2198年の終わり。

大晦日も私たちは屋台を引いていました。

お客さんもあまりこなくて暇をしていたところに突然現れるエリナさん。

理由はカイトさんをボソンジャンプ実験に手伝わせる事。

(まだ諦めていなかったんですね、相変わらずしつこい人です)

半分脅迫まがいにカイトさんの承諾を取り付けたエリナさん。

私達はカイトさんが心配だったので付いていく事にしました。

(カイトさんに何かあったら大変です、カイトさんは私の大切な人ですから・・・)(ポッ

ネルガルの研究所で聞いたヒサゴプランの全容。それはボソンジャンプのネットワークシステムでした。

ボソンジャンプの利権を独占しようとしているネルガルとしては一大事なのでしょうが、正直そんな事にカイトさんを巻き込んで欲しくありません。

でもカイトさんが決めた事を私が止める事は出来ません。

私はエステバリスとともにチューリップの中に消えていくカイトさんを見ながら無事に戻ってきてくれる事を祈りました。

 

チューリップの中に入って目覚めたカイトさんの目の前にいたイツキ・カザマさん。

彼女はカイトさんの事を”兄さん”と呼びました。

もし彼女が写真の人なら、カイトさんとイツキさんは兄妹という事になるのでしょうか。

謎だけが深まっていき、不安になっていくカイトさん。

それでもカイトさんはイツキさんの攻撃に耐えながらも自分の記憶を取り戻すために頑張る決意をします。

これからカイトさんはどうなるのでしょうか。

 

 

カイトさん、私たちのところに早く帰ってきて下さいね・・・

 


 

 

機動戦艦ナデシコ

〜妖精の微笑み〜

 

エピソード10:記憶の欠片(後編)

 

 

ボソンジャンプの実験中に気が付いたら側にイツキ・カザマが立っていた。

カイトはその事実に戸惑いながらも自分の記憶を取り戻すために動き出す。

とりあえず下に来るように言われたカイトは階段を下り、イツキの声のする場所へと向かった。

ガチャ

目の前の扉を開けて中に入ると、テーブルの上に料理がのっていた。どうやら食堂のようだ。

「やっと下りてきたわね兄さん」

イツキが台所であろう場所から出てくる。

「さあ、朝食にしましょう」

そう言ってテーブルの席につくイツキ。

「はあ・・・」

気の抜けた返事をしてカイトもイツキに促されて席につく。テーブルに目をむけるとそこにはまさに和食といった感じの料理がならんでいた。

白いご飯にお味噌汁、卵焼きにほうれん草の和え物、塩鮭など。

(そう言えば、ちょうどお腹が空いてたんだ)

カイトは目が覚めてから感じていた空腹感に誘われるように目の前の料理に手を付けようとした。

ペシッ

「兄さん、食事の前はちゃんと”いただきます”を言わないとだめよ」

そんなカイトを見て、イツキはちょっと怒った顔をしてカイトの手を叩く。

「は、はい」

なんとなく立場が逆のような気がするカイト。これではどちらが年上なのか分からない。

「はい、分かればよろしい」

イツキは表情を笑顔に戻してそう言う。

「それじゃあ」

イツキがそう言って手を合わせるとカイトも同じように手を合わせる。

「「いただきます」」

二人の声が重なって食堂に響く。

挨拶を済ませたカイトはさっそく目の前の料理に手を付ける。

ハグハグハグ

「ハウゥ!」

いきなり奇声を発して、カイトの動きが止まった。

「ち、ちょっと、どうしたのよ。急に止まって」

イツキはカイトのいきなりの行動に焦るがカイトは止まったまま動かない。

「まさか美味しくなかった?いつもどうり作ったからそんなはずないと思うけど」

イツキの顔に不安の色が出てくる。

「お・・・」

ようやくカイトが声を出す。何処となく体がプルプル震えている。

「お?」

イツキは机に乗り出してカイトの言葉を待つ。イツキの息を呑む音が聞こえる。その顔は真剣そのものだ。

「おいしい!」

カイトが声を上げる。その顔には喜びがあふれていた。

ズコッ

あまりにもベタな展開にイツキは机に突っ伏してしまう。

まさかこんな反応を返してくるとは思ってもいなかったイツキはしばらくの間そのままの格好で固まってしまった。

「美味しいよ、イツキさん!」

カイトは目の前のイツキの姿に気付かずに料理を食べつづけている。

(なんだろうこの味、料理の味としては普通の物だけど。なんだかすごく安心する感じがする・・・)

カイトはイツキの料理を一口食べただけで、なんとも言えない懐かしい気分になっていた。

(これがお袋の味ってやつなのかな・・・)

イツキはカイトの母親ではないのでその表現は実際には正しくはないのだが、この場合のお袋というのがいつも作ってくれた人を指すのならばまさにそのとおりだろう。

「も〜、びっくりさせないでよね」

ようやく復活したイツキがカイトに話し掛ける。

怒った顔をしていたイツキの表情が止まる。

「あれ、なんだろ。急に涙が出てきちゃったよ。ははは、おかしいな」

カイトの目から涙が零れた。

ハグハグハグハグハグハグ

「ほんとに、美味しいよ・・・」

カイトはその涙をごまかすように料理を一心不乱に口の中に入れる。

「兄さん・・・」

イツキはなんだか自分の中に熱い物が込み上げてくるのを感じた。

(やっぱり、私の兄さんだ。記憶を失っても私の料理を”美味しい”って言ってくれる、私のたった一人の兄さんだ)

実際イツキも兄が記憶をなくしていた事についてすごく不安を感じていた。

ただ、自分が不安な顔をすれば兄に余計な負担を掛けてしまうと思い何ともないふりをしていたのだ。

だがここにきて兄が自分の料理の味を覚えていてくれた事に感激して涙を流してしまった。

その涙は記憶を失っても自分の料理を美味しいと言ってくれた事に対する嬉し涙だった。

イツキは目の前のカイトの姿を見ながら自分の席に座り直すとゆっくりと料理を食べ始めた。

記憶を失ってもカイトの中にはこの味が残っていたのだろう。自分のいた場所を、自分の大切な場所を無意識のうちに感じ取ったのだろう。

その後の二人は何もしゃべらずに朝食を食べていたが、二人の間には安らぎだけがあった。

 

「ふ〜、ご馳走様でした」

カイトは食後のお茶を飲み干してそう言った。

「お粗末さまでした」

イツキも料理を食べ終え、今は手の中にあるお茶を飲んでいるところだ。

二人の顔にはもう涙はなかった。

「すごく美味しかったよ、イツキさん」

カイトは笑顔でイツキに話し掛ける。

「ありがと、兄さん♪私も作った甲斐があるって物だわ」

イツキもカイトに笑顔で答える。しかし次の瞬間その顔が変わる。

「それよりも、その”イツキさん”っていうのやめてほしいんだけど」

イツキは少し不機嫌そうにそう言う。

「えっ」

「兄さんは記憶喪失だからしょうがないかもしれないけど、私は今まで”イツキ”って呼ばれてたから今更そういう風に呼ばれると何か変な感じがするのよね」

「そんなもんかな?」

「そんなもんなの!」

カイトの言葉にイツキが少し強めに答える。

「わ、わかったよ、イツキさ・・・・・・イツキ」

また”イツキさん”と呼びそうになったがイツキが睨んでいるのを見て慌てて言い直す。

いかにも”くすぐりの刑”をしちゃうぞって顔だったのでカイトの顔が引き攣っている。

(だめだ、イツキに逆らってはいけない)

出会って数時間で、すでに悟ったカイトだった。

「よろしい。あ〜あ、兄さんが早く記憶を思い出してくれればこんな事言わなくてもいいのにな〜」

「ごめん」

「あっ、嘘々。ちょっとからかっただけよ」

イツキはカイトが暗い顔をしていたので慌ててそう言う。

「記憶喪失になったのは兄さんのせいじゃないんだし、ね」

そう言ってカイトを励ます。

「イツキ・・・」

「でも・・・早く思い出してね。父さんや母さんの事、それに私の事・・・。約束だよ」

イツキが少し寂しそうな顔でカイトを見る。

「約束するよ」

カイトはイツキの気持ちが分かって真剣な顔で答える。

「うん!きっと大丈夫だよね。今まで兄さんが約束を破ったことなんてないもんね」

イツキが笑顔で答える。その顔はカイトの事を、兄の事を心から信じている顔だった。

ボ〜ンボ〜ンボ〜ン

二人が笑いあっていると、食堂に時計の音が鳴り響く。

時計の針は午前10時を指していた。

「あ〜〜〜〜!もうこんな時間!」

急にイツキが大声を上げる。

「どうかしたの、イツキ」

「兄さんも早く出かける用意をして!」

イツキはそう言ってカイトの背中を押す。

「で、出かけるって何処に?」

「それは・・・って、理由は後で話すから」

そう言ってイツキは二階へと登っていった。後に残されたカイトはその場で立ったままじっとしていた。

「用意っていっても出かける理由が分からないと何を用意すればいいのか分からないんだけど・・・」

もっともな話である。

 

とりあえず、自分の部屋であろう場所に戻って自分の物であろう服に着替えると下に降りた。

イツキはすでに階段の下で待っていた様で、カイトの方を少し睨んでいた。

服装はさっきまでのラフな格好ではなく、余所行き用の服。

手にはなぜか花を持っていた。

下りてきたカイトの方を見てイツキが口を開く。

「兄さん、遅いよ。バスが出ちゃうじゃない」

「バス?」

「ああ〜、もうとにかく出発するわよ」

イツキはカイトの背中を押して玄関から外に出ると、鍵をかけてからカイトの手を握って走り出した。

「お、おい、イツキ」

「兄さんはバス停の場所、知らないでしょ」

その通りである。

カイトはとりあえずイツキに引きずられるままバス停へと走っていった。

 

「ふ〜、何とか間に合った」

そう言ったイツキの目の前に一台のバスが止まっていた。

「別に一つぐらいバスに乗り遅れてもいいんじゃ」

息を整えたカイトがイツキに話し掛ける。

「駄目よ、この時間を逃すと次にバスが来る時間は3時間後なんだから」

イツキがカイトの方を向いて言う。

「3時間!バスの待ち時間にしては長すぎないか?」

「しょうがないわよ、最近はシェルターに避難する人が増えてきて運転手が少なくなったとかでバスの本数も少なくなってきたのよ」

「シェルターに避難?」

「そうよ」

「どうして避難なんか?」

カイトが周りを見ながら不思議そうにイツキに訊ねる。

(とくに避難しなきゃいけないほど危険な感じはしないけど・・・)

たしかにイツキの言葉どおり、昼近くになろうというのに、辺りにほとんど人の姿が見えない。

「どうしてって、う〜ん・・・実際に見た方がわかりやすいかな。ほらあそこ」

イツキはそう言って空を指差した。

「上?」

カイトがイツキの指の先、空を見上げるとそこには青い空に白い雲があった。

「??」

カイトが首を傾げているとイツキが

「もっと良く見て」

と言うのでカイトもジット空を見ていると一瞬、空に光のような物が見えた。

「あ、なんか光った。なんの光だろ」

「戦争の光よ」

イツキが答える。

「戦争!?」

「そう。兄さんは覚えてないのかも知れないけど、今木星の向こうから敵が攻めてきたとかで地球連合軍がその敵と闘ってるんだって。少し前のテレビのニュースでやってたの」

(木星から来た敵ってまさかアキトさん達が言ってた木連のことじゃ!どう言う事だ、地球と木連は停戦中じゃなかったのか?)

「でも地球と木連は停戦中じゃ」

「木・・・連・・・って何?」

イツキは聞きなれない言葉に首をかしげる。

カイトはイツキの言葉の意味が分からなかった。

(どういう事だ、イツキは木連の事を知らないのか?)

「そ、それじゃあ」

カイトがイツキに話し掛けようとした時、横の方から声がした。

「あんたら、乗るのかね。乗らないのかね」

バスの運転手がドアを開けたまま二人の事を少しあきれた顔をして見ていた。

「あ、乗ります!さあ、兄さんも早く」

「あ、ああ」

カイトは疑問を抱えたままイツキに急かされて、バスに乗り込んだ。

 

二人が乗るのを確認してバスがゆっくりと発車する。

イツキの言ったとおり町の人はシェルターに避難しているのか、バスには二人以外誰も乗っていなかった。

二人は一番後ろの席に座る。

バスに乗ってからカイトは頭の中で今の情報を整理しようとした。

(木星からきた敵か、やっぱり木連なんだろうな。でもアキトさん達が嘘を言うわけないし、かといってイツキも嘘を言ってるようにも見えないし。やっぱりもう少しイツキに色々と聞いてみるしかないかな)

ずっと考えていたが結局その結果に至った。

とりあえずカイトはどうしてイツキが避難していないのかを聞くために、隣に座っているイツキに話し掛けた。

(戦争中なら、避難してないと危ないよな)

「町の人が避難してるのは分かったけど、イツキはどうして避難しないんだ?」

「え?なに言ってるのよ、兄さん」

イツキは不思議そうな顔をしてカイトを見る。

「初めは私も避難しようって言ったのに、兄さんが『残る』って言ったんじゃない」

「僕が?」

「そうよ」

その事実にちょっと驚くカイト。

(僕がそんな事言うなんて、ちょっと信じられないけど)

「でも、イツキもよく納得したね」

「うん、だって兄さんが私に言ってくれたじゃない」

「僕が何か言ったの?」

カイトがそう聞くとイツキは心持ち頬を赤らめて話し出す。

「あの時の言葉は今でもよく覚えてるよ。私の肩に手を置いてじっと顔を見つめながら、『この町はまだ戦場になってるわけじゃない、それならその時までは、出来るだけ自分の住んでる大切な場所にいるのが一番いいと思う。それにイツキは僕が必ず守るから』って」

イツキはその時の事を思い出したのか笑顔になる。

「普段はちょっと頼りないけど、あの時の兄さんはちょっとかっこ良かったなぁ」

「そ、そんなこと言ったかな?」

カイトはイツキの言葉に照れてしまう。

その時カイトはふとルリの事を思い出した。

(『僕が必ず守る』か、そう言えばあの時も同じような事を言ったような気がするな)

あの時とは以前にルリと二人で屋台の片づけをしている時にアキト達を強盗と間違えた時だ。

あの時もカイトはルリの事を守ろうとして同じ事を言っていた。

(やっぱり、記憶を失っても根本的には変わってないのかな?)

カイトがそんな事を考えていると隣のイツキがジト目でカイトの方を見て呟いた。

「兄さん、今女の人のこと考えてたでしょ」

「いっ!」

「図星でしょう」

「そ、そんな事ないよ。僕とルリちゃんはそんなんじゃ・・・あっ!」

カイトは慌てて言い訳をするがすぐにボロが出てしまう。その事を見逃すイツキではない。

「ちょっと、ルリちゃんって誰のことよ、兄さん!」

(ま、まずい)

「え・・・そ、そんな事言ったかな僕・・・」

とぼけてみても効果はなく、むしろ余計にイツキの事を怒らせてしまった。

「信じられない!私が家事全般をしていて忙しいせいで彼氏も作れないって言うのに、兄さんだけ一人で私に黙って彼女を作るなんて」

「だ、だから違うって・・・」

「ふん、どうだか」

イツキがそっぽを向く。

「あ〜、どうしたら信じてくれるんだよ〜」

そんなイツキを見て、カイトはその場で座ったまま頭を抱えた。

「・・・・・・ふふっ、あははは」

そんなカイトを見て、急にイツキが笑い出した。

「えっ?」

カイトが顔を上げるとおかしそうに笑っているイツキの顔があった。

「イ・・・イツキ?」

「あははは、冗談よ、兄さん」

笑顔でカイトの方を見るイツキ。

「は〜、驚かさないでくれよ、イツキ」

「ごめんごめん、ちょっとからかってみただけなんだけどあんまり兄さんが真剣に落ち込んじゃうからつい、ふふふ」

そう言って含み笑いをするイツキをカイトが憮然とした顔で見ていた。

「でも、兄さんに彼女が出来るなんて妹としては嬉しくもあり、寂しくもあるかな」

「だから違うって」

「でも好きなんでしょ?」

「え・・・それは・・・まだ良く分からないんだ、この気持ちが本当に好きって気持ちなのか。・・・ただ、出来ればずっといっしょにいたいって思ってる」

カイトは自分の中にあるルリへの気持ちを素直に話す。

(僕のルリちゃんに対するこの気持ちは一人の女性としてなのか、それとも家族としてなのか・・・どっちなんだろ)

カイトは心のなかで考える。

(兄さん・・・)

