機動戦艦ナデシコ 〜RWK Before Stories〜 |
Leaving the Family 五月の連休が終わる頃、カイトとルリは木星プラントの調査を終えて地球へと帰って来た。 木星でカイトが得たのは悲しい記憶と別離、そして最愛の少女の暖かな想い。 ルリが得たのは最愛の人と痛恨の想い。 複雑な思いを抱えたまま、二人は家路に着いた。 ネルガルの用意した車に乗り込み、家族の待つアパートへと向かう。 後部座席に並んで座っている二人。 沈黙を破ったのはルリだった。 「カイトさん、やっぱり話すんですか? アキトさんとユリカさんに」 帰還途中のナデシコBで、サセボからの飛行機の中で幾度もルリがカイトに尋ねた事だった。 「…うん。 家族に隠し事はしたくないから」 カイトは微笑んでその時と同じ答えを返す。 「…」 ルリはその言葉を聞いて俯く。 木星のプラントで知ったカイトの過去。 そしてイツキの事。 結果、ルリはイツキからカイトを奪ってしまった。 ただ一人の"同族"であるカイトを一途に待ち続けたイツキから。 それどころか、カイトにイツキを撃たせてしまった。 触れ合った記憶は失くしていたとはいえ、『ミカズチ』が愛していたはずの女性を。 彼のたった一人の"同族"を。 −カイトはイツキと居た方が良かったのでは− そんな思いがルリの脳裏をよぎる。 カイトも最初はそうするつもりだったのだ。 だからこそ、あの時別れの言葉を口にしたのだろう。 今、カイトが隣にいるのはルリがそれを願ったからに過ぎないのだ。 (…なんて我が儘なんだろう、私は…。 カイトさんが傍にいてくれれば、それだけでいいはずなのに…) 思わず込み上げてきた涙を隠すように俯く。 そんなルリを心配げにみやるカイト。 カイトはルリがイツキの事を気にしているのだと思った。 「…イツキの事なら気にしなくていいよ」 「!」 カイトの言葉にルリは顔を上げる。 そこにはいつものように暖かく、優しげな微笑みがあった。 「僕はイツキじゃなくてルリちゃんを選んだんだ。 君の隣にいる事を僕が望んだんだ。 ルリちゃんが気にする事じゃないよ」 カイトはそっとルリの肩を抱き寄せる。 「…」 ルリはカイトにもたれかかりながら再び俯く。 カイトはルリの髪を撫でつけながら言葉を繋げる。 「…それとも後悔してる? 僕を連れて帰ってきた事を」 カイトの発した残酷な問い。 その表情は暗く沈んでいた。 「…! そんな事ないです!」 ルリは強い口調で否定する。 「…そんな事、ある訳ないです…。 私もカイトさんに傍にいて欲しいと望んだんです。 …その事が誰かを傷つける事になるのは覚悟してましたし、 後悔なんかもしてません…」 消え入りそうな声でルリは繰り返す。 カイトに好意を寄せていたであろうナデシコクルーの顔が浮かんでは消える。 そして最後に浮かんだのは悲しげな表情のイツキだった。 彼女の事が気になるというのも事実だったが、ルリが真に恐れていたのは別の事だった。 「…じゃあ、何?」 「…」 言おうか言うまいか。 しばし口ごもっていたルリだったが、おずおずと口を開く。 「…アキトさんとユリカさんです…」 「?」 カイトが?マークを浮かべる。 「アキトさんとユリカさんが…カイトさんを拒むかもしれないと思うと…怖くて…」 「…」 ルリが恐れていたのは家族の崩壊だった。 それはカイトにも痛いほどに理解できた。 アキト、ユリカ、カイト、そしてルリ。 家族の大前提である血の繋がりを持たない四人の真剣な"家族ごっこ"。 それぞれの想いのみに頼った強くてはかない絆。 互いを信じる心を失ってしまえばたちまちに崩れ去るであろう蜘蛛の糸。 それが彼等の『家族』だった。 だが、そんな脆い絆でもカイトとルリにとって何物にも変えられぬ宝物であった。 彼等の与えてくれる温もりを失ったら− そう思うだけで背中に冷たい汗が流れる。 アキトとユリカがカイトを拒否したらどうすればいいのか。 最愛の家族と最愛の男性。 天秤にかけられるはずもなかった。 「もし…そうなったら…私は…」 金色の瞳からは今にも涙が溢れそうになっている。 カイトはそんなルリをみて思う。 自分がどれだけルリを必要としているか、それを伝えなければならない。 「ルリちゃん…」 カイトはルリを抱き寄せる腕に力を込める。 「…帰ってくるまでに考えてた事があるんだ」 「?」 ルリはカイトを見上げる。 「出ようと思うんだ、アキトさんの部屋」 「!?」 カイトの意外な言葉にルリの目が驚きに見開かれる。 「…どうして…ですか…?」 ルリはかろうじてそれだけの言葉を紡ぎ出した。 「ちょっと前から考えてたんだけどね…、 いつまでもアキトさんやユリカさんに甘えてちゃいけないって」 カイトは微かな笑みを浮かべて続ける。 「あ、アキトさんとユリカさんが嫌いになったんじゃないよ? 二人とも大切な家族だし、その思いは拒絶されても変わらないよ」 「…」 ルリはカイトの言葉を黙って聞いているしかなかった。 「木星に行って決心がついたんだ。 ルリちゃんが僕を望んでくれたから」 ルリの頬がサッと紅潮する。 「この世界で生きていくって決めたんだ。 ヒトとしてね」 「カイトさん…」 「だからこそ知りたいんだ、自分の生きる世界の事を。 アキトさんとユリカさんの傍はとっても心地のいい場所だけど、 いつまでもそこに留まってはいられないと思うから。 僕の知ってる世界はあまりにも狭い。 僕にはナデシコの皆がくれた世界しかない。 木星にいくまではそれでもいいかなって思ってたけど…。 木星で自分が何なのかを知って、そしてこの世界で生きるって決めた。 だから、この世界で自分だけの、僕自身が勝ち取った居場所を探したいんだ。 …ルリちゃんやナデシコの皆のように」 そう言ってカイトはニッコリと微笑んだ。 それは透き通るような微笑みだった。 「…」 ルリは呆然とカイトの笑顔を見つめていた。 そしてルリはコクリと頷いた。 (…止める理由も権利も私にはありませんしね…。 でも…何だか寂しいです…) カイトがどこか遠くへ行ってしまうような気がした。 ルリの胸にズキンと鈍い痛みが走る。 「…それでね、ルリちゃんにお願いがあるんだ」 「…?」 真剣な表情でルリを見つめるカイト。 漆黒の瞳の中にはルリだけが映っている。 「僕と一緒に来て欲しい」 「…!」 再び驚きに目を見開くルリ。 鈍い痛みが消え去り、代わりに暖かな想いが胸に満ちてくる。 「僕にはルリちゃんが必要なんだ。 ルリちゃんと一緒に新しい居場所を探したい…」 その言葉にルリの瞳から涙が零れる。 「…え? …え!? ご、ごめん!」 突然のルリの涙にカイトは狼狽し、謝る。 さすがにこんな反応は予想していなかった。 「…ごめん、迷惑だったよね。 ルリちゃんの気持ちも考えずにいきなり…」 ルリとアキト、ユリカの絆は自分よりも強いはずだ。 彼女が自分を望んでくれたとはいえ、 ルリが彼等から離れる事を承知するはずがないではないか。 カイトは自らの浅はかさを呪った。 「ごめんね、今のは忘れて…」 カイトは俯いた。 だが、ルリは涙を拭いながらニッコリと微笑んでみせた。 「…違います…、違うんです…。 カイトさん、これ、嬉し涙です…」 「…え?」 カイトは顔を上げてキョトンとした表情を浮かべる。 「…カイトさんが…本当に私を必要としてくれてるんだって分かったから…。 だから、嬉しいんです…」 「ルリちゃん…」 カイトは鳴咽するルリを胸の中に抱き寄せる。 ルリもカイトにギュッとしがみつく。 「私、カイトさんの支えになれるんですよね…?」 真っ赤になった瞳でカイトを見上げるルリ。 「うん。 僕の隣で…一番傍で…僕を支えてほしい」 「…ハイ!」 そう言ったルリの笑顔はカイトが見た中でも一番綺麗な笑顔だった。 (…!) 思わずカイトの胸が高鳴る。 「ありがとう、ルリちゃん」 カイトはそう呟くと目尻に浮かんだ涙をそっと拭った。 しばらくして車はアパートの近くに到着する。 カイトはルリをエスコートして車から降ろしてやる。 車が走り去るのを見送ると、カイトとルリは手を繋ぎなおして歩き出す。 「これからはずっと…一緒ですよね?」 ルリはカイトを見上げて呟いた。 「うん、ずっと一緒にいよう」 繋いだ手に力を込めるカイトとルリ。 カイトとルリは繋いだ手の温もりを噛み締めていた。 これからの長い時を共に過ごすはずの相手の温もりを。 空には満天の星が輝き、二人の未来を祝福するかのように瞬き続けていた。 Fin 後書き 村:ども、村沖和夜です。 短編『Leaving the Family』をお送り致しました。 ル:どうも、ホシノ・ルリです。 何でいきなり短編なんて書いてるんですか? さっさと本編書きなさい。 村:…(滝汗) RWK本編の執筆がちょいと進まないものですから。 気分転換に書いてみたんです。 もともとカイト君の設定(本編5話後書き参照)を 使ったお話っていうのは考えてましたから。 ル:まあ、私が主役ですから許してあげましょう。 その設定にあった私とカイトさんの新生活前夜、といった感じですね。 村:そうですね。 私見ですが、B3Yのカイト君はどこか流されるままに生きている、 といった印象があったものですから。 カイト君が自分の居場所を探す決心をしたって感じですかね。 ル:それでタイトルが『Leaving the Family』ですか。 『家族からの旅立ち』…安直ですね。 村:… ル:で、『RWK Before Stories』というのは? 複数形って事はまだ何か書くんですか? 村:ええ。 カイト君が逆行する前のお話のネタがいくつかあるんです。 その中でもRWK本編に繋がっていくようなものを 『RWK Before Stories』として書くつもりです。 それ以外の日常ネタは『例えばこんな日』シリーズで書きます。 ル:…熱心なのはいい事ですけど、大丈夫ですか? そんなに多角展開しても? 貴方の脳の処理速度では処理落ちを起こすと思うんですが。 村:…(滝汗) が、頑張ります… ル:ホントに大丈夫でしょうか? まあ、個人的にはこっちに力をいれてほしいものです。 なんせこっちは私が主役なんですからね。 村:そういう訳なんでRWK本編共々よろしくお願いいたします! 感想、批判、リクエスト等お待ちしてます! ル:ここまでお付き合い下さった皆様に感謝しつつ… 次のお話でお会いしましょう! |
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