機動戦艦ナデシコ
真紅の冥王




[Story/X]

‡公園‡

「落ち着いたか?」

「はい、もう大丈夫です」

噴水の前に座っている正人とハーリー。
二人の手には缶ジュースが握られている。

「あの、正人さん…病院は?」

「抜け出してきた」

「やっぱり」

はあ、とため息をつくハーリー。
そんなハーリーを見て正人は笑う。

「精密検査の結果は良好だったんだ問題ない」

「そうかもしれませんけど」

「そんなことより、どうしたんだ?」

「え?」

「泣いてた理由だ」

「…実は」

少し黙ってから、日々平穏でのことなどを説明するハーリー。
正人は、その言葉を静かに聞いていた。

「ハーリー、お前だって分かってるんだろう?勝てないことぐらい」

「…」

正人の問いに答えないハーリー。
遠くを見て話を続ける正人。

「ルリは、かなり無理をしている」

「え?」

「艦長の責任、作戦の絶対成功、敵は強い」

「…」

「きっと、旧ナデシコクルーはルリにとって皆が大切な人なのだろう」

「大切な人」

「そうだ…仲間というのは、とてもいいものだ」

「仲間の前なら素直になれる、甘えられる、頑張れる、安らげる」

「僕じゃ、役不足なのでしょうか?」

「そう思うなら、ルリが辛いとき支えられる男になれ」

「僕がですか!?」

「ああ」

「…なれるでしょうか」

「常に傍を離れるな…最初はそれでいい」

「やってみます」

正人の言葉に頷くハーリー。
何やら瞳の奥が燃えているように思える。

「ま、頼れる男になるのは厳しいからな」

そう言って急に立ち上がる正人。

「正人さん?」

「棘の道に入る前に甘えとけ」

「え?」

ポンとハーリーの頭に手をのせてやさしく微笑む正人。
だが、その目はどこか悲しみを帯びていて。

「仲間が居るのはいいことだが、失うのは悲しいことだ…簡単に死ぬなよ」

そう呟くと正人は走り去った。
彼の目が光ったように見えたハーリー。

「正人さん!…もしかして記憶が」

オモイカネのデータで紅騎士団は全員戦死となっていた。
先ほどの言葉は記憶を取り戻したから出たものなのか…。
何も知らないハーリーはそう考えた。

「ハーリー君」

「え?」

正人が走り去った逆の方向からルリの声がする。

「か、艦長」

「帰ろう」

「は、はい!」

『甘えとけ』

正人の言葉を思い出すハーリー。

(正人さん、艦長たちが来たから逃げたんだ…)

(…ありがとうございます、正人さん)

既に、最初の悪い印象は消えてなくなっていた。
今、ハーリーにとって正人は“大切な人”となっていた。
…その後、公園を出たところで病院の関係者に捕まり連行される正人であった。


‡ターミナルコロニー「サクヤ」‡

火星の後継者によって制圧されたサクヤ。
それを奪回すべく統合軍は大艦隊を持って攻略戦を展開していた。
圧倒的な火力の統合軍艦隊にサクヤの防衛ラインは撃破され、損耗率50%となっていた。
サクヤの司令室では、司令官が援軍の到着に希望をつないでいた。
統合軍は余裕の表情を見せていたが…。

「機関室被弾!攻撃です!」

「何!?」

突如ボソンジャンプしてきた敵に慌てる統合軍。
戦況が変わり始める…。



‡ルリ私室‡

並んで寝ているルリとハーリー。
ハーリーはぐっすり寝ているがルリは目が覚めてしまっている。
気になることが多すぎるのだ。

「…何か飲み物を買ってこよう」

ハーリーとつないでいた手をゆっくりと離し部屋を出て行くルリ。

「ん…艦長ぉ」

「ッ!?」

部屋を出る直後、ハーリーの言葉に振り向くルリ。
起こしてしまったかと思ったが寝言だったようだ。

「クスッ」

ミナトへ書いた手紙のことを思い出して微笑むルリ。
静かに部屋を出て行く。


‡自販機前‡

自販機から出てきたジュースを取り、横にあるベンチに座る。

「ふぅ…」

「何だ、16の若い娘がため息なんかついて」

「…え?」

突如声のした方を見ると、そこには正人が立っていた。
さも、ここに居るのが当然のように。

「ま、正人さん!」

「よお」

手を上げながら歩み寄ってくる正人。

「何でここに居るんですか?」

「ん?病院抜け出して、捕まって、病院なんかに居たくないって言ったらここに連れてこられた」

「はぁ…」

淡々と説明する正人に呆れてしまうルリ。

「だから、ため息なんてつくなって」

「正人さんのせいです」

「そうか?」

「そうです」

ルリの言葉に肩をすくめる正人。
自動販売機でコーヒーを買ってルリの横に座る。

(そういえば、正人さんは知ってるんでしょうか…)

「どうした?ため息の次は考え込んで」

「いえ、何でもありません」

「ま、いいけどな………あんまり無理しちゃだめだよルリちゃん…ってか?」

「はい?」

突然、口調が変わったように喋った正人。
首を傾げてしまうルリ。
しかし、その口調には聞き覚えがあった…。

「俺に“似てる奴”ならそう言うんじゃないかと思ってな」

「…」

その言葉だけで“似てる奴”が誰かというのは分かった。
ルリの心に今も居続けている青年。

「捕まった後、宇宙軍総司令が会いに来てな…言われたよ“君は彼に似ている”ってな」

「そう、ですか」

「色々聞かせてもらった…確かに俺の現状と似てる」

「なんで、ルリが俺の我侭を聞いてくれたのか分かった」

「…あれは」

食堂で正人の頼みを聞いたこと。
違うとは言い切れないルリ。
黙り込んでしまう…。
どこかで、正人と彼を重ねていたのだろうと思ったからだ。

「でな、伝えておかなければいけないことがある」

「何ですか?」

そう聞きながら残っていたジュースを飲み、捨てる為に立ち上がる。

「奴は生きている」

「え?」

正人の言葉を一瞬理解できなかったルリ。
棒立ちになって、手から缶が落ちる。
廊下にカランカランと音が響く。

「アマテラスで戦闘した白い機体…あのパイロットが奴だった」

「そ、そんなはずありません!!」

「通信を一瞬繋がって、顔を見たんだ」

「それにアイツは“ルリ”って呟いた」

「嘘です…嘘です!“カイトさん”がナデシコを襲うはずがありません!!」

そう叫ぶとルリは自分の部屋へと走り去った。
残った正人はその後ろ姿をただ見送った。



‡廊下‡

「…」

立ち止まるルリ。
その目からは涙がこぼれている。

「カイトさんが生きてる…」

「でも、ナデシコを攻撃してきた」

カイトが生きているという嬉しい事と攻撃されたという嫌な事。
それが、頭の中で回ってる。
彼にとってナデシコは大切な場所であったはず…。

「カイトさん…」

ルリの頭によみがえる記憶…思い出。

『ルリちゃん…僕はもうナデシコには戻れない』

そう言って木星プラントに残ったカイト。
最後にキスして別れた…。

「どうしてですか…なんで」

ふと、ルリの頭によみがえるアマテラスでの戦闘。
正人を倒してからのカイトの行動。

「そうだ、カイトさんはナデシコを落とさずに去った」

カイトの気持ちが関係しているかは分からない。
でも…。

「カイトさん…貴方を信じてます」

ルリは愛する人を敵だなんて思えなかった。
涙を拭い強い眼光を放つ黄金の瞳。
ゆっくりとした足取りで部屋へと戻る。



‡自販機前‡

「カイトねぇ…」

ルリが走り去ってから買ったコーヒーを飲む。
ブラックと書かれた缶。
今日は眠れそうにないからな…。

「無糖じゃなくて色がブラックなのかよ…」

通常の3倍程もある甘さに顔をしかめる。
そんなことより、考えなくては…。

「…俺はどうやって大佐になった?」

「覚えてない…いや、知らないのか?」

アマテラスの戦闘時、待機中に頭に浮かんだ考え。
考えていくと少し気分が悪くなった。

「仲間の性格、生まれ…何も分からない」

「総司令から名前を聞いても何も思い出せない」

「自分の名前より仲間のことを覚えてろよ、糞野郎」

自分の不甲斐なさに怒りを覚えて缶を強く握り締める。

「俺は何者なんだよ」

―ザ

「?」

何だか一瞬ノイズがはしったような…。

―キィン

『…やっと…完…した…これ…私…勝つ』

「な…ぐぁ」

ノイズの次に何かが頭の中で弾けるような感覚。
それと同時に途切れ途切れで何を言ってるか分からない声が聞こえてくる。

『…データ…拒絶?…問題ない…プロテクト…消せ』

「クソォ」

頭痛は激しくなり声だけではなく映像も見えてくる。
ただ、砂嵐の中に居るようでほとんど見えない。

『…跳ぶ…駄目だ…キャンセル!!』

男の叫び声が聞こえて頭が真っ白になった…。
……どれだけの時間が経ったのか。

「く…」

頭に残る嫌な頭痛。

「なんだ、今のは…」

暫く考え込む。
ふと、ルリが落としていった缶に目が止まる。

「……やめた」

そう呟き、二つの缶を籠へ入れる。

「俺のことなんてどうでもいい、出来ることをやるしかねぇ」

「記憶が無いなら、今から新しい記憶を作っていけばいい」

「さて、下準備と行きますか!!」

気合を入れて歩き出す。
考えていても前には進めない。
ならば、“アイツ”のためにできることをやろうじゃないか。

「報われねえな…」

自分の声が虚しく廊下に響く。



‡火星遺跡-研究室‡

「博士、データが出ました」

「ん?どれどれ…」

白衣を着た男達が数人居る部屋。
その1人に書類が渡される。
カイトについて一任されている研究長である。

「…やっぱ、ブロックだけじゃ駄目だね」

「のようです、戻りかけた記憶により拒絶反応が起きています」

「ま、アレにとってあの艦は大切な物だろうからね」

「いや…大切なのは妖精かな?」

そう言って怪しく笑う男。

「…どうしますか?」

「ん〜、消去して使い物にならなくなったら困るからこのまま行こう」

「ではレベルを上げますか?」

「そうだね、最高まで上げて」

「分かりました」

頷いた研究員は部屋を出て行く。
その顔は、どこか暗かった。

「ふぅ、アレも丁度いい時に帰ってきたもんだ」

「行方不明になったA-03の代わりが出来て助かったよ」

「A-03か…勿体ない事したな、最後のデータだったのに“紅騎士団”の」

「まあ、その分アレに頑張ってもらうとするか…クククク」

壊れたように笑う男を訝しげな表情で見る研究員。
胸のプレートには“ヤマサキ”と書かれていた。



‡火星遺跡-一室‡

扉を開けると部屋の中央に手術台のような物がある。
その上には、彼が寝ていて…。
もう、何度も見た光景。

「聞いてくれ、ブロックのレベルを上げる」

「はい」

私の支持に監視していた研究員が答え準備を始める。
彼のことが気になって近づいていく。

「…勝つためと言っても、これは間違っているのではないか?」

「私は何をやっている…何をやってきた」

本音がボロボロと出てくる。
白衣のポケットから家族の写った写真を取り出す。

「君にも、愛する人がいるのだよね」

「……ルリ」

「ッ!?」

私の呟きに答えるように喋った彼。
起きたのかと思ったが寝言だったようだ…。

「しかし、記憶をブロックしているのに彼女の夢を見るなんて…君は何て強い男なんだ」

「…彼女を愛しているんだな強く、強く」

家族の写った写真を見る。
妻と少女が幸せそうに笑っている。
少女は子供ではなく、短い期間世話をしただけ。
しかし、私達夫妻に懐いてくれた。

「準備完了しました」

「ああ」

そう言った研究員が彼の頭にコードを付ける。
…私はあの子も助けることが出来なかった。
上からの命令に逆らえず研究員に引き渡して。
同じ過ちを繰り返すのか…否、駄目だ。

「君、後は私がやる…下がってくれ」

「はい?」

「下がってくれと言ったんだ」

「…分かりました」

首を傾げながらも私の言葉に従って部屋を出て行く研究員。

「君たちもだ、ずっと働いていて疲れただろう…休んでくれ」

その言葉に従って他の研究員も出て行く。
ことの時、初めて副研究長で良かったと思う。

「…」

誰も居なくなった研究室。
ブロックに使うパソコンに向かい操作をする。

「君は、ここにいるべき人間じゃない」

そう、だから私はブロック解除のボタンを…。
と、ドアの開く音がする。

「下がってくれと…」

―パンッ!!

「な、何…?」

私がドアの方を向くとそこには銃を握った研究長が立っていた。

「困るなぁ、もう変わりはいなんだよ」

「くそ…」

「いやぁ、良かったよ研究員に忠告しておいて」

「君は感情に流されやすいからね」

全てお見通しだったようだ。
しかし、このまま終わる私ではない…。
解除ボタンを押してもキャンセルされる、ならば!。

―パン!!パン!!パン!!

「き、貴様!?」

白衣の下にしまってあった銃を取り出し機材を撃つ。
壊せば、少しくらい時間稼ぎが出来る。
ブロックレベルが低ければ彼は自分からブロックを破るだろう
これが、私に出来る最後の抵抗。
彼にしてやれる最後の償い…。

―パン!!

もう一度銃声が研究室に響いて私の体に激痛が走った。
耐え切れず倒れる…。

「全く、君には失望したよ」

近づいてくる研究長。
その姿も霞んでよく見えない。

「く…」

「カイト、後は君しだいだ…負けるな科学の力なぞに!!」

「君の彼女を愛する心は凄い力を持っている…」

「だから、負けるな!!」

彼に向かって叫ぶ…体を激痛が襲い血を吐く。
最後の力を搾り出し、ポケットから写真を取り出す。
研究所に送られた後にあった時の無表情とは違い幸せそうに笑う少女。
私が最も愛した妻。

「カスミ…ラピス」

「五月蝿いよ、さようならだ」

頭の上から研究長の声が聞こえた。
それと同時に響く銃声。

「おい!復旧作業をしろ!!」

最後に見れた研究長の顔に私は微笑んだ。

:続く:



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