テンカワユリカの失踪

その報は瞬く間に地球圏のみならず文字通り世界中を駆け巡った

先の草壁のクーデターの際に彼女が実は二年前のシャトル事故のときに拉致され、そのまま彼らの実験材料になっていたのは余りにも有名であり、そのときに大きくメディアに取り上げられた

その彼女が一年ほどの時を経て、再び火星の後継者の残党にさらわれたとあっては世間が騒ぎ立てるのも無理はなかった

実行犯は宇宙軍アオイジュン中佐の証言と、司令部監視カメラからの映像ですでに特定されていた

ヤマサキヨシオ

草壁のクーデターの際に失踪し、南雲の事件のときにも表に現れなかった彼が、再び動き出した

失踪事件の捜査そのものは軍主導で行われ、一般への情報公開はほとんど許可されなかった

軍司令部といういわば中枢機関からの軍人の誘拐など、軍のメンツに掛けて許せるものではなかった

だが、現実問題としてテンカワユリカの失踪を許してしまった以上、もはや軍に残された名誉挽回のチャンスは、この事件をいかに早期に解決出来るのか、そしてテンカワユリカという犠牲者を出さずに済むのか、というこの点に尽きた

ゆえに、この事件の捜査に単独での情報収集能力では他に類を見ないホシノルリに特別捜査権が与えられたことと、ナデシコCの無期限凍結が解除されたのは、当然といえば当然の処置であった





― ネルガル私設病院 精神科隔離病棟 ―



人気のない、緑に囲まれた病院だった

清潔に保たれた外装からも内装からも、ここが実は隔離病棟などではなく、火星の後継者鎮圧の際に発見された、人体実験により肉体や精神になんらかの支障をきたした患者の特別入院棟などとは微塵も伺わせなかった

そんな中を、シラキはいつもの黒衣に白衣を羽織った格好で歩いていた

反響する足音をうるさく感じながら、彼は一つの病室の前で足を止める

扉の脇にあるインターホンを押そうとして、中から人の気配を感じて、手を止める

そのまま開閉ボタンを押すと、扉は何の抵抗も見せずに開いた

「・・・・また来てたのかよ」

部屋の中は広く、真っ白だった

床に無造作に散乱している積み木や熊のぬいぐるみを一瞥して、シラキは部屋の中に足を踏み入れた

部屋の中ではエリナが自身の膝の上で眠っているラピスの髪を穏やかな表情で撫でていた

アキトが死んで以来、ラピスは外界との接触を完全に絶っていた

担当医が重度の欝病としか評せなかったのも、納得がいく

彼女はアレ以来、なにも飲まずなにも食べていない

ラピスの白い、細い腕からは点滴が吊るされている

・・・・死のうとすら、思わないらしい

アキトの後を追おうとする気力すら、今のラピスにはない

ただ、誰かに触られるのだけは極端に嫌がった

残った全ての力を振り絞り、抵抗する

今のラピスに触れられる人間は、二人しかいなかった

エリナとシラキだ

それとて触ることを拒まれないだけで、他になにもありはしない

「・・・・」

と、シラキが入って来た気配に気づいたのか、ラピスが薄っすらと目を開けた

「あ、ラピスちゃん起きたの?」

エリナが語りかけても反応すらしない。だが、そんなことには慣れたのか、彼女は特に気にせずにラピスを抱き起こし、背後から抱きしめるような体勢にした

そうでもしなければ、ラピスは座れない、座ろうとしない

極端な無気力状態の今のラピスは、放って置けばずっと身動き、身じろぎ一つしない

そんなラピスの前に方膝を立てて座り、シラキは口を開いた

「・・・・ラピス、俺は・・・・」

このことを彼女に告げることに、なんの意味もない。そんなことは分かっている

だが、戒めが必要だった

彼との、あの男との約束を守れなかった自分への



「俺は・・・・ナデシコに行く」



ラピスの腕が、少しだけ動いた気がした




機動戦艦ナデシコ


Graduation STORY





  『願うのは、罪ですか?』

 

 



シラキは顔を上げた

「アキトとの約束を、破るわけにゃいかねえからな」

すでに守れていない約束、だが、手遅れというわけではない

アキトという名前に、ラピスは明らかな反応を示した

相変わらず生気の感じられない、焦点の合わない目が、ホンの僅かだがシラキを見たのだ

ラピスを抱き支えているエリナは驚いたようにラピスの顔を覗き込んでいる

だが、シラキはそのままラピスの頭に手を乗せた

「・・・行って来る」

ただそれだけ言うと、頭をクシャクシャと撫でて立ち上がる

そしてシラキは入り口に向けて足を向けた





― 回想 ―



「ヤマサキヨシオ?」

「――――」

「倒して欲しいって」

「確か例の火星の後継者の残党だろ?んなの俺にゃ無理だっての」

「――――」

「こういうときは嘘でも任せとけと言えこの若白髪、だって」

「ほーう、言うねえ?言うねえこの大バカヤロウ?よっぽど自分の命がいらないらしいなあオイ」

「――――」

「冗談だ気にするな」

「ずいぶん面白い冗談だなオイ、おじさん面白すぎて思わず引き金引いちゃいそうだよ」

「シラキ、話がずれてる」

「例のようにずらしたのはお前らだからな」

「責任転嫁、かっこ悪い」

「うっせえ犯すぞこの幼女」

「言葉の暴力反対」

「分かった分かった、で?そのヤマサキとやらをどうしろって?」

「――――」

「守って欲しいって、自分の大事な人を」

「んなモン自分が守れ」

「――――」

「このベッドに括りつけてるのは誰だ?って」

「バカかお前、この病院から出てもその大事な人に会う前に野垂れ死にするのがオチだよこの根暗男」

「だから頼んでるんじゃない?」

「うっ・・・・」

「――――」

「頼むって」

「・・・・はあ、分かったよ。分かったからそんな顔すんなよ重病人」

「良いの?シラキ」

「ああ、その代わりそりゃあ俺がお前の主治医としての職務から解放されたときだ、良いな!大体その二人は軍人だろ?俺なんかがそんなことしなくても十分安全だっつうの」

「――――」

「ありがとうって」

「そりゃどうも」

「・・・・シラキ」

「あん?」

「私も手伝う」

「・・・・あ?」

「シラキだけにアキトの大事な人任せられない、死なせるのがオチ」

「言ったな糞ガキ、その時にはぜってえお前に手伝わせるからな?」

「――――」

「アキトもそっちの方が安心だって」

「おまえらふたりはほんとにひとをふゆかいにするてんさいですねえ」

「シラキ」

「なんですか?」

「ガンバ」

「・・・・どこで覚えた?」





― ネルガル私設病院 精神科隔離病棟 ―



「シ・・・キ・・・」

背後から聞こえてきた声に、シラキは足を止めた

「ラ、ラピス・・・・ちゃん?」

文字通り、蚊のなくような声だった

普段の自分なら絶対に聞き逃したであろうその声は、しかし誰の声よりも、どんな音よりも鮮明にシラキの耳に届いた

まだ何か言おうとしている気配があるが、おそらく幾ら待ってももうなんの言葉もないだろう

だが、それでよかった

それだけで、十分だった

シラキは振り返らずに片手をゆっくりと上げた

「約束は免除だ。感謝しろ」

「・・・・ぁ・・・」

背後から自分を呼び止めるか細い声を無視しながら、シラキは続けた

「黙って待ってな、糞ガキ」

それだけ言うと、シラキは病室を後にした





― ネルガル私設病院 精神科特別病棟 廊下 ―



「本当にここなんでしょうか」

任務外のために私服姿のルリはキョロキョロと挙動不審に廊下を歩いていた

最初にこの病棟を見たときは、その綺麗過ぎる外観に思わず本当にここなのかと心底疑問に思った

