機動戦艦ナデシコ

〜 Endless  Story  第二章  狂気という名の仮面 〜







何かが動いている・・・


得体の知れない何かが・・・


それが正しいのか・・・間違っているのか・・・


それすら私にはわからない・・・


でも・・・一つの確信がある・・・


時代が・・・大きく動こうとしている・・・



人の手では止められない大きな動きが・・・今・・・






第三話 覚悟




「・・・教えてください!リンちゃんは何処に行ったんですか?」

「・・・・・・。」

ルリは普段からは想像できない勢いでアキトに攻め寄った。しかし、アキトは答えようとせずにただ俯いている。

「アキトさん!!」

「・・・・・・。」

しかし、アキトは無言・・・その口は堅く閉ざされていた。

「・・・リンちゃんは私の『妹』です!それなのに・・・それなのに教えてくれないんですか?」

その言葉にゆっくりとアキトは頷くと、その口をゆっくりと開いた。

「・・・わかった、リンちゃんの事を『妹』と言うのなら、ルリちゃんにも知る権利がある。」

「・・・・・・。」

アキトは覚悟を決めたように大きく息を吐くとルリの方に向き直った。その凄みのある眼差しに思わずルリも無言のままアキトの次の言葉を待つしかない。

「・・・そう、俺がココにいたのはカイトに会うためだ。」

「えっ!・・・じゃあ・・・」

「ほぼ・・・ルリちゃんの想像通りだと思う、突然現れたリンちゃんはカイトのボソンジャンプに巻き込まれたんだ。」

「そ、そんな・・・」

「上手くいけば今ごろカイトと一緒にいると思う。」

アキトの言葉に少なからずルリはショックを受けた。先ほどの勢いは何処へやら、思わずルリは俯いてしまう

「ルリちゃん・・・」

「はい?」

そんなルリの様子を見たアキトは、優しい声をかけると共にルリの肩に手を置いた。ルリも思わぬアキトの行動に顔を上げる。

「これから・・・『何か』が起ころうとしている・・・」

「『何か』・・・ですか?」

「そう・・・今は誰にも分からない・・・しかし・・・」

「しかし?」

「しかし・・・今から決めなければならない・・・『覚悟』を」

「・・・・・・『覚悟』・・・ですか?」

「そう・・・ところでルリちゃん・・・カイトの事、好きかい?」

突然、アキトは微笑むと突拍子も無い質問をルリにぶつけた、さすがにルリも思わず動揺してしまう。

「えっ・・・あの・・・その・・・ハ、ハイ・・・」

その言葉にアキトは優しく笑いかけると、真剣な眼差しでこう告げた・・・

「・・・ルリちゃん・・・君にはあるかい?・・・愛する人を失う『覚悟』が・・・」

「・・・アキトさん・・・あなたは何を?」

ルリの目が大きく開かれた・・・

アキトの言う『愛する人を失う覚悟』・・・ルリはその言葉の意味を掴みきれないでいた。

「ゴメンね・・・こんな暗い話をしちゃって、でもカイトを好きという気持ちが心のどこかにあるのなら・・・留めておいて欲しい・・・そんな時代を作らないために・・・」

「・・・でも・・・私は・・・」

「・・・・・・。」

「でも、私にはそんな悲しい『覚悟』・・・必要ありません!」

何かが吹っ切れたようにルリはアキトの瞳を見つめると、微かに微笑んだ・・・この時ルリは『覚悟』を決めたのかもしれない。

「(私は守ってみせる『夢』も『愛する人』も必ず、どんな事をしても・・・それが私の『覚悟』・・・)」

「・・・・・・そうだね、確かにそんな『覚悟』いらないのかもしれない・・・」

「・・・・・・。」

「これはカイトの受け売りだけど・・・『両手を広げて全てを掴もうとすれば、全てが落ちてしまうかもしれない・・・だから決めておくべきだ、本当に大切な一つを・・・』」

「大切な一つ?」

「そっ・・・その一つを決めておけば、それはルリちゃんの道標になる・・・もしかしたらカイトはこの言葉を俺じゃなくて、ルリちゃんに伝えたかったのかもしれないね。」

「(大切な一つ・・・)」

「そろそろ戻ろうか?ユリカ達が心配してるかもしれないからね!」

「あっ・・・はい!」

そう答えるとルリはアキトの横を歩き始めた・・・

「(大切な一つ・・・それは・・・)」






・・・スゥー・・・スゥー・・・

カイトの自室で少女は静かな寝息を立てていた・・・その横にはカイトが我が子を見守るように優しい笑みを浮かべながら座っていた。しかも未だにリンの片手はカイトの服を掴んで離そうとはしない。

「(・・・・・・ト、トイレに行きたい・・・)」

など頭の裏で考えつつも、カイトはリンのこれからをどうするか本気で悩んでいた。

「(この子は一体どんな夢を見ているんだろう・・・)」

カイトは優しくリンの髪を撫でた。

・・・ウ〜ン・・・♪

眠っているにもかかわらず、不思議とリンが笑った様にも見える。

「(帰さなくちゃ・・・やっぱり、こんな所にいちゃ可哀想すぎるよ・・・でも、今この時だけは『お兄ちゃん』でいてもいいよね?リンちゃん・・・)」

カイトは分かっていた・・・自分の考えの『矛盾』に・・・カイトは頭の中では皆を拒絶しているが、心の中では誰よりも皆を欲していたのだ。

「(・・・駄目だな、僕は・・・)」

いくら記憶が戻ろうが、カイトはカイトなのである・・・しかしカイトはそれをかたくなに拒んだ。

「(僕はミカヅチ・・・そんな事は分かってる・・・ならば何故、僕はカイトを捨てられない・・・)」

カイトの奥歯がミシッと悲鳴をあげた。

「(なぜ・・・なぜ僕は生きている、なぜ『あの時』死なせてくれなかった・・・クサナギ・・・)」

今までの優しい笑顔は消えは、苦悶の表情を浮かべたカイトは頭を抱えながら俯いた。

「(・・・これ以上僕に何をさせようというんだ・・・人を殺す事しか知らないこの僕に・・・)」

「・・・お兄ちゃん・・・」

「エッ?」

その声に顔を上げたカイトはリンの表情に一瞬全てを忘れた・・・目に一杯の涙をためながら、リンはその純真な笑顔をカイトに向けていたのだ。

・・・・・・デさん・・・

思わずカイトの口から呟くようにその名前がこぼれた・・・カイトはリンの笑顔がその人の笑顔とダブったのだ。

「・・・・・・!!」

そして遂に我慢できなくなったリンは溢れてくる涙とともにカイトにしがみついた。

「リンちゃん・・・」

カイトは安らぎを感じた・・・半年前、皆の前から姿を消した時から失った感覚・・・リンの細い腕はどんなものよりもカイトの心を縛りつけた。

「「・・・・・・・・・。」」

しばらくその状態でいたカイトだったが、我を取り戻したようにゆっくりとリンを引き離した。カイトはわかっていたのだ、これ以上は決意が鈍ると・・・いや、もう既に鈍っていたのかもしれない。リンの笑顔を見た瞬間に・・・しかしカイトの中には、そのリンの笑顔をも跳ね返してしまう固い決意があることもまた確かだった。

「・・・?」

「リンちゃん・・・今から言う事をよ〜く聞いてね・・・」

「うん・・・何?」

涙を拭ったリンは、改めてカイトの前に座った。

「・・・帰るんだ」

「えっ?」

思わずリンの目が大きく開かれた。

「・・・君はここにいちゃいけない。」

「・・・いや・・・いやだ!何でそんな事言うの?やっと会えたのに・・・」

「・・・・・・帰るんだ。」

「絶対いや!!」

「リンちゃん・・・」

カイトが差し出した手をリンは避けた・・・リンはわかっていたのだ。その手を握りたい・・・しかしその手を握るともうカイトには会えなくなる事をリンは本能的に感じ取っていたのだ。

「・・・絶対、戻らないから・・・お兄ちゃんの馬鹿ァ!!」

そう言い残すと目に涙を一杯に溜めリンは走ってカイトの部屋から出て行った。

「・・・やっぱり駄目だな・・・僕は・・・」

リンの行動はある意味正しかったと言えるだろう、カイトはリンを連れて再度ジャンプする気でいたのだ。

「(そうさ、僕は馬鹿だ・・・・・・でもね駄目なんだよ、リンちゃん・・・それはできないんだ。)」

しばらく考えるように俯いていたカイトは顔を上げ、リンを追いかけるために部屋を後にした・・・

「・・・・・・とりあえずブリッジに行こう・・・」

そう言ってカイトが一歩踏み出した瞬間だった・・・

ガシャン!!ガシャン!ガシャン・・・ガシャン・・・

「へっ?」

あまりに突然の出来事にカイトも思わず間抜けな声を上げた。しかしその音は前後左右いたるとこから聞こえてくるのだ・・・その音は段々と近づいてくる、そして・・・

ガシャン!!

「・・・・・・あっ・・・あれっ?」

突然カイトの前後の隔壁が下ろされた、流石にこの事態にはカイトは驚くことしか出来ない。完璧にカイトは身動きが取れない状態に陥ったのだ。

「・・・ま、まさか・・・」

カイトの頭に一つの考えがよぎった。できれば、考えたくない考え・・・その時だった、カイトの前にウィンドウが開いたのだ。

「お兄ちゃん・・・」

ウィンドウの先にはリンが少し申し訳なさそうに写っている。

「(やっぱり・・・)」

やはりカイトの考えは正しかった。簡単に説明するとリンがユーチャリスを乗っ取ったのだ。

「(イネスさんが言っていたのはこういう事か・・・)・・・リン・・・」

カイトの声にリンは一瞬驚くと、微かに震える唇を開いた。

「お兄ちゃんは私が嫌い?」

「・・・・・・。」

「やっぱり・・・嫌いなんだ・・・」

「・・・本当にそう思うのかい?」

「だって・・・だって・・・ずっと待ってたんだよ・・・でもお兄ちゃんは帰ってこなかった。」

「ゴメンね・・・でもリンちゃん・・・『家族』を愛さない人なんていないだろ?」

「・・・・・・。」

「・・・忘れちゃったのかい?リンちゃんは僕の大切な『家族』なんだ・・・リンちゃんこそ僕の事が嫌いかい?」

「ううん・・・そんな事無い!大好き!!」

リンは首を横に振ると目に涙を溜めながらそう言った。

「僕もさ・・・」

カイトは優しく微笑んだ・・・その言葉にリンの頬を涙が流れる・・・

「じゃあ何で・・・帰れなんていうの?」

リンは聞きにくそうに俯きながらカイトに尋ねた。

「・・・ここは危険すぎるんだよ。」

「そんな事問題じゃない!!・・・お兄ちゃんと離れて半年、色んな事を学んだ・・・それにみんな優しくしてくれて、とっても嬉しかった。でも・・・でも違う・・・」

「違う?」

「あそこに私の居場所は無かった・・・」

「!!・・・(居場所・・・もしかしたらリンちゃんも僕と同じようにただ、自分の居場所を求めていたのかもしれないな・・・)」

「それでわかった・・・お兄ちゃんが私の居場所だって!」

顔を上げたリンは真っ直ぐな目でカイトを見つめた・・・カイトもそれをシッカリと受け止める。カイトにはその目はあまりにも鋭く、あまりにも硬く感じるのだ・・・その目を見るだけでカイトは知るのだ、リンの『覚悟』の強さを・・・しかしその強さは余計にカイトの胸を絞めつけた。

「リンちゃん・・・君がその『居場所』を手に入れるという事は、同時に君がいままでお世話になった人達には、もう会えないと言う事でもあるんだよ・・・」

「それはヤダ・・・でもお兄ちゃんに会えなくなるのは、もっとヤダ・・・」

「戻ろう・・・ね?君は僕が居場所だと言ったけど、ココに君の居場所は無いのさ・・・ココは戦場・・・戦場は僕の居場所なんだから・・・」

「・・・もし、もし戻ったとしたら・・・お兄ちゃんには、また会えるの?」

「多分無理・・・かな?」

「嘘つき・・・約束したくれたよね・・・またご飯作ってくれるって・・・そう・・・言ったよね?

