機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜





プロローグ


腕の中の温もりが徐々に失われていく。
手の平に感じる流れ出る生命の感触。
僕はそれを止める術を持たず、ただ彼女を抱き締め、
泣きながら彼女の名前を呼ぶ事しか出来なかった。

「ルリちゃん・・・ルリちゃん・・・!」

名を呼ばれた事に反応したのか、唇が僅かに動き、そして―血を吐き出す。
白いケープの胸元を紅く染め、苦しそうな息を吐く。
抱き締める腕に力を込め、強く強く胸に彼女の体を抱く。
やがて瞼がうっすらと開き、光を失いつつある金色の瞳が揺れる。

「・・・カ・・・・・・イト・・・・・・さん・・・?」

焦点の合わぬ瞳を揺り動かし、僕を探す。
彼女の手を握り、僕という存在を主張する。

「・・・ルリちゃん!?
気が付いた?
今助けるから!
しっかりして!」

気休めにすぎない事は分かっていた。
自分は目の前の現実を受け入れたくないのだと。
最愛の少女が逝こうとしているのに何もできない自分の不甲斐なさに涙が溢れる。

「・・・泣かないで、カイトさん・・・、私・・・今、幸せです・・・」

苦しい息の下、彼女はそう言って微笑む。

「・・・アキトさんも・・・ユリカさんも・・・・・・一人きりで逝ったのに・・・
私は・・・大好きな・・・貴方の腕の中で逝ける・・・やっぱり私・・・幸せです」

長い言葉を話したせいか、言い終わらぬ間から大量の血を吐き、むせる。

「もういい!
話さなくていい!」

握った手が弱々しく握り返される。
益々呼吸は荒くなり、最後の時が迫る事をいやが上にも予感させる。

「嫌だよ、ルリちゃん・・・僕を一人にしないで・・・
一緒に海に行こうって約束したじゃないか・・・また4人で屋台を押そうって・・・」

思い出されるのは楽しかったあの頃。
アキトの狭い四畳半のアパートでの生活。
アキトがいて、ユリカがいて、そして僕の隣にはいつもルリがいた。
何もなかったが、そこには笑顔と希望だけは満ち溢れていた。

(アキトさんとユリカさんに誓ったのに!
2人でアキトさんとユリカさんの分まで幸せになろうって!
その為に今日まで頑張って来たのに!)

ゆっくりと瞼が閉じられていく。
握られた手からも力が抜けていく。

「ルリちゃん・・・!ルリちゃん・・・!
ルリィィィィィッ!

失いたくなくて、消えゆく命を呼び戻そうとして、力の限り彼女の名を叫ぶ。
共に過ごした時間、移ろい行く季節の中、数え切れぬほどに呼んだその名を叫ぶ。

「・・・初めて・・・呼び捨てに・・・してくれましたね・・・」


『カイトさん、いつまでも「ルリちゃん」は嫌です。
子供扱いしないで下さい』

『でも、ずっとこの呼び方だったし・・・今さら恥ずかしいよ』

『付き合っている男女の間では男性が女性の名前を呼び捨てにするのは
世間の常識だと聞きましたが?』

『・・・一体誰からそんな事を・・・?』

『ユキナさんです。
あのアオイさんですらそうしてるんですよ』

『・・・努力するよ』

『はい、努力してください。
あ、これから「ちゃん」付けしたら減俸にしましょうか』

『ええっ!
ルリちゃん、そんな!
・・・あ・・・』

『・・・さっそくですね・・・』


あの時は恥ずかしくてはぐらかした。
でも実は僕も「ルリ」と呼んでみたかった。
アオイさんに負けたというのもなんとなく悔しかった。
それでもいつか恥ずかしさを感じる事もなく普通に、
当たり前にそう呼べる日が来ると信じていた。
でも・・・もう、その日はやってこない。

「・・・カイト・・・さん・・・」

僕の名前を呼び、彼女の身体から何かが抜け落ちる。
握られた小さな手が僕の手をすり抜ける、上下していた胸が動きを止める。
口元に微笑みを張り付けたまま、その唇が開かれる事はもう二度とない。
綺麗な金色の瞳が僕を写す事も・・・。
僕は永遠に彼女を・・・最愛の少女を失った。

アアアアアァァァァァッ!
ルリィィィィィィィィッ!


まだ微かに温もりを残す身体を抱き締め叫ぶ。
喉が焼けるように熱い。
頭の中が真っ白になっていく。
感じるものは彼女の最後の温もりのみ・・・。
永遠とも刹那とも感じられる時間が過ぎ、頭に思考が戻ってくる。
冷たくなった彼女を抱き締めたままで。
どのくらい時間がたったろうか?
僕の心は闇に捕われていた。
今なら復讐の修羅へと墜ちたアキトの心が理解できた。
愛する者を理不尽に奪われた悲しみ、怒り、やるせなさ・・・。

(待っていろ・・・僕等家族の未来を奪ったヤツら・・・
僕とルリが共に歩む事を許さなかった者達よ・・・
火星の後継者共よ・・・皆殺しにしてやるよ・・・)

身体の奥底に真っ黒な炎が燈る。
この炎に焼かれる心の痛みのみが今の"俺"の存在理由。
ゆっくりとルリの亡骸を抱き上げ、純白のエステバリスに乗り込む。
彼女を膝の上に乗せ、機体を飛び立たせる。
まだヤツらは近くにいる。
彼女を殺したヤツらが。
間もなく火星の後継者の艦隊を捕捉する。
機動兵器ただ一機の特攻。
取るに足らず、脅威たりえないゴミだと思ったか、艦隊からは何も反応がない。
だがそれを駆るのは連合宇宙軍最強と称されたパイロットのなれの果て。
復讐という暗い炎に魅せられた男が駆る機体。

(・・・聞かせてやろう、修羅の叫びを・・・)

通信回線を全方向オープンにし叫ぶ。

「・・・さあ、始めるぞ・・・火星の後継者のクズ共よ・・・
貴様等には安らかな死など与えはしない・・・
絶対の恐怖の中で・・・最後の一人まで塵となれ!」

そして虐殺のベルが鳴り響く・・・


 続く・・・


 後書き

改訂しました。
カイトのセリフを一部差し替え。
会話の前後に改行を加える






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