取り合えず受付に入っても誰もいない、それどころか受付らしいものも実は見かけていない

ならば途中に出会った医者か看護婦にでも聞こうと思って歩き出したのがおよそ十分前

その間、医者や看護婦どころか人間にすら出会わない

加えてこの不気味すぎる静寂

締め切られた窓も防音加工がされているのか、森から聞こえるはずの風や鳥の声すら全く聞こえない

ここはまさに切り離された世界だった

そんな中を歩いて十分

まさか適当な病室に入ってラピスはどこか聞くわけにもいかず、結果的にルリはこうしてこの病院内をアテもなくさ迷い歩くハメになっている

「・・・・どうしましょうか」

立ち止まって途方にくれる

不意に、ルリの耳にそれは届いた

それは泣き声だった。か細く擦れた、赤ん坊のように感情をむき出しにした、泣き声だった

聞こえるはずがない、この病院の病室には防音加工がしてあるはずだ

でなければさっきまでの異様な静寂の説明がつかない

が、聞こえるものはしょうがない。他に当てがあるわけでもないルリはその声を頼りに歩き出した

階段を上がり、廊下を曲がる

声は段々と近くなっているが、こんなに離れていたのに聞こえてきたのかと、ルリは少し感心した

曲がり角を曲がると、聞こえてくる声は一層大きくなった

見ると、数ある病室の中の一つの入り口があいていた

声はどうやらそこから漏れているようだ

申し訳ないとは思ったが、ルリはその病室の開いたドアの前に向かった

「!」

その部屋の中の光景に、ルリは驚いた

泣いていたのは、ラピスだった

真っ白な入院服を着、その白い腕に痛々しい点滴を打ったその少女は、彼女を抱きしめるエリナの服を力の限り握り締めて、泣いていた

そのラピスを抱きしめるエリナの頬にも、涙の跡がいくつも残されていた

ラピスの泣き声とも叫び声ともつかないそのひどくかすれた声は、その小さな声量に似合わず、病院中に響き渡っていた

「・・・」

何も知らずただ立ち尽くすルリは、その光景を見ていることしか出来なかった







― 地球軍 司令部 医療室 ―



「・・・・ん?」

医療室のベッドで目を覚ましたジュンは、ゆっくりと身体を起こした

「おー起きたか」

横からの盛大な音量に思わず身体をすくめる

顔を向けると、アキヤマが立っていた

「いやいや、俺が見舞いに来て早々に目を覚ますとは中々やるな」

なにをやるのか知らないが、とにかくジュンは状況を聞くことにした

「アキヤマさん、僕は?」

「自室の机の横で倒れてたらしい、医者の診断じゃ過労と寝不足だそうだ」

「・・・・どれくらい寝てましたか?」

「半日ほどだ。だから今は八月十日」

「・・・・もう、四日目ですか」

「心配な気持ちも、責任を感じる気持ちも分かるが、余りこんを詰めすぎるなよ」

「そういうわけにも・・・・いかないでしょう」

あの時、ヤマサキとぶつかったときに自分が彼の正体に気づいていればこんなことにはならなかったのだ

「止むを得んさ、一年以上前の組織の構成員全員の顔を覚えてる奴なんて、ほとんどいまいよ」

「・・・・ナデシコCの方は?」

「凍結は解除された、ついこの間も動かしたから大規模なオーバーホールも必要ないらしい」

「後は潜伏場所の特定だけですか・・・」

「・・・・なあ、アオイ君よ」

「え?」

急に神妙になったアキヤマの態度に、眉を寄せるジュン

「ヤマサキヨシオはどうやってテンカワ嬢をさらったのだろうな」

「・・・・」

「進入の際には君に目撃され、監視カメラにもしっかりと映っている。にも関わらずテンカワ嬢を連れてにしろ気絶させてにしろ、この司令部を脱出するヤマサキの姿を誰も見ていない、監視カメラにすら映っていない」

「・・・部屋の監視カメラは?」

「軍の上官の個室にそんなものがあると思うか?」

「・・・そうですよね」

「なあ」

「はい?」

「テンカワ嬢は、A級ジャンパーだったな」

部屋の空気が、ひび割れたような気がした

「なにが・・・言いたいんですか」

「そういう可能性も考慮しておけ、ということだ」

「ありえない」

「だと、良いがな」

そういうと、アキヤマは座っていた椅子の背もたれに身体を預けた

「テンカワアキトが死んだのは知ってるな?」

「・・・・はい、ルリちゃんから連絡がありました」

「彼の葬式は、しばらく見送るそうだ」

「え?」

「遺体も保存してある」

「・・・どうしてですか?」

「一番彼と会いたがっていた人物を置いて、我々だけで別れを済ませていいわけないだろう?」

「!」

「さて、取り合えず連絡事項はこんなところだ」

言いながらアキヤマが立ち上がろうとしたそのとき

『アオイ君、アキヤマ君』

「指令?」

突如二人の前に現れたのは、ミスマルコウイチロウのウインドウだった

『緊急召集だ。大至急軍の表だったメンバーを集めてくれ』

「緊急召集?」

「なにかあったんですか?」

『火星極冠遺跡が占拠された』

「な!」

『時間がない、詳しいことはこちらで話す』

それだけ言うと、ウインドウは消えた

「どういう・・・ことでしょうか」

「そのままの意味だな」

「・・・遺跡には、確か第三艦隊が張り付いてたはずですよね」

「・・・破られたんだろうな」

「どうやって?」

「・・・・」

考えうる中でもっとも最悪の事態に、アキヤマはアゴをさすった

「忙しくなるぞ、こりゃあ」





― 連合宇宙軍本部 総司令室 ―



「で、俺らに急遽お声が掛かったわけっすか」

机に座るコウイチロウの前にはルリ、サブロウタ、そしてハーリーが立っていた

「そうだ、先ほどの緊急軍議で決定した。ナデシコCの起動予定を繰り上げ、君たちにはそのまま火星に向かってもらう」

「遺跡には統合軍の第三艦隊が警護に当たっていたと聞いてますが?」

「全滅だ」

ルリの質問に、コウイチロウの後ろに控えていたアキヤマが答えた

その言葉と同時に、三人の前にウインドウが展開される

「・・・これは」

映った光景は、凄惨たるものだった

真っ白い雪の風景に浮かぶボロボロになった戦艦や機動兵器は、妙に空々とした感覚をハーリーにもたらした

「死傷者は?」

「ゼロだ」

「ゼロ?」

その余りに意外な数字に思わず聞き返すルリ

「実に上手いやり方だよ。わざとこちらを見逃し圧倒的実力差を見せ付けたことで、我々に中途半端な戦力では勝てないことを知らしめてきたんだろう」

「・・・・腑に落ちないっすね」

「なぜかね?」

サブロウタの呟きに、コウイチロウが聞き返した

「だって向こうにしたら戦力を小出しにされて少しでもこっちの力を削いだ方が懸命でしょう。こっちが慎重になって一気に大戦力で押しかけたら、それこそ向こうはおしまいっすよ」

「それが、そういうわけにもいかんのだよ」

「何でです?」

ハーリーの問いかけに、アキヤマやコウイチロウではなくルリが答えた

「ボソンジャンプ・・・・ですね」

「・・・・その通りだよ、ルリ君」

ユリカが拉致されている現状、さらに火星の極冠遺跡を占拠されているこの状況では、ユリカの今の状態など容易に想像がついた

下手に大戦力で侵攻すれば、先の草壁との戦いのときにルリが使用した作戦と全く同じ方法を取られる

「遺跡を取り返しても、軍本部を占拠されてはどうしようもない」

「イネスさんがちょうど遺跡の調査のために火星まで行っていたのが、痛いですね」

現在生き残っているA級ジャンパー二人の内の一人、イネスフレサンジュは最悪にも火星の極冠遺跡の調査中であった

つまり、A級ジャンパーは全て敵の手に落ちているということになる

「そこで、ナデシコを突入頭とした部隊編成ですか」

「その通り。最初の交戦の際に得た情報では、敵はなぜか新型バッタや改良型カトンボなどの無人機のみを使用している」

話すアキヤマの背後に、その無人機の詳細を示したウインドウが幾つか出現する

「無人機だけで第三艦隊を全滅させたんですか!?」

ハーリーが驚いて声を荒げるが、コウイチロウは落ち着いた動作でうなずいた

「出現そのものはボソンジャンプによるものだったそうだが、後は一切の奇襲はなかったそうだ」

「つまり第三艦隊は実力で押し負けた、と」

「それも無人機相手に手加減までされて・・・」

サブロウタの呆れたような呟きに、アキヤマが答えた

「我々の予想以上に統合軍が腐敗していたのか、それとも敵に優秀な指揮官がいたのかは分からんが、無人機が相手ならナデシコCをぶつけるのがもっとも適切だと判断したのだ」

