― 月面 とあるホテル ―



眠い

どれだけ眠っても寝たりない

昔の癖がついているのか、物心ついたときから熟睡という単語とは無縁だった

寝る前に自動受信をオフにしておいたコミニュケが鳴っている

布団から顔を出した青年、だが一番目を引くその特徴は、他ならぬ彼の頭髪だった

真っ白なその白髪を掻きながら、その男は枕元で鳴り響くコミニュケに目を向けた

鬱陶しい、正直叩き割りたいと思うが、まさか実際にやるわけにもいかず、面倒そうに身体を起こしてコミニュケに触れる

「・・・あい」

寝起きのせいでガラガラだったノドから、本当に自分の声なのか疑いたくなるほどのダミ声が漏れる

『これは申し訳ありません、お休み中でしたか』

「・・・アンタか」

ウインドウに映ったプロスペクターに恨みがましい視線を送りながら身体を起こす

「・・・・なんの用だ?」

『実は昨日・・・・正確に言うと今日我々が貴方に依頼した件でお話が』

「なんだ?医療ミスとでも言って依頼費ふんだくる気か?」

時計を見ると時刻は10時。自分的にはまだまだ早いが浅い眠りは一連の会話ですっかり冴えてしまった

『いえいえまさか、貴方は十分にやってくださいましたよ』

「・・・・死なせちゃなんの意味もねえよ」

吐き棄てるようにそう呟く男に、プロスペクターは微笑ましげに目を細めた

若干20歳にして闇医者として裏の世界で名を馳せ、すでに一生を遊んで暮らせるだけの金額を手にしながら、それでも医者を続けているこの男の素顔、その理由を垣間見たような気がしたからだ

『やはり貴方に頼んで正解でしたよ、シラキさん』

名前を呼ばれたその男は、それには答えずにベッドから降りるとさっさと着替え始めた

「で?内容は?」

『ええ、実は今日正午に月にあるネルガル本社ビルまで来ていただきたいのです』

「・・・・・本社ビルゥ?」

出てきた単語の余りの意外さに思わず聞き返す

『はい、そこで彼の遺族に説明をお願いしたいのです』

「なんで本社ビルなんだよ、病院で良いんじゃねえか?」

『名前くらいならお聞きになったことがあるのでは?』

「あ?」

『彼の遺族とは、あの電子の妖精ですよ』

「・・・・俺はそんな大物を死なせたのか?」

大病院の施設を闇医者に使わせるくらいだ。相当な大物なのは予想していたが、まさかあの電子の妖精の血縁者とは思わなかった

「ん?確か電子の妖精にゃ遺族はいなかったんじゃねえのか?」

何年か前に彼女の養父と養母が死んだという記事を見た記憶がある

そのとき毎日のように映るそのルリの姿に、シラキは幸せだなと場違いながらそう思った

死んだら悲しい人間がいることに、そしてそれを悲しむ暇があることに

自分のときはそんな暇など微塵もなかった

悲しんだら、自分の思いに少しでも沈んだら死ぬ

だが、悲しみにくれる暇がなかったのなら、それはそれで幸せだったのかもしれない

このテレビに映っている少女と自分、どちらが幸せなのか、そのときのシラキには分からなかった

『シラキさん?』

着替えの途中で不意に手を止めたシラキを不思議がったのか、プロスペクターが声をかけてきた

「ん?ああ・・・分かった、このホテルからなら一時間ありゃ着くが・・・」

『なにか?』

「死因、事実を教えて良いのか?」

『その点は大丈夫ですよ、彼女は全て知ってますから』

「・・・そうか」

『はい、では迎えを送りますので、それまでに用意を』

「ん」

ウインドウが消え、シラキがちょうど着替え終えたころにロビーから迎えの到着を知らせる電話が入ってきた

「・・・・盗聴とかされてねえよな」

余りにピッタリのタイミングに、思わず近くにあった座布団をめくるシラキだった








機動戦艦ナデシコ


Graduation STORY





  『死んだら、飛べますか?』

 

 



― ネルガル月本社ビル 来賓室 ―



「お話というのは何ですか?」

不審そうな表情でルリは目の前のソファーに座るアカツキを見つめた

その後ろにはいかつい巨躯のゴートが、相変わらずの無表情で佇んでいる

ネルガル月ドックに停泊したナデシコBからここに到着してすでに三十分前後

受付でハーリーとサブロウタと別行動を命じられたときは少し驚いた

てっきりまたナデシコBかCの実戦データを取れとかそういった類の呼び出しかと思ったが、それなら自分一人だけがここに通される理由はない

自分ひとりが呼び出され、ナデシコ以外でアカツキが自分にしたい話など、数えるほどもない

だが、ルリはその考えを口に出すことが出来なかった

あの人になにかあった・・・そんなことは状況が物語っていた

いつもの軽口をきかないアカツキに、表情はいつも通りだが、居心地悪く落ち着きがないゴート

加えてエリナの不在

嫌な想像が頭を駆け回り、そして消えてくれない

自分の嫌な想像を振り払うように、ルリは両膝の上に置いた手を握り締めた

と、重苦しい空気が支配していた来賓室にノックの音が響いた

「良いよ、入りたまえ」

アカツキの言葉に答えてドアが開き、プロスペクターとシラキが入ってきた

当然ながらシラキを知らないルリは、少しばかり驚いた

黒服の上に白衣を羽織った白髪の青年は、どこかの研究室に通う大学生に見えなくもない

が、そんな人間がこんなところにいるわけがない

「さてルリ君、こちらがシラキ ナオヤ医師。専門は―――特にないそうだね」

「・・・・闇医者さん、ですね」

ルリの言葉に答えるように、シラキはアカツキと同じソファーに腰掛けた

とはいえ、アカツキと距離が必要以上に離れているようにルリには見える

「そっ、ご名答。そして・・・」

区切るように息を吸うと、アカツキは一拍だけ間を置いて、告げた



「テンカワ君の―――最後を看取った人だよ」







― 月第七病院 霊安室 ―



呆然と目を見開いたルリの前にあるのは、一つの白い塊だった

ルリの後ろには、付き添いとしてアカツキとゴート、そしてシラキがいる

全身が震えた

嘘だ、と叫びそうになるのを唇を噛んで堪える

この、目の前の全身に白いシーツを掛けられたソレが彼だとは・・・・ルリにはどうしても信じられなかった

「あ・・・」

思わず漏れ出た呟きは、全く意味のないものだった

混乱している、いや動転している

不意に三年程前の葬式のときの記憶がよみがえってきた

あの頃の自分は、死というものが良く分からなかった

いや、それは今も分からない。ただ・・・

目の前に、死体がある

ルリは、震える手でその顔を覆っているシーツに手を掛けた

「・・・そう・・・・ですか」

その下から現れた顔に、思わず言葉が漏れた

それが誰に対して発せられた言葉だったのかは、ルリにも、その後ろにいた三人にも分からなかった

「艦長は今、どこにいるんだい?」

「・・・・地上勤務・・・です」

「・・・これを艦長や、ナデシコクルーの皆に話すかは、君に任せるよ」

アキトがシャトル事故から生き延びていたのは、ナデシコCに乗った乗員なら全員が知っている

本来ならアキトの生存自体が機密事項なのだが、生きているのを知っている彼らに、死んだことを教えることは特に何の問題もない

「・・・・ミスマル司令は、このことを」

「まだ知らないし、僕らには教える義務もないね。彼は文字通り一度死んでるんだから」

つまり、全ては自分次第と言いたいのだろう

「少し・・・二人だけにしてもらえますか」

言ってから、二人と言ったことにルリは驚いた

まだ認めきれていない自分に、自己嫌悪と少しばかりの安心感を得た

「・・・返事は別に今すぐじゃなくて良いけど。明日までに頼むよルリ君」

それじゃあ、と三人が出て行き、霊安室にはルリだけが残された

痛いほどの沈黙が支配するなか、ルリはアキトの青白い死に顔をジッと見つめていた

次の瞬間にはその閉じられた目が開かれるのではないかと思った

次の瞬間に、何事もなく起き上がりそうな気がした

今ではなく次、次ではなくてもその次に・・・



結局ルリが霊安室を後にしたのは、それから一時間後だった







― 月第七総合病院 中庭 ―



外が昼間だということに気づいたのは、霊安室を出てロビーの時計を見かけたときだった

中庭にあるベンチの隅に座って、ルリはぼんやりと星空を眺めていた

火星と違い大気のない月は、都市部分を全て半円のドームに覆われている

ドンヨリとしたルリの内心とはかけ離れ、どこまで続くのか検討もつかないような星空が広がっている

内心、どうするかなど決まっていた

伝えるし、教える。例えその結果傷つけることになったとしても、それはルリが決めて良いことではないのだから

「・・・・ユリカさん」

あの人は、どうするのだろうか

病状は安定しているし、後遺症の心配もなかった

もはや普通の生活を送る上でなんの問題もないほどに回復している

数ヶ月前には戦艦に乗りさえしたのだ。当たり前と言えば当たり前ではある

ただ・・・・遺跡と融合したという前例の全くないことだけに、依然予断を許さない状況に変わりはない

精神的なものか肉体的なものか、とにかく余り刺激を与えないに越したことはないのだ

・・・・ただ、伝えなければならない

あの人に伝えない訳にはいかないのだ

ルリはいつの間にか前屈みに、祈るような格好になっていた

額に押し当てた両手に、力を込める

不意に、風を感じた

思わず顔を上げて前を見ると、黒服に白衣を羽織った青年が佇んでいた

「シラキ・・・・さん?」

彼は自分と目を合わせると、特に何も言わずにルリと同じベンチに腰掛けた

ルリは元々すみの方に座っていたし、シラキもまたベンチの逆の隅に座ったため、二人の間には人二人が優に座れるほど不自然な隙間が出来ていた

互いに押し黙ったままの二人の前を、看護婦に車椅子で押される少年が通り過ぎていった

「・・・・あの人は」

先に口を動かしたのはルリだった

「あの人は・・・最後に、なんて言ってましたか?」

「・・・・」

「笑って・・・・いましたか?」

「心底、苦しそうだったよ」

シラキの言葉に、ルリの肩が一瞬震える

「当たり前だ。ナノマシンのオーバーフロー、なけなしの五感が一気に磨り減ったんだからな、笑えるわけがない」

「そう・・・ですか」

「・・・・」

「ラピスラズリという女の子を・・・知っていますか?」

「・・・今は、精神科に入院してるよ」

「え?」

「担当の精神科医の話では重度の鬱病だそうだ。あの子にとって世界そのものだったテンカワアキトという存在が消えたことを、あの子は誰より良く分かってる、理解してる・・・あんな子供がな」

「アキトさんが、世界そのものだったんですね」

「アイツにとっては、な」

言いながらシラキは懐からタバコを取り出し、火をつけた

「ここ病院です」

「俺には中庭にしか見えんな」

タバコをくわえたままのシラキと、座ったままのルリ

互いに押し黙ったまま、刻々と時間だけが過ぎた

「・・・・テンカワには」

「え?」

二度目の沈黙を破ったのは、シラキだった

「テンカワには、嫁さんがいたんだってな」

「はい」

「アンタの養母か・・・・言うのか?」

「・・・・・・はい」

「そうか」

そう言うと、シラキは白衣の懐から一枚のメモを取り出した

とはいえ、距離が離れすぎているためベンチの真ん中辺りにまで腕を伸ばして置いた

「これは」

「ラピスラズリの入院してる病院だ」

言われて、ルリはゆっくりと手を伸ばしてそのメモを取った

「精神科ってのはデリケートな部分が多くてな、大抵はほとんど隔離病棟的な扱いを受けてる、特にマシンチャイルドの場合はな」

「・・・・」

「アイツには当然知り合いらしい知り合いなんていない、ネルガルの会長秘書がちょくちょく顔を出してはいるが、それだけじゃさびしいだろ」

「一つ・・・・良いですか?」

「なんだ?」

「いつから、アキトさんの主治医に?」

「アイツが、ネルガルの私設病院に入院したときからだな」

「え?」

ネルガルの私設病院とはいえ、入院しているとは知らなかった

「当然特別病棟で隔離扱いだよ。あの火星の後継者の残党がまたクーデター起こしたときなんか、偉い騒ぎだった」

「戦おうと・・・・したんですか?」

「あの頃には・・・・もうどうしようもなかった」

短くなったタバコをもみ消すと、シラキはそのまま茂みの中に投げ捨てた

「ここ中庭ですよ」

「俺には灰皿に見えるんだよ」

ルリの言葉にシレと言い返すシラキ

「・・・あの頃には、もう五感なんて機能しちゃいなかった」

「・・・・」

「立ち上がれるような筋力も残ってやしないのに、ちょっと目を離すと暴れてベッドの上から落ちるもんだから、ほとんど誰かが付きっきりで見てなきゃならなかった」

「・・・・」

その光景を想像して、ルリは耐え切れず顔を伏せた

「なぜ・・・・教えてくれなかったんでしょう」

「見て欲しいか?アンタだったら」

シラキの言いたいことを察したルリは、伏せた顔を上げた

「最後の方は主治医の俺でも見てられないような状態だった、感覚がないから一人で呼吸すらままならない、飯も食えないから点滴のみで痩せ細った体、歩けないからトイレもいけない、目も見えない、しゃべれない」

「・・・・」

「あの男が生きていると俺たちが確認するすべは、心臓のモニターの表示する映像と音だけだった」

「・・・・」

「アンタなら、見て欲しいか?そんな自分の姿を」

「・・・・でも・・・・・それでも・・・」

なにかを言おうと言葉を紡ぐが、すぐに力ないただの呼吸へと成り下がる

なにも言えなくなったルリと、新しいタバコに火をつけたシラキ

不意に、シラキが立ち上がった

ルリが見つめると、シラキはそのまま歩き、転んで泣いている小さな子供のところに歩み寄った

「!」

そこで初めて気づいた。距離にして3メートルそこらにも関わらず、全く分からなかった。そこまで周りが見えなくなるほど落ち込んでいたのかと、自分で驚いた

「おら泣くな泣くな、自分で転んだんだろ。血も出てねえのに大げさなんだよ全く」

言葉の乱暴さの割りには優しい動作で子供を助け起こすと、そこに駆け寄ってきた看護婦に子供を預けた

礼を言う看護婦と子供に面倒そうに手を振ると、シラキはルリに背を向けたまま言葉を続けた



「・・・・遺言がある」



「・・・・え?」

唐突で突然なその言葉に、ルリは思わず目を見開いた

「アイツがもう言葉も何も話せなくなったときに、いきなり俺に紙と書くものをよこせってさ」

息が詰まるような思いで、ルリはシラキの言葉を待った

「ラピスに手伝ってもらって、ほとんど一晩中かけて書いたよ。おかげで俺は翌日寝不足だ」

そういうと、シラキは再び懐から封筒を取り出し、ルリに差し出した

それを受け取ろうとして、ルリは自分の手が震えていることに気づいた

それでもなんとか受け取ると、封筒の蓋を開けようとした

が、上手くいかない。なぜこんなに自分の手が震えているのか分からないくらい、これは本当に自分の手なのかと思うほど震えている

それを見て、シラキはルリの手から封筒を取り上げると、実に手馴れた様子で封筒を開き、中の紙を取り出した

中の紙は、まさになんの変哲もない二つ折りにされた紙だった

渡されたその紙を、おそるおそる開いた

「!!」

そこには、まるでミミズが這い回ったかのような不恰好な文字が、ホンの一行だけつづられていた

これだけ、たったこれだけの文に一晩をかけたというアキトと、そしてそこにある確かな思いに、ルリは押さえていたものが止められなかった

ただ一行、文章にすらなっていないソレ

だが、そこには確かに何かが、何かが込められていたのだと、そう思った

遺言には、ただ一行





『 ゆりか   るり            しあわせ   』





涙が、あふれた





顔を伏せて泣きじゃくるルリを見届けると、シラキはゆっくりとその場を去っていった







― 回想 ――



「・・・・シラキ」

「どうした?ラピス」

「アキトが、呼んでる」

「呼んでるってもなあ、なんだ?これを渡して、お前に頼まれた奴をなんとかすれば良いんだろ?」

「――――」

「それだけじゃないって」

「はあ・・・・なんだよ?もうなんでも言え」

「――――」

「・・・・シラキ」

「あん?」

「臭いって」

「・・・・は?」

「臭いって・・・・私もそう思う」

「な!?誰のせいでお前俺が四日も風呂に入ってねえと思ってんだ!?あ?お前わかったぞ調子に乗ってやがるなこのヤロウ!喋れなくなって周り皆が気を使うから調子に乗ってるな!?あ?笑うな!お前そんな顔面の筋肉動かせるくせになんで喋れねえんだよ!さては演技だなお前!!」

「・・・・・ぷ」

「聞こえたぞラピスてめえ笑いやがったな!!」

「――――」

「シラキうるさいって」

「誰のせいだ誰の!!!」

「シラキ」

「あ!てめえもう切れたぞ!良いぜ今すぐその生命維持装置止めてやっからな泣いて謝るなら今の内だぞ」

「アキトもうしゃべれない」

「やかましいわ!誠意の問題だ誠意の!!」

「――――」

「シラキ」

「あ!?」



「ごめんね――――だって」







― 月第七病院 ―



「・・・・バカヤロウが」







― 宇宙軍 司令部 ―



「ぶ〜、めんどくさい〜」

「そんなこと言ってもしょうがないだろ?統合軍がほとんど動いてないんだから、僕ら宇宙軍で事後整理しないと」

机の上に顔をのせてブー垂れるユリカ、その周りには例のように大量の書類が山積みにされている

その横の事務机で書類を片付けているジュン

実はその書類の大半がユリカの分担のものなのだが、彼は特に疑問も不満も抱かずに書類に目を通している

『アオイ中佐、面会です』

「うわああ!」

唐突に現れた受付からのウインドウに思わず盛大に書類を巻き散らす

『やっほージュンちゃん!』

「な!?ユキナ!?」

ついで現れたウインドウに映る人物に思わず叫ぶ

『いやー近くまで来たもんだからさあ、これから遊びにいかなーい?』

ユキナの猫なで声に思わず顔を赤くするジュンだが、毎回毎回彼女のペースに巻き込まれるわけにはいかない

「バ、バカ言うな。今宇宙軍は大忙しだって知ってるだろ?」

『良いじゃん良いじゃーん』

「ダメ」

『なによなによー!忙しい忙しいってそればっかりで最近全然遊んでくれないじゃーん』

「ダメッたらダメ!」

「行って来なよ」

思わぬ方向から飛んできたその言葉に、思わずジュンもユキナのウインドウも顔を向ける

『ユリカさん』

「行って来なよジュン君、残った分は私がやっとくからさ」

「・・・・ユリカ?」

そのいつもと明らかに違うユリカの様子に、思わず眉を潜める二人

だが、ユリカは机から立ち上がると、先ほどジュンが撒き散らした書類を片付けながら続けた

「好きな人が近くにいるんだから、会ってあげないとダメだよ?」

穏やかな表情から紡がれた言葉に、思わずジュンとユキナは息を呑んだ

「ユリカ・・・」

「ほーら!行ってきなってジュン君!」

「え?でもちょっ・・・!」

なにか言おうとするジュンを無理やり部屋から押し出すと、ユリカは扉に背をつけたままため息をついた

「ユリカ?本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫だから」

「そう・・・じゃあ、頼むよ」

「うん、行ってらっしゃい」

扉越しにジュンの言葉に答え、彼の気配が遠ざかると、ユリカはそのままズルズルと床に座り込んだ

「・・・・・はあ」

再び深いため息をついた

仲良さそうに話すジュンとユキナを見て、柄にもなく嫉妬していた

仕事をすると進み出たのも、二人への思いやりでもなんでもない

単純に、嫌だった

好きな人と触れ合える、話せる二人を見るのが、苦痛でたまらなかった

分かっている、八つ当たりだ

でも、それでも・・・・

「・・・・会いたいよぉ」

一度口にしてしまった言葉は、決壊し始めたダムのように次々とあふれてきた

「アキトォ・・・・」

膝を抱えてうずくまったユリカは、そのまま震える体を押さえつけながら、懸命に彼の名を呼び続けた

「会いたいよぉ・・・・アキトォ・・・」







― 司令部 廊下 ―



「うーん・・・・」

ジュンは首を傾げながらユキナに会うために廊下を歩いていた

腕には、ユリカから部屋を追い出されたときに持っていた紙束がいくつか抱えられている

気掛かりなのは先ほどのユリカのこと

まだ、彼のことを引きずっているのは明白だった

普段からは全くそんな様子は見せないが、やはり心の奥では相当引きずっているようだ

一年以上連絡がない今、確かに自分に出来ることなど少ない・・・だが、だからと言っていつまでも指をくわえて見ているわけにもいかないだろう

と、廊下を曲がったところで考え事をしていたために人とぶつかってしまった

「あっ、すいません」

「いえいえ、こちらこそ」

謝ると、そのまますれちがい、その人影はどこかに行ってしまった

「はあ・・・」

ぶつかったときに散らばった書類を見て思わずため息をつく

―――ぶつかったのは僕のせいだけど、手伝いくらいしてくれても良いじゃないか

ぶつくさとそんなことを呟きながら身を屈めて書類を拾い始めた

その時、ふと視界の隅になにかが止まった

それは火星の後継者の構成員リストだった

「!!」

それは・・・・

「ユリカ!!!」







― 宇宙軍 司令部 ―



「・・・はあ」

先ほど泣きはらしたおかげで、随分と楽になった

周りを、自分に割り当てられた無駄に広い部屋を見回す

広い部屋にただ一人だけというのは、どうにも感傷的になってしまう

今更だが、ジュンがいてくれたおかげで随分と助かっていたことに気が付いた

と、作業を止めていた手に気づいて、ユリカはゆっくりと次の書類に手を伸ばした

山のような書類を相手にしていると、気が紛れる

そうしてユリカが作業に没頭していると、不意に部屋のドアがノックされた

「はい?」

一体誰かと首を傾げる

「これはどうも、初めまして」

「!!」

その男を見たとき、ユリカは背筋が凍りついた

知らない、こんな男は知らない

だが、その嫌悪感は本能的なレベルでユリカの身体を駆けずり回った

「テンカワユリカさん」

「どちら・・・・様・・・・ですか?」

「ああ、これは申し送れました。ワタクシ」

そういうと、その男は恭しく一礼した

そして、上げた顔にあのいけ好かない笑みを浮かべて答えた



「ヤマサキヨシオと、申します」












あとがき





会話ばかりですなあ



動きがなくてすみません

いえ取り合えず物語を動かすには彼らの身辺整理から始めようかなあと思ったら、いつの間にか丸々一話になるほどになってしまいました

一応これで序章的な部分は終わりですが、まだ書ききれてない方々が一杯いるので、もう少し続くかもしれません

あと、月に関しては作者の完璧な想像です

ただまあなんとなく火星と一緒のような状況にはなってないのかなあと思いまして、あのようなことになってもらいました

この小説、一応シラキというキャラが主人公ということになっています

カイト君と比べても、優しくないわ言葉遣いは乱暴だわ一人称俺だわ意味深な過去もないわエステにも乗れないどころか医者だわおまけに若白髪だわと、ほとほと主人公らしくない彼ではありますが、まあよろしくお願いします





さて、今回の言い訳はこれくらいにさせてもらって

ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございました





それでわ次回で







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