「!!・・・・・・そうだね、約束は守らないとね♪じゃあ・・・ご飯にしようか?・・・実はお腹ペコペコなんだよ!」

優しくそう言ったカイトは少し違和感を感じさせる笑みをリンに向けた、しかしその言葉を聞いたリンの瞳は輝き始めている・・・

「じゃ、じゃあ・・・」

「・・・・・・。」

カイトは無言、しかしその顔に浮かぶ笑みは全てを物語っていた。

ウィンドウの先のリンはその笑顔を見ると同時に顔が輝いた。その横では隔壁が次々にあがっていく・・・

「リンちゃん、ブリッジにいてね・・・今から迎えに行くよ・・・」

「うん!・・・それにお兄ちゃん!!」

「んっ!なんだい?」

「え〜と・・・『リン』でいい・・・」

「あぁ・・・じゃあリン、ちゃんと其処にいるんだよ!」

「わかった!」

そう言ってカイトに笑顔を向けるとリンはウィンドウを閉じた・・・

「(ゴメンね、リン・・・僕は君の言うとおり嘘つきなのさ、自分にも、そして君にもね・・・)」

この時、なんとも言えぬ苦痛がカイトを締め付けていた・・・






「今報告がありました・・・『あの子』が『彼』のもとに行ったわ・・・」

「そうか・・・やはりそうなったか・・・」

「流石ね、あの時言った通りになったじゃない!」

「オイオイ!僕は預言者じゃないんだ・・・偶然さ、偶然・・・」

アカツキはエリナの言葉に微笑んだ・・・しかしエリナにはわかっていた、その笑顔には裏があるという事を・・・

「・・・でも彼だったら、あの子をコッチに戻すんじゃない?」

「確かにその可能性もある・・・しかし!」

「・・・?」

「あの子の重要性は彼が一番気がついている・・・」

「そのために自分の保護下に置いておくと?」

「一つの可能性の話さ・・・」

「・・・・・・。」

「今は・・・成り行きを見守るしかない・・・」

「らしくないですね・・・『見守る』なんて・・・」

「ハハッ・・・酷いな、しかし僕には何もできない・・・それが現実さ!」

「・・・ですね。」

会長室で異様な空気が二人を包み込んでいた。

「(いや・・・待てよ、そういえば有ったな・・・一つだけ出来る事が・・・)」






「お兄ちゃん!!」

ブリッジに入ってくるカイトを見たリンは嬉しさのあまりカイトに飛びついた。

「お待たせ♪」

「ううん・・・じゃ、行こ!!」

「・・・ちょっとゴメンね、少しだけ待っててくれる?」

「・・・?」

その言葉にリンは首を傾げた。

「『オモイカネ』に少し用があるんだよ!」

「!!・・・そういえば、さっき『オモイカネ』もそんな事言ってた。」

「だろ?だから少しだけ・・・」

「うん・・・わかった」

不服そうに唇を尖らせながらリンは渋々頷いた。不思議とそんな愛くるしいリンの行動にカイトも笑みがこぼれる。

「(半年間、本当に表情豊かになったんだね・・・)」

カイトはリンの成長ぶりに素直に喜んだ、しかしカイトは知らないのだ。カイト以外の人にはホントに愛想がないということを・・・

「・・・早くしてね・・・」

「了解!」

カイトは笑顔でそう返すと先ほどまでリンが座っていたIFSシートに腰をおろした。その瞬間カイトの顔が引き締まる、それは事態の深刻さを物語っていた・・・

『スミマセン・・・プロテクトはかけていたんですが・・・強制的に・・・』

「やっぱり・・・」

『と言いますと?』

「・・・あの子をどう思った?」

『分かりません・・・しかしあの少女はこうして会話をしている、さらに奥に入り込んでいる・・・そんな感じが・・・』

「・・・・・・。」

『私の仮説ですが、あの子は先天的なIFS処理を受けていませんか?』

「やっぱりわかったみたいだね。」

『一般的なIFS処理はナノマシンの体内注入により、反射神経の補強と補助脳の形成をします。そのため手の甲の部分にIFSのタトゥーが現れる・・・』

「しかしリンにはそのタトゥーが無い・・・」

『ハイ・・・それに彼女の体内に無数のナノマシンが確認されました。現在使われているどのナノマシンとも違い、より高度なものです。』

「(そう・・・イネスさんも同じ事を言っていた・・・)」






「カイト君・・・驚かないでね・・・実はあの子・・・」

「ハイ・・・」

「人為的に『作られた子』よ・・・」

「えっ!!」

「体内にナノマシンと補助脳が確認されてる・・・それなのにあの子にIFSのタトゥーは無い!」

「遺伝子段階で操作を受けていると・・・」

「えぇ、ほぼ間違いないわ・・・しかもその遺伝子・・・あなたによく似ているの・・・」

「・・・笑って流せそうにはないですね・・・」

「今はまだ何も結論付ける事はできないわ・・・・・・でも『覚悟』しておくことね、あの子の為にも・・・」

「・・・わかりました。」







『これも私の仮説で申し訳ありませんが、あの子のオペレーター能力はあのホシノ・ルリ少佐でも敵わないでしょう・・・それほどあの子の能力は突出している。』

「・・・まさかそこまで・・・」

『あの子の力は危険です・・・』

「・・・・・・。」

その『オモイカネ』の言葉にカイトは黙りこくってしまった・・・

『艦長・・・色々と考える所はありますが、とりあえず『お姫様』とお食事をしてはいかがですか?機嫌をこれ以上損なう前に・・・』

カイトはその言葉にハッと後ろを振り返った、そこではリンが頬を膨らませながらこちらを睨みつけている。

「(あっちゃ〜・・・怒らせたかな?)・・・ハハッ・・・とりあえず、そうさせてもらうよ!」

『・・・懸命な判断です。』

その言葉に微笑むと、カイトは席を立ちリンの方へ走っていった。

「・・・・・・。」

「ゴメン、ゴメン、待った?」

「・・・・・・。」

「・・・お、怒ってる?」

「・・・・・・。」

「・・・ゴメン!とびっきりおいしいの作るから許して・・・」

「・・・・・・。」

カイトの言葉にリンは何も答えなかった。しかしカイトの横に並ぶとその手を握る・・・

「!!・・・」

カイトもそんなリンの仕草に笑みがこぼれた。

「行こ・・・」

そう言ってリンはカイトを急かすように引っ張りながらブリッジを後にした・・・

『高度なナノマシン・・・突出したオペレーター能力・・・一体何のために・・・』






一時間後・・・

「お待たせ〜♪」

カイトは手に二つの皿を持ちながら食堂内の厨房から姿を現した。器用にも皿を持つ手にはスプーンも握られている。

「よっと!」

カイトはリンの座るテーブルまで歩くと慣れた手つきでスプーンと皿をリンと自分の前に置いていった。

「さっ!食べよっか?」

「・・・・・・。」

そう言って声をかけたカイトだったが、当のリンは黙って目の前に置かれた料理・・・オムライスを眺めていた。

「・・・早く食べないと冷めちゃうよ?」

「うん・・・」

そんなリンを不思議に思いながらもカイトは行動を促した。

そしてリンもスプーンを手に持つと、微かに震える手でオムライスを口の中に放り込んだ。

「・・・どう?」

「・・・・・・。」

カイトの問いにもリンは無言、手に持つスプーンを握り締めながら俯いてしまった。

「(・・・ま、不味かったのかな?)」

「・・・おいしい・・・」

「・・・んっ?」

「おいしいよ・・・」

その時、俯くリンの目から光るものが流れ落ちた・・・

「グスッ・・・懐かしい味・・・」

「・・・ありがと♪」

「・・・やっぱりお兄ちゃんの料理はおいしいや・・・やっと、やっと食べられた・・・」

リンは顔を上げた・・・満面の笑み、しかし何故かその涙は止める事はなかった。

「・・・・・・。」

そしてカイトもそんなリンの顔を見るとそっと手を近づけ優しく涙を拭った。

「冷めちゃうよ?」

「うん・・・」

リンは涙を拭うと、また一口料理を口の中に入れた。そして二人は、笑顔で食事を再開したのだ・・・



30分後・・・



「・・・そうだ!リンちゃん、みんなとの生活はどうだったんだい?」

「・・・・・・。」

「どうしたの?」

「・・・リ・ン!!」

「!!・・・そうだったね、ゴメンゴメン・・・でリン、どうだったんだい?」

「う〜ん・・・そう、ラピスと仲良くなった」

「ラピスちゃんと?」

「うん・・・でもラピスって最初の頃アキトさんの事しか話さなかったんだよ!」

「じゃあ、リンはどんな話をしたんだい?」

「・・・う〜〜〜〜ん・・・」

リンは考え込むように腕を組むと天を仰いだ・・・

「・・・んっ!・・・私もお兄ちゃんの事しか話してない」

そう言ってリンは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。

「ハハッ・・・仲良くやってたみたいだね?」

「うん・・・ユリカさんなんて、初めて会ったとき抱きついて放してくれなかった」

「ハハッ・・・ユリカさんらしいや・・・」

「アキトさんも優しかったし・・・でもルリが一番、優しかった・・・」

「・・・・・・。」

「よく一緒に居てくれたし・・・それに、お兄ちゃんの話もよく聞かせてもらった」

「えっ!・・・ど、どんな話なんだい?」

「え〜と・・・確か・・・」






「なんて言ったらいいのかな・・・とっても不思議な人でした!」

「不思議?」

「そっ・・・不思議な人・・・あの人の笑顔を見ると、私まで暖かくなって・・・あの人の手を掴むと心が安らいだ・・・」

「・・・私もだよ!」

「えっ!?」

「私もお兄ちゃんの笑い顔を見ると何か暖かくなる。」

「だから・・・不思議な人・・・」

「そっか・・・お兄ちゃんは不思議な人か・・・」

「フフッ・・・でもね、リンちゃんも同じですよ!」

「何が?」

「リンちゃんが時々見せる笑顔は、あの人によく似ている・・・」

「そっかな・・・」

「えぇ、とっても・・・」







「不思議な人か・・・」

「うん・・・そう言ってたよ。」

「(『人』・・・か・・・ハハッ、僕はまだ『人』なのかな・・・)」

「・・・・・・。」

フッとカイトがリンに目をやると、リンは不安そうにカイトを見つめていた。

「んっ!どうかした?」

「お兄ちゃん・・・」

「・・・・・・。」

「さっきから思ってた・・・時々見せる悲しそうな顔は何故?」

「!!・・・さぁ、なんでだろうね?昔なら覚えていたかもしれないけれど今はもう・・・忘れちゃったよ・・・」

「・・・ホラッ!また・・・」

今にも崩れそうな儚い顔をしてそう言うカイトを、リンは黙って見過ごせはしなかった。

イスの上に乗るとカイトの頬を上に思いっきり吊り上げた。

「イ!!・・・イテテテテッ・・・きゅ、急にどうしたの?」

「笑って・・・」

「???」

「お兄ちゃんが悲しい顔すると・・・胸が痛いよ・・・」

席についたリンは悲しそうにカイトに語りかけた・・・しかしそんなリンを裏目にカイトは堪らなく嬉しかった。

思わず笑みがこぼれた・・・リンが好きだった優しい、暖かい笑みが・・・

「・・・・・・。」

今度はカイトがリンの頬を吊り上げた、もちろん本気ではない・・・そして顔を上げたリンはカイトと目が合った。

「笑って・・・ね♪」

優しい笑み・・・この笑みをリンはどれほど待ち望んだろうか、リンは自分の心に火が灯るのを感じた・・・そして思うのだ、なんて暖かいのだろうと・・・そして気分の高揚と共にリンも笑った・・・

「フフッ・・・」

「ハハッ・・・」

そして二人は笑った・・・しかし何故か、カイトの笑みには裏が感じられた。






「(何故こんなにも胸が切ないのだろう・・・)」

ナデシコCの出航を控えた前日・・・ルリは自室のベッドに横になりながら、『苦悩』と言う言葉に埋もれていた。

「(突然『家族』が居なくなって・・・)」

ルリもまたカイトと同じように孤独を感じていたのだ。

「(でも生きていてくれて・・・全てが元通りになると思っていたのに・・・)」

ルリの孤独・・・それは心の孤独だった・・・

「(思っていた・・・違う、思いたかった・・・あの日々を取り返せると・・・)」

信頼できる仲間・・・帰ってきた家族・・・満たせるはずの心は未だ・・・孤独だった・・・

「(あの人は行ってしまった・・・一通の手紙と悲しい笑顔を置いて・・・)」

ルリにも分かっているのだ・・・孤独の原因がなんであるか・・・

「(カイトさん・・・胸が・・・苦しいです・・・)」

ルリはベッドの中で縮こまった・・・

「(私・・・置いてけぼりですね・・・)」

その時、一粒の涙がルリの目から溢れ出てきた・・・

「(会いたい・・・誰よりもあなたに・・・)」






カイトはユーチャリスの展望室で一人険しい顔をしていた・・・

「(・・・これが、あの子の運命とでも言うのか!)」

話は二人が食堂を後にし・・・リンを自室で眠りにつけた時まで遡る・・・






「おやすみ・・・」

「うん・・・」

「じゃあ電気を消すよ?」

「お兄ちゃん・・・」

「んっ?なんだい・・・」

「何処にも、居なくならないよね?」

「・・・もちろん!!」

そう言ってベッドに入っていたリンにカイトは笑顔を向けた・・・それに答えるようにリンも笑みを返すと目を閉じた。

カチッ・・・

カイトがスイッチを押すと部屋が暗くなった・・・そして、カイトは部屋を後にする。

オモイカネからブリッジに来てくれとの連絡が有ったからだ。なんでも通信が入ったらしい・・・カイトも「これからって時に誰だ?」っと首を傾げた。

そしてブリッジに向かう途中・・・

「(あの子は僕を恨むだろうな・・・)」

カイトは既に決意していたのだ。

「(でもそれでいい・・・あの子は『希望』・・・こんな所には居てはいけない)」

決意・・・それはリンを地球に戻す決意だった。

「(なんて言うかな・・・やっぱり、嫌われちゃうよね・・・でも、あの子さえ無事ならそれでいいんだ。)」

そう・・・確かにこの時カイトはこう思っていた『何が何でも地球に戻すと・・・』・・・しかしブリッジで状況は一変した。

「どういうことですか!!」

カイトは声を荒げた、普段からは想像も出来ないカイトの態度に思わず通信の相手もたじろぐ・・・

「オイオイ・・・急にどうしたんだい?」

通信の相手はアカツキだった・・・

「どうしたもこうしたもありません!!」

「・・・だから何度も言ったろ?今、地球は危険だって・・・」

「・・・・・・。」

「『例のグループ』が頻繁に動いてて危険なのさ・・・だから、あの子はソコに居た方が安全だろ?」

「・・・充分危険です!!」

「でもどんな状況でも君は生きているじゃないか?」

「それとこれとは話が違います!」

「全く別の話でもないだろ?」

「・・・・・・。」

会話をしながらもカイトの目は血走っていた。

「大丈夫だって!あとは君に任せたからね!!じゃ♪」

言いたい事を全て言ったアカツキは一人満足したように通信を切った。

「クソッ・・・」

『どうするおつもりですか?』

「わからない・・・」

『私的見解を言わせてもらえれば会長の意見に賛同します』

「・・・何故だい?」

『冷静に考えてください・・・あの子の能力はあまりにも突出しています、よろしいですね?』

「あぁ・・・」

『その事を誰も知らなかったら、あの子を地球に降ろしても安全かもしれません・・・しかし一部の人はそれに気がついています。』

「と言っても、アカツキさんやイネスさんだけだろ?」

『現在の世の中は情報が全てです・・・例え本当の事を知っている人間が少なかったとしても・・・それに関わった人間は多くいる、もしそれが外部に持ち出されていたら・・・』

「・・・・・・。」

『あくまで可能性の話です。』

「確かに・・・」

『あなたが自分の事をどう思っているかは知りませんが・・・私にはわかる。』

「何が?」

『あなたはあの子を守る事が出来る!』

「!!」

『私の『記憶』を賭けてもいい・・・』

「ハハッ・・・大きく出たね?」

『当たり前です!自信が有りますから・・・』

「・・・・・・。」

『それでも、あの子を戻しますか?』

「・・・・・・本当は僕もわかっていたんだ・・・あの子の持つ危険な可能性を・・・でもそれでも僕と一緒にいると、あの子が不幸になってしまいそうな気がして・・・」

『では?』

「・・・あぁ、あの子を君やアカツキさんの言うとおりココに残すよ。『安全』という事だけを考えたら、確かに君やアカツキさんの言っている事の方が正しい・・・」

『・・・それはよかった。』

「?・・・なんで?」

『私はあの子の悲しむ顔を見たくありませんので・・・』

「そうだね・・・僕も見たくないよ・・・でもオモイカネ」

『なんですか?』

「危険だと判断したらその時点でリンを地球に降ろす・・・それが条件だよ!」

『了解しました・・・艦長!』

「オモイカネ・・・最後に一ついいかい?」

『なんでしょう?』

「あの子は僕といて・・・幸せになれるのかな?」

『それは本人に聞いてください・・・しかし、『人の幸せ』とは自分の本当の居場所にいることだと思います・・・あの子は言いませんでしたか?自分の居場所が何処であるか・・・』

「(居場所か・・・)ありがとう・・・オモイカネ・・・君のおかげで少しは頑張れそうだ!」

『頑張ってもらわなければ困ります、なにせ私の『記憶』が賭かっていますから・・・』






そして展望室に話は戻る・・・展望室でカイトは座りながらスクリーンに映る宇宙の星々を見つめていた・・・

「(わかる・・・自分がホッとしていることに・・・)」

今のカイトはまさに自己嫌悪の塊だった・・・

「(安心しているんだ・・・あの孤独の日々に戻らない事実に・・・)クソッ!!」

カイトの奥歯がミシッと音を立てる・・・そして地面に自分の拳を叩きつけた・・・あまりに激しく叩きつけたために骨が軋み、血が滲んでくるのがよくわかった。

「(痛い・・・コレが?馬鹿馬鹿しい・・・こんな痛み・・・あの子がこれから受ける痛みに比べたら何も感じない・・・)」

カイトの脳裏にリンの笑顔が浮かんだ・・・まるで自分の妹、そして自分の娘ようなリンの顔が・・・

「(そう・・・僕はまた罪を背負う・・・今までで一番重い罪・・・その罪は僕を押しつぶしてしまうほど重たくて・・・でも・・・どんな罪よりもこの罪は僕に安らぎを与えてくれる・・・・・・リン、君を死なせはしない・・・必ず・・・必ず・・・君を守ってみせる、それが今できる君に対して唯一の償いだから・・・)」

そしてカイトは立ち上がると大きく伸びをした・・・




「(ルリちゃん・・・あの子と一緒に居ると、不思議と君の事を思い出すよ・・・何故かな、でもそれが何か嬉しいんだ・・・)」





少女が望んだ居場所・・・それを拒もうとした青年・・・しかし運命は二人を同じ場所に居る事を望んだらしい・・・少なくとも・・・今、この時だけは・・・



つづく



後書き

どうも海苔です♪

コレを書いててフッと思いました・・・これはカイト×リン物?(・・;;;

かなり不安になってきました・・・多分大丈夫かな?

後ろに殺気を感じるような感じないような気がしてきますので・・・

今回はここまでと言う事で・・・柄にもなく予告なんてしちゃいますと『リンとカイトの出会いとミカヅチとクサナギの秘密』です(^▽^)

それではこの辺で・・・海苔でした♪





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