屋台を引くようになってから数ヶ月・・・
この辺りで強盗が出るという話を聞きました。そんな時にタイミング良く現れたテンカワさんとユリカさんの影を強盗と勘違いした私たち。
その時にカイトさんが私を守ろうとしてくれたのですごく嬉しかったです。
まあ、その事でテンカワさん達に色々と聞かれてしまいましたが・・・その事はどうでもいいですね。私にはカイトさんが守ろうとしてくれたという事だけで十分です。
(やっぱりカイトさんは優しい人です)(ポッ)
それから銭湯の帰りにカイトさんに会って、色々と聞いてみました。
記憶がなくて寂しくないか、もしその記憶が辛く悲しい物でも思い出したいか・・・
私の過去が過去なのでその時の私は少し感傷的になっていましたが、カイトさんが私と同じ考えなのを知って元気付けられました。
そしてクリスマス。
皆で町に遊びに行くことになりました。映画を見たり、ショッピングをしたり。去年までのクリスマスと違ってすごく楽しかったです。
(ナデシコでのクリスマスもそれなりに楽しかったですけど・・・)
それにユリカさんの提案でカイトさんにクリスマスプレゼントを贈る事になったのですが最初は緊張して渡せませんでした。
(私、少女ですから・・・・)
でもカイトさんが私のためにクリスマスプレゼントを用意してくれたので私も勇気を出して渡す事が出来ました。
(薄い青色の写真立て、すごく嬉しかったです)(ポッ)
写真立てには皆で映っている写真を入れているけどいつかカイトさんと二人だけの写真を入れたいです。
ちなみに私が送ったのはロケットで、飾りの部分に写真が入れられるようになっています。カイトさんはどんな写真を入れるんでしょうか・・・少し、気になります。
そしてプレゼントを渡したあの日以来、カイトさんが毎日私があげたロケットを身につけてくれているのを見てとてもうれしかったです。
今日まで私はクリスマスがこんなにどきどきする物だとは知りませんでした。
来年もこんなクリスマスが過ごせたらいいですね・・・
機動戦艦ナデシコ
〜妖精の微笑み〜
エピソード9:記憶のカケラ(前編)
今日は大晦日。
ルリたち四人は、今日も普段通り屋台を引いていた。大晦日にも休みなく働いているがさすがにこの日はお客も少なかった。
「さすがにこの日は何処の会社もお休みでしょうから」
「そうだね」
ルリがそう言うと隣にいるカイトが答える。
屋台のお客の大半を占める会社員は今ごろ家でのんびりとしているだろう。
屋台でのそれぞれのポジションは決まっていて、左からルリ、カイト、アキト、ユリカの順番になっている。
ユリカがアキトの隣にいるのはいつもの事だが、ルリにとってもカイトの隣にいるのが自然になってきている。
以前その事をユリカに言われて
「たまたまです・・・」(ポッ)
と答えているが顔を赤くしていたので信憑性がまったくない。
その日もいつも通りの位置に立ってお客が来るのを待っていた。
お店を開いてしばらくすると、空からゆっくりと雪が降ってくる。
「雪よ」
ユリカが空を見ながらそう言う。
「大晦日なんだよな」
アキトも雪を見ながらしみじみと言う。
「今年ももう終わりですね・・・」
カイトが呟く。
その側でルリがチャルメラを吹く・・・が、やっぱり最後の音がずれてしまう。
ゴ〜〜〜〜〜〜ン
除夜の鐘が鳴る。
「除夜の鐘・・・」
「そうだね・・・」
ルリの言葉にカイトが答える。
(僕の記憶はまだ戻らない。除夜の鐘が鳴っても、戻らない・・・いっそ僕の頭も打ってもらった方が戻るかも・・・)
カイトは半ばヤケになりながら考える。
「この人に・・・」
いつも持っているポケットからイツキの写真を取り出すカイト。
(ボソンジャンプに飲まれて消えてしまったイツキ・カザマ・・・彼女は僕の何を知っているのだろうか?)
カイトがイツキの写真を見ているのをルリが横目で心配そうに見ている。
「ちょっといいかしら」
いつのまに近くに来たのか、エリナがカイトに声を掛ける。
「エリナさん、どうしたんですか?こんな遅くに」
「あなたに頼みたい事があるの」
(エリナさんの頼みごと・・・もしかしなくてもボソンジャンプの事でしょうね)
隣で聞いていたルリは考えながらエリナの顔を見る。
「僕に頼みってなんですか?」
「あなたにしかできないことなのよ」
「僕にしか出来ない事?」
「そうよ。ナデシコの艦橋にボソンジャンプしてきたあなたしか出来ない事。いよいよ時期が来たって事よ。とにかく付いてきなさい」
「いやだって言ったらどうするんですか?」
カイトはエリナに尋ねた。
エリナは少しむっとしたが冷静な顔でカイトに近付く。
「あなたには選択の権利はないの。無理矢理にでも引きずっていく事になるわ」
エリナは、声のトーンをぐっと下げて言った。アキト達に聞こえないように・・・
カイトは観念したのか「分かりました」と返事をするとアキト達にこの事を伝えた。
「・・・という訳で、これからエリナさんの実験に協力する事になりました。僕の事は気にしないで先に家に帰っていて下さい」
(やっぱり・・・)
ルリは自分の考えが正しかった事を確認すると側に立っていたエリナに声を掛けた。
「エリナさん、どうしてもカイトさんを連れて行くんですか」
「言ったとおりよ。私たちにはカイト君が必要なの」
ルリの非難の混じった目を真っ直ぐ見ながらエリナが答える。
「それとも、カイト君を力ずくでも引き止めてみる」
今度はエリナがルリに声を掛ける。
「・・・カイトさんがそうするというのなら、私は止めません」
「ルリちゃん・・・」
カイトはルリが少しだけ悲しそうな顔をしているのに気が付いた。それはアキトとユリカもいっしょだった。
「その代わり、私もその実験に立ち会わせて下さい」
ルリは決意に満ちた顔でエリナを見ながらそう伝える。
「残念だけど、部外者を連れて行く訳には行かないわ、ナデシコを下りた今のあなたはネルガルとは関係ないんだから」
「部外者じゃありません、私とカイトさんは家族です。どんな実験をするのか知る権利があるはずです」
ルリは一歩も引かない。
エリナが少し困った顔をしているとアキトとユリカもルリと同じ事を言う。
「そうですよ、エリナさん。俺達は家族なんですから部外者って事はないでしょう」
「アキトの言う通り、カイト君がする事を知っておく事は必要だと思います」
(テンカワさん、ユリカさん・・・)
ルリは二人が自分と同じ事を思っていた事に嬉しくなった。
「エリナさん、僕からもお願いします」
カイトも三人の気持ちが嬉しくなって、自分からエリナに頼む。
「・・・分かったわ、その代わり邪魔だけはしないでよ」
エリナは「負けたわ」といった顔でそう答える。
「ありがとうございます、エリナさん」
カイトは笑顔でエリナの手を握って礼を言う。
エリナはその顔を見て一瞬顔を赤くするがすぐにいつもの顔に戻って答える。
「さ、さあ、はやく行きましょう。時間が惜しいわ」
そう言って前を歩き出す。
「ルリちゃん、ありがと」
カイトは隣にいるルリにも礼を言う。
「カイトさん、もし危なくなったらすぐに止めて下さいね」
「分かったよ」
心配そうな顔をしているルリにやさしく笑って答えるカイト。
アキトとユリカは先に屋台を家においてくると言って、場所だけ確認するとルリ達と別れた。
別れ際にユリカから
「カイト君の事をお願いね、ルリちゃんがいてくれれば安心だから」
と言われてルリはすこし顔を赤くしていたがカイトは気付かなかった。
エリナに連れられてルリとカイトは並んでネルガルの研究所に向かった。
ネルガル研究所
研究所の一室に案内されたルリとカイトはエリナに実験の話を聞いている。
「いよいよあなたにボソンジャンプの実験をしてもらう日が来たわ」
エリナがカイトを見ながらそう言う。
「ボソンジャンプの実験?」
「そう、まだほんの一部の人間しか成功していない、生体ボソンジャンプの実験よ」
「一部の人間しか成功していないって・・・」
(それってすごく危険なんじゃ・・・)
カイトは少し体を引きながら考える。
「今のところ分かっているのは、火星で生まれたごく少数の人間は生身の体でボソンジャンプが出来るって事。火星の古代遺跡から遺伝子レベルで干渉されてるからね」
「僕は生身の体でボソンジャンプできるってことですか?」
「あなたはあの日ナデシコに飛んできたじゃない」
「それは、そうですが・・・」
「あなたが火星生まれかどうかなんて分からないけど、生体ボソンジャンプが可能な体である事だけは確かよ。あなたは今までアキト君達と生活していたから知らないでしょうけど、私たちネルガルのほかにもボソンジャンプを研究してるところがあるの。もし彼らが”ヒサゴプラン”を完成させれば、ネルガルに勝ち目はないわ」
(ヒサゴプラン・・・プロスペクターさんも同じ言葉を言っていました。あれからオモイカネにアクセスして調べてみてもプロテクトがかかってて分かりませんでしたけど、いったいどういう意味なのでしょう)
ルリがそう考えていると、カイトがその疑問を代わりに聞く。
「”ヒサゴプラン”ってなんですか?」
エリナはその質問に少し考えるような顔をしながら答える。
「・・・・・・わかったわ・・・あなたには事実を教えてあげる」
エリナはそう言って説明を始める。
「ヒサゴプランとは反ネルガルグループが木連と手を組んで作ろうとしている、ボソンジャンプのネットワークシステムよ。彼らは多くのチューリップを使って、宇宙航行の驚異的な迅速化を図ろうとしているわ。もしそんなことされれば彼らにボソンジャンプの実権を握られてしまう。ネルガルがボソンジャンプを独占していくためにも、有人でジャンプする方法を私は解き明かしたいの・・・そのためにはあなたがボソンジャンプするデータがぜひとも欲しいの」
(ヒサゴプランにはそういう意味があったのですか・・・ボソンジャンプのネットワークシステム・・・確かに実現できればすごい事になりますね。ネルガルの人が焦っているのも分かる気がします)
ルリが頭のなかにエリナの言葉を記憶していると、カイトがエリナに声を掛ける。
「あの・・・もう一ついいですか?」
「なに?」
カイトの言葉にエリナが答える。
「”NH・プロジェクト”ってなにかわかりますか?」
「どうしてあなたがその言葉を!・・・そうか、プロスペクターね。まったくあのおしゃべりが・・・」
エリナはぶちぶち言いながらカイトの方に顔を向ける。
「結論から言えばその言葉に付いては何も分かっていないわ。プロテクトを突破した先には何も書かれていなかったの、多分何らかの理由でファイル自体が消されていたのね」
「そうですか・・・」
カイトは少し顔を曇らせて答える。
(カイトさん、やっぱり気になってたんですね)
ルリはカイトの顔に気が付いてゆっくりとカイトの側による。カイトもルリの気持ちに気付いて安心させるように笑う。
「でも、それがどうかしたの?」
「いえ、何でもありません。ちょっと気になっただけですから。それよりも、いったいどんな実験なんですか?」
カイトは話をジャンプ実験のことに戻す。
「ただ、ジャンプしてもらうだけよ」
「実験するのはいいんですが、その実験は安全なんですか。以前の生体実験での事を忘れた訳じゃありませんよね」
ルリが少し睨みながらエリナに話し掛ける。
エリナはルリの視線軽く受け流して自信たっぷりに答える。
「もちろん、安全性は保証するわ。その安全性を確保するために、今日までという時間が必要だったの」
「本当ならいいのですが・・・」
ルリは尚も疑わしそうに答える。
「さっきも言ったでしょ。実験の邪魔はしないでよ」
「わかってます」
ルリがしぶしぶ納得したのを確認してエリナがカイトに訊ねる。
「どう、カイト君。実験に協力してくれる?」
「・・・わかりました、実験に協力します」
カイトはゆっくりと答える。
「ありがとう」
「いやだって言っても無駄なんでしょ」
「もちろん」
カイトはエリナの意地悪そうな顔を見て溜め息をもらす。
ルリはそんなカイトを心配そうに見ていた。
エリナは近くにいた所員にカイトを案内させた。
カイトは所員に連れられて実験用のエステバリスに案内される。
広い密閉された空間に捕獲されたチューリップが固定されており、その上から、カイトの乗ったエステバリスがクレーンで吊り下げられている。
エリナは多くのスタッフと共に遠くからカイトを見守っている。
カイトはパイロットスーツに着替え、エステバリスのコックピットに乗り込んだ。
チューリップと呼ばれているジャンプ発生装置に、エステバリスごと入る事になるらしい。
コックピットの中にエリナのウィンドウが開く。
「気分はどう?」
「大丈夫です」
幾分落ち着いた顔で答えるカイト。
「心配する必要はないわ、危険はないんだから」
エリナがそう言うと、隣からルリの顔が入ってくる。
「カイトさん、気を付けて下さいね。危険がないといってもあんまり当てになりませんから」
「むっ、失礼ね。ちゃんと安全性の確認はしてるんだから心配ないわよ」
「そうは言いますけど、ちゃんと生体実験して試したんですか?安全確認の段階で成功しているならカイトさんがジャンプする必要はないはずです」
「うっ・・・」
エリナが図星をつかれて焦る。
「機械で確認しただけのはずです、そんな物が本当に安全だといえるんですか?」
「だ・・・大丈夫よ!」
半ばやけになりながらそう答えるエリナ。
ルリの方もそれほどエリナの事を疑っている訳ではない、彼女もかつてのナデシコの一員なのだから本当に危険があったらこんな事はしないだろうことは分かっている。
ただ、100%安全でないかぎりカイトの事を心配するのは当然である。
「カイトさん・・・本当に気を付けて下さいね」
さっきまでの言い合いから打って変わってまじめな顔をしてルリが言う。
「ルリちゃん・・・大丈夫だよ。僕は絶対に帰ってくる、約束するよ」
カイトはルリの気持ちが分かって笑顔で答える。
ルリもその笑顔にすこし安心して笑顔になる。
「まったく二人だけの世界を作るのは実験の後にしてよね。見てるこっちの方が恥ずかしくなってくるわ」
コミュニケ越しに見詰め合う二人を見ながら、エリナが嫌みで冷やかすと、ルリとカイトは揃って顔を赤くした。
「はいはい、それじゃあ実験を始めるわよ」
エリナはそう言って指示を出す。
エリナの指示のもと、エステバリスがゆっくりとチューリップの中へ降ろされていく。
「さあ、あなたの行きたいところを心に思い描いて」
「そう言われても・・・」
エリナにそう言われてもいきなりの事なので少し戸惑うカイト。
「会いたい人でもなんでもいいわ」
(僕の行きたいところ、会いたい人・・・)
自然と頭の中に写真の少女が浮かんできた。
(イツキ・カザマ・・・僕の過去を知っている人・・・)
エステバリスの機体がチューリップに完全に入って、通信が出来なくなる。
そしてカイトの視界が真っ白になる。
(君はいったい・・・)
・・・・・
・・・
カイトは闇の中をさ迷っていた
出口のないただ黒い空間を歩いていた
段々と心の中に不安があふれてくる
それでもしばらく歩いていると、ある一つの方向から一筋の光が射してきた
その光の方向から何かの音が聞こえる
カイトはその光にすがるように駆け出した
近付いていくと段々と音がはっきりとしてきて、それが声である事に気が付いた。
「・・・ん・・・て・・・・」
(何の声だろう)
記憶の中を捜してみるが聞き覚えのない声だ。だがその声がなぜかカイトを呼んでいるように聞こえた。
「・・・・・にい・・・・・・起き・・・・・ん・・・きて・・・・・」
段々と声がはっきりとしてくる。
すると急に辺りが真っ白に光り出した。カイトはとっさに目を覆った。
・・・・・・
・・・
それからどれぐらいの時間が経っただろう、いや実際には一瞬の事だったのだろう。
光が収まったのを感じるとカイトはゆっくりと瞼を開いた。
「早く起きてよ、兄さん!」
目を開いて最初に聞いた言葉がそれだった。カイトは声の方を向く。
そこには一人の女性が立っていた。朝日のせいで顔までははっきりと分からないが女性である事は分かる。
それもかなりご機嫌斜めそうな感じで。
「も〜!兄さん、いつまで寝てるのよ。昨日あれほど『明日は早く起きてね』って言っといたのに」
目の前の女性はそう言ってカイトの事を睨んでいる。かなりご立腹のようだ。
カイトは訳が分からなかったがとりあえず謝っておいた方がいいと直感で感じた。
「あ・・・ごめ・・・!」
謝ろうとしたカイトは自分の目を疑った。さっきから話し掛けてきた女性が、写真で見たイツキ・カザマにそっくりだったから。
ただ違う所といえば写真よりも少し若い事だろう。
「・・・・・・・・」
カイトが黙ったままジッと自分の方を見ているのに気が付いて、イツキは不思議そうな顔をして声を掛ける。
「どうしたの?兄さん」
自分を兄と呼ぶ少女・・・カイトは今の状況を把握しようと考える。
(僕は確かエリナさんのボソンジャンプ実験に協力してエステバリスごとチューリップに入って)
「もしも〜し、兄さ〜ん」
イツキはさっきからピクリとも動かないカイトの顔の前で手を振ってみる。
「ム〜〜、兄さん!」
イツキはカイトが反応しないのを見て、さらに機嫌を悪くする。それに気付かないカイト。
(・・・それから暗いところにいたらなんかの声が聞こえて・・・気が付いたら目の前の女の子に兄さんと呼ばれて・・・)
訳が分からなくなってしまった。
(なぜ僕はこんな所にいるんだ?僕はエステバリスのコックピットにいたはずなのに)
カイトは自分の周りを見渡した。自分の今いる場所、そこはごくありふれた普通の部屋だった。今自分が寝ていたベッドも着ている服も何処にでもあるような物だった。
カイトの来ている服もパイロットスーツではなく普通の寝間着だ。
「こうなったらいつものアレしかないわね」
カイトが反応しないのを確認すると、イツキはそう言ってゆっくりとカイトに近づく。
「見てなさいよ、私を無視するとどうなるか教えてあげるわ」
(ここは・・・いったい・・・)
カイトが更に考えようとした時、目の前の影がふっと視界から消えた。
それから数瞬の後・・・・
「・・っ・・・ぷふ・・・・あはははっはははああはあ」
急にカイトが笑い出した。
良く見るとイツキがカイトの後ろに回り込んでカイトの脇腹をくすぐっていた。
コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ
「あはははは・・・ひ・・・や・・やめ・・・」
カイトは涙目になりながら訴える。
「む〜〜、さっきから呼んでるのに無視しないでよね」
イツキは更にくすぐる。
コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ
「た・・・たのむから・・・もうやめ・・・あははは・・」
カイトの顔はすでに限界に来ていたのか赤いのを通り越して青くなり始めていた。
「しょうがないわ、この辺で許してあげる」
とりあえず気が済んだのか、そう言ってイツキはカイトから離れた。
「はあはあはあはあ・・・・」
カイトは乱れた息を整える。
(・・・し・・・・死ぬかと思った・・・・・)
カイトには一瞬、川のような物が見えたような気がした。
「目が覚めたかしら、お・に・い・さ・ま♪」
イツキが少しおどけてそう言う。
「も・・・もう、バッチリです」
カイトは心底疲れた顔をしてそう答える。
「そう、ならよかったわ」
イツキは嬉しそうに答える。
「ははは・・・」
カイトは引き攣った笑顔を浮かべながらイツキを見る。
「何かしらその顔は〜、何か言いたい事でもあるの?」
「いえ、何でもないです、はい」
(また、あんな事されたら今度こそ死んでしまう・・・)
イツキから目をそらしながら頭の中で思うカイト。
「?」
カイトが急に黙ったので不思議そうな顔をするイツキ。
とりあえず落ち着いたカイトはさっきから気になっていた事を聞いてみる。
「あ、そうだ君って・・・・イツキ・カザマ・・・さん・・・だよね」
するとイツキの顔が段々と心配するような顔になってくる。
「やだ、さっきやり過ぎたのかしら。手加減したつもりだけど・・・兄さん、大丈夫?」
イツキは心配そうにカイトの顔を見る。
(あれで手加減してたのか・・・)
嫌な汗を流しながらカイトはイツキに話し掛ける。
「え、ああ大丈夫・・・・て分けでもないか」
カイトがそう言うと、イツキが詰め寄ってくる。
「やっぱり、何処か具合が悪いの?」
「えっと、そうじゃなくて・・・・」
(どうしようか・・・やっぱりちゃんと話した方がいいよな)
カイト決心すると自分が記憶喪失である事を話すことにした。
「実は・・・」
・・・・・・
・・・
「ええ〜〜〜〜〜、記憶喪失〜〜〜〜!」
静かな朝の空間をイツキの大声が響き渡る。
「それって、簡単に言うと自分の記憶を喪失したって事なの!?」
(長くなってるよ・・・)
カイトは少しあきれながらもイツキに話し掛ける。
「まあ、そう言うこと・・・になるのかな」
「またまた〜、嘘ばっかり!」
笑いながらカイトの肩をたたくイツキ。イツキは全然信じていない。
(まあ、当然だな。いきなりこんな事言っても信じられないのが当たり前だ)
カイトはイツキの笑い声を聞きながら段々と自分の気分が落ち込んでいくのを感じた。
「・・・・・・」
「もう、朝っぱらから何を言い出すのかと思えば」
「・・・・・・」
「ちょっと兄さん、何で黙ってるのよ」
「・・・・・・」
カイトの言葉を信じていなかったイツキもカイトが黙ったまま俯いているのを見て段々と嫌な予感がしてきた。
「本当に・・・・記憶喪失なの?」
「ああ・・・」
カイトは落ち込んだ声で答える。
(そうだ、僕は記憶喪失なんだ)
さっきまでの休む間もない展開にすっかり忘れていたカイトだが自分の状況を思い出して、落ち込んでくる。
「じゃあ・・・私の事も覚えてないの?」
イツキが恐る恐るカイトに聞いてくる。
「ごめん・・・」
「ううっ、ひどい・・・あんまりよ、たった一人の家族の事も忘れるなんて・・・」
カイトの言葉を聞いて、イツキがその場にうずくまる。
「あ・・・いや・・・それは・・・・」
「ううっ・・・」
「え〜〜と・・・ごめん」
カイトの口からはごめんの言葉しか出てこない。
(まさかこんなに悲しむなんて・・・僕はどうしたらいいんだろ)
泣いているであろうイツキを見てカイトが悩んでいると、突然イツキが立ち上がった。
「まあ、記憶喪失ならしょうがないわ」
何事もなかったかの様にカイトに話し掛けるイツキ。
「へっ?」
カイトはいきなりのイツキの変わりように付いていけないでいた。
「心配しなくてもその内思い出すでしょう。そんな事より、早く下に降りてきて、朝ご飯の準備も出来てるんだから」
カイトの記憶喪失を『そんな事』扱いして、部屋から出て行くイツキ。
「・・・・・・・・・・・」
イツキの後ろ姿を見ながらベットの上で固まっているカイト。
(・・・・・・さっきの、涙はいったい・・・・・・)
自分はどう反応すれば言いのは分からずにドアの方を見て固まっていた。
「・・・・・・」
そんなカイトが我に返ったのは十分後にイツキが呼びに来てからだった。
余談だがその時に、イツキが固まっているカイトをくすぐって起こしたのは言うまでもない。
ただそのせいでカイトが意識を取り戻すのに5分間のインターバルが必要となった。
イツキのくすぐり攻撃から復活したカイト。
「う〜、早く行かないとまたされてしまう」
もはやイツキにある種の恐怖すら感じながら部屋を出ていくカイト。まだ少し足が震えている。
部屋を出たカイトの目の前に最初に映ったのは廊下を挟んで反対にある扉に掛けてあるプレートだった。
プレートには
『イツキの部屋』
と書かれていた。
(やっぱり彼女が写真のイツキ・カザマなのか?)
そうであって欲しいようなそうであって欲しくないようは、そんな事を考えるカイト。
(彼女が写真の女性なら、僕の事も知っているかもしれない。・・・でも・・・もしそうだとしたら、僕はいつもあんな事をされていたのだろうか・・・・)
『あんな事』を思い出してぞっとするカイト。
(よく無事だったな・・・)
疲れた顔をしながら廊下を歩くカイト。目の前に階段が見えた。螺旋式の階段だ。
カイトは階段を降りながらこれからの事を考える。
(ふう、これから僕はどうなるんだろう・・・元の場所に帰れるのだろうか・・・いや、それよりも生きて帰れるのだろうか?・・・不安だ)
心の中で涙を流しつつ、頭に浮かんでくるのは自分を待っているであろう、ルリ達の事だった。
(ルリちゃん達、きっと心配してるだろうなぁ・・・)
カイトはこれからの事に不安を感じながらルリ達の事を考えていた。
「兄さ〜ん、早く下りてきてよ〜」
階段の下からイツキの声が聞こえる。カイトは考えるのを一旦止めてイツキの元へと向かうのだった。
〜続く〜
後書き:
S:皆さんこんにちは、S=DASHです。ようやく”エピソード9:記憶の欠片(前編)”をお届けする事が出来ました。楽しんでいただけましたでしょうか。
ルリ:皆さんこんにちは、今回途中から出番のなくなったホシノ・ルリです。
S:あうっ。(−−;
なんとなく嫌な空気が流れる。
S:あの〜ルリちゃん・・・怒ってます?
ルリ:いえ、別に。私とカイトさんのラブラブが少ないからって怒っている訳ではありません。
S:そ、そうならいいんですが。
ルリ:ええ、そうです。ましてや、カイトさんが二度も死にそうになったからって怒っている訳でもありません。(^^メ
S:(やっぱり怒ってる〜)(TT)
ルリの笑顔が余計恐く感じるS。
ルリ:これ以上カイトさんを苦しめたらただじゃ置きませんから覚えておいて下さいね(^^メ
S:肝に銘じておきます。(−−;
ルリ:とりあえず今回は許してあげましょう。さて、今回初めてイツキさんが登場した訳ですけど・・・妹さんなんですね。
S:はい、一応妹という設定にしてみました。
ルリ:ゲームのほうでは恋人さんでしたから少し心配してましたが、これなら私のライバルにはなりませんね。(ホッ)
カイト:何がライバルになるんだい?
ルリの後ろからカイトの声がする。
ルリ:え?あっ、カイトさん。いえ、なんでもありません。(ポッ)
S:やあ、カイト君。実はねイツキさんがルリちゃんの恋(ハッ)・・・いやなんでもない・・・
Sはカイトの後ろにいるルリがG釘バットを持っているのを見て口を閉じた。
カイト:なんだか気になるな?
ルリ:それより、カイトさん。イツキさんに会ってどうでしたか?何か記憶は思い出したんですか?
カイト:それが全然なんだ。イツキに会えば何か思い出すと思ったんだけど。
ルリ:そうですか・・・でもその辺はSさんが次の話で全部書いてくれるはずですよ。ですよねSさん。
S:(ニヤリ)
ルリの言葉に不適に笑って答えるS。
ルリ・カイト:(なんですか、その笑いは?)(−−;
カイト:そ、それじゃあ僕はそろそろ戻るよ。
ルリ:あ、はいわかりました。
ルリ・カイト:今回のSSも下さってありがとうございました。これからも頑張っていきますので応援して下さいね。感想や意見はメールで送ってください、返事もちゃんと書かせますので。それでは次のお話でまたお会いましょう。(ペコリ)
歩いていくカイトと見送るルリ。Sは立ったままぶつぶつ言っている。
ルリ:Sさん、さっきの笑みは何なんですか?
さっきの事が気になったルリがSに話し掛ける。
S:ぶつぶつぶつぶつ・・・(次の話はイツキさんをああして・・・)
ルリ:(ムッ)ちょっとSさん、聞いてるんですか?(−−)
S:ぶつぶつぶつぶつ・・・(カイト君はこうして・・・)
Sは考え事をしているのか全然反応しない。
ルリ:(ピクッ)なんとなくイツキさんの気持ちが分かるような気がしました。やっぱり誰でも無視されたら怒りますよね。(だからってカイトさんを傷つけるのは許せませんけど)(−−メ
話し掛けるのは無駄だと思ったルリは背中からG釘バットを取り出す。
ルリ:私を無視するとどうなるか教えてあげます。
S:ぶつぶつぶつぶつ・・・(そんでもってルリちゃんを・・・)(ガスッ)
ルリ:さて気も済んだことだし、私も戻りましょう。
気が晴れたルリは部屋から出ていった。ぶつぶつ言っていたSもいきなりの理不尽な痛みに我に返り涙する。
S:なんで僕がこんな目に・・・?(TT)
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