夢……

夢を見ていました……

夢の中で私は『白い王子様』になり、私を助けるために戦っていました

でも、私はあなたを知りません

アキト……?ううん、違う

なぜ、そんなに傷ついてまで私の為に戦うの?

私はユリカ、テンカワ・ユリカ

あなたは……あなたは、誰?






第6話「『眠れる』遺跡の白雪姫」





2201年8月19日 火星極冠遺跡内部 セントラルポイント『イワト』




「何がどうなっている?」

「イメージ伝達率下がっていきます」

「ノイズが大きいぞ」

「ナビゲータのイメージングを中止しろ!」

「メインシステムに逆流」

「うわーまたかよぉ」

「回路全てシャットだ」

「中断だ、中断!」

遺跡システムの制御コントロールルームをあわただしくスタッフが行き来する。
あっという間に部屋が『AKITOAKITOKAITOAKITO』のウインドゥに埋没してゆく。

「あー相変わらず御機嫌ナナメですねぇ」

「さすがにお姫様は気難しいね」

バタバタと駆け回るスタッフを尻目にタカハシとヤマサキが気楽な口調で降りてきた。
決起以来、何度もイメージング入力実験を試みているが全て失敗。
入力端末を遺跡に接続したとたん人間翻訳機ことミスマル・ユリカからのノイズが溢れてくるのだ。

「んん?」

「ああ、ミキちゃん達の発案でして、いくらなんでも裸のままじゃセクハラだということで」

「うーん、逆にエッチじゃない?」

女神さながらに白い布を巻きつけたユリカを見ながらヤマサキは苦笑いした。



第十三番ターミナルコロニー『サクヤ』司令室




「統合軍の包囲網さらに狭く」

「マジン部隊全滅!」

『火星の後継者』が占拠したコロニーはすでに風前の灯火であった。
先ほど統合軍の投入した双胴型戦闘母艦より射出されたステルンクーゲルの大部隊により完全に押され始めている。

「損耗率50%突破」

「デンジン部隊、防衛ラインの維持ができません!」

次々と絶望的な報告が響く。ここが落ちるの時間の問題だろう。

「何としても押さえろ!もう少し、もう少しだ!味方が来る!」

守備隊長が必死に士気を維持していた。



統合軍第三艦隊旗艦『ゆきまちづき』ブリッジ




「敵の損耗率、50%を突破。我が方は損耗率3%」

勝ちを確信したのかブリッジ内には余裕の雰囲気が漂っている。

「順調だな」

「先程、第五艦隊が『クシナダ』を落としたそうです」

「よし、こちらも降伏勧告を……」

艦長が命令を言い終わる前に衝撃が艦を襲う。
被弾を示すウインドゥと共に警戒ランプが点灯しブリッジが真っ赤に染まる。

「機関室被弾!攻撃です」

「何!?」

展開している統合軍のド真ん中に突如出現する大量の機動兵器。
実体化と同時にその数40機を越える積尸気の火器が一斉に火を吹いた。



火星極冠遺跡内部 セントラルポイント『イワト』作戦司令室




《17隻撃沈!》

「おおー!!」

『サクヤ』の勢力図を見守っていた『火星の後継者』の首脳陣から歓声が上がる。

『ぶい』

「おめでとう、ヤマサキ博士」

「これは大成功、と言っていいのかねヤマサキ君?」

戦国時代の軍を思わせる司令室の中央に座った草壁が興奮する部下を制して言葉をかける。

『イメージ伝達率98%これでほぼ、ナビゲーターのイメージどおりの地点に跳べますよ』

ヤマサキの後ろではスタッフが好き勝手に盛り上がっている。放っておけば宴会でも始めかねない浮かれようだ。

『今回の成功のカギはズバリ、これです』

極めて真面目な顔でヤマサキの差し出したもの、それは……。

「日記帳?」

花柄のえらい少女趣味な日記帳であった。
可憐な少女が持っているならともかくヤマサキの私物であるなら彼の人格を疑わざる負えない。

「日記帳とボソンジャンプ……わかりやすく説明してもらおうか」

呆然とする一同の中あくまで冷静に草壁は尋ねた。



トウキョウ 宇宙軍宿舎 大浴場




2世紀は前の銭湯を思わせる風呂場。
ルリは一人で湯船に浸かっていた。
他に人は居なくちょっとした貸切気分だ。
ガラス張りの天井から星空が見える。

「星のきらめきは人の想い……」

両手でお湯をすくいあげると掌の中で星が揺らいで見える。

「……御神鎚……」

なんとはなしに彼の本当の名を呼ぶ。
ブラックサレナに乗り込んでいたカイト。
反対側のホームに静かにたたずむカイト。
ナデシコB艦時代に微笑んだカイトの姿があの時笑ったカイトと重なる。

「地球に……来ている……」

懐かしさと、喜びと、怒りと、悲しみ。
自分でも理解できない複雑な感情が全身に行き渡るのをルリは感じていた。
自らの思考を断ち切るように彼女は湯船から立ち上がった。



浴衣姿のルリがのれんをくぐりながら出てくる。

「おまたせ」

「い、いえ」

彼女の言葉に妙に緊張したハーリーが答えた。



ルリの部屋でゴクゴクとフルーツ牛乳を飲むルリとハーリー。
恐らく今のハーリーには牛乳の味などわからないだろう。
そんなに緊張しなくても何も起こらないって……。

「マキビ・ハリ少尉」

「ハイ!」

「特別任務です。明日午前8時長距離ボソンジャンプでネルガル月工場へ直行。ナデシコCへオモイカネの移植作業を命じます」

「月ですか?チューリップは使えませんよ?」

「A級ジャンパーのナビゲーションによる単体ジャンプです」

「え!?」

彼が驚くのも無理はない。まさかまだ敵の手に落ちていないA級ジャンパーが居るとは思っていなかったのだろう。

「シャトルでの移動は敵の狙い撃ちに遭うから、これが一番安全です。オモイカネをよろしく」



電気の消えた部屋の中、ルリは眠れずにいた。
隣では、ハーリーが自分の手を握りながら静かに寝息をたてている。
彼の手首には昼間もらった『幸運の女神のお守り』が巻きつけられている。
お守り―髪留めのゴム―を一瞥してから天井を見上げたつぶやいた。

「白い王子様……あなたは……」



2199年1月 木星プラント




二つに重なった影が離れる。

「それじゃ、お別れだ……ルリちゃん」

だめ、その先を言わせてはいけない。
けれど私はうつむいたまま何も言うことはできない。

「君には帰る家が、ナデシコがある。入り口に置いてあるエステバリスで戻るんだ」

私はただ小さい子供のようにイヤイヤと首を振るのが精一杯だ。
こんな時、私はなんと無力なのだろう。
戦艦一隻を動かすことができても一人の大切な男性の心をつなぎ止めておく事すらできない。
彼はしょうがない、という風なため息をついた後、私の体を抱き上げそのままプラントの入り口へと歩いてゆく。
エステバリスのハッチを開き、私の体をシートに降ろす。
けれど私は彼の服を掴んだまま離そうとはしない。

「ルリちゃん……」

困ったような声。うつむいたままで彼の顔を見ることはできなかったが見なくてもわかる。
優しい笑顔を浮かべているのだろう、いまの状況に不釣合いなほどの。
彼の手が私の手に添えられる。
硬く掴まれた私の指が一本一本ほどかれてゆく。

「じゃあ、ひとつだけ約束しよう」

「やくそく……?」

「―――――」

彼の声が聞こえなくなる。

「じゃあ、これが約束の証」

そういって私の髪留めを外す。

「遠く離れていてもいつでも君を感じていられるように」

言葉と共にハッチが閉められる。直後オートパイロットが起動してそのままナデシコへと向かう。

もう木星プラント見ることは出来なかった。



―――あの約束は何であったか。今はもう思い出すことはかなわない。

ルリはそのまま眠りについた。



トウキョウ シンジュクシティ とあるゲームセンター




店の前にはなぜ『現在貸切り中』と書かれた札が掛かっている。
パーティー会場のレストランじゃあるまいし……。

「フルーツバスケット!!」

ライチの超必殺技が炸裂する。

「うわぁぁぁぁぁ!」

まともにくらいゲキガンガーが吹き飛ぶ。

《2P WIN!!》

「しゃー!やりィ!」

格闘ゲームの大型筐体でヒカルがガッツポーズを上げる。

「もう一回!もう一回勝負だ!」

「はいはい、何度でも」

くってかかるリョーコに対して余裕のヒカル。

「力押しばかりのゴリゴリリョーコなんて楽勝だもんね〜」

「うるせー!行くぞコンチクショオ!軍人さんの真の力、見せてやっからな」

「ほーい」

ゲームを再開する二人。
少し離れたところにゴートとプロスがそれぞれ別の筐体に座っていた。

「いいのですか、これで?」

「ええ、いかなヒカルさんと言えど2年のブランクは長い。短期間での効果的かつ実戦的な体感シミュレーションとしてこのゲームは正に最適!」

真面目に話しながらもゴートはイラストロジックのゲームに真剣に取り組んでいる。
残りタイムはあまり余裕が無い。

「ハイハイ、後が無いよ〜」

「クッソオ!」

「ああ〜また力押し」

リョーコのゲキガンガーが猛ラッシュを仕掛けるがヒカルのライチが軽くさばいていく。

「ライチ、ライチェル、流星キーック!!」

カウンターからライチがコンボを開始、そのままライチェルアッパーでフィニッシュ。

「それにしてもヒカル君はすごいですね」

「いやいや、まだまだ昔の6割。あのバケモノ達と対等に戦ってもらわないことには」

プロスは脱衣マージャンをしていた。
配牌はすでに国士無双13面待ち。ほぼ勝負は決まった。

「ヤツラの動向は掴めましたか?」

「いえ。しかし、この日本にいることは確かです。奴等の目的は恐らく……」

ゴートが画面から目を離さず答える。
どうでもいいが店員のエプロンが殺人的に似合っていない。

「フム……ミカズチさん、ですな」

「おい、プロスのおっさん!次のカードをくれ!」

結局負けてしまったリョーコが怒鳴り込んでくる。懲りずにまだやるようだ。

「はいはい、便利でお得なプリペイドカードです。もちろん、お給料から天引きですが」

電子音の響く店内にポロロ〜ンと場違いな音が奏でられる。ウクレレだ。
一同が一斉に注目する。

「おお、これで揃いぶみですな」

「ブランク……ながいです」

もはや文章では表現不可能な服装のマキ・イズミが入ってきた。

「すいません、まず私にカードを一枚」

先程までゴートの座っていた筐体にはデカデカと《TIME OVER》と表示されていた。



火星極冠遺跡内部 セントラルポイント『イワト』




なぜか着流しを着てに説明し始めるヤマサキ。さながら落語の寄席である。

「今までのシステム暴走の原因は『夢』です。我々のイメージを遺跡に伝える人間翻訳機ミスマル・ユリカ」

パチン、と指を鳴らすと彼の後ろに『AKITO』と書かれたウインドゥが開く

「彼女の見る夢が、ある種のノイズとしてシステムの暴走を引き起こしていたのです」

軽く手を振ってウインドゥを追い払うと説明を続ける。

「従来はミスマル大佐の夢に負けないように入力イメージも増幅する方法を採用していましたが今回は別の角度でのアプローチを試みました」

「別の角度?」

客席に座っているシンジョウが声をあげた。
ヤマサキは袖の中から一冊の日記帳を取り出す。

「さてお立会い!取りいだしましたるこちらの日記帳。ただの日記帳と侮るなかれ!我々が総力を結集して入手したミスマル大佐の拘留生活中の日誌であります!」

遺跡を宇宙の彼方めがけて送り出した後、ナデシコクルーには毎日の記録と提出が義務付けられていた。
あくまで形式的なものだったので起床時間とその日の行動、就寝時間を書いておけばよかったのだがユリカは色気の無いノートの表紙を張り替え『アキトとのラブラブ日記』と表紙を書き換えたのだ。
その内容も終始アキトのことについて書かれていた。
今日のアキトの料理はなんだの、アキトは何処に出掛けたのだの……。監察官が大いに辟易したのは言うまでも無い。
すっかり日記をつける習慣がついてしまったユリカは拘留生活終了後も日記を書き続けた。
もちろん内容はアキト中心であったが。
日記はある日、唐突に止まっている。
最後の日付は2199年6月18日。新婚旅行前日のことであった。

ユリカの『想いで』がつまった日記帳。それが今、ヤマサキの手にあった。

「このミスマル大佐の大切な想いで。今回はそのイメージをミックスして流したというわけです」

「そのための日記帳か」

何故かスポットライトの当てられながら草壁が喋る。……というか『イワト』の何処にこんな部屋があったんだろうか?

「女の子の想いでを再利用。今頃あのコは家族と団欒ってな感じでイメージ伝達率もうなぎ昇り、正に我らの技術の勝利!」

「うおおおおー!」

『火星の後継者』の歓声を受けてするすると舞台に幕が下りた。
やれやれと立ち上がりながら舞台の袖にいたタカハシに声をかける。

「彼らの様子は?」

「とりあえず見てください」

そのまま二人は奥へと消えていった。



「うわぁぁぁぁぁ!」

「たすけて、たすけてぇ!」

数台の積尸気からそれぞれ悲鳴が聞こえる。
先程『サクヤ』にジャンプさせた部隊の一部である。
大半は問題なく目標地点に跳んだものの、数名は再び同じ場所に出現したのだ。
始めは単にジャンプを失敗したものと思っていたがハッチを開けてみるとそこには機体と同化した人間の姿があった。

「ジャンプ後の再構成の失敗だと……?」

ジャンプ耐性を持たない人間がジャンプした際、遺跡は地球人の情報を正確に再現することが出来ない為に起こる事故である。

「どうしますか?」

青ざめた顔で職員の一人が尋ねる。
この状態の人間を元に戻す術はない。それは過去の優人部隊の実験記録が証明している。

「……ラクにしてあげなさい」

「ハッ!」

ヤマサキはそれだけ言うと自らの思考に集中した。

一体これはどういうことか?
問題は遺跡へのイメージ伝達だけで、今更ジャンプに耐えられないという初歩的な問題が発生するとは。
こちらの手段にはなんの問題も無いはずだった。
しかし、現に問題はこうして起きている。
考えられる可能性は一つ、途中でジャンプイメージに割り込まれたとしか考えられない。
ヤマサキは溢れつづけるウインドゥを見つめた。



AKITO AKITO AKITO AKITO AKITO
AKITO AKITO AKITO AKITO AKITO
AKITO AKITO AKITO AKITO AKITO
AKITO AKITO KAITO AKITO AKITO
AKITO AKITO AKITO AKITO AKITO
AKITO AKITO AKITO AKITO AKITO
AKITO AKITO AKITO AKITO AKITO



「なるほど……そんな姿になっても彼の為に尽くすか。健気だねぇきみも」

そう言って通信回線を開く。

「急で悪いがひとつお仕事を頼みたい」

『……何用か?これから跳躍実験ではなかったのか』

「いや、ちょうどいい。その後のことさ、部下からの報告で彼の位置はつかめているんだろう?」

取り込まれたパイロット殺す銃声が響く中、ヤマサキは嬉しげに告げた。



2199年2月23日 快晴




私がルリちゃんと共にアキトの部屋に家出してからもうすぐ5ヶ月が経つ。
朝起きて、夜寝るまで。ずっとアキトと一緒の暮らし。
いつものようにラーメンの仕込みをして屋台を三人で引いていた。
ただ、今日はひとつだけいつもと違うことがあった。
3時過ぎ、ちょうどお昼のお客さんと夜のお客さんの間の時間。
私は土手に座って休憩していると横から缶コーヒーが差し出される。

「ほら、お疲れ」

「わあ、ありがとうアキト」

そのままアキトは私の横に座った。私はコーヒーを飲みながら彼を見る。
妙にそわそわしていて落ち着きが無い。

「どうしたのアキト。トイレ?」

「バ、バカ!そんなわけあるか!」

怒鳴られた。

「むぅー、酷いよ。心配したのにぃ」

「そうじゃなくてなユリカ……」

ブツブツと喋っている。

「あ!ひょっとして丼5個まとめて割っちゃったこと?大丈夫、怒ってないよ」

「違うって!いや、そのことは申し訳無いと思ってるんだけど、違うんだ」

そのまま、うつむいてしまった。
しばし、沈黙が流れる。

ドレミ〜レド、ドレミレド、ファ〜


遠からチャルメラの音が聞こえた。最後の音が外れている、ルリちゃんのチャルメラだ。
その音を合図に意を決したようにアキトは口を開いた。

「す、するぞ……結婚……」

「……ホント!?ホントにホント!?」

「ああ……」

それだけ言ってアキトは真っ赤になってしまった。

「アキト、大好き!」

そういって私はアキトに抱きつく。

「お、おい、ユリカ。よせって!」

それでも彼の声は優しい。

「……ねえ、アキト」

「ん?」

「結婚式はジューンブライトがいいから6月に決まってるけど新婚旅行は何処にしよっか?」

「ははは、まだユリカの親父さんに了承も得てないの気が早いな」

「私はアキトと一緒ならどこだっていいよ。アタミシティでも月でも」

「そうだな、やっぱり俺は―――」

彼はしばらく考えてから私を見つめた。

「アキトは何処に行きたいの?」



「秩父山中」「秩父山中」




アキトと北辰、二人の声が響いた。



秩父山中 浅間神社




ボソンの光が集結し、実体化した夜天光がゆっくりと地面に着地する。
夜天光の前に既に六人の腹心が控えている。

「決行は、明日」

夜天光のハッチが開き、北辰は厳かに告げた。

「隊長の只今のジャンプがその証拠ですな」

「うむ。各ポイント厳密なるデータの収集が今こそ役に立つ」

六人衆も思わず身を乗り出す。

「我らのこの後の任務は?」

「高み見物?」

「いや……。我らは我らの新たな任務を遂行するまで。彼奴等の所在は?」

「御神鎚の居場所ならば既に押さえております」

「人形と殺人傀儡……」

人を殺すために作られしモノとこの世の物とは思えぬ美しきモノ。
二体の人形。

「ラピス……」

まるで待ち焦がれた恋人の名を呼ぶかのような北辰の声が響いた。
その愉悦に歪んだ笑みはゾッとするほど非人間的であった。



トウキョウ 都内某所




ウリバタケの家にほど近い場所。
そこにカイトは居た。
目の前には真新しいマンションが見える。
恐らく築2年と経っていないだろう。

(『色即是空』この世界で変わっていかない物は無い、か……たとえ人の心と言えど)

2年前、確かにここにはアパートがあった。
アキトとユリカ、ルリそしてカイトが過ごしたアパートが。

(変わってしまったことを悲しいと感じるのは愚かな感傷なのだろうか?)

ぎゅ、とマントの左側を引っ張られる。ラピスだ。
ただ無言でこちらを見上げている。
精神同調などしなくてもカイトの心がわかるのだろう。
軽く微笑んだ後、ラピスの頭に左手を乗せて軽く撫でてやる。

「大丈夫、大丈夫だよ」

自分でも心にも無いことを言う。

(なにが大丈夫なものか、これから自分がやろうとしていることは自己満足の―――)

「ミカズチ」

背中から声をかけられる。

「その声、月臣チーフですね。準備の程は?」

「ほぼ全戦力を墓地へ投入している。完璧な包囲網だ……それより、いいのか?」

「北辰の手駒の追跡を外さなかったのはこの為です、問題ありません」

月臣の言っていることはそういう事ではないのだろうが彼の気遣いは敢えて無視した。

「僕がオトリになればオモイカネの移植の為、月へジャンプするドクターとホシノ少佐の部下の安全は保障されます」

「……」

彼は答えない。

「もうひとつの準備はどうです?」

「ああ、順調だ。機材の搬入と機体のロールアウトは完了した」

少々苦笑しながら答える。

「僕が言うのも何ですが趣味悪いですねぇ、アレ」

「極めてタチの悪い冗談だな……まあいい、所詮犬は飼い主の意向に従うだけだ」

「あの人らしいっちゃらしいですけど。結局ひねくれ者なんでしょうね、僕等は」

「フ、用件はそれだけだ……邪魔したな」

そのまま月臣は来た時と同じように夜の闇に消えていった。

(明日はついに8月20日。2年間、長かったな)

(ここにこぎつけるまでどれほどの犠牲を払ったか)

(24時間後には全ての物事にケリがついているはずだ)

(歴史は再び元の流れに乗り、そして―――)

夜空を見上げる。今の自分の目では見ることはかなわないだろうが月が浮かび輝いているのだろう。

「アキト、君が今の僕を見たら笑うのだろうか?怒るのだろうか?それとも……泣くのだろうか?」

最後の日が始まろうとしていた。

『カイト』と呼ばれるようになってから一番長い一日が。

すべては火星に始まり、火星に終わるのか。それとも……



同年8月20日午前7時30分 連合宇宙軍地下ジャンプ実験ドーム




ガラガラと重い金網の扉が閉じる。
エレベータが重力の方向に加速し、体にかかるGがゆっくりと軽減していく。
自動車2台は入りそうな巨大なエレベーター。そこにハーリーとサブロウタの二人がいた。

「昨日は眠れたかマキビ少尉?」

「はあ……」

気楽な口調で声をかけるサブロウタ。これから単体ジャンプをする緊張のためか耳に入ってない様子だ。

「で、どうだったんだ?」

「え?何がです?」

「またァ、知ってるんだよ。艦長の部屋に泊まっただろ、お前」

「な、何でそれを」

「フッフッフッフッフッ……」

ハーリーのリアクションに不敵な笑みを浮かべる。

まあ、種を明かせば今朝ルリから直接「ハーリー君の見送り兼護衛役よろしく」と命令された時についでに聞いただけなのだが。
ニヤニヤとやらしい笑顔を浮かべながらハーリーの顔を覗き込む。

「で、優しくしてくれたのか?」

「ええ、まあ……」

「おー!言うねぇ……で?」

「フルーツ牛乳ごちそうになって……」

「それから、それから?」

期待を膨らましてさらににじり寄るサブロウタ。完全に下世話モードだ。

「手をつないで、寝ました」

「え?」

ガクッと音を立てそうな勢いでずっこけるサブ。
……一体何を期待しとるんだ君は、非18禁だぞ本作は。
タイミングを見計らったようにエレベーターが停止する。
扉の開いた先には待ちかねたかのようにタニ博士が立っていた。

「時間がない。急ぎましょう」



実験ドームの制御室。すでにジャンプの準備を開始している。

「システム異常なし」

「ジャンパー脈拍、体温ともに異常なし」

「マキビ少尉、どうかね具合は?」

「はあ……何かあやつり人形になったみたいでぇ〜」

制御室の窓からこちらに向かって手を振るハーリーが見える。
宇宙服のようなスーツを着せられ背中には大量のコードが繋がれている。
なるほど、確かにマリオネットみたいだ。

「ハハハ、それはジャンプ直前までの君の体組織や精神の状態を見るものなんだ。ガマンしてくれ」

「ハーリー、月で会おうぜ!」

「はあーい」

ハーリーと同じ姿の人間が彼に近づいて行く。

「ナビゲーター、サークル中央部に到達」

「クリスタル活性化開始します」

彼らの立っているフロア全体に描かれた遺跡パターンが輝き始める。

「マキビ・ハリです、よろしく」

「よろしくね」

「あの、A級ジャンパーの人に会うの初めてです」

「そう……行き先のイメージは私が行います。あなたは気を楽にして、目を閉じて。楽しいこと、嬉しいこと、何でもいいわ。とにかくリラックス」

「リラックス、リラックス……」

律儀に復唱するハーリー。

「チューリップクリスタル活性化順調」

「光子、重力子、π中間子増大」

「ジャンパー、ナビゲーター、シンクロ順調」

「ボソン変換値上昇!」

「よおし、行って来い!」

サークル上の二人はさらに増大する光に飲み込まれていく。

「マキビ君、行くよ!」

「はい!」

次の瞬間、二人は時を越えた。



同日同時刻 八王子霊園




お墓参りの花束を持ったままルリは青空を見上げている。

「どうしたの?」

「ハーリー君、月に跳んだ頃です」

しょうがないな、という風に歩き始めるミナト。

「だからお見送りしてあげなって言ったのに」

「確立的に偏り過ぎています」

「え?」

前回はイネス、前々回はアキトとユリカ、最初のカイトに至っては付き添っていったにも関わらず自分しか帰ってこなかった。

「非科学的ですがゲンかつぎというやつです」

「……意地っ張り」

少しだけ悲しそうな顔をしてミナトはつぶやいた。


ただっ広い墓地に鐘の音が鳴り響く。
そこに彼はいた。
サングラスで顔を隠し白いマントに身を包んだ青年。

「カイト……くん」

「今日は……三回忌でしたよね……」

白百合の花束を抱えイネス・フレサンジュの墓前に立っている青年。
それはルリが間近で見る2年ぶりのカイトの姿だった。





――――最後の日が、今静かに幕を上げた――――











おまけ・対談式あとがき 6回目ぐらい


作 者「さて、最高にイヤなところで『つづく』です」

ユリカ「みんなー!元気ー?本当のヒロイン。テンカワ・ユリカでーす!」

作 者「今回は遺跡のシステムに回線を繋いでおります」

ユリカ「年齢は25歳、花も恥らう人妻でーす」

作 者「えーゲストの……」

ユリカ「好きな男性のタイプはアキト。好きな食べ物はアキトの料理。好きな……」

作 者「人の話聞けよ!」

ユリカ「あーあ、私もついに呼ばれちゃったか〜」

作 者「本来はもうちょっと描写が増える予定だったんだけどねぇ」

ユリカ「しくしく、所詮人妻には興味が無いのね」

作 者「結局のところラピス絡みのネタが増えすぎて、いまさらカイト×ユリカのエピソードを盛り込むと……」

ユリカ「ルリちゃん自身とルリちゃん派の人はストレスで胃潰瘍になりそうだもんね」

作 者「本当はユリカに対するルリのコンプレックスとか色々あったんですが、最初のナレーションにしか面影が無いですな」

ユリカ「うう、どこまでも不幸な私。ヒロインとは虐げられる運命にあるのね」

作 者「言ってなさい。そのため今回の話は駆け足気味かつあっさり風味になってしまいました」

ユリカ「話が短くてあっさりし過ぎてるのは単に作者さんの筆力不足じゃ……」

作 者「……一生遺跡システムと融合してるか?」

ユリカ「うえーん。目がマジだよ、この人」

作 者「ハーリーのナビゲーターはラピスにしようかとも思ったんですが止めときました」

ユリカ「えー?なんでー?」

作 者「フッフッフッ、ラピスはカイトと行動を共にしているということは……」

ユリカ「あー!もしかして女の戦い……?」

作 者「さあ、それでは次回予告!ついに再会を果たす『電子妖精』と『殺人傀儡』!」

ユリカ「え?ええ?」

作 者「果たして二人の邂逅のもたらすものは!?」

ユリカ「ちょ、ちょっとぉ〜」

作 者「そしてユリカの『想いで』すらもてあそぶ火星の後継者の行く末は!?」

ユリカ「まってよぉー」

作 者「2話で言っていた『三人目の彼女』とは!?」

ユリカ「ねえってばー!」

作 者「ザ・プリンス・オブ・イレギュラー第7話!」

ユリカ「聞いてるのォ!?」

作 者「「異端なるモノ達への『挽歌』」をお楽しみに!」

ユリカ「あたしとアキトの話は〜!?」





「君の知っている『カイト』は死んだ……」




つづく!!!



[戻る][SS小ネタBBS]

※タグチX さんに感想を書こう! SS小ネタ掲示板はこちら

<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
 気に入った!  まぁまぁ面白い  ふつう  いまいち  もっと精進してください

■ご意見・ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと