別れ。私にとって初めての親しい人との別離
『あの人』は私を守ったが、私を選んではくれなかった
『あの人』は彼女と共に行くことを選び、目の前で遠くへ行ってしまった
遠い空に消えた二人の『あの人』
彼等は今頃、どんな夢を見ているのだろうか?
最愛の女性の夢をみているのだろうか?
いまは、もうわからない
全ては過去へ――――
第3話「『偽り』の王子様」
2201年8月9日 ターミナルコロニー『アマテラス』
現在、アマテラスは混乱の極みにあった。
関を切ったかのように『OTIKA』と書かれたウインドゥがいたるところで溢れているばかりでなく、狙ったように例の幽霊ロボットが襲撃をかけてきたのだ。
防衛ライン設置された多数の守備艦隊による一斉掃射をものともせず、一瞬にして第三次防衛ラインにまで肉薄してくる漆黒の機動兵器。
「コロニーに近づけるな、弾幕を張れ。最終ラインを死守せよ!!」
アマテラス警備部所属、統合軍中佐シンジョウ・アリトモの指示が飛ぶ。
「コロニー内、及び周辺での攻撃を許可する!」
突然、シンジョウの背後から別の命令が出される。
振りかえるまでも無い。彼の後ろには怒れる統合軍軍人、アズマ准将がやってきていた。
「じゅ、准将!それではコロニーが」
ムダだろうな……、と思いつつも上官に進言するシンジョウ。戦闘時と酒の席では彼に逆らわないほうがいい、というのがアマテラスにおける暗黙の了解であったからだ。
「飛ぶハエも止まれば討ち易し。まさに、肉を切らせて骨を絶つ!!」
な、聞いちゃいない。
「よっしゃー!」
突如開いたウインドゥに今度はアズマが面食らった。
ブラックサレナは艦隊と機動兵器からなる守備隊をアッサリ突破しつつあった。
(ここまで肉薄してしまえば外の部隊は無力。まさかアマテラス目掛けてグラビティブラストを撃つわけにもいかないだろうし)
教科書的ではあるがアマテラスの配置が決して悪いわけではなかった。
が、ブラックサレナの機動性とパイロットの腕が現行の機動兵器の遥か上をいっていただけだ。
「上手く行けばラピスを使わなくても済みそうだ」
戦闘中とは思えぬほどの優しい口調でパイロットの青年はつぶやく。
(エリナさんには何度も甘いと注意されたけど、やっぱり年端もいかない女の子を実戦にだすのは気が引けるよ)
彼女を戦わせたくない理由はそれだけだろうか?
(似てるからなんだろうな。彼女に)
自嘲めいた笑いを浮かべる青年。あまり似合ってはいないが。
この2年間でする回数が飛躍的に増えた笑い方だった。
そんなことを考えながらもムチャクチャな軌道で次々と守備部隊を突破するブラックサレナ。
「邪魔だよ!!」
叫びと同時に右手のIFSが強く輝く。目の前のステルンクーゲルのフィールドごと弾き飛ばす。
ついにブラックサレナは最終ラインの突破を果たした。
「野郎ども、いくぜ!」
『おう!!』
彼女の号令のもと次々とステルスシートを放り投げるエステバリス隊。
《回避要請》
「チッ!」
モニターに警告がでるかでないかの一瞬で青年は回避動作に入る。
前方のバーニアを点火、突っ込んだ時の姿勢そのままに急速にバックしてゆく。
「遅い!」
即座にエステバリス隊の隊長―スバル・リョーコ―がレールカノンを発射!
(弾丸は三発…よし!)
まったくの不意打ちにも関わらず冷静に対処する青年。
機体を半回転させ一発目と二発目を回避。
「よっと!」
そのままの姿勢で三発目をワザとフィールドに弾かせ、その反動で一気に別方向へ機体を逃がす!
リョーコの激がとぶ。
「へ、逃がすかよ!遅れるなよ、野郎ども!」
(まったく、相変わらずいい腕してますよ、リョーコさん)
正確に捉えた射撃といい、あらかじめコロニーに潜んでいた判断力といい、流石としか言いようが無い。
(ちぇ、そうそう上手くはいかないや。黙ってタイムスケジュールに従いましょう)
しょうがないな、というふうに青年は通信を開く。
「ラピス、状況は予想通りだ。準備よろしく」
「了解」
ウインドゥを閉じる。モニターには赤いエステ・カスタムを先頭に次々と敵機が迫ってくるのが見える。
「うんじゃま、鬼ゴッコとシャレ込みますか!」
舞台はアマテラス、逃げるはブラックサレナ、追うは周りの敵機全ての鬼ゴッコが華々しく幕をあげた。
さてはて、勝者への景品は如何に……?
ナデシコB艦 ブリッジ
「おまたせです」
《おかえり》
Vサインと共に駆け込んできたルリにオモイカネが出迎える。
艦長席に就きながらテキパキとクルーに指示をだす。
「戦闘モードに移行しながらそのまま待機、当面は高みの見物です」
「加勢はしないんですか?」
ハーリーのもっともな疑問。
「ナデシコBは避難民の収容を最優先で。それに、向こうから願い下げでしょう」
「その通り!!」
アズマの巨大なウインドゥが出現する。
「今や統合軍は陸海空に宇宙、全ての脅威を打ち倒す無敵の軍だ。黙って見ていろ宇宙軍!」
散々高笑いしたあげく通信は切られた。
「何一人で盛り上がってるんだか」
「ですね〜」
ハーリーも嘆息しつつ同意する。
「ハーリー君、アマテラスへもう一回ハッキング」
「いい?またですか?」
「そ。キーワードは『AKITO』です」
ウインドゥを反転させつつモード移行を開始するルリ。
「アキト?一体、誰なんです?」
ハーリーの反応は当然のものだが、説明している時間もなければ具体的な根拠もない。
しかし、ルリは一連の事件に対し何か確信めいたものを持っている。
ヒラメキ優先の初代艦長ミスマル・ユリカならともかく、理論派の自分とって普段なら「非科学的」の一言で一蹴してしまうような胸騒ぎ。だが、今回は何か違う。
「艦長、かんちょお〜」
彼の呼びかけには取り合わず戦闘モードに移行してゆく。
「IFSのフィードバック、レベル10までアップ」
(予感は的中、敵は来た)
『OTIKA』
「艦内は警戒体制パターンA」
(アレは暗号?アレは偶然?)
『AKITO』
「システム統括!」
(でも、あの人は……)
『AKITO』
ルリを中心にウィンドウボールが展開する。
(あの人達は……)
「アキト……」
唇が『あの人』の名を象る。その名がルリの脳裏にナデシコでの生活が思い出させた。
彼女は頬を染め、誰にも気づかれないくらい小さく微笑んだ。
アマテラス外周
鬼ゴッコはまだ続いていた。ブラックサレナは多数のオニに追われ、一時は最終ラインを割ったにも関わらず、既に第二次ラインまでの後退を余儀なくされていた。
傍目にはどうみても大ピンチ。哀れサレナ、目的も果たせずここに散るのか?
「まったく、敵の高笑いが聞こえてきそうだよ」
青年はぼやく。目前にオニ、もといステルンクーゲルが迫っているにも関わらず口調に焦りの色は見られない。むしろ、楽しんでいるようにすら聞こえる。
もっとも注意すべき相手、リョーコの乗るエステは先程ワザと追いつかせたステルンクーゲルにジャマされ、接近も射撃できず、少し離れてついていくのが精一杯だ。
「コォラ、ジャマすんな。そいつはオレんだ!!」
彼女の叫びが聞こえてくる。無理もない。サレナに殺到している友軍機がジャマでロックオンすることもままならない。混戦時の同士討ちを防ぐための識別機能が彼女の足を引っ張る。
(まあ、お仲間を責めるのは酷でしょ。この場合)
自機の後ろに十機を越えるステルンクーゲルを引き連れながら冷静に敵の配置を見る。
おそらく彼等は何故、リョーコが自分達をジャマ扱いしているのかすら理解できてはいまい。
サレナは今、彼らを盾代わりにしてリョーコのエステから逃れているのだ。
それをこともなげに実行する青年とすぐに看破するリョーコ、二者の腕前が他のパイロットの数段上であることの証明であった。
「……そろそろか。いい加減、追われっぱなしも飽きるしね」
再び通信を開く。
「ラピス、頃合だ。『呼ぶ』ぞ」
相手の返事を待たずにイメージングを開始。出現地点はアマテラスを中心に自分と反対側!
「ジャンプ!」
その瞬間、彼は跳んだ。厳密には自分の半身が。
アマテラス 統合軍司令部
「ガハハハハハハハ!見たかね、シンジョウ君」
青年の予想通り、アズマ准将は逃げ惑う幽霊ロボットにご満悦であった。
「はあ……」
対してシンジョウの反応は極めて薄い、もっともこれから彼がせねばならない事を考えれば目の前の上官に気をつかってる場合ではないのだろうが。
適当な相槌をうつ部下の様子に気を悪くするでもなく、アズマはますます饒舌になってゆく。
「宇宙軍のやつらめ戦争の時はデカイツラしてたが、今は違う!!地球連合統合平和維持軍万歳!ヒサゴプラン万歳!!」
「ボース粒子の増大反応!」
「え?」
一人盛り上がり続けるアズマを嘲笑うかの様に敵襲を示すウインドゥが開いた。
アマテラス最終防衛ライン内
突如ジャンプアウトしてきた戦艦ユーチャリスのグラビティブラストで一気に戦艦二隻と駆逐艦七隻を沈める。守備隊は完全に混乱していた。
その光景にブラックサレナの追撃隊も動きが止まり、突入するための道が生まれる。
「よし!攻守交代の時間だ!」
逃げ惑っていたかにみえたブラックサレナが大きく迂回、ちょうどユーチャリスの反対側からアマテラスの中心へ迫る。スキを突かれたとはいえアッサリとステルンクーゲールが引き離されてゆく。
もともとの機体の性能差に開きがありすぎるのだ。
この時、守備隊はようやく気づいた。幽霊ロボットのパイロットはこの奇襲の為にワザと自分達を引き付けていたのだ、と。
続けてユーチャリスが二発目を発射!捻れ、爆発する守備艦隊とアマテラス外壁。
音の無い振動があたりの宙域に響き、アマテラス全体を揺らした。
アマテラス内部 秘密通路
「今度はジャンプする戦艦かい、どうやらお外は派手にやってるみたいだね」
激しい揺れをこらえながらのんきな口調の男、ヤマサキ次官が先程の二人組みを伴って非公式ブロックへ通じるある特定の人間しか知らない通路を歩く。
アズマも知らないこの通路はグラビティブラストの余波程度では崩壊する心配も無いし、敵も目的の物がある以上、直接主砲を撃ってくるほどバカではないだろう。
「ネルガル、でしょうか?」
「さあ?」
関係無いよ、と言わんばかりのリアクションで白衣の男―タカハシ―の質問に答えながら、一歩後ろを歩くボディーガード然とした黒服を手招く。
「準備のほどは?」
「決行が三日ほど早まっただけで問題はありません」
「閣下への連絡は?」
「万事ぬかりなく」
「あの連中は?」
「『五分で行く』と」
「はぁ〜、大変だぁ」
黒服―サワダ―から白衣を受け取りつつヤマサキは、ヤレヤレと苦笑いした。
目的地である非公式ブロックの一つ、『遺跡』の制御室に辿りつくなり勢いよく叫んだ。
「緊急発令!五分で撤収!!」
制御室の職員の手が一瞬とまるも大慌てで資料をまとめる。
それもそうだろう、トロトロしてるとシラヒメの二の舞になるのは目に見えているのだから。
ナデシコB艦 ブリッジ
黙って見てろと言われた手前、ハッキングに忙しいハーリーはともかく戦闘に参加する必要の無いサブロウタとルリは幽霊ロボットの動きを分析していた。
《今のおさらい》
「不意な出現、そして強襲。反撃を見透かしたかのような伏兵による陽動、その間に突入ポイントを変えての再強襲……」
「やりますね」
ルリの指示で既に格納庫で待機しているサブが感想をもらす。
「気づいたリョーコさんもさすがです。ホラ」
おさらいウインドゥでリョーコを示すアイコンが敵戦艦の出現する手前から幽霊ロボットの進入路を塞ぐべく動いている。機動性の差を考えてもアマテラス進入までに相手の後ろにつくだけの余裕はあるはずだ。
「どうします?」
「もちょっとまってください」
「は?」
「敵の目的、敵のホントの目的。見たくありませんか?」
ルリはいたずらっぽく微笑んだ。
アマテラス セントラルブロック内
「へ、捕まえたぜ!」
リョーコと彼女率いるライオンズシックル隊がついに王手をかけた。
背後に張りつくと一斉に射撃を開始する。
「どんなに性能が高くたって一機じゃどうしようもねえだろ!」
勝ちを確信した台詞とともに自らもレールカノンを発射!ブースター部に被弾する。
《増加ブースターD中破。推力15%ダウン》
「言ったでしょ、攻守交代だって!」
モニターの表示を尻目に青年は叫ぶ。ゴールは目前、ここまでくると回避運動すらもどかしい。
IFSが輝き、その思いに応えた。
被弾したブースターを真後ろへパージ。なおも速度を上げつつ次々と増加パーツを切り離してゆく。
「脱出!」
「だっしゅつぅ〜!」
ブースターが直撃した量産エステが次々と撃沈する。
ライオンズシックル隊にとってもこの行動は予想外で、追う事に集中しすぎてたこと、そしていままで幽霊ロボットからの攻撃行動が一切無かったことが油断を招いた。
「なにぃ〜!!」
パーツを武器代わりするいう目の前で起きた離れ業に驚嘆しつつなおも追撃するリョーコ。
増加パーツを完全に切り離したとき、目の前には漆黒の人型機動兵器が出現した。
そのままの姿勢でブラックサレナはハンドカノンを連射。全て一撃でエステを沈めてゆく。
「おめぇはゲキガンガーかよ!」
非常識な構成の敵機をなじる。ブラックサレナによる一回の攻撃行動で彼女の部下は全滅してしまった。
『撃ち落せー!』
完全に頭にきているアズマの通信が入る。
『撃って撃って撃ちまくれー!!!』
砲台代わりに配置されている砲戦フレーム、その数三十機以上が一斉に火を吹いた。
が、不規則な軌道で簡単に回避されてしまう。
たまらないのはすぐ後を追っかけていたリョーコ。サレナの回避した弾丸の雨が全て降りかかってくる。
『撃てぇ!落とせぇ!!撃ちまくれぇぇ!!!』
「うわ、わわー!」
焦りながらも何とか紙一重で避ける。おーすごいすごい。
「バッキャロー!!手前らジャマなんだ、黙ってみてろ!」
『何をー!』
ガンを飛ばしあう両者。あのーお二人とも何か忘れてません?
アマテラス 統合軍司令部
「今はそれどころじゃない、お前こそ邪魔だ!」
だからそれどころじゃないんでしょう?アズマ准将。
『ジャマはそっちだ!!』
対するリョーコも負けてはいない。だから言い争ってる場合じゃ……。
周りの職員全員の思いを汲み取るようにルリの冷静な指摘が入った。
『ゲート開いてますよ。いいんですか?』
「え?」
「十三番ゲートオープン、敵のハッキングです!」
「十三番?なんだそれはわしゃ知らんぞ?」
後ろに控えていたシンジョウが口を開く。
「茶番は終り。ということです、准将」
「どういうことだ!?」
アズマの質問には答えず、進入して行くサレナを映したウインドゥを見ながらぽつりとつぶやく。
「人の執念……」
アマテラス 遺跡専用搬入口
優に戦艦二隻は通れそうな通路をブラックサレナは疾走する。
遅れてリョーコのエステバリス・カスタムがそれを追走するが、一つ目のカドを曲がった時点で……。
「うわぁたー!どわぁー!」
光点、爆発。そして静寂。
『大丈夫ですか?リョーコさん』
あまり心配していない口調でルリが尋ねる。
「ああ、二年ぶり。元気そうだな」
『相変わらずサスガですね』
「へ、無人機倒したって自慢にゃなんねえよ」
周囲には大量のステルンクーゲルが破壊されている。恐らくはサレナに対して発動したのだが追いつけず後から来たリョーコを襲ったのだろう。
『無差別に進入するものを排除するトラップのようです』
「ふーん」
『この先にトラップはもうありません。案内します』
「すまねぇな」
十三番ゲートは公式には存在しないゲート。当然内部も本来は存在しないはずの区画。
リョーコのエステのマップも現在座標は《工事中》と書かれた壁の中を示している。
そこまで考えてあることに気づく。自分のナビにも入っていない情報を知っているということは……。
「ああっ!お前ヒトん家のシステムハッキングしてるな?」
『敵もやってますし、非常時です。あ、ちなみに張本人はこのハーリー君ですので軍法会議にかけるならそこんとこよろしく』
『か、艦長ヒドイ!』
「ハハハハハハハッ」
突然、矢面に立たされて動揺しまくるハーリーを愉快そうにリョーコは笑う。
最後に会ったのが、二年前。ちょうど葬式から二ヶ月後、『彼』の発見以来会ってはいなかったが相変わらずクールでシニカルなルリに安心するリョーコであった。
アマテラス 統合軍司令部
「敵、第五隔壁に到達」
「プラン乙を発動!各地に打電、『落ち着いていけ』」
「ハッ!」
「離せ!ワシャ逃げはせん!」
「准将、お静かに!」
キビキビと指示を出すシンジョウ、対照的にアズマは部下二人に押さえ込まれている。
「シンジョウ中佐!何を企んでいる?君らは一体何者だ!?」
興奮するアズマに対しシンジョウは静かに落ち着いた口調で答える。
「地球の敵、木連の敵、宇宙のあらゆる腐敗の敵……」
「何!?」
「我々は……『火星の後継者』だ!」
統合軍軍服を脱ぎ捨て、『火星の後継者』の制服に身を包んだシンジョウが名乗りをあげた。
……どうでもいいけどずっと軍服の下に着込んでたのか、アンタ?
