『予約ずみ』










「はい、ルリちゃん。今日もお疲れさま。」

「ありがとうございます。カイトさん。」


差し出されたホットミルクを受け取りながらそっと見上げる。

視線に気づいて優しく頭をなでてくれるカイトさん。



暖かい笑顔と大きな手のひら。

2人だけの時間。



一日の疲れが癒される…心から安心できるひととき。

私はこの時間が好きだった。





「司令部で定例報告って明日だっけ?」

「はい。」

「そっか。じゃあ明日は暇だな。」

「それなら……帰り迎えにきてもらえませんか?お茶くらいは奢りますよ。」


そっと甘えてみる。

『しょうがないなぁ』って言いながら

すごく優しい瞳で微笑んでくれるカイトさんが見れるから。



いつからだろう。

この笑顔にこんなにドキドキするようになったのは…。






自分の気持ちはとっくにわかっていた。

伝えたい想いも言葉も。






でも…

この場所が…

この人の笑顔が…

大切な2人の時間が…

変わってしまうのが私はまだ怖かった。














「少佐。せめて食事くらいつきあってくださいよ。」

「お断りします。」

しつこい仕官の誘いを断って外に向かう。



宇宙軍の本部ビルに来るのはあまり好きではなかった。

いつ来てももの珍しそうにこちらを伺う視線を感じるから。


まぁ…。

自分がこの場から浮いているのは自覚しているし

周りの視線や噂話は大して気にならないからいいけど。


ただ正直…

こんな風に面白半分に声をかけてくる連中には辟易していた。



「そんなことおっしゃらずに。」


こちらのウンザリした気配に気づいているのかいないのか…

どうしてもカイトさんと比べてしまう。

あの人のそばでこんな気分になったことなどない。

思い浮かべた笑顔に一瞬注意がそれた。



にやけた顔で私の腕をとる仕官。


瞬間走った悪寒。


振り払おうとしたそのとき…


「あまりシツコイと女の子に嫌われますよ。」


「「えっ?」」


横から伸びてきた腕が男の手首を掴んだ。



「カ、カイトさんっ!」

「なんだっ!?貴様っ!!」

「…いいからさっさと放せ。」



ギリッ!


カイトさんの手の下から骨の軋む音が聞こえてくる。

痛みに耐えかねた仕官はとうとう私の腕を放した。



「大丈夫?ルリちゃん?」

「はい。ありがとうございます、カイトさん。助かりました。」



現れたカイトさんに驚きつつもお礼を言う。


ほんの少し胸が痛んだ。

助けてもらったのはすごく嬉しかったけど

こんな場面はカイトさんにはあまり見られたくない…。



「じゃ、帰ろっか。」

「ちょっと待てっ!少佐は私とこれから食事を…っ」

「そんな予定はありません。」



きっぱり断る。

カイトさんの前でこれ以上変なことを言われては堪らない。

少しでも早くここを離れたくて苦笑しているカイトさんの袖をひく。



「で…では改めてお誘いしたいのですが…。」

「いいかげんに…。」



目の前に立ちはだかる仕官を無視して行こうとしたとき

後ろから長い腕に抱きしめられた。



「だめ。ルリちゃんは僕がずっと予約済みだから。」


えっ!?


「誰にも譲る気はないので諦めてください。」


えっ?えっ?


「じゃ、そういうことで。」



周囲のざわめきと呆けた仕官を置いて

カイトさんに引きずられるようにその場を離れた。







足元がふわふわする…。



眩しいくらいに赤く染まった夕焼けも

目の前のカイトさんの背中も

つないだ右手も

さっきの…

言葉も…

まるで夢の中の出来事みたいで…。



あのとき

頭の中が真っ白になっていて…

よくわかっていなかったカイトさんの言葉も

彼に手を引かれながら歩いているうちにゆっくりと心に染み込んでいた。



でも…。



これは現実?

それとも夢?



私はちゃんと起きてる?

目の前のカイトさんは本物?



確かめたい。

でも怖い。



お願い…何か…何か…言ってください。



「ルリちゃん………あのさ…。」



突然カイトさんが立ち止まった。

背を向けたままで静かな声が降りてくる。



「はい…。」



かすれた返事を搾り出す。



「さっきのは…………その…僕の…本音だよ。」



痛いほど握られる手の強さがこれは現実だと教えてくれた。



「ルリちゃんが……イヤじゃなったら…だけど。」

「イヤじゃないです!」



考えるより先に気持ちが叫んでいた。



「全然…っ!私はっ…。」



驚いたように振り向くカイトさんに必死に伝えようとするのに

気持ちが…想いが言葉になってくれない。



「よかった…。」



くしゃくしゃ。

照れたような嬉しそうな顔でいつもより強く頭をなでるカイトさん。

胸の中のもどかしさは…その笑顔の前で消えていく。



「ルリちゃんに嫌われるのだけは…怖かったんだ…。」



頭をなでていた彼の右手が左頬に降りてきて

私はゆっくり目をとじた。














「はい、ルリちゃん。今日もお疲れさま。」

「ありがとうございます。カイトさん。」


差し出されるホットミルク。


暖かい笑顔と大きな手のひら。


いつもと同じ2人の時間。


それから…


「ルリちゃん。」


不意打ちのような優しいキス。





大好きな時間が少しだけ変わった。

























---
<あとがき>
どもども Rin です。ずいぶんご無沙汰いたしました。

さて今回の甘さ具合はいかがなもんでしょうか?

本日のお題は『カッコよくルリちゃんを奪い去るカイトくん』でした。
ルリちゃんを振り回すような大人なカイトくんを目指したのですが…
すみません。あんましうまく表現できませんでしたね(^^;

ネタ思いついてから完成まで1ヶ月以上かかっちゃいました。まさかこんなに難航するとは(汗)
書いてる間にクリスマス→正月→初詣→今回と舞台を変え続けてたしね。
ルリ×カイトストーリーで展開しちゃったのも敗因か…。
でもカイト視点で書くとつい甘えっこになってしまって…うむ、情けない(爆)

今回はRin の挑戦SSってことで
下手さ加減はどうかお許しくださいませ。

今年もどうかよろしくお願いいたします。
それではまた時をあらためて・・・。

(2002/01/27 投稿)
(2004/01/10 転載)






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