機動戦艦ナデシコ
〜RWK Before Stories〜




誕生日−この世界に新しい命が生まれた日。
子供は限りなく注がれる両親の愛に感謝し、
両親は子供へ愛を注ぎ続ける事を確認する日。

「でも…、私はそうじゃなかった…」



Thanks on the anniversary



「「「「「ハッピ〜バ〜スデ〜、トゥ〜ユ〜♪
     ハッピ〜バ〜スデ〜、トゥ〜ユ〜♪」」」」」

薄暗いホールにハッピーバースデーの歌が木霊する。
ここは連合宇宙軍第3艦隊に所属する試験戦艦ナデシコBの食堂である。
ホールの中央のテーブル、そのまた中央に座る今日の主賓と思しき少女は
やや困惑気味の表情を浮かべながらもどこか嬉しそうにしている。
彼女の目の前におかれた巨大なチーズケーキに刺さっている蝋燭は16本。
その淡い光に照らし出されたのは
宇宙軍のヒロインこと『電子の妖精』ホシノ・ルリその人だった。

(…この人数ですと皆さん持ち場を放棄してきていますね…)

ハッピーバースデーを歌い続ける合唱団を見ながらルリはそんな事を思う。
だが皆は自分の誕生日を祝ってくれているのだ。
責任感が少々咎めるものの、悪い気はしない。

「「「「「ハッピ〜バ〜スデ〜、トゥ〜ユ〜♪
     ハッピ〜バ〜スデ〜、ディアかんちょ〜♪
     ハッピ〜バ〜スデ〜、トゥ〜ユ〜♪♪」」」」」

余韻を引きながらハッピーバースデーの歌が終わる。
ルリは思い切り息を吸い込み、蝋燭を吹き消した。
見事、一発で全ての蝋燭の火が消える。
その瞬間、食堂に雷鳴のような拍手が鳴り響く。
そしてパァン、パァン!とクラッカーを鳴らす音も響く。
それらの合間から

“艦長、おめでとー!”

“ルリルリ、ばんざーい!”

“かんちょー、結婚してー!”

等々クルーから祝いの言葉?が投げ掛けられる。
試験戦艦という事で通常の戦艦の約半分、
150名足らずのクルーしかいないにも関わらず、
食堂には何百人も集まっているのではないか。
そうルリに錯覚させる程に彼等の歓声は凄まじかった。
その歓声もルリが立ち上がると一斉に静まり返る。
見事な団結力、流石は宇宙軍最強と称される艦のクルー達である。

「艦長、マイクです」

ルリの隣に控えていたハーリーがマイクを渡す。

「ありがと、ハーリー君」

マイクを受け取るとスイッチが入ってる事を確認する。
そして少し考え込む仕草をしてから口を開いた。

「皆さん、ありがとうございます。
 こんなに盛大にお祝いして貰って…」

ありきたりだが、素直な感謝に溢れた言葉。
そしてルリがペコリと頭を下げる。

「でも、私の誕生日は“明日”なんですけどね…」

ルリは苦笑いしながらそう付け加えた。
その通りだった。
今日は7月6日である。
ルリの誕生日は7日、つまりは一日のフライングである。
それは何故か?
ナデシコは明日より三週間の日程で統合軍第4艦隊との合同演習に参加する。
そうすれば誕生日パーティーをしている暇などない。
最もこのクルー達はおかまいなしにパーティーをしようとするだろうが
肝心のルリが許可しない事は間違いない。

“なら前倒しでやってしまえばいいんじゃない?”

ホリカワ准尉の言葉は枯れ野に放たれた炎の如くナデシコを駆け巡り、
僅か一時間後には全クルーの署名嘆願書がルリの前に積み上げられた。
つくづく優秀なクルー達である。
これにはルリも許可を出すしかなかった。
そしてクルーが各々の特技を存分に発揮し、
瞬く間にパーティーの準備を整えてしまったのだ。

「ほいよ、艦長」

あちこちで談笑するクルーを眺めていたルリの前に
サブロウタがリボンを掛けた一冊の本を差し出す。
それはルリの好きな作家の詩集だった。

「ありがとうございます、サブロウタさん」

ルリは詩集を受け取り微笑んだ。

「あ、艦長!
 これは僕からです!」

「ありがと、ハーリー君」
ハーリーが差し出した小箱には七宝焼きのペンダントが入っていた。
ハーリー、渾身の一作ではあるがルリはあっさりとポケットに仕舞ってしまった。

「「「かーんちょう!」」」

ホリカワ、サクラ、ナベシマ准尉のオペレータートリオ。
ルリと最も親しい三人である。
彼女等が差し出したのは髪留めとイヤリングのセットだった。
彼女等の顔がやや赤いのが気になるが、それらを早速付けてみたルリ。

「…僕のペンダント…」

涙目になるハーリー。
サブロウタが慰めるようにハーリーの肩を叩いている。

「…変じゃないですか?」

「「似合ってますよ、艦長♪」」

サクラとナベシマがルリを褒める。
瑠璃石を素材にしたそれらのアクセサリーはルリの容貌によく映えた。
そしてホリカワがそっとルリに耳打ちする。

「…ミスマル中尉もきっとそう言ってくれますよ♪
 …あ、艦長が笑顔で迫ったらイチコロかも♪」

その瞬間、ルリの顔が真っ赤に染まる。

「…ホ、ホリカワ准尉っ!?
 何を言うんですかっ!!」

珍しく大声で反論するルリ。

「あーあ、こんなに真っ赤になっちゃって♪
 もー、可愛いんだからー、ウチの艦長は♪」

しかし、サクラに背後から抱き締められてしまう。
ナベシマはルリのほっぺたをつついて笑っている。
その時、ルリは彼女達からある臭いがする事に気付いた。

「…!
 貴女達、お酒飲んでますね!?」

「「「飲んでないですよ〜だ♪」」」

(…絶対ウソです…)

赤ら顔に千鳥足。
これを酔っ払いと言わずとして何をそういうのか。
しかも同様の症状のクルーが食堂のあちこちで発生していた。
禁酒の艦内にどうやってアルコールを持ち込んだのか。
出発前の母港でのチェックでは怪しい物は一切なかったはずなのに。
密造酒製造マシーンをありきたりの部品から
作り出してしまう某整備班長もいないのに。

(…どうしてウチのクルーはこういう事が出来るんでしょうか…?)

大半のクルーは自らが選抜したのだが、ルリはその事をやや後悔した。
そしてアルコールの入った宴は益々混迷の度合いを強めていった。
後にこのパーティーが首脳部に露見し、
招待されなかったトップ3がいじけたのはまた別の話である。


ナデシコB・展望室

先ほどまでの狂乱はどこへやら、ナデシコ艦内は静寂に包まれていた。
ルリはパーティーがお開き
(続行可能人員が0になった、つまり全員が酔い潰れた)
になった後、自室でシャワーを浴びていた。
そして髪に湿り気をたたえたまま、展望室へとやってきていた。
チラリとコミュニケの時計に目をやる。
まもなく日付が変わる。
ルリの誕生日へと。
そして誕生日に関する思い出が次々に浮かんでくる。

11歳までの誕生日−
『そんな日があるなんて知らなかった。
 例え知っていても何も変わらない。
 いつものようにただ実験を受けるだけの日』

12歳の誕生日−
『ボソンジャンプの真っ最中。
 気付いた時には過ぎていた日』

13歳の誕生日−
『初めて誕生日があった事に感謝した。
 ナデシコの仲間が、アキトさんが、ユリカさんが、そしてカイトさんが祝ってくれた。
 カイトさんの焼いてくれたチーズケーキは私のお気に入りになった。
 少し不格好だったけど、暖かい心がいっぱい詰まってた。
 家族の暖かさを感じた日』

14歳の誕生日−
『一番辛かった誕生日。
 誕生日を祝ってくれるはずの二人の家族がいない。
 カイトさんのチーズケーキは甘いはずなのに何故かしょっぱかった。
 大切なものを失くした辛さを知った日…』

15歳の誕生日−
『カイトさんと初めて二人で過ごした誕生日。
 失った幸せは元には戻らないけど、カイトさんと新しい幸せを捜す事に決めた。
 …誰かを大切に想う…、愛する事を知った日…』

そして今日を迎えた。
ルリはふと宇宙(そら)を見上げた。

(…カイトさん…)

のほほんとした笑顔を想った瞬間、涙が瞳から溢れそうになる。
カイトは別任務でナデシコを離れていた。
最後に会ったのはカイトが下船した時、八ヶ月も前になる。
声を聞いたのすら半年前の事だった。

(…分かってます…、私もカイトさんも軍人です。
お互いにやらなければならない事があるんですから…)

そう言い聞かせてもルリも10代半ばの少女である。
大切に想う相手と長い間離れて過ごすのは辛かった。

「…カイトさん、寂しいです…」

心の奥底に閉じ込めていた想いがついに漏れてしまう。
そうなってしまっては決壊するのは時間の問題だった。

「…カイトさん…、カイトさん…」

ルリの金色の瞳からポロポロと零れ出す。

「…カイトさん…逢いたいです…」

その時、ルリの目の前の空間が突如光りだす。

「…!?」

やがて光は人の形に収束し、弾ける。
そこには一人の男性が立っていた。

「…カイトさんっ!」

「や、ルリちゃん。
 久しぶり♪」

いつもと変わらぬカイトの笑顔。
思わずルリはカイトに飛び付く。
そして力いっぱいカイトを抱き締める。

「わっ!?
 ル、ルリちゃん!?」

いきなり抱き締められたカイトは目を白黒させる。

「…寂しかったんです…。
 こんなに長く会えなかったのは初めてだったんですから…」

カイトの胸に身体を預け、頬を擦り寄せるルリ。
腕の中にある愛しい人の温もりが幻ではない事を確認するかのように。

「ルリちゃん…」

カイトもそっとルリを抱き締める。

「…僕も寂しかった…。
 任務の途中だったけど抜け出してきちゃった」

その言葉にルリは顔を上げる。
優しい漆黒の瞳が自分を見つめていた。
カイトの手がルリの頬に触れる。

「…ルリちゃん、目を閉じて…」

その言葉の意味が分からぬ程にルリは子供ではなかった。
そっと目を閉じたルリ。
カイトはゆっくりとルリに顔を近づける。

「…んっ」

唇を触れ合わせるだけのキス。
どれくらいそうしていたか、名残惜しそうにどちらからともなく唇を離す。

「…2年振り…かな?」

「…そうですね…」

真っ赤になった二人が微笑み合う。

「…カイトさん…もう一回…して下さい」

「ルリちゃんの欲張り…♪」

カイトは意地の悪い微笑みを浮かべると再び唇を重ねようとした。
が、その時カイトのコミュニケがアラーム音を鳴らした。

「…!?」

ビクリと震えるルリ。

「あ、ちょっと待って」

カイトはアラーム音を切るとポケットから小さな小箱を取り出し、ルリに差し出した。

「ルリちゃん、お誕生日、おめでとう♪
 いきなりキスするとは思ってなかったから後になっちゃったけど」

「あ、ありがとうございます…」

カイトが差し出したのは青い小箱。
箱を開けると中には銀色に輝く指輪が入っていた。
シンプルなデザインで小さな瑠璃石が飾られている。

「カイトさん、これ…」

ルリはカイトの顔と指輪を交互に見つめる。
カイトはルリの左手を取り、薬指に指輪を嵌めてやる。
ルリの顔がさらに朱く染まる。
左手の薬指の指輪。

(…こ、これって…もしかして…)

ルリは暴れる鼓動を必死に抑えてカイトの言葉を待った。

「…これが僕の正直な気持ちだよ。
 …ルリちゃん、僕と…」

カイトは一瞬躊躇し、一気に言い放った。

結婚して下さい

「…え?」

ルリの目が驚きに見開かれる。
告白をすっ飛ばし、プロポーズをしてきたカイトに。
だが真剣な表情のカイトを見ているとそんな事はどうでも良くなった。

「…ハイ」

だからルリはコクリと頷いた。

「ルリちゃん、ありがとう♪」

カイトは満面の笑顔でルリを抱き寄せた。
ルリもカイトにしがみつく。
今日は7月7日。
ルリの誕生日。
一年に一度の記念日。
その記念日にもう一つ意味が出来た。
満点の星空の下、カイトとルリはいつまでも抱き合っていた。

「ルリちゃん、この世界に君がいてくれた事に、
 僕と出会ってくれた事を、
 そして僕を好きになってくれた事に感謝を。
 誕生日、おめでとう!」

カイトはルリを抱き締めたまま、そう囁いた。


Fin



余談

カイトは任務を抜け出してきていたが、
コウイチロウらの計らいによりお咎めなしになった。
そして演習終了後、カイトはナデシコBに副長補佐として戻ってきた。
その命令書の角には

『ワシらからの誕生日プレゼントだよ。byコウちゃん&ヨッシー&ゲンちゃん』

と書かれていた。




後書き

村:ども、村沖和夜です。
  ルリルリ誕生日記念作品
  『Thanks on the anniversary』
  をお送り致しました!

ル:どうも、ホシノ・ルリです。
  へっぽこにしては中々よい作品です。
  プロポーズとはやりますね。
  あくまでへっぽこにしては、ですが。
  次は私とカイトさんの結婚式のお話ですね?

村:…RWKはどうすんですか?
  BSシリーズはどんな話でも必ず
  RWKのプロローグに繋がっていくんですよ?

ル:じゃあ、私とカイトさんは幸せになれないじゃないですか!?

村:貴女(16歳Ver)はそういう設定なんで諦めて下さい(ニヤリ)

ル:(ブチッ!)
  …いい度胸してますね、アナタ…

村:ひいいいいッ!

ル:まあ、成敗するのは後にしてお話の内容の解説をしましょうか。
  貴方の遺言にもなるので、心して解説しなさい。

村:…ゆ、遺言っすか…。

ル:さて、今回のタイトルはどういう意味なんですか?

村:直訳してくれて構いませんよ。
  『記念日に感謝を』とそのままです。
  誕生日をきっかけに二人の関係が変化する…というのを狙ったはずなんですが…
  何故かカイト君がプロポーズする事に。

ル:まあそれは構いません。
  私にとってはこちらが“本編”ですから。
  でも、系統からするとこのお話は「例えばこんな日」シリーズに入るのでは?

村:内容はそうなんですが、ストーリー上はBSシリーズかと。
  アキトに協力している時代の話を書いてから、と思ってたんですが、
  誕生日記念という事で早々に公開する事にしました。

ル:なるほど。
  まあ、今後とも精進して下さい。

村:(…良かった、許してくれるんだ)
  今後もRWK本編共々よろしくお願いします。
  感想、批判、リクエスト、お待ちしております!!

ル:ここまでお付き合いして下さった皆様に感謝しつつ…
  次回のお話でお会いしましょう!!
  …さて…(ジャキン!

村:…あう…やっぱり…

ル:クスクス…死になさい、へっぽこ作者♪

村:(ドゴォォォォォン!!
  …もう勘弁して下さい…








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