僕は犬です
第2話「ある日の出来事」
シックル
僕は犬です。名前は『カイト』といいます。
僕がミスマル家のお屋敷にやってきてから、約1年の時が過ぎました。
飼い主のユリカさんや、その父親のコウイチロウさん、あと、屋敷で働いている使用人の皆さん達との生活にもすっかり馴染み、自分でも、この屋敷の家族の一員だ、とごく自然に感じています。
そんな、ある日のこと……
「カ〜イ〜ト〜!」
……散歩から帰り、自分の小屋でのんびりと昼寝を楽しんでいた僕は、ユリカさんのその声で再び目を覚ましました。
外を見ると、もうほとんど真っ暗で、西の空に微かに赤い色が残っている程度です。
(ああ、もうご飯の時間か……)
他ではどうなのか知りませんが、僕はいつもだいたいこの位の時間に餌をもらっています。
理由は、ユリカさんが可能な限り自分の手で僕に餌を与えようとしてくれているからで……朝は何かと忙しくて、散歩だけで手一杯ですし、昼間は学校に通っていて家にいませんから。
でも、今日はいつもより1時間ほど遅いような……? まあ、のんびり寝こけていた僕には文句は言えませんけど。
「カ〜イ〜ト〜! ご飯だよ〜!」
おっといけない、ユリカさんが呼んでいます。
『ウォン! ……ウ?』(はい! ……ん?)
ユリカさんが持ってきたペット用の皿ですが……なにか、違和感を感じます。
え〜と……皿自体は、いつもと同じやつですよね。柄が変わったりとかもしてないし……
……ああ、皿の上に蓋がしてあるのか。それで匂いがあんまり感じなかったんだ。
ん? 匂い? ……そういえば、皿と蓋の隙間から微かに漂ってくる匂いも、なんだかいつもと違うような……?
基本的に僕の餌は缶詰のドッグフード(結構高級品らしく、美味しい。コウイチロウさんに感謝)なんですけど、今日のご飯はどうも違うみたいですね。
くんくん、何だろう? いつもとは別の種類の缶詰ってわけでも、ドライ・フードとかでも無さそうだし……?
ゾワッ……!!
うっ……!?
……今、匂いの元を突き止めようと、嗅覚に意識を集めると……一瞬、物凄い悪寒が背中を走り抜けました。
……なんだ? あの中には一体何があるんだ……!?
「えへへ〜。今日のご飯は、
私が
作ったんだよ〜♪」
『ウォ?』(はい?)
……ユリカさんが作った?
……ああ、そう言えば今朝の散歩の時、そんなこと話してましたね。今日は学校の授業で料理の練習をするんだとかなんとか。
確か、「ちょーりじっしゅー」ってやつでしたっけ?
「じゃーん!」
と言って、勢いよく蓋を開けるユリカさん。その下から出てきたものは……
……肉の煮込み?
「
牛丼
だよ〜♪」
……牛丼?
取りあえず、ご飯の上に盛ってあるようには見えないので、牛皿と言うべきなのでは……?
……まあいいか。えっと……
くんくんくん
ふむふむ、薄切りの牛肉と櫛切りのタマネギを、醤油・酒・味醂・出汁などを合わせたつゆでじっくり煮込んだんですね。
なるほど、これが牛丼……の具、ですか。
う〜ん……別に怪しいところは無さそうですけど……さっきの悪寒は何だったんだろう?
……ん?
…………タマネギ?
って、
タマネギ!?
……あ、間違いないや、タマネギが入ってる……
タマネギ……昔は野犬対策のために犬に対してのみ毒性を発揮するように作られたという、僕たち犬の間では悪名高い野菜……
しかし、それももう何十年も前のこと。世界の愛犬家の活動により、今のタマネギは犬が食べても問題がないように品種改良されています。
というようなことを、前いたペットショップの店長さんが話してくれました。
まあそれでも、既に遺伝子レベルでタマネギの恐ろしさが記憶されているのか、毒性がなくなった現代でも、犬の方から喜んで食べようとはしませんが……
って、それじゃあ……
……なんだ、あの悪寒は
タマネギが原因
だったのか。
「……カイト?」
おっと、ユリカさんがこっちを見て怪訝そうにしています。せっかくの牛丼(牛皿?)をただ睨んでるばかりで、いつまで経っても口を付けようとしないから、不審に感じてるみたいです。
いつもだったら、皿が置かれたらすぐにガツガツと食べ始めてるからなぁ……
でもまあ、さっきの悪寒も、その正体がわかったことだし……いい加減、頂きましょうか。だいぶお腹も減ってきたし。
さて、それじゃあ……
『ワォン!』(いただきまーす!)
ぱくっ♪
……………………ぱた
「……カイト!? ねえっ、どうしたの、カイトぉ〜!!」
……どーやって作ったら、こうまで味と匂いとが似ても似つかなくなるんですか……?
ああ、意識が……だんだん遠く……なっ…………て…………………
……その日からしばらくの間は、ユリカさんも自分の料理を僕に食べさせようとはしませんでした。
しかし、コウイチロウさんや、使用人の人達にも同様のリアクションを返されるにつれ……月に1,2回ほど、「練習したの!」とか「今度は大丈夫!」とか言って、その成果を僕で試そうとしてくるようになりました。
その習慣は、ある少年が自ら彼女の料理の実験台に立候補するまで続くのですが……
それはまた、別のお話。
続く
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