負けた理由など単純だ。舐めていたのだ

A級ジャンパーは目的地のイメージを行い、単独でボソンジャンプが可能

それは逆に言えばイメージが出来ない、つまり行ったことがない場所にはボソンジャンプ出来ないということだ

だから安心していた、彼女が知らないこのユーチャリスに限って、あのナデシコCを沈めた奇襲攻撃を受けるはずがないと

だが、それは単純な見落としだった

行ったことがない場所にはジャンプ出来ない。ならば、見える場所はどうなのか

結果が、これだ

フィールドの内側に跳んで来たユリカと、そして無数のバッタ達

目の前にある光景に呆然とするエリナだったが、その背後に位置しているラピスは一瞬で状況を悟ると素早く目の前のコンソールに手を走らせた

全速で迫ってくるバッタ達、それらが艦体に取り付くより一瞬だけ早く、ラピスはユーチャリスの位置をずらした

そして、爆発





― ナデシコC ブリッジ ―



ユーチャリスの突然の爆発

その状況から真っ先に立ち直ったのは、他ならぬルリだった

即座にバッタ達にユーチャリスの援護に回らせる、同時にサブロウタ達にも通信を開いた

ナデシコCの満足に機能していないレーダーの類ではなにが起こったのか分からない、だがおそらくこの奇襲がボソンジャンプによって行われたであろうことは、容易に想像がついた

続けざまの奇襲はあるのか、ユーチャリスは無事なのか、それ以外にも様々な疑問が頭を巡るが、今は最小限の状況把握が精一杯だった

『大丈夫よ・・・・エンジン以外はね』

やられた、と思った。ユリカの誇る高速ボソンジャンプでの奇襲攻撃は、なにも艦内限定のものではなかったのだ

『ラピスちゃんのおかげで、撃沈は免れたけど・・・こっちも、そっちと似たような状態になったわ』

その言葉は、事実上の敗北と大差なかった

悔しそうに目を逸らすエリナに、ルリは言葉を続けた

「どう・・・・しますか?」

『初めてね、貴方が私に意見を求めるなんて』

苦笑するエリナに、知らずの内に弱気になった自分に気づく

ルリは気まずそうに目線を外した

戦線はまだ保っている、エステバリスは再びエネルギー不足に陥ったが、元々スタンドアローンが可能なバッタ達はまだ十二分に動ける

だが

「正直、ナデシコCとユーチャリスを守りながら戦うのは・・・・厳しいですね」

二度目の強襲と展開の急転なだけに、先ほどよりはずいぶんと冷静にルリは頭を働かせた

『・・・方法は、あると思う』

『ラピスちゃん?』

意外と言えば意外な乱入者に、思わず目を丸くするエリナ

初対面の人間がこれほどいるにも関わらず、自分から進んで発言するラピスというのは、エリナにとって少し意外だった

「方法ですか?」

『うん、体当たり』

「・・・え?」

思わず声を揃えて聞き返すナデシコCのブリッジの面々

「体当たりって・・・・」

言葉を漏らすミナトに、ルリが答えた

「それしか、ありませんね」

「ちょっ!ちょっと艦長!!」

ハーリーの静止も聞かず、ルリはラピスへと顔を向けた

「出来ますか?ラピスさん」

『可能性は割と低い、けどこれ以外に手がないから』

その言葉に頷くと、ルリは再びミナト達に振り返った

「皆さん、他に手がありません・・・・付き合って、貰えますか?」

反論する者は誰もいなかった

このまま戦ったところで消耗戦になり、最終的に自分達が負けるのはわかっていたし、元よりここからの離脱や撤退など彼らの頭の中には無かった。かといってこの船を捨てて投降したとしても無事に済む保障など欠片もないのだ

