機動戦艦ナデシコ
〜RWK Before Stories〜




The second act in revenge and starting


ネルガル月面ドッグ・第0番区画


「…ふぅ」

愛機の整備が一段落し、機体の下からカイトが這い出てくる。
顔についたオイルをツナギの袖で拭うと愛機を見上げる。

(…主君を失った騎士、か…)

自嘲するような薄笑いを浮かべるカイト。
機体はピカピカに磨き上げられているにも関わらず、
どこか曇って見えるのは何故だろうか。
この白い機動兵器の名前は"フェアリーナイト"。
カイトの専用機である。
その名の通り、ルリを守る為にルリの騎士たるカイトに与えられた機体である。

(…なにが妖精の騎士だ…。
僕は主君を…ルリちゃんを守れなかったんだ…)

そう、曇っているのはカイトの心にほかならない。
その曇りを晴らす事の出来る人物達は既にこの世にいない。

(…アキトさん…ユリカさん…)

義兄と義姉の暖かな微笑みを思い出す。

(…ルリちゃん…)

そして最愛の少女の微笑みを。
"あの日"からカイトの世界は色彩を失ってしまっていた。
カイトの眼にはモノクロームの空虚な世界しか映っていなかった。
機体の最終チェックをしようとタラップに足を掛けた時、背後に近づく気配を感じた。

「…ここにいたのね」

カイトが振り向くとそこには黒髪の女性が立っていた。

「…エリナさん」

現れたのはエリナだった。
キッと引き締めた表情のままカイトの元へ歩み寄るエリナ。

「…"幽霊機動兵器"と"幽霊戦艦"が国際手配されたわ」

「そうですか」

カイトは顔色一つ変えず淡々と答える。

「…!
 そうですかって貴方ねぇ!
 これがどういう事か分かってるの!?」

あまりにも素っ気ないカイトの答えにエリナは声を荒げる。

「わかってますよ。
 …僕が"地球の敵"になったって事ですよね?
 望むところです」

カイトは薄笑いを浮かべたまま答える。

「この間の民間シャトル襲撃がまずかったわね…」

三日前、カイトは火星を飛び立った民間シャトルを撃墜していた。
シャトルの乗客の一人に火星の後継者の幹部がいたのだ。
彼一人を抹殺する為にカイトは数多の民間人を巻き込んだ。

「貴方の復讐したい気持ちはわかるわ。
 でも、罪のない人を…」

「巻き込むな、ですか?」

カイトは死者を嘲るような表情を浮かべる。

(…こんな表情をする子じゃなかったのにね…)

エリナの表情が歪む。

「…彼等に僕の家族ほどの価値があれば、ですがね。
 彼等にそんな価値はありません」

「…そう…ね…」

誰にでも優しかったカイトの面影はそこにはなかった。
そこには復讐という暗い炎に魅せられた修羅がいた。

「…で、エリナさん。
 本題は別にあるんでしょう?」

「…ええ、そうよ」

エリナはカイトから視線を逸らし、フェアリーナイトを見上げた。

「…新地球連合と統合軍がネルガルと貴方の関係に気付き始めたの」

カイトはエリナの言わんとする事をそれだけで理解した。

「わかりました」

つまりはここから出ていけという事だった。
ようやく業績が上向き始めたネルガル。
第一級のテロリストを庇い続けるのが難しくなったのだろう。
いつかはこの日が来る事をカイトは理解していた。
カイトの憎悪の対象は既に火星の後継者から人類全てへと変貌していたから。
ただ、世界の破滅を望んでいた。

「…積めるだけの機材は積むわ」

それでもエリナは補給を申し出てくれた。
カイトが何を望むかを知ってなお。

「ありがとうございます」

カイトはエリナに頭を下げた。
元々このドッグはエリナの好意で使わせて貰っていたのだ。
エリナの助けがなければこうして戦う事も出来なかった。

(…写真の時といい、この人には迷惑かけてばっかりだな…)

俯いたエリナを見てカイトは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
そしてエリナが顔を上げる。

「…どうしても…行くの…?」

弱々しい表情を浮かべたエリナ。

「はい」

カイトは間髪入れず頷く。

「…そう」

二人の間が沈黙で満たされる。

「…復讐。
 アキト君にも言ったけど、貴方達には似合わない言葉だわ」

「…そうかもしれません」

カイトはエリナの言葉を肯定した。

「だったら…!」

「でも!!」

カイトがエリナの言葉を遮る。

「…僕の家族を奪ったヤツラが生きているなんてのは許せない!
 …僕がプラントから帰ってきたのはこんな未来を見るためなんかじゃない!!」

「…カイト君」

激昂したカイトを見てエリナは言葉を失う。
これほど感情的なカイトを見るのはいつ以来だろうか。
ルリを失ったあの日からカイトの表情は失われてしまっていた。
無機質な表情と薄笑いを除いて。
だが、ルリや家族を思い、一人で泣くカイトをエリナは知っていた。
カイトの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
エリナはそっとカイトを抱き寄せる。
そして幼子をあやすように背中を撫でてやる。
この先にカイトを待ち受ける運命を想うとエリナはやりきれなかった。
孤独に心を切り刻まれ、死するその時まで戦い続ける修羅の道。
それがカイトが望んだ運命だった。

「…すいません」

どれくらいそうしていたか。
僅かに頬を赤らめたカイトが体を引き離す。

「やっぱりエリナさんは優しい人ですね」

そう言ってカイトは笑った。
昔と同じ、暖かい笑顔で。

「…そんな事ないわ」

紅潮した顔を背けるエリナ。
カイトはクスリと笑った。
そして何かに気付く。

「そうだ、これ…」

カイトはポシェットから二枚の写真を取り出した。
一枚はカイトの家族四人が揃った写真。
皆、暖かな微笑みを浮かべている。
屋台の開業祈念に撮った一枚。
家族四人が揃う唯一の写真である。
そしてもう一枚。

「…!」

それはイツキの写真だった。
写真の下半分には女性特有の丸文字で『元気だせ!』と書かれていた。

「これ、エリナさんだったんですね。
 ずっとユリカさんかルリちゃんだと思ってました」

照れ笑いを浮かべてカイトは続ける。

「…これを見た時、僕は一人じゃないんだって思えたんです。
 明日はきっといい日だと信じる事が出来た。
 この写真は僕の宝物です。
 …でも、もう僕には必要ない…」

カイトは写真を差し出す。
エリナは黙ってそれを受け取る。
これはカイトが生きた証。
彼等の家族であった証。
エリナにはカイトにかける言葉が思い浮かばなかった。

「…それじゃ、さよならです。
 今までありがとうございました」

これがカイトが誰かに見せる最後の表情なのだ。
そう思うとエリナの瞳から涙が零れる。
カイトが頭を下げる。

「さよなら、カイト君」

溢れる涙を拭おうともせず、エリナはそう言った。
カイトはきびすを返すとフェアリーナイトのコクピットへと姿を消した。
エリナはそれを見送るとドッグを後にする。
そして自室へ向かう道すがら、窓から宇宙を見上げる。
静かにユーチャリスが月面を飛び立っていく。
"白き絶望"が宇宙(そら)に放たれる。
世界に等しく破滅と絶望をもたらす為に。

(…私も同罪ね、彼等を止める事が出来たのに止めなかった…。
アキト君達の所に先にいって待ってるわ、カイト君…)

そっとコートの右ポケットに手をやる。
いつもは気にならないポケットの重みが今日はやたらと気になった。










  後書き

村:ども、村沖和夜です。

ル:どうも、ホシノ・ルリです。
  …また羽織袴ですか(RWK第7話前編後書き参照)
  今度こそ彼女が出来ましたか。

村:…どーしてそう、プライベートな方向へと話を持っていくんですか。
  どーせ私の春は北極海に沈んだままですよ…(泣)

ル:分かっているなら結構です。
  で、何の祝い事ですか?

村:今回はこれです!
  『祝!風の通り道777777HIT!

ル:おお!
  それはお祝いしなければなりませんね!
  …って、へっぽこ!
  お祝いにこんな暗いSS送りつけてどうすんですか!!
  しかも、私の出番がないじゃないですか!!!

村:…てへ♪

ル:『てへ♪』じゃなぁぁぁぁぁいっ!!!

村:(ドゴォォォォォンッ!!!
  …グハッ!!

ル:普通、こういう時は私とカイトさんの“らぶらぶ・すうぃーつ”なSSを
  送るものでしょう!?
  Rinさんの本を読んで感じた思いは何処にいったんですか!?
  ”俺もRinさんに負けない砂糖を書くゼ”とか言ってたくせに!!

村:…すいません、すぐに使えるネタがこれしかなかったんです(土下座)

ル:…まあ、いいでしょう。
  後でしっかり”教育”してあげます。

村:…こ、殺さないで…(哀願)

ル:何を言ってるんです?
  教育ですよ、きょ・う・い・く・♪
  …まあ、渡し賃は用意しておいた方がいいとは思いますが(ニッコリ)

村:(…殺る気満々じゃないっすか…)

ル:で、今回のお話の内容ですが…、
  前半のカイトさんの言動、ちょっとヤバくないですか?
  『地球の敵』と言われて『望むところです』とか、
  復讐に巻き込んだ人を嘲ったり…
  私のカイトさんはそんな酷い人じゃありません。

村:…何気にカイト君の所有宣言しましたね、今。

ル:…?
  私の所有物を私の物と言うのはいけない事ですか?(真剣)

村:…いえ、その通りだと思いますです、ハイ(震)
  で、このお話はRWK本編プロローグ後にあたるんですが、
  ”心が壊れていく中でカイト君が最後に見せたカイトらしさ”
  を書いてみたつもりです。
  キャスティングは復讐者を見送るのはエリナさん以外はないだろう、と言う事で。
  それにB3Yのエリナさんはカイト君を何かと気に掛けていましたから。
  多分、カイトにアキトを重ね合わせてるんだろうなー、とか思ってるんですが。

ル:…あの****(自主規制)が…(怒)

村:…なんつー暴言を…(焦)
  全国のエリナファンの皆様、申し訳ございません(土下座)

ル:で、今回のタイトルの
  『The second act in revenge and starting』
  これ、どういう意味です?

村:『復讐第2幕・開演』という意味です。
  この後、カイト君が修羅と化す、という事で。
  RWK第4話後編にあるカイト君の回想はこのお話の後に続きます。

ル:…無茶苦茶やったアレですね…
  ああ、あそこまでさせてしまうなんて…。
  カイトさんの私への愛は深かったんですね…

村:前にも言いましたけどはた迷惑な愛ですね

ル:やかましいッ!!

村:(ドゴッッッッッ!!
  グハッ!!!

ル:さて、キリもつきましたし…
  ここまでお付き合い下さった皆様、ありがとうございました♪
  また次のお話orRWK本編でお会いしましょう!!

村:…ぅぅ…

ル:さ、行きますよ、へっぽこ。
  ”教育”の時間です(ニッコリ)

村:…誰か助けて…(泣)








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