― ナデシコC ブリッジ ―



「火星熱圏内、相転移反応低下します」

ユキナの声に答えるように、ブリッジのモニターに火星の地表が映し出される

テラフォーミングの大半の工程が、先の大戦と火星の後継者に及ぶ二度の決起、そして今回の極冠遺跡の占拠によって、依然として停止したままであるこの星

こうして火星に来るのは四度目だと、その映像をぼんやりと眺めながら、ルリはそんなことを思った

全ての始まりの場所にして、全ての終わりの場所

不思議なことに、今までルリの体験した戦争や、その他の戦いの終点は、全てこの星であった

遺跡があるからそれは当たり前と言ってしまえばその程度のことなのかもしれない。だが、それだけで切り捨てるのは、何か違う気もする

なにが違うのかと言われれば、とても言葉に出来るような感覚でない。そんな曖昧な想いを抱えて、ルリは段々とハッキリとしてくる火星の地表を見つめた

ここが全ての始まりであり、そして終わりの場所ならば・・・・今度こそ終わらせて見せる

艦長席の卓を握り締めながら、ルリはそう心で呟いた





― ナデシコC 格納庫 ―



いよいよもって火星に突入しようとしている現在、格納庫の喧騒は頂点へと達しようとしていた

火星への降下完了と同時にエステバリス隊の発進。当初の作戦段階には存在しなかったが、相手が相手なだけに、急遽加えられた工程である

そんな慌しい格納庫の様子を、エステバリスのアサルトピットのモニターから眺めていたリョーコが、不意に声を漏らした

「・・・・ユリカの奴・・・・どうするんだろうな」

そんな呟きに、ヒカルのウインドウが答える

『やっぱり戦うんじゃない?』

『だろうねえ・・・・ここまでやったんだから、退くってのも今更でしょ』

「しかしよ。ユリカの奴にしても俺たちのやり方にしても、強引だよなあ」

先ほど行われた最後のミーティングの際、ルリによって例の自分達の意思をユリカに伝える方法がクルー全員に伝えられた

それは要約すると、敵全ての戦力をナデシコCのシステム掌握、及びエステバリス隊の戦闘力によって強制排除した上で、極冠遺跡に乗り込むという、お世辞にも作戦などという建設的な名前が当てはまるものではなかった

『要は力押しだもんねえ』

『酢と牛専門のドロボウ・・・・相撲取り』

『ま、他に方法もないんじゃない?通信で呼びかけようにも、向こうが回線閉じてたら無理なわけだし』

「だよなあ・・・ナデシコのシステム掌握だっけか?ソイツ警戒してそれ絶対やってるらしいし」

リョーコの呟きに、ヒカルがそうだねえ。と相変わらず能天気な相槌をうったそのとき

『よーしお前ら!火星着いたぞ!!行って来い!!』

気合の入ったウリバタケのウインドウがデカデカと映る

『良いかー!お前らの肩には艦長のご機嫌が掛かってんだぞ!抜かるなよー!!』

「わあかってるって!」

リョーコは威勢良くそう答えると、勢い良くカタパルトからエステバリスを発進させた





機動戦艦ナデシコ


Graduation STORY





  『奇跡、起こりますか?』

 

 



