第一話













意識しか、なかった

自分を囲むのは、真っ暗な、どこまで続くのかわからない、闇

手足の感覚も、なにもなかった

暗すぎる故か、それともそんな物は最初から有りはしないのか、動かしたという実感もなにもなかった

手も足も、本当はあるのかもしれないし、ないのかもしれなかった

ただ唯一わかることは、自分が何者なのかと言うことであり、そして自分がなにをしたいのかと言うことである

視界が開けた、眩しい光が目を貫く

随分と、清々しい気分だった。圧倒されるほど、そのなんでもない風景が、綺麗に見えた

ボロボロの廃墟であるのに、ズタボロに荒廃しているのに

それでもその光景は、この世のなによりも綺麗に見えた

身を起こす。全身を激痛が走り回った

だが、それすら喜びに変わる。生きている実感へと

そう、自分は今、生きているのだ

歓喜に口元を歪める。さあ、やらねばならないことがある

山のように、だ。そう、本当に山のように

殺そう。生かそう。会おう

復讐しよう。証明しよう。再会しよう

頭に、今まで出会った数え切れない人達の顔が過ぎる

綻ぶ

ただいまを言おう。おかえりなさいを言ってもらおう

だが、それよりも前に、やらねばならないことがある

晴らさねばならない、ことがある

「皆・・・・」

もう少し、先になりそうだ。そう呟き、顔を上げる

「・・・・ユリカ」

漏れ出た呟きは風に乗り、そのまま廃墟のどこかに消えていった










機動戦艦ナデシコ

 Imperfect Copy 』






『 過去、来訪 』

 

 









地球軍がたった一人の男に手玉に取られたと公表され、世間から軍が笑いものになったあの事件、ヤマサキ事件から、すでに一ヶ月が過ぎようとしていた

哨戒任務のために月ドッグに停泊していたナデシコBのブリッジ

そこで、いつものようにある一人は時間を潰すために黙々と本を読み、またある一人はもう一人とケンカともスキンシップとも取れる取っ組み合いを行っていた

「ちょっとサブロウタさん! ふざけるのもいい加減にしてください! 報告書はまだ山程あるんですからね!?」

「はーいはいわかってるわかってるって・・・・ったく」

鬱陶しそうに手を振りながら、サブロウタは目の前に山積みにされている書類へと体を向ける

「・・・艦長には言わないんだよなあ? ハーリー?」

「なっ!」

からかうようなサブロウタの言葉に、ハーリーが真っ赤になる

「か、艦長はサブロウタさんと違ってちゃんとやってるからです!」

「・・・そうだなあ」

その言葉に僅かに目を細め、サブロウタは視線を艦長席に座っているルリの背中へと向ける

視線につられ、ハーリーは思わずそちらへと目を移した

二人の視線の先、艦長席に座り背中を向けているルリは、読書をしているようにも、呆けているようにも見える

「・・・艦長?」

その背中に、なにか儚げな物を感じ取ったハーリーが、ふと不安になり、声を掛けた

だが、返答は無い

「艦長?」

二度目の呼びかけに、初めて背中が反応した

ハッとなったルリが、どこか集中力に欠いた様子で、振り返る

「どうしました?」

「え? あ、いえ・・・」

狼狽するハーリーの横で、サブロウタは少しだけ顔を引き締めた

あの日、あのときユリカを送り出し、そして病院で彼女の名が記述されているノートをあの医者から渡されて以来、ルリの様子はどこかおかしかった

表面上はいつも通りの無表情なのだが、不意にその表情が前触れも無く曇ることがある

――― 無理もない、か

テンカワアキトの喪報を聞き、そしてテンカワユリカとの別れから、まだ一ヶ月しか経っていないのだ

割り切った上での別れではあった、納得した上でのそれでもあった。だがやはり完全に、綺麗さっぱりという訳にはいかないのだろう

――― だがまあ

野暮なことかと、サブロウタはそう思い、笑った

結局は、時間の問題だろう。辛い思い出ではあるが、悪い思い出というわけではないのだ

ゆっくり、時間を掛けて受け入れれば良い

相変わらず狼狽しているハーリーと、それを不思議そうに見つめるルリを見て、サブロウタはそう結論付けた

だが、そのサブロウタの考えは、根本から覆されることになる

『通信受信』

三人の前に、突如としてウインドウが浮かんだ

それに目を向ける

『聞こえる? ナデシコ』

ウインドウに映っている顔は、エリナだった

「エリナさん?」

その突然の通信に、ルリが僅かばかりに目を見開いた

一介の戦艦に、大企業の会長秘書が直接連絡を取ってくるなど、普通では考えられない

それは暗に、一つの事実を示していた

つまり、普通ではない事態が起こったのだろう。それも自分達に直接関係あるような、そんなことが

三人の視線を浴びながら、エリナは自分を落ち着けるように、ゆっくりと息を吸った

荒れ狂う内心を、必死で落ち着け、そして、ゆっくりと告げた

『ブラックサレナが、強奪されたわ』

そうして過去はやって来た。受け入れる暇もなく、唐突に

忘れないでくれと、そう叫ぶように

過去は、やって来た







アフリカ中部。砂漠に囲まれた街に、一軒の開業医があった

二階建ての建築物。その建物の中、今の時代下手をすると骨董品よりも価値のありそうな旧時代のテレビの前に、三人の人影があった

一人はそのテレビに映し出されている競馬中継の結果に頭を抱え、残りの二つの影は、寄り添うように互いに身を寄せ、頭を抱えているその影を半眼で見つめている

頭を抱えた影が、その真っ白な頭髪を掻く

さらにそれを半眼で見つめる二つの影

よく見ればその二つの影は、まだホンの子供であった

未だその年齢が二桁に届いているかいないか、それほどまでに幼いその二つの影は、男の子と女の子だ

だが、違和感があった

その二人の子供、その両方の目は、金色という、通常ならば有りえない色彩を放っていた

片方の男の子の髪は癖の強い黒髪、そしてそれに寄り添う少女の、肩に届くか届かないかという程度の長さの髪もまた、同じ黒髪だ

少年が、その気の強そうな目で白髪の男に向かって口を開いた

「どうすんのさシラ兄」

「・・・のさ」

少年の言葉に合わせるように、少女が小さく呟く

その二人の言葉に、テレビの前で頭を抱えていた男―――シラキがビクリと反応する

彼は冷や汗をダラダラと流しながら、横を見、上を見、そしてどこともしれないあらぬ方角へと目を馳せ、そして、小さく呟いた

「・・・惜しかっただろ?」

「惜しかったじゃないだろ! どうすんだよこれから!」

少年が思わず叫ぶ。その言葉遣いは、外見の年齢よりも遥かに大人びて見える

「・・・から」

少女も、その気弱そうな顔に、それでも精一杯の揶揄を込めて、呟く

「大体思考が腐ってんだよシラ兄は! 今日はそんな気分だ。とか言って全財産競馬で一点買い!? バカじゃねえの!?」

「・・・の」

「・・・・」

二人の抗議の声に両耳を塞ぐと、シラキはあらぬ方向を向いた

「・・・・聞こえんなあ」

「なめんなあ!」

「・・・なあ」

飛び蹴りをかました

しかしシラキはそれを軽く一回転し、かわした

「ぶっ!」

少年は勢いを殺すことも出来ず、そのまま壁に激突した

鼻を押さえてその場に崩れ落ちる少年の横に、少女が心配そうに寄り添う

そんな二人を無視し、シラキは相変わらずの態度で告げた

「まあ落ち着け」

「誰のせいだよ!」

勢いよく振り返る少年に、シラキは両手をヒラヒラとさせた

「オメエは今混乱している。良いか? 問題を整理しよう。確かに俺は思いつきで競馬に全財産を賭けた、だがな、元々俺がそんな行動をしなければいけなかったのは、俺がこんな思いつきをしたからだ」

指を振りながら、空いた手で懐からタバコを取り出す

それに火をつけると、シラキは煙を吐き出した

「つまり俺が悪いのではなく、俺にこんな思いつきをさせた奴。つまりは神が悪いわけだ」

アホか、と目を向けてくる少年。少女の方はもう興味が尽きたのか、少年の真っ赤になった鼻を心配そうに見つめている

その少年の視線に気づいたのか、シラキはタバコを口にくわえると、わかった。なら、と前置きした

「確かにオメエの言いたいこともわかる。ああ、誰だって神なんて得体の知れない奴のせいだとわかっても納得なんぞ出来ない」

「・・・前提が違うだろそれ」

聞かなかったことにした

「ではわかり易い奴を犠牲にしよう。そう、この場合は俺が賭けた馬だ。そうしよう・・・つまりあの馬だ、えーっと・・・ほら、なんつったか」

「自分の全財産つぎ込んだ馬の名前くらい覚えてろよ!」

「つってもアミダで決めたからなあ」

「・・・アミダ?」

聞きなれない単語に興味を覚えたのか、少女が少年の鼻から視線を外してきた

「なんだ、アミダ知らねえのか。お前らのいた研究所じゃなに教えてたんだ?」

アミダで決めたのかよ。と、もう怒る気力も無さそうに呟く少年を無視し、シラキはその少女に説明を始めた

「アミダってのはな、昔っからあるクジの方法の一種だ。候補の名前を横に書いて、そこから上に縦一直線に線を引く、で、その線から隣接する線に対して、好き勝手に横棒を繋げるわけだ。何本でも良い。んでもって縦に引いた線の中から適当に一本選んで出発点にする。後はそのまま横やら縦やらに線沿いになぞって行って、たどり着いた候補の名前を本決定にしちまおうってわけだ」

言葉だけでは随分と分かりにくい説明だったが、それでも少女は興味深そうに頷いた

「・・・運?」

「だな」

それだけ答えると、シラキはもう面倒になったのか、おざなりに手を振った。話は終わりというジェスチャーだ

その仕草に少女は頷き、そして視線を再び少年へと戻した

「・・・痛い?」

首を傾げ、まだ赤い鼻を覗き込んでくる少女に、少年は大丈夫。と小さく笑った

それを見て、シラキは短くなったタバコを近くに灰皿に押し付けながら呟く

「ったく、ユメ相手なら随分と素直なんだな」

「そっちも、もうちょっとマトモな行動取ってくれたら尊敬するけどね」

嫌味に嫌味を返す

「バカ言え。俺ほどマトモで高尚で行動が合理的な人間はいないぞ」

「そんな奴は思いつきで全財産を投げない」

ピシャリと続く言葉をせき止める言葉に、シラキは視線を上へ向け、新しいタバコを取り出す

そこで、新しい音が生まれた

三人がいた部屋の扉が、ノックもなにもなく、不意に開いたのだ

「よう」

陽気に手を上げて入ってきたのは、口元に白い髭を蓄え、シラキと同じヨレヨレの白衣を着た老人だった

彼は、この街ではヒゲ爺と呼ばれている。無論あだ名だ。本当の名前は、誰も知らない

彼に小さい頃育てられ、そしてあの日、あの時、命を助けられたシラキすら、この老人の本当の名前は知らない

「ジジイか」

「・・・ヒゲ爺」

「おう、ユメにロウか。一月ぶりじゃな。元気だったか?」

「聞いてくれよヒゲ爺!」

能天気に笑いながら近寄ってくるヒゲ爺に、少年―――ロウが半泣きで駆け寄った

勢い良く指でシラキを差す

「あの社会不適合者なんとかしてくれよ!」

「なんじゃなんじゃ。なんぞあったのか?」

駆け寄ったロウの後を、ユメが肩に掛かる程度の黒髪を揺らして、トコトコと着いていく

「あのバカ競馬に全財産突っ込んで無一文になった!」

「・・・なった」

「ほう、それはそれは、大変じゃの」

わざとらしく驚いてみせるヒゲ爺に、ロウは蹴りを入れた

「うほう!?」

「信じてくれよ! マジなんだって!」

脛を抱え身悶えるヒゲ爺に、ユメがそっと寄り添った

そして、僅かに眉を立て、ロウを見つめる

「・・・・やりすぎ、かも」

「え、あ・・・ごめん」

謝るロウの背後、シラキがニヤニヤと三人のやり取りを見つめている。その視線に気づいたロウが睨みつけるが、どこ吹く風と言った様子でシラキはタバコを曇らせた

「・・・で、ジジイ。どういう用件だ」

「ん? おう、そうじゃったな。まあ、ちょいと来い」

謝ってくるロウの頭を撫でながら、ヒゲ爺は先程自分が入ってきた扉を指差した

その行為が差す事実に、シラキが目を細める

「ちょっと待ってろオメエら」

二人のやり取りに所在無さ気に立ち尽くすロウとユメに手を振り、シラキとヒゲ爺はその部屋を出た

廊下に出る。一応診療所としての外観を保っているその白い廊下を、二人は進む

待合室と書かれたプレートがぶら下がる部屋。そのソファーに並んで腰をおろした

「・・・タバコは良いのか? 仮にもここは診療所じゃぞ」

「冗談言うな。客なんて来ねえよ。今日は開店休業日だ」

くわえたままのタバコを無気力に見つめるシラキに、ヒゲ爺はそうか。と頷いた

しばらくそのまま、時間が過ぎる

「あの子らは、元気か?」

沈黙を破ったのは、ヒゲ爺だった

「・・・まあな」

その問い掛けに、シラキは煙を吐き出す

「アンタが出てった直後はかなりヘコんでたけどな。なんせ半年間世話になってた爺が突然出てくとか言い出して、代わりに来たのが白髪のうさんくさい男だ。不安だったろうぜ」

「その割には、大分打ち解けとるようじゃったが?」

「遠慮がねえだけだ。おまけに人見知りもほとんどしねえ。特にロウの野郎はな」

ヒゲ爺はその言葉に苦笑すると、視線を上に上げた

シラキは相変わらず、どことも知れない場所を見ているのか見ていないのか、曖昧な目だ

「・・・お前が戻ってきてから、一ヶ月か」

「アンタが出て行ってから、一ヶ月でもあるな」

不意に呟いたヒゲ爺の言葉に、シラキが答える

その返答に満足したのか、ヒゲ爺は笑った

そして、懐から分厚い資料の束を取り出した

『IFS強化体質者に関するナノマシン及び遺伝子操作及び投薬内容の詳細』 そう書きなぐられた字で綴られた資料を、シラキは受け取った

「・・・・日本語おかしくねえ?」

「仕方あるまい。その資料を纏めたのは初代IFS強化体質者開発研究室総責任者じゃ。まあ、つまりは外人さんじゃからな。日本語がおかしくても仕方ない」

「英語で書きゃ良いのに」

「英語の写しもあるがな」

「それは?」

「持って来れるか、お前が持っとる日本語記述の方は闇で模書が幾らか出回っとるが、完全オリジナルの英語版など一枚たりとも見当たらんよ」

「・・・そうかい」

その資料を懐に収める

「で? 見解は?」

その言葉に、ヒゲ爺は僅かに身を震わせた

そして、上げていた視線をゆっくりと、下へと落とす

そして、言いづらそうに呟いた

「正直な話をすれば、皆目検討もつかん・・・・今までは投薬でなんとか凌いで来たが・・・」

チラリと、ヒゲ爺が視線を移す。シラキの頭、薄暗い待合室の中でも僅かに差し込んでいる日の光を反射している、その真っ白な白髪へと

「・・・それも、限界かもしれんな」

「オメエ、なに意味ありげに人の頭見んだよ」

「それもそうか」

そう呟くヒゲ爺に答えるように、シラキは立ち上がった

「また出るのか?」

「呑気なことを言うな。急がねば、間に合わんのだぞ?」

僅かに険の篭ったヒゲ爺の言葉に、シラキは苦笑する

「つっても、俺には関係ないしなあ」

「・・・そうじゃったな、お前さんはそういう性格じゃ」

その言葉に苦笑を貼り付けた

そしてヨレヨレの白衣の両ポケットに手を突っ込み、気だるそうに一歩を踏み出す

「・・・シラキよ」

その背中に、声が当たる

「時間はおそらく・・・・余りない」

シラキは答えない

「無理だけは・・・・するなよ」

ヒゲ爺のその言葉に、シラキのタバコをくわえている口元が、僅かに軋んだ

「・・・わかってるよ」

振り返らずにそれだけ言うと、シラキは待合室を出て行った












あとがき





こんにちは、お久しぶり、初めまして



というわけで、久しぶりな方はお久しぶりです。初めての方は初めまして。白鴉です

某所でやってる連載に一応完結の兆しが見えてきたので、前から暖めていた続編を書き始めました

とはいえ、諸事情で余り時間が取れず、時間が掛かるとは思いますが、話自体は今回短めなので、どうかお見捨てなきよう、よろしくお願い致します

今回は都合上、シラキが主軸のストーリーになる予定ではありますが、あくまで予定ですので、やっぱり前作みたいな位置に行くかもしれません

まあ、なにはともあれ、どうかこれからもよろしくお願い致します





楽しそうなので、次回予告をやってみたりして







機動戦艦ナデシコ 『Imperfect Copy』





過去から来た者

『この写真に映ってる人、見覚えがない?』

「・・・間違えるはず、ないでしょう・・・・これは」



今を生きる者

「お久しぶりですなあ。いやーしかしここは熱い熱い」

「オメエらは留守番だっつってんだろ」



未来に進む者

「ふっふっふっ。俺たちを舐めんなよ!」

「・・・・なよ」





第二話

『虚像、来訪』







それでは次回で









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