そもそもこのナデシコを捨てること自体、彼らが望むはずもない

ならば、やることはただ一つだ

「ま、しょうがないか」

「このままユリカに会わないで帰るのは、ちょっと嫌だしね」

「で、でも本当に大丈夫でしょうか?」

「ハーリー君、こういうときに頑張るのが、男の子よ」

その言葉に微笑むと、ルリは艦内放送に再び手を伸ばした

「皆さん、現在の状況から考えて、ナデシコは賭けに出ることになりました」

下手すると命すら落としかねないこの賭けだったが、もとよりこの手の博打を恐れないどころか自ら飛び込んでいく類のナデシコクルー達が、反論することはなかった

「突っ込みます」

とはいえ、艦内のあらゆるところからツッコミの声があがったのは、しょうがないことではあろう

そんな中ルリの口元には、最近すっかり定着したうっすらとした微笑みがあった

やはりこのクルー達と一緒ならば不可能などないと、そう思った

そして、そんな状況だからこそ、いつの間にかブリッジの隅からシラキの姿が消えていることに気づく人間は、誰もいなかった





「サブロウタさん!!右舷からバッタ五機!!」

『おうよ!』

エネルギーの不要な消費を避けるため、エステバリス隊は全機甲板からの敵の狙撃を任されている

サブロウタのエステバリスが抱えているレールガンから発射された弾丸が、即座にナデシコに迫っていたバッタ達を撃ち落した

『うひゃー相変わらず俺って天才だな』

「御託は良いですから!!第二部隊の援護してください!!」

『了解了解』

『イズミちゃん!』

『あいよ』

ナデシコCの防衛はサブロウタが、そして先ほどの攻撃でナデシコCよりもダメージを受けたユーチャリスをヒカルとイズミが、それぞれ直援している

綱渡りも同然な戦闘だった

遊撃部隊としてユーチャリスのバッタ達が動き回ってはいるものの、数の違いから圧倒的に押し込まれている

撃ち漏らした無人艦体、それをサブロウタ達がギリギリまでひきつけ、確実に撃ち落すことで何とか戦えている

だが、もはやエネルギー供給の目処がないエステバリス。彼らの活動時間が切れれば、その綱渡りさえ出来なくなってしまう

残り時間は、後八分

補助エンジンのみが推進装置となっている今のナデシコCとユーチャリスにとっては、遺跡にたどり着けるか着けないか、ギリギリの時間だった

「ユーチャリス背後からバッタ三機!!イズミさん!」

『オーライ』

ブリッジからの指示を受けたイズミがレールガンを構える。だが

「左舷からカトンボ急接近!!」

『嘘!!間に合わないよ!?』

「とにかく頼みます!!」

無茶を言っているのはハーリーとて分かっている、だがここで諦めればどちらにしても結果は同じなのだ

『なんとか時間を稼いで、こいつらを落としたらすぐに行く』

『ふええーんそんなこと言われてもー!!』

イズミの言葉に泣きそうになりながらも従うヒカル

放たれたレールガンの光は、すでに幾つかの損傷を受けたカトンボのフィールドを突き破り命中する

だが、如何せん大きさが違いすぎた。射撃系の武器としては大型のレールガンとはいえ、やはりエステバリスそのものを体当たりさせるディストーションアタックに比べれば破壊力は格段に落ちる

さらに船体を削りながらも全力でユーチャリスに迫るカトンボ

『体当たりする気か!?』

『えーい!!』

さらに弾丸を放ち続けるヒカルだったが、その努力も空しくカトンボとユーチャリスの距離は瞬く間に縮まっていく

『わーん!リョーコー!イズミちゃーん!!』

『大丈夫、間に合った』

ラピスのウインドウと共に、つい目の前まで迫っていたカトンボに向かって、ユーチャリスのミサイルが弾け飛ぶ

これには流石に屈したカトンボは、火花を散らせながら火星の空に巨大な花火を咲かせた

『・・・・厳しいね、これは』

余りに至近距離だったために爆発の衝撃と吹き飛んだ破片が彼女達を直撃する

突撃を始めてから遺跡との距離は大分縮まっているものの、敵の猛攻にナデシコCもユーチャリスもかなり消耗していた

「せめてグラビティーブラストが撃てれば・・・・」

ハーリーの呟きにも、艦長席のルリはただ真っ直ぐに目の前の戦況を見つめ続けるだけだった









機動戦艦ナデシコ


Graduation STORY





  『声、聞こえますか?』

 

 



― ナデシコC 格納庫 ―

シラキは苛立っていた

それは別にこんな状況でもテンカワユリカを庇い続け、こうして命がけで遺跡へと接近しようとするナデシコの面々にではない

こんなにも、かつての仲間達が自分のために戦っているのに、それを助けるどころか疑心暗鬼に捕らわれ敵に回っているというユリカに対するものだった

大事だから、今の犯罪者となりさがった姿を彼らに見られたくないというユリカの気持ちも分からないではない

だが、それと同じくらい、その仲間達が自分のことを想っていることをなぜ理解しようとしないのか

こんな状況でも遺跡に突撃をかますナデシコを見て、なぜ自分のためとは思わないで、自分を逮捕しようとしていると思うのか

シラキには、ユリカはただの駄々をこねる子供としか思えなかった

それほど相手を想っているのなら、なぜ自分の全てを曝け出さないのか

無関係な人間同士のそういった衝突ならば、それは相手の気持ちなど分かるわけがないから無理もないだろうと思っただろうが、少なからず自分に関わっている事態になると、シラキは途端に腹が立つ

恐ろしく身勝手な意見だが、むかつくものはしょうがない

眉を釣り上げて格納庫をズンズンと進むシラキ。その眼前には先のバッタの襲撃によって完膚なきまで破壊されつくしたカタパルトが見える

崩れた瓦礫によって通行止めとなっている鉄クズの山の前で、ウリバタケたちが必死にその瓦礫を撤去している

そのウリバタケが、怒りの形相を浮かべて歩いてくるシラキに気づいた

そしてさらに、そのシラキが背中に背負っている巨大な四角の箱を見て首を傾げる

だが、そんなことシラキの知ったことではなかった

呆気に取られるウリバタケたちの間をすり抜け、シラキは瓦礫の山へとさらに進んでいく

「お、おいシラキよ!んなもんどうすんだよ!!」

使用不能になっているとはいえ、それはあくまでエステバリスなどの人型兵器が通れないというだけで、隅々にまで目を凝らせば人一人が通り抜けるだけの隙間程度なら辛うじて見つけられる

ウリバタケの問いに、その隙間に足を掛けたシラキが前を向いたまま答える

「・・・俺はよ」

「?」

「あの女嫌いなんだよ」

答えになっていない答えにウリバタケが眉を潜めていると、シラキはそのまま瓦礫の山をすり抜け、奥へと進んでいった





― エステバリス アサルトピット ―



「・・・・くっそー」

電源が完全に切れたために真っ暗なアサルトピットの中で、リョーコは苛ただしげに体を揺すっていた

実に八度目の再起動とユーチャリスの姿を外部カメラで捉えたのを機に、完全にガス欠状態になってしまったエステバリスの中では、外の様子などわかろうはずもない

ただ、シート越しに感じる重力から、このナデシコがどこかに全力で移動しているのは分かる。断続的に揺れる船体からして、おそらく遺跡へと特攻しているのだろう

こんな時に動けない自分が心底悔しい

電源が切れたのはリョーコの激しい戦闘行為のせいではあるが、それは敵の攻撃をもっとも技量の高い自分に向けさせるためには仕方ないことであった

とはいえ、やはりこの状況で何も出来ないのは実に腹正しい

「なんとかなんねえのかよ・・・くそ」

『おい!男女!!』

いきなり何の前触れもなく現れたシラキのウインドウに、引っくり返りそうなほど驚いた

「な!なんでお前が出てくんだよ!」

『外部スピーカーの接続場所どこだ!!』

リョーコの言葉を無視し、シラキは自分の要件と現在の状況を簡潔に告げた

「・・・・外部スピーカーって・・・んなもんなんに使うんだよ」

『時間がねえんだよ!んなもんすぐに分かる!』

だが、そのシラキの言葉に眉を潜める。リョーコはまだシラキのことを完全に信用していないのだ

「なんに使うんだよんなもん」

『説明聞いてなかったのかバカ!このままだとナデシコ沈むんだっつうの!』

「んなもん信用できるか!!」

人間的な相性から言えば最悪のこの二人が、簡単に話を終わらせられるはずもなかった

尚も言い募ろうとするリョーコ、だがその言葉は一際巨大な振動で中断した

『あーほら見ろこのバカ!!直撃したぞ!!』

シラキのウインドウの背後に見える景色から煙が上がる

さらにその向こうから迫ってくるバッタと、そしてそれを迎撃しようとする青色のエステバリスが見える

その光景を見て、リョーコは不本意そうに歯を噛み締めると、投げ遣りに告げた

「エステの首関節の下だよ。まだ無事ならだけどな」

その言葉が終わらない内に、シラキの通信がきれる

それを確認して、リョーコは呟いた

シラキが背負っていた、あの謎の物体。あれは・・・・

「しかしなんに使おうってんだ。あんなもん」





― ナデシコC 甲板 ―



「よしっと」

両腕と片足を失って、跪くような形になったエステバリスの首元

そこには先ほどのリョーコの言葉通り、外部スピーカーの接続部分が見える

平時ではそれを覆うように付けられていたのだろう装甲板も、先の戦闘の損傷だろう。捩くれて捲れ上がっている

そこに自分の背負っていた箱を降ろす、そして取り出した端末を接続する





― 回想 ―



「うぃー今日も来ましたよっと。ん?あの桃色無口娘はどうした?」

「・・・・」

「なんだよまだダンマリかよ・・・・ったく、まあ良いや。取り合えず今日の分の薬ってオメエ昨日の分も残ってんじゃねえかこんちくしょう」

「・・・・」

「・・・・はあ、あのよお?オメエそんなに黙りこくってたら禿るぞ?」

「・・・・」

「史上最大のテロリストだかなんだか知らねえが、ネルガルと軍が握りつぶして世間様にゃ公開されてねえんだ。別に気に病むこともねえと思うがね」

「・・・・」

「あ?なんだその顔、文句があるなら言ったらどうだい寝たきり男さんよ」

「・・・お前に、わかるか」

「あ?」

「お前にわかるか・・・あの肉を裂く感触が、操縦卓越しでもハッキリ伝わってくる、相手の命を握りつぶした、あの感覚が。死にたくないと絶叫していた人たちの叫びが・・・それを・・・世間が知らないから気に病むなだと?・・・・俺は殺したんだぞ・・・・握りつぶしたんだぞ。今もあの感覚を忘れられない・・・・忘れられるわけが」

「なに言ってんだ?五感がねえのに感触とか感覚なんてあるわけねえだろ」

「!!」

「お?なんだよその顔、怖い怖いいかにも悲劇のヒーローって面だな、カッコイイねえ憧れるっての」

「・・・・出て行け」

「俺だってオメエみてえな根暗男の看病なんてしたかねえよ。仕事だっつうの仕事」

「・・・・薬を、飲めば良いんだろ。飲むから出て行け」

「残念ながらそれだけじゃねえんだよなあ。他にも脈取ったりなんだり色々しないといけねえのよ、医者は忙しい」

「・・・どうせ、助からん」

「俺もそう思う」

「・・・・」

「なんだ?気休めでも言って欲しいか?五感はないし脈拍も血圧も日に日に下がってて多分余命あと一年前後くらいですけど頑張れば助かりますよってか?」

「・・・」

「別に心残りがあったわけでもねえんだろ、だったら良いじゃねえか。何百人も自分の嫁さんのためにぶっ殺した人間にしちゃ上出来だろ」

「っ!!・・・・・・いや・・・・そう、だな」

「なんだよ急にしおらしくなりやがって気持ちわりい」

「・・・・何百人も殺した、殺人犯にしては・・・・過ぎた末路だ」

「だな、殺された遺族の奴らがまだオメエが生きてるって知ったら大激怒だな」

「そう・・・・だな・・・・そうだ」

「・・・・」

「・・・・責めない、のか」

「あん?」

「・・・・」

「あー・・・・なるほど、別に良いんじゃねえ?死んだの俺じゃねえし」

「・・・・」

「後悔でもしてんのか」

「自分でも・・・・わからない」

「ま、別に良いんじゃねえ?その大事な嫁さんは救えたんだろ。ほらなんつったけ・・・あれだ、ほれ・・・・テンカワウリ・・・クリ・・・カリ・・・」

「・・・・ユリカ、だ」

「・・・・はん」

「・・・・なんだ」

「そういう目も出来るんじゃねえか」

「・・・・出て行け」

「はいはい、まだ診察してねえけど今日のところはお暇しますかね」

「二度と来るな」

「わははは、やなこった」





― ナデシコC 甲板 ―



「わりいアキト、約束一個パスだ」

誰ともなしにそう呟くと、シラキは足元にある音声増幅器のスイッチを入れた





― 極冠遺跡 ―



「・・・終わったわね」

スクリーンに映し出された、無人艦隊の猛攻を受け、少しずつだが確実に押され始めているナデシコCとユーチャリスを見てイネスは呟いた

その背後には、顔にタオルを乗せたユリカが、椅子にグッタリと座りこんでいる

足りない酸素を求めてだらしなく開いた口元から、ヒューヒューと空気が漏れる

そんなユリカをちらりと見て、イネスは眉をしかめた

元々無理だった、ただでさえ無理に無理を重ねてナビゲーターを務めただけでなく、ヤマサキの人体実験と言っても差し支えないほどの無謀な実験に付き合ったのだ

ユリカの体は、すでにボロボロだった

そこに突入してきたナデシコCへの奇襲攻撃、さらに全くの予定外であるユーチャリスへの攻撃

「・・・その体じゃ、無理よ」

「無理じゃ・・・・ないです」

もはや腕も上がらないのか、顔からずれ落ちたタオル、その下から現れた死人のような顔色で、ユリカは言った

「無理よ、そんな体でジャンプしても、ただでさえ低い成功率が」

「もし、ナデシコを落としても・・・」

床に落ちたタオルを震える手で掴みながら、ユリカは語る

「ルリちゃんたちはきっと・・・・歩いてでも、ここまで来ると、思うから」

「日を改める余裕は・・・ないっていうのね」

「・・・・はい」

ユリカの口元が歪む

その笑みは自嘲的な、自分の言ったことに対する嬉しさと悲しさと、申し訳なさが同居している。なんとも不可思議な笑みだった

その笑みを見て、イネスは居た堪れなくなった

あの、呆れるほど純粋で真っ直ぐな笑顔をしていた、それだけしか出来ないような彼女がこんな顔をするときが来るとは、誰が予想出来ただろうか

「・・・良い・・・のね?」

「はい・・・」

そのときだった

品性の欠片もない、とんでもない音量の叫び声が聞こえてきたのは

『うおらあああ!!聞こえてるか糞女あ!!』





― ナデシコC ブリッジ ―



その叫びは余りにも唐突だった

三度目にもなる全くの予想外な事態に、差しものルリもすぐに状況がつかめなかった

が、すぐにコンソールに手を当て理解する、この声は

『最初っから思ってたことだが!!もう無理!!!俺はオメエが!!』

甲板の上、大破したリョーコの機体の上に仁王立ちになっている

『だいっ!!嫌いだああー!!』

シラキの声だった





― 火星上空 ―



「なんだなんだあ!?」

意味がわからず、取り合えず近づいてきていたバッタを打ち落としながらサブロウタは叫んだ

だが、その叫びもそれを圧倒的に凌駕するシラキの声で掻き消える

『今までアキトの遺言だからなんとかしようと我慢してきたがな!もう限界だぞこんちくしょう!!』





― ユーチャリス ブリッジ ―



「な、なんなの急に」

『もう俺は知らん!お前を守ってくれとかいうアキトの遺言は破棄する!もう後はこのボロ船の奴らに任せる!!』

事態の展開についていけず、思わずオペレーター席を見上げたエリナ

その目に飛び込んできたのは、ラピスの笑顔だった

