もう、二度と目覚める気は無かった

ただ、永遠にこうしていればよかった

だけど、僕は知ってしまった

不可避の歴史を

悲しみの記憶を

だから、僕は戦おう

そう、家族と呼べる、彼らの為に

たとえ、待ち受けるものがなんであろうとも

たとえ、自ら破滅で幕を下ろすのだとしても






第2話「『改竄』の幕開け」





2201年8月9日 ターミナルコロニー『アマテラス』




「何だ貴様らは!」

アマテラスのオフィスにアズマ准将の野太い怒号が響く。

「地球連合宇宙軍少佐、ホシノ・ルリです」

「同じく連合宇宙軍大尉、タカスギ・サブロウタ」

アズマの怒声など、どこ吹く風。意に介さず涼しい顔で挨拶する二人。
その態度がますますアズマをヒートアップさせる。

「そんなことを聞いているのではない!なんで貴様らがここにいる!!」

「宇宙軍が地球連合所有のコロニーに立ち入るのに問題は無いはずですが」

ルリの口調にアズマの怒りがさらに加速する。

(おーおー、お怒りだねぇ。まさに怒髪、天を突く。もっとも既に毛根は絶滅してるみたいだけども)

(サ、サブロウタさん。なにこんな時にいってるんですか!)

笑いをこらえながら注意しても効果は無いぞハーリー。

「先日のシラヒメの事件において、ボソンの異常増大が確認されています。システムの管理に問題がある場合、近辺航路ならびにコロニー群に影響があります」

「そんな事実は……!」

「これはコロニー管理法の緊急査察条項が適用されますので、あしからず」

アズマの反論を途中で押さえ込む。元々、生粋の軍人がルリと口ゲンカして勝ち目などあるわけない。

「ま、ガス漏れ検査だと思っていただければ……」

フォローする気ないだろ、サブロウタ。既にアズマの頭皮には青筋が浮かび上がっている。

「ヒサゴプランに欠陥は無い!」

「まあまあ、准将」

アズマの横に控えていたスーツ姿の男が初めて、口を開く。

「あなたは?」

「開発公団のヤマサキ次官と申します。以後、お見知りおきを少佐」

「はあ、どうも」

うやうやしく一礼。全身に纏った慇懃な雰囲気がルリにプロスペクターを思い出させた。

「ヤマサキ君、どういうつもりだ!」

「宇宙の平和を守るのが我らが連合宇宙軍の使命。ここは使命感に燃える少佐に安心して頂きましょう」



アマテラス見学コース




「皆さーん。こんにちはー!」

「こーんにちはー!」

頭の裏側に響く声で子供達がガイドのお姉さんの言葉に応える。

「未来の移動手段、ボソンジャンプの研究をするヒサゴプランの研究コースにようこそ!今日は特別ゲスト、連合宇宙軍の史上最年少で美少女艦長ホシノ・ルリ少佐にご一緒して頂きます!。」

「よろしく」

「わーい!」

投げやり気味にVサインをあげるルリを子供たちは歓声で迎えた。



ドッグ停泊中 ナデシコB艦ブリッジ




「領域11001までクリア……。そろそろ行こうか?」

《OK》

ウインドゥボールを展開したハーリーにオモイカネが応じる。

「データ検索、絹ごし。できたスープを順次ボクに、スピードはわんこの中級で……。しかし、いいんですかねぇ?コレってハッキングですよ。協力してくれないからってこれはさすがに……」

口篭もるハーリーに後ろで作業を見守っていたサブロウタが答える。

「『しかし』も『かかし』もねぇだろ。調査委員会も統合軍とグルになってなんか隠してるしな。何か裏があるんだろうよ、きっと」

「統合軍と宇宙軍の意地の張り合いに巻き込まれる艦長が可哀想じゃないですか」

「なーに、おセンチになってんだよ、この口がこの口が」

両ホホを引っ張られムチャクチャにされる。

「あうあうあうあうあう」

あ、鼻に指突っ込まれた。

「ひゃうひゃう、ひゃめてくらはい。サブロウタさん!」

ちなみにさっきから二人の後ろにはオモイカネが

《お前ら仕事しろ》

と、ウインドゥを開いている。

「ま、せっかく艦長がマヌケをやってるんだ。掴めるモンは掴んじまおうぜ」

その一言にハーリーも気を引き締める。

「うう゛」

……両ホホを引っ張られたままなので変な顔だったが。



アマテラス見学コース




「以上、超対称性やら難しい話をしましたが、わかったかな?」

「全然わかんなーい」

マユミお姉さんの呼びかけに子供達が元気良く答える。

「ようするに、チューリップを通して非常に遠い距離。それこそ……」

ガイドの説明を聞き流しながらルリは別の事に意識を寄せていた。

(ハーリー君、上手くやっているんでしょうか?)

自分がこうしてオトリになればその分、彼等は非合法な手段での情報収集がやりやすくなる。
そう考えたルリはワザワザ、道化を演じているのだ。
幸い、先ほどオモイカネにアズマ准将たちの様子を覗かせた時は

「子供と一緒に臨検査察か、愉快愉快!」

と、上機嫌だったのでしばらくは大丈夫だろう。ヘマさえしなければ。
ポン、と小さく弾ける音と共に鳩が飛び出す。
どうやらヒサゴンが説明に使ったチューリップの模型を鳩に変えたらしい。

「わぁー」

子供達の歓声が上がる。
あの鳩はこのあとどこに行くんだろう……。
などと、とりとめの無いことを考えつつ無意識に鳩の動きを眼で追う。
ルリの見上げたその先には一人の青年が見学コース内を歩いている。
ツナギ姿に帽子を目深にかぶっている。服装から察するにアマテラスのメンテナンス要員だろう。
しかし、なんだってコロニー内部でサングラスなんかしているのだろうか?
青年はゆっくりとこちらに歩いてくる。
説明中のマユミお姉さんに軽く会釈して自分たち一団の後ろを通りすぎる。

その時!


「君は手を引け、ルリちゃん」


「!!」



すばやく振りかえるがそこには誰もいない。まるで初めからいなかったかのように。

「身体をですね……どうしました?ホシノ少佐」

「……いえ、何でもありません。説明を続けてください」

何食わぬ顔で話の続きを促すルリ。
しかし、実際は冷や汗と心臓の鼓動を打ち消すのに必死だった。

今の声。忘れるはずは無い、まして聞き間違えるワケが無い。
だが、ここにいるなどもっと有り得ない。なぜなら、彼は、彼はいまも……。
ルリの思考はそこで中断された。アマテラスに起こった異変によって。



ナデシコB ブリッジ




「あーやっぱり、公式の設計図にはないブロックがありますね」

「襲われるなりの理由ってやつか。続けていってみよう」

次々とウインドゥが開く。

「ボソンジャンプの人体実験?コレ、全部非公式ですよ!」

「おいおい、コイツは……」

サブロウタの言葉を遮るように警告音が響く。すばやくハーリーが反応する。

「モード解除、オモイカネ、データブロック!」

「ばれたのか?」

「進入プログラム、バイパスへ!……オモイカネはそんなヘマはしないと主張してます」

《オモイカネワルクナイ》

《プロテクト完璧》

「なに!」

メインスクリーンに巨大なウィンドウが開く。


OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIAK OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA



大量のウインドゥに記されたのは、その文字だけだった。



アマテラス オフィス




異変はすでにアマテラス全体におよんでいた。
アズマの居るオフィスも例外なく『OTIKA』のウインドゥが散乱している。

「なんだこれは!早く何とかしろ!大至急だ!!」

専用回線でアズマが怒鳴りつける。どうでもいいが叫んでばっかりだな、アンタ。

「ええ、こちらも一刻も早く回復すべく作業中でして、ハイ」

弱気な職員の対応。
そうこうしてる内にそのウインドゥまでも『OTIKA』の文字に埋め尽くされてしまう。

「ちょっと見てきましょう、准将」

さっきまで一緒に煎餅をかじっていたヤマサキがやれやれと立ちあがる。

「ああ、頼むぞヤマサキ君!こんなところ襲われたらひとたまりもない」

その言葉を背に受けアズマのオフィスを後にした。



ドアをでてすぐ横に男二人組が待ち受けていた。

「一体どうなっている?」

白衣の男が答える

「拒絶反応が出たわけではありません。ただ、夢を……」

「夢?」

二人組の片割れ、黒服が話を遮る。

「とりあえず、お急ぎください。おそらくは奴が来ます」



アマテラス エントランスホール




ルリたち社会見学の一行も突然に出現した『OTIKA』のウインドゥに囲まれていた。
子供たちは好き勝手に遊びまわっている。

「皆さん、落ち着いて。二列に並んで静かに……」

その光景を横目で見ながらナデシコに通信を繋ぐ。

「……ハーリー君、どじった?」

心外だ、と言わんばかりの勢いであわてて答えるハーリー。

「ボ、ボクじゃありません!アマテラスのコンピュータ同士のケンカです!」

「ケンカ?」

怪訝そうに聞き返す。我が意を得たり、とハーリーは強気に話し始める。

「そうなんです、そーなんですよ!アマテラスには非公式なシステムが存在します。今の騒ぎはそいつが自分の存在を皆に教えてるというか、単にケラケラ笑っていると言うか……」

目の前にも広がっている『OTIKAOTIAKOTIKA』のウインドゥを見る。




『OTIKA』



『AKITO』




「!!」

気づいた瞬間、ルリは駆け出していた。

「艦長、どこいくんですか?かんちょお〜」

ハーリーがウインドゥで追いかけてくる。足を止めずにルリが指示を出す。

「ナデシコに戻ります」

「へ?」

「敵が来ますよ!」

「え〜!」

珍しく声を荒げるルリの言葉にハーリーは最上級の驚きで返した。



ユーチャリス コントロールルーム




銀髪の少女がウインドゥごしに会話している。相手は白の重厚なパイロットスーツに身を包んだ青年。

「おかえりなさい、どうでした?」

「警備をガチガチに固めてる。非公式ブロックにはとても近づけそうもなかったよ。少しでも入れれば直接ジャンプすることもできたんだろうけどね」

「どうします?」

「……例によって力押しで行く。僕が適当に守備部隊を引っ掻き回すから。数分後、真横にジャンプして奇襲と同時にハッキングよろしく」

「了解」

「ごめんね、さすがにアマテラスともなると防衛ラインが厚くて、僕一人じゃどうしようもなさそうだ。できれば君を実戦に出すような愚行は犯したくはなかったけど」

―――言い訳、だな。彼女に対してでなく、無力な自分への。

青年は心の中でそう自分を嘲る。
彼の心中を感じ取った少女が口を開く。

「あやまらないで。ワタシはアナタの戦う理由を知っている、アナタの優しさを知っている。だからワタシは選択した。アナタの目に、耳に、手足に……アナタの全てになることに」

「ありがとう、ラピス。……優しいね、君は」

青年の極上の微笑みに、頬をかすかに染めながら銀髪の少女―ラピス・ラズリ―は通信を切った。



コックピットの青年は優しい笑みを消し、別人の表情で考えた。

(今日この日、よりによってアマテラスにナデシコが来るとは)

(運命、というやつだろうか。だとすれば随分とタチが悪いな)

(警告はしたが無駄だろう。むしろ余計に首を突っ込ませることになるかも)

(本来の流れを考えるなら声をかけるべきでは無かった。ヤブヘビだったかな)

だが、青年は話しかけずにはいられなかった。自分の存在意義ともいえる彼女に。
ずいぶん成長したが中身はそんなに変わってなさそうで安心した。

(きっといい仲間に出会ったんだろうな。あんな事があってもナデシコに乗っているのだから)

ふと、右手首に巻きつけられた髪留めのゴムを見る。何かを思い出したのか、彼の頬がわずかに緩む。

(しかし、彼女があそこにいるということは、むしろ喜ぶべきなのだろう)

(改竄によるブレはほとんど発生していない。ここまでは、ほぼ完全にトレースしている)

「さて、予定ならそろそろ『彼女』が夢を見る時間だ。ラピス、サレナを中心にジャンプゲート展開」

「了解」

音声と同時に機体の周囲に淡い燐光が輝く。

「目標、アマテラス外周。跳躍開始」

青年は3人の『彼女』がいるであろう、アマテラスへ跳んだ。



アマテラス内 統合軍司令部




「ボース粒子の増大を確認!」

「全長、約10メートル。幅、約15メートル」

「識別不能。相手、応答ありません!」

悲鳴に近いオペレーターの報告が響いた。



宇宙空間に波紋が広がり、徐々にその姿を現してゆく。
見るものに鳥を連想させるあの漆黒の機動兵器が。

「さあ、はじめよう。すべては悲しみを覆すために!」

完全に実体化した漆黒の機動兵器―ブラックサレナ―のパイロットは高らかに宣言した!











おまけ・対談式あとがきその2


作 者「またまた、お会いしました。作者です」

エリナ「ネルガル宇宙開発部門部長、エリナ・キンジョウ・ウォンです」

作 者「今回のゲストは数少ない大人の女。エリナ女史でーす」

エリナ「広報に呼び出されたと思ったらこんな仕事とは……。で、なにをすればいいの?」

作 者「メグミさんと同じくインタビューの続きを……(カンペを手渡す)」

エリナ「なんでツギハギだらけなの、コレ?」

作 者「理由は前回参照で」

エリナ「まあいいわ。なになに、えーと今回のストーリーを思いついた経緯は?」

作 者「元々は『もしも、DC版にカイト君がいたら〜』といった感じの作品を書こうとしたんですが、ラストシーンだけ書き上げてどうやってナデシコに合流するか全く思いつかなくて」

エリナ「冒頭が書けないのになんで完結してんのよ!」

作 者「(無視)散々悩んだあげく、その話は保留。とりあえず書いてる途中に思いついた二つのネタの片方を書いてみようかなと思いまして」

エリナ「計画性ゼロね〜、最悪。で、もう一本はどうなったの?」

作 者「TV版の再構成ネタなんで初めて書くには長すぎると思って」

エリナ「へぇー。そうそう、なんでラピスが銀髪なの?」

作 者「今後の展開を考えるとルリとまったく同じ見た目の方が都合が良いんで」

エリナ「ブラックサレナのパイロット『青年』の正体は?」

作 者「バレバレなのも黙っているのが人情です」

エリナ「そういえばなんで私が呼ばれたの?」

作 者「まあ、理由は前回のメグミさんと同じ理由で」

エリナ「……」

作 者「……」

エリナ「……」

作 者「……」

エリナ「……」

作 者「……」

エリナ「……」

作 者「ダッシュ!」

エリナ「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!アンタ!」

作 者「前回と同じ落し方で逃げつつも第3話「『偽り』の王子様」でお目にかかりましょう!」



つづけ



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