「どうやってボソンジャンプしたんです?ご都合だけじゃちょっと……」

待ちかねたかのようにもう一人、下からウインドゥにフレームイン。
彼女は嬉しそうにこう言った。

『説明しましょう』




第8話「見果てぬ野望の『果てに』」





2201年8月20日14時48分 統合軍本部ビル




被弾して、派手に倒れるエステバリス。
次々と突入して行く積尸気と兵士達による決死隊。
辛うじて応戦しているが突破されるのは時間の問題だった。

「ええ、そうです。いきなり現れて……」

積尸気のミサイルが着弾、爆風が辺りを支配する。
その間にも次々と決死隊がボソンアウトしてくる。
世界各地の軍事施設、マスメディア、経済企業、政治中枢のすべてが混乱していた。



火星極冠遺跡セントラルポイント『イワト』作戦室




「国際高速通信社、占拠!」

「おおー!」

次々と伝えられる占拠速報に沸き立つ一同。
ボソンジャンプによる奇襲攻撃ですでに目標施設の8割方を占拠。
いまだ抵抗を続ける各所も落ちるのは時間の問題であろう。
彼らも興奮を抑えることが出来ないのだろう、作戦室は静かにどよめいていた。

「もうすぐですな閣下」

「うむ、新たな秩序が始まる」

シンジョウの言葉に草壁は万感の思いで答えた。



月宙域付近 ナデシコC




「さん」

「にぃ」

「いち」

「どか〜ん!」

「なぜなにナデシコ」

ハーリーとウリバタケの扮する黒子を従え彼女は御機嫌であった。

「こんにちは、お久し振り、初めまして。ナデシコ医療班並びに科学班担当のイネス・フレサンジュです」

クルー一同を会議室に集めてにこやかにイネス・フレサンジュは『説明』を始めた。

「『火星の後継者』を名乗る一団の目的。それはボソンジャンプを安易に使われることを危険視し、あくまで正しい使われ方をする『新たなる秩序』の樹立こそが目的。そういった意味では『火星の後継者』は純粋な政治理念によって誕生した組織と言えるわね」

何故かベレー帽をかぶり楽しそうに説明するイネス。

「ただし実際には政治経済娯楽道徳貞操といった物をボソンジャンプ時代到来に伴う新たなる秩序によって独占支配しようというのが彼等の真の目的。でも何故ボソンジャンプで世界が変わるかというと……」

「しつもん」

放っておけば一時間は軽く喋りつづけるであろう彼女の言葉を遮って力なくルリが手を上げた。

「何、ルリちゃん?」

「みんな恐らくこう思ってる思うんですが……」

一同の視線がルリに集中する。

「イネスさん、あんた死んだはずじゃなかったの?」

「そ、そうだよ何で生きてんだ!?」

「何でって失礼ねェ。わかったわ」

『それについては僕が『説明』しよう』

一同の前にひとつのウインドゥが開いた。

「あ、落ち目の女たらし」

ヒカルが目の前に現れた人物をこれ以上無いぐらいコンパクトに表現した。

『あっはっはっ耳が痛い。世間じゃA級戦犯とかゴシップとかうるさいよね〜』

ヒカルの物言いも堪えず落ち目の女たらしこと、アカツキ・ナガレは他人事のように笑う。
彼ののんきな態度にガマンできなくなったのかリョーコが叫んだ。

「そんなこたぁどーでもいい!早くワケを説明しろ!」

『あれ、リョーコ君。統合軍所属の軍人がなんで宇宙軍の極秘任務に参加してるんだい?』

「いいんだ!そんな細かいことは!!」

「ハッハッハッ」

痛いところを指摘され真っ赤になる彼女を見てアカツキは楽しそうに笑う。

『要はアレだ。古人曰く『敵を欺くにはまず味方から』ってヤツ』

神経を逆なでするようなアカツキの言葉を一同は様々なリアクションで聞いている。

『ホラホラ、テンカワ君も艦長もさらわれちゃったんでねぇ。一番有効な方法ということで戸籍上死んでもらったてワケ』

「二つ、質問があります」

『なんだい?』

思いつめた表情でアカツキの話を聞いていたルリが顔を上げた。

「アキトさんが事故から2ヶ月後、イネスさん偽装事故の直後に発見されたのは……」

『ああ、ウチのシークレットサービスが名無し君と共に救出してね。ネルガルで保護しようかと思っていたけど、名無し君が言うにはもう彼が狙われることは無いってんで生存を発表したってワケ。テンカワ君の容態はそこにいるドクターにでも聞いてね』

