機動戦艦ナデシコ
〜Return of the White Knight〜




第14話 the Blank of 8 Months

Episode.2 破滅への序曲(後編)




翌日・ナデシコBブリッジ



昨日の今日でどうなる事かとハラハラしているナデシコクルー。
あれからカイトとルリはブリッジには戻って来なかった。
真面目な二人にしては珍しく、今朝もまだブリッジに姿を見せていなかった。

「…サブロウタさん…」

「…うむ…」

不安げな表情を浮かべるハーリーとサブロウタ。
その時、ブリッジの扉が開く。

「「おはようございます」」

カイトとルリが並んでブリッジに入ってくる。

「艦長!」

ハーリーの顔がパッと輝く。
サブロウタもハーリー程表情には出さなかったが、その顔には安堵の色が見て取れる。

「…皆さん、昨日はすいませんでした。
 変な所をお見せしてしまって…」

まずルリがペコリと頭を下げる。
その隣のカイトも同様に。

「ま、いいって事よ。
 …それだけお前等がアイツ等を大切に思ってるって事だしよ」

リョーコの言葉に他のナデシコクルー達も頷いてみせる。
そしてヒカルがおどけた口調で発進を促す。

「じゃー、今日もアキト君探しに行きましょー♪」

「…何かを作る事…、創作…捜索…」

一瞬ブリッジに氷河期が訪れる。

「…そ、そうですね。
 では、ナデシコB…」

いち早く再起動を果たしたルリが気を取り直して"発進準備"と言おうとした。
が、その言葉はまたしても見事に遮られた。

「ハフ…ファ〜…」

遮ったのはカイトの大欠伸だった。
皆の視線がカイトに集中する。
その中でピンと来たサブロウタがカイトに絡んでいく。

「寝不足みたいだな、カイト。
 …昨夜は艦長と何ラウンド楽しんだんだ?」

「…え?
 え〜と、確か…」

指折り昨夜の"何か"の回数を数え出すカイト。
その時、サブロウタの頭を掠めてヒュン!という風切り音がする。
直後、ゴスッという鈍い音がブリッジに響く。

はうっ!!

顔面に詩集(今時、ハードカバー…)をめり込ませ、昏倒するカイト。
サブロウタが振り向くとそこには耳まで紅に染まったルリ。

「…か、カイトさん…!
 何を公表しようとしてるんですか!
 何を!!」

あー、やっぱりね…、といった様子で苦笑いするナデシコクルー。
皆、カイトの寝不足の原因には薄々気付いていたようだ。

(…そういやルリちゃんもお肌ツヤツヤだし)

とはヒカルの心の声。

「…ラウンドって何ですか?
 …ボクシング?
 それともレスリング?」

そして何の事か全く分かっていないお子様が一人。
これはこれでクルーの笑いを誘っていたが。
…ハーリーに注がれるクルーの眼差しは限りなく暖かかったという。
柔らかくなったブリッジの雰囲気。
その中で一人戦慄するのはサブロウタ。

(…カイト…、折った指がもう一度立ったのはどういう事だ…?)




下段ブリッジ



上段ブリッジから漏れ聞こえる声にクスリと微笑むホリカワ准尉。

(…ナデシコAもこんな感じの艦だったのかしら?)

当たらずとも遠からず。
ただ、その中心人物が人物だけに騒がしさはBの比ではなかったが。
昨日までのピリピリした雰囲気が和らぎ、ようやく本来のナデシコBが戻って来た。
ホリカワ准尉がそう思い、コーヒーの入ったマグカップに手を伸ばした。
その時、目の前のコンソールが異変を告げる。
頭が状況を理解する前に声が出ていた。

