『特別な日』






はぁ…。


また1つため息がこぼれる。

何度目か数えるのはもうやめてしまった。

ため息の度に一欠片ずつ消えていく砕けたチョコレート。



2月14日

聖バレンタイン・デー



本当なら今日は『特別な日』になるはずだったのに…。


「カイトさん…。」












カイトさんは昨日から出かけていた。

宇宙軍とネルガルが共同開発している機体のテストパイロットとして

一週間ネルガルの研究所に貸し出されてしまったから。

どうしても急いでデータを再採取しなければならないそうで…

昨日の朝、突然の命令で急遽決まってしまった。

さすがに指令軍本部から直々の命令じゃ断る訳にもいかず

皆に見送られながらカイトさんは出かけていった。



見送りのときの騒ぎは今思い出してみても凄かったと思う。

背後にオーラをまといながらカイトさんにチョコを渡しあう女性陣。

完全に殺気を放ちつつその光景を睨みつける男性陣。

真っ青になりながらも断ろうとするカイトさんを無視して積まれるチョコの箱。

何故か艦内に実況中継まで流れ始めて…。

完全にイベント会場と化した格納庫で私はため息をつくしかなかった。










「あんなとこじゃ渡せませんよね…やっぱり…。」


砕けたチョコを眺めながらつぶやくと

抱きしめていたクッションを放り出してベッドに横になる。

ナデシコBの自室。

いつもなら隣に座って頭をなでてくれる人が今日はいない。



2人でいるのが当たり前だった。



あの人の隣にいて

あの人の優しさに包まれて

あの人の笑顔を独り占めできるのが嬉かった。



そして気づいていた。



一瞬絡みあう熱い視線に

ほんの少し強く抱きしめる腕に

水面下で重なりあってるお互いの気持ちを。



でも…。

一度もカイトさんの気持ちを聞いたことはない。

私もまだ伝えたことはない。


もし違っていたら…

もし今が壊れてしまったら…

ずっと確かめるのが怖かった。



2月14日

聖バレンタイン・デー



想いを告げられる『特別な日』。

今日なら勇気が出せると想いをこめて用意したチョコレート。

あんな騒ぎの中で渡せる訳がなかった。





はぁ…。





そこまで思い出して、またため息がこぼれる。


「まだ…昨日渡しておいた方がマシだったかな…。」


これだけの覚悟を決めて今日という日を待っていた分、

カイトさんが帰ってくる5日後にに改めて仕切り直せるとも思えず…。

渡せなかった想いの結晶を見るのも捨てるのもつらくて…。


さんざん迷った末に…チョコを砕いてしまった。














コンコンコン。


最後の一かけを片付けようとしたところで、部屋の呼び出し木槌の音が鳴る。


現在時刻23:48。


人が訪ねてくる時間とも思えないけれど。


「こんな時間に誰?オモイカネ。」

『――ルリさんにお届け物だそうです。』


届け物?


いつもとは違う映像なしのメッセージに首をかしげつつも鍵を開ける。


ドアが開いた途端、目の前に差し出されるチューリップとかすみ草の花束。


「ただいま。ルリちゃん。」


その後ろに照れくさそうに笑うカイトさんがいた。


「カイトさんっ!ど、どうしてここに!? 帰りは5日後のはずじゃ…?」

「うん。今夜だけちょっと時間もらってね。」


花束を受け取って、他の人に見つかって騒ぎになる前に部屋の中に招きいれる。


「よかった間に合って。どうしても今日中に渡したいものがあったから。」

「渡したいもの?」

「うん。その…これ。」


手の中に綺麗に包装された箱が渡された。


「チョコレート。僕からルリちゃんに…。」

「え…。」

「バレンタインだからさ。」


照れくさそうに笑うカイトさん。


「元々は男女関係ないんだよ、このイベント。日本以外じゃ男から贈り物するのが普通だし。
 チョコである必要もないんだけど…何となくこれが一番良い気がして…。」


目をそらしながら早口で話すカイトさんの前で私は呆然としていた。


「どうして…?」

「え? だからバレンタインの…。」

「そうじゃなくて……どうして…私に…。」


最後まで言えなかった。

カイトさんが息をのむのがわかった。

身体が震える。


「………………僕の気持ちだよ。」

「ルリちゃんに……ずっと…伝えたかった…。受け取ってほしい…。」


一番知りたかったこと。

カイトさんも…同じ気持ちだったんだ…。


「ありがとうございます。
 ……すごく……すごくうれしい。」


花束とカイトさんの想いを抱きしめる。

優しく抱き寄せてくれたカイトさんの胸の中が今までで一番暖かかった。
















カイトさんの腕の中でふいに意識が現実に戻ってきた。



この人に渡すはずだったチョコレート。

私…さっきまで…。


………。


ハッとして顔をあげる。


時遅し。

私の肩越しに机の上の残骸に気づいたカイトさんが困ったような顔で頭の後ろをかいていた。


「…えっと。」

「ごめんなさいっ!もう渡せないと思って…っ!」


慌てて机を背中に隠し必死に頭を下げる。

こんなのをカイトさんに見られてしまうなんて!

俯く私の頭を大きな手のひらが優しくなでてくれた。


「ルリちゃん。このチョコ誰に渡すつもりだったの?」

「……いじわる。」


微笑みながら少しからかうように尋ねるカイトさんを軽く睨む。


「ごめん。ごめん。」


嬉しそうに笑いながらカイトさんは最後の一欠片をつまんだ。


「おいしいよ。ありがとう。」

「もう一度作り直してきます。今日はもう間に合わないけど…。」

「気にしなくていいよ。」

「でもっ!」

「大丈夫。ルリちゃんの気持ちはちゃんとわかってるから。それに…」


すぐ目の前にカイトさんの顔。

頭をなでていた手が私の左頬に添えられる。


「残りはルリちゃんごと貰えばいいし。」

「え…?」


















2月14日

聖バレンタイン・デー。



やっぱり今日は『特別な日』になった。




























---
<あとがき>

どもども。Rinです。
思いっきり遅れまくったバレンタインSSやっとできあがりました(汗)
さてさて今回の甘さ加減はいかがなものでしょうか?

本日のお題は「チョコより甘く♪」
なんですけども…いつもより糖分増量………してるといいなぁ(汗)

ちなみに、バレンタインに男性から女性への贈り物は欧米では当たり前の話だそうです。
というより日本がかなり特殊なだけ。昔のお菓子会社は商売うまかったんだね。
とりあえずカイトくんには押せ押せで頑張ってもらいました(^^)/


今回書いてて思ったんですけども
どうやらRin はルリちゃん一度落ち込ませといてから救済するのが好きみたいだ(爆)
カワイイ娘はいじめてみたくなるものなのさ!ちゃんと幸せにするから許してくださいませ♪


少しでも楽しんでくださる方がいることを祈って。
それではまた時をあらためて・・・。

(2002/02/18 掲載)
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