機動戦艦ナデシコ
〜例えばこんな日〜




Calling



トーキョー・宇宙軍家族用官舎707号室


「…電話ですね」

ルリがリビングで文庫本の小説を読んでいると不意に机の上の電話が鳴った。

(司令部からじゃないといいんですが…)

1時間程前に散会となった演習航海の報告会。
その再召集でない事を祈るルリ。
恐る恐るディスプレイを覗き込むとそこには見慣れた名前があった。

「あ!」

ディスプレイに表示された相手の名前を確認した時、曇っていたルリの顔がパッと綻ぶ。
表示された名前は『ミスマル・カイト』。
ルリの同居人にして、想いを寄せる相手からの電話である。
手櫛で髪を整え、手早く服装もチェックする。
自分の恰好に問題ないことを確認すると受信ボタンを押す。
リアルタイムで互いの映像が表示されるようになった時代でも
電話口での第一声は昔と変わる事がない。

「はい、ホシノです」

やや弾んだルリの声。 その顔には微笑みが浮かんでいる。

『もしもし、ルリちゃん?
 カイトだけど…』

見慣れた笑顔がウインドウに映り、聞き慣れた穏やかな声がリビングに響く。
同居人のカイトが出先から電話している以上、この電話に出るのはルリだけである。
さらにカイトの名前も表示されている。
それが分かっていても相手を確認するのがカイトらしい。

「お疲れ様です、カイトさん。
 演習は終わったんですか?」

『うん、ついさっきね。
 そっちの報告会も終わってるみたいだね』

「ええ、1時間程前に」

カイトは現在ナデシコBの副長を務めているので、本来なら報告会に出席する義務がある。
だがカイトは三日前からツシマ沖で実施された
統合軍機動兵器部隊との合同演習に愛機と共に借り出されていたのだ。
その為、トーキョーでの報告会に出席しなければならないルリは
カイトと別行動になってしまったのだ。
カイトと一緒に帰ってくる事が出来なかったルリの不機嫌の嵐が
宇宙軍本部ビルに吹き荒れ、同じく報告会にやってきていた戦艦『アマリリス』の艦長が
そのとばっちりを受けたのはまた別の話である。

「確かクリムゾンの新型機動兵器が相手だったんですよね?
 どうでした?」

『んー、中々いい機体だと思うよ。
 まだまだ粗削りだけど、ソフトの質さえ上がれば
 パイロットによってはエステを上回れるんじゃないかな?』

「…なるほど。
 IFS処理にはまだまだ抵抗が根強いですからね。
 パイロット不足に一石を投じる兵器になるかもしれませんね」

『そうだね。
 …まあ、宇宙軍(うち)は採用したくても出来ないだろうけど』

宇宙軍のサプライヤーは言わずとしれたネルガルである。
クリムゾンの兵器を採用できるはずもない。
よしんば出来たとしても今をときめく統合軍に装備を提供するクリムゾンが
斜陽の宇宙軍を相手にするとも思えない。

『…そう言えば演習航海の評定はどうなったの?』

その質問にルリはビシリと固まる。

「……まあ、概ね問題なしです」

『…なに?
 その微妙な間と"概ね"ってのは?』

カイトが真剣な表情でルリに尋ねる。

「航海中に行った模擬作戦の評定はほぼ満点でした。
 クルーの士気、能力ともに最高水準をキープしてます。
 会で議題になったのは、その…私とカイトさんです」

「…僕達?」

カイトの表情が険しくなる。
試験戦艦であるナデシコBは艦長のルリと副長のカイトにほぼ全ての決裁権が集中している。
ただ単に人手不足でクルーの数が足りないという切羽詰まった事情もあるが。
その中で自分達が議題になるという事は管理能力を疑われているという事だ。

『具体的にどんな事が問題になったの?』

「…はぁ、えっと…」

珍しくルリが口ごもる。
なぜか頬が紅潮している。

『…僕には言えない事?』

カイトがシュンと肩を落とす。

「あ、いえ、そんな事ないです」

ルリが慌てて首を振る。

「会で問題にされたのはですね…」

『問題にされたのは…?』

ゴクリ、とカイトが唾を飲む。

「…私とカイトさんは付き合っているのか?…です(///)」

自分の言葉で真っ赤になるルリ。

『…』

かたやカイトは目が点になったまま固まっている。

「…」

『…』

きっかり3分間の硬直の後、ようやくカイトが復活する。

『…なんで?』

カイトはそれだけをやっとの事で絞り出した。

「なんで、と言われましても…」

ルリも困惑の表情を浮かべる。

『ウチのトップ3と最優秀の艦長が集まって何をしてるかと思えば…』

心底呆れた表情を浮かべるカイト。

「そ、そんな事言われても…、私にはどうしようも…」

ルリがわたわたと手を振りながら言い訳する。
確かに初心なルリでは百戦練磨(何がだ?)のあの三人
−ミスマル総司令、ムネタケ参謀長、アキヤマ先任参謀−
にこの手の話題で打ち勝つのは不可能だろう。

『で、ルリちゃんはなんて答えたの?』

カイトがやや真剣な表情で尋ねる。

「…まだ付き合ってはいないと答えました」

そう答えて俯くルリ。
これは間違いではなかった。
ルリとカイトは互いに相手を想ってはいるが、
世間一般でいうような"恋人同士"といった関係ではない。
キスも2年前のあの時ただ一度である。
二人の関係はまだ"兄妹以上恋人未満"の域を出ていない。
ルリとしてはカイトとの関係がそろそろ次のステップへ移ってもいい頃だ
と思っていたが自分からは言い出せずにいた。
なにしろ相手は二代目朴念仁である。
場の空気を読めないユリカや初代朴念仁のアキトにすら気付かれていたルリの恋心を
彼女自身からキスをねだられるまで気付かなかった強者である。
カイトからルリを女性として求めてくる可能性は残念ながら低いといわざるをえない。

(…確かにあの頃も今も積極的にアプローチしている訳ではありませんが…)

しかし、あのユリカとアキトが気付いていたのだ。
結構バレバレの態度はとっているはず、とルリは思う。
そうでなくば宇宙軍トップ3の面々がちょっかいをかけてくるはずもない。

(私ももう子供じゃないって事にいい加減気付いてくれませんかね…)

ルリはそっとカイトの様子を窺う。
どうせのほほんとした表情をしているのだろうなと思いながら。

『…』

だがカイトはルリの予想に反して苦い表情をしていた。

「…?
 カイトさん…?」

『それでか…』

呻くようなカイトの声。
訳がわからず尋ねるルリ。

「…何かあったんですか?」

『明日の朝一番、総司令執務室への出頭命令がメールで届いてるんだ。
 その三人の連名で』

「…合同演習の結果報告じゃないんですか?」

まさかと思い、まともな考えを返すルリ。

『…そのメールが再生終了と同時に爆発したとしても?』

「…」

今度はルリが呆れた表情をする番だった。

「…大丈夫でしょうか、宇宙軍…」

『…どーだろ…』

一瞬本気で統合軍への移籍を考えたルリとカイトであった。

「そ、そういえば今日の帰りは何時頃になるんですか?」

話題が変な方向へ向かいつつあったので強引に流れを変えるルリ。
おそらくカイトが電話してきたのもこれが本題であろう。

『あ、ああ…、その事で電話したんだけど…』

カイトもルリの話題変更に乗ってくる。

『17時の便に乗るから…。
 18時過ぎには帰ると思う』

「わかりました。
 では、夕飯用意しておきますね。
 リクエストとかあります?」

「んー、そうだな…。
 じゃあ、パスタをカルボナーラでお願いします」

「はい。
 気をつけて帰ってきて下さいね」

『ありがと。
 ルリちゃんも気をつけて。
 キッチン爆破しちゃダメだよ?』

からかうようなカイトの声にルリが顔を真っ赤にして怒鳴る。

そんな事しませんっ!!

『アハハ、冗談だよ♪
 それじゃ、ルリちゃんお手製のカルボナーラ楽しみにしてるから!
 じゃあねっ♪』

「カイトさん、話はまだっ…!」

"終わっていません"と言おうとしたところでカイトはウインドウを閉じてしまった。

「もうっ…!
 二十歳になったのに子供っぽいところは全然成長してないんですから…」

口調こそ怒ってはいるものの、ルリの口元には笑みが浮かんでいる。

ナデシコB副長としてのカイトは今のような姿は他の人間には絶対に見せない。
それはルリもまた然りである。
飾らない素の自分をさらけ出せる関係。
そんな関係が今はとても心地良かった。

(後もう少しだけは…このままでいいですよね…)

今は切れてしまっているが、
先程までカイトに繋がっていた電話機に向かってニッコリと微笑むルリ。

「…大好きですよ、カイトさん…(///)」

そう呟くとそそくさと立ち上がり、冷蔵庫の中にある食材を思い出しながらキッチンへと向かう。

「さて、夕飯の準備をしましょうか…♪」



Fin


  後書き


村:ども、村沖和夜です。
  短編『Calling』はいかがでしたでしょうか?

ル:どうも、ホシノ・ルリです。
  どうもこうもRWK本編はどうしたんですか?
  任務放棄は重罪ですよ?

村:いや、放棄はしてませんって(焦)
  気分転換です、気分転換。
  というか似たようなやり取りをやったじゃないですか。
  (BS・Leaving the Family後書き参照)

ル:確かにそうでしたね。
  で、この『例えばこんな日』もシリーズ化するんですか?
  無茶しますね。

村:…(滝汗)
  いや、こういうほのぼの系も書きたいんですよ。
  これも逆行前のネタなんですけど、BSシリーズにはそぐわない気がしまして。

ル:BSシリーズはシリアス度が高そうですしね。
  で、ほのぼの系はこっちに纏めるんですか。

村:はい。
  というか料理できたんですね(笑)

ル:…死にたいんですか?(ギロリ)

村:…(ガクガク)

ル:まあ、パスタくらいならなんとかなります。
  茹でるだけでしょう?

村:…だからこそ、奥が深い料理なんですけどね(ボソリ)

ル:やかましい!!
  テッサさんにも出来るんですから、私にも出来ますよ。

村:…なんで『フルメタ』…?

ル:最近執筆が遅れてるのはそのせいでしょう?
  遅ればせながら貴方がはまっちゃってるの、私が知らなかったとでも?

村:…ぅ(滝汗)

ル:まあ、見識を広めるのは悪いことじゃありません。
  ただ、それを遅筆の言い訳にするのは許しませんよ?(ニッコリ)

村:ア、アイ・マム!(ビシ)

ル:よろしい
  で、RWKにクロスオーバーさせたりするんですか?

村:可能性はなきにしもあらずですが…。
  難しいと思いますね、私の筆力じゃ。
  キャラ名をお借りしたり、短編での登場はあるかも知れませんが。

ル:まあ、貴方の実力じゃその程度が精一杯ですね。
  あ、『フルメタル・パニック!』とのクロスオーバーがどうしても見たい、
  という方がいらっしゃいましたら遠慮なく私にお申し付けください。
  このへっぽこ作者でよろしければ書かせますので!

村:…へっぽこっすか…
  まあネタがない訳じゃないのでリクエストがあれば書かせて頂きますが。
  とりあえず、そういう訳なんでRWK本編共々よろしくお願いいたします!
  感想、批判、リクエスト等お待ちしてます!

ル:ここまでお付き合い下さった皆様に感謝しつつ…
  次のお話でお会いしましょう!







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