『名無し君』というアカツキの呼び方にリョーコら数人が不審な顔をするもそれには構わずルリは言葉を続けた。



日本 地球連合総会議場改め『アカツキ・サンプラザホール』楽屋




『もうひとつ。一体アカツキさんってイイモノなんですか悪者なんですか?』

「アッハッハッ相変わらずキツイなキミは。……おっと、キャッチが入ちゃった、じゃ!」

一方的に通信してきたアカツキはやはり一方的に通信を切った。
ミサイルが着弾しアカツキの居るビル全体を派手に揺らす。

「うひょースゴイな、こりゃあ」

『こちら正門前、敵の攻撃凄まじく……』

「あーいいよいいよ。お客さんのおもてなしの準備は整ったし、死なない程度に応戦したらさっさと撤退しちゃってよ。後は任せて」

『ハッ、了解しました。』

リラックスしすぎのアカツキに対し警備兵は敬礼しつつ通信を切った。

「さて!舞台は整った。行こうかァ!」

背中に大きく『受』と書かれたガウンを脱ぎながらアカツキは立ち上がった。



統合軍の陸上警戒用エステバリスが積尸気の銃撃によって次々と倒れてゆく。
『火星の後継者』による完璧な奇襲に他の施設同様、総会議場は風前の灯火であった。

「警備の部隊、沈黙!」

「フン、不甲斐ない!これより突入!」

第7決死隊隊長カワグチ大尉の号令の元、一斉に総会議場に突入した。
次々と扉をブチ破り目的の会議場に文字どおり雪崩れ込む決死隊。
すかさず銃を構えるがそこには予想外の人物が待ち構えていた。

「ダメダメ、せっかちさん」

「え?」

「な!」

事態についていけず愕然とする兵士達。

「メグたん……」

恐らく熱烈なファンなのであろう、鼻の下を伸ばしている輩もいるが。

「みなさんこんにちわー!メグミ・レイナードです!」

「ホウメイガールズでーす!」

音楽と共にステージ照明が点く。
完全に硬直してしまった兵士達をよそにステージは進行する。

「今日は私たちのコンサートにわざわざ火星から来てくれてありがとうございまーす!」

「たっぷり楽しんでいって下さいね」

メグミの言葉をエリが笑顔で繋ぐ。

『うおおおおー!』

周囲のモニターに大観衆が投影され歓声、というか雄叫びを上げる。
呆然の兵士達の間を分け入ってカワグチ隊長が入ってくる。

「総会は?地球連合の総会はどうした!?」

彼の質問に答えられる者は誰も居ない。

「ギター!プロスさん!」

「参ったなァ」

ハルミの紹介と同時にスポットライトが当たる。
参った、と言ってる割にプロ顔負けのテクニックで軽快に演奏している。
やはり無駄に謎が多い人である。

「ベース、ムネタケ・ヨシサダ!」

「ハッピ〜!」

こちらは一転、アロハシャツにサングラス姿でクールに弾いている。
連合宇宙軍のお偉いさんといった威厳は微塵も感じられず、ただのファンキーなジジイである。

「キーボードは飛び入り、ホウメイさん!」

「ハハハ……」

照れながらキーボードを弾いている。
どうでもいいがバッチリ決まっている衣装はどこから用意したのでしょう?

「ハッ!」

「そりゃ!!」

「そりゃ!!!」

「そりゃ!!!!」

「そりゃ!!!!!」

「ドラム、ミスマル・コウイチロウ、アキヤマ・ゲンパチロウ」

両肩をだした着流し姿のコウチロウとゲンパチロウがジャパニーズドラムこと巨大和太鼓を乱れ打ちする。

「そしてスペシャルゲスト!」

「アカツキ・ナガレー!」

メグミ達の後部のセット上、派手に爆発する花火の中からステージ衣装のアカツキがせり上がってくる。

「んが!」

完全に出現した彼の頭部を金ダライが直撃、鼻血を出しながら振り返った。

「金持ちをなめんなよ」

「天誅!!」

アカツキ目掛けて一斉に射撃する『火星の後継者』。しかし、すべて目前で弾かれてしまう。

「ディストーションフィールド?」

「だから言ったでしょ、なめるなって」

「貴様!どういうつもりだ!!」

「どういう?無理な事はヤメロって教えさ」

「何!?」

舞台の上から嘲笑うようにアカツキは話しかける。

「総会出席者を人質にとるような組織じゃ天下は取れんよ」

哀れむような顔で彼等見下ろしている。

「汝、死にたもう事なかれ」

口元こそ笑っているが目は冷徹そのものでアカツキは告げた。
……というかそれ言う為だけに罠を張ったのか?どこまで悪趣味なんだアカツキ。
天井を破って一機の機動兵器が降って来る。

「ならば貴様が死ね!」

積尸気がハンドガンをステージに向けた。
絶対絶命、しかしステージ上の人間は誰一人として動こうとはしない。

「奸賊アカツキ・ナガレ、天誅!!」

瞬間、ステージと積尸気の間にボソンが集結する。
光が収まった時、そこにアルストロメリアが出現した。
素早いアルストロメリアの動きに微動だに出来ずコックピットブロックを綺麗にエグり取られる。

『外もあらかた鎮圧した。諦めて投降しろ』

外部スピーカーで決死隊に話しかける。

「ボソンジャンプ……新型か!しかし、甘い!」

油断無く銃を構えるカワグチの叫んだ。
新たに天井から2機の積尸気が飛び込んで来る。

『くっ、不覚!』

一機がアルストロメリアを取り押さえ、もう片割れの積尸気が再びステージに銃を向ける。

「奸賊アカツキ・ナガレ!今度こそ覚悟!」

しかし、アカツキは余裕を崩さない。

「『新たなる秩序』、聞こえは良いが所詮はホコリまみれの理想に過ぎんよ」

「黙れ!俗物が!」

「『火星の後継者』?笑わせてくれる。火星生まれのA級ジャンパー、真の意味での火星の後継者である彼等の血の上に立っている事すら知らずに」

「黙れと言っている!」

積尸気がハンドガンのトリガーに指をかけた。
いまだにステージ上のメグミ達は動かない。
2発の銃声。
轟音を上げて積尸気の両腕がステージ、メグミの両端にめり込む。
しかし、彼女は動かない。彼の腕を信頼しているからだ。

「な!」

カワグチの見た物、それは積尸気の真後ろにジャンプアウトして両腕を撃ち落したブラックサレナであった。

『くそぉ!』

アルストロメリアを押さえていた積尸気が背後よりサレナに襲いかかる。
サレナが反転、一瞬で両足と頭部を撃ち抜く。

「クッ!かくなる上は!」

懐から爆弾を取り出すカワグチ。自爆するつもりだ。
アルストロメリアが彼に話しかける。

『やめておけ、盲信による自己犠牲はあまり感心せんな』

「黙れ!俗物に荷担する人間が我らの理念を愚弄するか!」

アルストロメリアのハッチが開く。

「お互い知らぬ仲でもあるまい?……久し振りだな、カワグチ少尉」

「つ、つ、月臣中佐!?」

木連時代の階級で自分の名を呼ぶかつての上官にカワグチは愕然とした。



再びナデシコC




ルリとイネスは艦長室で対面していた。
何人かはイネスの説明を聞こうとしたがミナトが気を利かせて追い払ったのだ。

「それで、説明していただけますねイネスさん?」

「そうねぇ……さてはて、どこから説明したものか」

目を閉じて彼女は考え込んでいるようだった。

「説明拒否、ですか?」

「そういうわけじゃないわ。ただ、事象が複雑に絡み合っていて説明が困難なのよ。私自身、すべての事柄を理解しているわけじゃないしね」

「?」

「……そうね、ルリちゃんから質問して頂戴。私がそれに答えるから」

ハッキリしないイネスの態度を不審に思いながらもルリは口を開いた。

「カイトさんの、あの人の身体はあとどれぐらいの命なんですか?」

「回りくどい言い方は趣味じゃないから単刀直入に言うわ。持ってあと一ヶ月がいいところね。……しかも、絶対安静が最低条件」

「そんな……」

「本当は歩くことすら困難なのよ。彼の場合は精神力、というか意地で生きているって感じね」

「助かる方法は?」

「木星プラント、つまり古代火星人のテクノロジーを流用して作成された彼のメンテナンスは現代の医療技術では不可能。プラントそのものは『火星の後継者』が押さえてしまっているしね」