『ん?・・・・あー!?てかこれ言っとけば良かったんじゃねえかこの野郎!!良いか!!攻撃するなよ!?今から言うから!!』

「・・・・本当に、バカなバカ白髪」

『アキトの野郎の遺言だ!!ちゃんと聞けよ!!!』





― 極冠遺跡 ―



「・・・・アキ・・・トの?」

思わず持っていたタオルを落とすユリカ。その目は呆然と目の前のスクリーンに映る、スピーカーを片手に怒鳴るシラキへと注がれている

ユリカの視界の中、シラキは揺れる船体に文句を言いつつ振り落とされないように必死にバランスをとっている

そして、リョーコのエステバリスの頭の上に足を置くと

一拍置き、息を胸一杯に吸い込み、一気に叫んだ



『ゆりか!!るり!!しあわせ!!!以上!!!』



息が、とまった

見開いた瞳から、涙が落ちた

言っているのはアキトではない。そもそも、本当にそんな遺言があったのかもわからない

ユリカは見ていない、あの遺言に書かれた、まるでミミズが這い回った後のような、不器用な文字も

だが、ユリカにはそれで十分だった

大嫌いな、どこぞの知らない無粋な医者の、ヤケクソなただの叫び

足りるはずのない、たった三つの言葉

それだけのことで、彼女には十分だった





― エステバリス アサルトピット ―



『遺言はこれだけだ!!これを聞いてオメエがどうしようともう勝手にしやがれ!!俺はもう知らん!!』

「本当オメエは・・・・言葉が足りねえよ・・・・アキトよお」

かつての想い人が、最愛の人に送った最後の言葉

言いたいことはもっとあっただろうに、伝えたい言葉は数え切れないほどあっただろうに

意味の分からない涙が溢れてきた

泣いて堪るかと上を向く。悲しくも嬉しくもないのに泣くものかと

だが、わけのわからないその感情は、リョーコの脳裏にあの、かつての幸せそうだった二人の姿を意味もなく投影した

「・・・バッカヤロオ・・・」

それが誰に対する言葉なのかは、リョーコにも分からなかった





― 極冠遺跡 ―



ただ佇むイネスの前、そこにはただ目の前に映るスクリーンを見つめ、呆然と涙を流すユリカの姿があった

その姿は、まるで迷子のようだった

アキトという唯一にして絶対的な道標を失った迷子の、悲しい涙だった

「・・・・やめるの?」

イネスの言葉に、ユリカの視線がイネスへと向けられた。その顔は、笑っていた

それを見て、イネスもまた笑った

なぜかは自分にもわからない。ただ、一つだけ分かった

「やめは、しないです」

「そう・・・・そうね」

二人の間に流れる空気は、今までのどこか遣り切れないものではなくなっていた

穏やかに微笑むイネスに、椅子から立ち上がったユリカがゆっくりと歩み寄る

やがて、イネスの前に立つと、ユリカはゆっくりと右手を差し出した

「・・・・行くのね?」

「はい」

微笑むユリカに、イネスはその差し出された右手を己の右手でしっかりと掴んだ

「ありがとう・・・・ございました・・・・!!」

再びユリカの瞳に込み上げてきた涙を見て、イネスは彼女を残った左手で抱き寄せた

驚く気配が伝わってきたが、イネスはそのままユリカの背中を軽く左手で叩く

そうしながらイネスはようやく実感した

終わったのか、と

なにがかは分からない、ただユリカの中で、なにかが終わり、そして始まっていることだけは、なんとなく察しがついた

もはやイネスの中に、あの重苦しい義務感はなくなっていた

あの、破滅へと向かうユリカを見守ることへの、自分自身の勝手な義務感

それはもしかしたら、ユリカの行き着く果てに、イネスはもはや破滅ではなく、なにか別のものを感じ取っているからなのかもしれない

見届けなければならないとは、もう思わなかった

見届けたいと、そう思った

「・・・・頑張りなさい!!」

「はい!!」





― 極冠遺跡 ドッグ ―



あのシラキのけたたましい叫びの後、敵無人艦隊は今までの猛攻がまるで嘘のように沈黙した

ユリカが止めたのか、それとも他の要因があるのかは分からなかった。ただナデシコクルーに出来ることは、ようやくこじ開けた遺跡への道を進むことだけだった

「へえーここが遺跡っすか。なんと普通のドッグですね」

「正確にはここは軍が遺跡に取り付けた昇降口です。本当の遺跡は、この先」

ものめずらしそうに辺りを眺めるサブロウタに、ルリが無表情に通路の先を指し示す

遺跡内部への上陸班は当初の予定通りブリッジメンバーのほとんどが出向する形となった

だが、敵の戦力が残っているという予定外の状況のため、万が一のためにオペレーターであるハーリー、操舵手のミナト、そしてパイロットのヒカルとイズミ、ユーチャリスの担当としてエリナが、それぞれ居残る形となった

本来ならユーチャリスのオペレーターであるラピスにも残ってもらいたかったのだが、本人のどうしてもという要請と、エリナの頼みということもあり、こうして同行している

アキトの見届け人であるシラキも同行するはずだったが、医務室に鍵が掛かっており、扉に『後は任せた』と書きなぐられた張り紙があったため、別に同行を無理強いすることもないだろうというルリの判断により、ナデシコCに残っている

