「で?彼の容態は?」

「昨日午後10時未明に突然発作が起こり、第七総合病院に緊急搬送されました」

「・・・・で?」

「すぐに集中治療室に運び込まれましたが・・・・」

「無理もないよ、治療法が無かったんだからね」

「はい・・・・・」

「・・・・彼は最後に、なんと?」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・迷惑を掛けた、と」

「・・・・・・・他には?」

「看取った医師の話では、それだけだそうです」

「最後まで、不器用だったね。彼」

「しかし、私は彼を尊敬します」

「・・・・」

「ホシノ中佐と、テンカワユリカ氏には」

「出来れば黙っておきたいね。特に艦長の方は症状が安定したとはいえ、予断を許さない状況に変わりない」

「では」

「ルリ君には僕から話をしておくよ・・・艦長については、彼女に任そう」

「はい」

「・・・・ズルイよねえ、僕らは。一番辛い役目は、さっさと押し付けてトンズラするんだから」

「会長・・・」

「・・・・ねえ、ゴート君」

「は」

「彼はホントに・・・・・死んだのかな」

「・・・・遺体は、まだ霊安室に置いてありますが」

「そうだね・・・・最後だから、会っていくよ」

「・・・・」

「・・・・・」

「・・・・会長?」

「はは・・・・やれやれ、僕も甘くなったもんだね」

「会長・・・・」

「・・・じゃあ、行って来るよ」

「はい」






機動戦艦ナデシコ


Graduation STORY





  『動かないことは、幸せですか?』

 

 



― ナデシコBブリッジ ―



現在、発進準備のために佐世保ドッグに駐在しているナデシコB

「サブロウタさん〜これ今日中になんて無理ですよ〜!」

半泣きになりながらそう嘆いたハーリーは、展開しているウインドウボールの中でそれでもせっせと作業に勤しんでいた

「んなこと言ってもしょうがねえだろ。南雲のヤロウのせいでウチも統合軍もズタボロなんだから」

「でも〜!」

紙の山に埋もれながら答えたサブロウタも、普段のおちゃらけた様子などどこかに置いてきてしまったかのように目の前の書類に大忙しである

その書類の山は、サブロウタの長身を持ってしても辛うじて彼の頭が伺えるほど凄まじいものだった

「大体お前なんてまだ良い方だよ!頭で考えるだけで文字打てるんだから、手書きのこっちなんてもう腕がつりそうだっての!」

「でもそれ全部サインじゃないですかあ!こっちは報告書の文面から書体まで全部処理しないといけないんですからね!?」

「うるせえ!お前にこの単調作業のつらさが分かるか!?」

「じゃあ代わってくださいよ!」

「出来るならやってるよ!!」

口では小学生レベルの罵りあいをしているにも関わらず、現実問題マシンチャイルドとしても優秀なハーリーと、現役軍人の中でも頭一つ抜きん出ているサブロウタの二人はまさに怒涛の勢いで書類を片付けていく

草壁のクーデターで発生した統合軍からの裏切り、逃亡、亡命者の数は軍全体の三割にも達していた

そして、当然ながらこれらの軍人、要人すべての調査、裁判などには莫大な時間を要する

しかし、奇跡的というか必然というか内乱者のほとんど発生しなかった宇宙軍の正に休日返上の頑張りによって、それも何とか一通りの形を成してきたのがクーデター鎮圧から10ヶ月目

そして、息をつかせずその2ヶ月後に起こった火星の後継者の残党とそのリーダー南雲、さらに地球、月、火星などをネルガルと二分するほどのシェアを誇るクリムゾンによる再度のクーデター

長い時間を掛けようやく収集し始めた事後処理も全てパー、それどころかさらなる混乱を呼び込んだ南雲たちのクーデターにより、まさに現在の軍の内部は宇宙軍、統合軍を問わずにいつ沈んでもおかしくないドロ舟状態となっている

ふいに、もの凄い勢いと迫力で書類を片付ける二人の背後の扉が開いた

「すみません、遅くなりました」

入ってきたのはこのナデシコBの艦長である、ホシノルリであった

しかし、目の前の紙の山と格闘している二人は彼女が帰ってきたことに気づきもしない

だがそんなことを気にもしていない風なルリは、そのまま二人の間を通過し自分の持ち場である艦長席のシートに腰掛けた

「オモイカネ、補給の方は?」

『現在の進行状況89% 予想終了時刻 2時間54分後』

「分かりました、終わり次第出航します」

『進路は?』

「月、だそうです」

「へ?」

「月?」

ルリの呟きが聞こえたのか、作業に没頭していたハーリーとサブロウタが顔を向ける

二人ともルリがいつ帰ってきたのか聞きもしない

「ええ、月」

「また一体どうして?次の俺らの巡回予定は『タキリ』じゃないんすか?」

書類の山から顔を覗かせたサブロウタが不可解そうにたずねてきた

「アカツキさんからの呼び出しだそうです」

発進準備のためコンソールを操作しているルリは振り向きもせず答える

「アカツキって、あのネルガルの会長の?うさんくさいっすね、また何か企んでんじゃないんすか?」

「かもしれませんが・・・・無視もできませんし、命令ですから」

先のクーデターでクリムゾングループが事実上解散してしまった現在、世界中の軍需産業のシェアはまさにネルガルの独壇場となっている

そんな相手、しかも会長であるアカツキからの直々の要請なのだ、断ればなにがしかのしっぺ返しがあるのは火を見るより明らかだった

と、不意に作業をしていたルリの腕がふと止まった

寒気、とも違うが、なにかが背筋を通り抜けたような違和感があった

予感。とでも言うのかもしれない

―――・・・・疲れてるんでしょうか

最近働きすぎたか、とそんなことを思ったルリはそのまま作業に戻った







― 月第七総合病院 ―



午前二時を過ぎた現在、病院内は僅かな非常灯の明かりのみが頼りなさげに灯っている

そして、そんな薄暗い緑がかった光の中、ロビーに腰掛ける一つの人影があった

アカツキがその人影を最初に見つけたときは、一瞬本当に誰なのか分からなかった

品の良い赤いスーツに身を包んだ彼女の表情は、俯いているために出来ている影とその髪に遮られて窺い知れない

ただ、泣いていることだけは、その肩が微かに震えているところから容易に理解できた

「・・・・」

ただ、黙って横に座る

そこで初めて自分の存在に気づいたのだろう、一瞬だけ顔を上げた彼女はしかしすぐに顔を伏せた

「エリナ君・・・・」

最初は放っておこうと思った。こんなときに掛けられる他人からの励ましなど鬱陶しいだけだと、小さなころに慕っていた兄が死んだアカツキには良く分かっていた

「・・・・死んじゃったねえ」

アカツキの呟きにエリナは顔を上げ、まるで睨み殺されるんじゃないかというほどの眼光を彼に向けた

だが、そんなものなど歯牙にも掛けずに、アカツキは飄々と言葉を続けた

「エリナ君、今日のスケジュールはどうだったかな?」

「!!」

乾いた音が深夜の病院に響いた

立ち上がり、右手を振り下ろした格好のエリナは、肩で息をつきながら頬を張られたまま顔を動かさないアカツキを怒りの形相で睨んだ

「アンタ自分が何言ってるか分かってるの!?」

「なにって・・・僕はネルガルの会長だよ?んで、君は秘書」

「!!」

アカツキの言葉に思わずエリナは開いた手のひらを再び握り締めた

「悲しむなとは言わないけどさ、僕らばっかりが悲劇のヒーローやヒロインやってても仕方ないでしょ?」

エリナは、アカツキが何を言いたいのかを理解していた

ナデシコクルー時代から子供であることを否定し、大人の理屈、世界に身を投じて来たのは他ならぬエリナ自身だった<はずだ

いつまでもメソメソとロビーでいじけて、挙句に上司に手まで上げる人間の、どこが大人というのか

「・・・すみません、会長」

「それよりさっさと、ルリ君たちを迎える準備をしないとね」

頭を下げるエリナを無視し、アカツキはさっさと玄関口へと歩き出してしまった

それを追いかけようとエリナが足を踏み出すと

「エリナ君、君しばらく自宅謹慎ね」

「え?」

「上司に手を上げちゃったからねえ、まあ三日くらい頭冷やしといでよ」

そう言って片手を上げると、そのまま玄関口に付けられたハイヤーに乗り込んだ

「かいちょ――!」

「感情を押し込めて動くのは、大人じゃなくてただのバカだよ」

追いかけようとしたエリナの足は、窓から顔を出したアカツキの言葉に止められた

「・・・・会長」

「んじゃね、おやすみ」

能天気な言葉を残して発進したハイヤー

エリナはそれが見えなくなってから、その方角に向けてゆっくりと頭を下げた







― ハイヤー車内 ―



「いやいや、よろしかったのですかな?」

運転席にはゴートが、助手席にはプロスペクターが腰掛けていた

口を開いたのはプロスペクターの方だった

「クリムゾンのいなくなったこの時期、正直彼女がいないというのは痛いのですが」

「あのまま働かせても役に立たないと思うけどね」

「いえいえ、彼女の場合は逆ですよ。余計なことを考えないように仕事でスケジュールを埋め尽くすでしょう」

運転席のゴートが、チラリと助手席のプロスペクターを盗み見た

「会長なら、お判りになっていたんじゃないですか?」

その言葉には答えず、アカツキはただボンヤリと窓から見える景色を見つめた

三人とも押し黙ったまま、ハイヤーは夜の街をただ進んでいく

「・・・プロス君」

「はい?」

「確か、彼を看取った医者が居たよね」

「ええ、無論普通の医者に見せられる病状ではなかったので、闇医者ではありますが」

「その医者君、今日の昼までに呼んでおいてくれないかい?」

「え?」

思わず振り向いて後部座席に顔を向けたプロスペクターに、アカツキは苦笑混じりに答えた

「やっぱり、聞きたいと思うんだ。ルリ君は」

その一言だけで納得したのか、プロスペクターは表情を和らげ、再び顔を前に向けた

「分かりました。手配しておきましょう」

「うん、頼むよ」

それきり三人は口を閉ざした

殺風景とはいえ、それでも開拓当初に比べたら随分とにぎやかになった町並みを走る

人はどこまで行けてどこまで行けないのだろうか

急に頭に浮かんだ哲学的な考えに思わず苦笑した

感傷的になっているようだ、これではエリナに偉そうにあんなことを言えたものではない

ただ、なんとなく予感がある

何かが失われるだろう。何がかは分からない、だがそれは妙に確信めいた予感だった

くだらない、と吐き棄ててみても、その予感が消えることは当然ながら、ない

「・・・・僕も甘くなったもんだねえ」

アカツキがようやく口を開いたのは、ネルガル月本社ビルが僅かに地平線から頭を覗かせたときだった


















あとがき





・・・・オリキャラ出てません

やばいですね、しかもまあ時代設定を見てもらえれば分かると思いますが、明らかにカイト君じゃありません

おまけに北辰も草壁も南雲もいないこの状況で一体誰が敵になるのかと、まあ・・・予定はあります、多分戦います

さて、言い訳はこれくらいにさせていただいて



どうもこれまで読んでくださった方、ありがとうございます

次回の予定も当たり前ですが立ってるので、頑張りたいと思います



投稿作品というか小説というもの自体初めてなので見苦しい点もあるかもしれませんがご容赦ください





それでわ次回で







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