機動戦艦ナデシコ

〜天魔疾駆〜





<ナデシコ・格納庫>


 「…で、今ナデシコにあるエステは陸戦フレーム2機、陸戦重武装の1−B型が1機…空戦フレームは3機ですか」
 「ま、そういうこったな。とりあえず、お前の機体は白にしといたが…ま、空戦フレームだと大して意味無いわな」
 「…まぁ、ピット部分だけですからね」

 カイトは空戦フレームに換装されている自分の機体を見上げ、

 「この際ですから、1−B型の装備を空戦フレームに取っつけません?」
 「…いいのか? 結構バランスがキツイだろ」
 「まぁ、そこは何とかします。どちらにせよ、ラピッドライフルしか武装が無いんじゃ話しになりませんしね」

 それもそうだ、と頷いたウリバタケは近場の整備員にカイト機に武装の取り付けを命じる。

 「とは言え、艦長達に報告しとかねぇとな」
 「ま、大丈夫でしょ…そもそも、宇宙に出た以上は月か火星に着くまでは、陸戦は使えないですし」
 「…まぁな」

 ある意味では、無駄な機体とも言える。
 何せ、月だろうが火星だろうが、空戦フレームは使用可能なのだから。

 「それにしたって戦艦守るのに3機ってのは心許ないですね…」
 「ま、最初の話だとヤマダ機だけだったらしいしな…それに比べればマシってモンだ」

 苦笑しつつも空戦フレームの調整を行うウリバタケを見ながら一人呟く。

 「…そういや…ジュンさん…ちゃんと渡してくれたのかな…」
 「あ〜、何を渡したって?」
 「いえ、別に……そろそろビッグバリア解放の交渉時間ですかね」

 コミュニケに付加されている時計を見る。

 「………そういやそうだな。気になるならブリッジに行ったらどうだ?」
 「そういう訳にもいきませんよ。一応ミサイル迎撃しなきゃいけませんし」
 「そうだったな…ったく、ヤマダのヤツ…何が“そんなモノは俺のゲキガンガーで戦う相手ではなぁい!”だか…」

 額に青筋を立てつつ溜め息を吐くという器用な真似をするウリバタケに苦笑しつつ返す。

 「…まぁ、直撃しそうなのを落とすだけですから…」
 「その後のデルフィニウム以降は大した問題じゃねぇのになぁ」
 「…デルフィニウムも有人機って時点で結構厄介だと思いますけどね」

 カイトはコミュニケを操作してブリッジの映像を映す。

 「…所でな…カイト」
 「何です?」
 「お前のコミュニケ…何で手首から肘まで有るんだよ! 普通はコレだろ、コレ!」

 と、ウリバタケは自分の手首に巻いてある腕時計風のコミュニケを指す。

 「へ? いや、コミュニケは同じですよ」

 ほら、とカイトの左手首には同じ腕時計風のコミュニケ。
 もっともウリバタケが言ったのは、コミュニケのある手首から肘までを覆う様な銀色の籠手の事だろう。

 「なら…その籠手はなんだよ…」
 「…あー…ハンドヘルド・コンピューター?」
 「………お前は悪魔でも呼ぶ気か…で、使えるのかよ?」

 ウリバタケに苦笑して答える。

 「ま、IFSに対応させた改造品ですから一般のモバイルとはかなり違いますよ」

 本来は、前時間軸のウリバタケが作った代物の再現品なのだが、流石にソレを言う訳にはいかない。

 「…そうか…IFSに対応出来れば…結構使えるのか…」
 「そうですね…大概はコンピューターとは思わないみたいですから。開き直って、アクセサリーだ、とか言うと結構スルーしたりしますから…っと、繋が―――」



 『―――あら、そう。…では、お手柔らかに』

 振り袖姿のユリカが連合軍にケンカを売っていた。



 「「………………」」

 無言。
 後ろを通りがかった整備員も動きが止まっている。

 「………交渉…ですよね…確か?」
 「…のハズだがな…あの様子だと…」
 「…連合軍の方々…本気で落としに来ますね…」
 「だな…しゃあねぇ…てめぇら! ヤマダ機とテンカワ機の方も完璧に仕上げとけ! 時間ねぇぞ!!」

 ウリバタケの大声に整備員達の動きが慌ただしくなる。

 「じゃあ、そろそろ外に出ますね」
 「あぁ、よろしく頼むぜ…実際ディストーション・フィールドは実弾兵器には弱いからな」
 「了解」

 カイトは一つ頷いて、白く塗装されたエステバリスに乗り込んだ。



第3話:我ながら…『最低』だ



<ナデシコ・外・ブリッジ上>


 先程のナデシコからの挑発に乗って、あっさりと実力行使を選択した連合軍が第4防衛ラインから放つミサイルを、一つ、一つ、と迎撃する白い1−B型エステバリス。

 「…しっかし…どうにも単調だなぁ…」

 ポツリと呟いたカイトに、通信ウィンドウに映るウリバタケが答える。

 『ま、仕方ねぇわな』
 「何でです?」
 『連合軍がよ、ナデシコ迎撃の為に全戦力投入しようとしたらしいんだけどな』
 「…全戦力…って、ナデシコ一隻を相手にですか…アホか…」

 溜め息を吐くしかない。
 民間船一隻を相手に全戦力投入とは…。
 よほどユリカの挑発が気に障ったのだろうか。

 『その挙げ句にな、余りの大戦力動かしたもんで、眠ってた蜥蜴を叩き起こしちまったらしい…』
 「…アホだ…余りにも他の兵士達が不幸すぎる…」
 『まぁな。けどま、お陰でこっちに飛んで来るのはミサイルのみ…って訳だ』
 「…なるほど…」

 通信ウィンドウ越しに互いに肩を竦める。
 カイトはオモイカネからフィードバックされるデータを元にミサイルを次々と落とす。
 何だかんだと、話をしながらもナデシコに直撃しそうなミサイルを撃ち落とす辺り、やはり常人とは違うのだろう。

 『しっかし、大したモンだなぁ。第一次火星大戦の英雄って事はあるよなぁ』
 「…なんです、急に…褒めても何も奢りませんよ」
 『カイト…お前…俺を何だと…。そうじゃなくてよ…アレだけ話しながらでも無駄弾を一発も使ってねぇだろうが』
 「そりゃ、オモイカネが優秀だからですよ…フィードバックされた補正データが良いから…」
 『良く言うぜ…確かにオモイカネは優秀だ…。だがな、補正データは補正データでしかねぇ。結局当てるのはパイロットの腕だろうが』

 楽しそうに言うウリバタケに乗せられてか、カイトにも笑みが浮かぶ。

 「そこまで言って貰えるなら、嬉しい限りですけどね」
 『ま、実際、ヤマダじゃそこまで出来ねぇだろうよ…』
 「彼だといきなり全弾発射とかしそうですからねぇ」
 『全くだ…後少し高度が上がればミサイル迎撃も必要なくなる。…ま、そしたら休憩しとけよ』
 「了解です」

 ウリバタケに一言返して、ふと思い出す。
 アキト達は何をしているのだろうか、と。





<ナデシコ・アキト、ヤマダ相部屋>


 『ゲキガァァン・パァァァンチ!!』

 …大音量でゲキガンガー3を見ていた。

 以下略。





<ナデシコ・ブリッジ>


 「現在地球は全7段階の防衛ラインによって守られている」
 「スクラムジェット戦闘機の戦闘高度は既に突破。空中艦隊はバッタと交戦中…事実上この二つは無力化していますから…現在は地上からのミサイル攻撃、すなわち第4防衛ラインを突破している最中な訳ですな」
 「更に言えば現在カザマ機が直撃コースのミサイルを迎撃中でもある」

 ゴートとプロスペクターの説明と同時に、ナデシコのブリッジの上でミサイルを迎撃する白いエステバリスが映し出される。

 「って、カイトくん一人なの?」
 「はい、テンカワさんとヤマダさんは自室で映画鑑賞中だそうです」
 「…参りますなぁ…もっとも、ココはカイトさんに任せた方が経費節減出来るのも事実なのですが…」

 電卓をポンポンと叩いて何やら計算するプロスペクター。

 「…カザマさんは正規パイロットのハズでしたけど…出航前から臨時パイロットのテンカワさんしか出撃してませんでしたしね」
 「…ルリちゃん…厳しい…」
 「…事実ですから…」
 「「「「「「「………」」」」」」」

 ルリの一言に、ブリッジが静まる。
 微妙に重い空気に顔を引きつらせたプロスペクターが、カイトに通信を繋ぐ。

 「…ま、まぁ、それはともかく…カイトさん、そちらは大丈夫ですかな?」
 『大丈夫ですよ。俺がやってる事は、オモイカネからフィードバックされたデータ通りにトリガー引いてるだけですから』
 「へぇ〜、そんなに簡単なんだ…って事は誰でも出来るの?」

 ゲームみたいだね、と気楽に言うミナトにカイトが苦笑しつつ言葉を濁す。

 『いや、流石にそれは…』
 「出来ないと思います」
 「へ? 何でルリちゃん」
 「…カザマさんは気楽に言ってますが、実際にやってる事はかなりの難易度です」

 ルリの言葉にゴートが頷く。

 「だろうな。空中での射撃…しかもこの数のミサイルの中でだ」

 確かに外部カメラが映す白いエステバリスが迎撃するミサイル以外に、ナデシコを凄まじい速度で追い越して行くミサイルの数は異常に多い。

 「しかも、オモイカネからのデータバックから射撃までの時間はコンマ数秒です」

 ルリの言葉に、ミナト、メグミが顔を青くする。

 「ちょ、ちょっと、そんな切羽詰まった状況で話して大丈夫なの、カイトくん!?」
 『え? えぇ、まぁ、別にそんなに気にしなくても大丈夫な程度には余裕有りますから…で、後どれくらい迎撃してれば良いんですか?』
 「後30分足らずですね」
 『…りょうかい…』

 肩を落とすカイトの横、外を映すウィンドウではミサイルを落とすカイト機が映る。
 それを見ながらプロスペクターは機嫌良く頷く。

 「いやはや、流石ですなぁ…やはりカイトさんを見つけられたのは幸運でしたな」
 「うむ。しかし…後30分とは…カザマ、弾はもつのか?」
 『一応大丈夫ですよ。ただ…それ以上だと足りなくなりますけど』

 ただの空戦フレームならば弾数を気にしながら撃っていただろうが、今カイトが使っているのは1−B型から武装流用した空戦重武装型である為、弾をそれほど気にする必要はない。
 もっとも、無駄弾がほとんど無い事が長時間の迎撃を可能にしている訳だが。

 「それは大丈夫だと思います。このペースで上昇出来れ30分以内には、フィールド出力を上げられる高度に到達しますから」
 『…期待しときます…じゃ、この辺で』

 カイトとの通信ウィンドウが閉じる。

 「は〜、やっぱり凄い人だったんですね…カイトさんて…」
 「…彼は…火星大戦時においても一際目立っていたからな」

 フクベのポツリと零した言葉にミナトが食いつく。

 「あれ? 軍の方でもカイトくんの事知ってたんですか?」
 「…うむ…彼に助けられた者は何人も居る…」
 「あの時は火星研究所が独断で軍に協力した、と本社では大騒ぎになっていたのですが…ま、それはともかくですな…」

 ブリッジ床面の大型ディスプレイに地球圏の図面が現れる。
 ルリがゆっくりとディスプレイの真上まで歩きつつ説明する。

 「地球引力圏脱出に必要な速度は秒速11.2キロメートル…そのためにはナデシコのメイン動力である相転移エンジンを臨界まで持っていかなければ、それだけの脱出速度は得られません」

 画面が切り替わりナデシコのエネルギーシステムの説明に代わる。

 「でも相転移エンジンは、真空をより低位の真空と入れ替える事で、エネルギーを得る機関ですから、より真空に近い高度でなければ臨界点に届かない訳です」
 「相転移炉の臨界点は高度2万キロ…でもその前に第2、第3防衛ラインを突破しないといけないから…」

 ルリの説明をユリカが続ける。

ズズズズ……
 不意にナデシコが揺れる。

 「きゃぁ!」

 今までの微かな揺れに比べ大きな揺れだった為、振り袖姿のユリカはバランスを崩して転ぶ。

 「おや? カイトさん、撃ち漏らしましたか?」
 『すいません…ちと手違いが…直撃って訳じゃ無いですけどね』

 プロスペクターの開いたウィンドウに映るカイトが頬を掻く。

 「…カザマさん…ウリバタケさんと将棋してるからじゃ…」
 「「「はい?」」」

 ルリの言葉にブリッジの数名が首を傾げる。
 カイトは、あー、とイタズラを見つかった子供の様に視線を逸らす。

 『…バレてた?』
 「オモイカネは私のお友達ですから」
 『あははー…以後気をつけます』

 やたらと抑揚の無い声で笑うカイトにプロスペクターは苦笑する。

 「…お願いしますよ…カイトさん」

 苦笑しつつも釘をさす。
 とは言うモノの、将棋を指しながらもミサイルの迎撃を余裕でするカイトに内心、まったく良い買い物でしたな、と頷いていたりするが。

 『はいはい…っと、そうだ…ジュンさんから何か報告ありました?』
 「…へ? ジュン君? そう言えば…何処行っちゃったんだろう」
 「そう言えば見ないねぇ…」
 「ですね。艦長の横に居ないなんて…艦長何かしたんじゃないですか?」
 「…カザマさん…何かしたんですか?」

 揃いも揃ってブリッジクルーの全員がジュンの不在に気が付いていなかったらしい。
 ルリの言葉にカイトは苦笑しつつ答える。

 『酷いなぁ…別に俺は何もしてないって、それにトビウメに勝手に残っちゃったんだから…』
 「「「「「「…え?」」」」」」

 ブリッジに居る全員が驚きの声を上げる。
 ゴートにしても微妙に顔が引きつっている。

 『ちょっとマテ、ユリカさん…気づいてなかったんですか…』
 「え? え? そ、そんな事無いよ、うん。ちゃんと分かってるよ…ほ、ホントだってばぁ、やだなぁ」

 あははは、と誤魔化すユリカを皆が呆れ顔で見る。

 「…で、アオイさんからは何も来てませんよ」

 淡々としたルリの報告に、そうかぁ、と頷いてミサイル迎撃に戻る。

 「…一体何を頼んだのでしょうなぁ…あの人も底が知れませんからなぁ…」
 「うむ」

 今だに床に座り込んだままのユリカにフクベが一言。

 「いい加減着替えた方どうかね、艦長?」





<ナデシコ・倉庫>


 「一体いつまで我々を軟禁する気だ!」

 手を背後で縛られた軍人が叫ぶ。

 「この扱いは国際法に―――」

 目の前に立つ男は立ち上がって叫ぶ軍人の足を払う。

 「ぐお!」

 腕をロープで縛られている軍人は受け身も取れずに床に倒れる。
 転がされた軍人の腹を踏みつけ、その男―――カイト―――は言い切る。

 「知るか、んな事。そもそも民間人相手に銃口向ける様な連中に国際法もあるか、ドアホウ」
 「…アンタ…確か…カザマ…だったわね。いいわ、私たちに付きなさい…そしてこの艦から私たちは降りる…その手伝いを―――」

 騒ぐムネタケの言葉をカイトは遮る。

 「だから、知らないって…。大体縄で縛ったんだからその位は自分達で切って逃げろよ。…あぁ、でもお前らのオモチャは全部捨てたから…」

 溜め息を吐きつつ、肩を竦めるカイトに全員が声を荒げる。

 「貴様っ! 我々の銃を何処へ!?」
 「ん? 連合軍本部に届けて下さい、って書いてミサイル迎撃中に放り投げた…あ、でも何か途中で爆発してた気がするけどな」

 正確には“ミサイルに向けて投げつけた”となるのだが。
 全員が口を開けて呆ける。

 「まぁ、運が良ければ本部の方に届いてると思うけどな。…ま、そういう訳だから…逃げたきゃ勝手に逃げてくれ」
 「…何ですって…」
 「だから、逃げたければ、勝手に逃げろと言ってるんだが?」
 「………一体…どういうつもり…」

 見るからに疑っています、という顔でカイトを睨む。

 「あのな…人を何だと…。はぁ、こっちだって自分の体の中に怪しげな虫を飼うつもりは無いんだよ…」
 「…虫…ですって…」
 「………違うってんなら少しは考えて行動する様にするべきだろうに。…そもそもアンタは軍の何を知っているんだ?」

 冷めた瞳で自分を見るカイトにムネタケは寒気を覚える。

 「…アンタ一人での自滅なんぞ俺の知った事じゃないけどな。………一つ聞くぞ、ムネタケ=サダアキ」
 「…な、なによ…」

 やたらと平坦な声音で問うカイトに、その場に居る軍人の誰もが声を上げる事が出来ない。

 「“木星蜥蜴”ってのは誰が言い始めた」
 「…は?」

 疑問符すらない問い掛け、そして思いも寄らない問いにムネタケは間の抜けた声を上げるしか出来なかった。

 「…そ、そんなの―――」

 答えようとしてムネタケは口を開くが、答えは出てこない。
 カイトを見上げながらも何とか続けようとするが、どうしても答えが出ない。

 「―――分からない…か? そうだろうな…軍司令部でアレを“木星蜥蜴”と呼称したのは民間に広まった後なんだから」

 それはどういう事か、とムネタケの目が問うがカイトはそれを無視する。

 「それこそ“蜥蜴の尻尾”にならない事を祈っておこうか? …もっとも俺は“神”とやらは全く信じて無いけどな」

 ク、と嗤うカイトを、ギリ、と歯軋りを立てながら睨むムネタケ。
 ソレを冷ややかに見下ろした後、カイトは部屋を出る。

 「…あの男………許しはしないわ…カザマ…カイト………」

 ドアの向こうに出たカイトの顔を、決して忘れない、と睨む。

 「………ところでアンタ…」

 ムネタケは一つ息を吐き出し気を落ち着けると、隣に転がっている男に声を掛ける。

 「………えぇ大丈夫です。私の義足に隠してある銃には気づかなかった様です」
 「そう…覚えてなさい、ナデシコ…タダでは済まさないからね」

 薄暗い部屋の中でムネタケは口元を歪めた。



 カイトは部屋の外で薄く笑う。

 「全く…俺もどうかしてるよなぁ…」

 この程度ではムネタケは軍に疑いを持つ事は無いだろう。
 少しでも彼には軍が隠してきた事を自ら調べて貰いたいのだが…あの劣等感の塊状態では余り期待は出来ないかもしれない。
 とは言え、ココで自分の正体を明かすのは早すぎる。
 カイトは苦笑と共に頭を掻くと倉庫前を後にした。





<第3防衛ライン・デルフィニウム待機場・医務室>

 『ホントにやるのかね、アオイ君。君は士官候補生なんだぞ』
 「…ナデシコを止めるのは僕の使命です!」

 ウィンドウの向こうで引き留めるコウイチロウを相手に、ベッドの上で横になるジュンは言い切る。

 『だが、ナノマシン処理まで…』
 「そうですよ、何も貴方がコレをする必要など…」

 何とか止めようとコウイチロウと軍医は声を掛けるが、ジュンは聞く耳を持たない。

 「何て事ありませんよ…パイロットなら誰でもやっている事です。コレ無しではIFSが使えませんから」
 『アオイ君、ユリカの事は気にしなくて構わんのだが…』

 遠くを見る様にしているジュンに対し、何か危なげな雰囲気を感じたのか、コウイチロウは未だに止めようとする。

 「…それでも…僕は…行きます! …おじさん…確かに渡しましたよ…」

 一つの決意と共にコウイチロウに向かって言う。

 『…む…確かに預かったが…アオイ君、これを渡してくれと言った…その、カザマ君とは何者かね?』
 「さぁ…ただ…ユリカが火星で幼馴染みだったテンカワの親友らしいですけど…詳しい事はさっぱり分かりません」

 既に一度会って居るのだが、会談の場に居た男が本人とは分からなかったらしい。

 『…そうか。一度会ってみたいモノだが…そうもいかんだろうな…』
 「すぐ会えます。僕が…ナデシコを止めますから! 貸せっ!」

 ジュンは医師の手からナノマシンの無針注射を奪うと、首筋に当てる。

 『アオイ君…無茶はいかんよ、無茶は…いいね』
 「分かってます…僕は…僕はっ! ………では、おじさん…僕はコレで…」
 『うむ』

 ウィンドウのコウイチロウに敬礼をして医務室を出る。

 『………カザマ=カイト…か。……何とも分からんなぁ…このデータといい…少々動く必要があるか…全く…困ったモノだ…』





<ナデシコ・格納庫>


 『行くぜぇ! オラオラオラオラァ!』

 叫び声を上げながらカタパルトに向かうヤマダ機を眺めつつカイトはブリッジに連絡を取る。

 「あのさぁ…ホントに俺出撃しないで良いの?」
 『はい、何やらヤマダさんがやる気満々みたいなので、任せよう、との事です』
 「あ、そう…何か忘れてる気がするんだけどなぁ…」

 カイトの通信に出たメグミが、何がですか、と首を傾げる。

 「…コレから戦闘だよなぁ………あ…武器持っていってない…」
 『えぇっ!?』
 『そうなんだよ…あのバカ何も持ってねぇんだよ。…ったく、デルフィニウム相手に無手でやろうってんだから…』

 頭を抱えるウリバタケに苦笑を返す。

 「………一応…出てますね…俺…」
 『…任せた…』
 『ふっ…貴様の力など必要なぁいっ! このガイ様の活躍をその目で見ていろ!』
 「はいはい、外で見学しとくよ…」

 頬を掻きつつエステバリスを進める。
 カタパルトを歩いて進み出口で様子を見る。

 『ヒーローの戦い方ってヤツを見せてやるぜぇっ!!』

 そう叫ぶとデルフィニウム部隊に突撃する。

 『どぉおりゃああぁぁ!!』
 「声は大きいんだけどねぇ…」

 デルフィニウム部隊が迎撃ミサイルを一斉に放つと同時にヤマダ機は下降してミサイルを避ける…のだが―――

 「…そこで避けたら全部ナデシコに来るじゃないか…」

 カイトは溜め息を吐くと、ラピッドライフルで片っ端からミサイルを落とし始める。
 実際の所、現在の高度で張れるディストーション・フィールドなら全く問題無いが、わざわざフィールドの出力が落ちるのを見ているだけと言う訳にもいかない。

 「…また、ミサイル相手かよ…」
 『ふふふ…カイト…お前はミサイルの相手で充分! さぁ、博士ぇ! スペースガンガー重武装タイプを落とせぇ!』
 「…すぺーす…がんがー?」
 『ココにはスペースだか、アストロだか知らねぇが…ガンガー何てモノはねぇんだよ!』
 『…重武装…あー、1−B型の事じゃないですか?』

 何か思い付いた様に言う整備員だが、自分のセリフに気がついたらしい。

 「…1−B…って、俺が乗ってる空戦に武装換装されて、ノーマルの陸戦型だけど?」
 『なにぃぃ! 何でお前が乗ってるんだよっ!』
 「………ミサイル迎撃するのに、ノーマル空戦フレームじゃ弾数が足りないでしょうが…」

 カイトは力無く肩を落とす。

 『…あのぉ、ヤマダさん…もしかして作戦失敗ですか?』
 『うぐっ!』

 ユリカからのツッコミに言葉を無くし顔を引きつらせる。

 「…マジですか…」
 『んな事はなぁい! そもそも貴様が重武装タイプに乗っていなければ…俺のガンガークロス・オペレーションによって、敵はもう倒されていたハズなのだ!』
 「…いや、流石にそれはどうかと。…そもそもフレーム撃墜されると思うんだけど。…デルフィニウムって有人機だし。しかも1−B型って陸戦フレームだから飛べないしな」
 『だまれっ! ともかくそこで見てるがいい! これぞ必殺! ガァイ・スゥパァァァ・ナッパァァァァッ!!』

 ヤマダ機の一撃を食らったデルフィニウムは黒煙を上げながら地上に落ちてしていく。

 「…いや、今の普通に殴ってるだけだから…」

 最早ツッコミにも力が無い。

 『ヤマダさん、デルフィニウムに囲まれました…』

 ルリからの無情な報告に更に肩を落とす。

 「…ホントに…このノリでナデシコにスカウトされたのか? マジで?」

 ガックリと両手をコクピットに着き頭を垂れる。

 『ユリカ…最後のチャンスだ…ナデシコを戻してっ!』
 『ジュンくん…』
 『ユリカ、力ずくでも君を連れて帰る…抵抗すればナデシコは第3防衛ラインの主力と戦う事となる…』

 (ジュンさんからの通信? あぁ、そうか…貴方は止めたいんですね…そういう…人でしたね、ホントに…)

 ブリッジとジュンの通信を聞きながら懐かしさから微笑を浮かべるカイト。
 いかんせん外の戦闘ではヤマダがかなり危険だったりするが。

 『ボクは君と戦いたくない…』
 『………ゴメン、ジュン君。私ココから離れられない―――』
 『―――ッ…ボクと戦うって言うのか!?』
 『ココが私の場所なのミスマル家の長女でも、お父様の娘でも無い…私が私でいられるのはココだけなのっ!』

 ―――私の場所。
 その一言でカイトは微笑を深くする。

 (…そう…この艦は…貴女の…アナタ達の―――)

 『なぁ、カイト…何で俺まで出る事になってるんだ?』

 いつの間にかナデシコのカタパルトにアキトの機体が見える。
 思考を引き戻されると同時に外のヤマダ機の状況を確認して一気に脱力する。

 「―――知るか…ヤマダさんに聞いてくれ…マジで…」
 『だ、大丈夫か? と、とりあえず先行くな…』

 普段よりも遙かにテンションの低いカイトに怯えつつアキトはナデシコから出撃する。

 「…カザマ機…行きます…」
 『おう、適当に宜しくな…あ、ヤマダのヤツは捨てても良いからな』

 既に悟った風なウリバタケに、了解、と力無く片手を振って答えカイトは戦場に向かう。



 が、見えたのは両脇をデルフィニウムに固められたヤマダ機だった。

 「………勘弁してくれ…」

 溜め息を吐く事も無く突っ伏す。

 『…やっぱり…アイツが良いのか…』
 『へ?』

 ヤマダ機の前に銃を構えるデルフィニウム。
 そのパイロット―――ジュンからの通信にカイトは苦笑を漏らす。

 『…ユリカ…分かったよ…まずは…このロボットから破壊する!』
 『っ! やめ―――』

 「―――撃ちたいなら撃てば?」
 『『『『『『『『『『!?』』』』』』』』』』
 『カイトッ!?』

 止めようとしたアキトの行動を阻むかの様に割り込んだカイトのセリフにその場の全員が驚愕する。

 「だから、撃ちたいなら撃てばいい…けど、その距離でデルフィニウムの武装じゃ、ヤマダさんは間違いなく死ぬだろうけどな」

 カイト機は、ヤマダ機を囲むデルフィニウム達と同じ高度まで上昇した所で右手を上に挙げる。

 「ん、どうしたんだ? 撃つんじゃないのか?」
 『カイト君…君は……あぁ、撃つさ…そうしなきゃ…そうしな―――』

 ジュンの乗るデルフィニウムがヤマダ機を撃ち落とそうと、体の向きを変えた瞬間―――

 「―――と、言う事で」
 『『『『『『『『『『へ?』』』』』』』』』』

 唐突に先程までと違い、やたらと脳天気なカイトの声がデルフィニウム部隊含めその場に居る全ての者に開く。
 その言葉にジュンの動きも止まる。

 「今回の講義内容は“戦場での躊躇いは命を奪う”でしたー」
 『はい?』

 カイトが楽しげに宣言した瞬間、カイト機の右手首から白い筋を残して何かが射出される。
 デルフィニウム部隊、アキト、ヤマダ機、ナデシコのクルーすらその白い軌跡を目で追った数秒後。

 閃光が走る。
 閃光はモニターを焼き尽くす。

 ―――閃光弾。
 それがカイトが放った物だった。
 その光は一時的とはいえ、モニターを白く焼き尽くす。
 とはいえ、現行機ならば数秒で復活するが…人の目はそういくものではない。
 ナデシコは寸前でカイトがオモイカネに連絡した事で、障壁を展開し最小限で済んだようだが。
 デルフィニウム部隊の隙は致命傷だった。

 カイトは閃光弾の発動と共に、全弾発射する。
 ブースターを破壊され3機、残りの5機が頭部を破壊される。
 閃光弾が放たれた数秒で戦闘能力を奪われた事にデルフィニウムのパイロット達はコクピット内で呆然とするしかなかった。

 「って訳だ。…高い授業料になったねぇ…ホント」

 ジュンの乗るデルフィニウム一機を残してカイトはニヤリ、と口元を歪める。

 『…カイト…お前…実は酷いだろ…』
 「あ、あのなぁ、アキトお前…一人も犠牲出さずに終わらせた人間にそういう事を…」

 アキトの言葉にカイトは苦笑して返す…が―――

 『…カ、カイト君、流石にソレは…』
 『確かに今のは酷いわよねぇ』
 『騙し撃ちって…どうかと思いますけど』
 『いやはや、流石カイトさん。手加減ありませんな』
 『ふむ、腕は鈍っていないようだな』
 『それが、ヒーローの戦い方かっ!!』

 ―――ナデシコのクルーから言われ放題である。
 言われた本人はガックリと肩を落として完全に突っ伏している。

 「………うぅ…何が悪いってんだよ、ちくしょう………」
 『でもま、確かに効果的でしたけどね』
 「…フォロー、ありがと、ルリちゃん…」

 ルリからのフォローに苦笑しつつ体を起こす。

 『いえ、それよりアオイさんだけ残したのは?』

 確かにアオイの乗るデルフィニウムのみがその場に残っている。

 『…僕を…見逃す…って言うのか…』

 数秒で自機以外を撃墜という非常識なレベルでの戦闘能力に、ジュンは冷や汗を流しながら精一杯強がって見せる。

 「いや、別に見逃すって訳じゃないんだけど…まだ何か言いたい事有るんじゃないのか?」

 自分はもう傍観者だよ、と言わんばかりにやる気の無いカイト。

 『…そうか………なら…僕と戦えっ、テンカワ=アキト!!』
 『なっ!?』

 突然の宣戦布告に誰もが驚きの声を上げる。

 「…ま、そんなトコか…」

 訂正、カイトは至って平然としている。

 『ふぅむ、少々無駄の様な気がしますが…ま、問題無いでしょう』
 『行けぇ! アキトォ、それでこそ漢の戦いだぁぁ!!』

 無責任に煽る者も居るが。
 カイトは微笑を浮かべてそれを見る。

 『そんな事…出来るわけ無いだろっ!』
 「…アキト、相手してやれよ。一応分かってんだろう?」
 『カイト…お前、んな無責任な!』

 通信ウィンドウの中で微笑を浮かべるカイトを見て、アキトは溜め息を漏らす。

 『…もしかして…コレが狙いだったのかよ…』
 「まさか…ジュンさんがナデシコに戻って来て欲しいなぁ、とは思ってるけどな」
 『俺を餌にするなよ…』
 「ま、気にするな。俺が相手するか、アキトがするかの差だっただけだしな…」

 カイトの言葉に肩を落とすアキト。
 ウィンドウ越しに睨んだ所でこの親友は全く気にせず受け流すだろう。

 『行くぞ! テンカワ=アキトッ!』

 ミサイルを放つと同時に接近戦を仕掛ける。

 『あぁ、もう! 俺は戦う気何て無いってのにっ!!』

 アキトはジュン機の突撃を上昇して交わすとそのまま高度を上げる。

 「…いやはや…元気だねぇ…」

 カイト機はナデシコのブリッジ上に立ちアキト機とジュン機の鬼ごっこを眺める。

 『…ところでな、カイト…俺達やる事無いのか…』

 隣に立つヤマダ機からの通信に苦笑して答える。

 「まぁねぇ…他のデルフィニウム撃墜しちゃったし…」
 『あぁっ! ちくしょうっ! 手を出すなって言っただろうがっ!!………暇だ…』
 「………ま、アソコで熱血してる人達を見物してるしか無いねぇ」
 『くそっ、俺様の格好良いシーンを全て持っていかれた…。えぇい! いけぇっアキトォォッ!』

 カイトはその言葉に笑って済ませた。



 『この手で地球を守ってみせる…正義を貫いてみせる! 一時の自由に踊らされて…名誉や誇りを失いたくないっ!!』

 一時の自由に踊らされる? 名誉や誇りを失う?
 違う、と。
 それは違う、と何かが否定している。
 理由など分からない。
 だが、カイトはどうなのか。
 火星大戦で英雄とまで呼ばれる程の活躍をして…でもアイツは――――

 『俺は人類全てを守れる程強くもないし、全て救える程強くもないからな…。だから―――』

 ―――カイトは何と言ったのか。



 『バッッカヤロオオオオオォォォ!!!』

 アキトはカイトの言葉を思い出せないまま…感情のままにジュンの操るデルフィニウムを殴りとばす。

 『何をするんだ!』
 『…いい加減にしろよな…こんな…こんな風に…好きな女と戦う正義の味方になりたかったのかよっ、お前はっ!!』
 『っ! 好きな女だから…地球の敵になるのが耐えられないじゃないかああぁ!!』

 カイトはその言葉に苦笑に似た表情を浮かべる。
 それこそが…かつて自分が取らなかった行為。
 死地に向かうと分かっていても送り出した自分。
 それは―――

 『あ、あれ、動かない…って動け! 動けよ!!』

 思考に沈み掛けたカイトだが、アキトの声に意識が引き戻される。

 「………あー…アキト…お前ナデシコから離れ過ぎ…エネルギー供給ラインから出たんだよ…」

 じっとりと嫌な汗を背中に感じながら、表面上は普段通りに話す。
 もっとも普段のアキトならば気づいただろうが、エステバリスが止まり焦るアキトは気づかなかった。
 カイトの視線は微妙に揺らぎ、肩が僅かに上下していた。

 『な、なにぃ…ってどうすれば…』
 「そのまま待ってれば大丈夫だ…すぐにナデシコが追いつく」

 アキトに苦笑混じりで答えると、不意に通信ウィンドウが開きルリが映る。

 『カザマさん…第2防衛ラインからミサイルの発射を確認しました』
 「…もう?」
 『はい、ですから皆さんをお願いします』
 「…やれやれ、のんびりはさせてくれないか…」

 ルリからの報告に溜め息で返す。
 不意にジュンの乗るデルフィニウムがナデシコの前に現れる。

 「へ?」
 『あ、あのヤロウ、ナデシコの盾になる気だっ!!』
 『ヤメロォォォッ!』

 向かってくるミサイルを正面から受け止めるかの様に両腕を広げるデルフィニウムを見てカイトは苦笑する。
 結局…彼らを止めなかったのは、良かったのか悪かったのか。
 その答えは今だに出ていないが―――

 今、ココで彼が死ぬのは間違っている。
 ならば―――

 カイト機の持つラピッドライフルから弾丸が放たれた。

 『な! カイト!?』
 『おいおい!?』

 その弾丸はデルフィニウムの駆動部分を寸部違わず破壊する。

 『うわあああああぁぁぁぁ!?』

 唐突に襲った衝撃に叫びを上げつつ、ジュンは必死にデルフィニウムのバランスを取る。

 「アキト、ヤマダさん…ジュンさんをナデシコに…」
 『カイト?』
 『わ、分かったぜ…って、お前何やる気だ?』

 カイトは、ハ、と一つ短く息を吐く。

 「ミサイルの迎撃は俺の役目何だろう?」

 片目を閉じて口元を歪める。

 『カザマさん…これから迎撃する最低限のミサイルを表示します』
 「よろしく…ルリちゃん、オモイカネ…」
 【OK】【了解】【よろしく】
 『…ぁ…はい。では、始めます』

 ルリはカイトがオモイカネを人に呼び掛ける様な口調に、微妙な喜びを表情に加える。
 生憎とクルーの誰も、その変化に気づいては居なかったが。

 『いいか、カイトッ! 大気圏を抜けるのに空戦エステじゃ耐えきれねぇ…いいな! 余裕がある内にナデシコに戻れ! いいなっ!』
 「了解です…さて、行こうか…」

 既にミサイルはエステバリスのモニターに映る程近づいている。
 ミサイルの横にある距離表示が凄まじい速度で減少していく。
 カイトはオモイカネから送られてくるデータを元に撃ち落とすイメージを固める。
 ハ、と息を吐き出し、ゆっくりとラピッドライフルを持ち上げていく。

 『24発中17発…お願いします』
 「了解…任せてくれ…」

 空気が変わった。
 カイトの在り方が―――それは、獲物を狙う猛禽類をイメージさせる。
 その変わり様にブリッジが静かになると同時に、コクピットの様子は直後に途切れる。

 通信が切れたと同時に始まる、白い機兵の舞闘。

 通信の切れたブリッジから見えるのはカイト機が寸部の狂いも無くミサイルを迎撃する所だけだ。

 実際にやっている事は第4防衛ラインの時と同じミサイルの迎撃である。
 違う点は、第4防衛ラインの際はナデシコのブリッジ上から迎撃していたが、今回はミサイルに向かって…宇宙に進みながら迎撃をしているという事である。

 白の機兵は自ら爆発の中に自ら突っ込んで行く。
 それを見るブリッジでは誰一人言葉を発っする事も出来ず、ただ白い機兵の放つ弾丸とミサイルの舞踏に見とれる。



 ミサイルを撃ち落とす度に、カイトの口元に歪んだ笑みが深くなる。
 一つ、一つ、と爆散し、迎撃を成功させた証である球状の爆発がカイトを過去へと誘う。





 「…なぜ…」

 「……君は…悪魔だ…」

 「関係ないモノ達を巻き込む貴方は………」

 「…貴様の様な外道などッ!」

 「…返してっ…私の…父さんを…母さんを…返しなさいよっ!!」

 「…娘の仇…死んでくれ…」

 「…素晴らしい…君こそが…最高傑作だよ…ミカヅチ」



 「…は……は……はは………ははは……」

 笑う。
 笑ってしまう…かつては無関係の民間人すら殺した人間が…今は護る為に戦うなどと。

―――――一体自分は何をしているのか。

 至近距離で爆発するミサイルが危険だ、とシステムが警鐘を鳴らす。
 だがカイトはその警鐘に歪んだ笑みを浮かべる。
 それこそ前時間軸で無くした感情を穴埋めしていた感覚。
 その笑みに呼応するかの様に思考はマイナス方向へと加速していく。

 自分が居なくとも、ナデシコは生き残る―――ならば自分が居る必要は有るのか、と。

 壊れた笑みの中カイトは更に歪んだ笑みを深く変えていく。

 それは、かつての殺戮の日々の如き―――――



 『……トさん! …イトさん! カイトさん!!』
 『……マさん……ザマさん……カザマさん…』
 「っ!?」

 通信ウィンドウは開かず、コクピット内に響くメグミの声と、ゆっくりと紡がれるルリの声に、意識を引き戻される。

 『カイトさん! 聞こえてますか!? カイトさん!!』
 「………ぁ…あぁ、聞こえてます…」
 『もう限界です、ビッグバリアも近いですから戻って下さい!』
 「…了解…カザマ機…戻ります」

 いつの間にかミサイルの迎撃は終わっていた。
 外部温度の異常な高さを警報が叫んでいる。
 ハ、と一つ呼吸を吐くと、カイトはエステバリスをナデシコへと進める。

 『…カザマさん、大丈夫ですか? 呼吸、心音ともに荒いようですが…』
 「………ん、大丈夫…心配してくれたんだ?」
 『…いえ、別に…』

 からかう様なカイトの口調にルリは安心したのか、普段通りの表情に戻り通信を切る。

 (………何を考えてるんだか…終わった事だろう…なぁ…もう…終わってるんだって…)

 ギリ、と歯軋りがピット内で響く。
 カイトはエステバリスを格納庫に置いたままシートに体を預ける。

 ―――――人と会うのが怖い。

 先程の感覚…自分が黒く塗られるイメージとでも言うべきか。
 普段ならば一笑して終わりだろうが…余りにも強く意識した。
 まるで…かつての狂気が蘇るかの様なおぞましさ。
 背筋が凍る様な…この時間軸に飛ばされてから一度たりとも無かったと言うのに。
 カイトは恐怖を抱く。
 あの顔を誰かに見られたとしたら…と。

 カイトは両腕で自分の体をきつく締め上げると、そのままコクピット内で無理矢理意識を閉ざした。





<ナデシコ・格納庫・数時間後>


 カイトはエステバリスのコクピットの中で目を覚ます。
 嫌な感覚を忘れようと無理矢理寝た為か、服は汗で湿って気持ちが悪い。
 ハ、と息を吐き出しエステバリスの電源を入れる。
 格納庫の中は既に暗く、エステバリスの整備が終わっている事をカイトに知らせる。

 「………らしくないよなぁ…ホント…」

 深く息を吸い込み、それまでの不安を吐き出すかの様に少しずつ、ゆっくりと息を吐く。

 「…ったく…アキトさんの事言える立場じゃ無くなってるしなぁ…」

 苦笑。
 かつては復讐に走った兄を殴ってでも止めた人間が、その後には兄以上の復讐鬼となったのだから救いようが無い。
 呼吸を落ち着かせながら格納庫内を見回した所で、人影を見つける。

 ムネタケ=サダアキと、その取り巻きの軍人。
 やっと出ていく気になったか、と安堵しながら片隅に映る人影に思い出す。

 (…ヤマダさん…どうする…助ける事は可能だが―――)

 『? おい、お前ら―――』

 一瞬の逡巡。

 普段のカイトなら助けていただろう。
 だが、前時間軸を思い浮かべてしまった。
 少なくとも彼との別れがアキトを多少なりとも成長させたのは間違いないだろう、そう思ってしまった。

 それは引き金を引くのには充分過ぎる時間だった。

 サイレンサーが付いていたのか、大した音も無く放たれた銃弾はヤマダの左胸に吸い込まれた。
 ゆっくりとヤマダが倒れていく。
 ムネタケ達はヤマダを一瞥すると脱出用のシャトルに乗り込みナデシコから出て行く。

 ハ、と息を吐きつつカイトはエステバリスを降りてヤマダの元へ向かう。

 「………我ながら…最低だ…全く…」

 その声に答える者はいない。

 うつ伏せに倒れているヤマダを抱え上げると、弾丸は心臓付近に命中しているのが見て取れる。
 パサリ、とヤマダの手からゲキガンガー3のシールシートが零れ落ちた。
 じわり、じわり、と左胸を中心に血が滲む。

 「…悪い…俺の…所為だ…」

 一言零すと、カイトはヤマダを抱えたまま医務室に向かう。

 「…プロスさん…起きてるか?」

 歩きながらコミュニケでプロスペクターに連絡を取る。

 『……カイトさんですか。どうしまし…ヤマダさん?』
 「…ヤマダさんを殺されました。犯人はムネタケ一派です」

 淡々と声にする。
 我ながら冷たい声だと思う。

 「医務室に向かいます。手配を」
 『………分かりました…では直ぐに向かいましょう…』

 用件だけ言って通信を切る。

 数分後には医務室に着くと、既に医療班と共にアキトが居た。
 カイトは何故アキトが居るのかと思う。
 おそらくは同室という事でプロスペクターが呼び出したのかもしれない。
 今は正直アキトの顔を見たくなかった。

 「……カイト…嘘…だよな…なぁ!」
 「………」

 カイトは何も言わずにヤマダを医療用のベッドに預ける。

 「…ガイ…大丈夫だよなぁ…くそっ…」

 荒れるアキトを横目にカイトはプロスペクターの横に移動する。

 「…で、彼らで?」
 「えぇ、間違いありません…それをエステ内で見ていましたから…」
 「…そうですか…カイトさん…アナタは大丈夫ですかな。少々顔色が悪いですが…」

 プロスペクターの言葉に苦笑で答える。
 もっとも本人の意思とは裏腹に、口元は笑う事すら出来ていなかったが。

 「…大丈夫ですよ…他の人達には?」
 「明日ブリッジで伝えます…カイトさん…一応、この事は内密に…」
 「分かりました…」

ピーーーーー……
 嫌な音が響く。
 確か兄と姉が亡くなった時もこんな無機質な音だったハズだ。

 「ガイ…嘘だろ…おい…ガイィィィィッ!!」

 アキトの叫び声を聞きながら思い出すのは―――



―――白い病室

―――外からの光も入らない地下で

―――兄と姉が

―――愛する少女と同じ名を与えられた少女と一緒に

―――寝ている



 (ッ! ヤメロ! 思い出すな…終わった事だ…終わったんだ…だから…)

 ミシリ、と奥歯を一つ軋ませると、カイトはヤマダの体を揺するアキトを強引に引き剥がす。

 「カイトッ! まだっ…まだ…ガイは…」
 「…アキト…休ませてやれよ……お前も休め…」
 「でも…でもっ!」

 カイトはアキトの言葉も聞かず医療室の外に押し出すと、ヤマダの体を抱え上げる。

 「? カイトさん?」
 「…コロニー経由で地球に返します…それで良いですよね…」
 「…えぇ…大丈夫ですか?」
 「…コレくらいは…俺の責任でしょう…」

 薄く笑うカイトを見てプロスペクターは危うさを感じる。
 まるで薄氷の上を歩いている様に。

 「では、お願いします…後はこちらで…」
 「…えぇ…」

 カイトは頷いて医務室を出る。

 「…何とも…後味の悪い話ですな…」

 プロスペクターの言葉に応える者は誰も居なかった。





<???>


 「…桐瀬…頼んだ…」

 人影が一つ。
 それは中型犬程はあるヒョウタンの様なモノに向かって話す。
 ソレの一端は大きく口を開き一人の女を映している。

 『分かりました…ですが…よろしいのですか…そのままでは…』
 「かまわない…どちらにせよ…俺の業だろう…」

 苦笑だろうか、人影の肩が微妙に揺らぐ。

 『では、それらを終わらせた後は?』
 「…奴らの動きを…」
 『はい』
 「あの連中には気をつけろよ…」

 微妙な緊張が女に走る。

 『はい。ですが…本来、情報収集は我々が得意としていた事です…大佐…』
 「…そうだったな…頼んだ…」
 『お任せを…』

 その言葉を最後にヒョウタン状のモノは口を閉じる。

 「…極悪人…だな…我ながら…」

 人影がポツリと零した言葉は闇へと消えた。





第4話へ


−−−−−


あとがき(鬼嫁との)対談


???:………。

Tasqment(以下Tas):3話終了ー…ってどうしたよ?

???:ゆ…

Tas:ゆ?

???:………歪んでる。

Tas:…あぁ、歪んでますなぁ主人公。

???:………。

Tas:…無言で睨むなよ。

???:アンタねぇ…。

Tas:ま、今回は“BADENDフラグ:+1”て事で。

???:気楽に言うなっ!

Tas:いや、ほら、前時間軸だと…ねぇ?

???:ねぇ? …じゃないっ! うぅ…幸せになる為に送ったってのに…。

Tas:まぁ、彼も色々と抱え込んでますし…てか、病んでますからなぁ。

???:…まぁ…仕方ないと言えば仕方ないんだろうけど…。

Tas:いずれ何とかなるのではなかろうかと…たぶん…なるといいなぁ………。

???:こ…この作者は〜〜……。

Tas:ま、どっちかってーと、新キャラ…オリジナルキャラが出てきた方が問題だろうなぁ、と。

???:そういや出たわね、最後にちょろっと…アレ何?

Tas:秘密…ってか、次の出番はそれなりに先ですから気にせずに。

???:ホントにただの伏線な訳ね。

Tas:あい。

???:それはそれとして、ね?

Tas:ん?

???:カイトとルリちゃんの絡みが全然ないんだけど?

Tas:………し…仕様です?

???:その“…”と、“?”は何?

Tas:いや、まぁ、ね? 色々と事情らしきモノがちらほらと…。

???:そろそろフラグの一つでも立たないの?

Tas:…フラグってアンタ………まぁ、いいけどさ。そろそろ絡み始めると…思うよ…多分…きっと…おそらく…ねぇ?

???:結局“?”で締めるのね…かわいそうなわたしのむすこ…。

Tas:何で抑揚も無く言うかね…。

???:とにかくっ!

Tas:んぁ?

???:さっさとフラグを立てなさい…良いわね………。

Tas:………ま、気が向いたらね。

???:………。

Tas:んじゃ、まぁ、この辺りで、4話でお会いしましょう〜、でわでわ。

???:約束しろ、この馬鹿作者〜〜〜!!


−−−−−

あとがき


 3話目終了、っと。

 …微妙にマイナス方向に進みました、今回。

 主人公、前時間軸での暗黒面がリセットされてません。お陰でハッピーエンドは遠そうです。

 更にオリジナルキャラが出るはめにー…おかしいなぁ…前プロットの時点で消されたハズの人何ですけどねー…。

 ま、出たはいいけど、裏方さんなので当分出そうにないのが更に問題だったりすますが。

 更に更に…ヒロインと絡まない主人公………いや、これホントに問題な気がしますが………好感度足りなくてBADENDになりそうなのが洒落にならんなー、とか何とか。

 ま、ともかく、次でパイロット3人娘登場です。はー、サツキミドリの人達どーしよーかなー、とか言いつつ今回はこの辺で。

 でわでわー。


Ps.1-B型…どう見ても陸戦フレームだよなぁ…。






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