「・・・ねえ」

「はい」

「誰もいない」

ラピスの言葉に、ルリも頷いた

この遺跡内部へと到着し、進み始めてしばらく経つが、火星の後継者の兵士が現れる気配が一向にない

いつの間にか通路の壁に使われている素材が、最初のドッグに使われていたものよりも、幾分か古くなってきている

近いのだろうか、ルリは焦る気持ちを抱えながらも、油断しないよう注意しながら進んで行く

と、そんな一行の前に、一人の人影が現れた

「・・・・イネスさん?」

訝しげに声を出すジュンに、その現れた人影―――イネスは苦笑した

「久しぶりね、貴方達」

「な!なんでアンタがここでピンピンしてんだよ!!」

驚いて指を指すリョーコに、イネスは背中を向けた

「着いて来て、案内するわ」

「イネスさんは」

ルリは立ち止まったまま、その白衣の背中に問いかけた

「イネスさんは・・・・知っているんですか?」

「・・・そんな大げさなものじゃないわ。この事件は」

「説明・・・してください」

顔だけをルリ達に向け、イネスはゆっくりと呟いた

「今回ばかりは・・・・私の出る幕じゃないわ」





ルリ達が案内されたそこには、なんの変哲もない普通の扉があった

演算ユニットがある部屋の扉なのだから、もっと特殊なものかと思っていた一同は思わずイネスを見る

「こんなもんよ・・・・現実はね」

その一同の余りに予想通りな反応に苦笑しながら、イネスは視線をただ一人その扉を無表情に見つめるルリへと向ける

「良いわね」

「・・・・はい」

頷くルリに合わせて

扉が、開いた





― 火星極冠遺跡 遺跡制御ルーム ―



ロクに照明もついていない、薄暗いその部屋の中でヤマサキは一人だけで淡々と作業を続けていた

「よーし、完成だ」

伸びをする、長い間ディスプレイと睨めっこを続けていたせいか固まっていた骨がミシミシと鳴る

「これである程度志向性を持って、ランダムジャンプを制御出来るようになったねえ」

満足そうに笑い、すっかり冷め切ったコーヒーを飲む

「元々我等が勝利の女神、テンカワユリカの望みはその一点だったんだよ」

椅子から立ち上がると、その制御ルームに取り付けられた巨大なスクリーンへと足を向ける

「最愛の人を奪われ、そして自身のもっとも幸せだったその時を奪われた我らの女神様の、ねえ?」

その間も、まるで公演のようなヤマサキの言葉はとまらない

「死人を生き返らせるなんて方法あるわけがない、ではどうやって彼女は最愛の夫と感動の再会を果たそうというのか?」

スクリーンの前までたどり着いても、ヤマサキはそのまま語ることをやめない

「簡単だ。向こうがこれないというのなら・・・・こちらから行けば良い。そうだろう?」

「知らねえよんなもん」

無人だったはずの部屋に、いつの間にかもう一つの気配が生れ落ちていた

その人影が羽織っている白衣の白とその真っ白な頭髪が、スクリーンの光が届いていない部屋の片隅で、僅かに周囲の闇から浮き上がっている

「初めましてだねえ・・・・テンカワアキトの元主治医、シラキナオヤ君?」

そのヤマサキの言葉を受けて、シラキは口元をゆがめると、もたれ掛かっていた壁から離れて、一歩だけヤマサキに近づいた

「ここへ来たのは、コトの顛末を見届けるためかい?」

「まあその方がスッキリするがな・・・ま、反故にしちまった約束のもう片方くらいは、キッチリ果たしとこうと思ってなあ」

シラキはそう呟くと、さらにヤマサキとの距離を縮めた

当のヤマサキは、相変わらずシラキに背中を向けたまま、目の前のスクリーンに顔を向けている

三メートル程の距離を置き、シラキは立ち止まった

「もう良いだろ。そろそろお開きにしようぜ?ヤマサキさんよ」

シラキに言葉に、ヤマサキは振り返ることなく笑った














あとがき



最近ヤマサキとパトレイバーの内海課長の区別がつきません



物語もいよいよ大詰めです

上の内海というキャラ、知らない人は気にしないでやってください

一応次が最終話と銘打っていますが、エピローグまであります、なんだかごめんなさい



それでわ最終話で







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