「システム掌握・・・・ですね」

「うむ、仮に相手がそれを防ぐために外部コントロールを切っていたとしても、それならその軍勢はすでにただの無人機の集合だ」

適切な配置だ、とルリは納得した。自分が指揮をしてもおそらく同じような対策を取るだろう。だが

「万一、ユリカさんが人質に取られた場合は?」

今回の事件でルリが懸念していたのは、まさにこの一点だった

無人機の軍団や奇襲など、どうにでもなる

だが、これだけはシステム掌握やハッキング、それにどんな戦術をもってしても防ぎようがない

「・・・・ルリ君」

「はい」

コウイチロウは、机の上で組んだ両手を額に押し当てた

「・・・・我々の職業は、なんだね?」

「・・・・軍人です」

「・・・・・・・そういうことだ」

その言葉に、後ろの二人が息を呑む気配が伝わってきた

「了解・・・・しました」





― 連合宇宙軍本部 廊下 ―



総司令室から地下ドックへと続くエレベーターの中にいるのは、ルリとハーリーとサブロウタの三人だった

「艦長!本当にあれでよかったんですか!?」

ユリカを見殺しにしろ、という命令をルリが承諾したのが余程我慢ならないのか、ハーリーは不満そうに声を荒げていた

「・・・良いんです」

「そんな!だって艦長とユリカさんは」

「ハーリー、それくらいにしとけ。艦長だってなにも考えなしに承諾したわけじゃねえさ」

「え?」

サブロウタの言葉に、ハーリーは改めてルリの顔を見た

「手がないわけじゃありません」

「・・・どうするんすか?」

「ユリカさんはおそらくすでに遺跡と再び融合させられているはず。例えそうでなくても、少なくとも自分の意志で動けるような状態ではない」

「そりゃあそうですけど」

「どちらにせよイメージ伝達の翻訳機にされているはずです。だからおそらくイメージ伝達の能率を上げるために専用の研究室に閉じ込められるでしょう」

「・・・・なるほどね」

「ええ、施設そのものをハッキングして即座に隔壁を緊急閉鎖すれば、誰もユリカさんに手は出せなくなります」

どちらにしろ、これが分の悪い博打であることに変わりはなかった

だが、この状況下で例え有効にしろそうでないにしろ打開策が一つでもあるということは、精神的にだいぶ違う

そんな三人を乗せて、エレベーターが地下ドックへと到着した





― ナデシコC ―



地下ドッグは重々しい雰囲気に満ちていた

遺跡が占拠されてしまった以上、いつボソンジャンプによる奇襲が行われるか分からない

それを警戒して、多数の軍人が地下ドッグを駆け回っていた

それらの軍人たちの中を抜け、ルリたちは早速オモイカネとのリンクチェックのためにナデシコCに乗り込んでいた

「よっ!」

「やっほー」

「・・・」

ブリッジに乗り込んだ三人を出迎えたのは、リョーコにヒカル、そしてイズミだった

「ルリ、他の乗員はほとんど乗り込んでるぜ?」

「皆出発はまだかーって意気込んでるよー?」

乗員構成そのものはナデシコBの人員をそのまま持ってきたものだった

能力的にも申し分ないし、なにより時間がなかった

今この瞬間も、敵が襲ってこない保障など欠片もないのだから

「すみませんが出発は明日になりそうです、なんでもミナトさんやウリバタケさんが駆けつけてくれるそうで、それまでは現状のまま待機、だそうです」

言いながらルリはブリッジ中央部にある自分専用のIFSシートに腰掛ける

「へえ〜、ってことはユキナの奴も来るのか?」

「さあ、ミナトさんは絶対に連れてこないって言ってたそうですけど・・・・」

「・・・・来るよねえ?あのコなら」

「来るね」

ハーリーたちのそんな会話を聞きながら、ルリは精神集中のためにゆっくりと目を閉じた





― ネルガル本社 会長室 ―



「ナデシコCは、予定通り明日出発だそうよ」

「明日、ねえ・・・・今夜の警備はホントに大丈夫なのかい?」

エリナの言葉に椅子に深々と座っていたアカツキは能天気に答えた

「止むを得ないでしょう。ハルカ操舵手やウリバタケ整備長がまだ到着してないから」

「ふーん・・・・しかしなんで彼は突然ナデシコに乗るなんて言い出したんだろうねえ。ま、元々医療スタッフはドクターがいなくなったからどっち道補充するつもりだったけど」

「ラピスちゃんと、なにか約束していたみたいだったけど?」

「おお、そういえばラピス君。少しばかり治療のメドが立ったそうだねえ、おめでとう」

「・・・・彼のおかげよ、私はなにもしてない」

目を逸らしながら、少し沈んだ声でエリナが答えた

「あれだけ周りを拒んどいて思いっきり泣いたら復活か、人間の感情なんて案外簡単なことで整理がつくものなのかもねえ」

「泣ける人間はそうすれば良いわ。でも、泣けない人間はどうするのかしらね」

「そんなの知らないよ。どうにかなるんじゃない?」

興味なさげに答えるアカツキは、そのまま目の前にある先ほどエリナが持ってきたコーヒーに手を伸ばした

「アンタは気持ちに整理はついたの?」

「・・・・どうだろうねえ」

一瞬だけコーヒーを飲む手を止めると、それだけ答えた

そして、椅子の背もたれに身体を預けると、気だるそうに呟いた

「泣けないってのは、難儀だねえ」

そんなアカツキを、エリナは少しだけ嬉しそうに目を細めて眺めていた





― 軍宿舎 ―



ナデシコCでの出航を明日に控え、ルリは部屋の明かりを消し、窓から見える星を眺めていた

火星に行くまでのルートはすでに決まっていた。イネスとユリカを押さえられているので単独のボソンジャンプこそ使えないものの、今回の火星の後継者の残党たちはなぜかターミナルコロニーに攻撃を仕掛けてこなかった

戦力がないのか、それとも完全に舐められているのか

だが、原因がどちらにしろ、自分たちが火星に行かなければならないということに変わりはない

―――アキトさん

元ナデシコクルーにこの話をしたときの皆の反応は確かに衝撃を受けているようではあったが、それほど引きずってはいないようだった

それもそうだろう。幾らかつての仲間とはいえ、すでに彼との別れは一度済ませているのだから

ルリはそれを寂しく思いながらも、あれからたった四日にも関わらず、そのことをほとんど引きずっていない自分にも驚いた

自分は冷たい人間なのだろうかと思う

あの遺書を読んで、思い切り泣いた後、自分でも驚くほど気分が晴れていた

だが、ユリカはどうだろうか

自分たちのように、一時の感傷だけで済ませることが出来るだろうか

―――無理、ですよね

あの二人の絆の強さは、誰よりも自分が知っている

ユリカが拉致されたと聞いたとき、自分は少しホッとしてしまったことを思い出した

過去の彼らの戦法からも彼女の安全は保障されていたし、なによりもアキトが死んだことを告げるのが先延ばしにされたということに、安堵した

「私・・・・最低ですね」

搾り出すように呟かれた言葉に、ルリは自分で自分が歯がゆくなった

確かに現状、彼女が殺される可能性は少ない

だが、無傷であるという保障も当然ながら、ない

増してや今回の彼らの中心人物は、あのヤマサキなのだ

アキトの五感を奪い、数々のA級ジャンパーやB級ジャンパーを死に追いやった男

―――え?

ふと、唐突に思い当たった

なぜ、思いつかなかったのか

なぜ、ヤマサキが出てきた?

彼は研究員だ、ユリカの誘拐などという肉体労働には間違っても向いているとは思わない

仮に彼がリーダーなら、こんな自ら危険な任務に就きはしないはずだ

そしてそれは逆も言える、彼がリーダーでないのなら尚のことA級ジャンパーの確保などという任務にヤマサキなどを使うはずがない

―――どういう・・・・こと?

答えの出ない自問自答に沈むルリ

だが、その答えは少し考えれば簡単に分かってしまうものであった

ルリが、彼女自身が知らず目を背けているある可能性に気づきさえすれば・・・・












あとがき



ようやく物語が動き出してくれました

いや、私のせいなのですが・・・

一話がルリ編ならこの二話はラピス編といったところでしょうか

他にも色々な方のアキトの死に対する思いやらを書こうかと思ったのですが、なにぶんそれではいつまで経っても話が進まないので、取り合えず宇宙に放り込もうと思いまして、ナデシコCに登場してもらいました

ここから先は宇宙編です

戦闘は・・・・あるかもしれないし、ないかもしれません

いやあるにはあるのですが・・・なんというかバランスが

いえね、主人公があんなんなためにどうしても戦闘シーンを減らさないと・・・・彼の出番が・・・・



とにかく、これからも頑張りますので、どうかよろしくお願いします





それでわ次回で







[戻る][SS小ネタBBS]

※白鴉 さんに感想を書こう! メールはこちら[emanoonn@yahoo.co.jp]! SS小ネタ掲示板はこちら


<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
気に入った! まぁまぁ面白い ふつう いまいち もっと精進してください

■ご意見.ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと