気付いたそこは、砂漠だった

周りを見回すと、そこには凄惨な死体の山、山、山

へたり込んだその女は、怖くなって泣き出した。泣いていたら、その内に一人の老人が現れた

水も蒸発するような猛暑の中で、その老人は笑いながら手を差し出してきた

「こんなところでどうした?」その老人が口を開いた

「分からない」女は答えた

すると、その老人は声を上げて笑った

死体の山の中で笑うその老人と、それを泣きながら見上げる女の姿は、もしなんの事情も知らない人間が見たならば、さぞかし異常な光景に見えただろう

「来るといい」ひとしきり笑った後、その老人は言った

女は頷いた。他に選択肢はなかった

「名前は?」

老人が乗ってきていた車に乗り込みながら尋ねてきた

女は、そこで初めて気が付いた

なにもわからなかった。自分の名前も、なにもかも





2185年 7月12日の出来事だった





その老人は砂漠の真ん中の街で、医者をやっていた

街とは言っても、そこは寂れた砂漠の砂と、少しばかりのコンクリートを使って作られた建物ばかりの街だった

それでも、その砂漠の中にしては十分な大きさを誇る街

その街でただ一つしかない小さな病院を、その老人は一人で切り盛りしていた

なんでもここ最近、この辺りの治安が急速に悪化しているらしい。そのせいで怪我人や病人がひっきりなしに押しかけてくるそうだ

それでも時間が空いた時には、わざわざ戦場跡にまで繰り出し、もしかしたら生きているかもしれない人間を捜し歩くのが日課なのだそうだ

「生きてる人なんているの?」女がそう尋ねると、老人は笑った

今まで生き残っていた兵士は一人もいなかったらしい、ただ

「一人、生まれたばかりの赤ん坊を見つけたよ。もっとも、ここいらで幅を利かせとるテロとも盗賊ともつかん連中につい最近貰われていったがね、今年で四つだった」

それを聞いて女は怒った、なぜそんな連中に三年も育ててきた子供を渡したのかと

「アホを言え、あの連中に逆らったらワシなんてあっという間に砂漠の干物じゃ」そう言うと、その老人は笑った

「その子が可哀想だ」それでも納得のいかない様子の女を見て、老人はため息をついた

「じゃあなにか?テロだか盗賊だかに育てられた人間は皆不幸か?そんなことはないじゃろ、それはお前さんの勝手な思い込みだ。そ奴も最後にワシがお前がここに来たら半額にしてやると言ってやったのに『ただに決まってんだろこの糞爺』だとさ。全く・・・・嫌な三歳児もいたもんじゃ」

そう言うと、その老人は奥を指差して言った

「ま、そんなことはどうでも良い。それよりも風呂に入って来い、医者の助手が不衛生じゃお話にならん」

目をパチクリとさせる女に、老人は笑った

「記憶喪失なんじゃろ?だったら他に行くアテでも見つかるまで、ここにおると良い。ま、嫌なら構わんが」



随分長いこと、その老人の手伝いをした

薬の種類や、医療器具の使い方。他にも数えられないほどたくさんの知識を教わった

女の記憶力と飲み込みの速さは老人を心底驚かせた。が、メスなどの裁きは得意なくせに、なぜか料理だけは絶望的なへたくそさだった

ある日、女は旅に出た

戦場を回るボランティアの団体についていく、そう言う女に老人は相変わらずの図太さで笑った

「行って来い行って来い、なにワシのことは心配するな。お前さんがおらんほうが返って食生活の安全が保障されるわ」

ボランティアは、正直きつかった

どこそこの砂漠で戦闘が起こった。それを聞くと飛んで行き、そこでたくさんの死体と対面した

同じ人間のはずなのに、なぜこんなことが出来るのだろうか

顔も知らない、その戦場の兵士たちを心底呪った。彼らは人間ではないと

聞けば、ここいらはそのテロだか盗賊だかの縄張り争いからの戦闘がほとんどなのだそうだ、そこに軍の鎮圧部隊まで乱入して、ほとんどの戦闘が正に泥沼化しているとも

女は、酷く理不尽な気持ちになった

なぜ、命令だけでなにも悪いことをしていない軍の一般兵の人たちまで巻き込むのか

彼らが、なにをしたというのか

そんな怒りに震えながら、女はふと思った

昔、同じようなことを考えたことが、あった気がした



ある日、女はそのボランティアの団体からはぐれた

きっかけは小さなことで、例の戦闘現場に早く着き過ぎたために、それに巻き込まれてしまったのだ

皆散り散りに逃げ出した。他の仲間が無事かもわからない

爆煙と硝煙の匂い、そしてなにより色濃い血の臭い

そこには本当の死の臭いが蔓延していた

戦場跡では決して分からないような、自分の命が削り取られるような、そんな感覚

本物の恐怖と死が、そこにあった

一人ぼっちで震えるその女を助けたのは、皮肉にもその彼女が死体を見るたびに憤っていた、そのテロとも盗賊ともつかない、彼女曰く人間ではない連中だった





彼らは、彼女の今までのイメージを払拭して余りあるほど、優しかった

死が常に隣り合わせである彼らにとって、相手が敵でなければ、それだけで仲間なのだった

そして、そんな連中の中に、彼はいた

明らかに浮いている、そのまだ十代にも届かないような小さな男の子

冷めた目をしている、冷めた思考をしているくせに、どこか冷め切れない自分に憤っている、その少年

自分が子供であり、役立たずなことをなにより自覚しているその少年

人を殺しにくいから、そんな酷く悲しい理由で大人になりたがっている、そんな少年

彼らは優しかった、ただ同時に、彼らは人殺しなのだ

年端もいかないその少年が、そんな彼らになりたがっているというその事実が、女は理屈ではない部分で嫌だった

助けて貰っておいてこんな思考をすることは彼らに酷く無礼なのはわかっている

だが、それでも女はその少年に尋ねた

「お医者さんに、ならない」

一も二もなく、その少年は頷いた

少年と女の、それが最初の会話だった



少年は、お世辞にも物覚えが良いとは言えなかった

生死を賭けた戦場で勉強すること自体、酷く場違いなのは承知しているが、それでも彼は中々自分の知識を吸収してくれなかった

昨日教えたことの半分を、今日はすでに忘れている。そんな調子だった

だがそれでも、長い時間を掛けて彼はようやく半人前と言えるレベルの医療知識を覚えた

そんなある日、一人の老人が現れた

決して軽くない怪我を負ったその老人、その顔を見たとき、女は全てを思い出した

呆気ないものだった。ただ、いつもどこかに引っかかっていた記憶の霞が払われた。そんな程度の感覚しか感じられなかった

だがそれでも、行かなければならなかった

だが、最後にどうしても伝えたいことが、あった

真夜中、毛布に包まり、一人夜の砂漠を眺めている少年

それを見つけると、女はゆっくりと歩み寄った





「あ、なにしてるの?」



この歴史をどうこうしようとは思わない



「見てわかんねえか?見張りだよ」



そんなことをしても、きっと彼らは喜ばないだろう



「ぶー、そんなの見ればわかるよー」



辛いこともあるだろう、苦しいこともあるだろう。泣きたいくらい、悲しいこともあるだろう



「分かるんなら聞くなよ」



だがそれでも、そこから見えるたくさんの幸せや喜びを汲み取って、人は生きていくだろうから



「きっかけだよきっかけ、会話の」



この事実を知れば、憤る人もいるかもしれない



「別に無理に話さなくても良いだろ」



自分が動かなかったから、辛い目に出会う人達もいるかもしれない



「よくなーい、だって君って仲間の人たちともほとんど話さないじゃない」



だがその逆も、きっと存在することだろう



「別に嫌ってるわけじゃないから良いだろ。むしろアイツらは割と好きな方だぞ」



ならば、なにも知らない自分が、ただの偽善的な感情で



「だったら尚更だよ。好きな人が近くにいるのに話さないなんてダメだよ?」



彼らの命を弄ぶことだけは、するべきではない



「嫌、そこまで好きなわけじゃないが」



きっと自分が同じことをされても、嬉しくないだろう



「もー何言ってんの、生まれたときから一緒に生きてきたんでしょ?嫌いなわけないじゃない」



きっと皆言う、余計なお世話だと



「・・・・一体どうした?」



神様気取りの人間に世話なんて焼かれなくても、自分たちはしっかりと前を向いて生きると



「・・・・・え?」



生きてみせる、と



「なに、いつもと様子が違うからさ」



だから、行かねばならない



「・・・・・・嫌な十五、六歳もいたものねえ」



全てを知って、思い出してしまった自分は、彼らにとって、きっとお節介な存在でしかない



「・・・・行くのか?また」



だからここまでだ



「別にーただ、一個だけ世間話しない?」



自分に許されるのは、ここまでだ



「一個?」



もしかしたらこのことすら、本来なら許されざることなのかもしれない



「そ、もしさ、君がこれからも医者を続ける気があるんだったら」



だが、それでも・・・・言いたかった



「ない」



頭ではわかっている、これ以上関わるべきではないことは



「黙ってお聞き。で、もしこれからも続ける気で、そしてもし、いつか」



でも、少しだけで良い



「なんだ?現実と理想のギャップに苦しむな、か?」



些細な一言で良い



「ううん、そんなんじゃないの。君はそういうことあんまり考えなさそうだし・・・・君は、辛い現実をもう嫌ってほど知ってるでしょ?」



忘れても良い



「・・・・で?」



鼻で笑い飛ばしても良い



「え?」



ただ、言いたかった



「続き」



自分のここにいた証を、ホンの少しで良いから、残したかった



「ああ。で、もしこれからもお医者さんを続けて行ったとするじゃない?もしそのときに」



意味がないことはわかっている、この少年にこんなことを言っても、なんの変化もないことなどわかっている



「・・・・」



だが、それでも・・・・



「全てを失って、奪われて、奪って、それでも前に進もうとしている人にもし出会ったら―――」



もし許されるならば、どうか・・・・どうか忘れないで欲しい



「―――気が向いたらで良いの。助けてあげてね?」



こんな、変な女がいたことを





機動戦艦ナデシコ


Graduation STORY





  『貴方は、誰ですか?』

 

 


― 三週間前 ネルガル私設病院 特別病棟 ―



真昼の太陽の下、窓から差し込む光がその真っ白な廊下を照らしていた

特別病棟と名づけられているだけあり、人気は全くと言って良いほどない

時折、思い出したように数少ない病室を、看護婦たちが見回っている

そんな中を、一人の女が歩いていた

病棟、と銘打ってはいるもののセキュリティはほとんど無きに等しいものだった

それはしょうがないことと言える、なぜならここに収容されている人間のほとんどが、現代の医療技術では手のつけようがない病状に置かれている人間ばかりなのだから

女は、暖かな日の光に包まれている廊下の奥を目指し、ゆっくりと進んでいく

窓から見える景色は、穏やかな日の光に包まれている

彼が、もう時期月へと移送されることは知っていた

今更彼を月に連れて行く理由など、彼女にわかるわけがない

だがこれを逃せば、彼に会う機会が永遠に失われることになる。そのことだけは、女にとって変えがたい事実であった

そうして女は、ある病室の前で不意に立ち止まった

開閉スイッチに手を掛けようとして、その手が一瞬だけ迷うように宙を彷徨う

しばしの逡巡の後、その手がスイッチに触れた

病室には、一人の男が眠っていた

真っ白な部屋で、真っ白な窓で、真っ白なベッドだった

目を閉じ眠るその男の姿は、まるで死んでいるようだった

女は、ゆっくりとそのベッドに歩み寄ると、その脇にある小さな椅子に腰掛けた

痩せたな、と思う

落ち窪んだ目の周りに、こけた頬

腕も、昔の面影などまるでどこかに忘れ去ってしまったかのようにか細かった

女は、ゆっくりとその男の手の平に、自分のそれを重ねた

暖かい。心からそう思う

ようやく見つけた温もりに、女は思わず泣きそうになった

俯き、堪える

震える声が、静かな病室に響いた

「・・・・おかえりなさい」

わかっている、言うべきは彼なのではないのは分かっている

彼が命を賭けて助けたのは、決して自分ではない

助けられたのも、自分ではない

だがそれでも・・・・言いたかった

言わずには、いられなかった

何度助けようと思っただろうか、何度悔しさに涙を呑んだだろうか

ただ、その度に思った

踏みにじることになる、と

彼らの生き様を、あざ笑うことになる、と

それが結果的に正しいことだったのかは、今でもわからない

目に見えない数え切れない人間よりも、目の前にある命を救った方が、良かったのかもしれない

それはきっと、誰にもわからない

ただ、ようやく届いた長い旅路の果てで

女は微笑んだ

眠ったままの男に、再び囁く

「・・・・ただいま」

今度こそ、溢れた涙が頬を伝った

奇跡など起こらない

漫画や映画のように、男が一瞬だけ目を覚ますようなことも、結局なかった

ただ、それで良かった

もう一度、この目で見ることが出来た

触れることが、出来た

女にはそれだけで・・・・十分だった

広い広い宇宙の中の、小さな小さな青い星

その中にある、小さな小さな病院で

女はただ、男の手を握り締めた





― 現代 月第七総合病院 ―



「あー・・・疲れた疲れた」

病院にある自分の診察室に戻ったシラキは、ドサリと椅子に座り込みタバコに火をつけながら一人息を吐いた

「やっぱ宇宙には向いてねえわ俺」

凝り固まった肩を叩きながら、シラキは先ほど看護婦に渡されたカルテの束を机の上に投げ出した

本来なら自分で管理しておくのが医者の常識なのだが、まさか戦艦の中に持ち込むわけにもいかず、なにより面倒だったために、シラキが病院に預けておいたのだ

「・・・こりゃあ、全部焼くかな」

草壁の起こしたクーデターの際に、アキトがテロリストとして各地のコロニーを襲撃していたことは、世間に公表されていない。公に出来ない事柄もそうだが、なにせこの事実を追求していくと、統合軍もクリムゾンも互いにやぶ蛇になる恐れがあるからだ

ネルガルにしては当然その方が有り難いし、宇宙軍にとっては、正直それどころではないのが現状

仮に正式な調査を行ったところで、彼らがテンカワアキトにたどり着く危険性など、元から余り存在していないが

「シラキ先生ー?」

不意に扉が開き、初老の看護婦長が顔を覗かせた

「あー?」

「これ、先日死去された患者さんの来客名簿です」

差し出された、今時ビデオデッキより入手が困難な紙のノートを見て、シラキは苦笑した

「あー・・・・これな、あの爺さんもつくづく変な趣味してるねえ」

「そうですね、今時ウチの系列だけですよ。来客名簿にID認証やってないの」

「あの爺さんは昔から妙な趣味もってたからなあ。ま、とりあえず目通しとくわ」

「はい、お願いします」

ノートをシラキに渡すと、そのまま看護婦長は一礼して部屋を出て行った

それを見届けると、シラキは億劫そうにノートを開く

来客名簿と銘打ってはいるものの、実際にこのノートはそんなものに役立ってなどいない

ただ受け付けに置いているだけの粗末な代物だ

書かない人間の方が圧倒的に多い、シラキの記憶では、エリナが律儀に書き込んでいたことと、年中病室にいるラピスが、気まぐれに自分の名前を書いていたぐらいのものだ

案の定、開いたノートにある名前は、エリナとラピス、そして極々稀にゴートやプロスペクター、そしてアカツキという名前だけだった

特別病棟に見舞いにくる人間など、そもそも絶対数から少ない上に、こんな来客名簿だ

現に、アキトがまだ地球のネルガルの私設病院にいたときからこのノートを使っているにも関わらず、ノートはまだ三分の一程度しか使用されていない

代わり映えのしないノートを、シラキはペラペラと捲って行く

だが

「!!」

不意に、その手が止まる

思わずノートに顔を近づけて凝視する

その余りに信じられないそれに、シラキは笑った

「こりゃあ、大したもんだ」

内心感嘆した

人の執念とよく言うものの、実際シラキはそういうものは余り信じていなかった

気持ちだけではどうにもならない、そんな現実は嫌と言う程見てきた

だがこれを、この事実を、偶然の一言で切り捨てるのは、なんとなく躊躇われた

「・・・・わかったよ。オメエの勝ちだ」

誰に言うともなしに両手を上げ、シラキは机の上にノートを放り投げた

そして、懐からコミニュケを取り出すと、音声通信だけで相手を呼び出す

なんとなく、今の自分の顔を見られるのは嫌だった

『はい』

無表情な声が、SOUND ONLYと書かれたウインドウから発せられる

「よお銀髪娘」

『・・・なんの用ですか?音声だけなんて』

「まあ細かいことは気にするな。それより今から病院まで来い」

『用件も言わない無神経白髪さんに従う気はありません』

「オメエは・・・・まあ、良い。今日の俺は珍しく気分が良いからな」

『?本当にどうしたんですか?』

その不思議そうな、というより、どちらかと言えば不信感が先に立っているルリの言葉に、シラキはニヤリと笑った

「良いモン見せてやるよ」



開いたまま机の上に放り出されたノート

エリナの几帳面な文字や、ラピスの落書きのような文字が踊っているその最中

そこに、一つだけ違う名前が記されていた

ノートの片隅に小さく目立たないように、申し訳なさそうに





テンカワユリカ、と





― 日々平穏 ―



午後を少し過ぎた時間。昼食にしては遅すぎる、夕食にするには早すぎるそんな時間

たった一人の客を除いて誰一人いないその店内

カウンター席に座るその女は、先ほど注文したラーメンを、ゆっくりと食べ進めていた

そんな女に、店の主人―――ホウメイは、ただぼんやりと視線を向ける

その口元に薄っすらと笑みが浮かんだのと、女が口を開いたのは、全くの同時だった

「静か、ですね」

よく通るその声に、ホウメイはその女以外客一人いない店内を見回した

「時間が時間だからねえ・・・・それに、つい最近まで火星の後継者の残党がまた騒ぎを起こしてたもんだから、皆あんまり出歩かなくなっちまってるのさ」

「そう・・・・ですね」

ホウメイの呟きに、僅かばかり言葉を詰まらせたその女は、再び食事に戻った

そんな女を見て、ホウメイはどこともなしに目を向けて、ゆっくりと呟いた

「昔・・・アタシには弟子がいてね」

一瞬だけ、箸を操る手が止まる

「料理人としての才能はハッキリ言って並だったけど、ソイツは誰よりも努力家だった。コックになるのが小さな時からの夢だって言ってね、小さなラーメン屋台引いて、一生懸命夢に向かって進んでたよ」

「・・・・素敵な、人ですね」

「そうだねえ。確かに女にゃモテてたみたいだねえ」

相変わらずどことも知れない場所に目を向けながら、ホウメイは苦笑する

「でも・・・ソイツと、その嫁さんを乗せた新婚旅行のシャトルが爆発しちまってね・・・・三年ほど、行方が知れなかった」

女は、聞かなかった。なぜ突然、彼女にとって初対面のはずの自分にそんな話をするのか

「三年振りに姿を現したソイツは・・・・なにもかも失っててね・・・・自分の娘とも言える大事な家族の女の子に、自分の料理人としての全てを詰めたメモを、渡したのさ。そして・・・・死んじまった」

「・・・・辛かった、でしょうね」

「そうだね、辛かっただろうさ・・・・もう取り戻せないものと、取り戻したとしても、二度とそれに触れまいと誓っちまったモノの為に、戦うのはね」

「・・・・」

その言葉を最後に、二人の間に沈黙が落ちた

しばらくの間、女の麺をすする音だけが辺りに響く

「・・・・ごちそうさまでした」

やがて、空になった丼を置いたその女は、カウンターの向かいに座るホウメイに代金を渡し、ゆっくりと出口に向かった





「・・・・でもね」

相変わらず明後日の方向を向いているホウメイが、再び言葉を発したのは、女が店の入り口の引き戸に手を掛けたときだった

ホウメイの言葉に合わせるように、ピタリと手を止める

その手は、ホンの少しだけ、震えていた

「でもソイツは・・・きっと満足して逝っただろうさ」

震えが、大きくなった

「辛かっただろうけど・・・・満足しただろうさ」

背を向け、ただ無言で肩を震わせる

「本当に・・・・その人は・・・・満足だったんでしょうか」

「ああ、きっとね」

「恨まなかったんでしょうか・・・・その、ただ助けられるだけの、お嫁さんを」

「そんな奴じゃ、ないよ」

「役立たずだと、思わなかったでしょうか・・・・ただ助けられるのを待ち続けるような、その女の人を」

「そんな奴に・・・・あんなラーメン出来やしないよ」

再び、沈黙が降りた

一層大きくなった震え、その相変わらず入り口の引き戸に掛かったままの手に、目から溢れた雫がポタポタと落ちた

その小さな背中を見ながら、ホウメイは懐から一枚のメモを取り出した

もちろんホンモノではない、コピーだ

ルリが貰ったという、そのメモ。その話を聞いたとき、頼んで貰った物

彼の師匠を自負している以上、それが常識とでも思ったのかもしれない

或いは単純に、形見のつもりだったのかもしれない

ただ、今現実として目の前にあるそのメモに目を落とす

荒っぽい、元気だけが取り得のような文字で綴られたレシピ

自分の、最初にして最後の弟子が、精一杯通った、走り抜けた証

僅かに微笑みながら、カウンターに置かれている、空になったラーメンの丼に目を向ける

模造したわけではない、このレシピはやはり彼が使ってこそのレシピなのだ

ただ、それでも・・・・

そのメモを穏やかに見つめながら、ただ一言呟く

「・・・・うまかったかい?」

女は、振り返った

その涙でクシャクシャになった顔で、しかし確かに浮かんでいるその笑顔を、隠さずに

「・・・・はい・・・!!」





― 墓地 ―



傾きかけた太陽からの穏やかな光に包まれ、風が吹いた

それに揺られる木々が、まるで歌うように葉音を鳴らす

無人の静けさがゆったりと流れるその墓地の中の、どうということのない一つの墓

御統家之墓

そう掘り込まれた墓石の前

未だその中に持ち主の遺骸を持たない、その墓の墓前

一本の線香から漂う一筋の煙の、その脇に

一つの、誰の物とも知れぬバイザーが、そっと置かれていた

風が吹く、煙が揺れる

平然と佇むその墓石が、ホンの僅かだけ・・・・静かに微笑んだような気がした







歴史は変わらない

史上最悪のテロリストは、己の愛した人間のために何百人の人間を殺した

名もなき医者は、そのテロリストの遺言をただなんとなく守った

一人の青年に己の全てを託した少女は、彼の幻影に静かに別れを告げた

二度の大戦を単独で鎮圧した一隻の戦艦の艦長は、家族の二人を見送った





一人の男が死に、女が生き残った

女は、もう一度会いたいと願った



叶った



ただ、それだけの話
















あとがき



鶏が先か卵が先か・・・・



というわけで、無事完結を迎えさせていただきましたこの作品、どうも長らくお付き合い頂きありがとうございました

取り合えずエピローグをペチペチと書いてて思ったことは、つくづくこの物語の主人公はユリカとラピス、そしてアキトなのだなあ。ということでした

よかった、シラキが主人公ってことに『一応』って注釈つけといて

過去におり、未来を知っていながら、敢えて未来を変えることをしなかったユリカ

当然ながらこの選択肢に正解などないでしょう。まあ、当たり前っていえば当たり前ですが

今回の話を書く上で、どうしても客観的にアキトの死に立ち会う人間が必要だったために出したシラキ

表記上の主人公は一応彼なのですが、彼の役割は一般的な物語の主人公といったおいしいポジションなどではなく、あくまで本作の、いわゆるカメラ的な役割を担ってもらいました

彼の役割は良くも悪くもただのメッセンジャーであり、結局はただの第三者です

好き勝手言った彼の言葉の中には、おおよそ無関係だった人間だからこそ言えたセリフも、多々あることでしょう

ただ、そういう極めて無粋で無関係で、無責任なことを喋る人間というのも、物語には必要なわけでして・・・・少なくとも作者はそう思わせていただいております

さて、長々と書かせていただきましたが、エピローグということで、ここまでとさせて頂きます



最後に、このような駄作に最後まで付き合って頂き、本当にありがとうございました







それでわ







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