「前方80キロ、ボース粒子増大中!」




上段ブリッジ



『前方80キロ、ボース粒子増大中!』

下段ブリッジからホリカワ准尉の報告が響く。
全員が素早く反応し、それぞれの作業に取り掛かる。

「戦艦クラス、ボソンアウトしてきます!」

「識別信号なし!」

「通信は拒絶されてます!」

通信士、オペレーターの報告が飛び交う。
その喧騒の中、カイトとルリはじっとスクリーンを見つめていた。
一つの確信めいた思いをもって。

「カイトさん…」

「うん…、ユーチャリス…、アキトさんだ…」

ヒサゴプランが凍結された現在、
戦艦クラスの艦をジャンプさせるにはA級ジャンパーによるしか手段はない。
そして生存するA級ジャンパーはカイト、イネス、アキト、ユリカの4人のみ。
その中で戦艦に乗っているのはカイトとアキトだけ。
カイトがここにいる以上、目の前にボソンアウトしてくる戦艦は
ユーチャリス以外には有り得ないのだ。

「…未確認戦艦、ボソンアウトしました。
 その場に停止…」

ユーチャリスはボソンアウトした位置で停止したままである。

「…あれ、火星の時の…」

ハーリーが呟く。
カイトとルリがスッと立ち上がる。
その表情は強張ったままで、感情を無理矢理押し殺したようなものだった。

「艦長?
 カイト?」

サブロウタが呼び掛けるが、二人はそれを無視してブリッジを出ていく。

「…総員即時戦闘待機。
 副長、私達が戻るまで指揮権を預けます」

扉をくぐる際、それだけを告げるルリ。
そして二人はブリッジを出て行った。

「りょ、了解!
 …どうしたんだ、あの二人?」

「僕に聞かれても…」

キツネに摘まれたような顔のサブロウタ。
そして困惑した表情を浮かべるハーリー。
彼等を横目に見ながら、リョーコはそっと溜め息をつく。

「…アキト、か…」

リョーコの呟きをかろうじて聞き取ったのは、ヒカルとイズミだけだった。
彼女のアキトへの想いが消えていない事も知っていたから。

「「リョーコ…」」

その声にリョーコはスクリーンを見つめたまま答える。

「…アキトを連れ戻せるのはあの二人だけだよ。
 …"家族"だった、な…」

そういうとリョーコは悲しげに目を伏せた。




ナデシコB・格納庫



カイトとルリが格納庫にやってくるとウリバタケが待っていた。

「…準備は出来てるぜ」

ウリバタケはそう言うと白銀の機動兵器−フェアリーナイト−を見上げた。
カイトの専用機であり、アキトのブラックサレナの姉妹機。
基本設計をウリバタケ自らが行った機体でもある。

「シートは?」

「お前らの要求通り、タンデムに仕上げてある」

カイトの質問にウリバタケが答える。

「ありがとうございます、ウリバタケさん」

「礼なんていい。
 これがオレの仕事だ。
 …それより、アキトを必ず連れ戻して来いよ!」

「ええ、必ず」

カイトとルリが頷く。

「では、行ってきます」

ウリバタケがニヤリと笑い親指を立てる。

「おう!
 行ってこい!」

カイトとルリがコクピットに向かう。
それを見送ったウリバタケ。
二人の姿がコクピットに消えた事を確認すると振り返り、叫んだ。

「よっしゃあ、野郎共!
 フェアリーナイト、出すぞ!」

「「「「「「うぃ〜す!」」」」」」

ウリバタケの号令の下、動き出す整備班達。
フェアリーナイトをカタパルトに乗せていく。

『フェアリーナイト、出ます!』

カイトの声がスピーカーを通して格納庫に響く。
その声を合図に作動するカタパルト。

「…頼むぜ、カイト、ルリルリ…」

発進の轟音の中でウリバタケは静かに呟いた。




ユーチャリス・格納庫



カイトは適当なスペースにフェアリーナイトを停止させる。
センサーを走らせ、格納庫の中に危険がない事を確認する。

「僕が先に降りるよ」

カイトはコクピットのハッチを開き、床に飛び降りる。
辺りを見回すが特に変わった様子もない。

「ルリちゃん、いいよ」

カイトがコクピットに呼び掛けるとヒョコッとルリが顔を出す。
だが、困ったような表情を浮かべたまま、ルリは動きを止めてしまう。

「ルリちゃん…、どうしたの?」

「…あの…、えっと…」

言い憎そうに口ごもるルリ。
そこでカイトは気付く。
フェアリーナイトをしゃがませてあるとはいえ、コクピットから床まで3mはある。
お世辞にも運動神経が良いとはいえないルリには少々厳しい高さである。

「…大丈夫。
 ちゃんと受け止めてあげるから」

カイトはコクピットの下で両腕を広げて見せる。
柔らかな笑顔と共に。

「ハイ…」

ルリはその笑顔を見て、安堵の表情を浮かべる。
少し躊躇ったあと、意を決してルリはカイトに向けて飛び降りる。

「…よっ…と」

ルリが飛び降り…もとい落ちてきて、ポスッとカイトの腕の中に納まる。

(…受け止める、とは言ったけど…。
 何もホントに落ちてこなくても…)

カイトは苦笑いする。
それを見てルリはムッとする。

「…カイトさん、今"ホントに落ちてきた"とか思いませんでしたか?」

「…!
 …オモッテナイヨ、ゼンゼン」

思わず片言になってしまうカイト。

「…まあ、いいです。
 降りるというか落ちたというようになったのは事実ですから」

ルリは僅かに頬を染めて、カイトの腕から床に降り立つ。

「…さて、アキトさんを探しましょうか」

「そうだね…、やっぱりブリッジかな?」

その時、二人の前に突然ウインドウが現れる。

《お待ちしておりました》

「…ダッシュか?」

《はい。
 お久しぶりです、カイトさん》

「久しぶり。
 …悪いけどお前とゆっくり話してる時間はないんだ。
 アキトさんは何処だ?」

《ブリッジです》

「わかった。
 ありがとう、ダッシュ。
 …行こう、ルリちゃん」

カイトはスタスタと格納庫を出ていく。

(…ダッシュが出てきたと言う事は…アキトさん…まさか…)

「あ…、待って下さい!
 カイトさん」

ルリも慌ててカイトを追い掛ける。
格納庫の扉でルリはカイトに追い付き、隣に並んで歩き出す。

「…」

険しい表情のまま廊下をブリッジに向かい歩くカイト。
ルリはその表情をそっと伺っていた。

(…カイトさん…、どうしちゃったんだろう…?)

カイトの表情に胸騒ぎを覚えるルリ。
その不安をごまかすようにカイトに話し掛ける。

「あの…、カイトさん。
 さっきのダッシュって?」

「ん…?
 ああ、ルリちゃんは初対面だっけ。
 あれはユーチャリスの制御AIのオモイカネ・ダッシュ、通称ダッシュ。
 ナデシコBのオモイカネの弟になるのかな」

「オモイカネの弟?」

「うん。
 正確にはナデシコBのオモイカネのコピー。
 最も、メインオペレーターが違うから別人みたいなものだけど」

「…ユーチャリスのメインオペレーター…ラピス=ラズリ…」

「知ってるの?
 ラピスちゃんを」

「ええ…、火星の時に一度…」

「そっか…。
 …あ、着いたね。
 ここがブリッジだ」

話をしている間にカイトとルリは一際重厚な扉の前へとやってきていた。

「…この扉の向こうにアキトさんがいる…」

「…行こう、ルリちゃん」

カイトとルリは扉を開き、ブリッジへと入っていった。




ユーチャリス・ブリッジ



ブリッジは照明が落ち、暗闇に包まれていた。

「アキトさん!」

「…」

だが、ブリッジにいるはずのアキトから返事は返ってこない。

「ダッシュ、照明を点けてくれ」

《はい》

ウインドウが開いた途端、ブリッジが光に満たされる。
光量はたいしたことはなかったが、
薄暗いユーチャリスの艦内に慣れていたカイトとルリは目を細める。
そして徐々に目が慣れ、ブリッジの光景が見えてくる。
二つ並んだパイロットシートとその間に設置された一つのオペレーターシート。
そして右のパイロットシートに横たわる二つの人影。

「「…!」」

弾かれたように駆け出すカイトとルリ。

「アキトさん!」

「ラピスちゃん!」

黒い王子様の服ではなく、ナデシコの黄色の制服を身につけたアキト。
そしてアキトに寄り添っているラピス。
二人は穏やかな表情を浮かべて眠っていた。
だが、様子がおかしい。
急速にカイトの心を暗雲が覆う。
カイトがそっとアキトとラピスに触れる。

「…!」

その肌は異様に冷たかった。
そして気付いてしまった。
二人は二度と覚める事のない永遠の眠りに着いたという事に。

「…そんな…、間に合わなかった…」

カイトの漆黒の瞳から涙が一筋こぼれ落ちる。
その涙を見て、カイトの呟きの意味をルリも理解する。

「…イヤァァァァァッ!

呆然とするカイトに泣き崩れるルリ。
その膝がガクッと折れる。

「ルリちゃん!」

咄嗟にカイトがルリを抱き留める。

「…アキトさん…、アキトさん…」

ただアキトの名前を呼び、金色の瞳を濡らすルリ。

「ルリちゃん…」

カイトは咽び泣くルリを抱き締め、また自らも涙を流す事しか出来なかった。



どれぐらいそうしていたか、ようやくルリの鳴咽も納まりつつあった。

《カイトさん》

「ダッシュ…?」

《マスター・アキトよりメッセージをお預かりしております》

「メッセージ?
 僕宛に?」

ダッシュの言葉に首を傾げるカイト。

《はい。
 再生致しますか?》

「…頼む」

《了解致しました》

ダッシュのウインドウが切り替わり、アキトの姿が現れる。
やはり、ナデシコ時代の制服を着ている。

「…あの服は…」

気が動転していてその事に気付いていなかったルリの目が見開かれる。
ウインドウの中でアキトは優しげに微笑んでいた。
その笑顔は黒い王子様ではなく、カイトとルリのよく知る義兄の笑顔だった。

『カイト…それにルリちゃん、久しぶり。
 …ダッシュにはカイト宛てに伝言を頼んだけど、ルリちゃんも一緒にいるんだろ?
 二人がこれを見てるって事は俺は多分…
 もう言葉を話せない状態になってるんだろうな。
 俺を迎えに来てくれてるのか、
 ユーチャリスがネルガルか軍に回収されたのかは分からないけど…。
 ホントは二人にも直接会いたかった。
 会ってお礼を言いたかった。
 俺とユリカの家族になってくれた事を』

アキトの言葉を聞きながら、カイトとルリの瞳からはとめどなく涙が溢れていた。

『…俺はもう皆のところには戻れない。
 もちろんユリカのところにも。
 だから、俺の代わりにユリカに伝えて欲しいんだ』

アキトはそこで言葉を一度切った。
そして一気に言い放った。

『ユリカ、愛してる。
 今までも、これからも、ずっと…。
 今はお前の顔がもう見れない事だけが心残りだけど…。
 ユリカと出会えて俺は幸せだった、と…』

「…その言葉…、何で直接言いに来なかったんですか…!」

「…馬鹿ヤローは貴方じゃないですか…!
 何があっても僕達は家族なんだって言ったのはアキトさんじゃないですか…!」

ルリとカイトが絞り出すような声で叫ぶ。

『…多分、二人とも怒ってるよな。
 直接言いに来いって、俺達は家族なんだって』

見透かしたような言葉に驚くカイトとルリ。

『でも、駄目なんだ。
 ヤツラの実験で投与されたナノマシン…、そいつが俺の身体を侵食してる…。
 僅かに残ってた感覚も、今は全滅してるんだよ。
 俺はもう長くは持たないと思う。
 このジャンプには…、ナデシコに跳ぶのには多分耐えられない』

「「…!!」」

『だから最後に…、ね。
 …カイト、ルリちゃん…ユリカの事、よろしくお願いします。
 俺とユリカの幸せは長く続かなかったけど、二人は幸せになって下さい』

アキトはそう言って頭を下げる。

「「…」」

カイトとルリは呆然とその映像を見ているしかなかった。

『それと、ラピスの事も頼むよ。
 …俺の復讐に利用してしまったけど…、ホントは素直でいいコなんだ。
 カイトとルリちゃんならラピスを真っ直ぐに育ててくれると思う。
 我が儘言ってるって事は分かってる。
 それを承知でお願いだ。
 このコを…、ラピスを二人の娘にしてやってくれないか?
 そして、俺達の生きたこの世界を見せてやってくれ』

「…でも、ラピスは…」

ルリが悲しげにアキトの隣で眠るラピスに視線を向ける。

「…うん…。
 もう…」

カイトも目を伏せる。
精神をリンクさせていた為、アキトの死に意識を持っていかれてしまったのだろう。
僅かな微笑みを二度と覚めぬ寝顔に浮かべてアキトに寄り添っている。

『ナデシコの皆に、ユリカに、それにカイトやルリちゃんに会えて良かった。
 ホントにありがとう』

その言葉を最後に映像は途切れた。

「「…」」

カイトとルリはただ呆然とユーチャリスのブリッジに座り込んでいた。
失ったモノは彼らにとって余りにも大きすぎた。
特異すぎる出生と育ちを持つカイトとルリに取って
アキトとユリカの与えてくれた"家族"の暖かみはなによりかけがえのないモノだった。
だからこそ、まだやるべき事が、やらなければならない事がある。

「…ルリちゃん…、帰ろう。
 ユリカさんのところへ…。
 アキトさんの言葉、ユリカさんに伝えなきゃ…」

カイトがフラリと立ち上がる。
その目からは生気が失われていた。
「…ハイ」

虚ろな瞳でルリも立ち上がる。
その時、ダッシュのウインドウが開く。

《私はどうすればよろしいでしょうか?》

「…ネルガルの月ドッグへ向かってくれ。
 エリナさんに事情を話せば理解してくれるだろうから…」

《アイ・サー》

ダッシュに指示を与えるとカイトはルリの肩を抱き、ユーチャリスを後にした。
とめどなく溢れる涙を拭おうともせずに。




ナデシコB・ブリッジ



カイトが重たい足取りでブリッジに入る。
その重く沈んだ表情にクルーは全てを悟った。

「…副長、艦長より伝令です。
 ユーチャリスに生存者はなし。
 任務終了と認む。
 本艦はこれより帰投、進路を宇宙軍月面基地へ向けるように、と…」

極めて事務的にカイトがサブロウタにルリの命令を告げる。
そして自らのシートに座り込む。

「…了解」

サブロウタはカイトに敬礼する。

「…あの…、ミスマル大尉…、艦長は…?」

ハーリーが遠慮がちにカイトに話し掛ける。

「…医務室で休んでるよ」

ジロリとハーリーを見やり、ボソリと答えるカイト。

「…そ、そうですか…」

カイトの迫力にそれ以上突っ込めなかったハーリー。
その時、通信士のミヤコ少尉の報告が上がる。

「副長補佐、月面基地のドクター・フレサンジュより通信が入っております」

「…イネスさん?
 …繋いでくれる?」

「はい。
 プライベート回線を開きます」

ミヤコの言葉と同時にカイトの前にイネスのウインドウが開く。

『…』

イネスはウインドウ越しにカイトの表情を見るなり、眉をひそめる。

『…貴方のその表情を見るのは久しぶりね…。
 …間に合わなかったのね…
 ルリちゃんは大丈夫?』

「…ええ、大分堪えたみたいですが…。
 今は医務室で眠ってます。
 それで、何かあったんですか?」

『ええ…、落ち着いて聞いてね。
 …ユリカさんの容態、悪化したわ』

「…な!?
 そ、それでユリカさんは…?」

『…1度目の発作は何とか乗り切ったわ。
 今は小康状態を保ってるけど…、次の発作は保証できないわ…』

「…そんな…」

カイトは愕然とする。
義兄を失い、また義姉を失おうとしている。
覚悟はしていたとはいえ、目の前が真っ暗になるのをカイトは感じていた。

『…ユリカさん、貴方とルリちゃんの名前を譫言で呼び続けてるわ。
 辛いとは思うけど…、すぐに帰って来て。
 …まだ間に合うから』

「…はい」

イネスのウインドウが閉じる。

「…カイト、ジャンプの準備は出来てるぜ」

「サブロウタさん?」

カイトがイネスと話をしている間にサブロウタはジャンプの準備を整えていたのだ。

「…お前の顔見てたら何があったか察しはつくさ」

そう言って表情を和らげるサブロウタ。

「…ありがとうございます。
 …皆、月面基地へ向けてジャンプします!
 最終チェック、お願いします!」

サブロウタに頭を下げるとカイトはクルーに指示を出す。

「フィールド出力異常無し。
 その他纏めてオールOK!」

「フェルミオン、ボソン変換順調!」

「艦内異常無し! 生活ブロック防御完了!」

「レベル上昇6、7、8、9…、副長補佐、どうぞ!」

オペレーターの報告がカ次々とカイトに届く。
周囲のウインドウをざっと見回す。
異常がない事を確認するとカイトは目を閉じてイメージングを始める。

(…目標…宇宙軍月面基地…)

カイトの目がカッと見開かれる。
大きく開いた漆黒の瞳の中をナノマシンの奔流が駆け抜けていく。

ジャンプ!!




宇宙軍月面病院・ICU



「フゥ…」

イネスはガラス越しにユリカを見て溜め息をついた。
今しがた、2度目の発作を乗り切ったところだった。

『…カイト君…ルリちゃん…』

スピーカーからユリカの譫言が聞こえてくる。
意識が朦朧とし始めた当初、ユリカはただただ伴侶の−アキトの名を呼び続けた。
だが2、3日前から彼女は義弟と義妹の名を呼ぶようになった。
それが意味するものは何か?

(…遺言…なの…?)

イネスは激しく首を振って浮かんだ考えを追い払う。

「…私は…何を馬鹿な事を…!」

そう吐き捨てた時、バタバタと廊下を走る二人分の足音が聞こえてくる。

「…来たわね」

バタン!と扉が開き、カイトとルリが転がるように部屋に飛び込んでくる。

「「ユリカさんは!?」」

「…まだ…、大丈夫よ」

その言葉に一瞬安堵の表情を浮かべたカイトとルリ。
だが、すぐに表情を強張らせてガラスに張り付く。
カイトとルリが最後に見た時よりも
遥かに増えたコードと点滴が事態の深刻さを物語っていた。

「ユリカさん…」

瞳から溢れる涙と共にカイトが呟く。

「イネスさん…、ユリカさんと会えますか?」

ルリがイネスに尋ねる。

「…ええ、会ってあげて」

イネスは二人に無菌服を渡し、エアシャワーに入るよう促す。

「「…」」

カイトとルリは無菌服を身につけると無言でエアシャワーを通る。
そしてユリカの病室に入った。
酸素吸入を受けながらベッドに横たわるユリカ。

「ユリカさん…」

カイトがそっとユリカの手を取る。
その手は驚くほど痩せ細っていた。
俯くカイト。
改めて涙が溢れる。

「…!」

その時、キュッと手を握られる。

「…カイト…君…?」

か細い声が耳に届く。
ハッとなり、顔を上げるカイト。
弱々しいユリカの笑顔がそこにあった。

「…あ…、ルリちゃんもいる…」

カイトの後ろに立つルリを見やるユリカ。
そしてニッコリと笑う。

「えへへ…、二人ともどうしたの…?
 そんな泣きそうな顔して…」

慌てて涙を拭い、笑顔を作るカイトとルリ。

「…ね、アキトは…?」

((!!))

「…すいません、まだ見つかってないんですよ…」

カイトが涙をこらえ、言葉を搾り出す。

(アキトさんの言葉…伝える訳にはいかない…)

勘の鋭いユリカの事、あの言葉だけでもアキトの死に気付いてしまうだろう。

「…そっか…、でもすぐに帰ってくるよね…」

「…ええ、きっと…」

「…フフ、アキトが帰って来たら4人でラーメン屋さん開こうね…。
 アキトとカイト君がラーメン作って、私とルリちゃんがウェイトレスさんやるんだ…。
 きっと繁盛するよ…。
 …ルリちゃんもそう思うよね…?」

弱々しく微笑むユリカ。

「…ええ、きっと繁盛しますよ。
 テンカワスペシャルもカイトスペシャルも一級品のラーメンですから…」

ルリも涙を堪え、微笑んで見せる。

「そうだよね…、楽しみだなあ…」

ユリカは嬉しそうに笑う。
その笑みは悲しいまでの美しさに満ちていた。

「フフッ…、カイト君、ルリちゃん幸せにしてあげなきゃダメだよ?」

「…はい。
 絶対に幸せにします」

「ルリちゃんも…ね、カイト君をよろしくね…」

「…ハイ」

そう言ったきり、ユリカは黙ってしまった。

「…ユリカさん?」

「…ごめんね。
 二人とも、ありがとう…」

「…え?」

「…二人とも、絶対幸せにならなきゃダメだよ…?
 それが、私の"最後"のお願い…。
 …アキト…、今…いくよ…」

(…!?
気付いて…いた…?)

カイトは驚きに目を見開く。

「…カイト君…ルリちゃん…また…ね…」

ユリカの目が閉じられる。
単調なリズムを刻んでいた電子音が一直線に変わる。

「…ユリカ…さん…?」

ルリの呆然とした呟きが病室に響く。
カイトが涙に濡れた視線をイネスに向ける。

「…」

ゆっくりと首を振るイネス。

「…ウワァァァァァッ!!

カイトがユリカの手を握り締めたまま、鳴咽する。

「…ユリカさん…ユリカさぁん…!」

「…カイトさん…」

ルリは泣きじゃくるカイトを後ろからそっと抱き締める。
震えるカイトをルリはただ抱き締め、慟哭が納まるのを待った。

「…どうして…、どうしてアキトさんとユリカさんが
 こんな目に遭わなきゃならないんだよ…」

カイトの呟きの中に暗い響きが混じるのを感じ取ったルリ。
だが、それはルリの心のうちにも存在する思いだった。

「…どうしてなんだよぉぉぉぉぉっ!

カイトの悲痛な叫び声が病室に響き渡った…。




現在
ホテル・707号室




「…っ!!」

ガバッとカイトが跳ね起きる。
暫く辺りを見回し、乱れた呼吸を整える。

「ハァッ…ハァッ…、ゆ、夢か…」

過去を思い出すうち、いつしか眠っていてしまったようである。
体が冷たい汗でビッショリになっている。
カイトは起こしていた身体を再びベッドに投げ出し、目を閉じる。

(…アキトさん…ユリカさん…)

暖かな笑顔を浮かべた義兄と無邪気な笑顔を浮かべた義姉の姿を瞼に思い描く。
この時間で再び出会った彼等も未来(まえ)と同じく優しい人だった。

『『カイト(くん)!』』

二人の自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
そしてこちらを見つめる無表情な桃色の妖精。

『…』

カイトは手の平で目を覆い、静かに呟く。

「…今度は貴方達を…、みんなを…失わない…。
 その為に…僕は帰ってきたんだから…」

ふと、ルリの事を思い出す。
次に会えるのはまだずっと先の事。
それまでになさなければならない事が山ほどある。
それが自分にしか出来ない、なさなければならない事と分かっていても。

「…独りは…寂しいよ…。
 会いたいよ、ルリちゃん…」

その言葉と共にカイトは意識を手放す。
夢の中で笑顔のルリと会える事を祈りながら。




   Episode.3へ続く…




  後書き


村:どもども、村沖和夜です。
  皆さん、エピソード2の収録お疲れ様でした♪
  これ、どうぞ(ジュースを差し出す)

ユ:…(無言で受け取る)

ラ:…(受け取りすら拒否)

村:…えーと(滝汗)

ル:おや、ジュースですか。
  へっぽこにしては気が利きますね♪(上機嫌)
  (ングング)…ふう、それにしても久々の収録は疲れましたね。
  ユリカさんとラピスもそう思いませんか?(クスクス)

ユ:…私、病院のベッドで寝てただけ…(怒)
  しかも死にネタ…

ラ:ユリカはまだマシ。
  ワタシ、セリフすらなかった…(怒)

村:…あうあう(さらに滝汗)

ユ:カイト君が昔の夢を見たら出番があるって言ってたのに…(ギロ)

ラ:…14話はワタシが主役って言ってたクセに…(ギロ)

村:…(震)

ユ・ラ:…とりゃ

村:(ドゴォォォォォーンッ!!
  (ズドォォォォォーンッ!!
  ウギャアァァァァァッ!!!
  ゆ、ユリカさんまでバイオレンス・デビューとは…(ガクリ)

ル:相変わらず黒焦げになるのが好きですね、このヘッポコは(冷淡)

ラ:…ちょっとだけスッキリ(クス)

ユ:そだね。
  でもコレ、ちょっとクセになりそう…(クスクス)

ル:…ではではポチッとな(ポン)

村:(ズガシャァァァァァーンッ!!!
  …グワアァァァァァッ!?
  な、何故…!?(プスプス)

ル:これは世界(後書き)のお約束です(笑)
  さて、黒焦げ(ヘッポコ)はほっといて後書きに移りましょうか。

ユ・ラ:さんせー♪

ル:最近、ネタに走り過ぎて後書きの内容が薄れてましたからね。
  ここらで一度ビシッと締めておかなければなりません。

ラ:最初から薄かったような気もするけど。

ユ:そだね(苦笑)
  とりあえず作者さんが黒焦げになれば大抵は許されると思ってるし。

ル:しかたありません。
  作者がヘッポコならディレクターもヘッポコなんですから。

村:…(←作者&ディレクター)

ラ:…と言うか今回もネタになりつつある気がするけど。

ル・ユ:…う(汗)

村:…クス

ル・ユ:…(ブチ)

村:…?

ル・ユ:もっぺん死ねぇぇぇぇぇッ!!!

村:(ドゴォォォォォーンッ!!
  またしてもーっ!?(グシャ)

ラ:…オチが分かってるんだから余計な事言わなきゃいいのに。

ル:さて、邪魔者(作者)は始末しましたし…

ユ:うん。
  今度こそ後書きを…

AD:…(ササッ)

ラ:…?
  ユリカ、ADからカンペ出てる(クイクイ)

ユ:ほえ?
  …あ、ホントだ…ってジュン君、何してるの?

ジュ:いや、作者君がアシスタントが欲しいって言うから…

ユ:それで作者さんのお手伝い?
  ジュン君相変わらず優しいねぇ。
  優しい人は好きだぞ、ウンウン

ジュ:…そ、そうかな?(照)

ル:…何で買収されたんですか?(ボソリ)

ジュ:手伝ったら僕とユリカのお話を書いてくれるって…

ユ:私とジュン君のお話?
  SSになるようなエピソードあったっけ?(真剣)

ジュ:…(泣)

ル・ラ:…(憐み)

ユ:それよりカンペって何だったのかな?

ル:…えーと『時間切れ、次回予告にレッツ・ゲキガイン!』…。
  って、今まで以上に何もやってませんよ!?

ラ:いつも以上に内容のない後書きになっちゃった…

村:では次回予告をVTRでどうぞ!

ユ:復活早っ!!


 (VTRスタート)

リ:皆さん、こんにちは!
  ルドベキア艦長リリン・プラジナーです♪
  では、次回予告をどうぞ!


  連合軍に新たに配備された新鋭戦艦『ルドベキア』
  カイトは新米士官としてルドベキアに乗船した。
  そこで出会った新たな仲間達。

  『…少尉の事、ミカズチさんって呼んでもいいですか…?』

  『漢の真の武器は拳のみ…我が拳に砕けぬものはなし!』

  『…それは妹に女としての魅力がないという事かな?』

  『…カザマ少尉、俺とどこかであった事ないか?』

  カイトはルドベキアで何を見るのか?
  そしてカイトが探す『彼女』の行方は?

   RWK第14話『the Blank of 8 Months』
    Episode.3 “正義”に集いし者達(前編)

  を皆で見よう!

  …あれ?
  私のセリフがない…?
  ひょっとして…次回は出番無しですかぁ!?

  (YTR終了)


村:ではでは、ここまで付き合ってくださった皆様に感謝しつつ…
  サヨナラ・サヨナラ・サヨナラ♪

ル・ユ・ラ:パクリで締めるなーっ!!
      というかちゃんと後書きしろーっ!!!


   続く…かもしれない…






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