機動戦艦ナデシコ

〜天魔疾駆〜





<火星・ネルガル研究所付近・シェルター内・2195年10月5日>


 「…やれやれ、まさかエステが4日でイカれるとは思わなかった…その修理中に敵襲とは…」

 黒髪の青年が歩きながら呟く。

 「でも…4日間ずっと戦いっぱなしだったんだ…仕方がないさ。それにしても悪かったな、カイト。荷物運びの手伝いして貰って」

 茶髪の青年―――カイトと呼ばれた青年よりも多少、少年らさを残している―――は抱える段ボールの箱を抱えてシェルター内の通路を歩く。

 「あぁ、気にしないで良いよ…アキトが居なけりゃ、あの研究所でロクな食事がとれないんだから…」

 溜め息。

 「あ…あはは…は……」

 アキトと呼ばれた青年は苦笑しつつ、友人…親友になって8年―――家族と言っても良いのかも知れない―――にもなる青年を見る。

 「でも、カイトが居るお陰で今のバイト先にも雇って貰えた様なモノだしなぁ…」

 カイトはアキトのセリフを聞きつつ思い出す―――すでに…木連を離れて8年になるのだ―――と。



第1話:これが貴方の乗る艦、『ナデシコ』です



<火星・ユートピアコロニー・2187年>


 3人の少年と少女達があるアパートに引っ越してきた。
 一番の年長者が9歳…後の二人が8歳…アパートを貸す大家は色々と詮索しようとしたが、少年達の子供らしからぬ態度と5年分の部屋代を目の前に置かれるとあっさりと部屋を貸し出した。
 少年達の姓は“カザマ”と言った。

 「…さて、これで、なんとか生活する場所は何とかなったな…」

 黒髪の少年―――カイト―――はそう言って畳の上に足を延ばす。

 「そうですね。でも…天魔兄さん…これからどうするんです?」

 紫がかった黒髪の少女がお茶の準備をしながら問う。

 「…イツキ…“天魔”じゃないって」

 それを見つつカイトは苦笑し訂正する。

 (まぁ、長い間そう呼ばせてたしな…)

 「…カイト…ねぇ」

 もう一人の少年―――こちらは焦げ茶の髪だ―――は言い慣れないといった風に呟く。

 「そ、“天魔”じゃなくて、“カイト”それが俺の本当の名前だから…」


――――― それは…“彼女”が与えてくれた名前。…そして…皆が認めてくれた“俺”の名前 ―――――


 「はい、すみません。カイト兄さん…。それで、どうするんですか?」

 イツキが今一度問う。

 「別にどうもしないよ。とりあえず…学校に行かないとな。俺達程度の年齢で学校に行ってないんじゃ…流石に問題だろうし」

 当面…おそらく後4、5年は経たなければ自由に行動出来ないだろう。

 「…4年か〜…長いよね〜」

 焦げ茶髪の少年―――ミカヅチ―――は呟く。

 「ま、仕方がないさ…さて、とりあえず…俺はお隣さんに挨拶に行ってくるよ」

 カイトはそう言って玄関に向かう。

 「はい、わかりました。じゃあ私とミカヅチで食事の準備しときますね」

 背中に掛かった声に、よろしく、と一言残しカイトは部屋を出る。



 「…あー……」

 カイトは隣の家の表札を見た後、力の抜けた溜め息を吐き頭痛を抑える様にこめかみを押さえる。
 予想外…何故彼の姓がココに在るのだろう…。
 表札には“テンカワ”の文字。

 (…そういや…アキトさんに子供の頃火星で何やってるとか…聞いた事無かったな…ユリカさんとの事は良く聞かされたけど…)

 「ま、いいか。本人なら本人で…為るようになるだろ」

 そう結論づけると呼び鈴をならす。

 「…はい…」

 少年の声…だが妙に暗い。
 ガチャリ…と音を立ててドアが開く。
 出てきたのは、カイトの記憶にある彼を幼くした少年。だが…

 (…暗い目をしてる…あぁそうか、親父さん達が…)

 前時間軸で聞いた事を思いながら、普通に声を掛ける。

 「はじめまして。隣に引っ越してきたカザマ=カイトです。後、妹と弟が居ますが共々よろしくお願いします」

 そう言って軽く頭を下げる。顔を上げると少年が驚いた顔をする。

 「! 君…両親は?」
 「あー、居ない居ない。家族は妹と弟が一人づつ。今は部屋で食事を作ってる」

 何ともない…といった風に答える。
 アキトは難しそうな顔をして謝る。

 「ゴメン…俺も親が死んじゃって…その事言われて…どんな風に感じるのか分かってるのに…」

 カイトはそんなアキトを見て微笑む。

 「気にしないでいいよ。そっか…君は両親を…」
 「うん…空港でね……あ! ゴメン、俺はテンカワ=アキト。よろしく」

 アキトは無理矢理笑顔を作り、握手。

 「ん、よろしく。…そうだ、食事はまだ?」

 カイトの問いに頷く。

 「じゃあ、ウチで一緒に食べよう」

 でも、とアキトは躊躇う。

 「…一人で居ると色々考えて沈んじゃうから…それに食事は沢山の人と一緒に食べた方が美味しいから」

 そう言うとカイトはアキトの手を引いて自分の家に連れ込んだ。





<ユートピアコロニー・カザマ家>


 「「「ごちそうさまでした」」」

 少年達の声。

 「お粗末様でした」

 少女…イツキは嬉しそうに応える。

 「ほんと…美味しかったよ…カイト達はいつもこんな食事?」

 両親が死んでからはジャンクフードが食事のメインになっているアキト。

 「まぁ、そうかな? 僕は料理出来ないから食べる方専門だけどね」

 ウマが合うのか、アキトと直ぐに仲良くなったミカヅチ。

 「ありがとうございます、アキトさん。…でも、私の料理って、カイト兄さんから教わったモノなんですよ♪」

 イツキは嬉しそうに言う。

 「へ? カイトが?…予想外だ…」
 「ほう…それはどういう意味だ…アキト…」

 アキトの頭を挟むように握り拳を当てる。

 「…あ…いや…何と言うか…」

 言い淀むアキトにカイトは容赦しなかった。

 「ぐあああぁぁぁぁぁ!!」
 「ククク…苦しめ苦しめ…」

 アキトに通称“梅干し”を仕掛ける兄を見て妹と弟は一言。

 「それは悪党のセリフです…カイト兄さん………」
 「それは悪党のセリフだよ…カイト兄………」





<ユートピアコロニー・カザマ家・2190年>


 「ネルガルのテストパイロット?」

 カイト達と知り合ってから彼らと共に生活するようになったアキトが食事の片付けをしながら不思議そうに聞き返す。

 「あぁ、例のやたらと難しい体感ゲームあるだろ?」

 アキト、イツキ、ミカヅチは頷いて話しを聞く。

 「アレでさ、20回くらい連続でハイスコア更新してたんだよ、俺」
 「………カイト兄…あの…IFSで動かす、ロボットの体感ゲームだろ?」

 やった事あるのかミカヅチが困り顔で聞く。

 「あぁ…なんだ、ミカヅチはやった事あるのか?」

 正直、自分以外の人がやっているのを見た事がない。

 「…俺も知ってるけどさ…カイト…俺達のクラスの連中でも1面以降クリアしたヤツいないぞ…」

 アキトも苦笑しつ言う。

 「アレは、子供用じゃないらしいから」
 「「「は?」」」

 カイトは平然と言い切る。

 「どういう事です? 兄さん…子供用じゃないって?」

 イツキ自身はさしてゲームなどはしないが、兄の話を聞いて興味が湧いたのだろう。

 「要するに、今ネルガルで機動兵器の開発してるんだと。で、そのパイロットを探すのに、モノは試しで簡易訓練用のシステムをゲームセンターに置いたんだとさ」

 無茶苦茶である。

 「………カイト兄………いくら何でもソレは………だいたい、嘘は泥棒の始まりだって聞いたし…やめた方が………あああああああぁあぁぁぁあああああぁぁぁぁ………」
 「はっはっは、ミカヅチィ…俺が嘘を言うとでも?」

 笑みを浮かべてミカヅチの顔を鷲掴みにする。
 何やらミカヅチの顔が変形して行く様にも見えるが、皆気にせず話を続ける。

 「…それで…ネルガルに勧誘されたんですか?」
 「そ。…まぁ、このまま学校で何勉強する訳でもないしな。金も結構良いし…やろうと思う」
 「…そうか…俺も何かバイトするかな…父さん達の遺産も限界があるし…」

 カイトの意見にアキトが一言零す。

 「じゃあ、私も何か…」
 「ダメ」
 「って、何でですかカイト兄さん! 私だって!」
 「…あのさ…イツキちゃん…流石に小学生でバイトは無理だと思うよ…」
 「…う…」

 カイトは頷き続ける。

 「そういう事だ。まぁ、急がなくても良いだろ。…ん、どうした? ミカヅチ?」
 「あ…あぁぁ………父さん………今逝くよ………は…はは………あはははははははは………

 のんびりと話ながらもミカヅチの頭を掴んでいた手は全力だったらしい。

 「…あれ?」
 「………カイト………」
 「………カイト兄さん………」

 カイトは絶句している二人を後目にミカヅチに言葉を掛ける。

 「ミカヅチ…寝るなら布団の上の方がいいぞ…ついでにお前の親父はちゃんと生きてる…ハズだ…たぶん

 ソレを見る二人は同じ事を心の中で呟いた。



――――― 鬼 ―――――





<ユートピアコロニー・カザマ家・2193年>


 「…コックのバイト?」
 「そ。ウチの研究所の食堂で」

 夕食を食べ終えて、4人揃ってのんびりしている時にカイトが提案してきた。

 「…出来るのか?」
 「まぁ、別に研究内容を見れる訳じゃないし…今まで雇ってた人の親御さんが病気だってんで、地球に帰っちゃってね。だもんで一人雇おう、って話。どうだ?」
 「………」

 黙考。

 「…? アキトさん…迷う事無いと思うよ。アキトさんはコックになりたいんでしょ? だったら…」
 「うん。分かってるんだ。ただ…」
 「…ネルガルってのに引っかかってるのか?」

 アキトは、はっ、としてカイトを見る。
 それを見て苦笑。

 「あのなぁ…別に飯作るだけだろ? 何される訳でもないんだから…」
 「…そう…なんだろうけどさ…」
 「それに…何もさせ無いって…俺が…な…」
 「カイト?」

 (確かに今のネルガルを信用しすぎるのは危険だけどな。ま、こっちにはアノ人も居るし…)

 「ま、ともかくやってみろって」
 「アキトさん…気にしすぎだと思いますよ。カイト兄さんですらテストパイロットなんて事やって無事なんですから。やってみるのも良いんじゃないですか?」

 余りと言えば余りなイツキの言葉。

 …たまに酷い事言うよな…イツキのヤツ…
 
そうなんだよね…僕の苦労も分かるでしょ…カイト兄…
 「………カイト兄さん…ミカヅチ…聞こえてますよ………」

 声に抑揚がない。
 あー、と一つ呼吸を置いてカイトは話を変える。

 「ま…まぁ、アレだ。俺だって、テストやってたら、1機ぶっ壊したけど何も言われてないし…」

 初めて聞く話しだ。

 「壊したんですか…カイト兄さん………」

 先ほどの声とは違い、恐る恐る聞く。

 「うむ。完璧に大破して、廃棄処分だ……まぁ、俺の失敗2割…開発陣の失敗5割…運で3割って所だけど………」

 運の方がカイトの責任より割合が高いのは……。
 そう思っても誰も言わないが。

 「………ま…まぁ…やってみるよ、カイト。よろしく」

 馬鹿な話で気が楽になったのか、アキトが提案に乗る。

 「ん、じゃ、明日からよろしく」
 「……あ…明日?」
 「明日。がんばれよ〜…んじゃ、俺は寝るから明日もテストだし…おやすみ〜」
 「…カイト兄さん。普通前日にそういう話は持ってこないと思うんですけど…」
 「…まぁ、カイト兄だしね…」
 「…明日って…」

 がっくりと肩を落とすアキトと兄の適当な説明に溜め息を吐く妹と弟。
 それを横目に見ながらカイトは知らずと笑みを浮かべていた。

 かくしてアキトはネルガル火星研究所の食堂でバイトに明け暮れる事になる。





<ユートピアコロニー・カザマ家・2194年>


 イツキとミカヅチがカイトの前で正座をしている。

 「…本気よ、カイト兄さん。私は軍の訓練学校に入る」

 イツキは表情を堅くしたまま言う。

 「…僕もです。カイト兄…僕は…ミンナを守りたい…そりゃ…“アソコ”の事は今でも覚えてる…でも…」



――――― ここで出会った人達を…失いたくない… ―――――



 ミカヅチの言葉…それは自分もかつては思った事。故に…止める事など出来はしない。

 「分かった。好きにして良い…ただ…これだけは伝えておく…」

 カイトの表情は固い。

 「先日…草壁から最後の通知が来た…木連は…地球に仕掛けるそうだ…」
 「「っ!」」

 二人は体を強張らせる。

 「軍に入るのを止めろ…なんて言う気は無いさ。お前らが考えて出した答えだろう。だが…軍に入れば…彼らとも戦う事になる、間違いなくな。直ぐに答えろとは言わない…とりあえず、明日まで考えて答えを出せ…もう一度明日聞く」
 「………はい…カイト兄さん………」
 「………分かったよ…カイト兄………」

 二人の表情を見て、軽く笑う。

 「大丈夫…どんな答えでも聞いてやる。…もっとも…その答えに対しては自分で責任を取らなきゃいけないけどな…」

 二人が頷くのを見て、頭を軽く撫でる。

 「………後悔しない答えを…出せよ」

 二人は今一度深く頷いた。

 ………

 数日後…二人は軍訓練学校に入る。





<ユートピアコロニー・シェルター内・2195年10月5日>


 「…ユートピアコロニーが…」
 「チューリップが落ちたから…な。…俺達はネルガル研究所に居たからまだマシ…ってだけ…だけどな」

 アキトの呟きが聞こえ、つい声にしてしまった。
 シェルター内はかなりの人が居る。

 「イツキちゃん達…大丈夫かな?」

 アキトが心配そうに呟く。

 「…大丈夫だろ…アレでも軍学校じゃ天才とか言われてるみたいだしな…」

 まだカイトには届かないが、ヘタをすると正規の軍人よりもイツキとミカヅチ二人の戦闘技術は高い。

 「…それにしても…随分厳しいみたいだな……かなり押されてるみたいだ…」
 「カイト…研究所の人達は…」
 「大丈夫。あの研究所は、ある意味シェルター以上に安全だから…あの連中限度ってモノを知らんしな…」

 薄暗いシェルター内を見回してみれば、皆が心配そうにしている。中には好き勝手言っている者も居る。

 「………」
 「ん?」

 アキトの方を金髪の少女が見ている。

 「…おい、アキト…あの子…お前の知り合いか?」

 カイトに聞かれてその少女を見るが…知り合いには居ない。

 「…いや………でも…まだ、あんなに小さいのに…こんな事に巻き込まれるなんてな……そうだ!」

 アキトはバイトの買い出しで買ってきたミカンを少女に渡す。

 「はい」
 「! ありがとう!」

 少女は満面の笑みを浮かべる。

 「あのね…おにいちゃん。わたし、アイって言うの! おにいちゃん! デートしよっ!」
 「え゛っ!?」

 アイの言葉に固まるアキト。

 「くっくっく…良いじゃないか…デートして上げればっ…ククク………アイちゃん…ねぇ…そういや…確か…イネスさんの本名って………お…俺は何も知らない…覚えてない…ウン…分からない………

 アキトをからかいながらも顔が引きつっていくカイト。
 少女の母親らしき女性はそんな3人を見ながら微笑む。

 不意に壁の崩れる音。
 その向こう側には一体のバッタ。
 怒号と悲鳴。
 非常口に人が走り出す。

 「チィッ!」

 カイトは舌打ちをして腰から大型のナイフを抜く。

 (…キツイな…せめて臥竜でも持ってれば楽だったんだけど…)

 いくら戦闘用MCの身体能力が高いとは言え、ナイフ一本で戦うのは厳しい。

 (何とかバランスを崩して…腹部からナイフで…か…さて…行く…か?)

 そこまで考えた時にはアキトがトラクターで走りだす。

 「…って! アキトッ!?」

 それを見て、直ぐに後を追う。

ガンッ!
 金属同士がぶつかる音。バッタと金属の床が擦れて耳障りな音を立てる。
 バッタはトラクターに押されて壁際で動きが取れなくなり、脚をばたつかせる。

 「っ! まだまだぁ!」

 アキトの意志にIFSが呼応してトラクターの出力が上がり、タイヤが床と擦れて嫌な音を立てる。

 「カイトオォォォ!」

 アキトの絶叫に近い声。

 「…あいよ――セッ!」

 アキトが声を上げた時にはトラクターに追いついていたカイトが一言応え大型ナイフを振るう。
 胴と頭の継ぎ場所、腹部にある動力系のパーツを斬り捨てる。
 ホンの1秒たらずでバッタは動きを完全に止めた。

 「………アァキィトォォ……無茶しすぎだ!」

 今のバッタがミサイルを持っていたら…そう思うとゾッとする。

 「あ…いや、ゴメン…でも…カイトが何とかしてくれるって思ったから…」

 アキトはそう言って表情を緩ませる。

 「………それでも…少しは…か・ん・が・え・て・行動しろよ………」

 ニッコリと微笑みつつアキトの顔を右手で掴む。

 「あぐ…いや! ちょ! まっ! ぐあああぁぁぁああ………」

 「ククククク」

 いつぞやに聞いたことのある笑い声を上げつつ右手の力が強くなる。

 「ゴメン! ゴメンナサイ! もう、しないって!! だから、右手をおぉぉぉおお………」

 たっぷり1分程たってやっと手を離す。

 「うぅぅぅぅぅ……」

 顔を押さえて呻くアキト。

 「…全く……?」

 何かを忘れてる気がする…。

 (…アキトがトラクターでバッタを押さえて………非常口が開いた時に………っ!!)