そんなカイトと見てイツキは少しだけ寂しそうな顔をしたが、それを隠して笑顔で話す。

「それで十分だよ。兄さんはその人のことがきっと好きなんだよ」

「そう・・・かな・・・」

カイトが小さく呟く。

「私も・・・」

カイトの言葉が聞こえなかったのかイツキはそのまま話しつづける。

「私も会ってみたいな、その人に。兄さんが好きになった人だもの、きっと素敵な人なんだろうな」

「ああ、すごく優しい子だよ」

カイトはその事だけは自信を持って言うことが出来た。ルリの優しさは本物だから。

「いつか、イツキにも会わせてあげたいな。きっといい友達になれるよ」

「そっか、楽しみだなぁ」

イツキが嬉しそうな顔で言う。

カイトもイツキが喜んでるのを見て嬉しくなったがルリの事を思い出して少しだけ表情が曇る。

(ルリちゃん、君は今どうしてるのかな。君と離れて、ずいぶん経つような気がするよ)

イツキはカイトが少し寂しそうな顔をしているのに気が付いて話すのを止めることにした。

それから目的地に着くまでの時間を、二人は最初の頃とは打って変わって静かに過ごした。

 

バスに乗って1時間後

二人は町外れのバス停に降り立った。

「どうもありがと、おじさん」

「ああ、次にここを通るのは3時間後だから忘れんようにの」

「はい」

イツキが答えると、運転手はバスのドアを閉めてバス停から離れていった。

「さ、行こう、兄さん」

バスに背を向けて歩き出すイツキ。

「そう言えば何処に行くかまだ聞いてないんだけど」

「・・・父さんと母さんのお墓参りよ」

カイトがそう聞くとイツキが背中を向けたまま答える。その声に幾分の影を感じてカイトは話し掛けるのをやめ、イツキの後ろを黙って付いていく事にした。

辺りには誰もおらず、シンと静まった道を歩いていく二人。

5分くらい歩くと目の前に階段が見えた。

その階段を登りきった二人の目の前には沢山の墓石が並んで立っていた。

黙ってその中を歩いていくイツキの後をカイトも黙って付いていく。

しばらく歩くと目の前のイツキが立ち止まった。

カイトはイツキの隣に来て、目の前にある墓石を見る。

『カザマ家の墓』

そう書かれていた。

イツキが手に持っていた花を墓に添え、腰を下ろして手を合わせる。

「お父さん、お母さん、今年も来たよ。私も兄さんも元気に暮らしてるから安心して天国から見守っていてね・・・」

イツキがそう言うのを聞いてカイトもその場に腰を下ろし手を合わせる。

「父さん、母さん。僕は最初に謝らなければいけない事があります。記憶喪失とはいえ、両親の命日を忘れてしまうなんて酷い息子です。でも父さんや母さんやイツキの事を必ず思い出してみせますから、どうか見守っていて下さい」

カイトはここに来るまでに自分に対して怒りを感じていた。

父と母の命日を忘れている自分に対して。

(こんな大事な事を忘れてしまうなんて・・・)

この時ほど記憶を失っている事を辛く思った事はなかった。そして絶対に記憶を取り戻してみせるとあらためて心に誓った。

イツキはカイトが手を合わせたままじっと黙っているのを横でずっと見ていた。

それから、お墓の掃除をしている時にイツキがカイトに声を掛けた。

「兄さん、この後少しいっしょに歩かない?」

手を止めずに話し掛ける。

「ああ、僕も同じ事言おうと思ってたんだ」

カイトはイツキの提案を飲む。

(この世界の事、もっと沢山知っておきたいから・・・)

その後、掃除を終えた二人はもう一度お墓に手を合わせると、その場を後にして歩き出した。

 

来た方とは逆の道を歩いていくと目の前が開けてきた。

そこはとても広い草原で自分達の住んでいる町が良く見える場所だった。

二人は草原に並んで座ると、しばらくそこからの眺めを楽しむ。

(僕の住んでいた町、記憶を失う前の僕はこの町でどんな生活を送っていたのだろう・・・)

カイトがそんなことを考えていると隣からイツキの声が聞こえた。

「兄さん、私に聞きたい事があるんでしょ?」

そう言ってカイトの方を向くイツキ。

「気付いてたんだ」

「もちろん、兄さんの考える事はなんとなく分かるから。記憶を取り戻すためにも色々と聞きたいんでしょ」

「ああ」

「なにから聞きたいの?」

「そうだな・・・なにから聞こうか・・・」

カイトは前を向いて考える。

(聞きたい事はいっぱいある。イツキの事、この町の事、そして自分の事・・・)

「そうだな、まずはイツキの事を教えてくれないか」

「私の事?」

「ああ」

「うん、分かった。え〜と、私の名前はイツキ・カザマ。2181年生まれで14才になるわ。特技は家事全般で趣味は音楽鑑賞とスポーツかな、それと・・・」

イツキが自分の事を話し出す。

カイトは黙って聞いていたが、一つだけ気になる事に気付いた。。

(まてよ、2181年に生まれて14才って事は今は2195年ってことか!僕は約3年前にいる事になるのか?)

「イツキ、今は何年でここは何処だ!?」

カイトが自分の考えを確認するためにイツキに聞き返す。

イツキは急にカイトに詰め寄られて驚く。

「え、今?今は2195年だよ。それで私たちのいる場所は火星のユートピアコロニー」

カイトは自分の耳を疑った。

(2195年のユートピアコロニーだって!?そんなばかな、2195年にユートピアコロニーは無くなったはずじゃあ!たしかアキトさんの話だと火星のユートピアコロニーにチューリップが落ちたのが2195年だって言ってた。って事は今はチューリップが落ちる前なのか・・・それで今は戦争中・・・まさか!!)

カイトはとっさに、今自分達のいる場所が危険である事を感じ取った。

「宇宙では戦争をしてるって言ってたよね」

「うん」

(まずい、戦争中って事は、もうすぐこの町にチューリップが落ちてくるかもしれない!!)

「イツキ!」

「兄さん、あれ何!?」

カイトがイツキに話し掛けようとした時、急にイツキが空の一点を指して大声を上げた。

「!?」

カイトがその一点を見ると、自分の予感が当たっていたことを確認した。

「あれは、チューリップ!!」

カイトの目に映ったのはボソンジャンプの実験の時に、自分が中に入ったチューリップと同じものだった。

二人の目の前を、空から町に向けてチューリップが落下していく。

「町の方に落ちてきてるよ!」

「くっ、遅かった」

カイトは自分の不甲斐なさを呪った。

(もっと早くに気付いていれば。今からじゃシェルターには間に合わない!どうする!)

カイトがこれからの事を考えているといきなりイツキが立ち上がり、町の方に走り出した。

「イツキ!?」

カイトは慌ててイツキを止める。

「離して兄さん、家には家族みんなとの大事な思い出の品が!」

カイトを振り切ろうと足掻くイツキ。

「だめだ、イツキ。早く避難しないと!」

そうは言っても無駄な事は分かっていた。

そんな二人の目の前でまるでスローモーションのように町に激突するチューリップ。

カイトはとっさにイツキを抱きしめる。

一瞬後。

轟音と共に、すさまじいほどの爆風が迫ってくる。

(くそー、記憶を取り戻す前に、こんな所で死んでたまるか!)

カイトの頭にルリの笑顔が浮かぶ。

(ルリちゃんと約束したんだ!絶対に帰るって、約束したんだーーー!!)

カイトが覚悟を決めた時、二人の体からまばゆい光があふれ出た。

光はやがて二人の姿を完全に飲み込み、一瞬後二人の姿は跡形もなく消えていた。

さっきまでいた二人の場所をチューリップの爆発の衝撃波が辺りの木々を吹き飛ばしながら襲う。

収まった後には、辺りには何も残ってはいなかった。

 

薄暗い闇の中

 

カイトは一人さまよい歩いていた

 

何も感じない

 

何も考えられない

 

ただ歩きつづけていた

 

そんなカイトの目の前に光が射した

 

カイトは無意識にその光を目指して歩く

 

そして光はやがて一人の少女の姿を映し出していた

 

その少女は・・・

 

(ルリちゃん・・・)

カイトは暗闇の中でルリの姿を見た気がした。

ルリが、行き場を失ったカイトの魂を導いているような感じがした。

(もう一度、君に会いたい・・・)

カイトがそう強く願った時、カイトの辺りが光に包まれた。

 

ネルガル研究室

カイトがチューリップに入って30分後。

ワイヤーで引き上げたエステバリスの中でカイトは意識を失っていた。

医務室に運ばれたカイトはその後、ずっと意識を取り戻すことなく眠りつづけていた。

医務室へとやって来たルリ達はベッドに横になっているカイトの姿を見てショックを受けていた。

「おかしいわ、外傷も見当たらない、特に変わったところはないのに・・・どうして目を覚まさないの」

エリナは予想外の事に焦っている。

医者からは、命に別状はないが精神の方に異常があってこのまま意識を取り戻すのは難しいと言われていた。

「カイトさん、カイトさん、目を開けて下さい!」

(いやです、このままカイトさんが目を覚まさないなんて!)

エリナの横ではベットで死んだように眠り続けるカイトにルリが懸命に呼びかけていた。

ルリの後ろには屋台を片づけてきたアキトとユリカ、それになぜかウリバタケの姿があった。

「カイト・・・」

「カイト君・・・」

「カイト・・・」

三人ともカイトの事を心配そうに見ている。

「エリナさん、これはどういうことですか!」

ルリが隣にいるエリナを睨み付ける。

「危険はないって言ってたじゃありませんか!」

「それは・・・」

エリナはルリの言葉に言いよどむ。

「エリナさんがそう言ったから私もエリナさんの言葉を信じたのに」

ルリの言葉にエリナの顔が沈んでいく。

「・・・このままカイトさんが目を覚まさなかったら・・・私は絶対にあなたを許しませんから」

ルリが殺意にも似た感情をエリナにぶつける。

エリナはそのルリの視線に恐怖を感じた。

「カイトさん、絶対に帰って来るって約束してくれたじゃありませんか・・・」

ルリはカイトの方に体を向け直すと、カイトの手を握って呼び続けた。

「ルリちゃん、きっとカイト君は帰って来るよ」

ユリカがルリの側に座って、話し掛ける。

「ユリカさん」

「カイト君は今までにルリちゃんとの約束を破った事があった?」

「・・・ありません・・・」

「なら、信じてあげなきゃ、カイト君の言葉。ルリちゃんが信じてくれたらカイト君もきっと答えてくれるよ」

ユリカの優しい言葉に少し落ち着いたルリは黙って頷く。

「カイトさん。私、カイトさんの事を信じます。ですからもう一度、私にカイトさんの笑顔を見せて下さい・・・私のところに帰ってきてください」

カイトの手を握っているルリの目から涙が零れ落ちる。

零れた涙がカイトの手の上に落ちる。

 

(なんだろう・・・あったかい・・・)

カイトは闇の中へと落ちていく意識を繋ぎ止めるような暖かい物を感じていた。

(僕を呼ぶのは誰・・・)

カイトは体全体に広がっていく温もりを感じながら、心の底から望んでいたものを思い出す。

(僕はルリちゃんと約束したんだ・・・絶対に帰るって・・・)

段々と意識がはっきりとしてくる。

誰かが側で泣いているのを感じる。

(誰だろう・・・どうして泣いてるの・・・)

おぼろげながらその人物がルリだと感じるカイト。

(ルリちゃん、泣かないで。僕は絶対に約束を守るから)

カイトは朦朧とする意識の中で、ルリの涙をぬぐうためにゆっくりと手を伸ばす。

 

スッ

私は自分の涙をぬぐう手の温もりを感じて目を開きます。

目の前にはカイトさんの手がありました。

慌ててカイトさんの顔を見ると、カイトさんが私に向かって微笑んでいました。

私の大好きな笑顔を浮かべて。

「カイト・・・さん?」

私の両目からまた涙が流れます。

今度は悲しみの涙じゃありません。

私はカイトさんの笑顔に答えるように、笑顔で言います。

「お帰りなさい、カイトさん」

カイトさんはその言葉に少し驚いた顔をしましたが、すぐに笑顔で答えてくれます。

「ただいま、ルリちゃん」

私の聞きたかった言葉。

(カイトさん・・・約束、守ってくれましたね・・・)

もう、私には涙でカイトさんの顔がぼやけてしか見えませんでした。

アキトさんたちはそんな私とカイトさんの事を優しい目で見ていました。

「ルリちゃん、私の言った通りだったでしょ」

「はい」

私の肩に手を置いて笑顔で話し掛けてくるユリカさんに、私も笑顔で答えます。

私はカイトさんの顔を見ながらもう一度言います。

私のずっと言いたかった言葉を。

 

 

「カイトさん、お帰りなさい」

 

 

〜続く〜

 


後書き:

S:どうも皆さん、こんにちは。S=DASHです。”エピソード10:記憶の欠片(後編)”をお送りしました。気付いた方もいるかも知れませんがルリちゃんがアキトの事を”テンカワさん”ではなく”アキトさん”と読んでいます。これは間違いではなく、アキトが『家族なんだからアキトでいいよ』と言ったのでルリがそう言い直したからです。ですからこれからは”アキトさん”と呼ぶようになります。まあ知ってたからってどうってわけではないのですが、ちょっと報告を。さて、今回のSSでようやく10話目になりました。自分でもここまで続くとは思っていませんでしたが、これからも頑張って書いていきますので応援の方よろしくお願いします。

ルリ:今回も途中からの出番のホシノ・ルリです。

S:まだ前回の事を根に持っていたんですか・・・(−−:

ルリ:別に・・・そんな事はありません。(−−)

S:次の話はルリちゃんとカイト君の話を書いてあげますから。

ルリ:それなら許してあげます。ところでSさん、今回の話でカイトさんの過去が少しだけ分かりましたけど、肝心なところが書かれていませんね。

S:確かにそうですね。どうしてカイト君が木蓮の服を着ていたのか、どうしてナデシコにボソンジャンプしてきたのか。未だに謎ですから。

ルリ:その辺のことは次の話ではっきりするんですか?

S:いえ、まだはっきりしません。(キッパリ)

カイト:それじゃあいつ分かるんですか?

いつのまにか現れたカイトがSに訊ねる。

ルリ:あ、カイトさん。体の方は大丈夫なんですか?

ルリが心配そうに訊ねる。

カイト:うん、ルリちゃんが僕の事を信じてくれたから帰ってこれたんだよ。ありがとう(^^)(ニッコリ)

ルリ:そ、そんな。私はカイトさんが無事ならそれだけで嬉しいですから。(ポッ

カイトの笑顔に赤くなるルリ。

カイト:ルリちゃん。

ルリ:カイトさん。

見詰め合う二人。

S:二人とも、そういうのは後でしてくれませんか。(−−;

二人の空気に雰囲気をぶち壊すようにそう言うS。

ルリ:ムッ(Sさん、私とカイトさんの邪魔をするとはいい度胸です)(ーーメ

邪魔をされてムッとするルリ。このときSの運命は決定した。

S:それより、さっきの事ですけど。カイト君の謎がいつはっきりするかは内緒です。

カイト:気になるなぁ。

S:とりあえず、イツキさんの事が分かっただけでガマンして下さい。

ルリ:ほんとは何も考えてないだけじゃないですか?(−−)

S:ギクッ(−−;;

ルリの言葉に固まるS。

S:そ、そんな事ないですよ。

ルリ:ならいいんですけど。それより、カイトさん。まだ病み上がりなんですから寝てないと駄目ですよ。

カイト:そうだね、ルリちゃんに心配させる訳にはいかないよね。分かったよルリちゃん、もう少し休ませてもらうよ。

ルリ・カイト:今回のSSも読んで下さってありがとうございました。今回でいよいよこのSSも二桁目に突入する事になりますが、これからも精一杯頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。それでは次のお話でまたお会いしましょう。(ペコリ)

カイト:それじゃあ僕はもう行くね。

ルリ:後で私も様子を見に行きますから。

カイト:うん、待ってるよ。(^^)

ルリ:はい(ポッ

そう言って歩いていくカイト。ルリはカイトの背中が見えなくなるまで手を振った。

ルリ:さ・・・てと

カイトが見えなくなって、ルリはゆっくりとSの方を向く。

S:・・・・・・(−−;;

ルリ:(クスッ)Sさん、前回から今回まで少なかった私とカイトさんの久しぶりのラブラブを邪魔したらどうなるかしっかりと教えてあげますね。(^^)

S:ああ・・・やっぱりこうなるんですね(TT)

今更ながら自分の行動に後悔するS。

ルリ:さようなら、Sさん。

極上の笑顔を浮かべてG釘バットを振りかぶるルリ。

S:なんで僕がこんな目に〜〜(ガスッ)(TT)


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