― ナデシコC ブリッジ ―



依然として戦闘中のナデシコC

「またボソン反応です!」

「三回目ですね、位置は?」

「格納庫とエンジンルームです!」

敵はピンポイントでナデシコCの重要区間を攻撃してきていた。しかも総攻撃ではなく時間差をつけた波状攻撃

上手い手だ、とルリは考えながら次々に指示を出していった

「サブロウタさんたちに連絡してください。ブリッジに回る人員は予定の半分ほどで結構ですから、エンジンルームへのサポートを頼みます」

「ルリルリ、格納庫は?」

「先ほどウリバタケさんから連絡がありましたが、援軍の必要はないそうです」

ただ、ルリにはどうしても腑に落ちないことがあった

なぜ敵はブリッジ内部に直接無人兵器を跳ばしてこないのか

格納庫やエンジンルームに跳ばせるのだ、ブリッジに跳ばせない理由などない

「・・・ハーリー君、艦内のボース粒子の増大グラフをこっちに回して」

「え?はい」

転送されたデータを見て、ルリは眉をしかめた

これまでに三回ほど敵は攻撃を仕掛けている。それは別にかまわない

ただ気になるのは、敵が送ってくる箇所は基本的に二箇所なのに対して、妙に艦内のあちこちでボース粒子の増大反応が出ていることだ

それは確かに小さな、ただの残滓とも取れる程度のレベルだが、ルリにはそれがどうしても引っかかった

と、不意にルリは一箇所ほど不審な箇所を見つけた

僅か、ほんの僅かばかりあちこちに現れているものよりも明らかに大きな反応があった

ただ、確かに気に掛けるレベルではない

しかし、場所が気になった

そこは、医務室だった



―――「・・・やることが出来た」



嫌な予感がした。だが今自分が持ち場を離れるわけにはいかない

「オモイカネ、医務室の映像を回して」

可能性は低い。アキトからの頼みを受けて彼がこの船に乗ったのは事実だろう

だが、先ほどの彼の行動と自分の考えを結びつけた結果、どうしても無視できない可能性が浮かび上がった

彼の裏切りの可能性だ。あるいは最初からスパイだったか

どちらでも良い。ただ、その可能性が不本意だが現状では最も可能性が高い

そして、オモイカネからの返答を見て、ルリは思わず息を詰めた

『映像不良。医務室の監視カメラは破壊されているか、機能しない状態にあると思われます』





機動戦艦ナデシコ


Graduation STORY





  『言葉、届きますか? 〜 中編 〜』

 

 



― ナデシコC 医務室 ―



「・・・」

時折、艦内のどこかの戦闘音と振動が響いてくる中、シラキとユリカはにらみ合っていた

彼女の長い藍色の髪に隠れた顔から表情は伺えない

だが、そんなユリカには構わずにシラキは口を開いた

「目的は・・・・なんだ?」

「・・・・知ってるわ、貴方・・・シラキ君ね」

「・・・ああ、アキトの主治医をしてた」

「知ってるわ。そして」

僅かに顔を上げたユリカの表情が、髪の隙間からわずかに垣間見れた

そこには、かつてのあの人を疑うことを、憎むことを知らなかった、あの彼女とはかけ離れた表情があった

「貴方がアキトを殺したことも・・・・知ってる」





― ナデシコC ブリッジ前 ―



「・・・・はあーーー」

極度の緊張から開放されたジュンは、長いため息をつきながらその場に座り込んだ

「死ぬかと、思った」

彼の周りには約十機にも及ぶであろうバッタの残骸が散乱していた

「はっはっはっ!見たか正義は勝つのよ!!」

その残骸の真っ只中では、ユキナがマシンガンを掲げて高らかに叫んでいる

それを見て苦笑すると、ジュンは手元にあるマシンガンに目を落とした

―――HV弾・・・・なんで彼がこんなものを

ジュンも銃器に関しては良く知らない。ただ、少なくともあのバッタの装甲を容易く貫いたこのマシンガンの弾が、なにか特殊なものだということはよくわかった

自分たちがこれだけのバッタを相手に戦えたのも、単にこの銃のおかげだ

裏の世界に生きているのだから、確かに銃器を携帯しているのは、なんとなく分かる

だがこれは、護身用とかそういったレベルを遥かに超えている

―――彼、何者なんだ?

ジュンが物思いに耽っていると、不意に背後にあったブリッジのドアが開かれた

「大丈夫ですか?ジュンさんにユキナさん」

中から現れたのはミナトにハーリー、そしてルリの三人であった

「うん、僕らはなんとかね」

「お二人ともありがとうございました」

お辞儀をするルリに、ユキナが得意そうに胸をそらした

「そうねえ。まあ感謝しろとは言わないけど、私らがいたから助かったってのは分かってもらいたいわよねー」

言いながら横目でミナトを見る

ミナトも実際問題、命を救われたのは事実なのでなにも言えないようだ

ただ悔しそうに肩をいからせるだけだった

「でも、随分とやられちゃいましたねえ」

弾痕や残骸、そして戦闘ですっかり荒れ果てた廊下を見渡しながら、ハーリーが呟いた

そんな四人をよそに、ルリは一人違う方向を向いていた

「ハーリー君」

「え?はい」

「サブロウタさんとウリバタケさんに連絡をとって事故処理をお願いします。それからコトシロの司令官の人と連絡を取って、可能ならば停泊しての修理補給活動、無理なようなら物資の受け取りの要請をしてください」

「良いですけど・・・・艦長は?」

「少し、確認しなければいけないことがありますから」

それだけ言い残すと、ルリはその場を去っていった





― ナデシコC 医務室 ―



「殺した・・・ねえ」

空いた左手で頭を掻きながら、シラキは面倒そうに呟いた

「そうでしょ?貴方の医者としての力量が足りなかったから」

「お前は身内が寿命で死んでも医者に突っかかるのか?」

「話が違う!!」

「違わねえさ。アイツは、あれが寿命みたいなもんだったんだ」

「違う!!」

銃を向けられていることを忘れたかのように、ユリカは頭を激しく振り乱した

「アキトは殺されたの!!あの人たちに!!」

「あんな奴らにアイツは殺せねえよ」

「殺されたじゃない!現にアキトは五感を奪われた!!」

その一言に、シラキは目を細めた

「アンタにとって人間って奴は、五感を奪われたら死んだことになるのか?」

「え・・・」

「アイツは五感を奪われてからも笑ったよ。俺たちに対して怒ったりもしたな、俺に謝ったりもした」

「それは・・・・」

「アンタはそれすらも死体のやったことだとでも言うのか?アンタは五感を奪われたってだけで、アイツがアンタのために費やした四年間を否定するのか?」

「・・・・」

「確かにアイツの寿命が削られたことは事実だ、だが奴はそれでも前を向いて生きたよ。死ぬまで殺した奴らのために苦しんだ、悩んだ」

「・・・・」

「アンタはそれすら否定するのか?」

「・・・ふ」

そのシラキの問いかけに、ユリカは口元を歪めた

「意図的に話題を逸らそうとするのは構わないけど、そこまで露骨だとバカにしか見えないよ?」

「なに?」

「じゃあ一つ聞くけど、アキトは五感を奪われるのと、奪われずにラーメン屋さんをやってたのと、どっちが幸せだったの?」

答えるまでもなかった。そして、ユリカの発言は真実だった

だが、その言葉にシラキはため息をついた

「・・・・俺とアンタ、どっちもバカなんだろうな」

その一言に、不愉快そうに眉をしかめた

「じゃあ俺が五感を奪われた方が幸せだったと答えたら、アンタはどうするんだ?」

ユリカの目が細められた

「一緒だよ俺もアンタも、俺は安い話題のすり替えでアンタの復讐を諦めさせようとした。アンタもすでに起きたことやどうにもならないことを安い同情を買う方法で正当化しようとしてる」

「安い・・・・ですって?」

「じゃあバカっぽいだ。どうしようもないだろ?アンタが幾ら嘆こうが、復讐として無人艦隊を率いろうがアキトは蘇らねえよ」

「方法があったら・・・・どうするの?」

その一言にシラキが目を向けた

「あ?」

「大事な人が殺されて、自分はその死に目にすら会えなくて、それでも会いたくて、会いたくて・・・・そんなときにその大事な人に会える方法があるって知ったら・・・貴方ならどうするの?」

「我慢するね」

「!!」

「さっき言ったことと一緒だよ。俺がそう言ってもアンタは諦めねえんだろ?だったらそんな糞みたいな言葉で復讐を飾るな。アイツは動けなくなっても前だけ向いてたよ。俺の質問に言い訳すらしなかった、どんどん五感がなくなっても泣き言すら漏らさなかった」

「・・・・」

「アンタはどうだ?そうやって言い訳ばかりをして、自分を正当化して」

「・・・貴方は!!自分の大事な人が死んだことがないからそんなこと言えるのよ!!!」

叫んだ。その魂すら込められたような悲惨な叫び

だが、シラキは言葉を止めなかった

「ねえよ。だからなんだ?」

「だったら口出ししないでよ!!」

「バカ言うなボケ女。なんだ?じゃあアンタを止めたり意見して良いのは自分の大事な人が殺された奴だけか?」

「それは・・・」

そのシラキの一言に、ユリカは視線を彷徨わせた

「アキトはそんなこと望まねえなんて言わねえし、むしろアンタに会えるってんなら喜ぶだろうよ。で?他の迷惑かかる人間にはどうするんだ?」

「・・・・私は・・・・」

「アイツだってアンタに会うのは我慢したんだ。会いたくないわけないのにな、なのにアンタはなりふり構わずアイツに会いに行くのか?」

「わた・・・・は・・・・」

すでにユリカの表情は涙でボロボロだった。呟く言葉も不鮮明で、シラキには何を言っているのか聞こえない

「アキトのこと忘れろなんてバカなことは言わねえ。ただ、いつまでも死人のことばっかり考えるな」

だが、その言葉にユリカは大声で叫んだ

「私は!!アキトみたいに強くないの!!!」

「・・・・」

「バカなことでも良い!迷惑かけても良い!!会って怒られても良い!!だって・・・・私は・・・・そうでもしないと・・・・」

自分でも不条理なことを言っていると、シラキは思った

分かっている、悪いのはユリカなのではない。悪いのは他ならぬ、彼女たちからなにもかもを奪った火星の後継者なのだ

だが、かと言ってユリカの行動を許すわけにもいかなかった

幾らアキトに会うためとはいえ、そんな我侭が通るわけがないのだ

だから自分が彼女を止めなければならない、おそらく、彼女のかつての仲間であるナデシコクルーでは、止めることなど出来ないだろう

シラキは構えていた銃を、改めてユリカに向けた

互いに譲る気がない。そして彼女の想いの強さも、良く分かった

どの道ここで彼女を逃がせば、遅かれ早かれこの船のクルーに知れることになる

それは彼らにとって酷なことだろう。なにより

「・・・・面倒だな」

「え?」

「泣かれようがどうしようが、アンタが考えを変える気がないのなら拘束するまでだ」

向けられた銃口に初めて恐怖を覚えたのか、ユリカの体が震えた

「そんなに会いたきゃ、夢でもみな」

そう言って引き金を引こうとしたまさにそのときだった

最悪の、タイミングだった

唐突に、そのシラキの背後にいる扉が開いた

気づかなかったのは、ユリカとの会話に気を取られて気配を感じ取れなかったシラキの、完全なミスだった

「ユリカ・・・・・さん?」

呆然と佇んでいたのは、ホシノルリだった

予想外の事態に思わずシラキは背後を振り返ってしまった

そして、その一瞬だけでユリカには十分だった

即座に新しいブラスターを引き抜くと、狙いもつけずに乱射する

いくら満足に狙いをつけていないとはいえ、ここはただの医務室の個室だ。広さなどたかが知れている

「ちっ!!」

咄嗟にシラキはルリの体を掴むと押し倒した

だがその時に、シラキの右肩に銃弾が命中した

「づっ!!」

背中を焼けるような痛みが突き抜け、シラキは顔をしかめた

「シラキさん!!」

「黙ってろ!!」

驚いてその右肩に手を伸ばそうとしたルリを押さえつけて、シラキは背後を振り返った

見ると、すでにユリカの周りを光が包み始めていた

「ちっ!!」

ここで逃がすわけにはいかない

そう考え銃を向けたシラキの腕に、ルリがしがみついた

「やめてください!!」

「なっ!バカ言え!ここで奴を!」

「お願いします!!」

初めて聞く、そのルリの涙交じりの叫びにシラキは思わず振りほどこうとした腕の力を緩めた

「・・・ルリちゃん」

会ったことがよほどショックだったのか、ユリカの声は僅かに震えていた

「ユリカさん」

「ごめんね」

それだけ答えると、ユリカの姿は掻き消えた





結論から言えば今回の戦闘は痛み分けであった

迎撃に参加したサブロウタを始めとする遊撃部隊二十二名、整備班五十四名のうち、軽傷者十五名、死傷者はゼロ

人的被害ならば確かに十分な数字ではあるが、問題は艦内の方だった

戦闘の余波で艦内の至るところは要修復箇所で溢れ、さらに格納庫での戦闘でカタパルトが大破、機動兵器の発進は不可能となった

当然こんな状態で火星を目指すわけにもいかず、コトシロのチューリップも決して軽くない損害を受けた

結果的にナデシコCはコトシロでの三日間の停泊を余儀なくされた

ユリカの目的がナデシコCの足止めにあったのならば、彼女の目的は確実に達成されたことになる

だが同時に、ここでナデシコCを仕留められなかったことは、彼女にとっても痛いミスではある

また、今回唯一テンカワユリカと接触したシラキナオヤの事情聴取は、彼の怪我が回復するまで待つこととなった

そして、今回の首謀者がテンカワユリカの可能性が高いということは、一般には非公開とされた

シラキナオヤの証言と検証待ちということもあるが、何より連合宇宙軍総司令ミスマルコウイチロウからの頼みであった





― ナデシコC ブリッジ ―



「以上で、報告を終わります」

報告書と書かれた紙束から目を離したハーリーは、そう言ってブリッジに集合している面々を見回した

だが、その報告を聞いているのか居ないのかブリッジに集まっている皆は一様に重い表情をしていた

その理由はただ一つ

テンカワユリカの造反

「・・・なあ、ルリ」

そんな暗い雰囲気の中、リョーコが口を開いた

「本当に、ユリカだったのか?」

その一言に、全員の視線がルリに向いた

「確かに、ユリカさんでした」

「敵の変装ってことは?」

サブロウタの質問にも、ルリは首を振った

「仮にユリカさんの協力で敵がボソンジャンプを使えるようになったとしても、ユリカさんという翻訳機を通すために若干のタイムラグが生じます」

「そんな暇があったのなら、オモイカネが発見しています」

ルリの言葉をハーリーが引き継いだ

今回、敵のナビゲーターが見つからなかったのは、他ならぬユリカのボソンジャンプのスピードだった

遺跡と融合したという経験か、或いはそれ以外のキッカケがあったのかは知らないが、ユリカは実際にオモイカネのセンサーに引っ掛かることなく三回も艦内に無人兵器を送り込んできた

仮に先のユリカが敵の変装、あるいは偽装であったとしてもこんな芸当など到底行えるものではない

「じゃあ・・・・ホントに」

ヒカルの呟きに、答える者はいなかった

ブリッジを再び重い沈黙が支配した

が、それも一瞬で、ウリバタケが思い出したように口を開いた

「でもよ・・・なんで艦長は、こんなことやったんだ?」

「・・・復讐・・・とか」

「誰に?」

ミナトの呟きに、ユキナが即座に聞き返した

「相手が、いません」

「でもよ。なんか分かる気がするかもな」

再び口を開いたウリバタケに、全員の視線が集まった

「ぶつけようがないんじゃないか。艦長の気持ち」

「確かに、自分が眠っている間にアキトさんが五感を奪われて、自分の知らない間に、死んじゃったんだもんね」

目の前で大事な人間を殺されたことのあるミナトが、ポツリと言葉をもらした

「でもさ、それって」

「・・・・報われねえっすね」

復讐とは銘打っても、実際に相手がいない

八つ当たり的に誰かに当たり、仮にそれが成功したとしても、一体彼女になにが残るというのか

アキトの復讐はまだ良かった

ユリカを、自分の大事な人を救うという目的が、まだ達成できるものがあったから

だが今回のユリカの目的は一体なんなのか、復讐というただ漠然とした行為を、ただ行っているだけだ

「・・・・ユリカさんの目的、知ってる人がいます。多分」

ルリの言葉に、全員が驚いたように視線を注いだ

「シラキさんなら・・・・知ってると思います」





― ナデシコC 医務室 ―



「ってー、あの女今度会ったら覚えてやがれ」

包帯で吊るされた腕を触りながら、シラキはタバコをくわえた

右手が使えないために、左手で火をつける

シラキの横にある灰皿には、すでに大量の吸殻が山のように積まれていた

「・・・・はあ」

思い出すのは昔のこと

―――「守って欲しいって、自分の大事な人を」

「あー・・・・めんどくせえ」

アキトとの約束を思い出す

果たしてどうしてやることが、守るということなのだろうか

ユリカは言っていた、アキトに会うと

その言葉の性質や本質、そして方法などシラキには関係ないし、興味もない

会いたいのなら会えば良いとも思うが、果たしてそれが彼女を守るということになるのか、正直シラキには分からなかった

「ったく、抽象的な頼みごとしやがって」

これがまだ、ユリカが死なないように守ってくれなどなら話は簡単なのだ

だが違う、生き残らせるということと守るということは、似ているようで違う

昔から医者として、様々な人間の命を救い、そして救えなかったシラキは、そう思っている

酷な言い方になるが、命を救わないでやった方が、その人間を救うことになる場合も、少なくない

特に今回のような、果てになにもないことを分かりきっている復讐などの薄暗いことなら、なおさらだ

アキトに会えばあの女は救われるのか、さらに疑えば、本当に会えるのか

会えたとしても、それからどうするというのか

残った人生を、犯罪者として一生罪の意識に怯えながら生きていくのか

それとも、そこで満足して、己の命を絶ってしまうのか

「・・・・俺って結構義理堅い男だな」

五年も前の約束を思い出して、アキトとの約束を全力で守ろうとしたり、こうして自分とは全く無関係な女をどうしてやれば良いのか本気で悩んでいる

「・・・・」

いつの間にかギリギリまで短くなっているタバコに気づき、灰皿に放り込む

そして、その瞬間に医務室の扉が開いた

「・・・・病人ならもう少し病人らしくした方が良いと思います」

「病人じゃなくて怪我人だから良いんだよ」

いつものようなやり取りをして、シラキが懐から再びタバコを取り出すと

ルリは足早に歩み寄り、そのタバコを取り上げた

「・・・・なにしやがる?」

「聞きたいことが、あります」

見ると、ルリの後ろに見慣れない人間が数人いることに気づいた

「・・・・はあ」

面倒なことになったと、シラキは心底うんざりしたようなため息をついた





― ネルガル私設病院 精神科特別病棟 ―



もはやすっかり見慣れた廊下を、エリナは歩いていた。その足取りはこの前より少しばかり軽い

アキトが死んでから、すでに一週間近く経っていた

その間、彼女は毎日のようにここを訪れている

ラピスの経過は順調だった

あの、シラキの言葉を聞いて思い切り泣き晴らしてからというもの、僅かばかりではあるが食事も口にするようになったし、日によってはエリナと一言二言会話をするほどにまで回復していた

だが、彼女は知っていた

ラピスが毎晩、毎回のように彼、テンカワアキトの夢を見ていることを

そして、その度にうなされ、涙を流していることを

無理もない、ラピスはまだ子供であり、そしてその彼女にとってアキトは唯一不変の、彼女にとって絶対とも言える存在だったのだから

ラピスも、アキトがいつか消えてしまうことを理解はしていたはずだ、だが幼い彼女にはそのことを理解は出来ても実感し、覚悟するということが出来なかったのだろう

唐突に拠り所を失った彼女は、果たして立ち直ってくれるのだろうか

新たな拠り所を見つけるのだろうか、それとも自力で立ち上がることが出来るのだろうか

正直な話、エリナはラピスのアキトに代わる支えになりたかった

もちろん、彼女が自分で立ち上がれるのならそれが一番だ。だが彼女は賢い、だからこそ小さな子供のときくらいは、大人を頼って欲しかった

「ラピスちゃーん」

扉を開き、そして病室の中を覗きこんだエリナが見たものは、彼女の想像を遥かに超えたものだった

「・・・うそ」

思わず漏れ出た呟きに答えるように

無人の病室を風が吹き抜けた





― ナデシコC 医務室 ―



「・・・それじゃあ、本当にユリカの奴」

シラキの話を聞いたリョーコは、呻くように言葉を漏らした

そんなリョーコをチラリと見ると、シラキは視線を自分の右肩に送った

「本気だろうな、冗談で撃ったんならあの女ぶっ殺すぞ俺は」

「シラキさん」

シラキの物言いに、ルリが諌めるように声を掛けた

彼のこの辛辣とも非情ともつかない物言いにルリは慣れているが、リョーコたちにはまだ免疫がないのだ

「でもよ、アキトに会うって・・・・どういう意味だ?」

「そのまんまだろうよ、テンカワユリカはアイツに会うために軍に喧嘩売ったんだ」

「で、でも・・・・騙されてるのかも知れないよ?」

ヒカルの言葉に、シラキはため息をついた

その言いたいことを察したのだろう、ルリも顔を伏せた

「本題はそこじゃねえだろ?問題は、あの女が自分の旦那に会うためなら、アンタら元ナデシコの仲間を裏切るって事実だ」

「・・・」

シラキの言葉に息を詰まらせる一同

「とにかく、これはアンタらで決めてくれ。あの女を止めるのか止めずに行かせるのか・・・・」

投げやりにそう言い放つシラキ

医務室に重い沈黙が降りた

誰もが、結論を出せないでいた

心情では、彼らもユリカを助けたいと思っている

だが、それを本当に実行して良いのか

皆、胸の内の様々な思いを渦巻かせて、黙り込んでいた

沈黙を破ったのは、ルリだった

「・・・・私は、行かせてあげたいと、思います」

顔を上げたルリが、一同を見回しながらそう言った

その言葉に、全員が虚を突かれたような表情を顔に浮かべた

「・・・・自分でも甘いと思います。でも・・・会えるなら、会える方法がもしもあるのなら、私は・・・・行かせてあげたいです」

「・・・・それが結論か?」

シラキの言葉に、ルリは頷いた

「あの人は、私の大事な人ですから」

「大事な人間だからって、あんな我侭を聞くってのか?」

「我侭・・・・なのかも知れません。でも、ユリカさんはもう十分辛い目に会ったと思います・・・・最後に、自分の好きな人に会うくらい」

その言葉に、ミナトが頷いた

「そうね、正直ショックだけど。でも、分かるもの。私も、白鳥さんが死んだ直後にそんな方法があるって聞いたら・・・・多分」

「そうだな、幸い艦長はまだ誰も殺してねえんだろ?だったらまだ大丈夫だな」

「うん。会いたいんなら会わせてあげれば良いよ。だってこのままじゃ・・・・艦長、かわいそすぎる」

ウリバタケの言葉に、ヒカルもうなずいた

「ま、取り合えずユリカの奴に会ったら一発くらいは殴っといてやらねえとな!勝手に全部背負い込むなバカ野郎!ってな」

「そう!そうですよね!」

その一言に触発されたように、皆が一様にユリカへの協力の意を露にしだした

そんな皆を見回しながら、シラキは一人新しいタバコに火をつけた

「・・・・お人よしだねえ」





結果的に彼らの結論はユリカの援助となった

取り合えずの形軍に従って火星に行き、そこでユリカの真意を聞くのだという旨が、ルリの手によって艦内クルーの全員に伝えられた

この決定に反発する乗員は、奇跡的に誰もいなかった

誰もが、先の戦いでテンカワユリカという人物に出会い、そしてその彼女がそこまでして叶えたい望みならば、自分たちに出来ることをしてやろうという意志だった

皆一様に自分たちが攻撃を受けたことを気にする素振りすら見せなかった

意気込む乗員たちを、シラキは深いため息をついて眺めた

そして

その夜、シラキはベッドに座り右肩の包帯を取って傷の経過を見ていた

弾は摘出していたが、まだ肩を動かそうとすると抉るような痛みが身体を突き抜ける

弾丸を撃ち込まれてわずか半日程度なのだから当たり前と言えば当たり前ではあった

―――・・・まあ我慢するか

無人の医務室でシラキはため息をつくと、近くの棚に置いてあった拳銃を一つ掴んでポケットに捻じ込んだ

シラキはナデシコクルーとは反対の結論を出した

確かに自分はあのテンカワユリカという人物のことを知らないし、思い入れもない

だから理解出来ないのだろう、彼らがあれほどまでして彼女の手助けをしようとするのが

だがそれは同時に逆でもあった

彼らはあのアキトの姿を知らない

だからあんな安易な方法に走れるのではないのか、そして、シラキにはもう一つどうにも信じられないことがあった

―――あんな我侭女が、ホントにアキトの野郎の大事な人なのかね

辛い経験をしたのも分かる、彼女が悪いのではないのは分かっている

だが、それだけの理由で遺跡を占拠し無人艦隊を率いて世間を巻き込む大騒動を引き起こす

さらに、シラキは自分と会話したあのテンカワユリカという女を個人的にどうしても好きになれなかった

子供みたいな我侭、そして・・・

―――あの女に似てやがる

自分に医者としての技術を仕込んだあの、結局名前も知らずに別れた女に

無論そんなはずはない、自分が会ったときあの女はすでに三十代半ばだった

あれから五年ほど経っているのだ、第一性格が違う

外見は少し、似ているかも知れない

とはいえ有り得ないことに変わりはない

「・・・・行くか」

面倒そうに首を回すと、シラキは医務室の出口へ足を向ける





そうして彼は、ナデシコを降りた














あとがき



前中後編になってしまいました。ごめんなさい



いえ、当初の予定ではこれでまとめるつもりだったのですが、話の流れ的に次の話もこれらの話と一括りにした方がまとまりが良いだろうという結論が出まして・・・・

さて、主人公のくせにナデシコを降りましたシラキ

そこで彼は意外な人物に会ったりします

そして、とある彼女はとある彼への想いに、彼女なりの決着を見せたり見せなかったり

と、少し次回予告みたいなのを入れてみたりしました。でもこれ次回予告になってないですねえ抽象的過ぎて





それでわ次回で







[戻る][SS小ネタBBS]

※白鴉 さんに感想を書こう! メールはこちら[emanoonn@yahoo.co.jp]! SS小ネタ掲示板はこちら


<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
気に入った! まぁまぁ面白い ふつう いまいち もっと精進してください

■ご意見.ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと