Blackonyx Typhoon!


「き”くち”ろりこんだいまおう」

シックル





 ある日の夕方、地球連合宇宙軍中佐ミスマル=ルリは、娘の通う保育園を目指して歩いていた。

 半年ほど前、宇宙軍の若きヒロインの電撃的な結婚が世界中に与えた衝撃は並大抵ではなかったが、ここ最近はそれも落ち着いている。また、つい先日彼女はナデシコBの艦長を降りるとともに中佐に昇進し、現在は宇宙軍本部でのいわゆる”内勤”を勤めていた。
 これは一見栄転に見せた左遷だというのが周囲の評判だったが、彼女はむしろ喜んで受け入れていた。このことで彼女は自宅−宇宙軍の家族持ち士官向け官舎−から職場へ通うことができるようになり、また、今までは周りの人間に預けてばかりだった娘の面倒をこれからは自分で見られるようになったからである。
 この決定は彼女の義父であるミスマル総司令直々に出されたもので、曰く『ルリ君の力が必要になるような戦いはもう起こらない方がよいし、起こさせない』とのことだが、実は極度の親馬鹿かつ爺馬鹿でもある彼が義娘一家の家庭のために下したものだという噂も密かに流れている。
 ちなみに現在ナデシコCは封印中、ナデシコBの艦長には宇宙軍大学出身のある少佐が就任している。この少佐は数ヶ月前同艦を用いた試験航海中に『火星の後継者』の残党らと遭遇し、その後様々な事件に見舞われたものの見事この騒ぎを終結させた優秀な人物である。

 ルリの向かう先は、0歳〜6歳までの子供を対象とした託児所・保育園・幼稚園が同じ敷地内にある大きな建物で、場所柄か比較的軍人の子供が多かった。それゆえ、かつての『電子の妖精』の知名度は同年代の他の子供達と比べて遙かに高く、毎日この時間に娘を迎えに来る彼女は園内の子供達の人気者であった。
 また、今年度に入園したばかりの娘―メノウも、まだ3歳にも満たないながら、母親譲りの頭脳と魅力、そしてこちらは父親譲りの行動力から、すでに園内−特に保育園の子供達の間の中心的な人物になっていた。

「こんにちは、ミスマルです。娘を迎えに来ました」

「はい、こんにちは…………メノウちゃんですね、少しお待ちになっていてください」

 園に到着したルリが窓口の女性に告げると、このような答えが返ってきた。いつものメノウならこの時間にはもう帰る支度を終えてルリのことを待ちかまえているはずである。今日に限っていったいどうしたのかと思ったルリがそのことを聞くと、

「ええ、ちょっと……メノウちゃん、喧嘩したんです。怪我とかはありませんけど、お顔やお洋服が少し汚れてしまったので…………さっきまで、お風呂に入っていたところです」

 それを聞いて少なからず驚いたルリ。確かにメノウは活発な娘で、そんなところは自分よりもむしろ父親に似たのだろうと思うが、だからといって暴力的な子どもではないはずだ。むしろ子供達の間で起こった喧嘩の仲裁をしていることが多い。

「喧嘩……ですか? あの子が? ……何かあったんですか?」

「さあ、それは私もちょっと…………メノウちゃんから直接聞いてみたほうがいいのではないでしょうか」

「そうですか……」

 考え込むルリ。そこに、借り物の服らしく朝とは違う格好をしたメノウが現れる。

「おかーさん……」

「迎えに来ましたよ、メノウ…………それじゃあ、帰りましょうか?」

「……うん……」

 返事をするメノウだが、どうにも元気がない様子だ。普段なら元気な声を上げて飛びついてくるところである。
 ルリはそんな娘の様子を見て心配そうにしながら、見送る職員や子供達に挨拶をし、娘と手をつないで歩き始めた。










 家に帰る途中も、メノウは相変わらず沈んだ様子で、一言もしゃべろうとしなかった。いつもならこの時間は、今日は誰それがどうしたとか、みんなでこんな事をやっただとか、その日の出来事を嬉しそうに報告しているのである。普段とあまりに違う娘の様子に、しばらくは黙って様子をみていたルリだが、頃合いを伺って娘に話しかけた。

「……メノウ、今日はいったいどうしたの? 先生には誰かと喧嘩をしたって聞いたけど……」

「……うん……」

 俯きながらの返事にも元気がない。

「どうしてそんなことを? ……なにかあったの?」

 立ち止まって黙り込んだままのメノウ。しゃがみ込んで目線を合わせ、娘の言葉を待つルリ。やがて、メノウが……

「あのね、おかーさん……」

「なに?」

「その……



 『きくちろりこんだいまおう』って……何?」



 ずてーん!!


「あ、あいたたた……」

 思いもかけない娘の言葉に思わず尻餅をつき、打ちつけた辺りをさすりながら立ち上がるルリ。

「おかーさん……?」

 そんな母を不思議そうに眺めるメノウ。

「め、メノウ……どこでそんな言葉を聞いたの?」

「うん…………あのね、きょうね……」

 母の質問に対し、メノウはその日起こった出来事を、ぽつりぽつりと話し始めた。





 ルリがメノウを迎えに来る30分ほど前、メノウは数名の友達と保育園の中庭にある砂場で遊んでいた。すでに何人かの子供達には迎えが来ており、その時もちょうど、友達の1人に先生から声がかけられたところだった。

「ミカちゃーん、お迎えが来ましたよぉ〜!」

 そう言われた4歳くらいの女の子は最近メノウの友達になった子で、父は宇宙軍に所属する軍人、母は専業主婦、他に兄と姉が1人ずつという5人家族の末娘である。普段は母親が迎えに来るのだが、この日現れたのは5歳年上の彼女の兄であった。

「あっ、おにいちゃん!」

「よう、むかえに来たぞ。ミカ」

「うん! じゃあね、メノウちゃん! みんな、ばいばーい!」

 別れの挨拶をするミカに答えるメノウ。

「ばいばい、ミカちゃん! またあしたねー!」

 と、そこでメノウに気付いたミカの兄が、

「ん? ミカ、この子だれだ?」

「え? えっと、メノウちゃんっていって、このまえおともだちになったの。ちっちゃいけど、すごくあたまがいいんだよ!」

 紹介されたメノウも挨拶を返す。

「はじめまして、ミカちゃんのおにいさん!」

「ああ、初めまして……!」

 メノウの顔を正面から見たミカの兄は、その目を見た瞬間固まった。メノウの瞳は、右目は父から受け継いだ黒い色、左目は母と同じ金色という、いわゆる”オッドアイ”であり、初めて見る相手はほとんどが驚き、珍しがっていた。
 メノウの方も慣れているのか、失礼とも言えるミカの兄の反応に特に何かを返したりはしなかった。しかし、この時彼が固まった理由はそれまでの相手とは少し違っていたのである。

(こいつは……!)

 しばらくして、硬直の解けた彼は妹の方を向いて、

「ミカ、この子と友だちになるのはやめろ!」

 突然そう言い放った。

「えっ! どーして!?」

「こいつは……


 ……こいつの父親は、大魔王なんだ!!」


「「「「「……えぇっ!?」」」」」

 ミカだけでなく、メノウや周りの子供達まで驚愕の声を上げる。

「『だいまおう』って………」

「パパが言ってた! こいつの父親は、『きくち』で『ろりこん』の『大魔王』だって! なんのことなのかオレもよくわからないけど、『大魔王』っていったら、とにかくすごく悪いやつなんだ! そんなやつの子どもと友だちになんかなるんじゃない!!」

「そんなぁ……」

 それを聞いた周りの子供達も、

「『ちちおや』って?」「パパのことだよ」「メノウちゃんのパパって、わるいやつなの?」「まさかぁ〜」

 などと騒ぎ出す。


 ……ミカの父はかつて『電子の妖精ファン倶楽部』という組織に所属しており、同倶楽部の他のメンバーと同じく彼女の結婚により地獄の底に叩き落とされた中の1人だった。その中でも、新たに結成された『聖母ルリ親衛隊』には入らず、密かに『魔王カイト討伐隊』なる未確認の組織に加わったのではないかという噂の、いわばメノウの父ミスマル=カイトを最も敵視する人間達の1人である。
 しばしば酒によっては『電子の妖精を我らから奪った魔王』への恨みと呪いのこもった言葉を呟く父の姿を見てきたミカの兄は、意味はわからないながらもそんな父親の言葉から、彼らに対してかなり悪いイメージを抱いていた。


 もっとも、そんなことは本人達には関係のないことであり、世界一大好きな両親の片方を一方的に悪者呼ばわりされたメノウは、彼女にしては珍しいことに烈火のごとく怒りだした。

「……おとーさんは、わるいやつなんかじゃないっ!!」

 そう言ってミカの兄につかみかかるメノウだが、いくら母親譲りの並はずれた頭脳を持つとはいえ身体は所詮2歳半程度の幼児であり、小学生のミカの兄にはかなうはずもない。ミカの兄も、さすがにそこまで年の離れた子供をまともに相手する気にはならず、適当にあしらっていた。だがやがて、あまりにしつこいメノウの様子にいい加減苛立ったのか、

「うるさいなぁっ! いいかげんにしろっ!」

 バシッ!

「お、おにいちゃん!?」

 無理矢理メノウをふりほどいて突き飛ばすと、驚く妹の手を引っ張って門の方へと大股で歩いていく。去り際に、門の手前から再びメノウの方を振り返ると、

「ふんっ! ……お前のとーちゃん、『きくちろりこんだいまおう』!!」

 語呂は悪いながらも、大昔からの典型的ないじめっこの捨てぜりふを吐き、そのまま妹を連れて歩き去っていった。
 残されたメノウは、

「……おとーさんは、わるいやつなんかじゃない…………うっ、うっ、うっ……うぇぇぇぇぇん!」

 とうとう、やはり彼女にしては珍しく大声をあげて泣き出してしまった。
 泣き声に気付いた先生の1人がやってくるのは、それからおよそ3分後のことだった……





 話を聞き終えたルリは、僅かに涙ぐむ娘を前にさていったいどうしたものかと悩んでいた。



 彼女の夫、ミスマル=カイトは、4年半ほど前に記憶喪失となってナデシコに現れ、それからおよそ1年間ナデシコの一員としてルリや他の仲間達と生活をともにしていた。
 その生活の中でルリと互いに思いを交わすようになるが、3年半ほど前に記憶を取り戻すと、ある事情によりそのまま約3年間行方不明になり、今年初めになってようやく帰ってきたのである。
 しかし、彼は別れ際にルリとの間に”メノウ”という置きみやげを残していった。そして、3年ぶりに帰ってきたカイトは、その時ちょうど2歳になった娘メノウを紹介され、その場でルリとの結婚を決意。半年ほど前、ナデシコの仲間達だけを集めて小さな結婚式を挙げた。
 この結婚は地球圏全体に衝撃をもって伝えられたが、中でも、2人の間にすでに2歳になる娘がいるというニュースは世界中を震撼させた。なぜなら、ルリはそのころようやく結婚を許される年になったばかりだったからである。
 その為、カイトには各方面から多くの非難がよせられ、当時の世間で『カイト』といえば、先程メノウに向けてミカの兄が言ったように『少女趣味』『鬼畜』『無責任男』『極悪人』などの代名詞であった。
 最近になってようやく世の中も落ち着き、また、彼ら夫婦の仲睦まじい様子や、彼にもなにやら事情があったらしいという噂などがどこからともなく流れるにつれて、それらの騒ぎは収まってきていたのだが………



(カイトさんのよくない評判が、そんなところにまで……)

「おかーさん……おとーさん『わるいやつ』なんかじゃないよね?」

「……ええ、カイトさんは『悪い奴』なんかじゃありません。とても優しくて善い人です。メノウも知ってるでしょう?」

「……それじゃあ、『きくちろりこんだいまおう』ってなに?」

「……それは、その……」

 言葉に詰まるルリ。確かにカイトは悪い人間ではない。むしろ善人と言ってもいい程だが、彼が自分に対してしたことは他から見ればそのようなことを言われても仕方のないことではある。

「……メノウ、『きくち』ではなくて『きちく』ですよ」

「そうなの? ……なら、『きちくろりこんだいまおう』って? いったいなんなの?」

「……カイトさんのことなのですから、後でカイトさんに直接聞いてみなさい」

「……わかった、おとーさんにきいてみる」

 そう答える娘を見て、厄介事を夫へたらい回しにしてしまったルリは、

(ああ……許してください、カイトさん……)

 ここにはいない夫に向けて密かに心の中で謝罪するのであった。










 その日の夜、ミスマル一家宅のダイニングにて、3人の親子が食卓を囲んでいた。
 色々と会話をしながら夕食を取る3人。やがて食事を終えると、メノウがカイトに向かい聞いてきた。

「あのね、おとーさん……わたし、おとーさんにききたいことがあるの」

「ん? なんだい、メノウ?」

「あのね……『きちくろりこんだいまおう』って、なに?」



 ブフゥゥゥッッ!!! ごほっ! げほごほぐほっ!!



 思わず飲んでいたお茶を吹き出し、激しくむせるカイト
 そんなカイトをすまなそうな顔で見ながら、テーブルにかかったお茶を拭き取るルリ。

「げほっ! ごほっ………! ご、ゴメン、ルリちゃん…………め、メノウ……何でいきなりそんなことを?」

「あのね、今日ね……」

 そういって、先刻ルリにしたのと同じ話をするメノウ。

「……それでね、おかあさんが『おとーさんのことだから、おとーさんにきけ』っていったの。だから……」

 それを聞いたカイトは、困った顔でルリの方を見る。

(ルリちゃん……?)

(ごめんなさい、カイトさん……でも私、なんて答えたらいいかわからなくて……)

(だからって僕に振られても困るんだけど……はあ、仕方ないか……)

 アイコンタクトで会話する夫婦に向けて、再度メノウからの質問が飛ぶ。

「ねえ、おとーさんってホントに『きちくろりこんだいまおう』なの? それってどういういみなの?」

「う〜ん、それはその……」

(困ったなぁ〜。なんて答えようか……)

 適当なことを言って誤魔化すという手もあるが、それでは頭の良いメノウには気付かれてしまうという危険もある。それに、あまり娘に嘘を教えたくはないし……

(よし、ここはひとつ、正直に話してみるか……)

「……そうだね、そう言われてもある意味当然だよ、僕がやったことは」

「!! ……そんな……」

 思いもかけない父の言葉に愕然となるメノウ。

「どうして……? おとーさん、どんなことをしたの………?」

「それは……実はメノウとルリちゃんにも関係があるんだ」

「……わたしとおかーさんにも!?」

「そう、ルリちゃんとメノウの年の差が問題なんだ。メノウが産まれたときルリちゃんはまだ……」

「子供にそんなことまで教えなくて結構ですっ!!」

 バシィィィィィッ!!!

 カイトの話が妙な方向へ行きかけたが、怒りと恥ずかしさに顔を赤くしたルリによってそれは防がれ、思い切り頭をはたかれたカイトは後頭部を押さえてうずくまっている。

「おかーさん?」

「……メノウ、今の話は気にしないで……
 カイトさん?今度はもっと”きちんとした”説明をしてくださいね?」

「い、いたたたた……でもさ、ルリちゃん?」

「い・い・で・す・ね?」

「……はい、わかりました……」

 抗議するカイトだが、これ以上ないほどに冷たいルリの視線と声に敗北を認める。メノウはそんな両親を不思議そうに見ているが、黙って話の続きを待っている。
 しばらくして、考えをまとめたカイトが、

「そうだね……僕のことを影でそんなふうに言う人達は確かにいるよ。でもね、僕はあんまりそういうのは気にしていないんだ」

「……どうして?」

「それはね……僕が、ルリちゃんのことを大好きだから。ルリちゃんと一緒にいられれば、他の人からどんなことを言われようが全然構わない。それに、そういうことを言う人達は、僕とルリちゃんの仲がいいのを羨ましがってるだけだからね。だから、メノウもそんなことを言う奴のことなんて気にすることはないよ」

「カイトさん……」

 いきなりの夫の愛の告白に思わず頬を染めるルリ。

「ルリちゃん……」

 そんな妻を見て微笑むカイト。そのまま見つめ合い、2人だけの世界に入っていく。



「おとーさん……おかーさん……」

 両親に放って置かれたメノウは、2人の様子を見ながら父の言葉について考えていた。

(おとーさんとおかーさんはなかよし…………それがうらやましいひとたちがいる…………おとーさんはおかーさんのことがだいすきで、おかーさんもおとーさんのことがだいすき……
 じゃあ……おとーさんは…………それなら…………)










 その日から数日後の朝、朝食を終えたカイトにルリが尋ねた。

「カイトさん、今日は何時頃に帰れますか?」

「今日? ……昨日で今の仕事は一段落ついたから、今日は定時に帰れると思うけど?」

「じゃあ、今日の夕方、メノウを迎えに行ってもらえませんか? 急な会議が入ってしまって……いつもより2時間ほど帰りが遅くなりそうなんです」

「そうなの? わかった、今日は僕がメノウを迎えに行くよ。じゃあ、今日の夕飯はアキトさん達の所にでも行こうか?」

「そうですね、そうしましょうか……カイトさん、道はわかりますか?」

「ああ、メノウが入園する前に一度行ったきりだけど、ちゃんと憶えてるよ」

「じゃあ、お願いしますね」

 そういうと、保育園に断りの電話を入れるルリ。そんなルリを見ながら出勤の用意をするカイト。

(メノウのお迎えか……そういえば、僕が行くのは初めてだなぁ)

 そんなことを思いながら支度を終えると、台所で朝食の片づけをはじめたルリに向け、

「じゃあ、行ってくるよ、ルリちゃん」

「はい、行ってらっしゃい、カイトさん…………メノウのこと、忘れないでくださいね?」

「大丈夫、任せておいてよ」

 そう言って玄関の扉を開け、職場であるNERGALの研究所へ向かうカイト。しかし、これから彼の身に降りかかる災難を、この時のカイトはまだ知るよしもなかった。





 やがて夕方になると、カイトはすでにメノウが通う保育園の入り口に到着していた。いつもルリが来る時間より20分ほど早い。それだけこの日は彼の仕事が早く終わった、ということだろう。
 中に入ってすぐ、窓口の女性に声をかけ、

「こんにちは〜。ミスマルですけど、娘の迎えに来ました〜」

「え? ……ああ、あなたがメノウちゃんのお父さんですか。はい、奥様から伺ってます。それじゃあ、今から呼んできますので、少し待っていてくださいね」

「あ、いいですよ。場所がわかれば自分で行きますから」

 そう言ったカイトに対し、何故か彼女は動揺して、

「あ、あの……それは、ちょっと……」

「え、何か問題でもあるんですか?」

「い、いえ……そういうわけでは…………わかりました、ええと、この時間なら中庭の砂場で友だちと遊んでいると思います。案内しますから、ついてきてください」

「あ、じゃあお願いします」

 そう答えて彼女の後を歩いていくカイト。やがて中庭に到着すると、案内してくれた女性は、何故か一瞬ためらう様子を見せるも、何かを思い切って園児達の方に声をかける。

「……メノウちゃ〜ん! 今日はお父さんがお迎えに来ましたよぉ〜!」



 ざわざわっ!!



 彼女の呼び声に、裏庭で遊んでいる子供達全員が一瞬動きを止め、やがて騒然としながら一斉にカイトの方を注目した。

「あ、ホントだ! おとーさんだぁ〜!!」



 ざわざわざわっ!!!



 メノウがそう答えると、子供達のざわめきがますます大きくなる。
 その様子を見たカイトは何故かひどくイヤな予感を覚えた。

(な……なんなんだ!? この子達のこの雰囲気は………!)

 そんな中、周囲の緊張を感じながらも、1人の女の子―ミカが恐る恐るメノウに問いかける。

「あ、あの、メノウちゃん……あのおとこのひとが、メノウちゃんのおとうさん?」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、あのひとが……」

 そう言ったきり黙り込むミカ、他の子供達も皆怖いくらいに静まりかえっている。

「あ、あのさ……」

「…………き…………」

「き?」



「「「「「『きくちろりこんだいまおう』だぁ〜!!!」」」」」



「……はぃぃぃぃっ!?」



「すげぇ〜っ!」「うわっ、ほんものだぁっ!」「(てってって、ぴとっ、さささっ)お、おれさわっちゃった!」「でも、なんかあんまりつよそうじゃないなぁ」「ばか、きっとへんしんとかしたりするんだぜ!」「そうそう、それでそらをとんだり、くちからひをはいたりするんだ!」・・・・・



「め、メノウ……? これっていったい……」

 全く予想外の園児達の反応に激しく戸惑う父の姿を見たメノウは、大きく息を吸い込むと園児達に向かって、

「ちがぁ〜〜〜うっ!!」





「『きくち』じゃなくて『きちく』!!!」

「「「「「おおぅっ!? そうだったぁ!!」」」」」





「…………な…………!」

 今度こそ完璧に絶句するカイト。





「わたしのおとーさんは、『きちくろりこんだいまおう』で、おかーさんのことがだいすきで、とってもなかよしなんだからっ!!
 みんな、まちがえちゃだめっ!!!」





 ……先日、件の言葉についてルリとカイトのいちゃつきを見ながら考えていたメノウは、ある1つの結論に達した。



(『きちくろりこんだいまおう』っていうのは、ほかのひとたちがうらやましがるくらいおかーさんとなかがいいおとーさんっていういみなんだ!!)



 ……どこかが激しく間違っているが、メノウはこの考えを元に、次の日にまた妹を迎えに来たミカの兄に対して論戦を挑み、見事これを論破した(言いくるめた、とも言う)。その後も園内の子供達に対して自らの意見を広め、今ではこの称号は園児達の間で高い人気と強い憧れをもって受け入れられていた。
 このことについて職員の先生達は半ば呆れ、半ば困り果てていたが、本当のところを教えるわけにもいかず、今のところ子供達に悪い影響は与えていないようなので、とりあえずは事態を大人しく静観していた。





「いーい!! わかったぁっ!?」

「「「「「うおぉぉぉーっ!! 『きちくろりこんだいまおう』ばんざぁ〜いっ!!!」」」」」



 ……なんというか、ノリがいい子供達である。

 完全に石と化してしまったカイトが復活し、メノウを連れて足早に家へと帰りはじめるのは、これから約10分後のことであった。





 その夜、定食屋「テンカワ食堂」にて

「こんばんわ〜」

「あっ! いらっしゃいっ、カイト君!」

「こんばんわ、ユリカ義姉さん」

「こんばんわっ! ユリおば……ユリカさんっ!」

「うん! ルリちゃん、メノウちゃん、いらっしゃぁ〜い!」

 カイトが店の扉を開けると、義理の姉にあたる女性の元気な声がかかった。ルリが挨拶しながらカイトに続く。最後に店に入ったメノウが何か口にしかけた途端、ユリカがメノウをギロリ!と睨み、一拍の後にはにっこりと笑いながら3人の客を迎え入れた。
 ふとカイトは、カウンターに同僚である金髪の女性を見つけ、

「こんばんわ、イネスさん。イネスさんも来てたんですか」

「あら、こんばんわ、『鬼畜ロリコン大魔王』さん?」

 …………………………

「ど、どうしてイネスさんがそれを!?」

「ミキハラ君とサエキさんが今日の帰り際に苦笑しながら言ってたわよ?子供が幼稚園で変な言葉を覚えてきて困るって」

 2人ともカイトが勤める研究所の同僚で、メノウが行く保育園と同じところにある幼稚園に娘が通っていた。

「……? 『キチクロリコンダイマオウ』ッテ、ナニ?」

 IFSレジ打ち(瓜畑工房謹製)で両親を手伝うラピスラズリ=テンカワが、聞いたことのない言葉に首を傾げる。



 ……ちなみにラピスが使っているこのIFSレジスター、ウリバタケ=セイヤ入魂の一作で、なんとユーチャリスから移植されたオモイカネ’(ダッシュ)が搭載されている。
 それにより、コミュニケを応用した合成立体映像と記録してあるラピスの音声パターンを使って、多少効率は悪くなるがレジスター自体だけでレジ打ちが可能という、ある意味無駄に高性能な代物だ。ラピスが用を足しに行っている間や、夜遅くなってからのレジ打ちはこのダッシュが担当している。



 さて、周囲が反応に困っている中、彼女の義理の従姉妹にあたるメノウが、

「ラピおねえちゃん! 『きちくろりこんだいまおう』っていうのは、おかーさんのことがだいすきで、ほかのひとたちがうらやましがるくらいおかーさんとなかがいいおとーさんのことだよ!!」

「……ジャア、アキトモ『キチクロリコンダイマオウ』ナノ?」

 その言葉を聞いたユリカは厨房へ向かい、

「アキト! それってどういうこと!?」

「うわっ! ご、誤解だ、ユリカ!!」

「まさかアキト、ラピスに手を出したんじゃ……ダメよ! ダメダメダメェーッ!! ラピスは私たちの娘なのよ!? それなのに………!」

 トリップ状態で夫の話をまるで聞かないユリカ。背後に何故か胸元の貝を激しく打ち鳴らすラッコのオーラが浮かび上がる。

「ア・キ・トぉ〜〜!!」

「だ、だから誤解だって! ラピス! カイトじゃあるまいし、何で俺までそんなこと言われなきゃなんないんだ!?」

「僕じゃあるまいしって、アキトさん……」

「……しっかりしてください、カイトさん」

 さらりと酷い義兄のセリフに涙ぐむカイト。そんな夫を慰めるルリ。一方、

「ラピおねえちゃん、どうしてアキおじちゃんが『きちくろりこんだいまおう』なの?」

「アキトハワタシノオ父サン……ユリカハワタシノオ母サン……
 アキトハユリカノコトガ大好キ……アキトトユリカハ仲ガイイ……
 オ客サンハミンナ、ソンナアキトトユリカヲ羨マシガッテル……
 ダカラ、アキトモ『キチクロリコンダイマオウ』……」

「ふぇ〜、ラピおねえちゃんのおとーさんとおかーさんもそうなんだ〜」

「も、もう、ラピスったらぁ〜」

「た、助かった…………すまん、ラピス」

 納得するメノウ。義娘の言葉でようやく暴走を止めるユリカ。安堵するアキト。

「残念ながら、それは違うわ、ラピス」

「……イネス、ドウシテ?」

「その呼び名は、カイト君専用の呼び名だからよ。他の夫婦の仲がいくらよくても、そんなことを言われたりはしないわ」

 そんなことを言われるような理由は実は他のところにあるのだが……

「カイトノセンヨウ……ジャア、アキトハ違ウ……」

「ええっ! おとーさんのせんようなの!? すごぉ〜い!! あしたみんなにおしえてあげなくちゃ!」

 ……メノウが通う保育園の中だけに限れば凄いことかもしれないが、本人達からすればそんなことを言われても恥ずかしいだけである。

「ふふっ、それにしても、ルリちゃんもカイト君もこれから大変ね?」

「……どうしてですか?」

 ルリの疑問に対し、どこか嬉しそうに”説明”を始めるイネス。

「だって、あの辺りって軍人とか私達の研究所の職員とかが結構たくさん住んでいるでしょう? メノウちゃんのお友達ってあなた達の同僚のお子さんがかなり多いのよ?」

「「!!!」」

「しばらくは相当からかわれるでしょうね。特にカイト君は」

 イネスの説明を受け、これからの事態を想像したカイトとルリは、思わず夫婦そろって、



 「「………勘弁して(くれ)……………」」



 そんな2人を眺めるメノウは、両親の息のあった様子を見て無邪気に明るく微笑んでいた。



あとがき

 みなさん、こんにちは。作者のシックルです。

 前作の続編となる短編シリーズ「Blackonyx Typhoon!」の記念すべき第一作、「き”くち”ろりこんだいまおう」(笑)です。如何でしたか?これからもこのシリーズは色々と続けていきたいと思います。皆様どうかよろしくお願いします。

 さて、今回は前作と違いメノウが主役です。この子の保育園での生活を書いてみました。……何となく、園児達も「バカばっか」な様子の保育園で、世話をする先生達は大変そう(笑)。

 一方、世間の悪評がようやく収まってきたかと思ったら、今度は娘によってさらにとんでもない称号をつけられてしまったカイト君。これからも彼の行く手には様々な受難が……待つのか?まあ、何事も3人一緒ならきっとどうにかなることでしょう。

 それでは、読者の皆様、最後まで読んで頂き、真にありがとうございました。ご意見・ご感想などあれば、遠慮なくお申し付けください。次回作でまたお会いしましょう。

 では、これにて………




 ……最後に、このお話を読んだ方の中にもしご気分を害された「きくち」様がおりましたら、誠に申し訳ありませんでした。謹んでお詫び致します。他意は決してございません。語感の都合でこのようになっただけです。どうかお許しください………




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