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ADESICO
W
ARS
2196
〜Memory of Battlefield〜
プロローグ2
どんなに望んでも、結局何も出来なくて、だから私は―――
▼月 衛星軌道上
ブラックサレナの機動は、驚愕に値するものだった。
イミディエットブレードを前方に突き出し、Dフィールドを纏って敵陣の中に切り込む姿は、黒い雷を彷彿させる。
Dフィールドによる高速度攻撃。黒い雷が通った後には、一筋の回廊が出現する。その回廊を、ラビオの駆るXR−9α 『エーザ』が駆け抜ける。
脇には、大型のレールカノン。目指すは、チューリップの先端部分。
ブラックサレナが敵の防衛網を突破した。そのまま、チューリップの先端に突撃していく。少しでもフィールドの強度を弱めようというのだろう。しかし、既に何体もの敵機を吹き飛ばしてきたブラックサレナのフィールドは、かなり出力が弱まっていた。
徐々に、機体が押し戻される。だが、それでも粘る。
スラスターを振り絞って敵のフィールドを食い破ろうとするその姿は、獲物の喉笛に食らいつく狼のようだ。
遅れてやって来たエーザが、加速したままレールカノンを構えた瞬間、ブラックサレナが弾き飛ばされた。
「少尉!!」
ラビオは叫びながらトリガーを引いた。
超高速移動状態にあるエーザから射出された弾丸は、補正を受けてチューリップの先端部分に吸い込まれていった。
だが、その攻撃はあえなく相手のDフィールドにはじかれる。
「まだ……!」
ラビオはかまわずトリガーを引き続けた。次々とレールカノンから弾丸が発射されるが、いずれもチューリップ本体に届くことは無かった。
「だめなの!?」
ラビオは悔しげに唇をかんだ。チューリップはなおも月面へと直進していく。その進路上に障害となるものは何も無かった。
なす術も無いエーザの傍らを、何の前触れも無く黒い奔流が駆け抜けた。
「えっ!?」
その黒い奔流は一直線にチューリップの先端部に吸い込まれ、Dフィールドを弾き飛ばし本体に直撃した。チューリップの黒曜石のような装甲が弾け飛び、大規模な爆発を起こしていく。その爆発は、反動となってチューリップの巨大な船体を押し戻そうとする。
『来たか……』
「クリュウ少尉!?」
ラビオはすぐにブラックサレナを捜した。センサーが後方に漂うようにしているブラックサレナを発見した。それを頼りに、機体を近づける。
ブラックサレナの状態は、少々破損しているものの内部機構に問題はない。ラビオはそう『感じた』。
「大丈夫?」
『ああ、大丈夫だ……』
「今のは……?」
『S・フリートの部隊だ』
クリュウ少尉の言葉に呼応するように、後方から三隻の戦艦が現れた。そのうち二隻はリアトリス級戦艦。もう一隻は……これはデータに無い船だ。
「S・フリート……」
その名はラビオも知っている。地球連合軍特務情報局実働部隊、通称『S・フリート』。情報の収集・解析を目的とし、連合軍内において特別な権限を持つ特務情報局が保有する実戦部隊だ。その性質上、強行威力偵察など常に過酷な任務に対応せねばならぬため、人員も装備も最精鋭で構成される。
『思ったより到着するのが早かったな。後は一気に……』
その時、突如としてチューリップに異変が起きた。小規模な爆発を繰り返していた先端部分が開き、まるで花びらのように大きく六つに分かれ展開していく。完全に開き切った花びらの内側には、様々な色彩が混ざり合った異様な空間が広がっていた。
『まさか、ここでゲートを開く気か!?』
クリュウ少尉が叫ぶ。それと同時に、そちらでもチューリップの異変に気付いたのだろう、S・フリートの識別不能の戦艦から先ほどの黒い奔流が放たれた。
その攻撃は、確かにチューリップの中心を捕らえようとした。しかし次の瞬間、何かに弾かれた様に黒い奔流は突如として消失した。
「どうして……」
『ボソン・アーマー……』
クリュウ少尉が呟いた。
「ボソン・アーマー?」
『あの状態になったチューリップには、物理的な攻撃は全く意味を成さない。ボソン・アーマーによって全ての攻撃が、キャンセルされてしまう』
「そんな……。じゃあ、どうすればいいの!?」
『……』
この間にも、S・フリートの三隻の戦艦は全力で攻撃を繰り返していた。しかしその攻撃のどれもがあえなく弾かれていく。
月の重力に引かれているはずのチューリップは、月に落下することなくその場に静止していた。次の瞬間、そのチューリップの内部から、いくつもの戦艦が現れた。大きく船体を開き、異様な姿をさらしているチューリップは次々と艦隊を吐き出していく。
ややあってから、クリュウ少尉は口を開いた。
『このブラックサレナなら、今の状態のチューリップにも攻撃できる。この機体はそのために造られた』
「チューリップを破壊するために?」
『そうだ。奴のボソン・アーマーに干渉して、すり抜けることが出来る』
言葉と同時に、ブラックサレナの背部ユニットが大きく開いた。中から左右にそれぞれ二枚、合計四枚のフィンの様なものがせり出す。長く細長いそれは、一見羽のように見える。そのフィンの表面に薄い光が流れ出した。徐々に強くなっていくその光は機体全体に広がり、包み込んでいく。
「光が……。でもそれじゃあ、あの大量の敵の中に単独で突っ込むことになるわ!」
S・フリートの艦隊に加え、月軌道艦隊の砲撃もチューリップに集中しているためにチューリップから出現した木星蜥蜴はボソン・アーマーの内側から出ることが出来ない。それはつまりチューリップの周囲に大量の敵が張り付いていることになる。
かといって砲撃を中止すれば大量の敵の月面への降下を許してしまう。それだけは避けなければならなかった。
『残念ながら、ほかに手段が思いつかない。負けないためにはこうするしかない』
「でも!」
『……S・フリートにカイト・クリュウってのがいる』
「え?」
『もし会うことがあったら伝えてくれないか』
クリュウ少尉の声は穏やかだった。
『強くなれ。世界に、そして自分自身に負けないために。そう、リクト・クリュウが言っていたと』
「その人はあなたの……」
『いくぞ!!』
ラビオの問いには答えずに、ブラックサレナはスラスターを全開にした。機体の周囲を覆っていた光の残滓が一筋のラインをつくる。その光のラインは、一直線にチューリップに向かっていった。
直後、いくつもの光球がチューリップの周囲に生まれた。その光球は次第に数を増していく。
ラビオは見た。輝く光球の隙間を、一筋の光が駆けているのを。
それがブラックサレナだという根拠はない。しかしラビオにはなぜかそうだと確信出来た。
永遠ともとれる時間が過ぎ、ついにチューリップ自体が巨大な爆炎に包まれた。
月の上を、いくつもの光が流れていく。いくつもの炎の花が咲いていく。漆黒の宇宙を照らすように。
その光景を、ラビオは半ば呆然として見詰めていた。エーザのカメラを通してスクリーンに映し出される映像は、恐ろしいほどのプレッシャーをラビオに与えた。ブラックサレナの反応は、無い。
「何も出来なかった……どうして、いつも……」
自分が泣いているのに気付かないまま、ラビオは呟いていた。動くことが出来なかった。戦場ではそれが死につながると知っていても、動けない。
エーザは母艦であるアドニスが回収に来るまで、その場に漂っていた。
――――26時間後、地球連合軍はかろうじて月の防衛に成功した。
大量投入された新型エステバリス『ナヴィ』と、チューリップの破壊に成功した事が戦局を決めたといえる。
しかし、地球連合軍はこの防衛戦によってその戦力を大きく減退させてしまい、結果として防衛ラインを再構築するまでの半年間、地球に多数のチューリップの降下を許すこととなった。
戦いの舞台は、地球へと移された。
なお、チューリップの破壊に成功したS・フリート所属のリクト・クリュウ少尉の生死は確認されていない。
NEXT・・・
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