機動戦艦ナデシコ

〜天魔疾駆〜





<ナデシコ・格納庫>


 広々としたナデシコの格納庫に今現在動く機動兵器―――エステバリス―――は三体。
 内一機は塗装のされていない鋼色。
 その鋼色のエステを二人の男が見上げている。

 「―――で、何色にするんだ? 俺のお薦めはやっぱり赤だな…後は金とかな」
 「…俺は仮面付ける気も無ければグラサン付ける気も無いんですけど…」
 「なにぃ! てめぇそれでも“漢”かっ!」
 「いや、その辺りに“漢”の定義持ってこられても困るんですけど…しかもそれだと最後に敵対しなきゃいけないじゃないですか」

 妙な会話を繰り広げる二人を横目に整備班の人間はピンク色のエステバリスのメンテナンスをしている。
 もっとも皆揃って楽しげに見てる辺り会話内容は全て理解しているようだが。

 「んじゃあ…どうすんだ?」

 整備班班長―――ウリバタケ=セイヤ―――は現状に置いて二人しかいない正規パイロットの一人―――カザマ=カイト―――に問い直す。

 「あー、白でお願いします」
 「白? 白ねぇ…お前さんも珍しいな」
 「? 何です、珍しいってのは」

 別段“白”というパーソナルカラーは珍しくはない…いかんせんカイトは自分以外で“白”のエステバリスは見た記憶が無いのは事実だが。

 「あ〜知らねぇのか。第一次火星会戦でな、白の試作型エステでとんでもねぇ戦果を上げたヤツがいてな。それが今じゃ伝説一歩手前でな、最近はソイツに敬意を払ってパーソナルカラーを白にするヤツは珍しいんだよ」

 まぁ、お守り代わりにワンポイントで入れるヤツは増えてるって言うけどな、とウリバタケは続ける。
 それを聞いてカイトは、ふむ、と一考する。

 「しかし、俺以外で白のパーソナルカラーのヤツってのは…見た覚えがないんですけど?」

 ふと呟いた言葉に格納庫から音が消える。

 「あれ? どうしたんです? ウリバタケさん?」
 「…お前…第一次火星大戦に参加してたのか?」

 心此処に非ずといった声でウリバタケが問う。

 「え…えぇ、一応ネルガルの火星研究所でテストパイロットやってましたから…」
 「…その時のパーソナルカラーは?」
 「し…白ですけど…あぁ、いや、パーツ毎に縁を金色で塗られましたけど…」
 「…白に…金の縁取り…」

 ウリバタケの呟きにジワジワと整備班が集まってくる。


 …ヤバイ…危険だ…理由は無い。だが…イツだか…この雰囲気を感じた事は有る…。
 アレはイツだったか……確か…セイヤさんが―――
 そう…“等身大ネコミミルリルリ”とかいうフィギュアを完成させた時の―――いや、それをホントに作るってのもどうかと思うのだが、特に等身大の辺り。しかも出来が異常に良かった―――アノ時の反応!!


 さしたる理由の無い勘だけの反応で現位置から全力で走り去る。
 捕まってはいけない。何がいけないのか分からないがとにかくダメだ。今の整備班に捕まるのだけは―――。
 全力で走る。走る。走る。
 最初の一歩目は跳ぶかのごとく助走も無しで2mを稼ぐ。
 二歩目で前傾姿勢に。
 三歩目が鉄床を蹴った瞬間にトップスピードに辿り着く。

 後は―――走り抜けるのみ!!

 「ソイツを捕まえろ!!」

 四歩目を蹴った直後ウリバタケの声が響く。
 予想以上に反応が良い。これ程の反応速度ならパイロットにもなれるんじゃないだろうか、などと考えながらカイトは五歩六歩と蹴りを進める。

 周りに来ていた整備班の反応も良い。ウリバタケの声に即座に反応してこちらに手を伸ばしている。
 だが…遅い。
 カイトは更に体勢を低くする。今までカイトの体の在った箇所を6つの手が通り過ぎる。

 「っ! ウリバタケさん…今回は逃げ切らせて貰う!」

 そう言った時には既にカイトは格納庫の出入り口手前だ。
 間に合わない。今回は逃がした。
 そう整備班の面々は思う。
 カイトとてそう判断した。だからこそ先程の言葉を口にしたのだ。

 格納庫の出口近辺に在るモノ…障害となるモノなど在りはしない。

 ―――普通の戦艦ならば。

 カイトは忘れていたのだ。ココは―――ナデシコA…彼の男の居城の一つである事を。

 「ふっ…俺の勝ちだ! カザマ=カイト!」

 不適に笑うウリバタケ。それを見てカイトの中で危険に対する本能が警報を鳴らす。
 だが、遅い。
 それは既にカイトの目の前に在るのだから。

 「行けっ! 都市制圧型リリーちゃん参号! 捕縛っ!!」

 唐突だった。
 在り得ない。在るべきではない。こんなモノは―――。
 ウリバタケの声に反応したのか、それとも彼の持つ怪しげな棒が二本付いた箱に連動したのか。

 「っ!」

 カイトはココでやっと悟った。
 ココでまともなノリをした所で―――彼の業の前には無駄だという事を。
 カイトの目の前。格納庫の出口5m前。ソコに在るモノ。


――― 自動販売機 ―――


 ソレこそがウリバタケの作り出した、不条理兵器。
 カイトは自動販売機が理屈の分からない変形をするのを見て思う。

 (…イツだかに作ろうとしてた変形型エステの兄弟機なのか…コレ…)

 カイトはナデシコクルーのサセボ拘留の時期…ウリバタケの機械弄りに巻き込まれた事を、走馬燈の如く思い出す。
 もっとも、思い出してどうこう出来る訳では無いのだが。

 この状況の問題はただ一つ、この不条理には矛盾が起こると言う事である。
 その矛盾を解消するウリバタケの答えはいつでも一つなのだ。
 カイトは深い溜め息を吐いて一言。

 「………絶対殴る」

 格納庫の出口5m前で爆発が起きた。



第2話:お前も『整備班』だろうが



<ナデシコ・医療室>


 「…それで良く無事だったわね〜」
 「いや、無事ならココで包帯巻かれて寝かされてないんですが…」

 格納庫での爆発から一時間後、カイトは医療室で包帯を全身に巻かれベッドで横になっていた。
 傷自体は例のナノマシンの自動起動によって治っているモノの、爆心地に居て直ぐに動き出すのはマズイ、と考えて包帯に巻かれたままベッドに横になっているのだが。

 「で、ハルカさん。何かありましたか?」

 その報告を受けて丁度交代して休憩に入った操舵士のハルカ=ミナトが見舞いに来ていた。
 話を聞いたミナトは5分少々笑った後に先の言葉を言ったのだ。

 「ん〜特には無いわよ? でもまぁ、強いて言うなら…艦長が例の囮やってくれた男の子のトコに遊びに行って帰って来ないってトコかな〜」
 「…アキトの所ですか…」
 「うん、そうそう、アキト君よね。ってカザマ君、彼と知り合いなの? 戦闘中も親しそうに話してたけど…」

