

「・・・スイッチ・・・切った」

「生命維持装置のか!? 馬鹿が! 殺す気かボケ!!」

「っ」

「ラピスに・・・怒鳴るな・・・俺が、頼んだんだ」

「なん・・・だと」

「もう・・・生きていても・・・仕方ない」

それで終わり。いつもなら、それで終わりだった

医者として、耳が腐る程聞いてきた患者の台詞。死なせてくれという、心の叫び

そして自分もいつもなら、その言葉の通りにしてやるはずだった

救えたはずの患者を死なせれば、当然医者は責任を問われる。だが自分は闇医者で、患者はそういう自分にしか救いを求められない日陰を生きる人間

殺しても責任は問われず、見捨てても誰も責めはしない

だから、目の前の男との関わりも、それで終わり。生きるのを拒んでいるのなら、その通りにしてやるのが情けだと思ったし、事実その通りだと今でも思う

「もう・・・・死にたい」

だがそのときは、何故か違った。何故かは知らないし、多分それは自分の我侭でエゴだろう

ただ

「ガキ! どけっ!」

「っ」

「なにを・・・するつもりだ」

「ああ? 決まってんだろうが! 助けるんだよ!」

「ハハ・・・随分と、的外れな、ことを、言うな」

「黙ってろ! その口縫い付けるぞ!」

ただ、何故だろうか

無性に、腹が立った。その憤りが一体誰に対してのものなのか、それは今でもわからない

「・・・死なせて、くれよ」

「お断りだっつってんだろ!」

「もう・・・疲れたんだ」

「ああ!?」

「毎晩・・・・毎晩、だ。夢に、見る。殺して来た人間が、夢に・・・・出てくるんだ」

「・・・・」

「助けて、くれ・・・何故、殺した・・・俺、達が・・・なに、したって・・・」

泣きながら、うわ言のようにそう呟く男に、何故か心底腹が立った

「もう・・・嫌だ。疲れ、た・・・・もう・・・見たく、無いんだ・・・・」

満足に動かない体で、腕で、自分の生命維持装置へと伸びた手を、それでも必死に静止しようとしてくるその姿に、心底腹が立った

「・・・・離せ」

「俺・・・だって」

もうほとんど動きもしない声帯で、それでも震えながら、搾り出すように叫ぶその男に、心底腹が立った

「俺、だって・・・殺したくなんて・・・・なかったのに・・・!」

「・・・おいガキ! オメエはさっさとナースステーション行って人呼んで来い!」

「っ・・・で、でも」

「このままじゃマジでこいつ死ぬぞ! それでも良いのか!?」

「!」

自分の手で生命維持装置を解除したはずなのに、その一言に弾かれたように駆け出す陰気な子供の後ろ姿にも、心底腹が立った

「死なせてくれ・・・・」

「・・・」

「死なせてくれよ・・・・」

「っざけんなあ!!」

そして、半死人が伸ばしてきた手を振り解いて、生命維持装置に縋るように駆け寄る自分にも、心底腹が立った

「死人が夢に出る!? 自分を責める!? ボケが! んなもんあるかよ! 死んだ人間がんな真似出来るかよ! そりゃ全部オメエの生んだ妄想だよ!」

「っ」

「死にたいなら死ね! だがな、それはオメエの意志だ! オメエが自分勝手な理由で殺した奴らに、また手前勝手な理由擦り付けて自分も死ぬってか!? 甘えるのもいい加減にしやがれ!!」

「お・・・・まえ」

「もういねえ人間なんぞの為に死ぬ余裕があるんならな、今生きてる人間に謝りやがれ! あのラピスってガキや! 死にたい死にたい悲劇のヒーロー気取ってるオメエにそれでも毎日会いに来るあのネルガル会長秘書や! オメエが殺した人間の家族に!」

「・・・・」

「・・・死なせるかよ」

「・・・・」

「死なせてやるかよ! ボケが!!」





テンカワアキトが再び意識を取り戻したのは、それから三日後の、集中治療室の中だった










機動戦艦ナデシコ

 Imperfect Copy 』






『 秘密、来訪 』

 

 







「・・・・ここは」

案内されたのは、極々有り触れたアパートの一室だった

随分と進んだとはいえ、未だ開発途上の月の町。その外れに位置している極々有り触れたアパートの一室の中に、ルリはいた

部屋には、なにもない。備え付けらしい家具などが申し訳に置かれている程度で、その内容は空々しいほど空っぽだ

記憶が、食い違う。かつての自分が彼らと三人で過ごした、これよりさらにボロボロだったアパートの一室。だがそこには、物もなにもなかったが、確かな暖かさがあった。温もりがあった

だが目の前の部屋には、それがない。自分が昔に感じた暖かさも温もりも、優しさも思い出も、なにもない

「・・・ごめんね。なにも無いところで」

背後から聞こえてきた声に振り返る。銀髪が風になびくように流れた

振り返った視界の中、昔のままの彼が苦笑しながら口を開く

「本当は調理道具とか揃えてまた料理の修業したいんだけど、中々そうもいかなくてね」

響いてくる声も、声色も、苦笑いの表情も、全てが記憶と重ならないアパートの一室の中で、過去の象徴のように浮き上がっている

それは確かに、ルリの胸の中に確かにある。かつての彼の姿だった

「・・・教えてください」

向き合ったまま、ルリは口を開く

真っ直ぐな瞳で、蘇ったかつての彼を見つめながら

「何故、死んだはずのアナタがここにいるのか・・・」

「うん・・・とはいっても、俺も全部わかってるわけじゃないんだ」

「構いません」

断言するルリに、アキトは顔に浮かべた苦笑を深くする

「ルリちゃんは・・・本当に変わってないね」

その一言に、ルリは自分の頬が熱くなるのを自覚した

一致しない過去の因子。そのもっとも大きな要因である目の前の彼が告げた。変わらないという言葉

それはまるでなにかの道標のように、ハッキリとしないルリの過去と、結びついた

「それじゃあ、話すよ。俺が知ってること、全部」

聞こえてきた声に、ルリは頷く

そして、アキトは言った。ただ一言を

ルリが思わず自分の耳を疑うような、そんな一言を

「俺は・・・・クローンなんだよ」





「あー知ってるよこれ」

ガランとした公道を、一台の赤い軽自動車が走っていた

その助手席に座っていた白衣の男―――ヤマサキが、くたびれたコートを羽織ったまま運転席でハンドルを握る白髪の男―――シラキから先程渡された写真をヒラヒラと振って見せた

その写真には、先日ネルガル月ドッグからブラックサレナを強奪した、テンカワアキトらしき人物が映し出されている

「マジかー」

興味など欠片もなさそうに、シラキはハンドルを握ったままそう答える

「うん。これあれだよ、クローンだよ」

この事件を追っている人間なら驚きのあまり壁に頭でもぶつけそうな重要な一言を、ヤマサキは実にあっさりと宣言した

「クローン?」

「そ、クローン」

「クローンってもなあ、確か非人道的だとかの理由からなんかの条約かなんかで禁止されてんじゃねえのか?」

「ハハー、言う相手が間違ってるよシラキ君。僕らを誰だと思ってるの?」

ケタケタと笑いながら、ヤマサキは助手席にもたれ掛かる

「元火星の後継者お抱えの科学者だよ? 人体実験のエキスパート。あそこでは非人道的なんて単語は、ハムスターの餌程の価値もありゃしないよ」

「それもそうだなあ」

能天気に呟きながら、シラキはハンドルから片手を離し懐から取り出したタバコに火をつけた

「片手運転は危ないよー?」

「こんななんもねえところで事故起こすかよ。で?」

そう言って、シラキはどうでも良いと言った様子でヤマサキの言葉を促した

「なんでそのクローン様が、ネルガルのドッグ強襲してブラックサレナなんざ持ち逃げしたんだ?」

「そこまでは知らないよ。僕らは作っただけだし」

「心当たりくらいはあるんじゃねえのか?」

「うーん」

そう問われて、ヤマサキは初めて考え込むように上を向いた

顎に手を当て、数秒考える。シラキのタバコから立ち上る煙が、僅かに開けられた運転席の窓から外に流れていく

「あー・・・あれかもしれないね」

僅かに降りた沈黙を破って、ヤマサキは能天気にそう呟いた

「あれ?」

「うん。多分そうだと思うよ。そうすれば一応全部説明つくし」

「もったいぶらずに答えろや」

「どうしようかねえ?」

「喋れないような役立たずなら、その舌引っこ抜いて代わりに鉄板でも入れてやろうか? 変色するくらいまで熱した熱々の奴」

「おお怖い怖い」

ヘラヘラとした態度で両手を軽く挙げて、ヤマサキは首を振る

そして、心持ち椅子に沈みこんでいた自分の体勢を僅かに整えると、ふむ、と顎に手を当てたまま口を開いた

「多分だけどこれ、タイプ甲のクローンだと思うよ」





「クロー・・・・ン?」

「うん」

呆然と目を見開くルリの前で、アキトは神妙に頷いて見せた

「俺も、詳しいことはわからない。ただ目覚めた場所がカプセルみたいな場所だったし、俺が入っていたそのカプセルに製造番号みたいなのも振ってあった」

「ちょ、ちょっと待ってください」

淡々と告げられたアキトの言葉に、ルリは慌てて割ってはいる

「おかしいですよ。だって、もしアナタがその・・・クローンなら」

「うん」

ルリの持った疑問を察したように、アキトは頷く

「クローンなら、俺がテンカワアキトの記憶を持ってる説明が付かない。クローンっていうのは、あくまで遺伝子とか細胞が酷似している存在を複製するだけの技術だ」

「じゃあ・・・どうしてアナタは」

ルリは、彼女に酷く似合っていない、狼狽したような表情で呟く

明らかにおかしい。非人道的という理由で禁止されているクローンを火星の後継者が作ったことそれ自体は、別に問題ではない。許せないという思いもあるし、怒りも沸くが、あの外道の菜園と言っても過言ではなかった場所だ。今更それくらいでは驚かない。テンカワアキトという存在のクローンを作ったのも、火星極冠遺跡の影響を受けたナノマシンに遺伝子を操作された人間のみがA級ジャンパーである点を考慮すれば、説明は付く。だが、気になるのは全く別のことだ

もしルリの想像通りの理由、つまりA級ジャンパーを量産してそれを戦力にするために、テンカワアキトのクローンが作られ、そして今目の前にいる彼の存在が確定したのならば、彼がオリジナルであるテンカワアキトの記憶を持っている説明がつかない

A級ジャンパーを量産して手駒にしたかったのなら、それこそ記憶や自我など邪魔以外の何者でもないだろう。ましてや数々の人の所業とは思えない実験を受けている、火星の後継者に対して尋常ではない恨みと憎悪を持っているテンカワアキトの記憶を埋め込むなど、本末転倒も良いところだ

記憶の埋め込みや移植は、理論上は可能だと言われている。とはいってもやはりクローン技術そのものが禁忌とされ封じられているから、あくまでやろうと思えば出来るらしいという程度の仮説でしかない

それをわざわざ研究し、しかも形にし、簡単に作れるクローンに移植する

ルリには、理解出来ない。そんなこと手間が掛かるだけで、なんの利益も無い。むしろ彼らにとって不利益になるような結果しか生まないはずだ

理解出来ない事実を必死に納得させようと頭を巡らせるルリに、しかしアキトは構わない

「確かに俺がどういう理由で、オリジナルである彼の記憶を持っているのかはわからない。でも」

そこで、空気が変わった。息苦しいと感じるような、胸が締め付けられるような、空気に

豹変、そう言っても決して過言ではないような表情、まるで鬼のようなそれを顔に貼り付けるアキトを見て、ルリの背筋をゾッとするものが這いまわった

「でも・・・俺の中にあるこの憎悪は・・・・本物だ」

静かな口調だった。だが、まるで体の中に得体の知れない化け物を飼っているような、そんな馬鹿げた印象を本気で受け取ってしまうような、そんな桁違いの威圧感を放ちながら、アキトは両手を握り締める

「俺に植え付けられたこの記憶は・・・・本物だ」

ギシギシと、骨がなるような音がする。それが、アキトの過度に力を込められた両手が挙げている悲鳴だと気付くのに、ルリは数瞬を要した

圧倒されるルリに構わず、アキトはその噴き出すような怒りをそのままに、口を開く

「・・・ルリちゃん」

気圧されたように、ルリは渇いた喉に唾を流し込んだ

「・・・協力、してくれないか」

「協、力・・・ですか?」

「ああ」

握り締めたままの片手にゆっくりと視線を落としながら、アキトは呟く

「俺は・・・・あいつらを許さない」

憎しみや怨みを吐き出すように

「俺のオリジナルは・・・・もういない。だけど、俺はテンカワアキトだ。その痛みや苦しみは、全部知ってる」

それはドロドロと渦巻く怨嗟の渦のように、聞くモノをどこか得体の知れない場所に引き込むような、そんな不可思議な錯覚をもたらすような、声だった

「だから、俺が彼の意志を継ぐ。そして・・・」

人を殺せるような視線が、ルリを貫いた

「テンカワアキトの・・・無念を、怒りを・・・・俺が・・・・晴らしてやる!!」





「甲と来たら当然乙が来るわな」

タイプ甲という単語を聞いたシラキが最初に告げたのは、そんな余りにも能天気な言葉だった

「まあその通りだね。別にどっちが先ってわけでもないけど、乙ってタイプもあったね」

「乙ってのは?」

「テンカワユリカのクローン」

平然と告げ、ヤマサキはなにを思い出したのか、押し殺したような笑みを浮かべた

「なんだ?」

「いやあ、思い出してねえ。テンカワユリカのクローンを作るって目的が、確かただの性欲処理の肉人形を造るためだったからねえ」

この場にルリがいれば、それだけで怒りが振り切れそうな単語を、ヤマサキはしかし楽しくて仕方が無いといった様子で述べる

「当時はまだ彼女を遺跡と融合させるなんて草案すらなかったからねえ、ぶっちゃけ僕らも暇を持て余してたから、その副産物として生み出されたのが、甲と乙の二タイプのクローン」

「趣味わりいねえ」

「そうだねえ。まあそのクローン製作もテンカワアキトがネルガルのシークレットサービスに奪回されたことと、僕が考案したテンカワユリカの遺跡との融合案のお陰で水に流れちゃったわけだけど、お陰で完成間近だった両タイプは放置。だーれも興味なしって感じでどっかの研究施設に置きっぱなしだったんじゃないかな?」

「すると今回の騒動は、その放置されたタイプ甲の一体が目覚めたことが原因か?」

「だと思うよお? なんでそんなガラクタが今更起きたのかは知らないけどね」

それきり、沈黙が落ちた

ヤマサキは相変わらず薄ら笑いを浮かべたまま正面を見つめ、シラキはくわえたタバコから落ちる灰にすら興味を示さず、ただハンドルを握る

「そういやよ」

その沈黙を破ったのは、意外にもシラキの方だった

「んー?」

「オメエら、タイプ甲乙のクローンと平行して、IFS強化体質者の研究もしてたんじゃねえのか?」

その一言に、ヤマサキの目が細まる。シラキが発した言葉の端に、彼の本来の目的を見出したかのように

「さーあ? 僕は知らないねえ」

明らかに嘘とわかるような態度と言葉で否定し、シラキの横顔を面白そうに見つめる

「興味でもあるのかな? IFS強化体質者に」

「ああ、まあちっとな。ウチにどうもオメエら製作っぽいIFS強化体質者のガキが二人紛れ込んでな」

「へえ?」

その一言に好奇心を刺激されたのか、ヤマサキが興味深そうにその瞳に不気味な光を浮かべた

「まあ俺も一緒にいたのは一ヶ月くらいなんだが、その二人を保護した爺さん曰く、ある日砂漠に二人で寄り添うように倒れてたらしい」

「それでどうしてIFS強化体質だって?」

「目だよ」

そう言って、シラキはタバコを窓から放り出した手で、自らの瞳を指差した

「俺も詳しくはしらねえんだが、IFS強化体質者ってのは生まれつき瞳が金色なんだろ? んで、その二人がそうだった」

その一言に合点がいった様に、ヤマサキは納得顔を浮かべた

「あー、その二人って、ひょっとして髪の毛黒じゃない?」

「んー? ・・・確か、そうだな。多分」

「ハハハハ、こりゃ傑作だ。まだ残ってたんだねえ。いやあすっかり忘れてたよ」

唐突に笑い出したヤマサキに、シラキが視線を送る。それに気付いたヤマサキは笑いながら、その瞳に酷薄な、薄ら寒い光を称えた

歪めた口から、心底楽しそうに、言葉を漏らす

「それね。テンカワアキトとテンカワユリカの子供だよ」

告げられた言葉に、シラキはふむ。と考え込んだ

「アイツにガキがいたとは知らんかったな」

「まああくまで遺伝子学上の話だけどね。多分間違いないと思うよ。砂漠に面した研究施設なんて無かったはずだし、多分ボソンジャンプで飛んだんでしょ」

「ってえと?」

「いやあ。新婚旅行のときに無理矢理引き裂かれた二人が不憫だったからねえ。テンカワユリカもテンカワアキトも、毎日独房の壁がへこんで腕の骨が折れるまで、お互いの名前を叫ぶんだもん。さすがに僕も良心が痛んでねえ」

両肩を竦め、やれやれと苦笑しながらヤマサキは笑う

「だからさあ。せめて二人の子供でも作ってあげようと思って、二人の精子と卵子を人工授精させて上げたの、で、出来たのが、多分その二人」

まるで昔を懐かしむような態度で語るヤマサキの言葉の内容は、明らかに異常だった

「まあA級ジャンパーの遺伝実験のためにも、ほかにも予備を五十くらい作ったんだけどね。ほとんど死んじゃったんだけど」

面倒そうにハンドルを操作するシラキを横顔を見つめながら、ヤマサキは続ける

「その死んだ理由もまた傑作でさ、なんせ適当に作ったもんだから、テロメアやらなんやらの問題で、三ヶ月くらいしか生きられないっていうふざけた理由だったんだよねえ」

ケラケラと笑う

「ドミノ倒しみたいにバタバタ倒れていく子供達を見るのは、そりゃあ胸が痛んだねえ。君のとこに転がり込んだその二人も、保って後二ヶ月かそこらじゃない? それに」

先程渡された写真を見つめる

「コレもさ、似たようなもんだよ。なんせ製造過程から滅茶苦茶なクローンに、無理矢理記憶植え付けたんだから、だから今回の件も放っとけば良いんじゃない? どうせ後半年もすれば、誰も知らずにこの事件は終わるよ。簡単に、欠片も残さずね」

ケラケラと笑うヤマサキを横目で見ながら、シラキもまた笑う

「そりゃあ良いな。頭のネジが吹っ飛んでら」

「はは、なにを今更言うんだい。自分達の研究のためだけにA級ジャンパーを全員誘拐して、人体実験して殺した僕らだよ? おまけに反応がリアルだからって理由だけで、テンカワユリカのクローン作って犯そうとするような最低最悪な汚物達だよ? 僕らは。ネジどころか頭すら最初からぶっ飛んでるよ」

「ごもっともだねえ」

「君も誰か気に入った子がいたら、髪の毛でも血でも持ってきなよ。造ったげるからさ」

「わははは、そりゃ良い。今度頼もうかねえ」

そう言って、二人は笑う。狂ったように

常人には理解出来ないような感性と異常な精神で、二人は笑う

感化されたように、ドンドンと巨大になる笑い声

狭い車内に響くその音が、しかし

ジャカッという金属音と共に、不意に途切れる

そしてもうその瞬間には、シラキもヤマサキも、互いのコメカミに突きつけていた拳銃を発砲していた

先程までの笑いの余韻すら残さず、つい一瞬前まで会話をしていた相手を、一片の慈悲もなく、容赦の欠片もなく、二人は殺そうとした

二人の視線が、一瞬交錯する。底冷えするような冷たい、二人の視線が

その直後、二人は条件反射のように車のドアを勢い良く開け放ち、車外へと転がり出ていた

持ち主を無くした車が、彷徨うように蛇行を描き、道路から外れた岩に激突した

目が眩むような閃光と爆音と共に、炎上する

幸いなことに、人通りは無かった。おまけに町と町を繋ぐ通行量などほぼゼロの道だったために、それを目撃した人間など、誰もいない

道路を挟んで対峙する二人の男の顔には、今から相手を殺せることが嬉しくてしょうがないといった、この状況では異常としか形容しようのない笑みが浮かんでいた

「おいおいあれ避けるかよ。つまんねえな大人しく死んどけバーカ」

「そういう君も酷いねえ。情報聞くだけ聞き出したら即始末しようとするなんて、君も相当頭吹っ飛んでるんじゃないかな?」

シラキもヤマサキも、互いに放った弾丸を回避出来たのは、反射神経でも判断力でもなかった

ただ、二人にはどこか共感する部分があった。それが咄嗟に二人に警告を放ったのだ

この男は、自分を殺すと

二人共、その警告になんの疑問も疑いも持たず、瞬時にそれを実行したまでだった。相手が殺そうとするのなら、殺せば良い。狂った思考でなんの躊躇も見せずにその直感を信じ相手の頭を吹き飛ばそうとした二人は、確かに似ていた

「わははは。お前こそなに言ってんだ?」

可笑しくて仕方が無いというように、シラキは笑う。コートの裾から瞬時に取り出した拳銃を弄ぶようにいじりながら

「俺を誰だと思ってる? 医者だぜ? 闇医者だぜ? 人殺しを助けて人殺しを殺して、普通の医者に見離されたような難病抱えた患者を救おうとして結局救えず、数え切れねえ数の怨み辛み吐き出されながら死なれてきた男だぜ?」

その拳銃を唐突にヤマサキへと向けて、シラキは目を見開く。笑いながら

「良い奴殺して悪い奴助けて、死なせてくれっつった患者には苦しまねえように脳味噌に直接弾丸ぶち込んでやった男だぜ? もっと痛みもなにも無く殺せる方法があったのに、面倒だからって理由だけで今まで何百人といた自殺志願した患者の脳天に拳銃突きつけた男だぜ? 何百人の飛び散る脳漿顔に浴びて、今じゃもう一欠けらの感慨も浮かばねえよ糞野郎。人間なんざもう俺には、どいつもこいつもただの骨と肉の集合体にしか見えやしねえよ。ただの動く肉人形に愛着なんて持てるか? あ? もてねえだろ。少なくとも俺は持てねえ」

底知れない程の不気味な殺意が、その瞳に灯った

「その俺が狂ってる? 頭ぶっ飛んでる? わははは、随分面白いこと言うなあ、お前」

そこで、音が途切れる。炎が爆ぜる振動が響き、白衣に両手を突っ込んだままのヤマサキを見つめるシラキの目が、歪に歪んだ

凶悪そのものの笑みを浮かべ、引き金に力を込める

「気付くのがおせえよ」

透き通るような真昼の日差しの下、自分の手すら見えないような暗闇を好んで生きてきた二人の異常者は、そうして笑いながら、殺し合いの火蓋を切った





「ただいまー」

「・・・いま」

勢い良く診療所の扉を開けて、ユメとロウが声を上げた

だが、返って来るはずの返事が無い。それに不思議そう顔を見合わせる二人

「ヒゲ爺ー?」

「・・・じい?」

子供心の警戒心でもくすぐられたのか、先程の呼びかけよりも遥かに小さな声を発するロウとユメ

そろそろと子供らしい、拙い忍び足で廊下を歩きながら、二人は再び顔を見合わせた

「・・・いないのかな」

「・・・・?」

頭を捻る二人。だがその視界に、唐突に光が見えた

見ると、廊下の突き当たりにある部屋から光が漏れている。こんな真昼間なのに建物の構造上日光が届かないその部屋は、来賓室だ

「誰か来てるのかな」

「・・・わかんない」

コソコソと扉に近づく二人。別段隠れる理由も無いのだが、なんとなくでそうした

「というわけじゃ、折角来てもらったのに悪いのお、お嬢ちゃん」

「・・・ううん。いないんならしょうがない」

扉から聞こえてくる声に、二人とも耳をそばだてる

聞こえてくる声は二種類。片方は普段から良く耳にしている老人、ヒゲ爺の声

だがもう片方の声には、聞き覚えが無かった。随分と若い、高くて澄んだ少女の声だ

自分達と同い年か、少なくとも同年代のその声

「で、どこに行ったの? シラキ」

「うむ。ネルガル会計プロスペクターと名乗る男に連れられての」

「・・・ネルガル?」

少女の声に、不信感が宿る

「ネルガルが、なんでシラキを?」

「わからん。どうも話を漏れ聞く限りでは、テンカワアキトがどうとか言っておったが―――」

そこで、甲高い音が発せられた。驚いて身を竦めるロウとユメ

「ど、どうした? 急に立ち上がって」

「今・・・・なんて言ったの?」

「だからテンカワアキトと」

「アキトがどうかしたの!?」

明らかに動揺していると思われるその少女の声が、高く響いていく

「いや、ワシも詳しい話は聞いとらんから」

「・・・どこに行ったの?」

「・・・・それもわからん」

「っ」

扉越しに、動く気配がする。慌てて隠れようとするロウとユメだったが、それより前に扉が開け放たれた

「あ・・・」

「・・・・」

「え?」

扉から現れたのは、声の印象通りの幼い少女だった

ただ目を引くのは、その人形細工のように整った造形と、白磁の肌。そして

金色の瞳と、腰ほどもある桃色の髪

扉を開け放った体勢のまま、その少女と二人は見詰め合った

「・・・・アナタ達は?」

半ば呆然とした声で、その少女が問い掛けてくる

「え? あの・・・」

「・・・」

脅えるように、ユメがロウの背中に隠れる。だが、身を隠したのは、正直ロウも同じだった

理由は色々とある。まず少女が自分達と同じ、普通の人間とは違う色の瞳をしていること、そして何故こんな自分達とほとんど年齢も変わらないようなこの少女が、シラキのことを知っているのかということ

だがそれらの疑問は、ことごとく言葉にならなかった

「どう、して?」

脅えるように身を寄せ合う二人を驚愕と共に見つめながら、少女は呟く

少女もまた、ロウやユメと同じ疑問を持っていたから

自分と同じ瞳を持つ存在。IFS強化体質者

それが軍にも入らず、こんな砂漠の中の町にいることが、少女の常識では考えられないことだった

しかもそれが二人となれば、驚きも膨らむ

呆然とした表情のまま、その三人のIFS強化体質者達は、互いに動くことも、言葉を発することも出来ず、ただ見詰め合うだけだった





「・・・・」

ナデシコBのブリッジ、その副長席に座るサブロウタの顔に張り付いているのは、考え込むような無表情だ

普段のおちゃらけた態度などどこかに放り捨ててきたかのように、席に身を沈めている

その表情が、不意に歪んだ。自己嫌悪のように頭を掻く

「参ったねえ。まさかこんなことになるとは」

困り果てた様子でそう呟くサブロウタ。その背後にあるブリッジの扉が、不意に開いた

「サブロウタさん!」

転がり込んできたのは、息を切らし心底慌てた表情のハーリーと、サブロウタに負けず劣らずの難しい表情を貼り付けているリョーコだった

「た、たたた大変です!」

あたふたと慌てふためきながら、ハーリーはサブロウタの席まで駆け寄ってくる

「か、かかか艦長が! 艦長が!」

「あーわかってる。わかってるから落ち着け」

右へ左へと大騒ぎするハーリーの頭を押さえつけ、サブロウタはリョーコへと視線を移した

「中尉。なにかわかった?」

「ああ、詳しいことはまだ諜報部の連中が調査中だが、確定したことが一つある」

「やっぱり?」

「ああ、行方不明だ」

「か、かかか艦長が行方不明!?」

告げられた言葉に、サブロウタは溜息を吐く。完全に自分の責任だ

例の、テンカワユリカがランダムジャンプで過去に跳んで以来、ルリは塞ぎこんでいた。本人はそれをなんとか周りに悟られないように取り繕っていたつもりなのだろうが、そんな努力が寒々しくなるほど、ルリの落ち込みようは酷かった

気持ちは、わからなくもない。かつて失ったはずの自分の家族。それが再び蘇り、そして再び消えてしまったのだ

家族を二度も失った悲しみなど、サブロウタには想像もつかない

だからせめて、気分転換にでもなればと散歩をしてくるように提案した。だがそれが事もあろうか、ルリの失踪に繋がるとは思わなかった

「・・・手掛かりは?」

「・・・」

サブロウタの言葉に、リョーコが顔を俯ける。その態度に不審そうに眉を潜めるサブロウタ

「中尉?」

「実はよ・・・」

逡巡するような小さな言葉を漏らし、リョーコはゆっくりと顔を上げた

「目撃者がいる。やっぱルリの奴は目立つからな」

「も、目撃者がいるんですね!?」

「だーまってろ」

飛びつくようにリョーコに近寄ろうとしたハーリーの首根っこを掴んで、サブロウタは手前へと引き寄せる

首が絞まり、グエッと声を漏らすハーリーを無視して、サブロウタは目を細める

「なにか、マズイことが?」

「マズイっつうか・・・なんつーかな」

相変わらず歯切れの悪いリョーコ。だが不意になにかを決心したように顔を上げ、ゆっくりと口を開いた

「目撃者の証言によるとよ、一緒にいたのは・・・」

その名前を聞き、ハーリーは驚きのあまり締められている首の存在すら忘れ、驚愕に顔面を引き攣らせた

サブロウタは、ますますややこしくなったとしか思えないこの事態に、頭痛が数倍の痛みに発展するのをはっきりと自覚した

「外見的特徴を計算すると・・・・アキトのヤロウ以外に考えられないらしい」








あとがき





誰だよ。あの二人同じ車に乗せたの・・・いや、私なんですが



というわけで、第四話でした

ぶっちゃけ謎が全部明かされた今回でした

まあもったいぶるほど大層な秘密でも無いし、それがメインではないので、まあ別に良いかなと思う今日この頃です

なんか二人だけ世界が違うというかちょっと浮いてるってくらい狂っちゃってますが、これも愛嬌と思う・・・思わないですか?そうですか





ここで唐突に、一度で良いからやってみたかったコーナー

キャラと座談会

「こんにちは、唐突に始めてみました一度で良いからやってみたかったコーナーです。ゲストは今回初登場したラピス嬢です」

「・・・・」

「どうも」

「・・・・」

「いやあ、今回初登場でしたね」

「・・・・」

「・・・あの」

「・・・・」

「・・・えっと」

「・・・・」

「も、もしもーし?」

「・・・・」



人選間違えました







次回予告







機動戦艦ナデシコ 『Imperfect Copy』





動き出す亡霊



「ユーチャリスを、手に入れる」

「・・・本気、ですか?」



機械人形の宴



「アナタたちを見てると、懐かしい感じがする」

「シラ兄を追いかけるんでしょ?」



激突する馬鹿二名



「おいおいなんか楽しくなってきたぞ?死ねよコラア!」

「ははははは、聞こえないなー」





第四話

『人形、来訪』







それでは次回で









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