機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜




第14話 the Blank of 8 Months

Episode.3 “正義”に集いし者達(前編)




2ヶ月後
ネルガル重工本社ビル・会長室




執務机に頬杖をついて書類に目を通しているアカツキ。
書類に署名し、会長印を捺して決済の箱に放り込む。
高度に情報化された社会でも紙媒体の書類はいまだに生き残っていた。
この社会ではむしろ紙媒体の方が秘匿性に優れている。
それこそが紙媒体が連綿と生き残った理由だった。
未決済の箱に手を伸ばしたところでアカツキはふと時計に目をやる。

(…そろそろかな?)

心の中でアカツキが呟くのとほぼ同時にドアがノックされる。

「開いてるよ。
 どうぞ」

入ってきたのは紺のスーツにサングラスをした青年−カイトだった。

「やあ、ミカズチ君。
 しばらくぶり」

アカツキが軽く手を挙げて見せる。

「ええ…。
 それで今日はどうかしましたか?
 突然呼び出したりして」

カイトは無表情でソファに腰を下ろし、話の先を促す。

「…相変わらずだねぇ…。
 ま、いいや。
 今日呼び出したのは君の連合軍入隊の件なんだけど」

「はい」

「手続きが完了したよ。
 新型機動兵器のテストパイロットとして出向、という形で入隊して貰う。
 階級はとりあえず少尉になる」

アカツキは机の引き出しから階級章と辞令を取り出してカイトに渡す。

「セフィランサスのですか?」

カイトはつい先日ロールアウトさせたばかりの自らの専用機の名前を口にする。
圧倒的な戦闘機動と対艦攻撃を想定した制圧・強襲用エステバリス。
また、母艦から離れた単独行動をも想定して設計された機体でもある。
最も相転移エンジンの小型化が間に合わず、
単独行動時には外部エンジンを背負う必要はあった。
だがそれでも現行エステバリス以上の機動性は確保されている機体である。

「そうだよ。
 今の段階じゃ君にしか操れないじゃじゃ馬だけどね。
 ネルガルのテクノロジーのいいデモンストレーションにはなるから。
 カスタムは別のパイロットにテストして貰う事にしたよ」

「…アカツキさんですか?」

「僕がかい?
 あはは、それも面白いかもね♪」

アカツキは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、大笑いする。

「残念だけど今回は遠慮しておくよ。
 やらなきゃならない事がまだ山積みだからね。
 まったく君もエリナ君も人使いが荒いんだから」

口調こそ軽いものの真剣な表情のアカツキ。

「貴方の利益にもなるんですからそれは我慢して下さい。
 …で、僕の配属はどこです?」

「独立遊撃艦隊『フレッシュ・リフォー』の旗艦『ルドベキア』だよ」

始めて聞く名前だった。

(…フレッシュ・リフォー?
 …ルドベキア?
 …そんな艦隊も艦も知らないぞ?)

未来(まえ) には存在しなかった艦隊と艦のようである。
カイトの思いを読み取ったのか、アカツキが少し嬉しそうな表情を浮かべる。

「おや、ミカズチ君でも知らない事があるんだ」

「…そりゃ僕だって全てを知ってる訳じゃありませんから」

からかうようなアカツキに憮然とした様子で答えるカイト。

「これはネルガルと連合軍の第2協定の第一弾さ」

第2協定、これはカイトも知っていた。
前回はネルガルと軍が共同戦線を張る協定を結んだのは空白の八ヶ月の半ばの話だった。
だが、今回は一ヶ月程で早々と協定が結ばれていた。
第1協定というのが"ナデシコはネルガルが独自に運用する"というアレの事である。
カイトを尻目にアカツキが得意げにルドベキアの説明を続ける。

「コスモスやカキツバタをナデシコの同型・後継艦とするなら
 ルドベキアは言わばナデシコの劣化コピー…。
 劣化、とはいっても現行の連合軍艦船のどれよりも強力だけどね」

「…それもデモンストレーション、ですか…?」

「そうだね。
 ナデシコと違うのはクルーが全て軍人で構成されてるってところかな。
 艦隊の提督にはあのムネタケ・ヨシサダ少将が着いているよ」

「…!
 ヨシサダ中将が…」

突然でてきた懐かしい名前に驚くカイト。

「…?
 今日はよく驚く日だね?
 それに"中将"じゃなくて"少将"だよ?」

アカツキが今度は不思議そうな表情を浮かべる。
だが、カイトはその質問には付き合わなかった。

(…ヨシサダ中将を投入したって事は…。
 この『フレッシュ・リフォー』には軍も相当期待してるって事だな…)

ヨシサダは連合大学を卒業してから軍人生活のほとんどを
艦上で過ごした生粋の武人である。
ヒョウヒョウとした外見と桁外れに切れる頭脳からは全く想像できないが。
彼が陸(おか)に上がったのは参謀課程を受講していた時ぐらいである。
老齢に差し掛かってはいるが『今東郷』、『五十六の再来』と讃えられる船乗りである。

(でもヨシサダ中将からはこんな話は聞いた事はない…。
 これも僕の『影響』なのか…)

「…なんかミカズチ君、今日は変だよ?」

自分の考えに耽るカイトにアカツキが話し掛ける。

「…そうですかね?」

「うん」

アカツキが頷く。

「…まあ、気にしないで下さい、些細な事です。
 …ところでマシンチャイルドの調査の方はどうなってます?」

カイトの質問にアカツキは打って変わって渋い表情を浮かべる。

「…正直言ってかんばしくないよ。
 かなり巧妙に隠蔽されてるみたいだね…。
 下手な手を打って“証拠隠滅”を図られたら元も子もないし…」

「…そうですね」

ギリ…、とカイトが歯を噛み締める。
証拠隠滅−それはラピスが殺されるという事。
アキトの、義兄の遺言にかけてそれだけは避けなければならない。

「でも必ず突き止めて見せるよ。
 場所さえ分かればこっちのものだからね。
 …君にはボソンジャンプがある。
 ジャンプの前にはどんな警備網も装置もその意味を成さなくなる」

「…ええ。
 …捜索、よろしくお願いします…」

カイトはソファから立ち上がる。

「ん、任せといて」

アカツキは手をヒラヒラさせてカイトを見送る。

「あ、それから…」

扉の前までやってきていたカイトが振り向く。

「なんです?」

「ルドベキアは明後日ヨコスカに寄港する予定になっている。
 その時に乗り込んでくれたまえ」

「はい」

「それと軍の制服は後でホテルに届けさせるから」

「わかりました。
 …それにしても『正義』ときましたか」

「軍の艦なんだ。
 ちょうどいいだろう?」

「単なる皮肉にしか思えませんよ」

カイトは微かに笑みを浮かべ、会釈してから会長室を後にする。

「いいデータ期待してるよ、ミカズチ君」

アカツキは扉の向こうに消えつつあるカイトの背中に言葉をかける。
足音が遠ざかり、やがて会長室に静寂が戻ってくる。
アカツキは溜め息をついて椅子にもたれかかる。

(フゥ…毎度の事ながらミカズチ君と話すのは緊張するねぇ…)

懐のシガレットケースからタバコを取り出し、愛用のジッポで火を付ける。

(…あー、そういやルドベキアの艦長の事、話すの忘れてたなあ…)

煙を肺に満たし、ゆっくりと吐き出す。
窓の外はいつの間にか夕闇に染まっていた。

(…ま、いいか。
 どうせすぐにわかる事なんだし)

しばらく沈み行く夕日を眺めていたアカツキだったが、
おもむろにタバコを灰皿に押し付けると仕事に戻った。




三日後
ヨコスカ・連合軍ドッグ・士官用ロビー




カイトは真新しい軍服に身を包み、ルドベキアの入港を待っていた。

(…やっぱり宇宙軍の軍服とはちょっと違うな…)

そう思い、改めて軍服に目を落とす。
ネルガルからの出向という形で入隊する為、
カイトの軍服にはこれまでの戦績や経歴を示す略授(リボン・バー)は一切ついていない。
士官学校や連合大学を出たばかりの幹部候補生でも
学校の卒業を示すリボン・バーがつく。
そういった意味ではミカズチ・カザマ少尉は異質の士官ではあった。

(…ま、リボン・バーが欲しくて軍に入ったんじゃないから別にいいけど)

カイトが軍に入ったのには理由がある。
ナデシコは空白の八ヶ月の後、連合軍に編入される。
前時間軸では連合軍主力艦への道をスムーズに進んだが、
今度もそうなるという保証はない。
ナデシコが軍の主力艦となったのは、
その時点でナデシコ級戦艦が他の艦船に追随を許さぬ程に強力を誇ったからである。
だがナデシコが戻った時、
ナデシコ級に匹敵とまではいかなくとも、対抗要件を満たす艦船があればどうなるか?
現にフォースやルドベキアといった前の歴史には
存在しないファクターが現れ始めている。
これから己の愛機となるセフィランサスもこの時点では存在しない強力な兵器なのだ。
連合軍上層部が民間運用の戦艦と軍運用の戦艦とどちらを重視するかは自明の理である。
しかもナデシコは地球脱出時に連合軍に反旗を翻している。
後方に回されるか、悪ければ玉砕覚悟の作戦に投入されるかもしれない。
後者の場合、民間人である現クルーが乗せられたままでという事はないだろうが。

(でも、そうなってしまえば僕の知っている歴史からは大きく離れてしまう。
 それに軍と連合の上層部には木連と和平を結ぶつもりなんてさらさらないだろうし…)

軍と地球連合は過去の歴史を抹殺する為、木連を徹底的に叩き潰そうとするだろう。
それは前回も今回も変わらない。
前時間で地球と木連が和平を結べたのは
ナデシコという異質な要素が両者の間にあったからだとカイトは分析していた。
己の信じたものの為に全てを捧げ、
そして理想を妥協する事なく達成しようとする彼等だからこそできた事。
木連との和平をカイトはそう思っていた。
だが、ナデシコが前線から外されてしまえば、
クルーが軍人と交代してしまっては意味がない。
何としてもナデシコの現クルーが木連とファースト・コンタクトを取らねばならない。
それにはナデシコを現行クルーで前線配置にする必要があった。

(同じ歴史を辿るならそれでいい…。
 だが、もしそうならなかった時に保険が要る…)

その保険を得る事こそがカイトが軍に入った理由だった。
保険というのがナデシコに存在感のある軍人を乗せる事であり、
もう一つがナデシコに最前線で戦う価値を付ける事である。
カイトはこの二つの要素を自らで満たすつもりだった。
これから配属されるルドベキアで軍のエースとなる。
軍では存在感というものは発言力に比例するものだ。
時と場合によってエースの言葉は下手な艦隊司令の言葉より重要視される事もある。

(ナデシコの基本スペックの高さは軍も重々承知のはず…。
 そこに軍人のエースが乗っていればナデシコを前線で使うだろうし…)

ようは軍にナデシコの手綱を握らせていると思わせればいい訳である。
最も、カイトは握らせるつもりなど毛頭なかったが。
後はカイトがエースとなれるかどうかである。
前時間の愛機たるフェアリーナイト程ではないが、
セフィランサスも充分なスペックを持っている。
己の操縦技術を加味すればトカゲにひけをとる事はそうそうないだろう。
カイトはそう考えていた。
その時、ロビーの喧騒が一段と大きくなる。
そして何人かの若い士官−
とはいっても全員カイトより年長であるが−が窓に駆け寄っていく。

(…なんだ?)

カイトは彼等の駆け寄った窓を見上げ、その原因を理解した。

(識別番号UNF/ND−001…。
 あれがルドベキア…)

ブルーの船体にイエローのラインという
連合軍のカラーリングを施した艦がドッグへと入梁する。

(…ナデシコというよりアマリリスに似てるかな…)

アカツキからルドベキアはナデシコの劣化コピーと聞いていたので、
ナデシコ型の艦を想像していたカイト。
だが予想に反してその船形は前時間のリアトリス級によく似ていた。
カイトが思い浮かべたのはリアトリス級戦艦は統合軍所属の栄えある一番艦ではなく、
宇宙軍にはたった一隻しかなかったリアトリス級戦艦のアマリリスであった。

(…そーいやジュンさん、急襲作戦の時、当たり前のようにナデシコにいたけど…。
 アマリリスはどうしてたんだろ?
 ひょっとして職場放棄?)

ふと、今はどうでもいい疑問が沸き上がってきたカイト。

(…でも、戦艦の艦長が女子高生に振り回されるってのはどうかなぁ…)

カイトはありし日のジュンとユキナの姿を思い浮かべ苦笑する。
だがジュンに年下の女の子に振り回されている同志と思われていた事を
カイトは知る由もない。
また、その見方は大部分のナデシコクルーが共有していたという事も。

「…すみません、ミカズチ・カザマ少尉ですか?」

その時、カイトの背後から声が掛けられる。

「?」

カイトが振り向くとそこには襟に大尉の階級章をつけた
金髪の青年士官が微笑みを浮かべて立っていた。

「そうですが…、貴方は?」

相手が上官という事もあって、背筋を伸ばし答えるカイト。

「ああ、これは失礼。
 私はクリアリア・バイアステン大尉。
 試験戦艦ルドベキアの副長を勤めています」

"よろしく"そう言ってクリアリア・バイアステンと名乗った男は右手を差し出した。
カイトは握手した時、彼の手の甲にIFSの紋章がある事に気付いた。

「よろしくお願いします、バイアステン副長。
 副長もエステバリスに?」

「クリスでいいですよ、カザマ少尉。
 私は副長とエステ部隊のリーダーを兼任してるんです。
 ルドベキアは名前の通りに実験艦の意味合いが強い艦でして…、
 色々とやらされるんです。
 …要するに人手不足なんですよ」

そう言ってクリスは笑った。

「わかりました、クリス大尉。
 これからはそう呼びます。
 …そういった事情なら僕も何か兼任する事になるんですかね…?」

カイトも笑って答えた。
短いやり取りではあったが、カイトはクリスに好感を持っていた。
その笑顔や言葉に裏表は感じられない。
事実、カイトは他人の感情を読み取る術に長じていた。
ただ、自らに向けられる好意にはかなりの鈍感ではあったが。
前時間のルリの場合、再三のアプローチにも関わらず、
それに全く気付かないカイトにルリは苦労させられていたものであった。

「ここで立ち話もなんですから艦に案内しましょうか。
 提督と艦長はここの基地司令に挨拶に行っているので引き合わせは後になりますが…」

クリスはカイトを促し、ロビーを出ていく。
そしてカイトもその後をついていった。




ルドベキア・通路



「正規パイロットが二人だけ…?」

カイトとクリスは並んでブリッジへと向かっていた。
ナデシコより一回り小さなルドベキア。
その分艦内も狭かった。
だが、並んで歩けない程ではない。
カイトはブリッジへと向かう道すがら、
クリスからルドベキアのメンバーの話を聞いていた。

「ええ、私ともう一人…
 あ、一昨日『フリージア』で貴方と同じネルガルのテストパイロットを
 ピックアップしましたから今は貴方を含めて4人ですか」

ちなみに『フリージア』というのは第3次防衛ラインの
有人宇宙ステーションの一つである。

「その人はデルフィニウム部隊出身、という事ですか」

「ええ。
 なにしろ地球圏にはIFSを持っている人自体ほとんどおりませんからね。
 特に軍属では…」

クリスが俯いて表情を曇らせる。
IFSは無能の証−そういった見方が軍に蔓延している事はカイトも知っていた。
秀でた技能を持たない者がIFSをつけるのだと。
民間ではIFSはパイロットの証と捉らえられていたが、
軍の見方と大した違いはなかった。
それに前の時間でもIFSを必要としないステルンクーゲルが現れるまで
機動兵器のパイロットは常に不足していた。
それゆえ宇宙軍と統合軍の間でパイロットの激しい引き抜き合戦が繰り広げられていた。
とはいえ、宇宙軍からは一方的に引き抜かれていたというのが事実なのだが。
そしてステルンクーゲルを採用した事で統合軍は機動兵器部隊の充実に成功した。
が、エースはIFSをつけたエステバリスパイロットに
独占されていたのは皮肉ではあった。
表情から察するに、クリスもIFSをつけた事をまだ割り切れていないのだろう。

「ああ、先にパイロットを紹介しておきましょうか。
 提督と艦長はまだ戻ってきてはいないようですし…」

クリスが名案を思いついた、というようにパッと顔を上げる。

「そうですね、お願いします」

カイトが答えるとクリスがコミュニケを操作する。
コール音が二、三度鳴り、相手がウインドウに現れる。

『はい、こちらブリッジ。
 あら…』

金髪を三つ編みにした女性がこちらを見て微笑む。
その容姿からはカイトと同い年ぐらいに見える。
十分に美人といえる容姿である。

「アリスか。
 …ハッター軍曹とコダカ少尉はどこにいるかわかるか?」

(…?
 クリス大尉、言葉遣いが違うな…)

自分に対する時とは違い、やや乱暴な口調。
一瞬、違和感を覚えたカイトだったがすぐに納得する。
クリスのそれは親しい者に対しての口調であると理解したのだ。

(…なるほど、アリスさんはクリス大尉の"大切な人"なんだろうな…)

これがある意味正解で、ある意味ハズレだった事を
カイトはすぐに思い知る事になるのだが。

『ハッター軍曹とコダカさん?
 ちょっと待って…出たわ。
 今、シミュレータールームにいるわよ』

「そうか」

『ち、ちょっと!
 それだけ!?
 隣にいる人、紹介してよ!
 例のテストパイロットの人なんでしょう?』

素っ気なくコミュニケを切ろうとしたクリス。
アリスが慌てて身を乗り出し、それを阻止する。

「…」

憮然とした表情を浮かべるクリス。
ややあって無言でウインドウをカイトの前に滑らせる。

(…なんなんだろう…)

どうにもクリスの様子がおかしい。
なにはともあれ、彼女に挨拶はしておいた方がいいだろう。
そう判断したカイトはウインドウに向き直る。

「…えと、初めまして。
 ミカズチ・カザマ少尉です。
 本日付けでテストパイロットとして本艦に配属になりました。
 よろしくお願いします」

ペコリ、とカイトは頭を下げる。

『こちらこそ!
 私、アリシア・バイアステン准尉です!
 ルドベキアの操舵士兼通信士です。
 アリスって呼んでくださいね!』

満面の笑みを浮かべるアリス。

「…バイアステン?」

どこかで聞いた苗字である。
ふとカイトがクリスに視線を向ける。

「…私の妹ですよ」

今度は視線をウインドウの中のアリスに向ける。
そう言われると確かに似ている。

「なるほど…、大尉の妹さんだったんですか。
 よろしくお願いします、アリス准尉」

カイトはそう言ってアリスに微笑む。

『…』

だがアリスから返事は返ってこない。
こころなしかアリスの頬が赤い。
目も潤んでいるように見える。

「…アリス准尉?」

『…ハッ、ハイ!
 な、何でしょう!?』

あたふたとウインドウの向こうで慌てるアリス。

「顔が少し赤いですけど…、体調が優れないのなら無理しないで下さいね?」

『ご、ご心配なさらずに!
 全然、大丈夫です!』

力こぶを作ってみせるアリス。

「それなら良かった」

再び微笑むカイト。

『…あの、カザマ少尉。
 …少尉の事、ミカズチさんって呼んでもいいですか…?』

頬を染め、俯きながら呟くアリス。

「はい、いいですよ」

『ありがとうございます、ミカズチさん!
 あ、後でブリッジにも来て下さいね!
 私、待ってますから!』

カイトの肯定の返事を受け取ると、パッと顔を上げたアリス。
コミュニケを切る時にはカイトに向かってウインクを投げ掛けていた。

「「…」」

カイトとクリスの間に微妙な沈黙が流れる。
さすがに鈍感なカイトも今のアリスの態度が何を示しているかはわかる。
そして沈黙に耐え切れなくなったのはカイトの方だった。

「…か、可愛い妹さんですね…」

「…で?」

クリスの絶対零度の視線がカイトを射抜く。

「…えーと…」

口ごもるカイト。

「…手を出すつもりはあるのかな?」

ジロリとカイトを睨みつけるクリス。

「め、滅相もない!」

一歩後ずさり、ブンブンと首を振るカイト。

「…それは妹に女としての魅力がないという事かな?」

今度は凄絶な笑顔を浮かべてクリスはカイトに詰め寄る。

(…ど、どっちなんですか!?)

妹に手を出したら許さんぞ的なオーラを放ったかと思えば、
手を出さないと言った途端、妹に魅力がないのかと詰め寄るクリス。
カイトは冷や汗を浮かべて首を振る事しか出来なかった。

「…まあ、この話の続きははいずれゆっくりとしましょうか」

口元はまだひきつっていたが、とりあえず柔和な笑顔に戻るクリス。

「…そうして頂けると助かります…」

カイトは肩を落として盛大な溜め息をついた。




シミュレータールーム



カイトはクリスを何とかなだめすかしながらシミュレータールームへとやってきていた。
大型スクリーンには戦闘の様子が映し出されており、
青と緑のエステバリスが殴り合っている。
その壮絶な光景にカイトはポカンとする。

(…なんで砲戦フレームで格闘戦してるんだろ…)

砲戦は言うまでもなく、遠距離から大火力による支援攻撃を担当するフレームである。
大口径の火器を使用するのでその反動を押さえる為、
重量は各種フレームの中で最も重い。

(…確かに砲戦の重量を利用した重いパンチは有効な攻撃かもしれないけど…。
 相手も砲戦フレーム、しかも格闘戦を選んだ場合しか効果ないよな…)

カイトの隣でクリスは苦笑いしていた。

(…またハッター軍曹の悪い癖が…)

二人の見守る中、壮絶な格闘戦はついにクライマックスを迎えようとしていた。
突如、青いエステが猛烈なラッシュをかける。
緑のエステは火花を散らし、防戦一方となる。
そして何発目かのパンチで駆動系統がやられたらしく、緑の腕がダラリと垂れ下がる。
まだ生きていた脚部のローラーダッシュで後退を計る緑。
だが、その隙を青が見逃すはずはなかった。
ローラーダッシュにスラスターの全力噴射を加えた助走、
そして全重量と推力をのせた強烈なボディーブローが緑に決まる。

「…!」

重たい砲戦フレームが浮き上がる程の強力な一撃。
思わずカイトも目を見開く。

(…格闘戦にかけてはリョーコさんレベル…、いや、それ以上か…)

大型スクリーンに『1P WIN』の文字が踊る。

「青のエステがイッシー・ハッター軍曹、緑がコダカ・トモヤ少尉です」

クリスが苦笑いのまま、エステバリスのパイロットを紹介する。

「…パイロットなのに軍曹、ですか…?」

カイトがクリスに尋ねる。
連合軍では機動兵器のパイロットは全て尉官以上で構成されている。
こうでもしないと人材が集まらないのだ。
逆に言えば士官となる近道であっても人材が不足する程、
機動兵器のパイロットは不人気という事でもある。

「…いえ、ハッター軍曹の本来の階級は中尉なのですが…」

口ごもるクリス。

「…ですが…?」

「本人が『俺は軍曹だ!』と言い張るんです。
 中尉、と呼んでも返事をしないので皆、軍曹と…」

「…」

再びポカンとするカイト。

(…な、なんかガイさんみたいな人だな…)

カイトが呆然としていると
『2P』と書かれたシミュレーターからトモヤが這い出してくる。

「…軍曹め…無茶苦茶しやがって…」

VR空間での衝撃や揺れはそのままパイロットにフィードバックされる。
あのラッシュを受ければ並のパイロットなら意識を飛ばされていただろう。
さすがに青白い顔色をしているが、気絶していないのは大したものである。

「ワハハッ!
 トモヤ、まだまだ修業が足りんぞ!」

『1P』のシミュレーターからテンガロンハットを被ったハッターが出てくる。

「…軍曹…、砲戦の効果的な使い方を教えてくれるっていうから俺は…!」

「チッチッチッ…」

ピンと立てた人差し指を振るハッター。
その仕草がやけに似合っている。

「「「…?」」」

ハッターに注目するカイト、クリス、トモヤ。

漢の真の武器は拳のみ…我が拳に砕けぬものはなし!

拳を天に向かって突き上げるハッター。

「「「…」」」

呆然とする三人。

「ワハハッ!」

それをなんと受け取ったかはわからないがハッターは気持ちよさげに高笑いしている。

「…で、クリアリア。
 キミの隣にいるのは誰だ?」

ハッターが突然高笑いをやめてカイトを見る。
トモヤも今気付いた、というように視線を向ける。

「ミカズチ・カザマ少尉です。
 テストパイロットとして、今日付けでルドベキアに配属されました」

敬礼するカイト。

「おお、君がもう一人のテストパイロットか!
 私はイッシー・ハッター軍曹だ!
 よろしく!」

敬礼し、右手を差し出すハッター。

「ええ…、よろしくお願いします、ハッター軍曹。
 でも中尉じゃないんですか?」

ハッターと握手しながらカイトが尋ねる。

「チッチッチッ…漢は"軍曹"だ…。
 そう思わないかね?
 ミカズチ?」

「…そ、そうですね」

ナデシコクルーも個性の強い者が揃っているが、ハッターも負けてはいない。
カイトもタジタジである。

(…ガイさんが"魂の名前"なら、こっちは"魂の階級"ってところかな…)

「そして、コイツがキミと同じテストパイロットの…」

「…コダカ・トモヤ。
 階級は少尉だ」

いぶかしむような目でカイトを見ているトモヤ。

(…間違いない…、コイツはナデシコの…)

「よろしくお願いします、コダカ少尉」

カイトは気付かぬ振りをして握手を求める。
トモヤはその手に僅かだが汗が滲んでいる事に気付いた。

「…カザマ少尉、俺とどこかであった事ないか?」

「…初対面だと思いますよ」

カイトはそう言ってぎこちなく笑った。

「…そうか」

トモヤは頷いたものの、まだ納得していない様子である。
クリスもハッターも穏やかでない二人のやり取りに注目している。

(…何とかごまかすしかないか…)

カイトが口を開こうとした瞬間、コミュニケのコール音が鳴り響く。

『ミカズチさんっ♪』

突然、シミュレータールームの大型スクリーンにアリスが現れる。

「…アリス准尉?」

ポカンとした表情を浮かべるカイト。

『…あ、他の皆さんもいたんですか』

あからさまに"残念、あなたたち邪魔…"という表情を浮かべるアリス。

「「「「…」」」」

そこはかとなく傷ついた表情を浮かべる三人と慌てた表情を浮かべる一人。
クリスが爆発しないうちにと、カイトがアリスに話し掛ける。

「…そ、それで何かあったんですか?」

カイトが場の空気を変えようとアリスに尋ねる。

『あ、そうでした!
 提督と艦長が戻られたので、ミカズチさんにお知らせしようと思いまして!』
「分かりました。
 アリス准尉、わざわざありがとう。
 すぐにブリッジに向かいます」

微笑んで礼をいうカイト。

『…いえ、そんな、お礼を言っていただけるような事では…(///)
 では、ブリッジでお待ちしてますね♪』

俯いて頬を染めるアリス。

(…どうしたらいいんだろ…これから…。
 ルリちゃん、ごめんなさい…)

とりあえず顔面をひきつらせつつ、心の中でルリに謝っておく事にしたカイト。
前の時間ではルリの機嫌を損ねていた時に
女性クルーと談笑していただけで減俸が飛んできた事もあった。
カイトは当然、ルリの職権乱用を抗議したがあっさりと返り討ちにあってしまった。



『ルリちゃん、それは職権乱用だよ!
 いけない事だよ!』

『何を言ってるんですか、カイトさん。
 職権は乱用して初めて意味があるんですよ』

『…』



スクリーンのアリスを見つめたまま、ボンヤリと未来(むかし)を思い出していたカイト。
懐かしい思い出の一コマである。

『あ、そうそう。
 兄さん達もブリッジに集合するように、との事です。
 改めてクルーの顔合わせをしておきたいと』

今、思い出したというように付け加えるアリス。
むしろ、この部分が提督と艦長の用事だったように思える。

『ではミカズチさん、後ほど♪』

アリスはウインクを残してスクリーンから消える。
それと同時にカイトに突き刺さる鋭い視線。
恐る恐る振り向くとそこには…般若がいた。

「…カザマ少尉…」

冷たいクリスの声がシミュレータールームに響く。

サー、アイ・サー!

思わず最敬礼してしまうカイト。

「…君は本当に妹に手を出すつもりはないんだろうな…?」

「サー、…」

アイ・サー!と続けようとしたところでカイトは固まってしまった。
通路でのやり取りを思い出してしまったのだ。

(…どうしよう…)

迂濶にイエスと答えようものならまた妹に魅力がないのかとクリスが暴れ出すだろう。

「まあクリス大尉、その辺にしときましょう。
 提督と艦長をお待たせするわけにはいきませんし」

トモヤが助け船を出す。

「…そうですね。
 …カザマ少尉、この件については…」

(わかっているな?)
クリスの目がそう言っていた。

サー、アイ・サー!

再び最敬礼のカイト。

「ではブリッジに行きましょうか」

出入口に向かい歩き始めるクリス。
扉が閉まるまで最敬礼の姿勢を崩さないカイト。
そこへハッターがやってくる。

「…大変だったな、ミカズチ」

「…ハッター軍曹」

「クリアリアは優秀な指揮官であり、優秀なパイロットでもある。
 人物、素行の面でも何ら問題はない稀有な人物だ…」

そしてフッと表情を歪めるハッター。

「…唯一にして最大の欠点、"度を越したシスコン"というのを除けばの話だがな…」

ハッターがカイトの肩をポンと叩いて出入り口に向かう。

「まあ何はともあれ、頑張ってな」

ハッターもシミュレータールームを後にする。
そしてカイトとトモヤが残される。

「…俺達も行くぞ」

「は、はい!」

カイトはトモヤの後についてシミュレータールームを後にした。

「あの、さっきはありがとうございました」

「…気にしなくていい。
 俺もはじめてアリス准尉に会った時、クリス大尉に同じような事を言われたからな…」

苦笑いを漏らすトモヤ。
カイトも思わず笑みを浮かべる。
だがトモヤはカイトを見ると笑みを消した。

「…俺はまだお前を疑っている」

カイトが俯く。
トモヤは言葉では疑っているといったが、既に確信していた。
このミカズチ・カザマと名乗った青年が
第3次防衛ラインで対峙したナデシコのカイトというエステバリスのパイロットだと。

(…だが、なんでコイツがこんなところにいる?)

あの時、ナデシコは間違いなく宇宙へと飛び出していった。
そして今もナデシコは帰って来てはいない。
トモヤの三日前までの職場であったフリージアでは
地球へ飛来する全ての物体を把握していた。
チューリップはもとより、隕石のひとかけらまでも。
そのチェックに引っ掛かっていないという事は
ナデシコが地球に帰還していない事の証明である。

「…まあ、なんにしろだ。
 これから一緒に戦うんだ。
 よろしくな、ミカズチ」

トモヤは再び笑みをカイトに向ける。
どういった事情があるのかは分からないが、腕前は信用できる。
カイトと共に戦えるなら願ってもない話だった。

(…俺はコイツの強さを目の前で見せ付けられたんだからな)

右手を差し出すトモヤ。
そしてカイトも同じようにする。

「…はい!
 よろしくお願いします、トモヤさん」

握手を交わして二人はブリッジへと歩き出した。





   後編へ続く…




  後書き


村:ども、村沖和夜です。

リ:こんにちは!
  リリン・プラジナーです♪
  第14話エピソード3『“正義”に集いし者達(前編)』をお送りしました!
  …って、ホントに私の出番ないじゃないですか!
  『空白の八ヶ月』編のヒロインは私じゃなかったんですか!?

村:…当初のプロットではそうだったんですがね、フッ…(遠い目)
  結局、お話を収拾できずお蔵入りと相成りました、テヘ♪

リ:つまり貴方の筆力不足のせいで私はヒロイン候補から外された、という事ですか…
  わざわざ『バー○ャロンマーズ』から出張してきたというのに…(怒)

村:…(震)

リ:ヒロイン候補だと言うから貴方のオファーを受けたんですよ!
  なのにこの扱いですか!?

村:えー、その事については誠に申し訳ないと…

リ:…ホントにそう思ってます?(ジト目)

村:いえ、全く……あ(慌)

リ:…本音が出たな(ポチ)

村:(ドゴォォォォォーンッ!
  ウギャァァァァァッ!!
  な、何でいつもいつも…(パタリ)

リ:ふう、ちょっとスッキリ♪
  というかこのパターン、そろそろ止めにした方がよくないですか?
  読者の皆様もいい加減、飽きが来てると思うんですが。

村:…(ピクピク)

リ:そういう痙攣とかで行数を稼がないように。
  …もう一発、逝ってみます?

村:…字が何か違うような気が…(震)

リ:…まあいいです。
  候補、というだけでヒロインにはなれないというのが当初からの設定でしたからね。
  でも何で『バーチャ○ン』からキャスティングしたんです?
  貴方の初期構想では14話はフルメタ・クロスじゃなかったんですか?

村:それはテッサさん達に出演を断られたから…

リ:…(ギロ)

村:…あ、あははー、冗談ですよー♪
  実際、構想はフルメタ・クロスで書いたんですが…
  プロットに起こそうとしたらそれだけで新しい長編になっちゃったんですよね。
  で、14話でのフルメタ・クロスは破棄しちゃいました。

リ:それで私達に白羽の矢が立った、という訳ですか。

村:そういう事です。
  …ま、クロス・オーバーを纏め切れない私の筆力不足が原因なんですがね。

リ:おや、自分を良く分かってるじゃないですか(ニッコリ)
  …って、また今回もお話の解説全然してないじゃないですか!

村:…あー、別にいいんじゃないですか?
  今回のお話は14話出演キャラの顔見せだけですし。
  それにストーリーもほとんど動きがないですから。

リ:…まあ、それはそうですけど。

村:第一、今までの後書きもまともに解説なんてやってないじゃないですか♪

リ:…ハァ(溜息)
  そんな事、開き直ってどーすんですか…

村:ま、14話は長いんです。
  肩肘張らずに気楽に生きましょうよ♪

リ:…字が違ってますよ。
  それは貴方の人生そのものじゃないですか。
  しかもこの短時間に同じネタを二度もかまさないように!

村:おろ、これは失敬♪

リ:…もういいです。
  とりあえず、時間も無いので次回予告いきますよ



   『親しみを込めてヨッシーと呼んでくれたまエ』
   
   『えっと、ルドベキア艦長のリリン・プラジナーです!』
   
   懐かしい人と、新しい人と。
   再会と出会いを重ねるカイト。
   だが彼等と交流を深める時間は与えられなかった。
   
   『4時方向に敵中規模艦隊!
    進路、ヨコスカシティ及びドッグと推定!』
   
   市街地へと迫る敵艦隊。
   その奇襲に対応したのはただ一隻。
   ルドベキアに初陣の時が訪れる。
   ヨコスカの運命は若き艦長に託された。

   『敵の攻勢は私達が盾となって受け止めます!
    ヨコスカの市街地には決して被害を出さないように!』

   彼女の発したその命令。
   歴戦のエース達はその叫びに何と答えるのか?


    RWK第14話『the Blank of 8 Months』
     Episode.3 “正義”に集いし者達(後編)

   を皆で見よう!



村:では、ここまで付き合ってくださった皆様に感謝しつつ…

リ:エピソード3後編でお会いしましょう!!









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