 不思議そうに首を傾げるミナト。

 (…なんつーか、妙な所で子供っぽい仕草する人だよな…)

 「まぁ、8年…9年かな? その位は友人やってますからね。あぁ、それと…名前の方で呼んで貰えると助かります」
 「へ? 名前? えっと…名字に何かイヤな思い出があるの? それとも………ナンパ?」

 「「………………」」

 カイトは溜め息を一つ。

 「…妹と弟が居るんですよ。ですから普段は名前で呼んで貰ってるんですよ」

 …もっとも理由としてはもう一つの方が大きいけどね…、と声にならない言葉を溜め息と共に吐く。

 「あ、あはは。そう言う事か、おっけ〜。じゃカイト君、よろしくね」
 「えぇ、こちらこそ、宜しくお願いします。ミナトさん」
 「っ!!」

 ミナトの再度の挨拶にカイトは満面の笑みを浮かべ名前を呼んで返す。
 その瞬間にミナトの顔が紅く染まる。

 「ミナトさん?」
 「あ…あぁ、うん。そうよね、私がカイト君を名前で呼んでるんだから、カイト君が私を名前で呼んでも問題ないのよね………」

 何やら遠くを見てブツブツと何かを言っているミナトをカイトはどうしたモノか、と悩む。

 (…でもまぁ、やっぱり皆には名前で呼んで欲しいから………あれ? そういや、ルリちゃん…最初…名前で呼んでくれたような…あぁ、でも名字で誰も呼んで無かったんだっけ?)

 遠くを見てブツブツ言うミナトと、眉間に皺を寄せて黙考するカイト。
 端から見て限りなく危ない二人である。
 不意にミナトとカイトの間にメグミのウィンドウが表示される。

 『ミナトさん、カザマさん、至急ブリッジに来て下さい。何やら重要な発表があるそうですから…って、何二人してジャンケンなんてしてるんですか?』
 「え? うぅん、何でも無いの、何でも〜」
 「ってか、こっち見えてるんですか…」
 『はい、ルリちゃんに頼んで医療室のカメラ見せて貰ってますから』

 ………プライバシーは無いらしい。カイトは肩を落として一言。

 「二度としないで下さい…そんな事」





<ナデシコ・ブリッジ>


 「…何で皆立ってるんだろ?」
 「さぁ? それでカザマさんは…怪我、大丈夫なんですか?」
 「ん、まぁ、頑丈が取り柄の一つだから」
 「………アレの爆心地に居て“頑丈”の一言ですか…」

 (ふむ、名前じゃなくて名字で呼ばれるか…やっぱり名字を知らなかったからか?)

 オペレーター席にルリが、サブオペレーター席にカイトが座って雑談をしている。
 もっとも雑談という程会話が弾んでいる訳では無いが。
 ブリッジ下部の床モニターを挟んでプロスペクターとゴート、フクベ提督が右側に、艦長のユリカ以下、副長のジュン、操舵士のミナト、通信士のメグミ、もう一人の正規エステバリスパイロットのヤマダが左側に向かい合っていた。

 「…どちらにせよ…戦艦内で爆発はマズイ気がしますけど…」
 「ま、良いんじゃない? とりあえず、ウリバタケさんは減給食らったみたいだし」
 「えー、カイトさん、ルリさん。そろそろよろしいですかな? 一応全員集まった様ですので」

 だらだらと会話を続けていたカイトとルリに合いの手が入り会話が止まる。

 「さて、今までナデシコの目的地を発表しなかったのは妨害者の目を欺く必要があったからです」
 「しっつもーん」

 やる気無さげに右手を挙げてカイトが疑問をぶつける。

 「早々に話止めて悪いんだけどさ、プロスさん」
 「はい、何ですかなカイトさん」
 「妨害者って誰?」

 「「………」」

 ネルガルの二人は黙る。
 それを見てカイトは自分の考えが間違っていないのかを確認する。

 「確かに民間企業が宇宙を飛び回れる戦艦ってのは物騒だと思うよ? でも妨害するって程じゃないでしょ。軍とも話は付いてるんでしょう?」
 「…カザマ…その話は後に…」
 「ん、了解。でもちゃんと説明―――して貰うから、よろしく」

 カイトは“説明”と言った辺りで周りを見渡し安心するとプロスペクターとゴートに笑みを浮かべる。
 もっとも、その笑みはどう贔屓目に見ても邪悪なモノに見えるのだが。

 「…え…えぇ、もちろんですとも、ハイ。…流石にカイトさんは流してくれませんでしたね…
 「…それは仕方あるまい。カザマを相手に化かし合いは危険だろう…
 「…ですね。…えーでは続きをよろしいですかな?

 プロスペクターは、ゴホン、と咳をし先程と同じ調子で喋り始める。

 「ネルガルが独自に機動戦艦を建造した理由は他にあります」

 (理由ねぇ…まぁ、この時点で地球から火星に行けるのはナデシコだけだし…狙いは一つ何だろうけどね)

 「以後ナデシコはスキャパレリ・プロジェクトの一端を担い軍とは別行動を取ります」

 (スキャパレリ・プロジェクトの一端…って言うか…思いっきり直球ど真ん中に居るのが俺達の様な気もするんですけど…)

 カイトはプロスペクターの説明を聞きながら溜め息を吐く。

 「………私達の目的地は…」

 ブリッジに居る全員―――いや、カイトとルリは気にしていないが―――ゴクリと息を飲む。
 その反応に満足気味にプロスペクターは一つ頷いて……。

 「火星だ」

 フクベが言い切った。
 何やらフクベの後ろでプロスペクターが微妙に落ち込んでいる様に見える。というか、思いっきり笑みが引きつっている。

 (…フクベ提督…そりゃズルイよ。まぁ、気を持たせすぎたプロスさんも悪いんだけどさ)

 満足気味に胸を張っているフクベとその後ろのプロスペクターを見てカイトは笑みを漏らす。





<ナデシコ・食堂>


 「火星! また…火星に行けるんだ…イツキちゃん…ミカヅチ…」

 艦内放送を見ていたアキトは拳を握りしめる。

 「…きっと…二人は無事だ…きっと………」

 カイトは全く心配していない様子だったが、アキトからすれば心配で仕方が無かった。
 かつて火星で皆一緒に住んでいた頃にイツキとミカヅチが軍学校に入ると言った時、アキトは反対をした。
 もっともカイトは放任主義だったし、二人の決意が固い事もありその時は押し切られたが…今思えばやはり止めるべきだったと思っている。
 せめて、カイトと同様にネルガルのテストパイロットなら結果は違っただろう、と今でも思う。

 「…それに…アイちゃん…」

 地球に来てから空の彼方で戦闘が起きる度に思い出すのは、バッタに囲まれ“死”をハッキリと認識してしまった瞬間。
 カイトと…アイと言う名の少女。
 今でも目を瞑れば鮮明に思い出せる。
 カイトが大型ナイフを構え、アイが母を呼びながら泣き、自分は…ただ叫ぶしか出来なかった。

 だから…と思う。
 自分一人ではきっと…立ち直れなかった。カイトが居てくれた事で自分はテンカワ=アキトで居られたと。
 ならば…自分はカイトを手伝わなければならない。彼の家族が今一度食卓を囲み笑い会う為に。

 「コラ! テンカワ、ボケッとしてんじゃ無いよっ!」

パッカーン
 良い音を立ててアキトの頭をフライパンが叩いた。





<ナデシコ・ブリッジ>


 「では! 今現在地球が抱えている侵略は見過ごすと言うのですか!?」

 一人プロスペクターを問いつめるジュン。もっとも後ろの連中はそしらぬ方を見ているが。
 カイトは片手でルリは両手で頬杖をついてソレを眺めている。

 「多くの地球人が火星や月に植民していると言うのに、連合軍はそれらを見捨て地球にのみ防衛線を引きました」

 (まぁねぇ、だからって火星の戦線なんて第一次大戦の時点で無くなったも当然だったし。せめて月辺りで防衛線引けば軍の評判も、もう少しはマシだったとは思うけど)

 だが、それもどうかとは思う。事実地球の防衛がやっとなのが事実である以上、軍の対応が間違ってるとも言い切れない。
 まぁ、火星や月に居た人間からすれば間違いもへったくれも無いのだが。

 「火星に残された人々と資源はどうなったのでしょう!」
 「…死んでると思いますけど」

 あっさりとルリが言う。
 それを横で聞いたカイトは苦笑。

 (………やっぱりコレは大変そうだ。まぁ、急いで意識改革をさせるってのもどーかと思うし…アキトやユリカさん達に任せれば…大丈夫…だよ…なぁ?)

 どうにも今のアキトとユリカを見る限り言い切れ無いカイトである。
 だが事実として自分が初めて会った時には普通の…とまではいかないが充分女の子をしていたと思う。
 なら…ゆっくりいけば良い、と結論づける。

 「―――との事ですが…その辺どう思われますか、カイトさん」
 「って、こっちに振らないで下さいよ。俺やアキトが火星に居たのなんて一年前の話なんですから」

 カイトの答えにその場の皆が驚きの声を上げる。

 「…カザマさん…火星の出身だったんですか?」
 「ん、まぁね。アキトもそうだよ」

 ルリの問いに微笑みを浮かべて答える。

 「じゃあさぁ、カイト君。君達…いつ地球に来たの?」
 「秘密です」

 ニッコリと笑ってミナトからの問いを流す。
 別段言っても構わないのだが、ボソンジャンプについて説明するのは時期尚早と判断した。

 「まぁそれはともかく、それでカイトさん。火星の方々は皆さん亡くなられた…そう貴方は思いますか?」

 (分かってる上で言わせるってんだからな…この人は…)

 「ま、生きてる連中は居るでしょうね。実際火星にはシェルターの類がかなり在りますから。それに…あの研究者連中があの程度でくたばるとは思いませんしね」

 苦笑を浮かべて肩を竦める。

 「…との事です。火星に居たカイトさんからもこの様な―――」
 『―――生憎だけど、この艦が火星に行く事は無いわ』

 空中に副提督ムネタケ=サダアキのウィンドウが浮かぶ。
 それと同時に二カ所の出入り口から武装をした軍人がブリッジを占拠する。
 ムネタケのウィンドウの横には食堂や格納庫の占拠された様子が映されている。

 (………さっすが……上が腐ってても一兵士は充分すぎる程に訓練されてるね。ま、抵抗しなけりゃ殺されるって事もないだろうけどさ)

 ブリッジの制圧が終わると同時にムネタケ本人がブリッジに現れる。

 「ムネタケ! 血迷ったかっ!」

 フクベの一喝もムネタケは受け流す。

 「フフフ…提督、この艦を頂くわ…」
 「その人数で何が出来る」

 ブリッジの上部で座っていたカイトとルリも銃を突きつけられて下部で皆と一緒に立たされている。

 「わぁかったぞぉっ! てめぇら木星のスパイだなっ! …ぁぅ」

 何をトチ狂ったかムネタケを指差して叫ぶヤマダだが周りから銃を突きつけられて後ろに下がる。
 ソレを見てカイトはハァ、と溜め息を増やす。

 (…アキトさん…どう考えてもヤマダさんは…ただの馬鹿にしか見えないんですけど………そら、亡くなった人は美化されるモノですけどね…)

 「勘違いしないで…ほら、来たわよ」

 あくまでも余裕を見せるムネタケを見て更に気分が落ち込むカイト。
 ムネタケが目配せするとタイミングを合わせたかの様に海中から戦艦が現れる。

 (連合宇宙軍第三艦隊旗艦トビウメ…義父さんの…いや、コウイチロウさん…ミスマル提督の艦。確か…ユリカさんがナデシコのキー抜いてプロスさん達とあっちに交渉に行くんだっけ? …ルリちゃん達にもう少しナデシコA時代の事聞いとけば良かった…)

 後悔先に立たず。
 もっとも時間逆行何てモノは考えた事も無いカイトである。
 過去が無い故に今を生きて未来を目指してきたのだから…。

 (でもまぁ、俺が居る事で全く別の世界になった訳だし…俺のやりたい様にやるしかないんだけど…)



――――― もっとも…自分は酷い悪人なのだろうが… ―――――



 『こちらは連合宇宙軍第三艦隊提督ミスマルである』

 トビウメからの通信が開きメインモニターにミスマル=コウイチロウが大きく映る。いかんせんアップにしすぎの為、やたらと威圧感だけはあるが。

 (…なんつーかさ…こう…もう少し…ねぇ…引き気味にとかさ…)

 「…お父様」
 「「えぇ!?」」

 知らなかった数人がユリカの呆然とした声に驚きの声を上げる。
 もっとも知ってる人間の方が多かった様だが。

 「お父様、これはどういう事ですの!」
 『おぉ、ユリカ元気か』

 ユリカを見たコウイチロウの顔が軍人然としたものから親馬鹿のソレに変わる。

 (………ホントに昔からソレなんですね…コウイチロウさん………)

 だが、カイトにとってソレが心地良い。
 ナデシコクルーのちょっとしたクセを見る度に頬が緩みかけるカイトである。
 アキトのやけっぱちの様な叫び声やユリカのアキトを連呼する姿を見れば、かつての兄と姉が脳裏に浮かび上がる。
 メグミとハルカの会話、整備班を怒鳴り散らすウリバタケの怒声、電卓を片手に何やら計算するプロスペクター。
 ゴートの職業癖の様につい気配を消す行為、ジュンの不幸を背負う姿………ユリカに振り回される姿。
 食堂で元気に動き回るサユリ・ジュンコ・エリ・ミカコ・ハルミの五人衆、厨房で鍋を振るうホウメイ。
 ………ヤマダに関してはアキトからの情報があったとはいえ、何とも言えないのだが。

 それら全てを懐かしいと思うと同時に、心臓を手で握りつぶされる様な感覚をカイトは覚える。

 (…結局…何一つ乗り越えて無いって事か…それに…ルリちゃん…)

 今ココに居るルリはほとんど人と接しようとしていない。もっとも話しかければちゃんと答える辺り嫌っている訳ではなさそうではあるが。

 『―――ただし! 作動キーと艦長は我々が預かる!』

 カイトが物思いに耽る間に話しは進んでいた。

 (ふむ、作動キーとユリカさんね。…まぁ、エステはバッテリーで多少は動くし…ほっとくか)

 カイトは特に何も言わず皆とコウイチロウのやり取りを傍観する。

 「艦長! ヤツらの言いなりになる気か!!」
 「ユリカッ! ミスマル提督が正しい、これだけの戦艦をむざむざ火星に!」

 (…ジュンさん…この時ナデシコ反対派だったのか…)

 「いや、我々は軍人では無い。従う必要は無い!」
 『フクベさん…これ以上生き恥を晒す気ですか…ユリカァ〜…』

 (…生き恥…ね………コウイチロウさんの立場からすれば何としてもナデシコを捕まえたいんだろうけど…。それは言うべきじゃ無いでしょうに…)

 「………」

 カイトは腕組みをし片目を瞑ってフクベの様子を見るが、フクベ本人は気にしてはいない様に見える。
 本人が何も言わないならばココで藪を突く必要は無い、と結論を出しまた傍観に入る。

 『私が間違った事など言った事は無いだろぅ…』

 ユリカは作動キーを外す準備に掛かる。

 「やぁめろぉ、艦長!」
 「止めるんだ、艦長!」
 「艦長っ! ソイツは罠だっ! 抜くな―――」

 ヤマダとフクベがユリカを止めようと声を上げる。

 ―――が、あっさりとユリカはキーを抜いた。

 「「「「「「あぁっ!!」」」」」」
 「抜いちゃいましたー♪」
 「「「「「「「おぉ〜!」」」」」」」

 あっけらかんとキーを掲げて言うユリカ。
 軍人達は銃を持っていなければ拍手でもしそうだが。

 (…まぁ、この位は充分ユリカさんの行動範囲でしょ…知らない人からすれば充分破天荒なんだろうけど…)

 そう思うカイト自身がその被害者だったのを忘れてはいけない。

 「あ〜ぁ、エンジンが止まっちゃう」
 「ナデシコはコレで全くの無防備ですね」

ズズ…
 と、ナデシコが揺れると共にディストーション・フィールドが消え去り海面まで艦が下がる。

 (…つーか、作動キーってのは…完全停止だけだっけ?)

 「では、あちらの艦には艦長と私が行きましょう…」
 「はーい…ってプロスさん運転出来るんですか?」
 「ふむ…」

 ユリカとプロスペクターが何やってるのか気にもせず、軍人達の言う通り食堂に向かおうとするカイトにプロスペクターから声が掛かる。

 「カイトさん、すみませんがヘリを飛ばして貰えますかね」

 笑ってる。何時もの笑みだ。…詰まるところ―――

 「…りょーかい…」

 ―――向こうで何かあった際の護衛役か。

 「ぼ、僕も行きますからね!」
 「はぁ、それは構いませんが…」

 (構えよ…艦長無しで副長まで居ないってのは問題だろ…色々と………ナデシコらしいと言えばらしいんだろうけど…ま、ジュンさん経由でアレ…渡してもらうか)





<ナデシコ・格納庫>


 ナデシコには移動手段としてネルガル製のヘリコプターが2機搭載されている。
 もっとも、片方はIFS対応であり、もう一機はIFSが無くても良い様に普通のモノである。

 「で…IFS対応の方で良いんでしょうね…」
 「えぇ、もちろんです。その為にカイトさんに来て貰ったのですから」

 (プロスさんなら普通のヘリ操縦出来るでしょうに…全く…)

 とは言え、IFSでの操縦の方が楽なのは確かである。何せイメージさえすれば良いのだから。
 はぁ…、とカイトは溜め息を吐きIFS対応のヘリに乗り込む。

 「じゃ、三人共ベルト締めました? 行きますよ」
 「はい、安全運転でお願いします!」

 ユリカの声に頷いて外の整備員に合図する。

 「んじゃ、はっしーん…と」

 カイトの相変わらずやる気の無いかけ声と共にプロペラの回転速度が上がる。

 「…プロスさん…何でIFS対応のヘリなんですか…普通ので良いと思うんですが」

 (流石に気づくよなぁ、ジュンさんだって連合軍大学で優秀だったんでしょうに…そら怪しむって)

 前時間軸では、次席で卒業したハズだ。

 「なに、ただの保険ですよ。アオイさんは知りませんか? ココの海底にはチューリップが沈んでるんですよ」
 「「は?」」

 カイトとジュンの疑問符が同時に響く。
 もっともカイトのソレは今更言うのか、と言う響きも含まれているが。

 「…プロスさん…そんな話俺聞いてないんですけど…」
 「おや、カイトさんならご存じかと思いましたが…事実上は停止している、というのが軍の認識の様ですが…」

 相変わらず知らないフリをするカイトは深く溜め息を吐き一言。

 「全然信用出来ないんですけど、ソレ」





<ナデシコ・食堂>


 「じゃいい事、ココで大人しくしててちょうだい」

 そう言い残してムネタケ以下の軍人は食堂のドアを閉める。
 後に残ったのはブリッジの面々と食堂勤務の者達だけだ。

 「ちきしょお…覚えてろよぉ!」
 「自由への道は一日にして終わるか」
 「だあぁ! 諦めるな! 希望まだソコにあぁるっ!」
 「はいはい…」

 ヤマダとウリバタケの漫才の様なやり取りも見ている人間は少ない。
 ブリッジの操舵士、通信士、オペレーターは三人で固まっているし、ゴートやフクベも何やら考え込んでいる。
 アキトはホウメイから言われたジャガイモの皮むきを厨房の中で進めている。

 「なぁんか…がっかり。戦艦に乗ればカッコイイ人いっぱい居ると思ったのに」
 「世の中そんなモノよ…」

 メグミの考えそのモノが間違っている。
 ナデシコの計画、“多少人格に問題があっても腕は一流”そこから計画が立ち上がっている以上マトモな人間の方が少ないのだから。

 「それにしても、あのネルガルの髭眼鏡の人…大丈夫かな? 少し頼りないよね…」
 「人は見かけによらないよ、メグちゃん。…以外とね…。それに、カイト君も一緒なんだし…大丈夫だと思うよ」

 真実は奇なり。
 現在カイトがもっとも頼りにしているのはプロスペクターである。

 「…そう言えば…ミナトさん。…医療室でカザマさんと何ジャンケンしてたんですか?」
 「え? あー…何、ルリちゃん気になるの?」

 一瞬言葉を失ったミナトだが逆にルリに切り返す。

 「………別に………」

 ルリはそう答えるとまた頬杖を突き沈黙に入る。

 「で、何でですか、ミナトさん?」
 「め、メグちゃん…」

 ルリは誤魔化せてもメグミは無理そうだ。
 ミナトはどう説明したモノかと思案しながら、あはは〜、と笑って誤魔化す。
 そもそも別段何をしていた訳では無いのだが。

 「それに…カザマさんの事名前で呼んでますし…」
 「べ…別にソレは…カイト君が名字より名前で呼んでくれた方が有り難いって言うから…」
 「ふぅん、じゃあ私も名前で呼ばせてもらおっと♪」
 「め、メグちゃん? もしかして…」
 「え? いえいえいえいえ、特にそういう訳じゃないですよ?」
 「そ、そうよね〜」

 二人の妙に乾いた笑い声が辺りを包んでいた。

 「………ばか………」

 少女の呟きはヤマダの叫び声に消えた。





<トビウメ・会議室>


 ヘリを降りてユリカと分かれたカイト、プロスペクター、ジュンの三人は案内をすると言う中尉の後を付いて行き会議室へと足を踏み入れていた。

 「…なんつーか…税金の無駄遣いの様な会議室ですね…」
 「まぁ、彼らにも対面と言うモノがありますからな」
 「でも軍なら軍らしく質実剛健で良いと思うんですけど」

 部屋を見回すカイト。
 床には赤い絨毯が引かれている。靴の裏から感じる感触からしてもかなりの上質なモノであろうと予測出来る。
 部屋の真ん中に会議用のテーブル。それは良い。会議室なのだから…だが…一枚板からなる…しかも見るからに高級な代物。
 そのテーブルに合わせる様に高級そうな椅子。
 壁には絵画…コレも高そうなモノである。個人的には贋作とかコピー品で二束三文の代物である事を願う。
 所々に飾られている花。コレを挿してある花瓶等も随分と凝った模様だ。
 ………戦艦に生花ってのは間違ってる、とカイトは溜め息を吐く。

 「確かに無駄な経費ですな」
 「艦員の精神保養に…ったって会議室にコレは必要ないでしょ」
 「…あ…あの、二人共その辺に…」

 手加減抜きで片っ端から切り捨てるカイトとプロスペクターにジュンが冷や汗を流す。

 「さて、交渉といきましょうか…ネルガルの方」

 会議室評価をしているウチに交渉の担当官が来ていたらしい。
 見るからに機嫌が悪そうだが。

 「…聞いてたりします?」
 「えぇ、一応居ましたからね…」
 「や、それは失礼。まぁ、税金で作られてるんだから一般市民の評価ってのは大事にするべきかと」

 青筋を立てている担当官を相手に微笑んで言い切るカイト。
 プロスペクターは、いや全く、と頷き、ジュンは更に青ざめていたりする。

 「じゃ、プロスさん。後はよろしく」

 そう言ってカイトは目を閉じて椅子に体を預ける。

 「なっ! 何なんです、この男は!」

 流石に我慢の限界を超えたらしい担当官が声を荒げる。

 「いやいや、お気になさらず。さて交渉開始といきましょう。………全く…そこまで機嫌損ねる事ないでしょうに…カイトさん…

 要するに…単なる八つ当たりである。
 カイトはそもそもナデシコに残り、ナデシコ奪取の算段を立てていたのだ。
 それをあっさりと潰したプロスペクターに対する嫌がらせと、目の前に現れた馬鹿みたいな会議室に対して不満を叩きつけたのだった。





<トビウメ・応接室>


 「―――殺された…」
 「えぇ、お父様は何かご存じかと」

 ヘリから降りた後一人ユリカは別れ応接室でコウイチロウと会っていた。
 もっとも内容は親馬鹿のコウイチロウの問いをサラリと交わし、アキトの両親の事を聞き出そうとしているのだが。

 「何かの間違いだろう、テンカワは事故で死んだのは確かだ」

 結局答えは事故としか返されなかった。
 だが、とユリカは考える。
 恐らくはまだ知っている事があるのだろう…それはテンカワ夫妻についてなのか、あの当日の事なのかまでは分からないが。

 「お待たせしました」

 何の合図も無くドアが開きプロスペクターを筆頭にカイトとジュン、担当官と護衛の軍人が現れる。

 「結論は出たかね?」
 「はい、色々協議いたしまして…あくまでナデシコは我が社の所有物であり、その行動に制限を受ける必要なし」

 (…アレは…協議とは言わないと思うんですけど…完全に詐欺師とかの手口だったじゃないですか)

 プロスペクターの後ろでカイトは苦笑する。
 そして応接室を見てがっくりと肩を落とす。

 「結局、こういう部屋か…」

 会議室と違うのは部屋の大きさだけだった。





<ナデシコ・食堂>


 「しかし、暑苦しいね…コイツは」
 「武器の名前を叫ぶのは音声認識だからか?」

 飽きもせずにアキトとヤマダはゲキガンガーを見続けていた。
 他の連中はと言えばアキトとヤマダを観察している者や、完全に無視して話し込む者、寝る者など気にもしていない。

 「だぁ! 違う違う! コレが熱血なんだよっ! 魂のほとばしりなんだよっ!」

 外野の声にヤマダが騒ぎ始める。

 「…それにしても遅いですねー、艦長達」
 「…ほーんと…結構良い待遇受けてるとか…」
 「えぇ、そんなのずるぅい!」
 「あははー冗談よ、メグちゃん。流石にそれは無いでしょ…まぁ、艦長だけは別枠って考え方も在るけど…カイト君が一緒何だし…」

 ヤマダ達を横目に見ながらミナト、メグミ、ルリは雑談を続ける。
 もっともルリは聞いているだけの様なモノだが。

 「でもカイトさんてそんなに凄いんですか? そりゃテンカワさんが囮やってた時は手慣れた感じで指示してましたけど…」
 「…だって、どうなのルリちゃん。カイト君の指示で色々やってたんでしょ?」
 「…別に。カザマさんが倒す敵の順番を決めて、私が敵に色を付けてただけですけど…」
 「「…けど?」」

 興味津々といった様子で身を乗り出すミナトとメグミ。
 目の前に二人の顔が近づいた為に椅子を後ろにずらして話しを続ける。

 「……なんと言うか…敵の配置を見た時には囮をする為のルートが出来てるみたいでした」
 「つまり…あの時アキト君が外に出て走り出した時には…って事?」
 「えぇ!? でもそれって…可能なの?」
 「…不可能じゃないです。でも…普通は無理です。…素人のテンカワさんが動かしてるのに…その実力まで含めてのルートなんて…」
 「「はぁ〜…」」

 ルリの淡々とした説明に二人は溜め息を漏らす。

 「でもさ…機動兵器戦と白兵戦は…違うよね…」
 「…問題ない…」
 「へ?」

 三人の会話に唐突に参加者が現れる。

 「ゴート…さん?」
 「彼は…カザマ=カイトはネルガル火星研究所に置いて警備員達の教官代わりをしても居たからな」
 「「「え…」」」

 三人は首を傾げる。
 ゴートは楽しい思い出を語るかの様に言葉を続ける。

 「実を言えば…私は彼と組み手をして一度たりとも勝った事がない。もっとも負けた事も無いのだが…」
 「じゃあ、引き分けって事? でも…ずっとって事は無いわよね?」

 勝ちも負けも無い。そんな事が有るのだろうか、とミナトはゴートに問う。

 「うむ、当時は思い付かなかったが…恐らくは私の立場を考えてくれたのだろう。あの時の私は責任者という立場に居たからな」
 「つまりゴートさんが負けて立場が悪くなるのを押さえる為に引き分けを続けたって事ですか?」
 「今の私ならば、そう考える…という事だがな」

 メグミの言葉にそう答えて、ゴートは更に騒がしくなったヤマダ達の元へ向かう。

 「はぁ…心配する必要は無いって言いたかったんですかね、ゴートさん」
 「でしょうね…不器用よね〜」
 「でもま、心配するだけ無駄というのは分かりましたから」

 冷めたルリの言葉にミナトは苦笑を漏らした。



 「………」

 無言でアキトが立ち上がる。

 「「「「「「?」」」」」」


 無茶だと思う。無謀だと思う。
 だが…アイツなら…あっさりとこの状況を打破するのだろう。
 知り合ってから10年近くなるだろう。
 こんな事になるなら彼の弟と一緒に戦闘訓練でもしとくんだった、と後悔する。
 もっともあの時の叫び声を聞く限り極力勘弁して貰いたいが。


 アキトは厨房に入るとフライパンを握りしめる。

 「………」


 何度かあの二人の訓練を見学した事がある。
 その時自分は彼に聞いたハズだ。アレは何だったか。
 確か…もし喧嘩になったらどうすれば良い? だったか…我ながら的のずれた質問だったのだろう。
 彼は一瞬呆けた顔をした後、一言。

 「逃げろ」

 と答えた。その時のカイトは苦笑していたか。
 今なら分かる。日常的に訓練している人間にケンカすらロクにしてない自分で勝てる訳が無い。

 でも…俺は…火星に行きたい。
 一人になった俺を…家族みたいに支えてくれた…カイトを助ける為に…。
 アイツの…カイトの家族を見つけるために…俺に何か出来るのなら―――。



ガアアァァン!!
 アキトは覚悟を決めると全力で兵士の頭をフライパンで殴る。
 抵抗しないであろうと思っていたのか、完全に不意を打つ形となった為か、兵士は完全に気を失った。

 「俺…エステで脱出して艦長達…連れ戻して来る」
 「「「「「えぇ!?」」」」」

 アキトの唐突な行動と発言に皆が驚きの声を上げる。
 ゴートは眉を動かしただけだが。

 「…俺は…火星に戻りたい…例え世界中が戦争しか考えて無くても…俺は…火星に居る人達を助けたい……。戻って…カイトの家族を捜したい。そりゃ、自分勝手だとは思うけど…でも…俺でも何か出来るって…そう思ってココに来た。…皆だってそうじゃないのか―――」

ズズズズ
 ナデシコが停止した時よりも大きな振動が起きた。

 「な、何だぁ!?」





<トビウメ・応接室>


 カイトはとりあえず目の前の軍人を掌打で倒す。
 その隣に居るもう一人が反応するより先に鳩尾に膝を当て眠って貰う。

 「…こんなもんですかね?」
 「えぇ、充分でしょう。ではナデシコに戻りましょうか、艦長」
 「はいっ! それじゃカイト君ヘリの運転お願いしますね!」
 「りょーかい、艦長」

 結局力押しの脱出である。
 停止していたハズのチューリップが動き出したと言う報告が入るとコウイチロウ他幹部連中はブリッジに向かっていった。
 カイト達を置いて。
 兵士が減ったのなら後は簡単である。
 見張りの軍人は二人。
 しかも油断しっぱなし。
 カイトは即座に殴ってくれと言っているのだと判断した。

 「しかし、見事な腕前ですねぇ…やはりネルガルに…」
 「ヤです」
 「でもカイトくん、道分かるの?」

 戦艦内の通路を三人は走り抜ける。
 途中で軍人に会うと、運が悪いと思ってくれ、と一言呟き殴り眠らせる。

 「まぁ、連れてこられた時に脱出経路は確認済みですから」
 「うわ、まるでスパイだね」
 「ふむふむ、なるほど。次はその線で契約を…」
 「だから、しませんって」

 揃いも揃って緊張感の無い会話を続けながら外に出る。
 目の前を見れば乗ってきたヘリがある。

 「うむ、完璧。流石だ、俺」
 「すっご〜い」
 「正に逸材ですなぁ」

 好き勝手に言いながら三人はヘリに乗り込む。

 「しっかし、ホントにチューリップが動きますか…このタイミングで」
 「いやはや、やはり軍の情報を信用してはいけないと言う事ですな」
 「うんうん、じゃナデシコに戻ってサクッとチューリップを退治しちゃいましょう! …あ、お父様に連絡入れなくちゃ」

 ユリカはヘリの通信機をさっさと入れる。

 「良いんですか? プロスさん」
 「まぁ、大丈夫でしょう…それより、気を付けて下さいね。カイトさん」

 はぁ、とカイトは肯定とも、溜め息を吐きとも取れる返事をしてヘリを起動させる。

 「私はココですわ、お父様」
 『ゆっ、ユリカッ! 何故そんな所に…』
 「もう一度お聞きします…アキトの両親の事です」

 コウイチロウを映すウィンドウの他に小さいウィンドウを表示させてチューリップの様子を確認するカイトとプロスペクター。
 そこでは動き出したチューリップからクロッカスとパンジーが逃げようとしているのが映る。

 「ん〜…あのままだとクロッカスとパンジー飲み込まれそうですよ?」
 「しかし我々がナデシコに戻らねば対応出来ませんからね」
 「せめて俺が向こうに居ればエステで出るんですけど…」

 カイトの言葉を聞いているのかいないのか、プロスペクターはウィンドウを見続ける。

 「………あー、飲まれましたな…しかしチューリップとは吸い込むモノでしたかねぇ」
 「…無視しやがったな、コノヤロウ…いや、どちらかと言うとバッタとかその他諸々を吐き出すヤツが地球に…って、陸戦フレーム?」

 ナデシコからバーニアを吹かして飛び出したピンクのエステだが陸戦フレームである以上飛べはしない。
 高く空に舞い上がると推進力が切れ、大きな水しぶきと波紋を残して海中へと沈む。
 延々と飛び跳ねるエステバリスを見てカイトは溜め息を吐く。

 「…何遊んでるんだ、ヤマダさん…」
 「いや、アレは…テンカワさんでは?」
 「あー…そうかも。アイツ…空戦フレームにすりゃ良い物を…」
 「ってカイトさん、テンカワさんにエステの説明してあるんですか?」
 「………無いですね」

 「「……………」」

 無言が痛い。

 「まぁ、不幸な事故と言う事で」
 「そうですな。我々とてこんな事になるとは思ってもいなかったのですから」

 はっはっは、と現実から目を背けきった所でユリカから合図が出る。

 「それじゃ、行きましょう!」
 「いえっさー」

 プロペラの回転速度が一気に加速する。

 「はい、下がって、下がってー」

 スピーカーから響くプロスペクターの声に従ったのか、プロペラから巻き怒る風に押されたのか、包囲していた兵士達が数歩下がる。
 その瞬間にカイト達を乗せたヘリはトビウメから離れる。
 ユリカは目の前で派手に飛び跳ねているエステバリスに通信を入れる。

 「アキトッ、また囮になってくれるのね!」
 『なにぃ!』
 「この隙にユリカはナデシコに乗り込みます」
 「囮ご苦労、アキト。とりあえず死なないように気をつけろよ」

 爽やかに笑いながら手を振るカイト。

 『んなぁ! カイトッ、お前出るんだよなぁ!』
 「ん、出るぞ。それまでは死ぬなよ」
 『ヤな事言うなぁ!』

 微笑みながら物騒な事を言う親友にアキトは怒鳴るが、怒鳴られた本人は全く気にせず満面の笑みで言い放つ。

 「あ、アキト。なんかそのチューリップから触手が出てるから当たるなよ」
 「いやはや、カイトさんはスパルタですな」
 「アキト…また私のために命を懸けてくれるのね!」

 身勝手な事を言う三人に対し、アキトは叫ぶしか無かった。

 『こっ…この…鬼ぃぃ!!』

絶叫するアキトを無視して三人を乗せたヘリはナデシコに到着する。

 「では艦長参りましょう」
 「はいっ!」

 ユリカとプロスペクターはブリッジに向かって走り出す。
 カイトは急ぎ足程度の速度で格納庫に向かう。

 「おぉ、来たか火星の英雄。準備はできてるぞ!」
 「………何ですウリバタケさん…その“火星の英雄”って…」
 「はっはっは。そりゃお前の事に決まってんだろ」
 「…決まってるんですか…てか、勘弁してください」

 ウリバタケの言葉に肩を落としながら、カイトは今だに無塗装の鋼色のエステバリスに乗り込む。

 『―――掛け声は“クロス・クラッシュ”』
 『…言わなきゃダメ?』
 『ダァメ! チャンスは一度、俺の足はもう持たない』

 通信ウィンドウから聞こえてくるやり取りにカイトは頭を押さえる。

 「ウリバタケさん…何事です…これ?」
 『それがな…ヤマダのヤツが空戦フレームで飛び出していってな…』
 「まさか…空中でフレーム交換ですか?」
 『そういう事らしい…』
 「…海水漬けエステの整備お疲れさまです…」
 『バカ言ってろ。お前も整備班だろうが…』

 お互いに溜め息を深く吐くと、カイトはブリッジに通信を開く。

 「ブリッジ、こちらカザマ=カイト出撃許可を―――」
 『ダメです』
 「では出撃…ってダメ?」

 通信に出たメグミからあっさりと却下される。

 「…何で?」
 『…カザマさん…これよりナデシコは艦長命令でチューリップに向かって前進します』
 「…マジ?」
 『…マジです。ですから格納庫で待機していてください』

 表情を変えず言うルリの言葉にカイトは呆然とする。

 (…はぁ…アキトさんから聞いては居たけど…ホントにやるんだ…)

 カイトは苦笑してエステバリスのシートに身を委ねた。





<ナデシコ・格納庫>


 『こっ―――の! バカヤロウ共がぁっ!!』

 脳を揺さぶりかねないウリバタケの大声をエステバリスのピット内で聞きながら、カイトは自分のエステバリスの整備を続ける。
 チューリップに突撃、内部からのグラビティ・ブラストによって撃破したのは良い。だが、アキトが乗って出た陸戦型、ヤマダのピット、共に海水漬けであった為に目下総点検中である。
 ちなみに、陸戦型のフレーム及びヤマダの乗ったピットを回収する為、カイトが陸戦型で海中に入って海面まで引き上げてアキトの空戦型で格納庫まで引き上げる二度手間だった。
 アキトが海中に潜って…という案も出たのだが…。

 「…アキトのヤツ…海中作業出来るのかね…」

 という親友からの一言により無駄な手間が増えた訳である。もっともピットとフレームを拾い上げるだけなのだから大した作業では無かったのだが。
 ただ、整備班からの、整備の楽な陸戦型2体と、結構面倒な空戦型1体の総点検の手間の差で、陸戦型2体にしようという事になったのもカイト出動の原因の一つである。

 もっともその原因を作った二人―――アキトとヤマダ―――は、先程の叫び声の真正面で正座中である訳だが。

 「…やれやれ……あ、右手動かしますよ」

 カイトはそんな三人を見ながら作業を進める。
 外の整備員からの応答を見ながら整備項目を着々とこなしていく。

 『…カイトさん、よろしいですかな』

 点検項目が四分の三を切った所でプロスペクターからの通信が入る。

 「何です? あと10分程度で終わりますけど…」
 『なに、この後の予定を貴方に報告しとこうと思いまして…』

 ふむ、と一つ呼吸を置いて頷く。

 「分かりました。じゃあ、後ほどプロスさんの部屋で良いんですか?」
 『えぇ、お願いします。ですが…極力他の方々には知られない様にお願いします』
 「は? まぁ、いいですけど…あぁ、例の妨害者の件ですか…」
 『そういう事です。では後ほど…』

 プロスペクターと話をしながらも点検項目は進んでいた為、最後の一つを終わらせてピットから降りてアキト達三人の所へ向かう。

 「ウリバタケさん、俺の方は終わりましたよ…いい加減その二人のエステの整備やらないと…」

 1時間近く怒鳴り散らしていい加減疲れたのか、カイトの声に深く溜め息を吐いてウリバタケがアキトとヤマダに自分の機体の整備に行かせる。

 「…おぅ、お疲れさん、カイト。テンカワ、ヤマダ…自分の機体整備始めろ…」
 「はいっ! …助かったよ、カイト…じゃ後でな」
 「ちっがあぁう! 俺はガイ! ダイゴウジッ―――!!!」

 ヤマダの叫び声をスパナで足を叩いて黙らせる。ちなみに折れた方をだったりする。

 「…ぐぉ…」
 「てめぇなんぞ、ヤマダで充分だっつーの…さっさと整備行ってこい!」
 「…そ…そりゃ無しだろ…博士…」
 「誰が博士だ。おら、おめぇは足も折ってるんだからよ…さっさと終わらせて寝てろよ」

 全国のヤマダさんに限りなく失礼な発言をするウリバタケ。
 その漫才じみたやりとりを見ながらカイトはプロスペクターの部屋へ向かった。





<ナデシコ・プロスペクター私室>


 「―――と、言う事だ」
 「…また、面倒な事になってますね…ネルガルは…」

 はぁ、と溜め息を吐いてカイトは肩を落とす。

 「まぁ、軍に通すのもかなり強引だった様ですからなぁ」

 こちらは肩を竦める。

 「それで、どうするんです? 実際彼らで確定だった訳ですけど」
 「それなのだがな…」
 「彼らも軍人であるからには、これ以上に派手に事も起こせないだろうから黙認しろ、と言うのが本社の決定な訳ですが」

 薄暗い部屋で男三人が同時に溜め息を吐く。

 「…んな決定したのクビにするべきでしょ…危機管理が無さ過ぎですよ」
 「全くだ」
 「まぁ、こちらで勝手にやれ、と言う事なのでしょうが…」
 「その責任は現場が取る事になるぞ…と…」
 「…はい」

 カイトは苦笑を漏らす。

 「責任者ってのは…そういう時に責任取る為に居るんだろうに…」
 「まぁ、その責任者というのは…彼らからすれば、この艦に乗っている我々な訳ですが…」
 「………」

 今一度三人揃って溜め息。

 「で、この先の“アレ”はどうするんです?」
 「…カイトさんで排除出来ますか?」
 「…無茶言わないで下さいよ…」
 「む…火星研究所ですらカザマ以上の者はいない、と聞いていたのだがな」

 カイトの答えにプロスペクターは肩を落とす。

 「流石に全く知られずに…というのは無理ですか…」
 「…出来ないとは言いませんけどね…そもそもこのタイミングで仕掛けたら流石に…ねぇ…」
 「ふむ、どちらにせよ、知られれば…連合軍にとってナデシコは敵となる…か」
 「…それは洒落にもなりませんよ…一応は味方のつもりなんでしょう…この艦」

 苦笑しつつ目の前にある将棋盤の歩を一つ進める。

 「そうなんですがねぇ…全く…」
 「ミスター…やはり連中が動いた後に対応するしかあるまい…」
 「ですかねぇ…あ、カイトさん…」
 「結局それですか…まぁ、連中だっていきなり民間の艦を撃墜…なんて事は流石にしないでしょうからね。ちなみに“待った”は無しです」

 カイトの指先が非常にもプロスペクターの角を取り、桂馬が鎮座する。

 「大体、連中のビッグバリア等をハッキングして無効化した時点で俺達は敵と見なされると思いますよ…」
 「…しかも…」
 「ハッキングした人間は…重罪人か…」

 溜め息。

 「まぁ、ナデシコならディストーション・フィールド張って押し通る事も出来る訳ですから」
 「…一つお聞きしますがね…カイトさん。その際の責任は…」
 「ネルガル本社が取るでしょう。だって俺達命令されてる立場ですし…ハックと違って艦の責任ですから」
 「…見事なまでの責任転嫁ですなぁ…あ…」

 プロスペクターの陣から香車が消える。

 「責任転嫁…って言うか…そもそもナデシコの正式なスペックを理解出来てない連合軍の責任でしょう?」
 「…確かに…」
 「なら後はネルガルの交渉役に頑張って貰いましょ」
 「むぅ…」

 パチン、という音と共にカイトの手が盤から離れると先程プロスペクターから取った角が置いてある。

 「まずは…ウチの艦長の手腕を拝見…って所ですかね? あ、ちなみに王手ですから」
 「…それしかありませんかね………降参です…。相変わらずお強いですなぁ」
 「では…次は俺だ…」

 ゴートは腕まくりをしてプロスペクターと変わる。

 「…所で…何だって俺は将棋やってるんです?」

 その言葉にプロスペクターは笑顔で一言。

 「フクベ提督に勝つ為の訓練ですから」





第3話へ


−−−−−

あとがき(鬼嫁との)対談


Tasqment(以後Tas):…2話目終了ー。

???:…原作通りね。…しかも副長さん含め。

Tas:まぁねぇ…いや、彼の見せ場あそこ位だから…奪っちゃダメだろうなぁ、と。

???:…不幸な…それにしても…。

Tas:?

???:今回の題名なんとかならなかったの?

Tas:う…いや…なんと言いますか…。

???:OK、分かった。

Tas:は?

???:良いセリフが無かった訳ね。

Tas:…あい。まぁ、セリフから題名を引用するとこういうオチが有ると…。

???:0、1話が比較的マトモな分余計目立つわね…コレ。

Tas:うぅ…特に題名になりそうなのが無かったのがなぁ…。

???:まぁ、話自体0、1話より短くなったしね。

Tas:…その辺もあって良いセリフが無い…ってのは…言い訳にならんよなぁ…。

???:ならないわね。ま、題名はもう良いわ…今後もこんなオチがつくんでしょうから。

Tas:…いや、つきたくないんですが…。

???:で、作中の“都市制圧型リリーちゃん参号”って何?

Tas:やっぱり出しとかないと存在忘れられちゃうかな、と。

???:誰の?

Tas:リリーちゃん。

???:………。

Tas:………。

???:………ばか?

Tas:アンタなぁ! 悲壮に満ちた声で言うなっ!

???:ま、最初から分かってるしね…。

Tas:………うぅ、大体なんでアンタがまたココに居るんだよ…くそ………。

???:…何?(微笑)

Tas:いえ、別に。

???:まぁ、いいわ。それにしても…今回はツッコミ所が少ないわね…。

Tas:1話以上にTV版と同じですからな。カイトが動かない以上話が変わり用が無い、と。

???:やっぱり動くのは中盤以降?

Tas:まぁねぇ…やっぱりカイトの行動が影響してくる時期としては…ね。

???:出会ったからといっても直ぐに変わる訳が無いか…。

Tas:うぃ、自分は周りの人達の影響で結構変わると思っても、周りの人達は変わらないでしょ…大概は。

???:そりゃそうね。で、次の3話だけど…。

Tas:はっはっはー…ヤツをどうするかのぅ…。

???:個人的には嫌いじゃ無いんでしょ?

Tas:ですねぇ…やはり彼とアキトのコンビは良いなぁ、と思うし。

???:じゃあ…。

Tas:ま、どうなるかは気分しだいなんですが…。

???:………気分てアンタ…。

Tas:まぁ、さっさと書くとしましょう。彼は話しの進み方次第と言う事で。

???:…何だかなぁ…。

Tas&???:でわでわ、3話でお会いしましょー。


−−−−−

あとがき


 と、言う事でようやく2話終了です。

 前2話よりか短くなりました。やはりTV版通りの話数で行くと、ちと短くなりそうです。

 今回の内容はただ一つ、“ミナトフラグ1:ON”これが今回の副題だろうか…とかなんとか。

 いや、流石に嘘ですよ?えぇ、もちろんセリフが少なかろうと何だろうとヒロインはルリちゃんですから(汗)

 そのルリちゃんの方はやはり感情抑えめで(書けるかどうかは別として)行こうと思います。

 なんせカイトが積極的にルリちゃんに接触してくれないんで(書いてる自分が言うのも何ですが(汗))

 …それ所か…今回も戦ってませんな…ウチの主人公………。1話に続いて2話までも…どーしたモノか。

 ま、のんびり行きたいと思います…いや結構ペースアップしないとかなり時間が掛かるんですが…。

 何はともあれ、ガイをどうするか悩みつつ3話を書きます。でわでわ、Tasqmentでした。


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