ルリの脳裏に墓地で会った男の言葉が甦る。

『我らの手元に戻ればいくばくかの余命を与えてやることも出来よう』

アレはこういう意味だったのか。

「ならば『火星の後継者』を鎮圧して、プラントを奪還すれば助かるんですね?」

ルリの言葉にイネスは静かに首を振る。

「多分、それは徒労に終わるわ。プラントの調整槽に再び入れても効果があるとは思えない」

「何故ですか!?」

「ここから話がややこしくなってくるんだけど。……ルリちゃん、アキト君の容態どれぐらい把握してる?」

突然話題を変えられて戸惑うも取り敢えず質問に答える。

「原因不明の昏睡状態。身体的な損傷は見られず、ただ眠り続けているだけと。それが何の関係があるんですか?」

「カイト君が言うには『立場を入れ替わっている』そうよ。アキト君と」

彼女が何を言わんとしているのかサッパリ判らない。

「パラレルワールドって概念、知ってるわよね?」

「……20世紀、量子力学の世界において有名な思考実験『シュレディンガーの猫』の話ですね」

ルリの答えにイネスは笑みを浮かべる。

「正解。細かい説明は話の本質を見失うから省略するけど、無数に分岐した『if』の世界」

「……さっきから話が見えません」

ルリの発言をキッパリ無視して話を続ける。

「木星プラントにて生成された彼は我々人類よりも古代火星人に近いらしく、遺跡との高い同調能力を誇るわ。例えば精神のみを遺跡を経由させて距離や時間を無視したテレパシー能力、精神同調とか」

イネスは完全に説明モードに移行している。
こうなると口を挟むのは得策ではないのだがそれ以上にルリには余裕が無かった。

「結局どういうことですか!?」

「木星プラントで眠った後、彼は夢を見たそうよ。遺跡の演算した未来の情報を」

「夢?」

「『The prince of darkness』と彼は呼んでいたわ」

ルリの心臓が跳ね上がる。動悸が止まらない。
初めて聞く言葉なのに何故こんなにイヤな気分になるのだろう。

「彼の話によるとその歴史においてアキト君と艦長は新婚旅行で帰らぬ人となる。ここまでは私達が知っている歴史と同じ。その後ネルガルによってアキト君は救出されるも艦長は遺跡と融合させられてしまう。2年後、彼は復讐鬼となってヒサゴプランを襲い……」

『そうスケジュールだよ、ホシノ少佐。君たちがこの場に居合わせることも含めてな』

『これは推測でも予言でもない……『歴史』だよ』

アマテラスで、そして墓地での彼の言葉。

「彼は歴史の改竄を決意。アキト君と立場を入れ替わることにより、意図的に歴史を変えようとしたのね。ここでようやく本題に戻るのだけど『The prince of darkness』においてアキト君は人体実験の末に五感を失っているそうよ」

「まさか!」

ようやく合点がいった。

「本来アキト君に起こる筈だった身体的な異常がカイト君に、アキト君は元の歴史では永遠に眠り続ける筈だったカイト君の代わりに目覚めないというパラダイム・シフトが発生、本来の歴史から分岐しているのよ。……故に治療したところで治すことは出来ない。本来のアキト君がそうであったように」

「そんな馬鹿げた話を信じろと?」

口調に反して声が震えている。受け入れがたい事実。

「信じる信じないは個人の自由よ。どのみち私達は分岐した世界を知覚することなど出来ないし、今存在している時間軸こそが唯一無二の物だからね」

イネスは淡々と言葉を続ける。

「……最後に質問があります」

「なにかしら?もっともこれ以上は説明しようがないわよ。すべて彼の話を私なりに解釈した推論だから」

「別れ際にあの人は全てが終わればアキトさんも目覚めると言いました。本来の歴史とやらでカイトさんが決して目覚めることが無いのであれば起きる筈は無いのに。これはどういう意味なんですか?」

「……それは私にも判りかねるわ、彼の最終的な目的も何処にあるのかさっぱり。アカツキ君からすればネズミを獲るネコなら白でも黒でも良かったんでしょうけどね」

それきり二人は黙ってしまった。
―――作戦開始時間は目前に迫っていた。



ネルガル月ドック 第27番区画




ハーリーがナデシコCを受け取った区画より少し離れた場所。
設計書において現在は工事中のはずの区画。完成予定は来年3月となっている。
しかし、それは偽装で実際には宇宙においてカイトのアジト兼ユーチャリス専用整備ドックであった。
そこでエリナとカイトは対面していた。

「ルリちゃんとナデシコCが合流したそうよ」

「勝ったな」

「ええ。……ところでどうしてそんなにボロボロなの?」

カイトの白いマントにはところどころ足跡がついている。



「お互い知らぬ仲でもあるまい?……久し振りだな、カワグチ少尉」

「つ、つ、月臣中佐!?」

恐らくは木連時代の知り合いなのだろう、何やら話している二人を無視してカイトはサレナからステージへ飛び降りる。

「メグちゃん!大丈夫?」

積尸気の両腕がめり込み破片とホコリが壮大に舞っているが彼女達は無事なはずだ。
ホコリが晴れてくると目の前に彼女はいた。

「よかった、無事だったんだね」

「な……」

「な?」

「なんて危ないことすんのよ!怪我でもしたらどーすんの!万が一顔に傷が付いたらアイドル生命絶たれちゃうのよ!」

「いい!そんなぁ助けたのに〜」

「問答無用!!」

「げふぁ!」

3年ぶりに彼女の鉄拳がカイトのミゾオチに炸裂。
痛みと呼吸困難のため思わずうずくまる。

「そんなことになったらアンタに賠償金払える!?責任取れるの!?」

ゲシゲシと足元で丸くなっているカイトに蹴りを叩き込む。
……どうでもいいがシバキ方は相当手馴れている様子だ。
なんとか顔を上げたカイトが口を開いた。

「責任を取って、け、結婚するとかは?」

「うりゃあー!」

彼の言葉に答えずメグミの高々と掲げられた足が美しい半円を描く。
カカト落しが彼の顔面に命中した。

「本気で言っとんのかぁー!」

「ぎゃー!許して!堪忍してぇ!」

こうなると手がつけれない、台風と同じで通過するのをじっと耐えるのみである。
マネージャー代理時代、僅か三日目で彼が学習したことだ。
少し離れたところでサユリとミカコが見守っていた。

「うわぁーエグイ……」

「楽しそうだよねメグミさん」

「え?」

ミカコの言葉にサユリはメグミの顔を見る。
どうみても悪鬼羅刹のようだ。TVで流せば人気急落は確実だろう。
あ、エリとハルミも参加し始めた。
ジュンコに至っては既に逆十字の態勢に入っている。

「……どうみても激怒しているようにしか見えないけど」

「でも、楽しそうだよ」

冷や汗を流すサユリの横でミカコは嬉しそうにカイトとメグミを見つめた。
本当に嬉しそうに見つめた。

「よーし私も参加しちゃうぞー!」

「ちょっとミカコ!」

すでに文字道理袋叩き状態のカイトへ二人も駆け寄っていく。

「アカツキさーん!コウイチロウさーん!誰か助けてー!」

彼の悲鳴は総会議場に空しく響いた。



「……いや、大した事はありませんよ」

横にいるラピスがパンパンとマントについた足跡を払う。
エリナは一瞬不審な顔をするも気にしないことにした。

「そう?……あの子とオモイカネのシステムがひとつになったらナデシコは無敵になる」

「僕達の実戦データが役に立ちましたね」

「やっぱり行くの?」

「はい、そうそう機体はどうなりました?」

「昨日、ウリバタケの奴が来て一晩徹夜で作り上げたわ。外部装甲はサレナの予備パーツを使ってるし、基本ボディも旧式とはいえエステだから操作感覚は変わらない」

「それで充分ですよ」

「あんなセッティングでどうするつもりなの?って聞いても教えてくれないわよね」

「恐縮です」

「ひとつだけ問題なのは予備パーツの塗装と迷彩が終了していないことよ。たったそれだけ」

彼女がドックの方に視線を移す。
カイトもエリナの視線の先を追うとそこには新しいブラックサレナが居た。
唯一、今までのサレナとの相違点を挙げるならカラーリングだ。
禍禍しい漆黒ではなくただ一点の曇りも無い純白の百合が。
ちょうど機体の整備を終えてユーチャリスに格納するところだったのだろう。
再び視線をエリナに戻す。

「ここまで来てしまえばナデシコにまかせっきりでも勝敗は決するんでしょうが、個人的に借りを返す必要もありますから」

「『復讐』昔のあなたからは一番縁遠い言葉だと思っていたけど」

「所詮、それは『カイト』の話ですよ。『ミカズチ』じゃありません」

彼の言葉にエリナは初めて悲しそうな表情を浮かべた。
彼女の変化に気づいたがあえて無視した。

「彼女を巻き込んだ僕の失策です。その分のイレギュラーだけは僕自身の手でケリをつけなければいけません」

「ミカズチ、そろそろ時間」

少し焦れたようにラピスが声を上げた。

「ああ、わかった。エリナさん、そろそろ行きます」

「そんな小さな女の子にまで『ミカズチ』なんて呼ばせて、悲劇のヒーローぶってるつもり!?あなたには艦長から貰った『カイト』って名前があるでしょう!」

最後の最後まで他人事のような彼の態度にエリナはたまらず叫んだ。

「フフフフッ」

「何がおかしいのよ!」

「いえ、エリナさん。やっぱり優しい人だなって思って」

「馬鹿言ってんじゃないわよ!」

彼女の言葉には構わず懐から2枚の写真を取り出した。
一枚目はアキトやユリカ、ルリと共に写っている天河ラーメンの開店記念写真、二枚目はナデシコにジャンプしたとき唯一持っていた私物。イツキ・カザマの写真だった。
下の方には女性らしい丸文字で大きく『元気出せ!!』と書かれている。

「これ、書いたのエリナさんでしょう?当時は本当に元気づけられましたよ」

「そ、そんな昔の話、関係無いでしょこんな時に!」

「アカツキさんは僕に気を使って『名無し』って呼びますし、ネルガルの人達にも『ミカズチ』って呼ばせています。……結局あなたは聞き入れませんでしたけど」

「だから、関係無いでしょう!」

真っ赤になっているエリナ。それは怒りから来るものかそれとも照れなのか。

「そうそう、今から地球に行けばアキトが目覚める瞬間に一番乗りできますよ。長年待った王子様の目覚めの時です」

「わ、私は別に彼の事なんてどうとも思っては……!」

動揺しまくるエリナ。余程の人物でなければ一目瞭然である。
カイトは穏やかな笑みを消してミカズチの表情になる。

「いままで本当にお世話になりました。補給、ありがとうございます」

「いいえ、私は会長のお使いだから……」

自分の脇を通り過ぎるカイトの背中を寂しそうに見送った。



火星極冠遺跡セントラルポイント『イワト』作戦室




「当確すべて取り消し?どういうことだ説明しろ!」

緊張の走る作戦室にシンジョウの怒鳴り声が響く。

「は、はあ、それが敵の新兵器とその、説得に……」

「説得?」

説明に困った部下は地球で一斉に放送されている通信を繋ぐ。

『休戦より2年、確かに木連を取り巻く状況は今だ厳しい!』

そこにはステージ上で元木連人に向けて呼びかける月臣の姿があった。

『しかし、もとよりそれは覚悟の上の筈!思い出せ、平和を愛する心を!……白鳥九十九が泣いているぞ!』

「月臣!?」

かつて自分を有能な部下でありまた、自分を失脚させた張本人が再び自分の前に姿を現すとは思っていなかったのだろう、愕然とする草壁。

「我が基地上空にボソン反応!」

「何!?」



火星極冠遺跡上空に光が集結して行く。
めまぐるしく光の粒子が舞うそこにナデシコCが出現した!

「哨戒機より映像、ナデシコです!」

「ナデシコ!?」

周囲に展開していた艦隊がショックから抜け出す一瞬前に勝敗は決していた。

《封印》

《お休み》

《一時停止》

戦艦のブリッジで、あるいはコックピットで次々とウインドゥに埋まってゆく。

『こら!お前等持ち場を離れるな!』

「離れたのではない!勝手に機体が……」

『なんだと?』

困惑するパイロットと怒鳴るオペレーターの両方にも《休み》のウインドゥが開いた。

『制御不能!』

『制御不能!』

作戦室に送られてくる報告はそれだけだった。

「乗っ取られた?……妖精?」

成す術無くシステムを掌握されたヤマサキは呆然とつぶやいた。



「相転移エンジン異常なし」

「艦内警戒態勢パターンBへ移行してください」

ミナトとユキナの報告を聞きながらルリはウインドゥボールを展開、凄まじいまでの量の情報を処理していた。

「ハーリー君。ナデシコCのシステム、全てあなたに任せます」

「え!?ぜ、全部?バックアップだけじゃないんですか?」

突然の御指名に動揺しまくるハーリー。
……というか数日前まで「僕らがいれば勝てます」なんて大見得切ったのは何処のどいつだ?

「ダメ。私はこれから火星全域の敵のシステムを掌握します。艦までカバーできません。ナデシコC、あなたに預けます」

「で、でも……」

この期に及んでハーリーはまだ躊躇しているようだ。
折角憧れの人にアピールのチャンスだと言うのに。
不意に自分の手首に巻かれた髪留めのゴムが見える。奇妙な二人組みに貰った物だ。

『……最後にひとつ。必要とされる為にはまず自分の力を示さなきゃ』

名も知らぬ少女の言葉が甦る。

「は、ハイ!任せてください艦長!!」

緊張した面持ちながら力強く頷くハーリーを見てルリは満足そうに微笑んだ。



「かくして火星宙域の全ての敵はルリちゃんにシステムを掌握された。……さすがね」

「身体の方は大丈夫か?」

艦内に設置されたジャンプナビゲーションルーム。
中央に腰掛けているイネスに点検しているウリバタケが心配気に声をかけた。

「ええ、やっぱり戦艦一隻を火星まで跳ばすのはこたえるわね」

「そうか」

「『新たなる秩序』か……」

彼女はヤレヤレと天井を仰ぎ見た。



『皆さんこんにちは。私は地球連合宇宙軍所属ナデシコC艦長のホシノ・ルリです。元木連中将草壁春樹、あなたを逮捕します』

「黙れ!魔女め!」

「我々は負けん!」

「徹底抗戦だ!」

部下の罵声が続く中、草壁は静かに口を開いた。

「敵の中枢へ跳躍、しかるべき後に短時間で征圧。まさに我々が理想とした戦法の究極形だな」

『あなたなら、抵抗が無駄だと承知している筈でしょう?ちなみに自決はあまりお勧めしません』

勝ち誇るワケでもなく事実のみを伝えるルリの淡々とした言葉。
無感情な物言いに益々怒り狂う作戦室の一同、しかし草壁の表情に変化は無い。

「だが、甘い。殺人傀儡が生きていた時点で我々がこの反撃を想定していないとでも思ったか!!」



「ボソン反応7つ!場所は……艦の真上!?」

ユキナの悲鳴に近い報告がブリッジに響く。

「ルリルリ!!」

ブリッジ正面に真紅の機動兵器、北辰の乗る夜天光が出現した。

『我々の勝ちだよ、妖精!』

勝利を確信した草壁の台詞と同時にブリッジ目掛けて錫杖が振り下ろされる!
フィールドの内側へジャンプ。ナデシコCにはこの距離で迎撃できるような武装は搭載されていないし、エステバリスの発進も間に合わない。






ルリには悲鳴を上げるクルーの動きも、モニターに映る夜天光の動きもやけにゆっくりと感じられた。









おまけ・対談式あとがき






《この空間は既に削除されています》





[戻る][SS小ネタBBS]

※タグチX さんに感想を書こう! SS小ネタ掲示板はこちら

<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
 気に入った!  まぁまぁ面白い  ふつう  いまいち  もっと精進してください

■ご意見・ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと