機動戦艦ナデシコ
〜例えばこんな日〜




Calling Side of KAITO



宇宙軍サセボドッグ・ナデシコB


「…あー、さっぱりした♪」

部屋に備え付けのシャワールームから髪を拭きつつ出てきたのはカイト。
演習の後のシャワーは格別である。

「…ん?」

机の上のPCにメールの着信を示すシグナルが点っている。

(ルリちゃん、かな…)

最愛の少女の微笑みを想い浮かべてメールボックスを開く。
だが差出人はルリではなかった。

「…義父さん?」

差出人はカイトの義父−ミスマル・コウイチロウだった。
しかも使用しているアドレスは宇宙軍総司令としてのものだった。
つまりこれは義父としてではなく総司令としてのメッセージである。

(…報告会で何かあったのかな…)

つい先日まで行われていたナデシコBの演習航海。
その報告会が今日トーキョーで行われていた。
それには艦長のルリが参加している。
本来なら副長を務めるカイトも参加しなければならないのだが、
別任務でサセボに残っていたのだ。
とりあえずメールを開くカイト。
ウインドウに立派なカイゼル髭を蓄えたコウイチロウが現れる。

『…私だ』

重々しく口を開くコウイチロウ。

「…?」

その様子に何か違和感を覚えるカイト。

『ミスマル・カイト中尉…、任務だ』

思わず背筋を伸ばすカイト。
緊張した面持ちでコウイチロウの次の言葉を待つ。

『明日0800時、総司令執務室に最優先で出頭したまえ。
 これは総司令部の決定でもある』

「はっ!」

メールではあるがカイトはコウイチロウに敬礼する。
総司令部という事はムネタケ中将やアキヤマ少将の意向でもあるのだ。

『…なお、このメールは自動的に消滅する』

「…へ?」

コウイチロウがニヤリと笑った瞬間、ウインドウが光に包まれる。
続いてPCが轟音を立てて炎に包まれる。
そして部屋が黒煙で満たされる。

「…な、何だったんだ…今のは…?」

ケホッ、と口から煤を吐き呆然とするカイト。

「…とりあえず、もう一度シャワーだな…。
 後、部屋の掃除…」

カイトは煤だらけの部屋を見回してため息をついた。
胸の中にやり場のない怒りを抱えて。


二度目のシャワーを終え、部屋の掃除をするカイト。
ふと時計を見上げる。

「あ、もうこんな時間か」

すでに15時を過ぎていた。
今日はサセボ発ヨコスカ行の夕方の軍用定期便が運休になってしまった。
なのでフクオカから民間機で帰京しなければならないのだ。
そろそろ出なければ間に合わない。
いざとなれば他にも移動手段はあるのだが、
それはカイトの好むところではなかった。
部屋の隅に置かれていたボストンバッグに
着替えやら何やらを適当に放り込み、部屋を出る。
が、出ようとしたところである事に気付く。

(ルリちゃんに電話しといた方がいいよね)

カイトは部屋に戻ると端末の前に座る。
そしてルリの自宅−カイトの自宅でもあるのだが−の番号をダイアルする。
同じ戦艦の艦長と副長という立場の二人。
ゆえに行動が別々になる事などほとんどなく、
この番号も数える程しか使ったことがない。

『はい、ホシノです』

3回程のコールの後、ルリがウインドウに現れる。

「もしもし、ルリちゃん?
 カイトだけど…」

この番号を利用するのはカイトとルリだけだ。
それでも互いに名乗りあう。

『お疲れ様です、カイトさん。
 演習は終わったんですか?』

「うん、ついさっきね。
 そっちの報告会も終わってるみたいだね」

『ええ、1時間程前に』

カイトが報告会を欠席した理由はナデシコBの演習航海が終わって
すぐに組まれた統合軍機動兵器部隊との合同演習だった。
ルリと一緒に帰る事が出来かったカイトの不機嫌の嵐が統合軍に吹き荒れた。
たった一機のエステバリス・カスタムに
ステルンクーゲル・プロトの一個大隊が撃破されたのだ。
統合軍は後にこの演習を"ツシマの屈辱"と呼称する事になるのはまた別の話である。

『確かクリムゾンの新型機動兵器が相手だったんですよね?
 どうでした?』

「んー、中々いい機体だと思うよ。
 まだまだ粗削りだけど、ソフトの質さえ上がればパイロットによっては
 エステを上回れるんじゃないかな?」

いけしゃあしゃあとステルンクーゲル・プロトを評価するカイト。

『…なるほど。
 IFS処理にはまだまだ抵抗が根強いですからね。
 パイロット不足に一石を投じる兵器になるかもしれませんね』

「そうだね。
 …まあ、宇宙軍(うち)は採用したくても出来ないだろうけど」

カイトとルリが知る事はなかったが、
このツシマの屈辱が統合軍にエステバリス部隊を
存続させるきっかけとなっていたのだ。

「…そう言えば演習航海の評定はどうなったの?」

その質問をした瞬間、目に見えてルリが硬直する。

『……まあ、概ね問題なしです』

「…なに?
 その微妙な間と"概ね"ってのは?」

珍しく歯切れの悪いルリに心配になるカイト。

『航海中に行った模擬作戦の評定はほぼ満点でした。
 クルーの士気、能力ともに最高水準をキープしてます。
 会で議題になったのは、その…私とカイトさんです』

「…僕達?」

カイトの脳裏をコウイチロウのメールが過ぎる。
あれは譴責のメールだったのだろうか。
そう思い、ルリに尋ねてみる。

「具体的にどんな事が問題になったの?」

『…はぁ、えっと…』

珍しく口ごもるルリ。
頬が紅潮しているのが気になるが。

「…僕には言えない事?」

やはり譴責だったかと思い、肩を落とすカイト。

『あ、いえ、そんな事ないです』

落ち込んだ表情をしていたのだろう。
ルリが慌てて否定する。

『会で問題にされたのはですね…』

「問題にされたのは…?」

カイトは思わず唾を飲む。

『…私とカイトさんは付き合っているのか?…です(///)』

ルリは盛大に頬を染めている。

「…」

目が点になるカイト。

『…』

「…」

きっかり3分間の硬直の後、ようやく復活するカイト。

「…なんで?」

それだけを搾り出すのが精一杯だった。

『なんで、と言われましても…』

さすがにルリも困惑の表情を浮かべている。

「ウチのトップ3と最優秀の艦長があつまって何をしてるかと思えば…」

思わず上司達を皮肉るカイト。

『そ、そんな事言われても…、私にはどうしようも…』

確かにそれはそうだ。
自分でもあの三人
−ミスマル総司令、ムネタケ参謀長、アキヤマ先任参謀−
とこの手の話題は願い下げである。

『で、ルリちゃんはなんて答えたの?』

そちらの方にカイトは興味があった。

「…まだ付き合っていないと答えました」

そういってルリは俯いた。
俯くルリを見てカイトは思う。
ルリが自分との関係を先に進めたいと思っているのは薄々知っていた。
ミナトやユキナからもさっさと告白しろと散々にせっつかれている。
だが、そうする訳にはいかなかった。
史上最年少の天才艦長とはいってもルリはまだ14歳である。

(…まだ犯罪者にはなりたくない…)

一瞬、それでもいいかと思ってしまったのはカイトの最重要機密である。
13歳のルリとキスした事は棚に上げておく事にしたカイト。

(まあ、それはともかく…、今はまだ、ね…)

そして唐突にカイトの脳裏で閃くものがあった。

「…」

そして呆然とするカイト。

『…?
 カイトさん…?』

ルリが心配してカイトの名前を呼ぶ。

「それでか…」

思わず呻くカイト。

『…何かあったんですか?』

ルリが尋ねてくる。

「明日の朝一番、総司令執務室への出頭命令がメールで届いてるんだ。
 その三人の連名で」

『…合同演習の結果報告じゃないんですか?』

ルリは至極まともな返答を返してくる。
だがカイトには確信があった。

「…そのメールが再生終了と同時に爆発したとしても?」

『…』

さすがにルリも唖然とした表情を浮かべている。

『…大丈夫でしょうか、宇宙軍…』

「…どーだろ…」

一瞬、本気で統合軍への移籍を考えたルリとカイトであった。

『そ、そういえば今日の帰りは何時頃になるんですか?』

ルリが強引に話の流れを変える。
カイトも電話した最大の理由を思い出す。

「あ、ああ…、その事で電話したんだけど…」

ルリの心遣いをありがたく受け取るカイト。

「17時の便に乗るから…。
 18時過ぎには帰ると思う」

『わかりました。
 では、夕飯用意しておきますね。
 リクエストとかあります?』

二人で暮らし始めた当初は料理はカイトの担当だったが、今ではルリも料理をする。
ただ、カイト 胃薬を手放すことが出来たのはつい最近の事ではあったが。

「んー、そうだな…。
 じゃあ、パスタをカルボナーラでお願いします」

『はい。
 気をつけて帰ってきて下さいね』

「ありがと。
 ルリちゃんも気をつけて。
 キッチン爆破しちゃダメだよ?」

カイトがからかうとルリが顔を真っ赤にして怒鳴る。

そんな事しませんっ!!

「アハハ、冗談だよ♪
 それじゃ、ルリちゃんお手製のカルボナーラ楽しみにしてるから!
 じゃあねっ♪」

『カイトさん、話はまだっ…!』

ルリがまだ何か言おうとしていたがカイトはウインドウを閉じてしまった。
今頃、子供っぽいとか何とかと愚痴を言っているのだろう。
だが、そうした関係が心地よかった。
ルリが年相応の少女の表情を見せるのはカイトの前だけである。
ありのままの自分を曝け出せる関係。

(…あと少しだけ…このままでいさせてね…。
焦らなくても、僕の全てはルリちゃんのものなんだから…)

切れてしまった電話に、その向こうのルリにカイトは微笑む。

「…大好きだよ、ルリちゃん…」

そう呟くと立ち上がり、カイトは部屋を出る。

「さて、我が家へ帰るとしますか…♪」


Fin


  後書き

村:ども、村沖和夜です。
  『Calling Side of KAITO』をお送り致しました!

ル:どうも、ホシノ・ルリです。
  Callingのカイトさん側の話ですか。
  
村:ええ、そのうち書こうと思ってたヤツです。
  いや、大変でした。

ル:何でです?   元ネタがあるんですから楽でしょう?

村:その元ネタ、及び他作品との整合を取るのに苦労しました。
  例えば、カイトくんが何故ルリさんとの関係を進めないか、という所ですが。
  イツキかユリカさんの事を吹っ切れていないという事にしようと思ったんです

ル:まあ、妥当な理由ですね。
  ”犯罪者になりたくない”というのよりはマシだと思いますが。

村:…(泣)
  ただ、そうすると…
  
  ユリカの場合:『My dear sister』と合わない

  イツキの場合:『Leaving the Family』と合わない

  まあ、他にもRWK本編と合わない部分とかも出てきたりして大変でした。

ル:…なるほど。
  それなりには考えていたようですね。
  ところで、短編も増えて来たので時系列を整理してはどうですか?

村:…ふむ、確かに。
  僕も時々混乱しますからね。

ル:アンタがそんな事でどうするッ!!

村:(ドゴォォォォォンッ!!
  ギャアッッッッッッ!!

ル:では、時系列は以下の通りです。

   My dear sister
    ↓
   Leaving the Family
    ↓
   Calling・Calling Side of KAITO
    ↓
   Thanks on the anniversary

  と、なっています。

村:…ぅぅ…(瀕死)

ル:おや、徐々に耐性が出来てきたみたいですね。
  さっさとRWKの続きも書きなさい。

村:…はい。   それでは、ここまでお付き合い下された皆様に感謝しつつ…

ル:次のお話でお会いしましょう!!







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