 かつての時間軸で観た記憶。

 「ヤバイッ! その扉をあけっ―――」

 その言葉は届かない。
 ゆっくりと開いた扉の向こうに見えるのは…深紅の瞳をもった…黄色の無人兵器………。
 カイトはアキトをトラクターの影に叩きつける。

 絶叫。

 爆音。

 爆風。

 衝撃。

 それらがカイトとアキトを通り過ぎた後にあるのは…バッタのミサイルによって破壊し尽くされたシェルターだった。

 「………う…うそだろ…カイト…こんな…こんなっ!」

 茫然自失気味に叫ぶアキト。

 「…現実だ…コレは………」

 ミシリ…と、音が聞こえて来そうな程に歯を食いしばる。

 「…マ…ママッ!…」

 少女の声が聞こえる。

 「! アイちゃん!!」

 アキトは直ぐに声のする方に走り出し、カイトもその後に続く。

 (…何を…やってる…俺は…知っていた…ハズだろう!!………バカが………)

 カイト達が声の所まで来ると、少女―――アイ―――は泣きながらアキトに抱きつく。

 「あのね! あのね! ママが起きないの! どうしてっ!」

 アイをアキトに任せ、カイトは母親の容態を確かめる。

 (…外傷は…打ち身…擦り傷程度か…頭を打った可能性はあるが…どちらにせよ、様子を見るしかないな…)

 「…大丈夫、大きな外傷も無いし…直ぐに起きると………」

 そこで言葉が止まる。

 「? どうしたカイ…ト……う…うぁ…」
 「? おにいちゃん? …ぁ……ぁぁあ……きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 無数のバッタ…先ほどの非常口から入って来たのだろう…視界全域をバッタが犇めく。

 「………」

 (…マズイ…限りなく…ヤバイ…跳ぶか?)

 ある種の覚悟を決めてアキト達の前にナイフを構えてカイトが立つ。

 「うわあああぁぁぁぁああ!!!」

 アキトの絶叫。
 その瞬間にカイトにとっては馴染み深い光。

 (! ボソン光! けど…チューリップクリスタルなんて………! アキトさんのご両親の形見のネックレスか!)

 カイト、アキト、アイにナノマシンの発光現象が起き、体中に紋様が浮かぶ。

 「お…おにいちゃん!」
 「アイちゃん! カイトッ!」
 「…大丈夫…落ち着け…!」

 怖がる二人を落ち着かせようとするカイトだが、奇妙な違和感を覚える。

 (…なんだ…アイちゃんに…別のジャンプフィールドが発生してる? …アイちゃん別のCCを持ってるのか? マズイッ! 離れる事に!)

 光がカイト達3人を包む。

 (…イヤ…コレで…俺の知る歴史通り…なのか? アイちゃんが過去の火星に跳んで…こっちでイネスさんになる…か…まぁ、研究所にイネスさんが居たんだから…良い…のか?……まぁ、とりあえず…俺とアキトは地球にか…俺が誘導した方が良いか…ジャンプ!)

 カイト達3人を狙っていたバッタと気絶したままのアイの母親を残して、3人はボソン光と共に消えていった。



――――― どうか…無事で居てください…アナタの子は無事ですから…少々…年…取ってますけどね ―――――





<地球・日本・サセボ・2195年>


 「………っ…こ…こは?」

 満天の星空。
 目の前には川が流れている。どうも土手で横になっていたらしい。
 妙に気怠い体を起こして隣を見ればアキトが倒れている。

 「…地球…しかもサセボ…まぁ、俺にとっても…思いでのある土地だしなぁ…」



 記憶を失ってナデシコに跳び…

 いつの間にか一緒に拘留する事になって………

 皆と一緒に暮らしていた…

 アキトさんの部屋で寝て起きて…

 ユリカさんとルリちゃんがご飯食べに来て…

 リョーコさん達とゲームして…

 イネスさんの説明で死にかけて…

 セイヤさんに機械の事を叩き込まれて…

 ホウメイさんにアキトと一緒に料理を教わって…

 今の自分を作り上げる事になった…



――――― “大切な思い出”の地 ―――――



 「…だから…サセボに跳んだのかな………ルリちゃん…ユリカさん…みんな…」
 「…ぅう………カイ…ト?」

 アキトがゆっくりと体を起こす。

 「…起きたか…アキト…ココが何処か分かるか…」
 「? ココ?」

 アキトは周囲を見回すと青ざめる。

 「ちょっ! カイト! ココって…地球か!? 何でっ! 俺達は火星に居たハズだろ! それに…アイちゃんはっ!」
 「………落ち着けって…とりあえず、地球の日本…サセボらしい。で、アイちゃんは見あたらない…」

 半分ヒステリーを起こしかけているアキトを諫め現状を伝える。

 「…理屈は分からんが…俺達は地球に来たんだ…」

 そう言って空を見上げる。

 (何とか地球には来れた…さてネルガルに連絡を取るか? いや、マズイか…どうやって地球に来たのかってので…身動きが取れなくなりそうだし。だとすれば…マズは…)

 「…アキト…とりあえず、宿と金を稼げる場所を探そう…俺達のカードが地球で使えるかどうかも分からないしな…」

 呆然として居たアキトが我に返る。

 「あ、あぁ…なぁ…カイト…みんな…大丈夫だよな? アイちゃんも…イツキちゃんも…ミカヅチも…」
 「大丈夫だよ…きっと……俺達が信じてやらないと…な!」

 そう言ってアキトの背中を叩く。

 「…そ、そうだな…きっと…大丈夫…きっと………」

 空を見上げるアキトを見て思う。

 (…アソコにミカヅチは来ていたのだろうか…来てたなら…俺達のジャンプに巻き込まれて…か。どうなんだろうな…未来を知ってれば何でも出来る…って訳じゃ無いからな。そもそも、俺が知ってる事なんてたかが知れてるんだし。……でもまぁ、どちらにせよ…)

 家族に心配させたまま生き終える様な事は教えていない。
 イツキには射撃を中心に…ミカヅチには接近戦を中心に叩き込んだ…死なない為に…生き残る為に……。
 あの二人はそれを実践するハズだ…だから………。



――――― 大丈夫 ―――――





<サセボ・福谷食堂前>

 二人の男が歩いている。
 一人は、眼鏡にちょび髭を生やした痩せた男。
 一人は、あきらかにスポーツ等をしていたであろう、体格の良い男。

 「…ミスター…これでクルーは揃ったのか?」

 “ミスター”と呼ばれた眼鏡を掛けた男は笑みを浮かべた顔を壊す事無く頷き答える。

 「はい、最低数は確保しました…しかし…」

 人員の足りない部署がある…と。

 「そうか…では、どうする? 誰かつてがあるのか?」

 体格良い男の問いに首を振る。

 「それがなかなか…心当たりのある方も居るのですが…」
 「ならば、その者に…」

 いえ、それが…と続ける。

 「その方は火星に居た方なモノで…本末転倒…といった所ですか」

 眼鏡の位置を直す“ミスター”。

 「ゴートさん、アナタの方ではいらっしゃいませんか…パイロットとコックの出来る方…」
 「むぅ…生憎と…俺の知り合いも火星になら居るのだが…」

 困りましたなぁ…と、全く笑みを崩さずに声だけで疲れを見せる。

 「…とりあえず、昼食にしましょうか…ソコの食堂でよろしいですかね」

 ゴートと呼ばれた男は頷き歩を進める。

 「何ならミスター、ココのコックの腕が良ければ誘ってみたらどうだ?」
 「ふむ、そうですねぇ…そうしてみますか」

 ―――民間の艦に乗ってくれる方かわかりませんが。

 食堂に着いた時には、遙か上空で軍の戦闘機とバッタと呼ばれる無人ロボットが戦い始めていた。

 「また始めた様だな…」

 ゴートがポツリと漏らす。

 「やれやれ、非効率的ですなぁ」

 そういう問題なんだろうか…と、ゴートは思う。
 その瞬間、食堂の扉が開き一人の男が飛び出てくる。

 「…ケンカ…か?」
 「はてさて…」

 首を傾げる二人を余所に店から一人の黒髪の青年が出てくる。

 「…ったく…人の事笑える程、勇敢な人間なのか…アンタは…」

 中肉中背黒髪の青年は男を見下ろして、一つ溜め息。

 「…人の死を見た事が無い人間が…死を目の前で見た人間を笑ってんじゃない…とりあえず、今回の金はいらんから、二度と顔を見せるな」

 最初に出てきた男を冷めた目で見やり、そう吐き捨てると青年は店に戻ろうとして…二人と対面。

 ………

 ……

 …

 「…あー…こんなトコで何やってんです? プロスさん、ゴートさん…」

 思いも寄らない、と言った風に声を掛ける。

 「…む」
 「いやはや、それはこちらのセリフですよ、カイトさん。貴方は火星に居たハズでは?」
 「さぁ? 気がついたら、サセボに居たってだけですから…」

 プロスペクターの問いは笑顔で受け流す。

 「やれやれ、地球に来ているなら一言欲しかったのですが…そうすれば、すぐにスタッフが決まったのですが…」

 珍しく苦笑するプロスペクターを横目にカイトはゴートと挨拶を交わす。

 「お久しぶりですね、ゴートさん」
 「うむ、2年ぶり…といった所か…更に腕を上げた様だな…」
 「ま、多少は…まだまだ足りませんけどね。それで、昼食ですか?」
 「はい、お願いできますか?」

 プロスペクターの問いにカイトは軽く笑って答える。

 「えぇ、いらっしゃい。プロスさん、ゴートさん」



――――― ホントに変わらない人達だねぇ… ―――――





<火星・ユートピアコロニー・ゲームセンター・2190年>


 「「「………」」」

 店内で一つしかない大型のモニターを3人の男達が眺めている。

 「…彼…ですかな…」

 眼鏡にちょび髭―――プロスペクター―――がディスプレイの中の戦場を駆け回る機動兵器を見つつ呟く。

 「そのようです…凄いですね。…あれって機動兵器の実戦訓練用の筐体ですよ。プロの軍人だって…コレ程までには………」

 見るからに研究者を彷彿させる白衣の男が言う。

 「…彼は凄いですよ。一日一回コレをしに来て…必ず、ハイスコアを出して行きますから…」

 この店の店主だろう壮年の男が口を開く。

 「何でもご両親を早く亡くしたとかでね…兄弟3人と、隣の少年の4人で生活しているんだそうです」

 このゲームをやっている少年から聞いたのか、スラスラと答える。

 「本人はバイトをしたいらしいのですが…12歳の少年を雇う所は火星には有りませんからねぇ…ま、せめて遊ばせて上げようと思って、このゲームをやらせてみたら…コレですよ…」

 何やら“不幸な身の上”と勘違いしたらしい。
 確かに、カイトは不幸と言えば不幸なのかも知れないが、本人は今のところ気楽なモノである。

 「ふむ…正に逸材…と言った所ですかな…どうでしょう。彼をテストパイロットとして雇うと言うのは」

 何やら電卓を叩きつつ思案するプロスペクター。

 「…しかし…やっと中学生に為ったばかりの…」

 年齢の部分で引っかかっているのだろう。顔を見れば、是非とも欲しい、というのが読みとれる。

 「まぁ、中学生なら状況次第でバイトも認められるでしょうし…まずは、ご本人の意思しだいではありますが…」

 そこまで言った所で筐体のカバーが開き、黒髪の少年が出てくる。

 「………予想以上に厳しくなるな…反応速度は…筐体の方がついてこないし………?」

 この人気の少ない箇所に珍しく人が居るのを見て不思議そうに首を傾げる。

 (………プロスさん? 何で…火星に居るんだ…つーか…見た目が全然変わってないし…)

 カイトのそんな思いとは別に、プロスペクターが話掛けてくる。

 「…いやぁ、お見事な腕前ですな…私こういうモノで」

 抜く手を見せず、カイトの前に名刺を出す。
 いかんせん12歳の少年に自己紹介でする行為とは思えないのだが…。

 「…はぁ…ネルガル重工…プロスペクター…さん?」

 一応は疑問系で聞く。

 「はい、名前はプロスで構いませんよ。…さて、このゲーム我が社で作ったモノでしてな…如何でしたかな? なかなか難しいと思うのですが…」

 いつも通りの笑顔を浮かべて聞き出そうとする。
 少なくとも子供がやって楽しめる様なシロモノではない。エネルギー制限に弾数制限、機体の耐久力に機体強度、制限時間と非常識なレベルで制限がある。
 更には体に掛かる負担も半端では無い。加速すればGは掛かるし、攻撃を受ければ衝撃もある。
 実際、Gが高くなりすぎて小さい子供では体を壊しかねないのだから。

 「…面白いですね…実際に機動兵器に乗ったらこんな感じなんでしょうね…ただ…」

 一瞬言い淀む振りを見せる。
 プロスペクターの後ろに居た研究者が聞き返す。

 「…ただ……何かな?」

 研究者は自分達が作ったモノに自信があるのだろう、正面から見据えている。

 「…えーと…反応速度が足りないかな…と。俺自身は反応しているつもりなんですけど…自機が反応してくれない…そんな所が多々あるんですよね…」

 カイトの言葉に研究者は唖然とする。

 「…反応…しきれない? 自機が? そんな…バカな…いや、ちょっと待ってて下さい! 直ぐに調整しますから!」

 叫ぶように言うと、あっという間に筐体に入り込む。

 「…なんかマズかったですかね?」
 「いやはや、まさかパイロットが反応しても自機がついて来れないなどと言われては、作った彼らの面目が立たないのでしょう…あぁ、時間はおありですか?」
 「? まぁ、大丈夫ですけど…」

 では、と勢いづくプロスペクター。

 「では、少々お付き合いお願いできますかな………この筐体はですな…最近我が社で開発している機動兵器の訓練用のシステム…ソレの簡易版なのですよ」
 「…は?」

 (…やっぱりか…かなりエステとの接点が多かったしな)

 苦笑したくなる自分を押さえて呆けた顔を作る。

 「ですから…このゲームで採算を考えてはいないのですよ。実際赤字ですしね。まぁ、元々別の目的で置いてあった訳ですから…」

 一呼吸置いて続ける。

 「本来機動兵器パイロットの養成用の代物であるこのゲームを20回連続でハイスコアを延ばし続け、更には…この筐体がどういったモノが何なのか…理解しつつあった…でしょう?」

 眼鏡を押し上げるプロスペクター。

 「………まぁ、確かに子供向けのゲームじゃないとは思いますが…」
 「…私が考えますに………貴方は何処かの研究者、兵器開発者…または軍人さんのお子さんでは?」

 笑み全くを変えずに話を進める。

 「………俺に親が居ない…って事は知ってます?」
 「えぇ、お聞きしました」
 「…俺の親は…クリムゾンの研究者でしたよ………まぁ、お陰でこの手のゲームを良くやってましたけどね…IFSを使うシロモノでは無いですけど…」
 「………クリムゾンの…失礼ですがお名前は?」
 「…カイト…カザマ=カイトですよ…プロスさん」

 カイトはそういって笑う。
 カイトからすれば、プロスペクターはある程度は知っている人物…まぁ、限りなく過去の分からない人物ではあるが。

 「…ふむ…カザマ…カザマさんですか…はてさて…クリムゾンの火星研究者は…全員調べたハズなんですがねぇ…」
 「そりゃマシン・チャイルドの研究者でしたから…ね…」

 プロスペクターにだけ聞こえる様に呟く。

 「………なるほど………では貴方は…」

 カイトは表情を変えずにプロスペクターの方を見る。

 「…えぇ…俺は…MCですよ…ただし…白兵戦及び、機動兵器を主に使う事を念頭に置いてますが…」
 「………クリムゾンのMCが白兵戦所か、機動兵器戦を考えてのモノだったとは…しかし…アレですな…そうすると…貴方は………」
 「気にしないで良いですよ…クリムゾンの方では、俺は死んでる事になってますから」


 口元を歪める。

 「…連中には余り良い思い出がありませんから」
 「…そうですか…さて…どうしましょうか…彼をこちらに引き入れる事が出来るならかなりの拾いモノですが…

 カイトは聞こえない振りをしつつ筐体から出てくる研究者を見る。

 「…これで反応速度は上がるハズです…すみませんが…もう一度お願いできますか」

 カイトは微笑んで頷き、一言。

 「…クリアして良いんですよね?」



――――― とりあえず…コレでフラグが立ったかな? …ナデシコ…か… ―――――





<サセボ・福谷食堂店内>


 「さて、カイトさん。少々お話が有るのですが…よろしいですかな?」

 昼時を過ぎて客足が遠のいた所で、プロスペクターが用件を持ちかける。

 「…まぁ、一通り落ち着いたんで構いませんけど…なんです?」

 (…やっぱり…アレ…だろうなぁ…)

 プロスペクターは変わらず笑顔を、ゴートはむっつり顔を変えない。

 「まず…カイトさん…貴方は…我が社の契約社員な訳で…」

 カイトも負けずに笑顔のまま言う。

 「アレは、火星研究所の…であってネルガル本社には関係しないハズです。これは、契約内容を確認して貰えば直ぐです…って、プロスさん相手に契約書を交わしたんでしょうが…」
 「おや、参りましたな。ソコまで覚えていらっしゃる?」
 「………なんなら契約書の内容全部言いましょうか?」

 アキトや雪谷食堂の店主であるサイゾウは、それを興味津々と言った風に眺めている。

 「…大したモノだな…カザマ=カイト。ミスター、ココはハッキリ言った方が良いのでは無いのか?」

 ふむ、とプロスペクターは一呼吸分間を空け、本題を切り出す。

 「…実はカイトさん…貴方に手伝って欲しいプロジェクトが有りまして…」

 そういうプロスペクターの顔は笑っていても目が笑っていない。

 「…で?」

 カイトは一言呟き、先に進めるよう促す。

 「必要人員は一通り揃いはしたのですが…補充と言いますか…微妙に足りない部署が有りまして…そこに貴方の力を貸して欲しいと…」

 ナデシコや、スキャパレリ・プロジェクトの事は口にしない。

 「…で、俺に何を担当しろと?」

 「…パイロットだ…現状では一人しか居ない………出来れば、後コックも欲しい所だが…」

 と、ゴートがアキトの方を見つつ答える。

 「………え? コックって…俺っすか!?」

 その視線に気づいたアキトが大きな声を出して、サイゾウに叩かれる。

 「ったりめぇだろうが! 俺にはこの食堂が有るんだ。てめぇ以外に誰が居るってんだ!」

 サイゾウの言葉を聞きつつカイトは苦笑する。

 (良い弟子が出来た…って喜んで人のセリフじゃないと思うんだがね…)

 「…アキト…どうする? この二人はお前のコックとしての腕を欲しがってるぞ………まぁ、何処に連れて行かれるかも分からんが…」

 アキトは困った顔をしつつカイトに問い返す。

 「…カイト…お前はどうするんだ? …俺は…受けても良いと思う。少なからず、俺の腕を買ってくれてるなら」

 カイトはアキトの多少前向きな返事に笑みを作り、プロスペクターとゴートに答える。

 「だ、そうです。俺もアキトも参加させて貰いますよ」
 「いやぁ、助かりました。正直貴方が来てくれるのなら…ピッポッパッ…っと…お二人のお給料はこの位でどうでしょうか?」

 器用にも二つの電卓―――電卓を二つも携帯する必要性は不明だが―――を操り、かなりの高給を打ち出す。

 「…相変わらず金払い良いですね…ネルガルは…」
 「…お…俺がこんなに貰っちゃって良いのかな…」

 カイトは苦笑しつつ、アキトは表示された数字の高さに逆に申し訳なさそうにする。

 「期待してますよ、っと。…あ、カイトさん…」
 「? 何です?」
 「お仕事なのですが…掛け持ちをお願いしてよろしいですか?」

 プロスペクターは今一度電卓を叩く。

 「整備の方もやって貰いたいのですよ…貴方は火星の方でエステバリスの修理も改造も参加していたでしょう?」

 カイトは苦笑して頷く。

 「構いませんけど…」
 「いや、助かります。もう一人整備員を雇うよりは余程効率が良いですからなぁ…こんな所でどうでしょう?」

 電卓に打たれた数字は先ほどの1,5倍程になっている。

 「えぇ、OKです」
 「あ、俺の方もOKっす」

 カイトとアキトの両方から了解が取れた所で、プロスペクターは契約書を2枚取り出す。

 「………相変わらず…何処にしまってるんです? 電卓とか契約書とか…」
 「それはもう企業秘密と言う事で、ハイ」
 「…では…カザマ、テンカワ…その契約書を良く読んでサインをしてくれ。明日今一度来る」

 そう言ってゴートは席を立つ。

 「………明日? 今じゃなくて?」
 「……ココの料理は旨いからな…」

 頬を紅く染めるゴート。はっきり言って男―――しかもゴツイ―――が頬を染めるのを見てもイヤなだけだ。

 「…まぁ、我々サラリーマンはそうそうココまで来れませんからな」

 苦笑。

 「…口実を作ろうって?…ま、いいや。明日また待ってますよ」
 「はい、ではこれで。長々失礼いたしました」

 店を出る二人を見ながらカイトは変わり始めた歴史に苦笑を漏らした。





<同店内・夜>


 「…って事になってしまいました。すみません、サイゾウさん…無理を言って雇って頂いていた身の上で…」

 カイトとアキトは店主であるサイゾウに頭を下げる。
 今だにIFSに大して良いイメージを持っていない人の多い地球で、彼は事情も聞かずに雇ってくれたのだから。感謝してもしたりない位である。

 「おぉ、かまわねぇよ。…正直言えば、おめぇらが居ると仕事が楽になるんだが…ま、先方さんがおめぇらの力を必要だって言ってくれたんだ。行くのが男ってモンだ」

 そう言って笑うサイゾウにカイトは心からの感謝をする。

 「…ありがとうございます、サイゾウさん! 時期が来るまで宜しくお願いします!」

 アキトはココで雇って貰ってから料理技術がずいぶんと上がっている。

 「おう。向こう行っても恥ずかしくない程度には鍛えてやるよ!」

 そんな二人をカイトを微笑みながら見る。

 (しかし…こういうノリでナデシコに乗れるとは思わなかったな………ただ…ラピスの居場所が見つけられない…ってのは何でだ?)

 窓際に移動しつつ黙考。

 (ラピスの居たハズの研究所は完全に閉鎖……誰が…木連…って事は無いよな。…そうすると…クリムゾン? それも考えづらい………だとすると…ネルガルが…手を打った? だが…あの時までアカツキが気が付かなかったのに…誰が気づくんだ?)

 自分の思い当たる人物を思い起こしては消していく。

 (………ダメだ………さっぱり分からん………無事で居てくれるのを願うしか無い…か………全く…無力だな…)

 横を見ればアキトとサイゾウが異様に燃えながら料理談議をしている。

 (…まずは…極力俺の知る歴史をなぞるようにしてみる…しか無いか…後は…臨機応変に………せめて俺以外に時間逆行者が居れば楽なんだろうけどね………)

 ふと自称母とのやりとりを思い出す。

 (…俺だから…跳べた……だっけ……他の人達は跳んでも…自分の肉体を持って過去に跳ぶ。…もし…他の“誰か”があの狭間に跳べたら…どうなんだろうな…あの自称母なら面白がる気もするけど…)

 「…ト……イト…カイト!」

 アキトに呼ばれて考え込むのを止める。

 「…ん…どうしたアキト?」
 「いや、この契約書なんだけど…」

 アキトは契約書の一部を指す。

 「?……男女交際…ふ〜ん…で? アキトはコレを変えたい…と?」

 ニヤリと口元を歪ませる。

 「ちっ、違うって! 俺じゃなくてお前はどうなんだよ! カイトッ!」
 「…いや、俺はどうでも良いし…必要になったら隠れてすりゃ良いんだし…」
 「………お前…枯れてる?」

 非常に失礼なセリフを吐いた幼なじみの顔面を右手で掴みながら一言。

 「………楽しくなると良いなぁ、アキト………」
 「っ! ぐあああぁぁぁ…ちょっ…ゴメッ…わるっ…だあああああぁぁぁぁぁぁ………」

 とりあえずは平穏な日々だった様だ。





<サセボ・福谷食堂・ナデシコ搭乗当日夜>

 「じゃ、お世話になりました」
 「ありがとうございました、サイゾウさん」
 「おう、二人共しっかりな…ただな…アキト…逃げるなよ…」

 アキトの表情が凍る。

 「………」
 「…カイト…お前の事だ…アキトが何から逃げてるのか分かってるんだろう?」

 カイトは苦笑を浮かべる。
 アキトは地球に来てから木星蜥蜴との戦闘を見る度に恐怖に怯えていた。それを面白がって来る客が居たが、大概はカイトが殴り倒して外に放り出していたが。

 「…えぇ、まぁ…特に干渉する気は無いですけどね…」
 「…カイト…お前実は根性悪いだろ…」

 カイトのセリフに呆れ返るサイゾウ。カイトはやはり苦笑を浮かべている。

 「…俺は…」
 「アキト…お前が何を見たかは分からん。…だがな…逃げてるウチは…何も出来なぇぞ…そろそろ向き合ってみろよ……ま、俺が言うのは、それだけだ! いってこい!」

 アキトはサイゾウに一礼して外に出る。

 「…やれやれ…カイト…お前…どうする気だ………あのままだと…アキトのヤツ………」

 カイトは普段通りに微笑む。

 「…大丈夫ですよ。彼は強いですから…自分の意志で前に進むことを選びますよ」
 「…随分信じてるんだな…」

 カイトはサイゾウに微笑み、今一度礼を言って外に出ていく。

 「…ホントに、妙なヤツだな…ま、アイツがいりゃアキトの事も大丈夫だろ………」



――――― 次に会った時には上達の程を見てやるか…精進しろよ… ―――――





<サセボ・ネルガルドッグに向かう道>


 「ちっくしょおぉ! 逃げちゃ悪いってのかよっ!」

 上り坂を全力でペダルを漕ぎながらアキトが叫ぶ。

 「…はぁ…あのなぁ…アキト…サイゾウさんが嫌味で言った訳じゃない、ってのは分かってるんだろう?」

 変にヘソを曲げている幼馴染みを見ながら、その後を着いていく。

 「…分かってるよっ! でもなぁ…でもなぁ! 恐いモノは恐いんだよっ!」
 「………」

 何も言うまい。
 とりあえず、アキトの叫びを聞きながら自転車のペダルを漕ぐ。
 ふと、後ろから猛スピードで迫ってくる車を見つけて道路の端に避けておく。

 「…おい…アキトォ…危ないぞー…って聞こえて無いし…」

 アキトは直ぐ横を通り過ぎた車に文句を言っている。

 「…元気だねぇ…って、今の車…見た事ある人が乗ってなかったか?」

…ガッ…ゴッ…ガスッ!…ガシャァン!
 首を傾げ掛けた瞬間、車に積んであった旅行鞄が落ち、アキトの顔面に直撃。アキトは鞄の中身散らしながら派手に転倒する。

 「………死んだか?」

 アキトの横に立って聞く。

 「…死んでないっ! って何なんだ、一体!」

 旅行鞄の中身と共にアキトが叫ぶ。

 「すみません! 大丈夫ですか!」

 アキトが起きあがった時には車に乗っていた長い髪の女性が駆け寄ってきていた。

 (……ユリカさん………やっと…会えましたね………今度こそアキトさんと幸せに…きっと…)

 涙腺が緩みかけるのを感じてカイトは止まっている車の方を見る。

 (………ジュンさん……ユキナちゃんと会うまでは…不幸の代名詞かもしれませんけど…強く生きて下さい…)

 ユリカとジュンで対応に随分差が有る気がしないでもないが、気づかれない程度に微笑む。



――――― …もう…失わない…例え…他の全てを切り捨ててでも… ―――――



 「だああああ! アンタなぁ、仕舞うのがヘタなんだよっ!」

 カイトはユリカ相手に片づけ講座をしているアキトを置いて、運転手の男性…ジュンの方に向かう。

 「すまなかったね。彼は大丈夫だった?」

 ジュンは頭を下げる。

 「大丈夫ですよ…アレでも頑丈ですから…それより…随分な荷物ですね…」

 近くに落ちている鞄を車のトランクに綺麗に仕舞いながら尋ねる。

 「…ははは…まぁ…なんというか…片づけるのが苦手な人だから…」

 互いに苦笑。
 カイトは乱雑に積まれた鞄を整理していく。

 「っと、これで後はあの鞄だけかな?」
 「………すごいね…絶対にトランク…閉まらないと思ったのに………」

 カイトが仕舞い直したトランクにはもう一つ鞄が入る程度には隙間が空いている。

 「まぁ、パズルみたいなモノだしね…」

 荷物の片づけが終わったユリカが戻ってくる。

 「それじゃ行こっ、ジュンくん。あ、ありがとうございました」
 「すまなかったね…それじゃあ」

 二人は頭を下げ車に戻る。

 「………あれ…アキト?」

 車を見送り後ろを向くと何やらブツブツと言っている。

 「………アキト……壊れた?」
 「壊れてない! そうじゃなくて! 思い出したんだよっ!」

 立ち上がって吼えるアキト。

 「ユリカだっ! アイツ…ミスマル=ユリカだっ! そうだ…アイツなら…知ってるハズだ……待てぇぇぇぇ…ユリカアアァァァァ!!」

 あ、っと言う間に自転車で後を走り始める。

 「………おい………まぁ…良いけどな…どうせ、行くトコは同じだし…さて、俺も行くか………」

 アキトとは違い、普段通りのペースで自転車を進める。

 「………今一度…か………」

 そう呟くとペダルを漕ぐ速度を上げ始めた。





<サセボ・ネルガルドッグ・入り口>


 「いやはや、ご苦労様です。カイトさん」

 入り口で入場証明をしているとプロスペクターが迎えに来た。

 「ども、しかし…なんでこんな時間なんです?」
 「まぁ、余り目立ちたくは無いのですよ…ですから皆さんの搭乗を夜にしている訳でして…」

 相変わらずの笑顔で答えるプロスペクターにカイトは苦笑する。

 「…なら昼の方がよっぽど誤魔化せる気がしますけど………ま、良いです。…そういや…アキトは?」

 プロスペクターは苦笑。

 「いや、それが…暴れたらしく…まぁ、無事に乗っていただけましたが…何でもお知り合いの方がココに入ったらしいとの事でして…」

 結局警備員に取り押さえられましたが…と。
 カイトは溜め息を一つ。

 「何をやってんだか…ま、それはともかく案内お願いして良いですかね?」
 「えぇ、まずはブリッジでパイロットとしての紹介をして貰いますので…」

 そう言ってドッグに入っていく。

 「で、何に乗るんです…」

 分かっているがすっとぼけて言うカイト。

 「…直ぐに見えますよ、カイトさん」

 そういうプロスペクターの後を歩く事、10分少々で広い空間に出る。

 「さぁ、これが貴方の乗る艦…ナデシコです!」

 薄暗いドッグの中に白い艦体に所々の赤いペイント。

 (…ナデシコA………ただいま………で、いいのかな…。うん…覚えてる…あの日…俺はこの艦に来た…。そして…皆から大切な思い出を貰った…だから……俺は………)

 「………? カイトさん?」

 ナデシコを見上げたまま何も言わないカイトを見る。

 「…ぁ………いやぁ、何とも…趣味的な艦ですね……ホント………」

 表情を見られないようにプロスペクターの前に進みながら言う。

 「………」

 プロスペクターは何も言わずにカイトの後ろ姿を見る。

 「…さ、行きましょうか…プロスさん」
 「…ハイ、では、こちらです」

 プロスペクターはいつもの笑みを浮かべて歩き出す。

 (…いよいよご対面…か…そういや…最初の時のルリちゃん…感情の幅が小さかったんだっけ?)





<ナデシコブリッジ>


 「何か策はあるかね…艦長…」

 白髪、白髭の老人に尋ねられ、艦長と呼ばれた女性―――ミスマル=ユリカ―――は即答する。

 「海底ゲートを抜けて、海中へ。その後、敵の後方に浮上し主砲によって殲滅!」

 ニッコリと笑うユリカ。

 「「「「「「おぉ〜」」」」」」

 「そうっ! そこで俺様の出番だ! 俺様のゲキガンガーが囮になって………」

 赤い制服の男―――ヤマダ=ジロウ―――が叫ぶが…

 「…おたく…骨折中だろ…」

 整備班班長―――ウリバタケ=セイヤ―――のツッコミで動きが止まる。

 「………どうする艦長…パイロットが居なければ………」

 ゴートの額に大きな汗が浮かんで見えるのは気のせいだろうか…。

 「え…えっと〜…」

 まさか、パイロットが骨折してるとは思わないであろう、言葉に詰まる。
 尤も予定ではパイロットの搭乗も3日後だったのだから、大差は無いのだが…。

 「…囮……出てます」
 「「「「「「「えっ!」」」」」」」

 冷淡な言葉。銀髪の少女の言葉にブリッジに居る者全てがモニターに目を向ける。

 「もう、エレベーターで地上に向かってます…ロボット…」

 少女の言う通り、モニターにはピンクのエステバリスがエレベーターで地上に向かうのが確認できる。

パシュッ…
 メインモニターにエステバリスが映るのと同時にブリッジの扉が開く。

 「…何の警報です? コレ………あ?」
 「はてさて、何事でしょうな…」

 現状を完全に無視してカイトとプロスペクターが現れる。

 (……あ…あぁ…また…会えた…やっぱり嬉しいと…そう思ってしまうよ…誰も俺の事を知らないとしても……)

 カイトは不意に目に映る銀髪の少女を見た後、ブリッジに居る全員の顔を見ると微笑を浮かべる。

 「…ミスター…それに……何処に行っていた」

 ゴートの言葉には何か棘を感じる。

 「…いや、何処って…今、着いたんですけど…あ、一応自己紹介しときましょうか? 俺はカザ―――」

 苦笑を浮かべるカイトにキノコ頭の軍人が叫ぶ。

 「アンタね! 今がどういう時か分かってるの!? ヤツらが攻めてきたのよ! ノンビリしてるんじゃないわよっ!」

 目の前で叫ばれ五月蠅そうに顔をしかめるカイト相手にキノコ頭の軍人はヒートアップしていく。

 「だいたいっ! あのエステには誰が乗ってるの! パイロットは今そこに居る役立たずだけでしょっ!」
 「いやはや、敵襲とは思いませんで…てっきり何かの試験かとばかり…」

 笑みを浮かべ焦った様子も無くプロスペクター。

 「ふむ、すまんが、あのエステに連絡を取ってくれ」

 老人―――フクベ=ジン―――は、そう少女に言う。

 (…通信士はメグミさんのハズなんだが……職務放棄ですか? メグミさん………)

 そのメグミは通信士の席を立ってユリカ達のいるフロアで作戦会議に参加している。

 「…はい、繋がりました」

 少女―――ホシノ=ルリ―――の自分の記憶にある少女以上に淡々とした声にカイトは苦笑する。

 「君は誰だっ!」

 唐突に機動兵器内に響いた声に、モニターに映った青年―――テンカワ=アキト―――は、ビクリと体を震わせ、即答する。

 『テ、テンカワ=アキト! コックっす!』

 「…ふむ…そういえば、テンカワさんもIFSを持っていましたな…」
 「…アキト?………アキト……アキト…アキト! アキトアキトアキトオ! アキトだあ! 何やってるの、そんな所で! 火星に居たんじゃないの? ねぇ、アキト!!」
 「あーっ! お前、俺のゲキガンガー返せよなっ!」
 「…彼は大丈夫なのか?」
 「あら、結構カワイイ」

 アキトの答えに様々な反応がブリッジで起こるが、それらを無視してカイトが一言。

 「…なぁ、アキト…お前…ソコで何やってんの?」

 カイトの冷たい一言に固まるアキト。

 『……何って…いや、このエステに物を忘れたから取ってくれ…って言われて入ったら、警報が鳴ったから…』

 しどろもどろにカイトに弁明する。

 「…アホ…ま、いいや。とりあえず、そのエレベーターは地上に向かってるから、覚悟を決める様に」
 『なっ! 何の覚悟だよっ!!』

 文句を言おうとするアキトのコクピットに、大きくユリカの映るウィンドウが開く。

 『おわっ!…ユリカ? お前…何でそんな所に?』

 顔を引きつらせながら聞くアキトに対し、ユリカは…

 「もうっ! アキトってば、全然聞いてくれないんだからっ!」

 怒っていた。

 「ふむ、テンカワさんの質問に答えましょう。それは彼女がこのナデシコの艦長だからです」
 「そうだぞ。ユリカは艦長さんなんだぞ。えっへん」

 プロスペクターの答えに胸を張るユリカ。

 『なぁにいぃぃぃ!!』

 アキト絶叫。

 (…やっぱりそういう反応だよなぁ…)

 かつての自分を思いだしてカイトは遠い目をして苦笑する。

 「ちょっ、ちょっとユリカ! アイツ誰なの!?」
 「うん、私の王子様! ユリカがピンチの時、何時でも駆けつけてくれるのよ!」

 ジュンの戸惑いに満面の笑みで答える。

 (………ジュンさん………まぁ、そのうち良い事がありますよ…たぶん…)

 彼はやはりこういう役所なのだろう。
 カイトはかつてのジュンを思い出して溢れる涙をそっと拭う。

 「でもね…アキトを囮になんて出来ない! 危険過ぎるっ!」
 『なっ! ちょっとマテ! コラ! だから何だ囮って!』
 「分かってるわ…アキトの決意の固さ。女の勝手でどうこう出来ないわよね…」
 『オイ! ちょっとっ!!』

 …口を挟む暇も無い。
 マシンガントークとはこの事か。

 (さ…流石ユリカさん…一気に押し切ったよ…)

 カイトは冷や汗を垂らす。

 『おいコラ! まてっ! 囮ってなんだ! 囮って! そんなの俺は聞いてないぞっ!』

 必死に叫ぶアキトの声もユリカには届かない。

 「あー…まぁ、勝手にエステに乗ったお前が悪い、って事で。ガンバレよ、アキト」
 『おまっ! カイトっ! お前がパイロットだろっ! 他の機体で出ればっ!』

 珍しくも的を射た意見を言うアキトだが…

 「無理。その機体以外初期設定も終わってないし。今から初期設定やっても…10分は掛かるから」

 格納庫を見てきたカイトの言葉に切り捨てられる。

 「………分かった…ナデシコと私達の命…アナタに預ける! お願いアキト…必ず生きて…帰って来てねっ!」

 我が道を行くユリカの言葉が終わると同時に、少女の声。

 「エレベーター…停止します。地上に出ます。」
 『え゛』
 「がんばって下さい」

 銀髪の少女からの報告と、いつの間にか通信席に戻って来ていた三つ編みの女性からの声援。イマイチありがたみを感じないが。
 エレベーターが停止すると同時に視界が開く。
 アキトのコクピットから見えるのは…赤い無人兵器の絨毯。

 「…死ぬなよ…アキト…」

 無駄に悲壮感を漂わせるカイトに少女は一言呟く。

 「…だったら…最初からアナタが出れば済むと思うんですけど…」

 銀髪の少女―――ホシノ=ルリ―――に向かってカイトは微笑む。

 「ん〜ほら、獅子は自分の子を千尋の谷に落とすって言うし」

 微笑むカイトを見たルリは目線をモニターに移す。

 「…ばか…」

 その言葉を聞いたカイトは笑みを深くしてルリの隣に座る。

 「?」
 「ちょっと、あのエステにアドバイスをしようかと…ね」

 そう言って、通信を開く。

 「あーあー、こちらカイト。聞こえますかー、アッキトくーん♪」

 適当な調子で呼びかけるカイトの声に、アキトの叫び声が返される。

 『だああああぁっ! もう、何だよ! カイトっ! こっちは大変なんだぞ!』

 ブリッジからは大量の無人兵器―――ジョロ―――に追いかけられているアキトのエステを確認出来る。

 「まぁ、落ち着け。とりあえず、その陸戦フレームには、ワイヤードフィストが固定装備されてる。だから邪魔な連中は殴り倒せ」

 身も蓋も無いカイトの指示。

 「…流石にそれは無茶では無いのか?」

 ゴートの呟きは聞かない事にして指示を進める。

 「あのさ…えー…と…」

 (名前を知らないフリってのも…間抜けなモンだよ…ホント)

 ルリの方を向いて言葉を止める。

 「?…あ…ホシノ=ルリ…オペレーターです。なんでしょう、カイトさん」

 カイトが自分の名を悩んでいる事を理解し、答える。

 「…俺の名前…知ってるの?」

 はて? と、首を傾げる。

 「…先ほどからあの人が叫んでますから…」
 「…そう…。…じゃ、ルリちゃん、これから言うバッタとジョロに赤でマーク付けてくれる?」
 「まぁ、そのくらいなら片手間で出来ますけど…」
 「んじゃ、よろしく」

 そういうと、敵の分布図とモニターを見比べながらルリに指示を出す。

 「………へぇ…やるもんねぇ…ルリちゃんともう仲良いじゃない…」

 何やら、操舵士が言ったような気がするが、気にせずカイトとルリは作業を進める。
 ルリの顔が多少赤かった、と某操舵士はのちに語る。

 「さて、アキト。今からそっちのモニターに映ってる無人兵器に赤でマーク付けるから、それを片っ端から潰して行け」
 『んな、無茶な! 俺、初めてエステ操縦してんだぞっ!』

 アキトの声をカイトは気にする様子もない。

 「みんな最初は同じだから気にするな。だいたい、火星でシミュレーターで遊ばせたろうが。まぁ、アキトの場合はその回数が規定数以下で実践になっただけだし」

 この会話を聞いている者達は思う。
 それが無茶だと言っている、と。

 「ま、こっちで指示するから、その通りにやりゃあ大丈夫だって。行くぞ、目の前、上空のバッタに右のフィスト!」
 『ああっもう! 後で覚えてろよカイトっ! くらえっ!』

 アキトの意志に反応して右肘から先がカイトの指示したバッタに叩きつけられる。

 爆散。

 『おおっ! すっげぇ…まるでゲキガンパンチだ……ワイヤーが邪魔だけど…』
 「やかましい、それがなきゃ腕が帰って来ないだろうが…ほれ、左手側のジョロ殴れ」

 やる気の感じられないカイトの指示だが、的確にアキト機の逃げ道を作り上げていく。

 『なんだ、楽勝じゃないか…カイト、コレならいけるぞっ!』

 ホンの少しの力を持つ事でトラウマは多少改善されたのか、逃げるのではなく戦おうと機体の向きを変えるアキト機。

 「ちょっ、マテ! コラ! 死ぬ気かアキトッ! たかだか陸戦フレーム一機でその数が倒せるわけ無いだろうが! いいから逃げろ!」

 カイトの叱責は少し遅かった。
 アキトは両手のフィストを同時に空のバッタに叩きつける。

 『これ以上逃げてなんかっ………っ!』

 そう叫ぼうとしたアキト機目掛けて大量のミサイルが打ち出される。

 『げっ!』
 「アキトッ!」

 ユリカの叫び声。

 「アキト! その2機のバッタを掴んだままフィストを戻せっ!」
 『っ!』

 カイトの声にアキトの意志が反射的に応える。

 「そのままバーニアを吹かせて跳べっ! そのバッタを、ミサイルに…ココに向けて投げろっ!」

 アキトは、カイトに言われるままに行動を起こす。
 バッタを掴んだままフィストは腕に戻る。
 大きく後ろに跳ぶ。
 カイトの声と同時に2機のバッタを投げる。
 投げられたバッタは仲間の打ち出したミサイル群とぶつかり爆散。他のミサイルもその余波で全て誘爆する。
 アキトのエステはフィストを更に後ろに生えている大木に打ち出し、掴む。
 大木を掴んだままワイヤーを巻き上げ、一気にバッタやジョロ達との距離を稼ぐ。

 『………た…助かったぁぁ…』

 そう言いつつ指定された位置に向かって走るエステ。

 「…あほ……シャレにならん事…するなよ…」

 カイトは脱力したのか体を椅子に預けている。

 「…いやはや、心臓に悪いですな…」
 「…カザマの指示があって助かった…と言うべきか…」
 「………カイトさん、お疲れさまでした。もう大丈夫です」

 ルリの言葉にナデシコの位置を確認する。

 「…あー…そうみたいだね…アキトー…そのままココに向かってジャンプ」
 『へ? ソコって…おいっ! 海だぞっ!』

 カイトの指示したのは崖から落ちて海へと入れ、である。

 「いいから、さっさと跳べ。鬼が追いつくぞ」

 後ろに集まったバッタやジョロを見て覚悟を決めたのかアキトが海に向かって大きく跳ぶ。

 『クソッ! もう知らねえぞっ! だああああああ!!………?…あれ?…足が…着いてる?』

 海面ぎりぎりでバーニアを吹かせて少しでも着水を免れようとしたアキト機を、海中からせり上がってきた白い大地が支える。

 「おっまたせぇ〜!」

 ユリカの声と同時に海から現れる白の戦艦。

 『おい…時間にはまだ早いぞ…』
 「アキトの為に急いできたの! ルリちゃん! グラビティ・ブラスト発射準備!」
 「…発射準備できてます。…敵…ほとんどぜ〜んぶ…射程に入ってます」
 「じゃ! ってぇぇーーー!」
 「グラビティ・ブラスト…発射」

 その言葉を引き金に上空、地上に居るバッタとジョロは爆散していく。

 「戦況報告」
 「バッタ、ジョロ、共に残機0…全滅ですね」
 『…すげぇ…』
 「わお!」
 「すっごーい!」
 「ふむ…」
 「正に逸材」
 「…うそよ…嘘に決まってるわっ!」

 一斉に騒がしくなったブリッジを見渡しながらカイトは微笑む。

 (ま、祝砲としては派手すぎる気もするけどね…それにしても…ルリちゃんの感情…結構ある気がするけど…気のせいかな)

 ルリを見ながら思う。

 (…ま、いっか。もしそうなら正直こっちとしては嬉しい限りだし…?)

 こちらを向いたルリと目が合う。
 カイトが微笑むと、ルリは顔をそらし呟く。

 「…余り…人前でそういう顔はしない方が良いかと………」

 頬を背けたルリの耳が微妙に赤く見えるのは…気のせい…と言う事にしておこう。

 『………なぁ…カイト………』

 先ほどまでユリカと痴話喧嘩らしきモノをしていたアキトから通信が入る。

 「ん? どうした?」

 ナデシコのブリッジの上に佇むアキトが一言。

 『どうやってナデシコに入れば良い?』

 ………

 「………普通に入れば良いだろうが………」

 無駄に重い沈黙を疲れた声で破り、答えるカイト。

 『む、無茶言うな…海に落ちるって…』
 「…そういや火星のシミュレーターだと…発艦、着艦は無かったんだっけ? …まぁ、陸に跳んでから、ナデシコに跳んで入れば…」

 俺なら、普通に入れるけど…と。
 アホなやり取りをしている二人を後目に、銀髪の少女は一言呟いた。



――――― バカ ―――――





2話へ


−−−−−


あとがき(鬼嫁との)対談


Tasqment(以下Tas):………ながっ!

???:………ほんとに長いね………。

Tas:うぅぅぅ…やはり前後編に分けるべきだった気がする。

???:なら分けなさいよ……長すぎでしょ…流石に…。

Tas:むぅ…まぁ、この際開き直ろう…コレも芸風…。

???:………タダの未熟者ってだけだと思うけど。

Tas:ぐはっ…。

???:ま、それは置いておくとして…恒例のツッコミをば。

Tas:………話3つ目にして恒例ってのもイヤなんだが…。

???:まず…アキト達が地球にボソンジャンプしたのが10月5日ってのは?

Tas:単純に御都合…1日にユートピアコロニーが消滅…つーか、壊滅…。なんで、そうすると………。

???:カイト達がエステで戦うだけの時間が無い…と?

Tas:ですな。正直…5日も火星戦線が持つのかも怪しいですけどね…。

???:…ま、それで納得して置くとしよう…。で、あのシェルターはユートピアコロニーのシェルターじゃない?

Tas:あい、違います。アレは、火星ネルガル研究所付近のシェルターです。

???:アイちゃん達が居た理由は?

Tas:父親がネルガルの研究者ってだけです。

???:ユートピアコロニーじゃない理由は?

Tas:いくらシェルターたって、あのサイズのチューリップが落ちてきたら…消し飛ぶと思うが…。

???:………TVの大きかったもんね………。

Tas:まぁ、コロニー直撃じゃあ無かったみたいだけどね。そういう事で、ユートピアコロニーは却下した。

???:じゃ、次。カイト達が引っ越して来た、隣が…ってのは………。

Tas:言うな。これこそ御都合の真骨頂ってモンだから。

???:………そうね……次いくわ……。

Tas:………うむ。

???:じゃ、イツキとミカヅチが軍学校に入ったって事は…。

Tas:そのまま、ただし、木連へのスパイ行為はしてません。

???:なんで?

Tas:草壁へのルートはカイトしか知らないから。

???:…そらまた…用心深いと言うか、何というか…。それにしても…脇役はホントに出番ないわね…特に某通信士とか…。

Tas:………うむ…終わってみたらこんな感じだったからな…正直脇役にはほとんど出番が無いと思って良いかもしれん…。

???:…死にキャラがすでに出るか………。

Tas:だから、言うなって…おそらく、ホウメイガールズとかは、特に少ないと思うぞ………。

???:さてさて、メールやアンケートの方に感想を下さった方々ありがとうございます。

Tas:いや、ホント、謝々。

???:…ホントに感謝してんのかしら…まぁそれはともかく、アンケートに…人物設定求む、って書いて貰ってるけど?

Tas:…人物設定…何を書いたら良いのかと…。

???:そりゃ…カイトの前時間軸とか…色々と。

Tas:マジですか…いや、色々と縛りが…つーか、一通り…TV編が終わったらある程度のネタバラシはするけど…。

???:いつ終わるのよ…これ…やっと1話でしょうに。

Tas:え、えぇと…ま、まぁ、とりあえず書いてみます…余り期待はしないで下さいませ(汗)

???:なんだかねぇ…で、Rinさんには“お父さん”と渾名を付けて貰ったけど?

Tas:いや、仕方が無いかと。一応ウチのカイト君は20代半ばで逆行した事になってるし。

???:そっか…ホントに子供が居てもおかしくない年齢なんだ…。

Tas:ですなぁ。色々あって、無理だったけど…。

???:まぁねぇ…それもバカ息子がヘタレなせいか。さ、次、ロリコン扱い決定だそうよ(笑)

Tas:何を今更(笑) ロリコン所の騒ぎじゃないって。つーか、カイト君本来の年齢でTV編のルリちゃんに本気になったら…マジでヤバイでしょうが(爆)

???:アンタの計算じゃ、前時間軸からのトータル年齢…40歳だっけ(笑)

Tas:まだ30代だが…まぁ、一歩手前くらい?(笑) 実年齢で行くと、ナデシコの年長者で五本の指には入るの確定っぽいですから、その辺はまぁ、むにゃむにゃむにゃ…と(笑)

???:危ないわねぇ。さてさて…次は…TV編の2話ね…。

Tas:うむ、次はこれほど長くはならんと思う…きっと…多分。

???:まぁ、今回は木連から火星に移り住むトコまで書いたからね…。

Tas:あれが計算外だったよなぁ…ま、とりあえず、今回はこの辺で。

Tas&???:でわ、またお会いしましょう〜♪

Tas:(…また? こ、この女…このままレギュラー化する気か…)


−−−−−

あとがき


 つー事で、1話終了です。

 いやー、長い長い…何が悲しゅうてこんなに長くしてるんだか…素直に前後編にすればよかった…。

 しかも、主人公戦ってないし…それどころか戦闘シーン?もTV版にほぼ遵守…むぅ。

 なんか、ルリちゃんもTV版より微妙ながら感情が豊かになってるっぽいし…。

 歯止めが利かなくなりつつあるかなぁ…まぁ、それならそれで、カイト×ルリから……いやいやいや…(汗)

 ま、何はともあれ、続きそうです…次はどれくらいで完成するかなぁ…。

 結局今回はTV版のシーンをカットしまくってるし…(と言うか中途半端にシーンを入れようとするから長くなるだけのような…)

 ユリカの「ぶいっ!」すら出てないこの始末(笑)

 ………笑えねえって………。

 何より問題なのは…プロットモドキを書いて分かりました。…この天魔疾駆ですが…思いっきりTV編をなぞります(大汗)

 ………ど、どうしませう…いや、マジで………。これは途中で見捨てられそうな…しかも甘さは思いっきり控えめになりそうだし…

 うがー…と叫びつつ本編を書いていきます……うぅ…。

 さてさて、それはさておき、ここまで読んで下さった皆さん、ありがとうございました。そして、お疲れさまでした(爆)

 感想を書いてくださる皆様、本当にありがとうございます。 我ながら遅筆だと思いますが、頑張りたいと思います。

 次回、第2話題名未定、にてお会いしましょう。でわでわ、Tasqmentでした。


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