― ナデシコC ブリッジ ―



「視認可能距離に遺跡を確認」

「・・・マジでなんの妨害もなかったな」

ミナトの言葉に、以前ルリが提案した監視の一環としてブリッジに待機しているシラキが声を漏らす

「でも遺跡に着くまで油断は出来ません。なんせ向こうはボソンジャンプを使えますから」

そのシラキの呟きに律儀に答えるハーリー、彼個人はまだシラキを信用していないが、それとこれとは話が別なようだ

というよりも、シラキの感じている疑問は、ハーリーのみならず、ほとんどのナデシコクルーが抱いているものと同義だからかもしれない

シラキの呟きに一応でも答えることで、とりあえずの解答を自らの中に作っておきたいのだ

「・・・・」

そんな背後の会話を尻目に、ルリは淡々と目の前に写る遺跡を眺めていた

視認可能距離とはいえ、まだ地表の遥か彼方に見えるそれを見つめ、ルリは何か考え込むような表情で艦長席に身を沈めている

「?どうした銀髪娘」

「・・・・」

シラキの言葉にも答えず、ルリはふと何かを思いついたような表情を浮かべると、コンソールの上に手を置いた

途端にルリの周囲にウインドウボールが展開する

「なんだあの野郎、人のこと無視しやがってからに」

「・・・・ルリルリ?」

いつもと違うルリの様子に、思わず問い掛けるミナトだったが、それにすら答えずルリは相変わらず熱心に何かを操作している。その瞳に、ありありとした焦燥を浮かべながら

不意に、ルリの手がコンソールから離れた

そしてあの冷静沈着なルリにしては酷く珍しく、口元を噛み締めながら、言葉を搾り出した

「・・・まさか」

漏れ出たルリの呟きに、一同が首を傾げたその直後

「!!艦長!ボース粒子反応!!」

ハーリーの報告と共に、ナデシコ艦内を

「ハーリー君、場所は?」

「艦内!エンジンブロック!!」

凄まじい衝撃が揺らした





― 火星極冠遺跡 ―



感慨深げに、遺跡の演算ユニットを見上げるイネス

その背後の空間が、急速に光を増した

ボース粒子の光と共に、顕現するユリカ

「・・・一瞬、だったわね」

視線を移したイネスの前には、ユリカではなく、外の状況を映し出している一つのウインドウが浮かび上がっていた

「間に合いそうに・・・・ありませんでしたから」

辛そうにそう答えるユリカ

俯き、影となったその顔から表情は読み取れず、ただ震えるその肩だけが、彼女の心境を表していた

「そう、ね」

イネスの呟きに答えるように、ユリカもウインドウへと視線を移した

そこには、相転移エンジンから火を吹き、見る見る内に高度を下げていくナデシコCの姿があった





― ナデシコC ブリッジ ―



「相転移エンジン停止!!」

「重力波ユニット大破!!エステバリスへのエネルギー供給停止!!」

「カタパルトもやられました!!着艦も出来ません!!」

悲鳴のようなミナトとユキナ、そしてハーリーの報告に、ルリは思わず卓上にある手を強く握り締めた

バカだ、なぜ今まで考えなかった

前回の時から違和感は在ったはずだ。気づけるチャンスなどいくらでも在ったはずだ

なぜ彼女は無人兵器を送り込んできた?

なぜ彼女は・・・・爆弾を送り込まなかった?

考えればすぐにわかったはずだ。要はこれは、かつてのボソンボムと同じ戦法だ

バッタなどを跳ばしてこれるのだ、こんな芸当などユリカなら簡単にこなせることに、なぜ気付かなかった

ハッキングなど無意味だった。爆弾などにそんな精密な機械は必要としないし、仮に掌握出来たとしても、時計などの古典的な時限装置を施されていたら、それこそ全く手の打ちようがない

「高度低下!!墜落します!!」

「補助エンジン始動、出来るだけ遺跡に近づいてください」

「了解、補助エンジン全開!!」

ハーリーの言葉と共に、ナデシコCに取り付けられていた二基の補助エンジンに火がともった

過去のナデシコAの物とは違い、この補助エンジンさえあれば、ナデシコCは一応単独での飛行が可能となる

とはいえ、相転移エンジンが停止してしまっている状態では、当然ディストーションフィールドなどの防御機能など働かないし、エステバリスなどへのエネルギー供給など論外だ

ナデシコCは事実上、その戦闘能力を完全に奪われた

『お、おいルリ!どうしちまったんだ!?エネルギーの供給が切れちまってるぞ!?』

『それよりどうしたんすか!?いきなりナデシコCが爆発するなんて!!』

リョーコとサブロウタのウインドウが現れ、続けて心配そうなヒカルとイズミも通信を繋げてくる

そしてその背後のモニターには、遺跡から吐き出された数え切れないほどの無人艦隊の影が見えた

「・・・・リョーコさん、サブロウタさん、ヒカルさん、イズミさん」

顔をあげたルリは、相変わらず卓上に置いた手を握り締めながら、口を開いた

「先ほどの爆発で、相転移エンジンが停止しました。よってもうナデシコはフィールドも張れません。そして、エステバリスの活動時間も、おそらく十分前後です」

『な!?おいマジかよ!!』

その、余りに信じられない事実に、リョーコ達も目を丸くする

ナデシコCが、こんなにもアッサリと戦闘不能にされることなど、誰も想像すら出来なかったであろう

「でも、ナデシコはまだ飛べます・・・・だから」

だが、ルリの目は、まだ諦めてなどいなかった

「・・・・よろしくお願いします」

言いたいことは、それだけの言葉で伝わった

その言葉に、満足そうに笑う四人

『オーケー・・・・任せとけ』





― 火星上空 ―



遺跡から出現したバッタや、そしてカトンボの数は、優に百を超えていた

火星の空を覆い尽くすほどのその大軍勢を前にしてたった四機、しかもその活動時間はすでに十分を切っており、さらにはエネルギーの関係でフィールドすら張れないその四機のエステバリス

だが、そのアサルトピットに座る四人のパイロットたちの顔には、絶望どころか不敵な表情すら浮かんでいた

「おいおいこりゃあ厳しいぜ?お前ら」

そしてその例外に漏れず、その四人の内の一人、リョーコの口元にも、余裕とすら伺える笑みが浮かぶ

『だねえ。こっちはライフルと格闘戦しか出来ないのに』

『おまけにフィールドも張れないしなあ・・・どれだけ保つか』

「バカ野郎!なーに弱気なこと言ってんだよ!」

リョーコはそう言うより早く、エステバリスのスラスターを吹かすと、一気に敵の中に突っ込んでいった

『!リョーコ危ないよ!』

「何言ってんだよヒカル!ナデシコはフィールド張れねえんだ!だったらこっちが囮にならないでどうすんだよ!!」

すぐ目の前まで迫っていたバッタ一機を、エステの拳をナックル形態にして強引に殴りつける

ディストーションフィールドを張っていなかったため、衝撃がダイレクトに伝わった拳は、少し形をひしゃげた

だが、リョーコはそんなことなどお構いなしに、そのまま次の獲物へと突き進む

「ナデシコはやらせねえぞ!!掛かって来いオラアア!!」





「やれやれ、こりゃあ中尉はやる気満々だあねえ」

敵の目を見張るような集中攻撃を軽々と交わして行くリョーコのエステバリスを見て、サブロウタはため息をついた

『もーリョーコは無茶すぎるよー』

『うるせー!だったらさっさと援護しろ!!』

『はいはい』

この状況に置いて尚、こんなノンビリとした会話が出来るこの二人に、サブロウタは素直に感心する

チラリと目をやったエステバリスの残り活動時間は八分強

おまけにその数字は、フィールドも過度の高機動も行わなければその時間に電源が切れるという、目安にするのも心もとないような表示時間だ

実際に戦闘出来るのは、おそらく後五分程度、下手を打てばもっと減るだろう

そんな状況下で尚、こんな会話が出来る彼女たち、そしてそんな危機的状況下でも大して動揺していない自分に思わず苦笑する

勝てる気などしない、だが同時に、負ける気もしなかった

根拠など欠片もない、100%の呆れるほどの希望的観測

だが、そんな自分をサブロウタは気に入っていた

―――やるだけやってそれでもダメなら、まあそん時か

思い切り良くそう考えると、サブロウタもその戦闘宙域へと飛び込んでいった





限界は、すぐにやってきた

リョーコ達は良くやった。内蔵電源の切れるまでの彼女達の活躍は凄まじいものであったし、事実目の前に広がっていたあの敵の大群も、すでに三分の一近くが火星の大地で朽ち果てている

エステバリスが四機、さらにその機体にはエネルギー供給がされておらずフィールドも満足に張れなかったことを考えると、実に信じがたい戦果ではあった

だが、それだけだった

「・・・・ちくしょう!!!」

アサルトピットのIFSシートに拳を叩きつけたリョーコは、なんとか機体を動かそうと実に五度目の再起動を試みる

その機体はすでにボロボロで、右腕は肘から無くなり、右足も同様に膝から下が、左腕に関しては肩間接の部分から根こそぎもぎ取られていた

墜落しそうなところを、ルリのとっさの指揮でナデシコCの看板部分に掬われたのだ

目の前の空域では、比較的動きをセーブして戦っていた他の三機が、未だに戦っている

だが、敵の攻撃のほとんどを引き受けていたリョーコが離脱してしまったことによって、戦局は一気に傾きつつあった

攻撃は、今まで後方からの援護に徹していたために無傷だったイズミ機にまで及んでいる

戦い始めた当初はナデシコからは遥か遠くの、まるで星の光程度だったはずの光が、今はつい目の前で巻き起こっている

「・・・ちくしょう」

五度目の起動エラーを示すウインドウを見つめ、リョーコはうめくようにつぶやいた

今ほど、自分の無力を呪ったことはなかった

このまま終わるのだろうか、ユリカに自分たちの意思すら伝えられず、しなくてもいい、する必要のない戦いを行い、そして敗北するのだろうか

「・・・・ちくしょう・・・・ちくしょう・・・・!!」

悔しさの余り視界が歪む

泣いてたまるものかと必死に歯をかみ締めるが、その頬を無常にも涙が伝った





― ナデシコC ブリッジ ―



戦況は一方的だった

予備バッテリーもなにも装着していないエステバリスでは、確かに無謀過ぎる賭けだった

だがそれでも、出来るのではないのかと思った

この想いが、彼女に伝わるのではないのかと思った

ナデシコのクルーが居てくれれば、不可能はないのではないかと思った

だが、結果はどうだ

艦長として引き際を誤り、あり得ないはずの奇跡にすがったこの結果はどうだ

ルリは、己の無力と無謀さに口元を噛み締めた

「整備班から通達!戦闘中のカタパルトの修理は不可能とのこと!!」

「リョーコさん応答してください!リョーコさん!!」

「ヒカル機被弾!左腕中破!」

「サブロウタさんから通信です!!」

『すんません!もう弾が切れました!なんとか射出できないっすか!?』

『こっちももう無理だよー!』

『・・・・退き際、かもね』

「・・・・」

ルリはただ黙って俯いている

が、不意にその腕が伸びたかと思うと、ゆっくりと艦長席のすぐ横にあるスイッチに触れた

艦内放送

これ以上の戦闘は、無意味であり、なにより無理だった

「・・・皆さん」

搾り出すような、ルリの声

「本艦は敵の攻撃により、相転移エンジンを破壊されました」

自分の言いたいことを察したのだろう。艦内の空気がどよめくのが、伝わって来た

「補助エンジンの始動により、一応の撃墜は免れましたが。ナデシコは事実上全ての戦闘手段、ならびに攻撃方法を失いました」

「・・・」

その、初めて見るルリの悲痛な表情に、ハーリーは言葉を失った

ミナトもユキナも、成す術のない現状を理解しているのか、なにも言えずにただ目を伏せた

「よって、これ以上の遺跡への接近は不可能と判断し、艦長命令において・・・」

そんなブリッジの面々を、シラキは苛ただしそうに眉を潜めて眺めている

「・・・・皆さん、ごめんなさい」

そのルリの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、遺跡からさらに数え切れないほどの無人艦隊が出現した

モニターに、ヒカル達の泣きそうな顔が映る

動きを止めたこちらに合わせるように、敵の艦隊もその動きを停止した

両者の間に、沈黙が降りた

「艦長権限により、全クルーに」

言いたくなかった。当たり前だ

この言葉だけは・・・言いたくなかった

だが、これ以上の戦闘は不可能だ

ただでさえ自分の無謀な指揮で、ナデシコのクルーを危険な目に合わせたのだ。もはや猶予などない

確かにユリカならば、ナデシコを沈め、自分たちの命まで奪おうとはしないだろう

だが、相手はユリカだけではない。先のクーデターで、二度もナデシコに苦汁を舐めさせられたであろう、火星の後継者がいるのだ

この包囲網を、もはやガス欠のエステバリスと補助エンジンのみのナデシコCで突破することなど、出来るはずがない

奇跡を期待した自分を責めた

奇跡など、やはり起こらなかった

残酷な現実の前には、生ぬるい理想論など、熱血などはなんの役にも立たなかった

これ以上、希望に、奇跡に縋るわけにはいかない。これ以上、自分の勝手な願望で他の人を危険に晒すわけにはいかない

ならば道は・・・・これしかない

ルリは、顔をあげた

そして、ゆっくりと、その口を開いた

奇跡は、起こらなかったのだ

「全クルーに・・・・退艦命令を」

『ちょっと待ったーーー!!!!』



奇跡が、起こった





― 火星 ―



一陣の黒い光が、無人兵器の群れを切り裂いた

撫でられた先から、爆発していく数多くのバッタやカトンボ

一瞬で先ほどまで自分たちを圧倒していたその軍勢のほとんどを蹴散らしたその戦艦を、ルリはもちろんのことその他の全ての人間が、ただただ唖然として見上げた

白を基調とした塗装に、ナデシコCを上回る出力を備えた四門のグラビティーブラスト

自分たちの遥か上空に位置する、その戦艦



ユーチャリスを





― ユーチャリス ブリッジ ―



「ちょっと星野ルリ!?なに勝手に突っ込んでって勝手に諦めてるのよ!!」

モニターに大写しにされた、ナデシコCのブリッジ

そして、そこに映し出されている呆然としたルリやその他のクルーに、エリナは怒鳴った

「本気であのバカ艦長止める気だったらナデシコCで特攻かますくらいの根性で行きなさい!!」

「エリナ、それは無理」

無謀かつ無茶苦茶なエリナの言葉に、背後からそっと突っ込むラピス

『エリナ・・・さん?』

「そうよ!他の誰に見えるっての!?」

極度の興奮のためか、普段の何倍もテンションの高いエリナ

「・・・・はあ、まあ良いわ。とにかく、私たちが来たんだから、もうその葬式みたいな暗い顔はやめなさい」

余りに唐突で予想外の事態に、まだ頭が追いついていないのか、身動き一つ取れないルリ達に、エリナは不貞腐れたようにつぶやく

「全く・・・・無理に無理してユーチャリスまで引っ張ってきたんだから、もうちょっと嬉しそうにしなさいよ」

「敵・・・・遺跡より多数出現」

「ラピスちゃん、バッタ射出。とにかくナデシコCを助けないと」

「了解・・・・エリナ」

「ん?」

振り返ったエリナに、ブリッジの真ん中に浮かぶように位置するオペレート席に座ったラピスが、穏やかに微笑む

「間に合って、良かったね」

その言葉に、エリナは照れくさそうに唇を尖らせた





― 火星 ―



ユーチャリスから射出されたバッタのカメラアイに光が灯る

無数に放たれたバッタ達はネルガルの技術の恩恵を受けて強化された、その信じ難い機動性を十二分にいかし、今まで停止していた敵艦隊に突っ込んでいく

数こそ敵に大幅に劣ってはいるものの、質そのものではユーチャリス側のバッタが大きくリードしていた

加えてユーチャリスそのものの高い攻撃力とディストーションフィールドの堅固な防御力

負ける要素がなかった

それは今の今まで敗北のど真ん中に落ち込んでいたナデシコクルー達から見ても、明確過ぎる事実だった





― ナデシコC ブリッジ ―



『大丈夫!?』

「はい、大丈夫です」

ナデシコCに隣接してきたユーチャリスからの通信に、ルリはこんな状況にも関わらず律儀に頭を下げた

バッタと敵無人艦隊との戦闘は五分と五分

数においては圧倒的に上回っている敵ではあるが、こちらのバッタは質で上回っている

さらに、先ほどからユーチャリスが放っているグラビティーブラストが、まるで測ったように味方に一切の損害を出さず、敵の戦力を確実に削り取っているのも大きかった

加えて、先ほど重力波からのエネルギー供給をナデシコCからユーチャリスにシフトしたヒカル達も、今までの鬱憤を晴らすかのように大暴れしている

唯一リョーコだけが、その戦闘に参加出来ずに今も看板の上の愛機の中で悔しそうに貧乏ゆすりを行っていた

もはや戦局はルリ達に傾きつつあった

遺跡からは相変わらず無人艦隊が次々と吐き出されているが、それとて無限ではない

このままジワジワと敵戦力を削っていけば、勝利は確実だった

「エリナさん・・・・本当にありがとうございました」

再び頭を下げるルリに、エリナはため息を落とした

『私よりも、この子にお礼を言ったら?』

『・・・』

ラピスのウインドウが、無言で現れた

ラピスにとって、ミナトやユキナ、ハーリーなどを始めとした、全くの初対面の人間に囲まれるということが初めてなのだろう。その表情は幾分か緊張しているように見える

一方、それはルリも同じことだった

自分の知らないところで、三年間もアキトと共に歩んできた少女

そして、それ以上に・・・・ラピスの金色の瞳を見て思った

彼女は、きっと大切にされてきたんだ、と

羨ましくもあり、そして同時に微笑ましくもあった

ずっとアキトの傍にいたという理由を抜きにしたとしても、自分は目の前のこの少女と話をしたいと思った

聞きたいことはたくさんあった

聞いて欲しいこともたくさんあった

だが、その欲求を、ルリは軽く首を振って諌めた

今はそのときではない、今やるべきことはもっと他にあるのだから

取りあえず一歩踏み出そうと思った。どんなに小さくても構わない、少しでも、この目の前の少女に近づきたかった

だから、踏み出した

「こんにちは」

『・・・・こんにちは』

小さすぎる一歩だった・・・・かも知れない





― ターミナルコロニー コトシロ ―



『ふざけるなあ!!』

目の前の大声を上げてがなり立てる統合軍の男に、フクベは笑った

「ふざけてなどおらんよ?ただまあ三日連続でチューリップの調子がおかしくなっただけじゃ」

『それがふざけるなと言ってるんだ!!先の襲撃でチューリップが破損して修理に時間が掛かったのは良いとして!!なぜ我々が到着したその日から急にボソンジャンプが使えなくなっているのだ!!』

「そんなこと言われてもの・・・壊れとるものはしょうがなかろう?」

『我々は統合軍だ!!火星へと向かったナデシコの援護に向かっていると言っているんだ!辞令とて』

「じゃから見せて貰ったと言っておるじゃないか」

コトシロのチューリップの前には、実に数えるのも億劫なほどの大艦隊が展開していた

これは、以前コウイチロウがルリ達に通達した通り、遺跡へと先陣を切ったナデシコの後に続く援軍のはずだった

だが、その援軍がコトシロに到着したときから、フクベ曰く

「壊れた」

らしいチューリップの修理で、すでに三日以上もの間立ち往生を食らっている

今までフクベより階級が下ということもあり、温厚な態度を貫こうとしていたこの艦隊司令だったが、さすがに堪忍袋の尾が切れたようだ

『ならば我々が到着する前に反応があったボソン反応はなんと説明するのだ!!ネズミでも跳んだとでも言うのか!!』

「凄いのお主、エスパーか?」

わざとらしいフクベの態度に、総司令のコメカミに青筋が浮かぶ

『ふざけるなあ!!貴様ら宇宙軍が何を企んでるのか知らんが!これは立派な公務執行妨害だぞ!!』

「ふぉっふぉっ、史上初じゃの軍が公務執行妨害で軍人を摘発するかの?それに今のターミナルコロニーの管理は宇宙軍と統合軍の合同のはずじゃが?」

『〜〜〜!!』

尚も飄々とした態度を崩さないフクベに、総司令の顔が怒りで見る見る内に真っ赤になっていく

そんなフクベと男とのやり取りをオロオロしながら見ていたコトシロの研究員が、そっとフクベに耳打ちした

「まずいっすよフクさん、怒ってますって向こう怒ってますって」

ターミナルコロニーの司令官であるフクベだが、その性格からか内部の軍人からは階級など関係なくそう呼ばれている

その研究員に、フクベも声を潜めて答える

「いやワシとてすんなり通してやりたいとは思っておるんじゃがのお・・・・ちょいと事情があってな」

「事情?」

不審そうに眉を潜める部下に、フクベはニヤリと笑った

『なにをこそこそ話しとる!!やはり貴様らなにか隠しとるな!?』

その余りの声量にすたこらと退散する研究員を見ながら、フクベは再び笑った

「いやいや朗報じゃよお前さんたち、どうやらチューリップの復旧の目処が立ったようでの、明日には火星に向かえるそうじゃぞ?」

『む・・・・・・・・本当だろうな?』

「大マジじゃ。ワシは嘘と指揮が苦手での」

よせば良いのに相手を挑発するフクベ

だが、この三日間フクベのペースにはまってきたこの男もさすがに学習したのか、怒りの形相を顔に張り付かせはしたものの、これ以上怒鳴ることはしなかった

『明日・・・・だな?』

「明日じゃ」

『・・・・了解した』

それだけ言って、通信は切れた

「よかったんすか?フクさん」

先ほど逃げ出した研究員が戻ってきた

「なになに、時間は稼いだ。ワシはMVP並の活躍じゃな」

「なんすかそれ・・・」

呆れたようにため息をついたその男だったが、スクリーンに映る先ほど自分たちと通信していた大艦隊を見つめる

「しかしホントに良かったんすか?向こうの辞令はホンモノだし・・・これでチューリップの調子誤魔化してたのがばれたら」

「なに、正式な調査などせんよ。明日になれば全部終わっとることなど分かりきっとるのに、さっきの軍人さんはこっちの提案を呑んだんじゃ。大方、マジメに援護に行く気などなかったんじゃろ」

「でも、じゃあなんでフクさんは奴らの邪魔なんかしたんっすか?」

男の言葉に、フクベは先ほどと同じ笑みを浮かべた

「家族会議に、あんな無粋な輩を乱入させることもないと思っての」

「家族会議?」

不思議そうに尋ねる男に、フクベは笑って答えた

「そう、家族会議じゃ」





― ユーチャリス ブリッジ ―



「・・・どうやら、なんとかなりそうね」

「うん」

エリナの呟きに、頷くラピス

火星極冠遺跡での決着は、事実上すでに決していた

ユーチャリスの乱入によって戦力が倍増したナデシコ側の、圧倒的勝利として

目の前には相変わらず空を覆いつくすような数の無人艦隊の数々がいるが、そろそろ頭打ちだろう

ナデシコCはユーチャリスの背後へと廻り、エリナ達が彼女たちの盾代わりになっている

敵の数は、自分たちが到着するまでに多少の損害を受けてはいたものの、致命的なダメージを負っていなかったサブロウタ達とこちら側のバッタたちのコンビネーションで、目に見えて減っていっている

「ラピスちゃん、グラビティーブラストのチャージは?」

「今終わった。良いよ」

ラピスの言葉に頷くと、味方に当たらないように警告を発しながら、指示を飛ばす

「発射!!」

大気を震えさせながら驀進する青黒い光は、それに捕らえられたものだけでなく、周りを飛び回っていた無人艦隊を次々と飲み込んでいく

目も開けていられないほどの重力波の光の直後、さらにそれを飲み込むほどの大爆発が巻き起こる

それにさらに巻き込まれる形となり、数え切れないほどの無人艦隊がその炎に呑まれていく

今の一撃だけで、敵の戦力の二割は削れたであろう

勝利を確信したエリナはふっと息を抜いた



その直後、ラピスの声が聞こえた

「ボソン反応、ブリッジの目の前」

「え?」

気づいたときには、もう遅かった

スクリーンに映る、青い光を纏った小さな人影

目が、合った

スクリーン越しに見た彼女は、自分の知っているあの底抜けの明るさを持っていたあの笑顔とは懸け離れた、まるで今にも掻き消えてしまいそうなほどの、儚い、泣きそうな笑顔で、こちらを見た

その口元が、動く

―――ごめんなさい

直後、彼女の周りに現れた数え切れないほどのバッタが、一斉にこちらの装甲に取り付き・・・・

爆発した














あとがき



ユーチャリス、好きなんですよ



ようやくフクベさんの存在意義を出せました

まあ別にあの爺さんじゃなくても良くない?と言う疑問もおありかもしれませんが、まあ勘弁してやってください

さて、話の方もいよいよ大詰めでして、頑張りたいです





それでわ次回で







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