「彼は死んだよ。テンカワユリカ君」

最初にその言葉を聞いたときは、何かの冗談だと思った

目の前にいる、いけ好かない笑みを浮かべる男

信じるわけがない、だが、冗談にしても笑えない

「な・・・なに、言ってるんですか・・・?」

嘘だと言うことなど分かりきっているはずなのに、自分の言葉は酷く擦れ、そして震えていた

顔面の筋肉が緊張で引き攣った

嘘なのに、嘘に違いないのに、どこかでその男の言葉を信じている自分がいた

そんな自分を嘲笑うように、いや事実として彼は自分を嘲笑していたのだろう

彼は、懐から一つの綺麗な蒼い石を取り出した

CC―――チューリップクリスタル

動揺する自分、息はいつの間にか乱れに乱れ、目は落ち着き無く辺りをさ迷った

「確かめて・・・・みるかい?」

生唾を飲み込んだユリカは、必死に自分に言い聞かせた

信じてはいけない、こんな正体不明の男のことなど、信じて良いわけがない

誰か人を呼べ、助けを求めろ

言葉を出そうと口を開くが、そこから漏れたのは、意味のない吐息だけだった

台風のように吹き荒れる混乱の中、ユリカはその男の手の中にある、蒼く輝く石を見つめた

やめろ、手を伸ばすな。触ろうとするな・・・・それは・・・・



彼の死の可能性を、認めることになる



わかっているのに、言葉に耳を傾けてはいけないとわかっているのに

右手が、あがった

まるで切り離されたように、その右手は自分の言うことを聞かない

震えながら、ゆっくりと伸びる手

それをヤマサキは、目を細めて見つめた。まるで、楽しんでいるように

網に掛かりもがく虫の命を楽しむように

ゆっくりと近づいたユリカの手は・・・・

その目に見えた振るえを持ったその手は

ゆっくりと、その石に触れた





― 月第七総合病院 霊安室 ―



「・・・・・・・・・」

呆然と佇むユリカ

その眼前には、白い布を被せられた、テンカワアキトの死体があった

「嘘・・・・」

「嘘じゃないよ。目の前にあるじゃないか」

背後の壁に寄りかかったヤマサキの言葉、だが、今のユリカの耳にはそんな言葉など届かなかった

「・・・・アキト?」

フラフラとおぼつかない足取りでアキトの元にたどり着いたユリカは、その焦点の合っていない瞳で彼の顔の布に触った

「!!」

その布の下から伝わってきた余りの冷たさに、ユリカは反射的に手を離した

死体だ、そして・・・・

なぜかは知らない、だが自分には分かった

これは、アキトだ―――アキトの死体だ

「・・・あ・・・・あああ・・・・」

体中に何か冷たいものが駆け抜けた

怖かった、この布をめくることなど出来ない。触れただけでこんなにも怖いのだ、これでアキトの死に顔などを見れば、自分は・・・・

「じれったいなあ」

それは唐突だった

いつの間にかユリカの隣に歩み寄ってきていたヤマサキが、アキトの顔を覆っている布を取った

まるで子供が蟻を踏み潰すように、残酷に、酷くアッサリと

「あ・・・・」

漏れでた呟きに意味などなかった

直視した。アキトの死体を、死に顔を

体中から、力が抜けた

アキトが五感を患っているのは知っていた

そして、彼の寿命が短いことも・・・・だが

だが、自分は彼を信じた

待っていると、待ち続けると、いつか迎えに来てくれると、会いに来てくれるのだと

だが、彼は死んだ

自分は間違ったのだろうか、誤ったのだろうか

変な意地など張らなければ良かった。大人ぶった態度などやめればよかった

アキトに会いたいと、その気持ちに素直に、彼を追いかければ良かった

そうすれば・・・・彼は・・・

「・・・アキ・・・トォ・・・」

座り込んだユリカは、ただ泣くだけだった

そして



「彼に、会いたいかい?」



聞こえてきた声に、ユリカは目を見開いてヤマサキを見た

するとヤマサキは、あのいけ好かない笑みを浮かべて、答えた

「ただし、ナデシコを、世界を敵に回すことになるがね」

ユリカの見開かれた瞳から、涙が零れ落ちた





― 回想 ―



「ユリカさん、お話があります」

「ん?どうしたのルリちゃん、改まっちゃって」

「・・・・アキトさんの・・・・こと・・・・です」

「・・・・なあに?」

「アキトさんは・・・・五感を・・・奪われました」

「・・・・」

「もう・・・・ラーメンも・・・・コックさんになる夢も・・・・叶わない、そうです」

「・・・・うん」

「すみません・・・・ユリカさん・・・・私が・・・・私がっ!!」

「大丈夫だよ、ルリちゃん」

「・・・・でも、私がもっと早く―――!!」

「アキトなら、きっと大丈夫だよ」

「・・・ユリカ・・・・さん」

「ありがとう、ルリちゃん・・・・良く・・・・頑張ったね・・・!!」

「!・・・ユ・・・カさん・・・ごめ・・・・・なさい・・・・ごめんなさい!!」





― 月第七総合病院 霊安室 ―



「ごめんね・・・・ルリちゃん」







機動戦艦ナデシコ


Graduation STORY





  『別れ、認めますか?』

 

 





― ナデシコC ブリッジ ―



『というわけで、捕まえました』

ブリッジに集まった主なナデシコクルーは、目の前に広がっているウインドウに映るルリとシラキを見つめた

『というわけで、捕まった』

『・・・・取り合えずシラキさんのスパイ疑惑については保留ということになります』

「ほ、保留ってどういうことだよ!!」

ルリの言葉にリョーコが不満爆発と言った様子で声を荒げた

「もしソイツがスパイだったら!!」

『そうでないと私が判断しました。もちろん不安が残る方もいらっしゃると思いますから、万が一のことも考え平常時もオモイカネに見ていてもらいますし、まだ足りないという方がいらっしゃいましたら常に誰かに監視についてもらいます。戦闘時も不審な行動が取れないようにブリッジに居てもらいます』

『そんなの俺がブリッジ占拠したらどうすんだよ』

『会話の流れを汲んでください白髪さん』

『事実を言っただけだろ銀髪娘』

『それはご丁寧にどうも』

面倒そうにシラキから目を逸らすと、ルリは口を開いた

『これで良いですか?リョーコさん』

『いやだから俺がブリッジを』

「・・・・あー。いや、もう良いよお前ら」

二人のやり取りを聞いていたリョーコは、急に馬鹿らしくなって手を振った

『わかりました、そういう訳でもうすぐ戻りますので』

その言葉を最後に消えるウインドウ。それを見届けると、リョーコはため息をついた

それを見て、後ろにいたヒカルが笑いながら口を開く

「甘いよねえ、私たちって」





― コトシロ 軍用ドッグ通路 ―



「と、言うわけで一応貴方の疑いは晴れました」

「晴れたというよりは雨を強引に曇りにしたって感じだがな」

振り向くルリに、シラキは面倒そうに手を振った

「おまけに監視付きか、やだねえ俺はなにものにも縛れらずに自由に生きる主義なんだが」

「火星までの運行賃だと思ってください。それに皆さんも貴方に四六時中監視に付いていれば、貴方がそんな器用な性格じゃないことを理解してくれるはずです」

「はっはっはバカ言うなよ小娘、俺は米粒にドリルで今年の抱負を書けるくらい器用人間だぞ」

どうでも良いことを話しながら、二人はコトシロやナデシコの突貫作業に追われる人間が慌しく通る道を歩いていく

「貴方に抱負なんて計画的なことを考える回路が脳内に存在しているとは思いませんでした」

「抜かせ、俺ほど上手く新年の抱負を考えられる人間もいないぞ」

時折すれ違う人間が、この二人の余りに軍の施設内でするとは思えない会話に目を向けたりしているが、そんなことは二人にはどこ吹く風である

「そんなに得意なら一つ言って見たらどうですか?」

「あ?・・・・あー・・・・」

前を向いて足早に歩きながら、ルリは口を開いた

その横をさして急いでいるとは思えない様子のシラキが付いて行く

しばらく視線をあらぬところに向けて考えていたシラキが、不意に口を開いた

「泣かぬなら、あぶって食うぞ、ホトトギス」

シラキの言葉に、二人の間にしばらく沈黙が降りた

視線の先にナデシコCへの昇降口が見えてきた

それを昇り、ブリッジの扉がようやく見えてきたときに、ルリはようやく口を開いた

「・・・・まずそうですね」

「俺もそう思う」





― ナデシコC ブリッジ ―



入ってきたシラキとルリの眼前には、険悪な視線のリョーコを先頭に、いつものメンバーが勢ぞろいしていた

「なんだ?殺気だった目して」

ほとんど初対面同然にも関わらず、なんの気負いも感じられない口調でリョーコに話しかけるシラキ

その横でルリは、シラキの全く空気を読まない発言にため息をついた

「皆さん、色々な理由があって紹介が遅れましたが、こちらがシラキナオヤさん。ナデシコC医療班の指揮をしていただいてます」

「知ってるよ」

ルリの言葉に、リョーコが返した

そのリョーコの不信感を露にした言葉を聞いて、後ろにいるヒカルにイズミにサブロウタ、そしてミナトが苦笑した

「で、早速お前の監視をさせてもらうエステバリスパイロットのスバルリョーコだ」

「あー・・・ホントに監視すんのか?」

「なに?」

シラキの言葉に、リョーコの雰囲気が目に見えて鋭くなる

「俺は別にスパイでもなんでもねえしな、するだけ無駄だと思うが」

「んなもん関係ねえ、お前が怪しい以上、俺たちは納得行くまでお前を監視させてもらう。それだけだ」

「私は別に疑ってないんだけどなー」

「私もだけど」

ヒカルの能天気な言葉に、ミナトも賛同した

「お、お前ら!!」

その言葉に勢い良く背後を振り返ったリョーコが叫ぶ

「もしコイツがスパイだったらどうすんだ!!」

「だってー、ルリルリがそう判断したんでしょ?それにこの人あんまり悪そうに見えないし」

「ま、俺は艦長の決定に従うだけだよな、副長だし」

「だと思うよ、そうじゃないとあの戦闘のとき僕らを助けた理由が」

「あー!もううるせえ!!」

皆の言葉に切れるリョーコ

多少猪突猛進の気がある彼女の場合、一度怪しいと思ったら徹底的に調べないと納得がいかないのだ

そういう意味では、他のナデシコクルーの方が状況への順応能力は遥かに優れているだろう

「賑やかだねえ」

「お前も他人顔してんじゃねえ!!」

シラキの言葉に再び叫ぶリョーコ

「とにかく!他の奴とは違って俺はお前をまだ信用してねえ!」

リョーコの言葉を聴きながらシラキは懐からタバコを取り出した

火をつけようとしたが、左手では上手くいかなかったのかライターを落とす

「・・・・本数、減らした方が良いと思いますけど」

それを拾い、渡しながらルリが口を開いた

「バカ言え、俺は一日にタバコを最低十五本すわねえと死ぬんだよ」

「随分具体的な数が出てきましたけど、この場合余計即興臭さに拍車を掛けてますよ?」

「なんだ?お前は基本的に俺が嘘つき野郎だと思ってんのか?」

「考えすぎですね、自意識過剰です」

「・・・・ほーう?」

まだ何か話しているリョーコを無視し、いきなり喧嘩腰になる二人

その二人を見ている某少年が、先ほどからシラキに実に恨みがましい視線を送っていることには、近くにいたミナトとサブロウタ以外は全く気づかなかった

「ーーー!!お前ら―――」

「二人ともリョーコさんの話を聞いてください!!」

そんな様子のルリとシラキにリョーコが再び声を荒げかけたとき、そこにハーリーの叫び声が響いた

「全くいつまでも二人でベラベラベラベラ!!」

いつになく怒り心頭のハーリー、その理由がシラキへの嫉妬のみだということに、ブリッジの大半が気づいた

「?どうしたんですかハーリー君」

だが唯一気づいていないルリとシラキは、不思議そうにハーリーに目を向けた

「艦長!」

「?」

「ボクも反対です!!この人絶対信用できません!!」

私情の100%入ったハーリーの言葉に、ルリは再び首を傾げた

「ですから監視をつけると」

「いーえ!危ないですこの人!!艦の安全を考えるんなら今すぐ降ろした方が良いです!!」

「そりゃ俺が困るぞ」

「貴方は黙っててください!!」

炎を背景にしたハーリーの言葉に、シラキは取り合えずルリに任せることにした

―――俺にもこんな子供なときがあったねえ

シラキの考える子供というのは、別に年齢的なことだけではなかった。シラキの言う子供とは、こういった感情に任せて行動をする人間のことだ

ハーリーのことを達観して見れるほどシラキが大人であるかは怪しいが、実際問題シラキの思った通り、ハーリーは感情で喋っていた。平時はどうであれ、少なくとも今は

「ハーリー君、これは決定事項だから」

ハーリーの背中に手を置き、慣れた様子で笑いかけるミナト

「でも!!」

もはや子供のダダになりつつあるハーリーの言葉

それを制するように、サブロウタが口を開いた

「わかったわかった、こうすりゃ良いんだろ?」

「え?」





― ナデシコC 医務室 ―



コトシロに補修のために停泊中のナデシコC

発生したあらゆる箇所の補修に奔走中の乗務員で非情に騒々しい艦内だが、この医務室はそんなこととは無縁だった

「・・・・」

タバコの煙をモクモクと上げながらなにかの本を読むシラキ

そして

「・・・・なんでボクが」

ベッドの上で膝を抱え、ハーリーがこの世の終わりのように暗い表情で座っていた

「大体サブロウタさんもおかしいよ。ボクはこの人を降ろそうって言ったのにどうしてこんな風な結論が出るんだ。それにそもそも副オペレーターのボクがどうして監視なんてことを」

先ほどからずっとこの調子で、ハーリーはひたすら何かを呟いていた

だがそんなハーリーもシラキにとってはただの背景らしく、先ほどから視線一つよこさない

いい加減文句も言い尽くしたハーリーは、視線をさ迷わせた

「・・・・ホントに、なにもしないんですね」

その言葉に、シラキが本から顔を上げずに口を開いた

「本読んでるじゃねえか」

「・・・・スパイだって言われてるのに」

「あれだ、人間って奴はすれ違ってばっかなんだよ」

「すれ違ってって・・・・だったら尚のこと誤解を解こうとするじゃないですか普通」

「思い込みってのが一番難しいんだよ。凝り固まった奴らにゃ何言ったって意味ねえよ、ほっとけ」

「・・・・」

シラキの言葉に目を伏せるハーリー

そんなハーリーを、シラキは訝しげに眺めた

「暗いなお前、まさかそれが普通か?」

「・・・そんな訳ないでしょう」

否定するその言葉すら暗いのだから、世話はない

ハーリーがこんなに沈んでいる理由は、一つだけだった

先ほどの、ルリのシラキに対する態度だ

ハーリーの知っている彼女は、いつも冷静沈着で、多少無口な、だがそれを補って余りある魅力を秘めた人間だった。そして、誰にでも等しく一定の態度を崩さなかった。無論、それでも人によって多少の差はあるが、少なくとも、ハーリーの知っている限り、ユリカ以外の人間には基本的にそうだった

だが先ほど見たルリは、ハーリーの知らない一面を晒していた

あんな、他人と不毛な言い争いをするルリなど、出会ってから三年近くになるハーリーですら、見るのは初めてだった

言い争っているのだから、羨ましがることではないのかもしれない、だが、ハーリーはそうは思えなかった

まだ出会ってほとんど経ってないシラキが、自分が三年掛けても触れられなかったルリの一面に触れた、そう思ってしまう

「・・・・艦長は」

「あ?」

「艦長は・・・・笑わない人でした」

唐突に話し始めたハーリー

シラキは本に目を落としながら耳を傾けた

「ボクが始めてこの船に乗った日、迷ったんです、艦内で」

「・・・・んー」

「まだあの時、十歳になりたてだったボクは、慣れない艦内で、一人になって・・・・急に不安になったんです」

「・・・・んー」

「世界中にボクしかいないんじゃないかって、バカらしいけど、その考えに本気で怯えたんです。そのときに・・・会ったんです」

通路の端に寄って泣きじゃくる自分に、差し出された手を思い出した

見上げた顔は、とても無表情なものだった

それを見た当時の自分は、余計に怖くなってまた目に涙を溜めた

だが、その手は、そのまま自分の頭に移動した

撫でられた。それはとても優しい手のひらだった

見上げた顔は相変わらず無表情だったが、今度は怖くなかった

そのまま自分は、彼女に手を引かれて歩いた

その時に見た横顔がとても綺麗に見えて、自分は顔を赤くした

そのことを思い出したハーリーは、今更ながら昔の自分が妙に情けないことに苦笑した

「・・・なんだ?急に黙り込んで」

「え?あ、いえ・・・・そのとき、艦長に会って・・・・それからずっとボクは艦長を補佐してきました」

「で、結局なにが言いたいんだ?」

「艦長は・・・・なんで貴方を降ろさないんですか」

「知らんわんなもん、本人に聞け」

「だって!貴方はユリカさんを止めようとしてるんでしょ!?どうしてそんな人をわざわざ!!」

大声でそういうハーリーに、シラキは面倒そうに短くなったタバコを灰皿に押し付けた

「自信がねえんだろ」

「・・・・自信?」

尋ねられたシラキは、眠そうに目を細めると、まだ微かに漂っているタバコの煙を見つめた

―――「・・・・その方が良いのかも、知れませんから」

「さあねえ」

「なんなんですか、全く」

それきり黙り込む二人

ハーリーにとっては気まずい、シラキにとっては別にどうということのない沈黙が流れる

と、不意になにか思いついたのか、シラキが口を開いた

「で、話の主題はなんだったかな?」

「・・・・もう良いです」





― ネルガル私設病院 精神化隔離病棟 ―



「本当に行くの?ラピスちゃん」

心配そうに声を掛けるエリナの前には、私服姿のラピスがいた

「うん」

「でも、まだ体が」

「だからエリナに付いて行くの、大丈夫」

頷くラピスを前に、エリナは嬉しさ半分、心配半分の笑顔を浮かべた

「分かったわ。会長に説明して、同行を許可してもらいましょう」

「わかった」

頷くラピス

それに今度こそ本当の苦笑を浮かべて、エリナが口を開いた

「約束・・・・守らないとね」

「それと糞ガキっていうのを撤回させないといけない」

「・・・・アンタって、強いわね」

「エリナも、ガンバ」

「はいはい」

吹き抜ける風は、ただ真っ直ぐに

揺られる草木を見上げながら、ラピスは右手に持った黒いバイザーを頭に掛けた

「あら?ラピスちゃん・・・・それ」

「・・・アキトに、貰ったの」

「・・・・そう」

「これ、届けないといけないから」

エリナを見上げながらそう言うラピス、その金色の瞳を見つめながら、エリナは微笑んだ

その微笑の意味が分からずラピスは首を傾げた

その様子にますます口元の笑みを濃くすると、エリナは空を仰いだ

雲ひとつない空、どこまで透き通って見えるそれを目を細めて見上げる

「行きましょうか・・・・ナデシコに」

「了解」





― 回想 ―



「ん?どうしたラピスそのバイザー」

「アキトに貰った」

「へえ・・・・っていうかあの野郎まだんなもん持ってたのか」

「アキトはこれしか持ってないから、他は全部捨てちゃったんだって」

「物捨てたくらいで忘れられる過去でもないだろうにな」

「捨てたんじゃない、くれたの」

「似たようなもんだろ?」

「この繊細な違いがわからないシラキはきっと朴念仁」

「・・・・意味はわからんがなんか凄いバカにされた気がプンプンするな」

「私も意味はわからない」

「んなもん使うなよ」

「エリナが言ってたから、シラキはきっと朴念仁だって」

「あの糞秘書・・・・目の前でアキト切り刻んだろうか」

「シラキには無理、朴念仁だから」

「・・・それは褒めてるのか?貶してんのか?」

「・・・・さあ」





― 火星極冠遺跡 ―



目を閉じ、佇むユリカ

その周りには、彼女を包むように展開している遺跡が、まばゆいばかりの輝きを発している

輝きは時が経つほどにその強さを上げ、そしてユリカの額に浮かぶ汗の数は増えていった

「くっ・・・・」

食いしばっていた歯

だが、その我慢の限界を超えたのか、目をきつく閉じたユリカは苦痛に声を漏らした

そして、その言葉に答えるように、先ほどまで目が眩むような輝きを発していた遺跡が、急速にその輝きを失った

「っ・・・・!!」

それを見届けると、崩れるようにユリカは身を落とした

倒れ伏したユリカの息は荒い

霞んだ目で、それでもなんとかそれを堪えると、ユリカは震える足を押さえながら、再び立ち上がった

「もう・・・一度・・・・」

『やめておこう、今はこれが限界だろう』

突如として響いた、ヤマサキの声。それが発せられたスピーカーを、ユリカは睨みつけた

「まだ・・・いける」

『焦る気持ちはわかるが、無理だね。それにこれ以上肉体のナノマシンを酷使すると・・・・死ぬことになるよ?』

「くっ」

その言葉に、ユリカは引き下がるしかなかった

時間がないのだ、前回の戦闘でナデシコCを仕留め切れなかった以上、ルリたちは必ず、遅くとも一週間以内にここへたどり着く

それまでに、なんとしても完成させなければならない。ならないのだが、そのために自分が死んでは、まるで意味がない

『わかってくれたようだね。それじゃあドクター、彼女の介抱を頼みますよ』

遺跡が覆っている部屋の扉が開いた

「・・・イネス・・・・さん」

「また、無茶をしたわね」

疲れ果てたユリカの視線の先、イネスフレサンジュはため息をつきながら足を進めた

「すみ・・・・ません」

「良いから、無理に喋らないで良いわよ」

「・・・・はい」

イネスの言葉に微笑むと、ユリカはゆっくりと目を閉じた

よほど疲労が蓄積していたのだろう、その死んだような顔で眠るユリカに、イネスは眉をしかめた

こんなになってまで頑張れる彼女を、素直に凄いと思う

わかっている、止めるべきなのはわかっている

だが、あのとき、この遺跡を占領されたときに、自分の目の前にいた彼女の目を見ると、もはや何も言えなくなった

自分の最愛の人を理不尽に奪われ、二年というときを奪われ、そして、自分の協力を取り付ける代わりに、彼女は一切の人死にを出していない

ただでさえ勝てるかどうかわからない戦闘、圧倒的な戦力不足の中で、尚も相手に対して手加減を施しているのだ

そして、その傍らで、このような無茶な人体実験を進んで買って出ている

くわえて、ナデシコCとホシノルリとの敵対

果たして彼女に、どれほどの重圧がのしかかっているのか

それを推し量る術を、残念ながらイネスは持ち合わせていなかった

「今は、休みなさい」

彼女の額の汗をぬぐいながら、イネスは誰にも聞こえない声を漏らした

「アキト君に・・・・叱ってもらうためにね」

ならば、自分に出来ることは、見届けることだけだ

進んで行くルリたち、そして立ち止まってしまったユリカ。どちらが正しいのかなどイネスにはわからないし、わかる気もない

自分は決めたのだから、この目の前の彼女の行く末を、ただ見守ることを

果てにあるのが空虚なのは、きっと間違いない

だが、それを本当に認めること、確かめることが、今自分に出来る唯一のことなのだ

「頑張りなさい」

ユリカの寝顔をハンカチで撫でながら、イネスはそれだけ呟いた














あとがき



ホントの主人公は誰なんだろう



物語っていうものには、必ずしも主人公は一人とは限らないわけで

ではこの話の主人公は誰かというと、果たして誰なのか、と

正直、私には分からないと申しますか、判断がつかないと申しますか

まあ、好みのキャラを中心に据えて読んでいただければ、それだけで私はもの凄く幸せです





それでわ次回で







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