たとえ忘れてしまっても…



-4-


真っ赤に染まる空。
落ちていく太陽の強い光。
ほんの少し先を歩くカイトさん。

その背中を見ながらゆっくり夕暮れの土手を歩いていた。
ふり返りふり返り話すカイトさんに相槌を打ちながら、頭の中ではオリエさんの話がまわっていた。




<あ、あのっ!恋人同士って…!?>

<あら?カイトくんから聞いてない?>

思いっきり首を振る。

<おかしいわねぇ。私はてっきりそうだと思ってたんだけど…>

首をかしげるオリエさん。

<もしかしたらそういう関係じゃなかったのかもしれないけど、
 はたから見てて2人はそれくらい仲が良かったのよ>





「ごめんね。ずいぶん遅くなっちゃって」

「いえ…」

「ウリバタケさんも腕はいいのに遊びたがるからなぁ」


微笑むカイトさんの横顔をぼんやり見つめた。



聞きたい。

本当のこと。


オリエさんの話のことも。

カイトさんのことも。



「あのさ、ルリちゃん。何かあったの?」


少し困ったように尋ねるカイトさん。


「………この前…私…」

「うん?」

「カイトさんに嫌われてるんじゃないかって………聞きましたよね」

「うん、まぁ」



うまく言葉にできない。

でも、

でも今聞かなきゃ。



「私は……その…いちばん……………聞いてはいけない人に聞いてしまったんですか?」


一瞬、凍りつくカイトさん。


それだけで十分だった。










―― ずっとそばにいるから ――

―― もう一度… ――










「…少し話そうか」


長い沈黙の後、彼に手を引かれながら土手を降りて並んで座った。
1つ息を吐いてカイトさんは話し始めた。


「オリエさんに聞いたの?」

「はい…。よく2人で来てたって」

「そっか。まぁ、そうだよね」


困ったように頭の後ろをかくカイトさん。


「オリエさんに…」


少し言葉に詰まる。


「恋人みたいに仲が良かったって言われて…それで」

「…………で?」

「え?」

「それでルリちゃんはどう思ったの?」

「っ!?私は…………びっくりして…」


問いかけに頭が真っ白になってしまう。
確かめなきゃってことばかり考えていて、私は…。


「イヤだった?」

「え?いえ、別にそんなことは」


はぁぁぁぁ〜。


カイトさんは、大きく息を吐いて、その勢いのまま大の字に転がった。


「よかったぁぁぁっ!」


すごく嬉しそうな顔で叫んでいる。


「あのぉ〜」

「ホントによかったぁぁぁっ!!」


叫びつづけるカイトさん。
どうしていいか分からないんですけど。

覗き込んだとたん腕を捕まれて引き寄せられた。
そのまま腕の中にホールドされる。


「ちょっ、ちょっと、カイトさんっ?」


慌てて起き上がろうとするけど、しっかり抱き止められてて動けない。
しばらく暴れてみたけど離してくれそうな気配もないので
諦めてカイトさんの胸板に耳をあてる。


あ、どきどきいってる。


目をつむって耳をすました。


うん。

イヤじゃない。

全然、イヤじゃない。



「ごめんなさい…」

「ルリちゃん?」

「この前…無神経なこときいて」

「気にしてないよ。わざと話さないようにしてたのは僕の方だしね」

「どうして話してくれなかったんですか?」


少し迷うように私の頭をなでていた手のひらが離れていって、
私たちはゆっくり身体を起こした。
カイトさんを見つめて、もう一度尋ねる。


「…どうして話してくれなかったんですか?」

「決めてたんだ」


静かな、それでいて力強い言葉が返ってくる。


「もしも僕の周りで記憶喪失になっちゃった人がいたら、
 その人が忘れてしまったことは僕も忘れようって。……その人の前ではさ。
 まさかルリちゃんが記憶なくしちゃうとは思ってなかったんだけどね…」


苦笑するカイトさん。
頭の後ろを書きながら続く。


「なんていうか…ルリちゃんとのこと話すのはツライかなぁって思って」

「?」

「僕の場合はさ、周りの誰も僕のこと知らなかったからね。
 共通の思い出って全然ないし、それほどでもなかったんだけど…。
 やっぱりナデシコでの思い出とか…みんなの話に入れないとさ、すごく寂しかったんだ。
 そんな気持ちは、なるべくなら味わってほしくない」


少し悲しそうな顔をするカイトさん。


「思い出が消えちゃったのも話せないのも寂しいけど、
 でも、思い出はもう一度新しく作ればいい。
 ルリちゃんがそう教えてくれたんだよ」


やさしく笑う。


「だからさ、せめて落ち着くまでは話さないようにしようとしてたんだけど…。
 あの…やっぱ怒った?」

「いいえ」


申し訳なさそうに覗き込むカイトさんに軽く首を振って笑みを返す。


「でも…貴方との思い出はたくさん消えてしまったんですね…」


胸が痛んだ。


「ま、それは仕方ないよ。起きちゃったことはさ。もしかしたらすぐに思い出すかもしれないし」


優しく微笑みながらカイトさんは頭をなでてくれる。



その笑顔が余計に苦しかった。

頭ではわかっている。

けれど、今までで一番つらい。



「そんな顔しないで。昔以上の思い出なんてすぐにできるさ」

「でも…」


強く引き寄せられてカイトさんの腕の中にいた。


「気にしないの。いいかい?
 たとえルリちゃんがもう一回忘れたとしても何も変わりはしないんだよ」


互いのおでこがくっつく。


「何度忘れたってこうしてそばにいる」


胸の前で…痛いくらいに握られた右手。


「いくらでも思い出は作れる」


真剣な光をたたえた黒い瞳。


「でも…また…好きになるとは限りませんよ」

「大丈夫だよ」


ほんの少し驚いた顔。


「いつだって、どんなときだって…」


それから少し嬉しそうに微笑んで。




「絶対惚れさせてみせるからねっ!」




ウインクするカイトさん。

ほんと…この人は…。












―― もう一度… ――

―― もう一度好きになればいい ――













カイトさんを見てたら身体の力が抜けてしまった。
なんか悩んでるのがバカみたい。


「どこからそういう自信がわいてくるんですか?」


ちょっと呆れ気味に返しながら、胸板を押してカイトさんの腕の中から逃れる。


「むぅ。そゆこと言うか?」

「きゃ。やめてください!」


こめかみを軽くグリグリされる。
全然痛くはないけど、くすぐったい。

笑いながらじゃれ合う2人。

肩に回された腕と

耳元に寄せられる唇。



「もう惚れかけてるでしょ?」

「べっ、別に」

「正直に言いなさい」

「知りません」

「ふ〜ん」

「…何ですか?」

「好きだよ」

「なっ、何言って…」

「好きだよ、ルリちゃん」



顔が赤くなっていくのがわかる。

にっこり笑ってるカイトさん。

ほんとに…この人には…。





そっと頬を支える手のひら。

目の前に降りてくる影。

重なる前髪に

静かに瞳を閉じた。






―― ずっとそばにいるから ――

―― もう一度… ――






















<5 へつづく>


---
<あとがき…のような…なかがき…のような>

どもども、Rin です。すばらしくご無沙汰しております(^^;
それ以上にもの凄〜〜〜くお待たせし続けた(汗)キリ番リクSS『ルリ記憶喪失編』の登場でございます。

さてさて今回の甘さ加減はいかがなものでしょうか?

いえ、まだ完結してないんですけどね…(ぉ
この話で一番書きたかったシーンが書けたので、ちょっちご挨拶も兼ねて。
一応「うずもれた『恋のあかし』」設定ですけど…あんまし関係ないですね、この話。

完結の5は少しプロットを練り直したいので時間くださいませ。 <またかい(汗)
だって、元のプロットだと4終了時点じゃまだこの2人、微妙な雰囲気で終わったはずだったんですけど
こっちの予定を裏切って…ルリちゃんがあっさり落ちちゃったもんだからさっ(爆)

なんかカイトくんが強かったんだもんっ!(^^;;;
書いてる間中、≪このまま終わったら許さないよ(にっこり)≫オーラが背後から…こうヒシヒシと…(爆)
前半でいろいろ苦汁をなめさせたからなぁ。きっと我慢し切れなかったのじゃね(笑)
やっぱ書きながらUPすると予定通りにならないなぁ…。
ま、そんなこんなで5はちょっと遅れます。すみませんm(_ _)m

久しぶりにSS書いたらやっぱ楽しかったです。砂糖はいいなぁ。もっと甘くしないとなぁ(*^^*)
これを機にまた前のペースに戻せるといいなぁ♪と思ってるRin でした。

それではまた時をあらためて・・・。
(2002/06/25)

ご感想は下のアンケートかSS小ネタ掲示板、またはメールでお願いします。




[戻る][SS小ネタBBS]

※Rin さんに感想を書こう! メールはこちら[robin@mbh.nifty.com]! SS小ネタ掲示板はこちら


<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
 気に入った!  まぁまぁ面白い  ふつう  いまいち  もっと精進してください

■ご意見・ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと