機動戦艦ナデシコ

〜 Endless  Story  第三章  あなたが歌う子守唄 〜







歴史はまた繰り返す・・・


人の想い


たくらみ


悲しみ


それはこの宇宙でも同じこと。


でも・・・


繰り返す歴史が悲しみだけとは限らない・・・






第一話 カガミとルリ




2202年10月18日 ナデシコB

「周囲の索敵終了・・・敵機全て撃墜です。」

静寂の中でハーリーが言い放った、その顔は目の前の信じられない出来事に少し熱くなっている。

「うっひょ〜マジかよ・・・信じられね〜!!」

サブロウタが次に口を開いた、ハーリー同様その顔は驚きに満ちている。その言葉を皮切りにブリッジのクルーから小さいながらの歓声が上がった。そしてその視線は一人の男に向けられている。

「オモイカネの総合評価出ました、97点・・・お見事です、艦長」

自席から立ち上がったルリはその男に近づくと同時に声をかけた。しかしルリの言葉にもその男は表情一つ変えはしない、そんな状況を思ってかプロスペクターが二人の元に近づいていった。

「いやはや、素晴らしいですな!まさか訓練レベルA3の高難度をクリアできる人物がいようとは・・・さすが宇宙軍の期待の星ですな」

親しげな笑みを浮かべながらプロスペクターは男に話し掛けた。しかし男はプロスペクターの賛辞に嬉しがる様子も無い

「いえ・・・」

プロスペクターの言葉に男はそう返しただけ・・・そんなやり取りをしているうちにハーリーとサブロウタも男の周囲に集まってきていた。

「で、でもホシノ少佐もこのレベルの戦闘訓練をクリアしてますよね!!」

「もちろんですともハーリー君、現在このレベルA3の模擬戦闘をクリアしたのは初代ナデシコ艦長のミスマル・ユリカさんとナデシコ現艦長のルリさん・・・そして艦長候補生である彼だけですから、そもそも一発合格できるような設定ではないんですが・・・」

そのプロスペクターの言葉にハーリーは納得したように頷いた、というかそんな事はハーリーは重々承知している、恐らくルリの事をその艦長候補生に見せ付けておきたかったのだろう。

「・・・それはそうとあまりにも急な事が続いたのでご挨拶がまだでしたな。私、ネルガル重工のプロスペクターと申します。」

深々と頭を下げたプロスペクターは胸元から名刺を取り出し男に差し出した。そして男も当然のようにその名刺を受け取った。

「ご承知のようにこのナデシコBはネルガル重工が建造したナデシコ級第二世代宇宙戦艦でして・・・このたびの訓練航行をお手伝いすることになりました・・・はい・・・。とりあえずサポートして頂くクルーの紹介をしましょうか」

手に取った名刺を見た男は顔を上げた、そこにはルリ、ハーリー、サブロウタの三人が一列に並んでいる。

「ホシノ・ルリ少佐です。訓練航行がんばってくださいね」

「ヨロシクお願いします。」

男は表情一つ変えずに淡々とルリに言葉を返した。

その時、男の黒い瞳を見たルリはふとこう思った、この男の瞳の色は黒ではなく闇の色をしていると・・・その男の瞳は全てを飲み込み、覆い尽くすような印象を与えるのだ。

「まぁ〜ルリさんは『史上最年少の天才美少女艦長』または『電子の妖精』と呼ばれる有名人ですからね、あなたも知っている事でしょう。」

「えぇ、まぁ・・・」

プロスペクターの言葉に答えるように横を向いた男は、顔を戻し次を求めるようにサブロウタの顔を見た。

「・・・あっ、タカスギ・サブロウタ大尉、ヨ・ロ・シ・ク!!」

「タカスギ大尉、ヨロシクお願いします。」

「俺の事はサブロウタでいいっすよ!!」

サブロウタがいつもの軽い調子で言うが男には通じなかった、その表情には変わりが無い。

「・・・わかりました、サブロウタさん」

「次は・・・僕ですね、連合宇宙軍少尉、マキビ・ハリです」

その言葉に頷き、改めて姿勢を正すとその口を開いた。

「この度、ナデシコBの艦長候補生として乗船する事になりました、カガミ・コウヤ大尉です・・・ヨロシクお願いします。」

そう言って男は4人に向けて敬礼した・・・正に軍人の中の軍人とでもいうような姿勢、そしてその雰囲気は威厳に満ちている。

男の目は黒く光り、その鋭い目つきで辺りを見回した。ただでさえ怖い印象を与えるのにも関わらず、その無表情がさらにその印象を強めている。明らかに今までのナデシコにはいないタイプの人間だった。

「(やっぱり普通の人ですね。)早速ですがひとつ質問します。艦長は『夢』を持っていますか?」

「・・・・・・夢ですか?何故・・・ですか?」

「あくまで個人的な質問です、答えたくないのなら構いません」

ルリはあくまで優しい口調でカガミに話し掛けた。カガミはルリの真意を考えるようにルリの金色の瞳を見つめ返した。思わず圧倒されそうになるが、ルリは真正面からその視線を受け止めた。

「ありますよ・・・」

「・・・そうですか。」

カガミの言葉にルリは意味深に優しく微笑んだ。ルリは深くは追求しなかった、ルリにとって問題点はそこではないのだろう。

「じゃあついでに俺も質問しようかな?艦長にとってクルーとは何ですか?」

「・・・・・・まだ何とも言えませんね」

カガミは無表情のまま一瞬考えるように天井を見ると答えた。しかしサブロウタはそんなカガミの行為に不信感を抱いた。カガミがナデシコに来てからサブロウタは一挙手一投足を見逃すまいと目を輝かせていたのだ、それが不信感を抱く原因になった。

「(・・・コイツは普通とはなんか違う、というか普通過ぎてなんか変だ。なにより表情が変わらなすぎる・・・張り付いてるんじゃねーだろーな?)」

サブロウタが最初に注目したのはその身のこなしだった。歩く、座る、立つ、何気無い行動なのだがその全ては鮮麗されていて幾分の隙も感じないのだ。この領域に達するには何かの武道を極めなければ出来ないだろう、サブロウタはそう考えた。現に自分がやれと言われてもやる自信は無かった。そんな芸当を自分よりも年下の男が平然とやっているのだ、疑問に思わない方が無理である。

「(何者か知らないが・・・気を抜かない方がよさそうだな)」

恐らくこの場でその事に気づいているのは自分だけだろうとサブロウタは考えた。何かの武道をたしなんでいなければカガミの動きはただの綺麗な動き方ということで終わってしまうと思ったのだ。しかしその疑問を口外しようとは思わなかった、と言ってもカガミの事を信用した訳ではない、あくまで自分で探ってみようということだった。

「じゃあ僕も一ついいですか?」

「えぇ・・・構いませんよ」

「うちの艦長・・・じゃなくってホシノ少佐の愛称はどういうのが良いと思いますか?」

「お、オマエ、何言ってんだよ〜、スイマセンこいつホシノ少佐にベッタリなもんで・・・」

呆れ顔でその事を聞いていたサブロウタは半ば強引にハーリーの頭を下げさせた。そしてそれを手で払うとハーリーは言葉を続けた。

「ち、違いますって・・・コレはちゃんとした心理分析的質問です!」

「ハイ、ハイ・・・スミマセン艦長、なんか言ってやらないと満足しないんで適当に答えてやってください。」

「・・・どれでもいいんじゃないですか」

カガミは淡々と言葉を返した、別に何でもないことなのかもしれないが、ハーリーはその言葉にルリが無下に扱われたように感じて少し憤りを感じた。

「どうだったんだハーリー?」

「な、なにがですか?」

「分かってるくせに〜〜あの艦長がオマエの好敵手になるかって話だよ。」

「ば、馬鹿言わないで下さいよ!!」

今までコソコソと話していた二人だったが、思わずハーリーが声を大にして飛び上がった。ブリッジにいる全員の注目を集めてしまう・・・その視線を感じてか、ただでさえ小さい体をさらに小さくし居ずらそうにしている。

「どうかしましたか、マキビ少尉?」

「いえ艦長、なんでもありません・・・気にしないで下さい、ハハッ・・・」

「・・・では皆さんも質問はこれくらいで、ただし艦長を採点するのはクルーですからね、そのつもりでいてください!」

「はい、わかりましたプロスペクターさん・・・」

「それと私のことはプロスで構いません。」

「はい。」

その時だったカガミ達の前にウィンドウが開いたのだ。

「オイ!模擬戦闘はもう終わりかぁ〜何だよ結局俺達の出番はなしかよ」

「せっかく準備してたのにね〜」

「戦闘(銭湯)終わって、今日は風呂なし。へへっ・・・」

「って本当にもう終わっちゃたんですか?」

カガミ達の前に現れたのはリョーコ、ヒカル、イズミ、アヤのナデシコパイロット娘達だった。ウィンドウが開くと同時に様々な事を口走っている。ルリたちは平然としていたが、驚くべき事にカガミはそれ以上に冷静な眼差しでウィンドウを見つめていた。

「この方たちは?」

その言葉にプロスペクターは閃いた様にポンッと手を叩いた。

「あぁ、ちょうどよかった彼女達はエステバリス隊のパイロットの皆さんですが、見学がてら格納庫へいらしてみてはいかがです?」

「そうですね、挨拶もしておきたいですし」

「わかりました、ではルリさん艦長を格納庫へ案内してあげてくれませんか?ついでに自室と軽い艦内紹介でも・・・」

「えぇ・・・構いませんよ。」

ルリは笑顔で答えた。

「では行きましょうか?」

ルリの言葉を聞いたカガミだったが歩き出そうとはせず、プロスペクターの方へ体を向けた。

「別に私は一人でも構いませんが・・・この艦の地図は頭の中に入っています、ホシノ少佐の手を煩わせる事はありません。」

その言葉を聞いたプロスペクターは驚いたようにカガミを見つめた。ホシノ・ルリといえば地球ではファンクラブが出来るほどの人気ぶりなのだ、もちろん士官の中にもファンは数多くいる。そのルリに艦内を案内してもらえるというのだ、例えファンで無かろうと断るはずはないと考えていたのかもしれない。

「ま、まぁまぁそう言わずに・・・艦長一人では色々不便が多いいと思いますし、ルリさん・・・お願いしますね。」

正直そこまで言われるとカガミが断る理由は無かった、プロスペクターの言葉に頷くと既にドアの近くまで歩いていたルリの後を追ってブリッジを後にした。その後姿をハーリーが恨めしそうに見ていたことは言うまでも無いだろう。






「「・・・・・・。」」

ブリッジを出た二人は無言のまま歩いていた。そしてその沈黙が続くごとに辺りの空気が重くなっていくようにルリは感じていた。

「ホシノ少佐・・・」

その時だった突然カガミが声を掛けてきたのだった、あまりに突然の事にルリは体がビクッと震えるとゆっくりカガミの方を振り返った。そこには無表情なカガミがルリを見つめていた。

「何ですか?」

「一つ、質問してもよろしいでしょうか?」

「えっ!・・・えぇ構いませんよ。」

「・・・あなたにとってクルーとは何ですか?」

その質問は先ほどサブロウタがカガミにしたものと同じだった。一瞬『何故?』と聞こうとしたが特に困るような質問でもないのでルリは答える事にした。

「家族です。」

「・・・・・・。」

その答えにカガミは無言だった。その表情に変化は見られない、というかナデシコに乗艦してから一度も表情を変えていない、恐ろしいまでの鉄面皮である。

「・・・!!」

そんなカガミにルリが不思議そうに顔を覗いた。
その瞬間ルリの目が大きく見開かれた。カガミが笑っていたのだ。正確には笑ったとはいえない、口の端を少し持ち上げただけ・・・簡単に見逃してしまいそうな微妙な変化だ、しかしその表情にルリの胸が高鳴った。
何故かは分からない、しかしルリは思わずそれを抑えるように胸に手を乗せた。そして次の瞬間去来したのは漠然とした違和感だった。

「どうかしましたか?」

少し様子の違うルリにカガミは声をかけた、言葉とは裏腹にその表情は元の無表情に戻っていた。

「な、なんでもありません・・・って着きましたね。」

ルリは無理やり話を変えた、現に目的地に着いているのだから無理やりとは言えないが、今の気持ちをカガミに見透かされたくないというのが本音だった。

「ここが・・・」

カガミの顔をチラッと見たルリはマスターキーを通してカガミの自室の扉を開けた。そこには幾つかのダンボールが詰まれいかにも新しく入って来たという雰囲気を醸し出している。

「台所まであるんですね・・・」

「・・・前にココの部屋を使っていた人の希望で特別なものを付けたんです、他の部屋よりもいい設備になってます。ところで艦長は自炊するんですか?」

「えぇ・・・」

「・・・そうですか。」

ルリは意外だった、目の前の無表情な男がエプロン姿で料理をしている姿がどうしても考え付かないようだ。

「凄いですね・・・」

「そうですか?」

「えぇ、とても・・・私も以前・・・」

そこでルリは言葉を濁した、その様子にカガミは思わず聞き返した。

「?・・・以前?」

「・・・私も以前作ろうと努力した時があったんですけど・・・ある人に料理を教えてもらう『約束』すっぽかされちゃって、それ以来よけいに苦手になっちゃたんですよ。」

ルリは自嘲気味に笑った。自分でも何故こんな事を言ったのかはわからなかった、普段なら先ほど会ったばかりに人にこんな事は話はしない。というか慣れ親しんだクルーにすら話した事無いのだ、ただ先ほどの違和感がルリの胸を締め付けていた。

「よろしければ今度お教えしますよ・・・・・・ではそろそろ次の場所に行きませんか?いつまでもココにいても仕方ないですし・・・」

「は、はい、そうですね・・・では」

大きく目を見開いたルリは先を歩くカガミの背中を見つめながら追いかけていった。その足取りは地図を憶えていると言ったとおり迷いを感じさせない。しかしルリはそんな事はどうでもよかった、先ほどの言葉から一瞬、最初の部分だけ出ていたあの雰囲気はまるで・・・・・・。ルリの胸に潜む違和感は大きくなるばかりだった。






ナデシコB 食堂

「食堂です・・・基本的には皆さんココで食事を取りますね。」

「・・・・・・。」

場所は変わってナデシコ食堂、時間帯の関係か其処にはクルーの姿は見られないがカガミは辺りを無関心に見回していた。そしてその時、厨房からコックの白衣に身を包んだ人物が出てくると二人の方に歩いてきたのだ。言わずと知れたナデシコの胃袋を預かるホウメイその人だった。

「へ〜・・・アンタが新しく来た艦長さんかい?」

「ハイ・・・正確には候補生なんですが。」

「あぁヨロシク頼むよ、艦長さん・・・・ところでアンタ、好き嫌いとかあるのかい?」

目の前のホウメイの空気に少し押されながらカガミは考えた。

「・・・いえ、ありません」

「そうかい!だったらコッチも遠慮せずに栄養のあるもん作れるね!!」

無表情なカガミを無視するようにホウメイは笑顔でカガミの肩を叩いた。その笑みは明らかにプロスペクターの笑みとは違う、まさにナデシコの母親とでもいうよな笑みだった。

「艦長・・・そろそろ次の場所に行かないと・・・」

「・・・そうですね、それではえ〜・・・」

「ホウメイ・・・覚えといておくれ!」

「ハイ、それでは・・・」

「あぁ、待ってるよ♪」

その言葉を聞いたカガミとルリは共に食堂を後にした。






ナデシコB 格納庫

二人は格納庫のドアの目の前まで来ていた。そしてルリが先導するように格納庫内に入っていく。

そして入ると同時に青、赤、黄色、空色、緑・・・綺麗に塗装された五機のエステバリスが目に入ってきた。軍艦としては珍しいカラーリングが統一されていないエステにカガミは少し新鮮味を感じる、さらにそこに並んだエステはカスタム機×3、スーパー機×2とまさに少数精鋭を感じさせた。

「おぉ〜・・・そいつか新しく来た艦長ってぇのは?」

ルリとカガミが格納庫に入ってきた事を見つけたナデシコ整備班班長ウリバタケが二人に手を振りながら近づいてきた。半年前まで頬に有った引っ掻き傷は綺麗サッパリ消えている。

「この度艦長候補生としてナデシコBに乗船する事になりましたカガミ・コウヤ大尉です。」

カガミは今まで通り敬礼をウリバタケに向けた

「おっ、おぉ・・・俺は整備班班長ウリバタケ・セイヤだ。メカニックのことなら何でも聞いてくれ」

ウリバタケはカガミの行動に少し戸惑いながら、返事を返した。ナデシコの中で軍人らしい軍人というのはカガミだけといっても過言では無い、敬礼という本来は見慣れた行為がウリバタケには妙に新鮮に感じたのだ。

「(まぁ堅そうな奴だけど・・・悪い奴じゃ〜なさそうだな)」

それがウリバタケの第一印象だった、軍人どうのこうのよりもカガミの目の輝きが気に入ったのだ。全てを吸い込んでしまいそうな黒い瞳、しかしその奥には固い決意のようなものが見えた気がしたのだ。

「では、わ・・・」

恐らくカガミが何かを聞こうとしたんだろう・・・しかしその言葉は近づいてきたパイロット勢に打ち消された。

「ほぉ〜〜、コイツが新しい・・・」

「結構イケてるんじゃない?」

「・・・・・・。」

「この人が・・・でも結構怖い顔してません?」

それぞれ何かを口走りながらカガミとルリの前に現れた。

「ホシノ少佐・・・この人達が?」

「はい、ナデシコのパイロットの方々です。あとブリッジにいたサブロウタさんも含まれますが」

その言葉を聞いたカガミは改めて4人に向き直った。

「初めまして、艦長候補生として乗船することになりましたカガミ・コウヤ大尉です。」

カガミはまたもや敬礼をした。

「じゃあこっちも・・・俺はスバル・リョーコ・・・聞いたと思うけどエステバリスのパイロットだ、よろしくな!」

カガミはその実力を見定めるようにリョーコを凝視した。そんな様子を知ってか知らずか次にヒカルが口を開いた。

「同じくパイロットのアマノ・ヒカルで〜す♪」

先ほどと同じようにカガミはヒカルを見た、そんな視線にヒカルは不思議そうに首を傾げた。

「マキ・・・イズミ・・・です。よろしく・・・」

そう言うとイズミはカガミと握手を交わそうとしたのか手を差し出した、カガミもよく意味がわからないままその手を握った。するとなにやらイズミは急に辺りの臭いを嗅ぎ始めた。

「変な匂いがする・・・」

「・・・?」

「悪臭(握手)・・・クククッ・・・」

辺りが凍りついた・・・そしてそれにいち早く気づいたリョーコが堪らず突っ込みを入れる。

スパッ――――ン

「オマエは黙ってろ!!」


イズミの後頭部を叩いたいい音が格納庫に響き渡った。そして幸いにもその音で全員が意識を取り戻した。

「・・・・・・。」

カガミが額に浮かぶ汗を拭うと、アヤがカガミに敬礼した。

「連合宇宙軍少尉ササ・・・」

「ササキ・アヤさんですね?」

自己紹介の途中でカガミが口を挟んだ。思わずアヤも焦ってしまう。

「・・・あのぉ〜どこかでお会いしました?」

「いえ・・・」

「・・・・・・じゃあ」

「あなたのお姉さんとお知り合いでしたから・・・」

「!!」

あからさまに驚いた表情をするアヤとは対照的にカガミの表情に変化は無かった。

「・・・・・・。」

「乗員名簿を頂いた時に直ぐ分かりました、話には良く聞いていましたから・・・」

「そうですか。」

「ユウキの事件は本当に残念でした・・・」

「いえ、もういいんです。」

一瞬表情に陰を見せたが、直ぐに先ほどまでの明るい顔に戻った。

「・・・・・・。」

「でも姉さんの知り合いに会えて本当に嬉しいんです、よかったら空いた時間にでも姉さんの話を聞かせてください!」

「えぇ、喜んで・・・」

「じゃあ、ヨロシクお願いしますね艦長!!」

カガミと握手したアヤはにこやかにお辞儀をした。

「アヤちゃんもやるねぇ〜〜」

「いきなりナンパ・・・確かに・・・」

「「ヒュ〜〜♪ヒュ〜〜♪」」


アヤの後ろに一瞬で回ったヒカルとイズミの二人は耳元で確かにそう呟いた。そしてそれを聞いたアヤも赤くなってしまう。

「ウルサイです!!」

アヤの怒声に逃げるように二人は元の場所に戻っていった。

「・・・ところで、あんたもエステに乗るんだろ?」

リョーコのその言葉にイズミとヒカル、アヤが明らかに驚いた表情をした、ルリはコウイチロウから、ウリバタケは搬入されたカガミのエステバリスでその事実を知っていたために驚いた様子は無い。

「ほぇ〜〜艦長にしてパイロット・・・多忙だね〜」

「でもパイロットしながら艦長なんて出来るんですかね?」

ヒカルとアヤが思った事を口にした・・・それを聞いたカガミは動じる様子も無く淡々と口を開いた。

「えぇ・・・乗りますが」

「そりゃ頼もしい・・・でも俺たちの足は引っ張らないでくれよな」

「リョーコ、何はともあれ同じエステのパイロットでしょ?仲良くやろうよ!!」

「まぁ〜そりゃ〜な・・・」

「艦長!ホシノ少佐!!至急ブリッジまで来てください。前方に重力波反応を感知、戦艦クラスです!」

和やかな雰囲気が流れていた格納庫をハーリーの一声がそれを打ち砕いた。カガミも先ほどの模擬戦闘の時と明らかに違うハーリーの様子にこれが本当の非常事態と悟るのは容易かった。

「艦長!!」

「分かっています。」

真剣な表情のルリに重々しく頷いたカガミは振り返ったと同時にルリと共に走り出した。






ナデシコB ブリッジ

「現状は?」

ブリッジのドアが開いた瞬間にカガミは第一声を放った。

「識別不能!艦隊数は不明!」

「ボース粒子の増大反応!攻撃きます!!」

「き「緊急回避!!」

ハーリーの報告を聞いたカガミはルリよりも一歩早く指示を出した。それが幸いしてか、見事に敵の攻撃はナデシコを外れていった。

「あっぶねぇ〜なぁ、オイ!」

「どうやら相手は本気のようですね・・・どうしますか、艦長?」

口ではそう言いながらもルリは別の事を考えていた。先ほどの判断の早さ、緊急事態だというのに落ち着いている今の態度、初めての実戦だというのにその態度は明らかに何度も場数を踏んでいる熟練者のような印象を醸し出していた。

「敵戦力は?」

「カトンボ一隻、ヤンマ二隻です!!」

女性オペレータがカガミに答えた、そしてそれを聞いたカガミは一人頷いた。現にナデシコの前方では右からヤンマ、カトンボ、ヤンマと並び、こちらのグラビティブラストを警戒してか、それなりの距離をあけながら前進してきていた。

「これは明らかに敵対行動です。総員戦闘配備!艦内警戒体制はパターンA!」

「艦長指示を・・・」

「三時方向のヤンマにミサイル発射、ナデシコはグラビティブラストの準備をしつつ八時方向に全速前進!!」

「「了解!!」」

「・・・・・・。」

「ミサイル命中!!撃沈には至っていません。」

時を図ったように腕を組んだカガミはここだと言わんばかりに指示を出した。

「敵艦に向け急速回頭!」

「「「あっ!」」」

全員が正直驚いた、目の前に戦艦が三隻並んでいるのだ・・・しかもグラビティブラストの範囲内に

「グラビティブラスト発射」

勝負はその一発で決まった・・・黒い閃光を横殴りに食らった三隻は音を立てて爆発していく。

「・・・・・・。」

「お見事です、艦長」

「やるじゃん、艦長!」

「ホント凄いですよ、これだけの短時間で・・・」

溜息を吐いたカガミを見たルリ、サブロウタ、ハーリーは嬉しそうに声をかけた。しかしその実、頭の中では違う事を考えていたりする。

「「(只者じゃないですね(じゃないな)・・・)」」

「(この人はライバルになる気がする・・・)」

一人だけ違う事を考えていたが、それは置いておこう。しかしいくら優秀な成績で大学を卒業したとしても度を越すとそれは不信を集める原因になりもするのだ。特にサブロウタの場合は・・・

「でもいったい、どういうことでしょう?」

そう言ったのはハーリーだった、しかしそれは当たり前だろう。火星の後継者も壊滅、その残党も今はもう居ない・・・ならばアレは一体?というわけだ。

「ありゃ木連の戦艦だぜ!」

「艦長!一つお聞きしたいのですが?」

「なんですか?」

「艦長は先ほどの艦隊を敵と決めましたが、その根拠は?」

「・・・根拠ですか?相手は無人艦です、システムの故障以外にコチラに攻撃をしかけてくる意味がありません、それに出現と同時に攻撃・・・明らかに相手は目的を持っていました。それが理由です!」

その言葉にルリは頷いた。

「そうですね、確かに目的を持って攻撃をしてきたとしか思えません」

その言葉にカガミは納得したように頷いた。

「しかしまずいですな・・・。もし誤認による攻撃だとしたら問題ですよ。なにしろ撃破しちゃったんですからねぇ〜・・・」

一人苦労顔のプロスペクターは電卓とにらめっこしていた、叩いては落ち込み、叩いては落ち込む・・・

「でも識別信号は宇宙軍でも統合軍のものでもなかったんですよ」

「とにかく宇宙軍本部に緊急連絡しましょう。ハーリー君よろしく」

「了解」

その言葉を聞いたハーリーは自席に戻っていった。

「最悪の場合、始末書だけじゃすみませんよ」

「・・・・・・。」

プロスペクターの言葉にカガミは無言だった、その様子がサブロウタには落ち込んでいるように見えたのかもしれない、明るい調子でカガミに声をかけた。

「仕方なかったんじゃないの・・・。やらなきゃ、こっちがやられてたよ」

「えぇ。それにあのタイプは無人艦ですし」

「それがせめてもの救いです・・・。保証金やら遺族へのお見舞金やらを考えるとゾッとしますよ・・・」

「へぇ〜・・・どれくらいなんだい?」

サブロウタの言葉にプロスペクターは肩を落としながら、電卓を三人に向けた。

「「「ウッ!!」」」

三人の声が完全に重なった・・・どれくらいの金額かと言うとコノ三人が「ウッ!!」っと言ってしまう位の金額だった。

「地球の宇宙軍本部。ミスマル総司令より通信です。」

「出してください・・・」

その言葉を聞いたハーリーが何らかの操作をすると一同の前に巨大なウィンドウが開いた。その先には言わずと知れた宇宙軍総司令の姿がある。

「諸君、緊急事態だ。君らが遭遇した艦隊は『火星の後継者』の残存部隊と判明した。」

「なんだって・・・姿を消したから、もう居なくなったと思ってたぜ!」

「そうですよ・・・その件はもう解決したじゃないですか?」

二人の言葉にコウイチロウが口を開いた。

「彼らにしてみればまだ終わってなかったと言う事だ。現に決起表明が統合軍に送りつけられている。今そっちにデータを送った・・・心して見て欲しい」

「データ受信、再生します。」

一同が見守る中、新たなウィンドウが開いた。しかしルリだけがコウイチロウの最後の言葉に疑問を持っていたが直ぐにその意味を知ることになる。






『3』

『2』

『1』



「今、この宇宙は・・・

偽りの正義と秩序のもたらす悪しき呪縛により腐敗している

我々、『火星の後継者』は草壁中将の意志を継ぎ

真の正義と秩序を復活させるため、

新地球連合及び統合軍に対し、

ここに再び・・・

宣戦を布告するものである!!」




・END・







「「「・・・・・・。」」」

全員が全員、先ほどの映像に口を閉ざしていた・・・それは決起表明が衝撃的だったから?違う・・・その映像に映っていた人物がクルー達に動揺をもたらしたのだ。

その映像の中には明らかに今回の事件の首謀者と思われる火星の後継者の制服を着用した軍人が一人、そしてその人物を守るように一段下の所に整列する男達が数人・・・そして首謀者の男の後ろに立つ黒いコートの男が一人・・・

その男は全員が知る顔であった。艶やかな黒い髪・・・整った顔立ち、そして炎のように燃える真っ赤な瞳・・・半年前、実質一人で最強と謳われたナデシコCを落とした男、その名は・・・

「カイト・・・」

サブロウタだった、そして火星の後継者の一団の中にいたのは間違いなくカイトその人だったのだ。記憶の中にいるカイトと違うところはその瞳の色、ルリだけがその事を知っていたが他のクルーから見ればその瞳は異様以外何物でもなかった。

「(な、なんで・・・あなたが・・・)」

静寂・・・それだけが全てを物語っていた、忘れたくても忘れられない男が今、敵の立場でいる・・・それほど衝撃的なことはなかった。そしてそんな空気を察したプロスペクターは敢えて話をカイトからずらした。

「初志貫徹、信念は宇宙をも貫く、ですか・・・」

「南雲義政、木連出身の元統合軍中佐。『火星の後継者』では草壁、シンジョウに次ぎ実質的にナンバー3だった男だ」

コウイチロウもカイトの事には触れず、プロスペクターの言葉に答えた。

「でも何で今ごろ?」

「前回の決起の後、行方不明だったんだが・・・。どうやら水面下で再決起の準備をしていたらしい」

「・・・・・・。」

動揺を隠し切れないクルーの中、カガミだけは状況を見守るように黙っていた。といっても就任して間もないのだ、カイトの事も知らないので当たり前なのかもしれないが・・・

「!!」

そしてその様子を横目で見たルリは正直、驚愕した。ただ黙りながらウィンドウを見つめるカガミの瞳は新人などでは無かった・・・ルリが瞳の奥に見たもの、それは恐ろしいほどの強固な信念だった。しかしルリは後に思う、あれは信念などではなく、ただ恐ろしいまでの純粋な殺意なのではないのかと・・・

「(あなたは一体・・・)」

「で・・・統合軍の反応は?」

「おぉカガミ君か・・・特に脅威とは見ていないようだ。対応は宇宙軍に任せると言ってきた」

「ったく・・・厄介事は全部こっちかよ!!」

ついついサブロウタも愚痴をこぼした。やはり現在でも宇宙軍よりも統合軍の方が立場が強いのだ、『火星の後継者』の件でそれも少しづつ変わり始めているのだが・・・

「そこで君達にはナデシコBで敵艦隊の掃討作戦の任についてもらいたい・・・。ただしこれは極秘だ」

その言葉を聞いたカガミが考えるように顎に手を当て、閃いたように手を叩いた。

「ミスマル総司令、そうなってくると艦長候補生である私が艦長をやるよりもホシノ少佐に戻した方が?戦力が足りないようでしたらパイロットとしてココに残ってもいいですし・・・」

「確かに一理あるな・・・」

カガミの言葉にコウイチロウは重々しく頷いた。

「駄目です・・・そんなにコロコロ艦長を変えてしまうとオモイカネが混乱してしまいます。」

「・・・・・・ではルリ君、単刀直入に聞こう。カガミ大尉は大丈夫そうか?」

「はい・・・模擬戦闘、そして先ほどの戦闘を見る限り可能だと思います。」

「分かった・・・ならば表向きはあくまで訓練航行という名目で作戦にあたってほしい。ルリ君、艦長の補佐よろしく頼むよ」

「はい、わかりました」

「まぁ〜新地球連合としては事を公にはしたくないでしょうからな・・・。いろいろ有って風当たりも強いですし」

コウイチロウの話を聞いていたプロスペクターが自分とは全く無関係のように言い放った。

「その通りだ・・・よってほぼ増援は望めないと思ってくれ」

「了解しました。」

「とりあえずは、ネルガルの月ドッグで装備と補給を受けたまえ、それと増援とまでは行かないが優秀な人材を用意した。同じく月にいると思うのでヨロシク頼む、健闘を祈るよ・・・」

そう言ってウィンドウは閉じられた。

「なんとも急な展開になってきましたねぇ(いやはやまさか彼があそこにいるとは・・・)」

「ほーんと、訓練どころじゃないっすね(あの馬鹿、本当に俺達を裏切ったっていうのかよ!!)」

「で、これからどうするんです?(確かあの人は・・・)」

その場にいる誰もが本音を語ろうとはしなかった、ただ単純に怖かったのだ、それを口に出して現実を再認識する事が・・・

「まずは月ドッグへ向かいましょう。艦長、指示を・・・」

ルリを見て頷いたカガミは背筋を伸ばした。この時、明らかに動揺が顔に出ているクルーとは違い、ルリだけは冷静だった。しかしその心中は誰よりも取り乱している事は火を見るより明らかだろう。

「目標、ネルガル月ドッグ・・・ナデシコB発進!!」



つづく

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