『もう少しだけ』




逃げていた。
光の見えない闇の中を全力で逃げていた。

捕まってはいけない。
あれに捕まってしまったら自分ではなくなってしまう。

理由などわからない。

ただ怖くて。
自分の中に自分ではない誰かを求められるのがただ怖くて。


何も見えないはずの闇の中でも感じる。

自分を見つめる深い瞳。

背後に迫る細い腕。

すがりつく声。

そして涙。


―― 待ってる。待っているの。――


やめてくれ。
わからない。わからないんだ!
僕は貴方の求める相手じゃない!

心を襲う罪悪感。
求められているのは自分ではない。
けれど自分なのだともわかっている。

必要とされいるのは自分。
必要とされていないのも自分。
ここにいる
僕は誰だ。


―― 待ってる。待っているの。私のミ・・・――



やめてくれぇぇぇぇぇ!!!





跳ね起きた先も暗闇だった。
耳の奥で鳴り響く鼓動。
おさまらない震えと荒い呼吸。
足の力が抜けてどこかに堕ちていくような感覚。
自分が消えてしまいそうで必死に胸元をつかんでいた。


気持ちわるい。


噴き出した汗で服が身体にまとわりついている。
布団を跳ねのけ、震える手でそっと襖を開ける。
開けた先には3組の布団とそこに寝ている大切な人たち。


大丈夫。僕はここにいる。
この人たちのそばにいられる。


そう自分にいいきかせるが、
荒い呼吸も頭に響く激しい鼓動もおさまらない。
布団に顔をうずめて震えをこらえた。

スッ…。

すぐそばに人の気配を感じた瞬間、
細い腕と柔らかな暖かさが僕の頭を包みこんでいた。


「大丈夫。貴方はここにいます。」


顔を上げなくてもわかる。
大切な少女。

きっと金色の瞳に悲しみを映しているのだろう。
誰よりも悲しませたくないのに
彼女にはいつも心配をかけてばかりだ。
でも今は…。

彼女の身体を抱えて押入れの中に引き上げる。

軽い。
勢いがついて押入れの壁に背中をぶつけたが
そのまま彼女を引き寄せた。


「もう少しだけ…そばにいてほしい。」


本当に小さくささやいて彼女の肩に顔をうずめた。
柔らかな銀の髪が頬にふれる。
甘い香りが僕を包んだ。
目をつぶりじっと待つ。

始めはとまどっていた彼女が
ゆっくりと僕の頭をなでながらもう一度ささやいてくれた。


「貴方はここにいます。私もここにいます。だから…大丈夫。」


腕の中の暖かさと頭をなでられるくすぐったさに
身体の震えと強張りがとけていく。
それとともに訪れる深い疲労感。
襲ってくる眠気にあがらうことなく僕はゆっくりと意識を手放した。






















「起きて下さい。」


眩しい光を顔に感じて目をあけた。
いつものように襖の外からルリちゃんが覗き込んでいる。


「おはようございます。」

「あ……、おはよう……。」


夢だったのか…?

寝ぼけた頭でぼんやりと思う。

ゆっくりと身体を起こした瞬間
憶えのある甘い香りが鼻をくすぐった。

目の前の少女をみつめるが
いつもと変わった様子は感じられない。


「…………ありがとう。」

「別に。それほどでも。」


今一瞬ルリちゃんが微笑んだようにも見えた…。
くすぐったいような力が湧いてくる。


「よしっ、起きるぞ!」

「はい、さっさと起きて下さい。」


また今日という日が始まろうとしていた。

今日も一日がんばろう。

もう少しだけ。

僕が僕であるように。

彼女とともにあるように。


























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<あとがき>
この作品は『大塚りゅういちの隠れ家』で開催された『カイト祭』に投稿しました。
Rinの処女作となります。カイト祭がなかったらSS書こうなんて思わなかったろうなぁ。
大塚さんと人気掲示板でお世話になった皆さん&感想メールくださった方々に深く感謝!

この話の設定は、ミカズチ設定のカイトくんで「うずもれた『恋のあかし』」編です。
訳のわからない声に呼ばれ続けて苦悩するカイトくんを支えるルリちゃんの図を狙ったものでした。

大して時間経ってないはずなのに…今見ると懐かしいカンジですね。
全然文章力なくてうまく伝わらなかったと思いますが、当時は必死に書き上げました。
なんか今見ても拙くて恥ずかしい…。でも、やっぱり特別思い入れのある一作です。

それではまた時をあらためて・・・。

(2001/09/30 投稿)

(2002/01/02 転載)

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