アマテラス 遺跡搬入口第五隔壁前
視界を巨大な隔壁が占拠している。
「助けに来ましたよ、白雪姫。もっとも、王子様の代理ですが」
ブラックサレナのパイロットが嬉しそうにつぶやいた。
「おおっと。そのまま、そのまま」
声と共に赤いエステバリスが追いついて来た。背中にワイヤーを撃ち込まれる。
《強制接触通信。プロテクト無効です》
目の前にウインドゥが開かれる。リョーコとルリの二人だ。
『オレは頼まれただけでね、この子が話をしたいんだとさ』
『こんにちは。私は連合宇宙軍少佐、ホシノ・ルリです。無理矢理ですみません。あなたがウインドゥ通信の送受信にプロテクトをかけているのでリョーコさんに中継を頼んだんです』
「……」
青年は答えない。こちらに対してまったくの無反応だ。
それを見てルリはサブロウタに目配せする。
(行ってください)
(了解!)
即座に艦長の意図を汲み取りナデシコBより出撃するスーパーエステバリス。
『あの、教えてください。あなたは、誰ですか?テロの目的は?』
静かに、だが必死にお願いするルリ。しかし答えは返ってこない。
「ラピス、パスワード解析」
言葉と共にアンカークローに仕込まれたテールバインダーが作動する。
《パスワードを入力してね》
《SNOW WHITE》
《確認》
極力感情を押し殺した声で青年は二人に告げる。
「スケジュールが切迫している、かまってやれるヒマはない」
『スケジュール?』
青年の奇妙な言い方につい聞き返してしまうルリ。別に返事が返ってくることを期待したわけではない。
しかし、予想外にも相手は言葉を続けた。
「そうスケジュールだよ、ホシノ少佐。君たちがこの場に居合わせることも含めてな」
『!?いったい、どういう……』
ことですか?と言葉を続けようとしたが、結局その言葉が放たれることは無かった。
目の前にある、今までの事態を遥かに超える物体にもたらされた衝撃によって。
アマテラス 非公式ブロック秘密ドック
「なにぃ!!」
ブラックサレナを追っていたことも忘れ、ドック内に駆け込むリョーコ。
「ルリィ!見てるか!」
『リョーコさん……』
「何だよコレ……」
『リョーコさん落ち着いて』
「何なんだよ、ありゃあ!!」
『リョーコさん!』
動揺するリョーコと珍しく声を荒げるルリ。二人とも声が震えている。
(この反応、旧ナデシコクルーである二人なら当たり前か。しかし、本当にショックなのはこれからなんだろうな)
二人に衝撃を与えた物体。解体され、骸と化したナデシコAと……。
「形は変わっていても、あの『遺跡』です。この間の戦争で地球と木星が共に狙っていた火星の遺跡、ボソンジャンプのブラックボックス……」
リョーコから青年のウインドゥに向き直り言葉を続ける。
『あなたの目的はこれだったんですね』
「……そうだ」
リョーコの後を追いながらゆっくりと降下して行くブラックサレナ。
先程から敵の気配を探っているがどうもハッキリしない。潜んでいるのは確実だが数も位置も掴めない。
「これじゃあ、あいつらが浮かばれねぇよ……」
『リョーコさん……』
「何でコイツがこんな所にあるんだよ……」
うっすらと涙を滲ませながらリョーコの問いかけ。ルリには答えようが無い。
しかし、思わぬ人物が答えた。
『それは、人類の未来の為!!』
「え!」
「クサカベ……中将!?」
ルリとリョーコが同時に反応する。
『御苦労だったな復讐代行人。作り手の手を離れた殺人傀儡よ!!』
その言葉が合図だった。
『スバル・リョーコ!右だ!!』
「な!?」
上下左右から新たに出現した敵の攻撃がリョーコに迫る。
「く!が!わぁぁー!!」
ナデシコAに叩き付けられるエステ・カスタム。止めをさすべく追撃をかける。
「相手が違うだろ!!」
ブラックサレナが足の無い機動兵器めがけハンドカノンを連射。
簡単に避けられ今度はサレナ目掛けて仕掛けてくる。
「そうだ、こっちでいいんだよ!!」
青年が叫んだ。
アマテラス 統合軍司令部
「ヒサゴプランは我々、『火星の後継者』が占拠する!」
シンジョウの号令の元、次々とシンジョウと同じ制服姿の兵士が突入。
司令部のオペレーターたちの大半も隠しておいた制服に着がえる。
「占拠早々、申し訳無い。我々はこれよりアマテラスを爆破、蜂起する。敵味方、民間人を問わずこの宙域から逃げたまえ。繰り返す、この宙域から逃げたまえ!」
退避勧告とともに次々とスタッフが自爆の準備をしてゆく。
「Bブロック退避完了、AとDは残り三分ほどです!」
「資料の運び出し九割終了!」
「遺跡輸送準備急げ!目的地は『イワト』!」
的確に動く火星の後継者たち。この日の為にシミュレーションを重ねたのだろう。
「繰り返す!この宙域から逃げたまえ!」
シンジョウの声がいっそう大きく響き渡った。
アマテラス 秘密ドック内
『リョーコさん、大丈夫ですか?』
「今度はかなりヤバイかな……」
『動けます?』
「危ねぇ、危ねぇ。よっと!」
錫杖で床に縫いとめられた左腕と左足を炸薬で切り離す。
頭上では幽霊ロボットが足の無い奇妙な機動兵器―六連―を引きつけていた。
ワザと自機のフィールドにカスらせ、攻撃を受け流す様は自分と比べまるっきり異質の戦いだ。
取り囲むように次々と襲ってくる三体の六連の攻撃を全て受け流しながら反転、
一体に狙いを定めて再び射撃。しかし、先程同じように全て奇妙な動きで避けられてゆく。
「傀儡舞か……。まさか機動兵器で再現されるとは思わなかったけど」
青年には敵の使う一連のコンビネーションに見覚えがあった。
リョーコのエステを守るように彼女の横に着陸する。
『あなたは関係無い、さっさと失せろ』
「今やってるよ!!」
答えながら身を起こそうとするエステバリス。
《ボース粒子増大》
サレナのウインドゥが新たな敵の出現を伝える。
「一夜にて、天津国まで伸び行くは瓢の如き宇宙の螺旋……」
言葉と共に新たな六連が三機、そして中心に血塗られたように紅い機動兵器が出現する。
『他人の女に命を懸けるか?痴れ者よ』
『おんなぁ?』
眼前の遺跡が輝きを強めながらせり上がる。花開くように遺跡が展開する。
『!?』
ルリが息を飲み、リョーコが覗き込む。開いた遺跡の中にあった物は……。
二年前にシャトル墜落事故で死んだハズのミスマル・ユリカその人であった。
「アキト!アキトなんだろ!だからオレのフルネーム知ってて……オイ!」
リョーコが必死に呼びかけるも青年は答えない。
『……違います、リョーコさん。それはありえません』
「状況から考えて他に誰がいるってんだよ!」
そう、ありえない。ついこないだもルリはアキトと会ったばかりだ。彼は今も……。
不意に、未だにおさまることなく溢れ続けるウインドゥが目に入る。
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIAK OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
「!!」
先程、アマテラスでかけられたメンテナンス要員の声がよみがえる。
「君は手を引け、ルリちゃん」
《OTIAK》
今から二年以上前のあの人の言葉が浮かぶ。
「ぼ、僕はルリちゃんを信じるから……だからもっと自分に自信を持ってよ!艦長!」
《KAITO》
『ルリちゃん』
彼女の思考は一つの結論に行きつく。彼は……。
名前を呼ぼうとしても上手く唇が動かない。心臓が不規則に脈打ち汗が止まらない。
六連がブラックサレナをじわじわと囲み始める。
「クッ!」
青年は横たわるエステを持ち上げ右腕と胴体を引き千切る。
「わわ、なにすんだよ。アキト!」
「久しぶりの登場ォ!」
天井を破りつつ現れるサブロウタのスーパーエステバリス。
サレナはアサルトピット同然になったエステバリス・カスタムを彼に放り投げる。
『ナデシコのエステバリス。彼女を連れて脱出しろ。ここもじきに崩れる』
「って言ってますけど、どうします艦長?」
『……彼の指示に従ってください』
「了解っと」
『アキト、一体何のつもりだよ!』
リョーコがなおも青年を呼びつづける。
『以前ルリちゃんに手当てしてもらったとき、からかわれたお返しですよリョーコさん』
その一言が決定的だった。
「……お前は!!」
『真面目に答えればあの状態の『遺跡』を見たらリョーコさんの性格だと残って戦いかねませんしね』
以前とかわらない優しい口調で青年は喋る。
『滅せよ、ミカズチ』
会話に割り込むように北辰が仕掛ける。
爆発が辺りを飲み込んだ。
アマテラス 遺跡搬入口
崩れ落ちるアマテラスの通路をスーパーエステバリスが全速力で離脱する。
『バカバカ、引き返せ!ユリカにカイトが……』
「艦長命令だ、悪いな」
みなまで聞かずあえて突き放すサブロウタ。
『ルリィ!応答しろ!』
ナデシコBブリッジ
『聞いてんだろ?見てんだろ?生きてたんだよ、帰ってきたんだよ、アイツら!』
駄々をこねる子供のようなリョーコの呼びかけ、ルリは反応しない。
聞こえているかどうかも怪しかった。
『今度も見殺しにすんのかよ!チクショウ、チクショウ……』
「戦闘モード解除。タカスギ機回収後、この宙域を離脱します……」
完全に脱力した状態でも最低限の指示を出せたのは奇跡に近かった。
ルリは震える唇でようやく彼の名を呼んだ。二度と口にすることなど無いと思っていたその名を。
「……カイトさん」
おまけ・対談式あとがき第三夜
作 者「と、いうわけで第3話「『偽り』の王子様」をお送りしました〜」
ヒカル「しました〜」
作 者「今回のゲストは人気漫画家アマノ・ヒカル先生でーす」
ヒカル「どーも。いやー3話にしてようやくオリジナル要素が出てきましたね」
作 者「まあなんとか。序盤のAパートも終わりましたし」
ヒカル「ということはいよいよヒカルちゃんの出番ってこと?」
作 者「ココに呼ばれる人達の主旨わかってます?」
ヒカル「げ、ということは……」
作 者「正解。次回からは「あの時アキトなにしてたんだ?」というあたりに焦点をあてていこうかと」
ヒカル「そんなぁー!横暴だよ!!」
作 者「だってルリ側はほとんど変化しないから、書いても疲れるだけなんすよ」
ヒカル「うう、出番無い順ならイズミか説明おばさんか落ち目の女たらしかと思ったのに」
作 者「イズミさんは絡みにくいし説明おばさんは後々なぜなにナデシコをやってもらう予定だし、元大関スケコマシは今後の展開しだいなんで」
ヒカル「私に白羽の矢がたったと?」
作 者「うん」
ヒカル「そんな、コレでも昔はカイト君と密室の中二人っきりで裸に……」
???「ちょっとまてぇ!誤解を招く発言は止めてくださいよ!」
???「その話、本当ですか?」
???「ゲゲ!いやね、艦長。コレには色々とワケがね……」
作 者「うわ、どこから出てくるんだ君たちは?」
ヒカル「さーて後ろの痴話ゲンカも始まったところでお時間が来てしまいました。第4話「『同窓会』で逢いましょう」をお楽しみにー!」
作 者「あ、作者の仕事が取りやがった!」
ヒカル「バイバーイ!」
???「だー!火種だけ蒔いて帰らないでくださいよヒカルさーん!」
???「逃がしませんよ。大体アナタは昔から……」
退場する3人
作 者「(おおむね平和だねぇ)そうそう実は2話の時点で2ヶ所だけ『OTIAK』になってます」
???「説明しましょう。なぜ彼女の見る夢に彼の名が出てくるのかと言うと……」
作 者「だーかーらー!アンタのコーナーは別に設けるからおとなしく帰ってろちゅーの!」
《あとがきが強制終了します》
まだまだ続くよ